第4節 ヨーロッパ経済
1.弱い動きが続くヨーロッパ経済
ヨーロッパ経済は、南欧諸国等の景気低迷が長引く中、これまでけん引役であったドイツも2012年10~12月期に一時的に落ち込んだことなどから弱い動きをみせていたが、一部には下げ止まりの兆しもみえ始めている。英国ではオリンピック効果等で景気に一時的な持ち直しと反動がみられた後、景気は下げ止まりつつある。12年央以降にみられる企業マインドや生産の下げ止まりの動きが、今後着実に景気全体の持ち直しにつながっていくか注目される。
本節では、欧州主要国の景気情勢を概観し、その回復の鍵を握る要因を明らかにするとともに、景気低迷の続く中、南欧諸国等の財政再建の可能性がどう変化してきているかに焦点をあてて分析する。
(1)ユーロ圏
ユーロ圏では、11年10~12月期以降、南欧諸国等における住宅バブル崩壊の後遺症や財政緊縮の影響等により固定投資を中心とした内需の縮小から景気の低迷が続いている。さらに、12年10~12月期にはそれまで増加していた輸出がマイナスに転じたことから、実質経済成長率は前期比年率▲2.3%とマイナス幅が拡大し、13年1~3月期も▲0.9%とマイナス幅は縮小したものの6四半期連続のマイナス成長となった。南欧諸国等で景気後退が続いていることに加え、比較的堅調であったドイツ経済が足踏み状態となっていることがその主因となっている(第1-4-1図)。
ユーロ圏の輸出減少の主因はアメリカ向けや中国向け輸出の減少であるが、13年3月にはいずれも増加に転じている(第1-4-2図)。13年に入り中国では拡大テンポは依然緩やかなものとなっているものの、アメリカでは緩やかな回復が続いていることから、ユーロ圏の圏外向け輸出も徐々に持ち直していくと考えられる。
固定投資は、12年以降、全体として低下傾向が続いている。特にスペインの落ち込みが目立っており、住宅バブル崩壊の後遺症からいまだに回復していないとみられる(第1-4-3図)。イタリアでは11年後半以降、欧州政府債務危機再燃による国内需要減退等から設備投資が減少しており、ドイツも景気の先行き不透明感等から12年以降は設備投資が減少傾向にある。フランスでは、12年前半までは底堅く推移していたが、その後弱い動きが続いている。
個人消費も減少を続けている(第1-4-5図)。スペインやアイルランドで顕著にみられた住宅価格下落による家計のバランスシート調整に加えて、スペインやギリシャを筆頭にユーロ圏の多くの国で失業率が上昇を続けていることが背景となっている。特に失業率の上昇が急激であったイタリアでは、消費も大幅に減少している。スペインでは、25%超の失業率に加えて、12年9月にVAT税率が引き上げられたことや公務員のボーナス廃止等により、10~12月期に消費が更に落ち込んだ。消費が比較的堅調であったフランスでも雇用環境が悪化してきており、消費にも陰りがみえ始めている。他方、ドイツでは就業者数の増加による所得増を背景に消費は底堅く推移している。
企業や消費者のマインドは12年央から12年末を底として持ち直しの動きがみられる(第1-4-7図)。ただし、フランスについては、雇用環境の悪化等からPMIも消費者マインドも弱い動きが続いている。
生産も13年に入り底堅い動きがみられるようになった(第1-4-8図)。これは、先にみたように内需が低迷する中で、ユーロ圏外向けの輸出の動きと整合的なものとなっており、ユーロ圏の本格的な景気回復はやはり外需の回復次第ということになろう。
以下では、ユーロ圏の主要国でありGDP全体の約4分の3を占めるドイツ、フランス、イタリア及びスペインの経済情勢を国ごとに概観する。
(i)ドイツ
11年夏に欧州政府債務危機が再燃して以降、南欧諸国等が深刻な景気後退に苦しんでいる中で、ドイツは比較的底堅い動きを続けていたが、12年10~12月期に一時的に落ち込み、景気は足踏み状態となった。実質経済成長率をみると、12年10~12月期はけん引役の輸出が大きく落ち込んだことから、1年ぶりのマイナス成長となった。13年1~3月期は個人消費がけん引し、前期比年率0.3%増とプラスに転じたものの、全体としては足踏み状態から脱したとはいえない(第1-4-9図)。
個人消費は後述する労働市場の良好なパフォーマンスに下支えされている。新車販売は弱い動きが続いているものの13年4月には6か月ぶりに増加に転じ、小売売上は増加している(第1-4-10図)。消費マインドも緩やかに改善してきており、消費は全体として底堅く推移しているといえる(第1-4-11図)。
企業の景況感をみると、いずれの指標についても関係機関・関係国による債務危機への対応や安全網の整備が進んだ12年後半から大きく改善をみせている(第1-4-12図)。しかし、13年2月以降のイタリア政局の混迷やキプロスに対する金融支援を巡る一連の動きによって、市場が債務危機の再燃に対する警戒感を高めるとともに、企業マインドの改善傾向もやや鈍化している。
しかし、企業の生産活動や受注動向をみると、12年10~12月期に底打ち感をみせた後、持ち直しつつある。(第1-4-13図、第1-4-14図)。資本財の受注や生産が底打ちしつつあることから、設備投資も下げ止まりつつあるとみられ、今後、輸出の回復とあいまって持ち直しの動きが確かなものになっていくことが期待される。
受注統計をみると、これまで国外、特にユーロ圏内からの需要が伸び悩んでいたが、13年2月以降、ユーロ圏内、圏外ともに増加傾向に転じている。輸出はユーロ圏向けの低調さに引きずられる形で伸びの鈍化がみられていたが、13年に入り月々の振れはあるもののユーロ圏外向けを中心とした輸出回復の兆しがみられる(第1-4-15図、第1-4-16図)。
