第3節 新興国経済とグローバル企業
第1節では、各国のマクロ経済指標を用いた分析を通じ、世界金融危機後の新興国の経済成長減速にはグローバル化の鈍化等が要因となっていることを確認した。また、新興国の持続的な成長には貿易や投資の活性化等によって産業構造の変化や生産性の向上を促すことが重要であることが示された。
また、第2節では従来の日本、韓国から中間財を輸入して中国から欧米諸国に輸出するという国際分業体制から、中国から中間財、最終消費財をほかの新興国に輸出するという垂直分業にシフトしつつあるとの結論を得た。そして、最終消費財の組立地としてはASEAN各国に加えてインドのプレゼンスが増加していることが示された。
以下では、グローバル企業1に焦点を当ててこのような世界経済の動向を更に詳細に分析する。グローバル化のスピードが鈍化しているとしても、個別の新興国からみれば、その国の魅力を向上させることでグローバルに活動する企業をひきつけ、サプライチェーン上の役割を増大させることもできる。どの国が企業に選ばれつつあるのか、また企業に選ばれるための新興国経済の課題は何かを確認する。その際、サプライチェーンの変化に伴い、グローバル企業は新興国で幅広く売上、雇用を増やす一方、海外での生産やR&D等の拠点は特定の主要国に集積する傾向があるのではないかという視点からも分析する。
1.直接投資の動向
以下では、中国に続く新興国群の経済循環に伴って、直接投資先が先進国から次第に新興国群へシフトしていることを確認する。その際、前節で国際分業体制のシフトが確認できた電気機器を中心として、アメリカ及びドイツの製造業向け投資が世界金融危機前後でどのように推移しているかを日本と対比しつつ分析する。
(1)先進国向け直接投資の伸び悩みと新興国群へのシフト
直接投資は、世界金融危機後は先進国向けを中心に伸び悩んでいる一方、中国及び一部の新興国では底堅い動きもみられる。これを直接投資残高の推移で確認すると、直接投資全体では2003年から07年にかけては年率22%増の高い伸びを示していたものの、07年から12年は年率5%増の伸びと大幅に鈍化している。これは世界金融危機後の景気低迷により、直接投資シェアの上位を占める先進国向けの投資が鈍化したことが影響したものとみられる2。
また、新興国向けの直接投資残高は世界金融危機後も拡大傾向にある。新興国向けの直接投資残高の推移をみると、ブラジル、インドネシア向け等の主要な新興国群の投資についても落ち込みは比較的少ない。その一方で、ロシア、香港3、メキシコ、トルコ向けの投資は大幅に鈍化しており、新興国の中でも危機前に資金が特に集中していた国・地域ではその反動も大きく出ていることがうかがえる(第2-3-1-1図)。
加えて、新興国は直接投資元としてのプレゼンスも拡大傾向にある。直接投資のシェアの推移をみると新興国は一貫して上昇傾向にあり、99年の12%から13年には39%にまで新興国のシェアは拡大している4。また、国際M&Aの推移をみると、13年には新興国のシェアが56%に達している。これらの新興国企業による買収先は約7割が新興国向けであり、その半分は新興国における先進国グローバル企業の海外子会社となっている5(第2-3-1-2図)。
このように、先進国向け直接投資は鈍化傾向にある一方で、新興国では堅調な動きもみられる。また、新興国は直接投資元としてのプレゼンスも次第に拡大傾向にあることがうかがえる。
(2)製造業向け投資における新興国群へのシフト
前項では、新興国向けの直接投資全体の推移を確認した。以下では、中国に続く新興国群におけるサプライチェーンの動向を確認するため、直接投資のうち製造業向け及び電気機器向けに着目し、近年ではどのような変化が生じているのかを確認する。
新興国向けの直接投資の推移をみると、製造業において世界金融危機後は中国からほかの新興国群へのシフトの動きもみられる。これを主要投資国のうち産業別・国別で内訳の取れるアメリカ、ドイツ及び日本の製造業向けの直接投資残高の推移でみると、アメリカではブラジルを除き中南米諸国向けの投資は堅調である一方、中国を始めとするアジア向けは総じて鈍化している(第2-3-1-3図)。日本は中国を始め製造業向け投資は鈍化傾向にある一方で、インドネシアやメキシコ等世界金融危機前は必ずしも寄与が高くない国で拡大する傾向にある。ドイツは製造業向けの投資は総じて拡大傾向にあり、特に中国向けが拡大している。このように、アメリカは中国からのシフトが、ドイツは逆に中国への製造業投資のシフトが生じていることがうかがえる6。
