第2節 世界貿易における新興国の位置付け
以下では、中国をめぐる経済構造の変化に伴い、グローバルサプライチェーンの動向がどのように変化しているかを確認するとともに、中国が占めてきた位置にどのような国が代わり得るかについて、新興国を中心に概観する。
1.グローバルサプライチェーンの中の新興国経済
本項では、国際産業連関表1を用いて、主要な新興国におけるサプライチェーン構造の変化を確認する。その際、国際垂直分業の度合いを定量的に分析するために、先行研究にならい垂直分業度(Vertical Specialization指標(VS指標)、以下「垂直分業度」という)2を算出し使用する。垂直分業度とは、ある国がクロスボーダーで行われる生産活動にどの程度関与しているかを測るために考案された指標であり、ある国が輸出向けの生産に要した輸入中間投入の量をその国の輸出総量で除した指標である3。垂直分業度から輸出向けの加工基地となっている程度を把握できる。
まず、1995年以降の垂直分業度の動きを確認すると、中国については、2000年代半ばにかけて上昇、05年をピークに低下している(第2-2-1-1図)。その他の新興国においては、メキシコ、トルコ、インドが2000年代を通じて上昇傾向にある。メキシコは95年から2000年にかけて上昇し、その後も緩やかな増加傾向で推移している。また、トルコは07年まで上昇し、世界金融危機で一時的に低下したがその後持ち直しが明確化している。インドについても2000年から上昇が続いている。一方、インドネシア、ブラジルは、2000年代に低下し、その後は横ばいで推移している。総じていえることは、2000年代後半にかけて、ほとんどの地域で垂直分業度が上昇しており、グローバリゼーションの進展がうかがえるが、世界金融危機前後に垂直分業度の伸び悩みがみられる。
このように2000年代後半に垂直分業度が伸び悩んでいる背景には、世界的な貿易増加の鈍化が主な要因として考えられる。加えて、2000年代前半に貿易の押上げ要因となったグローバルサプライチェーン拡大の動きが災害等を契機として見直されていること、また貿易自由化が一服していることが輸出率の伸び停滞の要因として指摘されている4。
こうした全体の動きを踏まえ、新興国を中心にそれぞれの国が国際垂直分業体制の発展の中でどのような地域と結び付きを強めていったかについて、垂直分業度の構成を輸入元の地域別、輸出先の地域別に分けて分析してみる。
(1)中国の国際垂直分業体制
中国は、日本、韓国・台湾、ヨーロッパ、アメリカといった先進国・地域から部品を輸入して生産を行っている。輸出先については、95~2000年は、アメリカ、日本、ヨーロッパに財を供給してきたが、2000年代前半から半ばにかけてこうした地域以外の新興国、途上国への輸出が増えている。また、同時期に、その他地域への輸出の増加も顕著にみられる。
中国は、2000年から05年の間にグローバル化を進展させたが、地理的に近接している東アジアとの間だけでなく、世界の多くの地域との間でサプライチェーンを構築した。こうして多様な供給元や輸出先を発展させたことは、特定の経済圏に依存しない構造を築き、持続的な発展に貢献した。
一方、前述のとおり、05年をピークに垂直分業度は低下しており、中国の国際垂直分業の構造変化をうかがわせる(第2-2-1-2図)。ただし、この要因としては、中国から他地域に生産拠点が移動するといった位置付けの変化による影響だけでなく、中国国内における変化、具体的には中国の経済発展に伴いより付加価値の高い部品を含め様々な中間財を賄うことが可能になり、輸入していた中間財を国内で生産できるようになったことが結果的に垂直分業度を低下させたと考えられる。
(2)メキシコの国際垂直分業体制
メキシコは、94年にNAFTAが発効すると、90年代後半から2000年にかけてアメリカとの輸出入に関する垂直分業度が上昇した。メキシコの生産体制は、中間投入元としても供給先としてもアメリカに依存している。一方、2000年代は中間投入元としてのアメリカの重要性は低下し、中国、東アジアとの結び付きを強める動きも確認できる。後述する地域にも共通することであるが、近年の中国の中間財輸入元としての垂直分業度の上昇からは、中国が世界的な部品供給拠点として発展してきた姿が示されている(第2-2-1-3図)。
(3)トルコの国際垂直分業体制