ほかのユーロ圏諸国とドイツとで大きく状況が異なるのが雇用情勢である。ドイツの失業率は依然として低い水準で推移しており、就業者も増加傾向が続いている(第1-4-17図)。ここ数年、旧・西ドイツ地域の失業率は6%近傍で下げ止まり状態にある一方、旧・東ドイツ地域の失業率は10%台ながら緩やかな低下が続いており、結果として全体の失業率も低下が続いている41。
このような比較的良好な雇用環境を背景に底堅く推移している個人消費に加え、12年10~12月期に落ち込んだ輸出が圏外需要の回復に伴って上向いてきていることから、景気は13年に入って以降、次第に持ち直していくことが期待される。
(ii)フランス
フランスは、12年10~12月期、13年1~3月期の実質経済成長率がそれぞれ前期比年率▲0.8%、▲0.7%と2四半期連続でマイナス成長となるなど、弱い動きが続いている(第1-4-18図)。
個人消費についてみると、前期比年率で12年10~12月期、13年1~3月期それぞれ0.1%増、▲0.3%とおおむね横ばいとなっている。また、月次統計でみても、小売売上も12年以降横ばいで推移しており、自動車販売台数は減少が続いていることが確認できる(第1-4-19図)。これは後述するような雇用情勢の悪化が消費者マインドを冷え込ませていることも一因となっているものと思われる(第1-4-20図)。
設備投資は、12年前半までは底堅さもみられたが、12年後半以降、企業の弱いマインドの影響もあり弱い動きとなっており、13年には減少が見込まれている(第1-4-21図)。生産は、12年後半のような減少傾向から多少安定化の兆しもみられるが、依然一進一退である(第1-4-22図)。
輸出は、自動車の低迷にもかかわらず航空機の出荷の好調から輸送機器による下支えはあるものの、依然として高い労働コストを要因とする競争力低迷の問題は未解決であり、ユーロ圏向け輸出を中心に楽観を許す状況にはない。
経済成長の低迷は、11年半ば以来の雇用環境の悪化につながっている。なお、雇用環境の悪化は新規雇用抑制の影響を受けやすい若年層に対して特に大きな影響を及ぼしている(第1-4-25図)。これまでに若年者雇用助成等の政策が実施されてきたが、現在のところ十分な効果がみられていない。
上記のような経済の低迷に対応するため、13年1月、解雇規制の緩和等労働規制の柔軟性を拡大する一方、社会保障の充実等により従業員保護の強化を図るという形で、雇用の安定化をねらった労使交渉が妥結されるなど、労働市場改革が進められているところである(第1-4-26表)。中長期的にはこれらの労働市場改革を始めとする各種政策効果による競争条件の改善も期待されるが、同国の景気の持ち直しは短期的には世界経済の回復力が高まることに伴う輸出増等によるとみられる。
(iii)イタリア
イタリアは、11年夏に欧州政府債務危機が再燃してからは、財政緊縮の加速等によって国内需要が低迷し、深刻な景気後退から抜け出せない状況が続いている。こうした厳しい経済環境もあって、13年2月25~26日に行われた総選挙では、財政緊縮への反対やユーロ圏離脱の是非を問う国民投票の実施等を掲げる政治勢力が躍進した。
実質経済成長率をみると、13年1~3月期は前期比年率▲2.1%となり、11年7~9月期から7四半期連続のマイナス成長となった(第1-4-27図)。12年の暦年の実質GDPの水準は、世界金融危機の影響で一時的に大きく落ち込んだ09年の水準を下回った。
国内需要が更に冷え込むことを回避するため、政府は当初12年夏頃に予定していたVAT引上げを先延ばししたものの、小売売上や新車販売は低調なままとなっている(第1-4-28図)。
消費に加え設備投資も減少を続けており、鉱工業生産は11年初の水準から10%以上のマイナスとなっている(第1-4-29図)。製造業受注も、12年央に一時期持ち直していた国外からの受注が再び失速している上、国内からの受注は引き続き減少しており、引き合いの弱さは13年に入ってからも一層際立っている(第1-4-30図)。
11年以降、主に輸出だけが実質GDPを押し上げているが、それも13年に入って低迷している(第1-4-31図)。
雇用情勢をみると、13年1~3月期の失業率は11.6%となり、11年以降で約3%ポイントも上昇した(第1-4-32図)。
景気後退が長引いている状況はほかの南欧諸国等も同様だが、きめ細かい経済・財政運営の舵取りが求められる中で、新たに発足した中道左右陣営を軸とした大連立政権が安定した政権運営をしていけるかは不透明である。政局の不透明感は同国景気の悪化に拍車をかけるとともに財政の先行きに対する市場の不安を高める可能性があり、今後も注視していく必要がある。
(iv)スペイン
住宅バブル崩壊の後遺症に苦しむ中で、財政再建へ向けた取組を続けているスペインでは、内需に回復の兆しがみられず、依然として深刻な景気低迷が続いている。
実質経済成長率をみると、12年9月のVAT引上げ等の影響で特に大きく落ち込んだ12年10~12月期は前期比年率▲3.1%、続く13年1~3月期は同▲2.0%となった。11年7~9月期からイタリア同様7四半期連続のマイナス成長となり、長いトンネルの出口はまだみえない(第1-4-33図)。
景気後退局面でのVAT税率引上げの消費への影響は大きく、小売売上・新車販売の動向をみると、12年9月のVAT引上げの駆け込み増の後大きな落ち込みがみられ、13年に入っても低迷が続いている(第1-4-34図)。ただ、新車販売については、12年9月に約2年ぶりに復活させた新車買い替え補助金制度「高燃料効率自動車購入補助プログラム(PIVE)」によって販売減少に歯止めがかかっている。
