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2.経済の構造変化と成長の持続性

 このようにアメリカ経済は緩やかな回復を続けているものの、経済成長の持続性については依然として確固たる回復の見通しを持てない状況にある。12年前半時点で緩やかな回復局面にある経済状況及び経済成長の持続可能性を検証し、今後の中長期的な経済成長の姿を考察するために、供給面について労働と資本という観点から、需要面について家計と政府という観点から、順に分析していくこととする。

(1)供給面の考察

(i)労働

(ア)労働力となり得る人口そのものの増加率低下

 労働については、はじめに人口の構造からみていく。アメリカでは、人口増加率の低下や高齢化の進展を背景に、労働力人口の増加率が低下している(第2-3-4図)。人口は、1960年には年率2%程度で伸びていたが、2010年には同1%程度にまで伸び率が低下している。その一方で、高齢化が進展している。人口ピラミッドの形が示す通り、ベビーブーマーの高齢化の影響もあり、全人口に占める65歳以上の割合を示す高齢化率は上昇し、10年には13%に達している。その結果、労働力人口の伸び率は2000年からすでに人口増加率を下回り、10年には年率0.5%を割る水準まで低下し、潜在成長率の押し下げ要因になっていると考えられる。今後についても、国勢調査局の見通しでは、人口増加率が同1%程度で推移すると見込まれており、高齢化も進展している。また、CBO1によれば、12年~21年の人口増加率の平均値は同1.1%と1948年~2011年の平均値同1.4%から低下する見込みであり、労働人口の増加率がさらに抑制される状況が続くと考えられる。

第2-3-4図 アメリカの労働力人口等の推移:人口増加率の低下や高齢化により労働力人口の増加率が低下
第2-3-4図 アメリカの労働力人口等の推移:人口増加率の低下や高齢化により労働力人口の増加率が低下

(イ)スキルや地域のミスマッチなどにより就業ができない者の存在

 08年の世界金融危機により失業率は5%台から10%台へと約4.5%ポイント上昇した。この4.5%ポイント上昇分のうち3.5%ポイントは景気循環によるものだが、残りの約1%ポイントが構造的な要因によるものとの指摘2がなさなれており、構造的な要因としてはスキルや地域のミスマッチの存在が考えられる。その他、現在も延長されている手厚い失業保険給付の存在も失業率高止りの要因とされている。

 労働市場のミスマッチの状況を調べるため、欠員率と失業率の関係を示したベバレッジ曲線をみると、直近12年1~3月期の値は欠員率が2.5%程度、失業率が8%程度となっている。過去のデータに基づけば、図が示すとおり、欠員率が2.5%程度であれば、失業率は6%程度になっているはずであり、世界金融危機後となる09年4~6月期以降は同じ欠員率の水準であっても、過去の水準ほどには失業率が低下しなくなっており、ミスマッチが拡大している可能性が高い(第2-3-5図)。

第2-3-5図 ベバレッジ曲線:右上にシフトし、ミスマッチ拡大の可能性を示唆
第2-3-5図 ベバレッジ曲線:右上にシフトし、ミスマッチ拡大の可能性を示唆

 アメリカの産業別雇用状況についてみてみると、景気循環に関係なく雇用者数が増加・減少している産業が存在している。求職率や有効求人倍率等を産業別にみると、高スキルが求められる分野は欠員状態にあるものの、スキルがそれほど必要とされない分野では人が足りている状況になっている(第2-3-6図)。また、低学歴の者ほど失業率が高水準であることからもスキルの低さが失業を生む背景となっていると推察される(第2-3-7図)。IMFのワーキングペーパー(Estevao and Tsounta(2011))3によればスキルのミスマッチが高いほど失業率は高くなる傾向にある。スキルに対するニーズは高度化・多様化しており、スキルのミスマッチの解消はより厳しくなっていると考えられる。