トルコは垂直分業度が中国と並んで高く、生産体制の国際分業が中国と同程度発達しているといえる。また、地理的に近いヨーロッパとのつながりが強く、ヨーロッパから中間投入を受け、同地域に輸出する関係を確立してきた。近年は、中間投入の輸入元としての中国のプレゼンスが増している(第2-2-1-4図)。
(4)インドの国際垂直分業体制
インドは、他地域と比較して、中間投入の供給元や輸出先として、途上国などのその他地域(ROW5)とのつながりが強い。先進国が直接投資を行うなどして、グローバルな生産拠点を立地したことで垂直分業化が進展した中国に対して、インドは新興国でのグローバルサプライチェーンを独自に作り上げていることが推察される。また、インドにおいても中国からの中間投入が増加している。さらに、インドで生産された財の輸出先としても、金融危機以降、中国がその比率を上げている。インドが、中国の経済成長、需要拡大による生産拡大といったメリットを少なからず受けていることが確認できる(第2-2-1-5図)。
(5)ブラジルの国際垂直分業体制
ブラジルは、水準は低いものの、90年代後半から2000年にかけてほぼすべての地域との間で垂直分業度の上昇がみられたが、その後は横ばいで推移した。2000年代は、国際垂直分業は深化していないが、大西洋でつながっている地域を中心に多様な輸入元、輸出先を構成しており、その点においては中国との共通点がみられる(第2-2-1-6図)。また、2000年以降、中間投入元として中国が増加している点は、メキシコ、トルコ、インドと共通している。
次に、国際分業体制における位置付けの変化をみるために垂直分業度を中間需要向けの輸出と最終消費需要向けの輸出に分けてみよう(以下、前者を「垂直分業度(中間需要向け)」、後者を「垂直分業度(最終需要向け)」という)。中国では、垂直分業度(中間需要向け)、垂直分業度(最終需要向け)ともに05年をピークに低下している(第2-2-1-7図(1))。しかし、両者の動きにも違いがあり、垂直分業度(中間需要向け)は、10年に上昇に転じ、横ばいとなっている一方で、垂直分業度(最終需要向け)は05年をピークに低下傾向が続いている。アメリカやヨーロッパ、韓国・台湾、日本等の先進国においては、いずれも垂直分業度(中間需要向け)が垂直分業度(最終需要向け)よりも大きいことを踏まえると、中国の垂直分業度(中間需要向け)の上昇は、製造業の高度化を裏打ちしている。すなわち、最終財の組立等という役割から他国での製造工程に中間財を供給する役割へと高度化が進んでいることがうかがえる。一方、各地域の動きをみると、メキシコ、インドにおいて垂直分業度(最終需要向け)が上昇しており、これらの地域において最終財供給地としての比重が高まっている(第2-2-1-7図(2)(3))。
次に、産業別に垂直分業度の動きをみると、中国の垂直分業度の低下が大きいのは、衣類、繊維、皮革製品である(第2-2-1-8図)。また、05年以降、電子・光学機器が低下傾向で推移している。一方、輸送機器は、05年以降も中国の垂直分業度が上昇している。
以上をまとめると、95年以降、中国においては、衣類、繊維、皮・革製品といった産業の比重は低下し、電子機器・光学機器を始めとする機械産業に比重が移っていた。また、この過程で、中国に労働集約的な組立工場が集積していったことが、同時期の垂直分業度(最終需要向け)の上昇からうかがえる。産業別には、こうした組立工場の集積は、輸送機器ではあまりみられず、電子機器・光学機器やその他の機械の分野で進んだと思われる。しかしながら、05年をピークに電子機器・光学機器の垂直分業度は低下しており、中国が国際分業を行っている分野において、電子機器・光学機器の最終財供給元としての役割の重要性は失われつつある。
2.新興国における財別輸出の動向
前項では、国際産業連関表を用いて中国を中心とした垂直分業体制の進展、構造変化を分析した。以下では、そうした動きを実際の輸出動向から確認する。
垂直分業度の分析からは、中国における製造業の構造変化がみられた。第一に、中国においては、95年以降、衣料・繊維産業から電子機器や光学機器等の機械産業にシフトがあった。この点について、衣類の輸出動向をみてみると、中国から世界への衣類の輸出額は95年以降も増加している。他方、中国以外の地域では、インド、ベトナム、インドネシア、トルコにおいて増加しているが、その規模は合計しても中国の3割程度である(第2-2-2-1図)。このことを踏まえれば、前項の垂直分業度における衣類・繊維分野の低下は、中国の産業構造の中で、衣類・繊維産業が縮小し海外に転出したというわけではなく、ほかの産業が輸出向けに生産を伸ばしたことを反映したものである。