次に、直近までの動きを確認するため、アメリカ、ユーロ圏及び日本の直接投資フローの13年までの推移でみても、各国・地域において同様の傾向が確認できる(第2-3-1-4図)。アメリカではメキシコを始め中南米諸国向けの投資やインド向けは堅調である一方、中国向けは鈍化傾向にある。日本は中国、タイ、インドを始めとするアジア向けやブラジル等の中南米諸国向けで拡大する傾向にある。ユーロ圏では新興国向け直接投資は総じて拡大傾向にあり、特に中国向けが拡大している。このように、アメリカは中国からのシフトが、ユーロ圏では逆に中国へのシフトが生じていることが改めて確認できる。
加えて、電気・電子機器向け7の直接投資の推移をみると、世界金融危機後は中国を含め新興国は総じて伸びが鈍化している(第2-3-1-5図)。アメリカでは中国向け、日本ではマレーシアを始めとしたASEAN向け、ドイツではブラジル等の中南米諸国向けの投資が鈍化する傾向にある。一方で、アメリカ及びドイツではインド向け、日本はインドネシア向けの寄与が堅調に推移しており、電子機器の新興国向け投資においてアメリカでは中国からのシフトが生じつつあることがうかがえる8。
以上から、新興国向けの製造業への直接投資において、アメリカの直接投資を始めとして中国から新興国群へのシフトが生じつつあることがうかがえる。
2.グローバル企業の動向
以下では、グローバル企業の経営戦略が、中国に続く新興国群の経済循環に伴って、先進国及び新興国ではどのように変遷しているのかを分析する。
(1)世界経済におけるグローバル企業のプレゼンス
本項では、拡大傾向にあるグローバル企業のプレゼンスを概観する。まず、グローバル企業の海外子会社総資産額の推移をみると、12年には86.6兆ドルに達しており、90年(4.6兆ドル)と比較すると年率で14.3%増の伸びに達している。また同時期の付加価値額は1.0兆ドルから6.6兆ドルと年率8.9%増の伸びを示している。これは同時期の世界GDP成長率が年率5.5%であるのと比較しても高い伸びであるといえる。
一方で、海外子会社による雇用や輸出は必ずしも高い伸びであるとはいえない。雇用の推移でみると、90年の2,146万人から12年には7,170万人と年率5.6%増の成長に止まっており、輸出も1.5兆ドルから7.5兆ドルと年率7.6%の増加率で同時期の世界輸出総額(同7.7%)とほぼ同じ伸びとなっている。
これは、グローバル企業の海外での販売は拡大する一方、生産の伸びは一定程度抑制されていることがその背景にあると考えられる。つまり、グローバル企業は海外での生産や本国向けの輸出の際には海外子会社に加え非出資型分業9等を用いているため、海外子会社自身による生産のシェアは鈍化傾向にある可能性がある。
また、本国を含めたグローバル企業全体でみても、グローバル企業は世界経済において大きなプレゼンスを示している。これを付加価値からみると、本国及び海外子会社で総計15.6兆ドル(10年時点)と推計され10、世界GDPの約25%に達している。また、貿易総額でみると、グローバル企業内での取引は6.3兆ドル(10年時点)と推計され11、世界貿易総額の約33%に達している。これに非出資型分業や対独立企業との取引を含めると、グローバル企業関連の貿易は世界貿易総額の約8割に達しているとみられる(第2-3-2-1図)。
このように、グローバル企業のプレゼンスは拡大傾向にあり、そのシェアの大きさからも世界経済に対して大きな影響力を有しているといえる。
次に、グローバル企業の動向を海外子会社の各指標から確認すると、07年以降の資産・売上・雇用の成長率はそれ以前の伸びと比べていずれも鈍化傾向にある。これは、世界経済危機及び欧州政府債務危機等の影響で世界経済が低迷したことがその要因と考えられる。また、これを大規模グローバル企業100社とグローバル企業全体で比較すると、大規模グローバル企業も伸び率は鈍化しているものの、全体の傾向と比べるとその程度が緩やかである。その結果、大規模グローバル企業100社がグローバル企業全体に占めるシェアは上昇しており、特に売上でみると12年には2割強に達している12(第2-3-2-2図)。
このように、グローバル企業の成長率は07年以降の世界経済の低迷により鈍化傾向にある。一方で、大規模グローバル企業は比較的堅調に推移しており、売上等に占める大規模グローバル企業のシェアは拡大傾向にあるといえる。
そこで、次項では、サプライチェーンの変化に伴い、グローバル企業は新興国で幅広く売上、雇用を増やす一方、資産やR&Dは産業別に特定の主要国に集積する傾向があるのではないかという仮説を検証する。
具体的には、海外事業統計等を用いて国別の売上、雇用、資産、R&Dの推移を確認するとともに、大規模グローバル企業関連のM&A及び海外子会社の変遷から、経営戦略の動向を確認する。