第2-3-6図 産業スキル別の欠員数、雇用数、離職数の推移:高スキル産業は欠員状態、低スキル産業は人が足りている
第2-3-6図 産業スキル別の欠員数、雇用数、離職数の推移:高スキル産業は欠員状態、低スキル産業は人が足りている
第2-3-7図 学歴別失業率の推移:低学歴者の失業率の高止まりが続く
第2-3-7図 学歴別失業率の推移:低学歴者の失業率の高止まりが続く

 続いて、地域のミスマッチについては、住宅市場の低迷により保有する家を手放せず、失業しても職が豊富な地域への引越しができない結果、失業状態が続いてしまう可能性が指摘されている。例えば、前述のIMFワーキングペーパーでは、スキルのミスマッチとともに住宅市場の環境悪化が景気循環要因を差し引いてもなお失業率の押上げに寄与していると推計されている。アメリカ国内における引越し理由は「職を求めて」というものが一番高い(第2-3-8図)。一方、引越し率は過去最低水準にまで低下している(第2-3-9図)。住宅市場の回復には時間がかかるとみられており、地域のミスマッチも長期化する可能性がある。

第2-3-8図 引越しの理由:職を理由とするものが一番多い
第2-3-8図 引越しの理由:職を理由とするものが一番多い
第2-3-9図 アメリカ国内での引越し率:大きく低下
第2-3-9図 アメリカ国内での引越し率:大きく低下

 最後に、失業保険については、08年のリーマンショック以降、給付期間の延長が段階的に決定されてきた4。現在、最も長く給付を受けられる州では99週間に渡って支給がされている。労働市場の改善が鈍いことから、失業保険給付期間の延長措置の期限は延長が続けられていたが、12年2月、上下院両院において12年末までの延長が決定されるとともに、最大給付期間の段階的な短縮化が決定された。12年6月以降、最長給付期間が段階的に縮小され、9月以降は最長99週間あった給付期間が73週間まで短縮される。失業保険給付は失業中の所得補償として機能するが、一方で、給付が長期に及ぶと失業者の就業意欲を抑制するリスクがあると考えられる。このため、給付期間を短縮する一方で、職業訓練等を通じたスキルアップ等失業者の就業に向けた支援を実施するという現在の政府の取組が、失業者の就職意欲を高め、再び安定した雇用への回帰につなげられるかがポイントとなる。

 上記のほかにも、海外への産業シフト、アウトソーシング拡大による国内労働需要の低下5や、企業の雇用コスト上昇(医療、年金負担等)による新規採用意欲の低下等が労働機会の喪失に影響を与えている可能性がある。

(ウ)国際的な高度人材の集中

 ここまで、労働力の増加が抑制されることで潜在成長率を低下させ得る要因を挙げてきたが、一方で、アメリカでは、海外からの大量の専門的高度人材を受け入れており、彼らがイノベーションの盛んな成長産業の担い手となっている側面もある(第2-3-10図)。まず、アメリカへの留学生数をみると、堅調な動きが続いている。このことからも、アメリカの教育面での国際的な優位性がうかがえる。また、高度人材の短期就労ビザ取得件数をみても、リーマンショック直後の08、09年は大きく落ち込んだものの、総じて堅調な推移となっている。また、アメリカに長期的に居付くと考えられる高度人材の移民ビザ(通称、グリーンカード)取得件数についても、受入れ件数に制限があるため、大幅に増加することがない反面、リーマンショックの影響で大きく落ち込むこともなく、毎年15万件程度で比較的安定的に推移している。

第2-3-10図 海外からの高度人材の受入れ:増加
第2-3-10図 海外からの高度人材の受入れ:増加

 また、本国生まれ及び外国人の全体及び大卒以上の失業率の推移をみると、外国人の大卒以上の失業率はリーマンショック以前には継続して低下していた。加えて、直近データとなる2010年の値をみると、本国生まれの全体及び大卒以上の失業率と外国人の全体の失業率は依然として上昇している一方で、外国人の大卒以上の失業率は低下している(第2-3-11図)。彼らの労働市場での需要の高さがうかがえる。