一方、電子機器・光学機器については、2000年代半ばから垂直分業度の低下がみられた。これは、中国に安価な労働力等を背景に生産拠点が集中するという傾向に陰りがみられ、最終財の組立地から中間財の供給元へと役割が変化しつつあることを示唆していると考えられる。この点について、完成財のテレビやラジオ、コンピュータのほかの新興国からの貿易動向をみてみると、中国のテレビやコンピュータの輸出額は伸び悩んでいるのに対し、財によって動向に違いがあるものの、タイ、ベトナム、メキシコ等が輸出を伸ばしており、輸出向け加工地となる生産拠点が分散する動きも一部みられる(第2-2-2-2図)。
一方、中国における電機機器のうち部品関連財の輸出動向をみると、世界金融危機直後の09年にいったん落ち込むものの、その後再び増加に転じており、その伸び率も危機前に比べて大きい。このことから、それまでの海外からの直接投資に支えられ、徐々に中国国内で機械部品を生産する体制が構築されたと考えられる。こうした中国の機械部品産業の発展は、中間財を輸出するだけでなく、国内においても輸入中間財を国内からの中間投入で代替することが可能になることを意味している。したがって、中国の垂直分業度を低下させる要因となっている点には留意が必要である。
翻って、中国で生産された中間財がどこに輸出されているかを確認すると、インドやブラジル、メキシコ、ASEAN諸国向けが伸びている。インド向けは05年以降伸びが加速したものの、世界金融危機頃から伸びがやや鈍化している。また、マレーシアやタイ、インドネシアといった東南アジア向けは、金融危機でいったん低下する国々もみられるが、おおむね堅調に推移している(第2-2-2-3図)。
このように、財貿易の動向からも中国は製造業の発展とともに、2000年代半ばから国際垂直分業体制の中において、最終財の供給基地という役割を担うとともに、ほかの新興国へ中間財を輸出するという役割を拡大していったことが確認できる。
こうした中国から中間財を輸入している新興国を中心に、一般機械、電子機器、輸送機器等をあわせた機械関連財の輸出について、2000年代の成長スピードと直近の輸出規模をみると、タイ、トルコ、メキシコといった輸出規模がある程度大きい新興国も高い成長を遂げてきた6。また、規模は小さいが、インドやベトナムが著しく成長している(第2-2-2-4図)。
特にインドについては、これまで情報関連等のサービス業のグローバル化が注目されてきた一方で、製造業は中国の成長の陰で注目されることが少なかった。しかしながら、中国において垂直分業度の深化がみられた機械について、インドの輸出の動向をみると2000年代で大きく成長している。
インドの主要な輸出先の構成は、ドイツや英国等の西ヨーロッパやアラブ首長国連邦やサウジアラビア等の近隣の中東諸国、南アフリカやナイジェリア等のアフリカ諸国である(第2-2-2-5図、第2-2-2-6表)。これは、インドの垂直分業度の輸出先別でみたときにROWの割合が大きかったことと整合的である(前掲第2-2-1-5図(2))。また、地域別のシェアの変化をみると、先進国から中東、南半球の新興国・途上国へシフトしている。2000年と13年の輸出額を比較した場合、西ヨーロッパ・北ヨーロッパ向けが5%ポイント(25%から20%)、北アメリカ向けが4%ポイント(16%から12%)それぞれ輸出全体に占める割合が減少したのに対して、中東向けが5%ポイント(9%から14%)、アフリカ向けが4%ポイント(12%から16%)、中南米向けが4%ポイント(4%から8%)、それぞれ上昇した。
また、インドからの輸出の財別構成は、世界全体に対しては、一般機械(液体・気体ポンプ、ボイラー・タービン、遠心分離機等)、電子機器(有線通信機器、ケーブル・絶縁体、コンデンサーや電気回路、トランスフォーマー等)、輸送機器(乗用車や関連部品)に関連する財の輸出がそれぞれ約30%を占めている(第2-2-2-6表)。
これを地域別にみると、中東向けは一般機械や電子機器が多く、合わせて全体の70%弱を占めているが、一般機械については、リフト・クレーン、ジャッキ、ポンプや循環器、過熱機・乾燥機、金属加工機等の財を幅広く輸出している。電子機器については、特に有線通信機器(電話等)が電子機器類の輸出額の約40%を占めている。
また、アフリカ向けには、輸送機器類が機械類の輸出の半分を占めているが、その半分は乗用車であり、約10%がトラクター等の作業用機器である。ただし、アフリカ向けの自動車用付属品・部品の輸出は少なく、輸送機器の輸出額の10%に満たない。