固定投資は、住宅バブル崩壊の影響を大きく受けている住宅建設の落ち込みに加え、一時増加に転じた機械設備投資も11年後半から減少に転じたため、急激な減少が続いている(第1-4-35図)。これまで上昇の一途を辿っていた金融機関の不良債権比率は、12年12月に稼働したバッドバンクへの不良資産移管もあり、同月には10.4%と、過去最高を記録した11月の11.4%から低下したものの、景気が低迷し住宅価格が低下を続けていることから、不良債権比率は今後も高まる可能性が強い(第1-4-36図)。
消費、投資とも低迷する中で、企業の生産活動はなお低調な状況が続いているが、消費財や投資財の生産には底打ちの動きもみられる(第1-4-37図)。
こうした生産の動きの背景にあるのが輸出である。近年、労働コストを抑えることで価格競争力を向上させていることから、輸出は比較的堅調に推移している(第1-4-38図)。内需が低迷する中で、輸出が同国の景気の持ち直しの鍵を握る点は、ほかのヨーロッパ諸国と同様である。
雇用情勢をみると、13年1~3月期の失業率は、ユーロ圏内ではギリシャに次ぐ26.5%と史上最高水準にあり、なお上昇が続いている(前掲第1-4-6図)。12年春に打ち出した労働市場改革の中で、有期契約就業者比率が高い(不安定雇用者が多い)ことや失業手当等の社会保障が手厚いことで就業意欲が減退(いわゆる「失業の罠」)するといった従来から指摘されていた構造的要因への対策は講じられてきたものの、まだその成果は確認できない。政府は13年3月に職業訓練プログラムや若い自営業者に対する社会保障負担の減額等15の短期的緊急対策と85の中長期対策からなる、若年者雇用対策(今後4年間で35億ユーロ相当)を発表したものの、財政緊縮の影響による景気低迷が続く中、こうした雇用対策の効果がどこまで発現するか懸念されている。
(2)英国
実質経済成長率は11年10~12月期から3四半期連続のマイナス成長の後、12年7~9月期にはロンドン・オリンピックの経済効果から前期比年率3.8%増となった。12年10~12月期は同▲1.2%とマイナスに転じたが、オリンピック効果の反動を差し引けば若干のプラス成長になっていたと試算されている(第1-4-39図)。経済の基調は見かけ上の数値が示すほど悪くない模様であり、13年1~3月期は在庫投資の反動という面が強かったものの前期比年率1.2%増となった。
個人消費は13年1~3月期にかけて6四半期連続で増加している。また、月次統計でみても、小売は同3月にやや減少したものの基調としては増加傾向にあることが確認できる(第1-4-40図)。自動車販売も、ほかのヨーロッパ諸国が低調な中、英国は消費者マインドの改善等を背景に前年比プラスが続いている。
雇用については、賃金抑制の効果もあって12年初より増加し、失業率も低下を続けてきたが、12年末以降その改善傾向に足踏みがみられる。また、12年9月には2.2%まで低下した物価上昇率は公共料金の値上がり等を受けて13年1月に2.8%まで上昇しており、こうした物価上昇の動きが実質所得の下押し要因となり、消費をめぐる環境にはリスクもある(第1-4-41図)。
輸出は12年10~12月期に前期比▲1.8%と減少したが、13年1~3月期は同1.0%と増加に転じた。12年10~12月期に減少していたアメリカ向けを中心に非ユーロ圏向けが増加した(第1-4-42図)。
設備投資は、12年前半頃までは比較的堅調に推移していたが、12年末にかけて製造業・非製造業ともに落ち込みも見られる(第1-4-43図)。しかし、企業マインドも回復傾向にあるほか、設備投資計画も比較的堅調に推移している様子がうかがわれ、今後増加に転じることが期待される(第1-4-44図)。
イングランド銀行(BOE)は13年2月、今後2年間はインフレ率が2%の目標を上回る一方、経済見通しに係るリスクが下振れ方向にあることを指摘した上で、「現在の緩和措置を市場予想よりも早くに中止し、インフレ率を目標に戻そうとすれば、景気回復を妨げインフレ率を中期的に目標から下振れさせるリスクがある」と述べ、資産買取策で買い取った英国債のうち、13年3月に償還を迎える66億ポンドを再投資すると決定した42。償還によってBOEのバランスシートが縮小し、金融緩和効果が限界的に低下することを防ぐねらいがあった模様である(第1-4-45図)。
加えて、成長率及びインフレ率の見通し次第では、追加的な緩和を行う準備もあると述べられており、短期的にはインフレ率を目標に収れんさせることよりも、景気回復に力を入れる姿勢を引き続き示した。
こうした中、現キング総裁は13年6月末に退任し、7月よりカーニー新総裁が就任することとなっている。カーニー氏が名目GDP水準ターゲティング(以下、NGDPターゲティング)に対して肯定的な発言をしていたことから、同氏の総裁就任でBOEが政策枠組みをインフレターゲティングから変更するとの見方が生じた。
しかし、13年3月に13年度予算案と同時に公表されたBOEの新たな責務の中で、財務相はNGDPターゲティングが英国には適切でないと言及しており、同ターゲティングが導入される可能性は低いとみられている43。
その一方で、財務相はBOEの新たな責務の中で、BOEに対し、13年8月のインフレーションレポートで、アメリカFED(連邦準備制度)のように将来の経済環境に依存した数値基準(state-contingent intermediate thresholds)を用いて金融政策のガイダンスを行うことの利点を評価するよう求めた。
2.南欧諸国等の財政再建とユーロ圏の金融政策