第2-3-11図 本国生まれ及び外国人の全体及び大卒以上の失業率の推移:外国人の大卒以上の失業率は低下基調
第2-3-11図 本国生まれ及び外国人の全体及び大卒以上の失業率の推移:外国人の大卒以上の失業率は低下基調

 アメリカの労働市場は、ミスマッチのある国内からではなく、海外から人材を得ており、その結果、アメリカには高度人材が集まり、彼らがアメリカ内で活躍することによりアメリカ経済は相対的に優位な経済成長率を維持しているということもできる。

(ii)資本

 アメリカの設備投資は、1990年代の景気回復の中で堅調に増加し、GDPに対する割合を高めるとともに、資本ストックを大きく増加させた(第2-3-12図)。しかし、00年半ば以降、それまで設備投資を牽引してきたIT投資のバブルが崩壊すると、資本ストックの調整局面に入り、その後の金融危機に起因する調整とともに、アメリカの資本ストックの伸び率を大きく低下させた。

第2-3-12図 資本ストックの推移:設備投資に対し資本蓄積の伸びは鈍化
第2-3-12図 資本ストックの推移:設備投資に対し資本蓄積の伸びは鈍化

 10年には、設備投資は前年比4.4%増となるなど回復の動きがみられるが、資本ストックの伸び率は引き続き低い。背景には、更新投資の増加に押し上げられて設備投資が回復する一方、設備投資における純投資の割合が減少していることが挙げられる。投資財別にみると、構築物投資は、商業用不動産市場の停滞もあり、回復が鈍い一方で、更新サイクルの短いIT投資や、機器投資は堅調に拡大している(第2-3-13図)。

第2-3-13図 投資種類別の対資本ストック比率:構築物投資の回復は遅い
第2-3-13図 投資種類別の対資本ストック比率:構築物投資の回復は遅い

 次に、資本ストック循環図から、資本のフローとストックの動きをみてみる(第2-3-14図)。ストック調整とは、過剰な資本設備が存在する下で新規の設備投資が抑制される過程のことであるが、08年から始まったストック調整は、09年には設備投資を前年比17.8%減と大幅に減少させた後、急激に進展し、10年には調整局面を脱している。「設備投資/資本ストック」比率を横軸にとった循環図をみても、2年間でストック調整が大幅に進展していることが確認できるが、設備投資が持続的に増加していくためには、今後、企業の期待成長率が高まっていくことが重要になる6。企業の期待成長率は、ITバブルの崩壊とその後の金融危機、二度にわたる調整局面を経て低下しており、11年には1.5%程度となっている。こうした中で、期待成長率が高まり、企業が適正と考える資本ストック水準が増加しなければ、設備投資の増加局面は短期間で終わることとなる。この点、アメリカ民間調査機関52社の平均的長期予測では、13年以降18年まで、前年比2.5~3.0%と、11年を超える成長率が見込まれている7

第2-3-14図 資本ストック循環:ストック調整が進展
第2-3-14図 資本ストック循環:ストック調整が進展

 企業財務の面に目を移すと、企業の投資に必要な環境は良好となっている。金融危機以降、債務返済比率が急増した家計部門に対し、企業部門の負債は比較的低位に抑えられてきた。また、金融危機で大きく落ち込んだ企業収益は大きく改善しており、企業の資本収益性も長期的に上昇傾向にある。こうした中で、企業では資金が内部留保され、設備投資額を大きく上回って、企業のキャッシュフローは潤沢になっている(第2-3-15図)。