中南米向けも同じく、輸送機器が多く機械全体の輸出の約65%を占めており、その半分は乗用車であるが、自動車用付属品・部品の割合は輸送機器の輸出額の約20%とアフリカ向けよりも多く、特にブラジル向けは輸送機器の輸出額の90%強が自動車用部品である。
他方、先進国向けについては、自動車用付属品・部品や、変速機や類別では一般機械等に分類される伝導軸、エンジン等に用いる部品を多く輸出している。西ヨーロッパ・北ヨーロッパ地域向けには、機械全体の輸出額のうち、乗用車、自動車用部品がそれぞれ10%強を占めている。また、北アメリカ向けも、輸送機器類の輸出額の約80%、機械全体の輸出の約20%が自動車用付属品・部品であるほか、航空機やヘリコプターの部品も輸出しており、これが機械全体の輸出の10%弱を占めている。
このように、インドの製造業は、先進国に機械部品を供給する一方で、中東、アフリカ、中南米等の新興国や途上国に乗用車や電子機器等の輸出を増やし、ほかの新興国と比べても急速に発展を遂げてきた。インドの工業製品の輸出は、世界金融危機の影響があった09年を除けば、04年から11年の間に前年比10~30%増で成長してきた。輸送機器や電子機器以外にも、鉄等の金属製品、医薬品を中心とした化学製品が成長しており、製造業が多様化しつつ、発展してきたことが分かる(第2-2-2-7図)。
しかしながら、近年は、主要貿易相手国の一つのヨーロッパの景気後退の影響等から輸出の伸びに鈍化がみられた。ヨーロッパの景気がようやく持ち直してきている中で、構造改革を進め、関税・非関税障壁の高さ、インフラ未整備による供給制約を克服して、成長軌道を維持できるかが、ポスト中国をめぐるポイントと考えられる。
3.最終需要地としての新興国の位置付け
世界経済における中国の立ち位置の変化の別の面としては、「世界の工場」から「世界の市場」へといわれているように、世界経済の最終需要地としての中国の役割が高まっている。この点について、第1項で用いた国際産業連関表から中国の最終需要が地域外に誘発する生産額を計算すると、中国の最終需要の他地域への生産誘発額は2000年から11年の間に年平均16.6%増加している。同時期のアメリカの最終需要の他地域への生産誘発額は年平均5%しか増加しておらず、中国の最終需要地としての成長のスピードの速さがうかがえる。
中国の個人消費の市場については、過去10年間で年平均10%成長しており、その規模は、既に金額ベースでは日本と韓国を合わせた規模とおおよそ等しくなっている。さらに、ほかの主要な新興国の市場も含めれば、新興国市場は、過去10年間で年平均7%以上のスピードで成長しており、今後の10年間も同様のペースで拡大すれば、10年後の23年には、新興国市場の規模が現在世界最大の消費者市場を持つアメリカを上回る見込みとなる(第2-2-3-1図)。
こうした消費市場の拡大とともにその様態も変化しており、耐久財消費が拡大している。新興国の耐久財市場の成長を世帯当たりの耐久財の普及率でみると、普及率が2000年に20%台と低かったインド、インドネシアで、13年には約10%ポイント増加し30%台となった。2000年には30%台だった中国も40%台となっている。また、新興国の中では比較的所得水準が高いメキシコ、ブラジル、ロシア、トルコは、2000年には40%台であったが、13年までにそれぞれ5%ポイントほど普及率が上昇しており、この間の消費の成長がみてとれる。しかしながら、新興国における耐久財の普及率が20~50%であり、先進国は60~80%程度と比べるとその差は大きく、市場の潜在性は大きい。世帯当たり所得が増加すると耐久財の普及率も上昇する関係にあり、世帯当たり所得が10%増えると耐久財の普及率が2%ポイント程度増加する関係となっている(第2-2-3-2図)。
30年の世帯当たり可処分所得は、中国が現在の約2.5倍、インドネシアが約2.3倍、インドが約1.8倍、ロシア、トルコが約1.7倍、ブラジルが約1.5倍、メキシコが約1.3倍となることが見込まれる(第2-2-3-3図)。そうしたことを世帯当たり可処分所得の見通しに照らし合わせると、中国、ロシア、ブラジル、メキシコ、トルコは、現在の先進国並に耐久財が普及し、消費様態も相応に多様化することが見込まれる。また、後発のインドやインドネシアにおいても、30年には、現在のロシア、トルコ、中国、ブラジル並みの消費水準に達するであろう。