EUではこれまでも「安定成長協定」に基づき財政規律の強化に取り組んできたが、ユーロ圏の財政規律を更に強化するための新財政協定(正式名称は経済通貨同盟の安定・協調・ガバナンスに関する条約)が13年1月1日に発効した。本協定では構造的財政赤字のGDP比を0.5%以内とする財政均衡化ルール44や自動是正メカニズム45等を導入することが定められており、各国は14年1月1日までにこれらの規定を国内法制化しなければならない。なお、本協定の批准と国内法制化はESMを通じた財政支援を受けるための条件にもなっている。
また、13年5月30日にはユーロ圏加盟国の経済ガバナンスをさらに強化するための2つの規則46(いわゆるtwo-pack)が発効した。これにより、加盟各国は毎年10月15日までに翌年の予算案を欧州委員会に提出することが義務付けられ、安定成長協定の義務に対し重大な違反があることが審査で明らかになった場合には、欧州委員会から予算案の修正を求められることになる。
しかし、実際に新財政協定で定められた厳しい基準を遵守できるかどうかは、以下で述べる各国の現状をみると予断を許さない。新協定では、財政均衡化ルールに違反し、欧州司法裁判所による是正措置に従わなかった場合には、加盟国による特定多数決47で否決されない限りGDPの0.1%未満の制裁金が科されることになっている。安定成長協定よりは加盟国の裁量の余地が狭くなってはいるものの、例外規定48もあるため安定成長協定の制裁措置のように形骸化する懸念もある。
12年9月に欧州中央銀行(ECB)が新たな国債買取策(OMT:Outright Monetary Transactions)を発表して以降、市場の緊張は和らいでいるが、欧州債務危機の根本的な解決には財政再建や構造改革、銀行同盟等の統合深化が不可欠であるため、これらの取組を進めることができるかどうかを注視する必要がある。
(1)南欧諸国等の財政再建の現状と見通し
各国とも引き続き財政収支改善に向けた取組を進めているものの、アイルランドを除く南欧諸国等では予想以上の景気の落ち込みにより(第1-4-47図)、目標達成には至らず、目標の先送りを繰り返している。こうした厳しい経済情勢を受け、欧州委員会も目標の先送りによる財政緊縮ペースの鈍化と構造改革を通じた成長促進に軸足を移すことを認める姿勢をみせている。
経済成長が予想以上に落ち込んだことに関し、IMFは12年10月に公表したレポートで、これまで約0.5と想定されていた財政乗数が過小評価されており、実際は0.9~1.7程度であった可能性を指摘している49。しかし、欧州委員会が12年11月に公表したレポートでは、危機時における財政乗数の過小評価の可能性はあったとしても、経済成長見通しが外れた要因としては、国債利回りの上昇といったソブリンリスクに対する認識の変化による影響も同様に重要であったとしている50。なお、欧州委員会のモデルでは、信用制約が強くゼロ金利下での一時的な財政緊縮の乗数を、税によるものは0.1~0.4、政府支出によるものは0.7~1.5としている。また、ECBは12年12月に公表したレポートで、短期的な財政乗数だけに注目するのは視野が狭すぎるとし、財政緊縮の5つの手段(政府支出の削減、政府投資の削減、一般移転の削減、労働税の増税、消費税の増税)の影響について分析した結果、これらは短期的にはGDPにマイナスの影響を与えるものの、長期的には政府投資の削減以外はGDPにプラスの影響があるとしている51。
以下では、このような財政緊縮の短期的な負の影響と財政再建とのバランスをどのようにとっていくかに苦慮する南欧諸国等の現状を確認する。
(i)イタリア
11年に欧州政府債務危機が再燃して以降、政府の取組やECBの流動性供給、ユーロ圏レベルでの安全網の整備に進展がみられるなど、関係国、関係機関による政府債務危機の解決に向けた取組もあって、一時期に比べ金融市場は落ち着きを取り戻し、小康状態が続いている。13年2月末の総選挙を控え、わずかに市場が反応する場面もみられたが、選挙の結果、いずれの政党連合も上院で過半数に至らず、安定政権の樹立が困難な状況となった際も市場の反応は限定的であった。
イタリアの12年財政収支はGDP比▲3.0%の赤字となり、累積債務残高は127.0%となった。財政収支は4年ぶりに欧州委員会の定める過剰財政赤字基準内となったが、12年9月時点の政府目標(同▲2.6%)からは下振れた。ただし、基礎的財政収支は同2.5%の黒字となっており、3年連続で黒字幅を拡大させている(第1-4-48図)。イタリアの財政赤字は累積債務残高が非常に高い水準であること及び国債利回りが高いことから生じており、利払いを除いた基礎的財政収支は先進国の中でも健全な部類に属する。
総選挙後、政局の混迷が懸念材料として浮上する中で、市場の反応が限定的であったのは、これまでの欧州政府債務危機への対応等イタリア以外の要因もあるが、モンティ政権が取り組んだ年金改革等の財政再建策はすべて措置済であった点も大きい。仮に政治的な膠着状態が長引いたとしても、それを覆すための法的措置を講じない限り、少なくとも13年は財政再建が自動的に進んでいく状況になっているからである。
しかし、先の選挙では、これまでの財政再建・構造改革路線をイタリア国民が否定した面もあり、政治的に同路線を単純に継承していくことは困難とみられる。12年にVAT税率の引上げを回避した際は13年7月以降に標準税率及び軽減税率を1%ポイントずつ引き上げることとしていたが、現在の景気情勢を勘案すれば13年後半のVAT税率引上げは政治的コストが大きいと思われる。イタリアは基礎的財政収支の黒字拡大が進み、財政収支が財政赤字是正目標内にあるなど、ほかの南欧諸国等に比べれば、財政状況の改善は進んでおり、多少財政赤字削減目標を緩和しても、景気の底割れを防ぐ措置を優先するべきとの考えにシフトする姿勢をみせている。