(2)新興国をめぐるグローバル企業の選択
大規模グローバル企業の投資戦略をみると、中国から新興国群への移行の兆しがみられる。これを07年と13年における大規模グローバル企業の今後3年間のFDI(Foreign Direct Investment)候補国でみると、中国は依然として首位であるものの、そのシェアを低下させており、インド、ロシアも同様にシェアの低下がみられる。一方でアメリカ、インドネシア、ブラジルのシェアは拡大傾向にある13(第2-3-2-3図)。
グローバル企業の経営資源は、海外シェアが拡大傾向にある。これを大規模グローバル企業の12年の実績及び15年の見通しでみると、特に売上では海外シェアが50%を超える企業が半数以上に達しており、今後も拡大傾向にある(第2-3-2-4図)。また研究開発については海外シェアが低い企業が多いものの、15年には海外シェアが50%を超える企業が約2割に拡大する見込みである。資産、投資、雇用についても程度の差はあるものの、総じてみると国際化が今後も進展する傾向にある。
なお、先進国と新興国の企業を比較すると、新興国企業の海外活動のシェアの水準は総じて低いものの、そのプレゼンスは急ピッチで拡大しつつある。これを先進国企業が中心となる大規模グローバル企業100社と新興国のグローバル企業100社とで海外資産を比較すると、特に、新興国企業は大規模グローバル企業に対する比率が売上では3割、雇用では4割程度まで上昇しており、新興国企業が海外生産等を拡大しつつあることがうかがえる(第2-3-2-5図)。
グローバル企業の地域別売上及び雇用をみると、中国のプレゼンスは依然として拡大傾向にあるものの、その他新興国のシェアも上昇傾向にある。これを07年と10年の製造業の海外事業における各国のシェアの変化から確認すると、国によりばらつきはあるものの、売上シェアでは中国のシェアとその他新興国のシェアは同程度上昇している(第2-3-2-6図)。一方、雇用は総じて中国のシェアの変化がその他新興国のシェアの変化を上回っている傾向にある。雇用構造の変化は生産拠点の変動と深い関係があることから、10年時点でみると中国への生産拠点シフトは依然として続いてはいるものの、その他新興国の生産拠点としてのプレゼンスも拡大傾向にあることがうかがえる。
グローバル企業の資産等のデータについては、アメリカの海外事業統計から11年までの海外子会社の産業別・国別の内訳が確認できる。そこで、以下ではアメリカのグローバル企業の動向を中心として分析することとする。
まず、アメリカのグローバル企業の資産の分布状況をみると、同様に先進国のシェアが比較的高く、国別では英国、オランダ、ルクセンブルク等、欧米諸国が上位を占めている(第2-3-2-7図)。一方で、産業別でみると金融・保険のシェアが大きく、次いで製造業の順となっている。
このうち、製造業の海外資産の国別寄与度の推移をみると、一部の先進国及び新興国等の寄与が拡大している14のに対し、ヨーロッパ諸国がマイナス寄与となっている。そのうち、グローバル企業の有形固定資産の推移に着目すると、非資源国では中国に加えてインド、マレーシアの寄与が拡大しており、資源国ではロシアが堅調に推移しているものの、ブラジルを始め中南米諸国では伸び悩みもみられる(第2-3-2-8図)。
次に、アメリカのグローバル企業の付加価値(総生産)のシェアをみると、先進国及び製造業のシェアが高い(第2-3-2-9図)。国別では英国、カナダ、アイルランド等、欧米諸国が上位を占めている。また、産業別でみると製造業及び鉱業のシェアが比較的高い。
このうち、製造業の海外付加価値の国別寄与度の推移をみると、海外資産と同様、一部の先進国及び新興国等の寄与が拡大している15のに対し、ヨーロッパ諸国がマイナス寄与となっている。そのうち、グローバル企業の新興国における付加価値の推移に着目すると、非資源国では中国に加えてメキシコ、マレーシアの寄与が拡大しており、資源国ではブラジルを始めとして総じて伸び悩んでいる(第2-3-2-10図)。
加えて、グローバル企業の製造業海外付加価値のうち、新興国が占めるシェアを世界金融危機前後で業種別にそれぞれ比較すると、中南米諸国からアジア諸国へシフトする傾向がみられる(第2-3-2-11図)。これは、中国の付加価値シェアが拡大していることに加え、インドでも機械や輸送機器を始めプレゼンスが拡大傾向にあることが要因として挙げられる。
研究開発費の分布状況をみると、先進国及び製造業のシェアが一層高くなっている(第2-3-2-12図)。国別でみると、ドイツ、英国、カナダ等の欧米諸国が上位を占めている。また、産業別でみると製造業のシェアが7割、専門サービスが約2割とその大半を占めている。