第2-3-15図 資本収益性とキャッシュフロー:投資環境は良好
第2-3-15図 資本収益性とキャッシュフロー:投資環境は良好

 産業別にみると、2000年以降、情報通信、金融、専門・教育医療サービス等が設備投資を牽引していることがうかがえる(第2-3-16図)。90年代は、IT投資の増加を支えた製造業や情報通信、そしてIT利用度の高い卸売・小売、金融・保険業等といった産業が、生産性の上昇を伴って、経済成長に大きく寄与していた。一方、2000年以降、製造業のアウトソーシングや、それまで企業や家計に内包されていたサービス部門のアウトソーシングが進展すると、サービス産業による設備投資、経済成長率への寄与度は相対的に高まっている。サービス産業のうち、金融サービスや専門サービス部門は、対外競争力があり、収益性も高い(第2-3-17図)。特に、金融部門では、金融危機時には企業収益が大きく減少したが、その後は堅調に増加している。また、2000年以降、シェールガスやシェールオイル等の採掘が進み、設備投資における鉱業部門の寄与が目立つ。特に、シェールガスはアメリカを中心とした北米が最大の資源賦存地域となっており、政策的な観点からも、引き続き採掘が進むと見込まれる。鉱業部門はアメリカのGDPのわずか2%のシェアしか占めない一方で、設備投資に対しては引き続き高い貢献が期待される。

第2-3-16図 産業別のGDPと設備投資寄与度の推移:サービス部門が牽引
第2-3-16図 産業別のGDPと設備投資寄与度の推移:サービス部門が牽引
第2-3-17図 サービス部門の収益性と競争力:金融、専門サービスでは高い
第2-3-17図 サービス部門の収益性と競争力:金融、専門サービスでは高い

 今後、金融政策が正常化し、資金調達コストが上昇すれば、投資が抑制されるおそれもあるが、企業の期待成長率は現状よりも高く、また、財務面からみた投資余力も高い中では、中長期的にはこうした成長産業を中心として、一定の投資機会の増加が見込まれると考えられる。

(iii)研究開発

 研究開発投資は、生産性の向上や収益性の拡大を通じて、企業や経済の成長に寄与する8。アメリカの研究開発投資は、投資総額の規模でみればほかの諸国に比べて大きいものの、対GDP比では2.9%に留まり、日本や韓国、フィンランド等の北欧諸国に比べると低いものとなっている9。一方で、研究開発費の支出について、組織別(企業・政府・その他)、分野別(基礎・応用・開発)にみると、ほかの主要国同様、企業部門が研究開発支出の大宗を占めるものの、研究開発支出に占める政府負担比率(助成金を通じた間接負担含む)は他国と比して高く、特に基礎研究分野では、その研究開発費の半分以上を政府が負担している(第2-3-18図)。

第2-3-18図 研究開発費の組織別負担割合:政府負担比率は高い
第2-3-18図 研究開発費の組織別負担割合:政府負担比率は高い

 充実した政府助成金に加え、アメリカの特徴として、産学間の技術移転の仕組みが発展していることが挙げられる。1980年には、連邦政府資金を利用した研究成果の実用・商用化を促進することを目的に、バイ=ドール法 が制定され、同法律により、政府からの資金援助を受けた大学機関は、研究開発に関する特許取得や企業への当該特許ライセンスの供与をできるようになった10。また、その他にも企業と大学との共同研究を対象とした資金提供プログラム等、産学の連携を促進する取組が多くなされ、科学技術の発展に大きく貢献している。

 こうした産官学の活発な研究開発と積極的な特許出願により、国際特許出願件数ではアメリカは世界の3割を占めている。また、特許使用料は、サービスの輸出として、2000年以降も一貫してサービス収支の黒字を牽引している(第2-3-19図)。

第2-3-19図 特許とサービス収支の推移:特許使用料がサービス収支を牽引
第2-3-19図 特許とサービス収支の推移:特許使用料がサービス収支を牽引

 研究開発の成果は、特許件数やサービス収支の黒字に現れるほか、一定期間経過後、生産性の向上や付加価値の増加という経路でも経済発展に寄与する。研究開発活動によるこうした成果への結び付きを測る指標の一つとして、研究開発効率がある。研究開発の対GDPの割合が低い国では相対的に数値として高く現われやすいため、ここでは各国研究開発効率の変化の推移に注目してみてみると、日本やフランスでは90年以降、研究開発率を大きく低下させている。一方、アメリカではすう勢的には漸減傾向にあるが、上記2カ国に対し比較的安定しているとみることもできる(第2-3-20図)。