(ii)スペイン
現政権が発足した11年末以降、財政再建を強く推し進めてきたスペインの12年財政収支はGDP比▲10.6%の赤字となった。ESMからの金融支援分同▲3.6%を除くと、同▲7.0%であった(第1-4-49図)。スペイン政府がトロイカ(欧州委員会、ECB及びIMF)と合意していた目標値は同▲6.3%で、その達成はできなかったものの、金融支援分を除くと目標値との差は小さく、この結果を受けて金融市場においてスペイン財政に対する不安が高まるような事態には至らなかった。
12年9月のVAT税率引上げ等が歳入増に寄与したものの、スペイン単独の金融セクター支援、地方財政支援、社会保障の増大は中央政府の負担とされたため、中央政府の赤字は縮小しておらず、その分、地方自治体は前年より大きく赤字を削減した形になっている。地方自治体に対しては、スペイン政府の13年予算で、12年に続き、「取引業者への支払いのための融資基金」や「地方政府向け緊急流動性供給メカニズム」といった地方財政の破たんを防ぐための措置が盛り込まれている。
欧州委員会が財政赤字▲3.0%以下の目標達成時期を14年から16年に先送りすることを認めたため、13年の財政赤字目標はGDP比▲4.5%から▲6.5%に下方修正された。同時に経済成長見通しも、13年は0.5%から▲1.3%に下方修正された。深刻な景気後退が続く中、目標が下方修正されたとしても、その達成は容易ではない。また、住宅価格の下落が続いており、金融機関の不良債権比率の上昇に歯止めがかからない懸念もある。
しかしながら、12年6月にユーロ圏財務相会合(ユーログループ)へ金融機関の資本増強のための財政支援を要請して以降、スペインの金融機関再編は同年7月に合意された覚書(MoU)に則して着実に実施されており、13年2月のトロイカ審査でも「プログラムは順調に進んでいる」と評価されている。
スペイン中央銀行及び欧州委員会は12年末にバンキア等既に公的管理下にあった4行(=通称グループ1)及び資本注入が必要なその他小規模4行(=通称グループ2)の「再編計画」を承認した。これを受け、ESM(欧州安定メカニズム)からFROB(スペイン銀行再編基金)に12月上旬に融資されていた約395億ユーロのうち、370億ユーロがグループ1の銀行の資本注入に、25億ユーロがSAREB(資産管理会社、いわゆるバッドバンク)に使用された。また、2月にはEMSからFROBに対し約19億ユーロの第2回融資が行われ、3月にグループ2の4銀行のうち3行への資本注入が行われた。これらの銀行は承認された「再編計画」に基づいて、それぞれ合併・リストラ・債権者のヘアカット・国有化・バランスシートの縮小等を実施するとともに、SAREBへ不良資産(グループ1及び2の合計約510億ユーロ)を移転し、今後5年程度をメドに市場への復帰を目指すこととなる。なお、いわゆるグループ3(12年9月のストレステストで資本不足が指摘されたが自前で資金調達が可能であると判断された)は、13年6月までに各行で増資することとなっている。
以上のような取組にも関わらず、欧州委員会が13年4月に公表したマクロ経済不均衡是正手続(Macroeconomic Imbalance Procedure)の審査において、スペインはマクロ経済不均衡が「過剰」と判断された。特に、国内及び対外債務残高が非常に高い水準にあることが、引き続き成長と金融の安定のリスクであるとされている。今後、4月に提出された「国家改革計画」及び「安定プログラム」に盛り込まれた対策の評価及び勧告が欧州委員会によって行われることになっており、それらを受けたスペイン政府の対応を注視する必要がある。
(iii)ギリシャ
ギリシャでは、12月に実施された国債買戻し以降は、比較的順調にプログラムを消化しており、中でも中央政府では当初目標を上回るペースで財政再建を進めている様子がうかがえる(第1-4-50表、第1-4-51図)。ギリシャの財政再建計画については、トロイカにおいても「プログラムは軌道に乗っている」との評価がなされており、12年12月当初のマクロ経済シナリオを上回るペースで財政再建なされることが期待されているところである。これらの状況を踏まえ、技術的問題の解決を目的とした審査期間の延長こそみられたものの、ギリシャに対する融資も、順調に供与されている。今後は、財政再建の一環として予定されている公務員削減計画や、不動産課税等の徴税強化に向けた取組が順調に進捗するかどうかが注目される。
ただし、今後の経済情勢については13年も▲4.2%と引続きマイナス成長となると見込まれているほか、若年失業率が13年1月には59.3%に達するなど雇用環境は大幅な悪化が続いている。財政再建を引続き着実に実施するとともに、ギリシャ経済を成長軌道に載せるための国有資産の売却・民営化計画やサービスセクター改革といった成長戦略の促進等による早期の回復軌道への復帰が望まれる。
(iv)ポルトガル
ポルトガルは、3月に発表されたトロイカ審査結果で財政支援プログラムが「おおむね順調に進んでいる」と評価されている。
当初、12年の財政赤字目標(GDP比▲5.0%)を達成したと発表していたが、空港インフラ管理会社の売却益や銀行の年金基金の一般政府への移管が統計上認められなかったため、結局同▲6.4%と目標を超過した52(第1-4-52図)。ポルトガル政府は13年の目標(同▲5.5%)は達成することができるとしているものの、予測よりも景気後退が深刻化したことから、財政赤字削減目標を、14年は同▲4.5%から▲5.5%、14年は同▲2.5%から▲4.0%、15年は同▲2.5%から▲3.0%とそれぞれ緩和することでトロイカと合意した。ポルトガル政府は更なる歳出削減、年金制度の見直し、国営企業の合理化を進める予定である(第1-4-53表)。