製造業の地域別R&Dの国別寄与度の推移をみると、海外資産や付加価値の動向と同様、一部の先進国で寄与が拡大している16一方で、ヨーロッパ諸国がマイナス寄与となっている。新興国ではタイ、ロシア、ブラジル等でプラス寄与が拡大しているほか、中国がマイナス寄与となっている(第2-3-2-13図)。
中国における製造業のR&D支出の業種別推移をみると、08年をピークに減少傾向にある(第2-3-2-14図)。特に、電気機械や化学等は拡大傾向にあるものの、R&D支出の大部分を占める電子機器は低下傾向にあり、全体としては鈍化傾向が続いている。これは前節で確認した中国経済の成熟化に伴うサプライチェーンの変化に沿った動きであるといえる。
なお、製造業の次に産業別シェアの大きい専門サービスについてR&D支出の国別寄与度の推移をみると、新興国では世界金融危機前までは中国の寄与が大きかったものの、危機後はインドの伸びが圧倒的となっている。その背景として、インドでは先進国からの専門サービス業のアウトソーシングが着実に拡大しており、その裏返しとしてR&D支出も増えていることが挙げられる(第2-3-2-15図)。
このように、アメリカのグローバル企業の11年までの動きからは、中国から新興国群へのシフトに加え、先進国回帰の動きもみられることがうかがえる。
それでは、大規模グローバル企業関連のM&A及び海外子会社の変遷から、経営戦略の動向を確認してみよう。
まず、M&Aの動向をみると、一部先進国向けや資源関係向けで大きな伸びがみられる(第2-3-2-16図)。これを10億ドル以上の国際M&Aの09~10年平均から11~12年平均への伸び率寄与度でみると、国別ではアメリカ向けで10%を超える伸びを示しているほか、カナダ・ロシア等の資源国向けのM&Aの寄与も大きい。また産業別でみると資源の採掘及び輸送に関するM&Aが大きな寄与を示していることが分かる。
大規模M&Aのうち製造業に着目すると、一部先進国向けで大きな伸びがみられる一方、ヨーロッパ諸国は総じてマイナスに寄与している(第2-3-2-17図)。国別でみるとアメリカ向けが大きくプラスに寄与しているほか、スイス向けがマイナスに転じている。また、日用品関連のM&Aが活発となる一方で、電子機器や医薬品等の主要産業では下落傾向にある17。
このように、11年までのグローバル企業の動向をみると、ヨーロッパ諸国の不調が目立つものの、アメリカを始めとして先進国回帰の兆しもみられる。その背景としては、(1)新興国での労働コストの上昇、(2)先進国の通貨安、(3)3Dプリンター等の技術革新、(4)シェールガス革命等によるエネルギー価格の下落、(5)非出資型分業の拡大等が指摘されている18。また、12年の大規模M&A案件のうち22%は取り下げられており、その背景として政治的配慮により規制監督が厳格化されたことも要因として挙げられている19。
なお、グローバル企業が投資先を決める際の要素の一つとして、法人税率の違いが挙げられる。13年における主要国の法人税率を比較すると、新興国ではタイ、トルコ、中国を始め20%台に設定されている国が多い(第2-3-2-18図)。法人税率の引下げは直接投資を増加させる効果があるとの指摘もあり20、グローバル化が進展する中でM&Aを含め海外からの直接投資においては法人税率に対する注目が高まることが考えられる。
一方で、13年までの海外子会社の展開状況をみると21、製造業におけるM&A等での先進国回帰とは異なり、アメリカのプレゼンスはむしろ低下している可能性がうかがえる。
まず、自動車の海外子会社の展開を確認すると、中国を始めとする新興国に加えてヨーロッパやカナダでの進出が拡大している一方、アメリカでは拠点の再編が行われている様子がうかがえる。特に、経営資源については中国、インドといった消費地に近い場所にR&D施設を建設する動きが近年みられている。
製薬については、製薬企業が集積しているアメリカ及び英国での減少がみられるなどの海外子会社の整理統合が進められる一方で、中国では若干の増加がみられる(第2-3-2-19図)。また、電子機器については、ヨーロッパ諸国では総じて減少しており、中国を含め新興国ではおおむね横ばいないし低下傾向にある。
以上のようなグローバル企業の動向をみると、一部で中国における事業活動が横ばいないし低下するなど、中国の役割変化を反映した動きもみられる。また、先進国のプレゼンスは全体としてはアメリカを含めて低下傾向にあるものの、付加価値や資産、R&D等の動きでみると一部で先進国回帰の動きもみられるといえるだろう。