第2-3-20図 研究開発効率の推移:各国低下傾向
第2-3-20図 研究開発効率の推移:各国低下傾向

 アメリカの企業部門の研究開発費支出を産業別にみると、製造業がその7割を占めるなど圧倒的なシェアを占有しており、中でも、コンピュータ、医薬品、航空宇宙の3部門のみで全体の50%を占めている(第2-3-21図)。こうした研究開発投資の「選択と集中」を背景に、アメリカのハイテク産業は、対外競争力が高く、世界の付加価値の30%のシェアを有している(第2-3-22図)。ただし、2000年以降、中国におけるハイテク産業の急速な進展に伴い、アメリカの世界シェアは低下傾向にある。

第2-3-21図 民間研究開発費の主要な産業:ハイテク製造業の割合が大きい
第2-3-21図 民間研究開発費の主要な産業:ハイテク製造業の割合が大きい
第2-3-22図 ハイテク産業の競争力:競争力は高いが世界シェアは低下傾向
第2-3-22図 ハイテク産業の競争力:競争力は高いが世界シェアは低下傾向

 こうした背景には、アウトソースの進展により、コンピュータや半導体の分野で生産拠点が中国を含むアジア諸国に移っていることが挙げられる。アメリカにおいても、製造業の総付加価値の構成比率が減少していく中で、ハイテク製造業の占める比率も長期的には漸減傾向となっている11。また、生産拠点に続いて、金融危機以降、製造業の研究開発の8割を占める多国籍企業(在米親会社)では、研究開発についても新興国等の海外拠点に移す動きがみられる(第2-3-23図)。研究開発拠点の海外移転は、多国籍企業にとっては、販売先となる新興国市場に適した製品開発や、安価な賃金での優秀な人材の獲得を可能とし、売上の増加や研究開発効率を高めることとなる。こうした企業の動きをアメリカ経済との関係でみると、企業がアメリカ国内で知的財産権を管理しているような場合にはサービス収支上の特許使用料の流入として、第三国での収益も所得収支上では直接投資収益という形でアメリカへの還流が期待される12。一方、既にみてきたように、徐々にではあるが、ハイテク産業分野の国内における付加価値が低減していく可能性があるほか、こうした分野の国内での雇用機会の減少にもつながる可能性もある13。従って、今後、アメリカ経済の持続的成長のためには、雇用に及ぼす影響に留意しつつも、世界のイノベーションセンターとしての機能を維持し、対外収益の還流等につなげていくことが重要であると考えられる。

第2-3-23図 多国籍企業の投資動向:海外拠点へ移る動き
第2-3-23図 多国籍企業の投資動向:海外拠点へ移る動き

 こうした中、政府はかねてからイノベーション支援策を打ち出している。特に、2000年以降、競争力強化の必要性が強く認識され、06年の一般教書演説では「アメリカイニシアティブ」を発表したほか、07年には研究投資、科学技術能力の向上、イノベーション環境の構築を柱とする「アメリカ競争力法」が制定されるなど政府の政策基盤は整えられてきている。

(2)需要面の考察

(i)家計部門

 GDPの7割を消費が占めるアメリカでは、家計の需要動向が成長に大きな影響を及ぼす。以下では、アメリカの消費を取り巻く環境・構造を概観し、アメリカ経済の成長の課題について考察する。

(ア)加速する所得格差の拡大

 世帯所得について分配の不平等度を表すジニ係数をみると、1970年代半ば以降、上昇基調を辿っており、センサス局、OECDの推計のいずれでみても、ジニ係数は、60~70年代の最も低かった時と比較して2割程度上昇している(第2-3-24図)。