13年予算に盛り込まれた緊縮策のうち、年金受給者への支払いや失業手当減額等4項目について憲法裁判所が違憲との判断を下したが、政府は公務員の勤務時間延長による残業手当削減等の歳出削減策により不足分を補うことで財政赤字削減目標達成を目指すとしている。
しかしながら、12年の実質経済成長率は▲3.2%と2年連続のマイナスとなり、13年の成長見通しも▲1.9%から▲2.3%に下方修正された。失業率も13年3月時点で17.5%と高水準で推移していることから、景気後退が続く中での財政再建の舵取りという難しい状況が続くと見込まれる。
ポルトガルは14年半ばに支援プログラムが終了する予定であるが、3月4、5日のユーログループ(ユーロ圏財務相会合)及びECOFIN(EU財務相会合)ではEFSF及びEFSMからの融資の返済期限延長が合意された。これによりプログラム終了後の返済・借り換え負担を軽減し、市場復帰をスムーズにするねらいがある。5月には約2年ぶりに10年国債を発行し、30億ユーロを調達するなど、支援卒業に向けて順調に進んでいる。
(v)アイルランド
アイルランドは、5月に発表された第10回トロイカ審査結果でも財政支援プログラムが着実に実施され、政府や銀行をめぐる市場環境が一層改善されていると評価されている。
12年の財政収支はGDP比▲7.6%の赤字と目標の同▲8.6%を下回り、13年の目標(同▲7.5%)についても、不動産税の導入や児童手当削減等、歳出・歳入両面から達成に向けた取組が行われている(第1-4-54図)。また、13年2月に、アイルランド政府がアイリッシュ・バンク清算会社(IBRC)に発行した約束手形53を長期国債と交換することでECBと合意した。このため、利払いが大幅に低下し54、14年から10年間、年約10億ユーロ(GDP比0.7%)の財政赤字削減効果が見込まれている。
不動産バブル崩壊の影響を受けた銀行部門の再編も進んでいる。アイルランド財務省は、09年12月に導入した参加金融機関の預金全額等を保証する銀行保証措置55(ELG Scheme:Eligible Liabilities Guarantee Scheme)を3月28日をもって終了することを発表した。本措置はコストが高いことから、トロイカが廃止を勧告していたものであり、銀行制度の正常化に向けて一歩前進したといえる。また、依然として高いローン滞納率改善のため、アイルランド財務省は3月に政府・中銀の目標及び取組について発表した。これによると、14年末までに住宅ローンを90日以上滞納している顧客の大部分に対し持続可能な解決策を提案することを目標とし、ローン滞納者が賃借人として家に住み続けることを政府のコスト負担で支援するmortgage to rentスキーム等を推進するとしている。
経済は輸出主導で回復しつつあり、12年のプラス成長(0.9%)に続き、13年も1.2%のプラス成長が見込まれてはいるものの、12年の実質GDPの水準は不動産バブル崩壊前の07年より依然として約6%低い。このため、失業率も14.7%と高止まりしている。アイルランド政府は2月に「13年雇用創出に係る年次行動計画」(12~16年に10万の雇用創出を目標として12年から開始されたもの)を発表した。
アイルランドは13年末までに国債発行市場に完全復帰する予定であり、3月には支援要請後、10年1月以来初めてとなる50億ユーロ相当の10年国債を発行した(落札利回りは4.15%)。市場復帰直後の資金調達負担を軽減するため、3月4、5日のユーログループ(ユーロ圏財務相会合)及びECOFIN(EU財務相会合)でEFSF及びEFSMからの融資の返済期限延長が合意された。
このように着実に財政支援プログラムが進められていることや資金調達見通しが改善したことに加え、経済もプラス成長を達成するなど比較的堅調であることから、財政赤字がGDP比7%台半ばで債務残高が120%前後であっても、国債利回りは3%台にまで低下してきており、13年末には予定どおり支援から卒業できる見込みである。
コラム1-2:キプロス支援の概要
キプロスは2012年6月にEUに対し金融支援を要請し、トロイカによって支援の前提となるべき財政状況等について審査が行われていたが、キプロス国内の政治的な問題もあり調整に時間がかかっていた。13年3月に最大100億ユーロの支援の具体的な条件についてユーログループと合意に至ったものの、条件の一つとしてキプロス議会に提出されたすべての預金に対する課税案が否決されるなど一時混乱が生じた。結局、キプロス2大銀行の保護対象外である10万ユーロ以上の預金は凍結され、銀行の整理・資本再編に使用されることとなった。
今回、ユーログループが預金者にも損失負担を求めた背景には、キプロスの預金者の約40%が国外居住者のものであり(図1)、その大半がロシア人とみられることや、キプロスの金融業に対するマネーロンダリング疑惑等のキプロス特有の事情もあるが、株主、債券保有者に加え、大口預金保有者にも負担を求めることによって、政府や納税者の負担を軽減することは、公平性の観点から妥当と考えられる。同様のベイルインの仕組みは、現在EUで検討されている単一破たん処理メカニズム(SRM)の破たん処理ルールの一つとして規定される見通しである。
キプロスが金融支援を受けるに至った背景には、欧州政府債務危機、特にギリシャの債務再編の影響を受け、キプロスの金融機関のバランスシートが毀損し、バーゼルIIIに定める自己資本比率を達成するために多額の資本注入が必要となったということがある。加えて、金融機関の総資産がキプロスのGDPの7倍以上にのぼる巨額であるため(図2)、自力での立て直しが困難となっていた。
他方、財政状況をみると、09年以降赤字を抱えてはいるものの、これはリーマンショックの影響に加え、11年のナヴァル海軍基地の爆発事故により生じた国内最大級の発電所の破損に伴う経済的な負担によるものであり、恒常的な赤字を抱えているという状況ではない。
以上を踏まえれば、キプロス財政は金融支援を受け、不良債権処理が完了すれば、持続可能な状態に復帰するものと期待される。ただし、今回、預金者に損失負担させたことで、キプロスの金融業は顧客の信認を大きく損なったため、今後は金融業以外の産業による経済成長モデルを模索する必要に迫られる可能性がある。
(2)金融政策
(i)ECBの金融政策
ECBは13年5月の政策理事会において、10か月ぶりに政策金利を0.25%ポイント引き下げ、過去最低水準の0.50%とすることを決定した。これに伴って、限界貸付金利(上限)を1.50%から1.00%に引き下げる一方、中銀預金金利(下限)は0.00%に据え置き、両者の差であるコリドー幅を±0.5%に縮小させた(第1-4-55図)。
また併せて、これまで実施してきた固定金利での無制限流動性供給オペを少なくとも14年7月頃まで延長することを決定し56、さらに非金融機関の資産担保証券(ABS)市場の機能を高めるため、欧州開発銀行(EIB)等と検討を開始することを明らかにした。
これら措置の背景としては、中期的なインフレ圧力が抑制されている中、経済活動の弱さが13年春まで続いていることや、中小企業向けの貸出低迷が挙げられる。また景気の先行きについては、ECBは13年後半から緩やかに回復すると予測しているが、経済見通しに係るリスクは下振れ方向にあると判断しており、内外需の下振れのほか、ユーロ圏各国の構造改革に対する取組の遅れを下振れリスクとして言及した。
しかし、利下げによる景気浮揚効果は、アナウンスメント効果はあったにしても、インターバンク金利であるEONIAは既にほぼ0%で推移していた57ことから、実際の資金需要に対しては限定的とみられている。ドラギ総裁は、追加利下げやマイナスの中銀預金金利の可能性にも言及したことから、市場では追加利下げへの期待が高まっている。なお、11年12月と12年2月の3年物資金供給オペ(Long Term Refinancing Operations)の借入れを金融機関が早期に返済したが、これによるユーロシステムのバランスシート縮小の金利に対する影響は限定的であった(第1-4-56図)。
また、ドラギ総裁は各国政府による構造改革や銀行同盟への取組を進めることの重要性についても繰り返し強調している。
12年9月に新たな国債買取策(OMT:Outright Monetary Transactions)を発表したことは、市場において「ECBが最後の貸手(Lender of Last Resort)になる」と宣言したと受け止められ、南欧諸国等の国債利回りは急速に低下した(第1-4-57図)。その後も、キプロス支援問題等で一時上昇した以外は、前述したような財政再建の遅れにもかかわらず、国債利回りは低下傾向にある。これは、ECBの対応や各国の取組が評価された部分もあるが、世界的な金融緩和によるリスク選好度の高まりによるところも大きい。しかし、こうした市場の変化に気を緩め、債務危機の根本的な解決に不可欠な構造改革への各国の取組が遅れれば、ユーロ圏にぜい弱性が残るままとなり、再び政府債務危機のリスクが高まる可能性がある。OMTを含めECBが講じている措置によって基礎的な財政収支や経済構造自体が改善するわけではない。OMT等によって安定した金融資本市場環境の中で、遅滞なく構造改革や統合深化を進めることの重要性は変わらない。
(ii)銀行同盟の進捗状況
12年6月のユーロ圏首脳会合でユーロ圏の金融機関を一元的に監督する機関の創設が決定され、同年9月には欧州委員会が単一監督メカニズム(SSM:Single Supervisory Mechanism)に関する規制のドラフトを公表した。ECBは、金融政策等を掌握する政策理事会とは別に監督理事会を設け、ユーロ圏銀行に対する認可付与・取消に関する決定や自己資本の審査等の任務を遂行することになる。
12年12月のEU財務相会合では、12年末までにSSM法案を採択し、ECBが同法案に定められた任務を14年3月1日または同法案公布の12か月後のいずれか遅い時点に開始することを決定した。また、同月のEU首脳会合では、SSM設立後にESMが銀行へ直接資本注入するための実務上の枠組みを13年6月までに策定することを決定した。
しかし、既に予定は後ろ倒しとなっている。SSM法案は13年3月になってようやく非公式合意に至っただけで58、その後の作業がスムーズに進んでも法案公布は13年夏となり、ECBがユーロ圏の銀行監督任務を開始するのは14年夏以降となる見込みである(第1-4-58表)。
また、13年2月にはESMが銀行に対して直接資本注入を行うための資金に上限を設けることが検討されることになった。しかし、事前に上限を設ければ、金額が不十分だと市場からの信認を失うおそれがあるほか、大規模な銀行危機に迅速に対応できない可能性がある。一部の参加国も懸念を表明し、上限設定に係る見直し条項を併せて導入することも合意されたが、詳細は決まっていない。13年6月までにESMによる直接資本注入のための枠組みを決定するとの目標も達成できない公算が大きくなっている。
こうしたSSMに係る取組に加え、単一破たん処理メカニズム(SRM:Single Resolution Mechanism)の創設へ向けた動きもみられる。銀行破たん処理を行う際に統一ルールで迅速な対応が求められるとの考えがSRM創設の背景にあり、共通の破たん処理ルールや破たん処理基金を備えた枠組みとなる模様である。
12年12月のEU首脳会議では欧州委員会が13年中にSRMに関する提案を行うことが決定されるとともに、閣僚理事会と欧州議会に対し、関連法規を14年6月の議会終了までに採択することが求められた。既に提案済みの破たん処理指令案59や預金保証指令案60に関しては、13年6月までに合意することが求められた。
また、破たん処理を進める組織として、単一破たん処理機構(SRA:Single Resolution Authority)をSRMに含めることが重視されている61。統一ルールが存在しても破たん処理を進める主体が各国政府ならば、破たん銀行を抱える国は破たん処理基金の負担で処理しようという誘因が働く一方、健全な銀行システムを持つ国はモラルハザードをおそれて破たん処理に慎重になるなど、特にクロスボーダーでの処理が求められる状況で適切な意思決定が行われない可能性がある。SRAがヨーロッパの利益を念頭において最適な処理を実施することが重要であるとされている。
もっとも、SRMに関しても各国の意見調整が長引いて予定通りに議論が進展しない可能性がある。破たん処理ルールの一つとして、ベイルイン(銀行債権者の負担)が規定される見通しであるが、これは、銀行破たん処理を大口預金者や銀行債保有者に負担を求めることにより、リスクの高い銀行の銀行債利回りの上昇等を通じて銀行経営の規律を確保するとともに、破たんした場合の処理コストの適切な配分を図るものである。しかし、キプロスの銀行再編策に預金者負担が含まれたことによる混乱を受け、ベイルインのあり方に関する審議に影響が出ている模様である。
さらに、既述の破たん処理基金は銀行部門の拠出で賄われることになっているが、短期間で市場から信認される規模の基金を創設できるかは不透明である。大幅な銀行課税を行えば、基金は創設できたとしても、銀行収益の圧迫要因となることも考えられる。当面は公的部門の拠出によって基金を運営し、事後的な課税で中長期的には財政負担をなくすとの考えも12年12月のEU首脳会議で示されたが、一時的であれ財政負担が生じることにドイツ等の国が同意するかは疑問である。特に13年9月に総選挙を控える中、ドイツは財政負担の増加には慎重になることが予想される。
以上のようにSSMやSRMを創設することは、銀行部門と政府部門との間で形成される「悪循環」を是正するために必要不可欠である62。12年6月以降、これらの創設に向けて、具体的な工程が明らかにされてきたことは評価できる。今後はそれらをいかに速やかに実行していくかが問われている。
3.ヨーロッパ経済の見通しとリスク
ヨーロッパの景気は、一部に下げ止まりの兆しもみられるが、総じて弱い動きとなっている。以下では、ヨーロッパ経済の先行きに係るメインシナリオとそれに対するリスク要因について概観する。
(3)経済見通し(メインシナリオ)-13年後半以降徐々に持ち直しへ
ヨーロッパ地域全体の景気は、生産や輸出等に下げ止まりの兆しもみられているが、総じて弱い動きが続いている。主要国の動向をみると、ドイツでは12年秋口以降足踏みがつづいているものの、13年に入り生産や輸出に底堅さもみられている。英国についてもオリンピック後の反動を経て景気は下げ止まりつつある。一方、フランスでは依然内需低迷により弱い動きが続いている。
先行きについてみると、当面はこうした弱い動きが全体としては続くものの、13年後半以降、アメリカ等の域外経済の回復傾向が強まることに伴い、ドイツを中心に輸出主導で徐々に持ち直していくとみられる。
国際機関等の見通しをみると、13年については▲0.5%程度の成長率が見込まれているが、その達成は前述のとおりアメリカ等の域外経済の動向に依るところが大きい(第1-4-59図、第1-4-60表)。
(4)経済見通しに係るリスク要因
経済見通しに係るリスクバランスは下方に偏っており、特に欧州政府債務問題が再び深刻化した場合は、世界経済にも重大な影響を及ぼす可能性がある。
(i)欧州政府債務問題の再燃
各国の財政再建に向けた取組やECBを中心としたユーロ圏レベルでの様々な対策により、12年10月以降南欧諸国等の国債利回りやソブリンCDSは低下しており、欧州政府債務問題は落ち着いた状態であった。しかし、スペインの財政緊縮と景気悪化の悪循環の持続、預金者の負担も巻き込んだ支援策決定後のキプロスの経済状況等に加え、スロベニア等の近隣他国が抱えるリスクが改めて意識される動きもあり、先行きに対する懸念は依然存在している。欧州政府債務問題が深刻化した場合は、ヨーロッパ経済全体に対する不確実性が再び高まり、企業や消費者の先行き見通しの悪化等を通じて、景気に対する大きな下押しリスクとなる。
(ii)アメリカ、アジア経済等の減速による輸出の減少
ユーロ圏の主要輸出先であるアメリカや、近年シェアを高めているアジア経済等が減速した場合、景気のけん引役である輸出が減少する上、生産や消費に対するマイナスの波及効果が考えられることから、景気に対する下押しリスクとなる。特にアメリカは今後の財政緊縮による同国経済への下押し圧力の規模が不透明であることから、その影響には注意が必要である。
(iii)雇用情勢の更なる悪化
ユーロ圏の失業率は史上最悪を更新し続け、12%超で推移している。失業率が引き続き上昇した場合は、所得や消費マインドの悪化を通じて個人消費を更に下押しするリスクがある。また、内需の更なる低迷による企業収益の悪化は、失業率を更に上昇させるという悪循環をもたらす。