第2-3-24図 所得分配の均等度:格差の拡大
第2-3-24図 所得分配の均等度:格差の拡大

 また、平均所得と中位所得の動向をみると、2000年以降いずれの所得も伸びが横ばいとなっている。一方、中位所得と平均所得のかい離をみると、90年代半ばから2000年代半ばにかけて特に拡大し、その後も縮小はみられない。こうしたことは、中位所得に比べて平均所得の増加率が高く、上位層の所得が不均衡に拡大したことを意味していると考えられ、格差が拡大していることがうかがわれる14(再掲第2-3-24図)。

(イ)高所得層が消費をけん引

 所得階層別にみると、上位20%の層による所得が全体の50%程度を占めるなど、高所得層に所得が集中する構造となっている。近年は、中間及び下位に位置する層がシェアを低下させる一方、最上位の階層のみがシェアを拡大させており、そのほとんどが上位1%の層の寄与となっている(第2-3-25図)。同様に、資産の保有状況をみると、金融資産の約7割、実物資産の約6割を上位10%の富裕層が保有している。また、所得階層別の平均年間消費支出額をみると、上位20%の層による平均支出額が全世帯の平均支出額の1.9倍となっているほか、同上位層による全消費支出割合も38.6%(2010年現在)と大きなシェアを限られた所得層で占めており、高所得層の消費が消費全体をけん引する構造となっている(第2-3-26図)。

第2-3-25図 所得構造・資産保有状況(所得階層別):富裕層に集中
第2-3-25図 所得構造・資産保有状況(所得階層別):富裕層に集中
第2-3-26図 所得階層別消費額(10年):富裕層が牽引
第2-3-26図 所得階層別消費額(10年):富裕層が牽引

(ウ)高齢化の影響

 近年は、高齢化の進展も消費に影響を及ぼしている(第2-3-27図)。高齢世代の消費支出額は他の世代よりも小さく、高齢化が更に進展する場合には消費の伸びを鈍化させるおそれがある。

第2-3-27図 世代別年間消費額:45~54歳がピーク
第2-3-27図 世代別年間消費額:45~54歳がピーク

 このように、アメリカでは家計の所得格差が大きく、また資産・債務の保有状況に偏りがあるため、家計需要を通じた成長については、それぞれの所得階層が抱える課題を改善していくことが重要となる(第2-3-28図)。

第2-3-28図 各国別ジニ係数:アメリカの格差大きい
第2-3-28図 各国別ジニ係数:アメリカの格差大きい

(エ)所得の安定的な増加と中・低所得者の所得の底上げ

 消費の持続的な成長には所得の安定的な増加が不可欠となる。この点、アメリカでは、景気後退時における雇用調整が労働時間の短縮によるよりもレイオフによって行われる傾向が強く、所得は景気変動の影響を受けやすい構造にある。高い技能、強い競争力を持つ労働者は雇用に対する需要が高く、高い報酬を得る反面、技能に劣る労働者は雇用や報酬を失う可能性が高い。

 こうした影響は特に低・中所得層に現れやすいが、政府による減税や移転所得を通じて、一定程度抑えられている(第2-3-29図)。ただし、12年以降、政府による景気刺激策が終了するとともに15、政府の緊縮財政(後述)を受けて移転所得が縮小に向かう可能性もあり、低・中所得層の消費に及ぼす影響が懸念される(第2-3-30図)。消費の持続的な成長を得るためには、高所得層の消費に頼るだけでなく、職業訓練などによるスキルの向上を通じた雇用の安定等による中・低所得層の所得の底上げによって中・低所得層の消費を喚起し、消費の裾野を拡大することが重要である。

第2-3-29図 課税前所得と課税後所得の比較:景気変動の影響を緩和
第2-3-29図 課税前所得と課税後所得の比較:景気変動の影響を緩和
第2-3-30図 名目個人所得:移転所得は今後縮小
第2-3-30図 名目個人所得:移転所得は今後縮小

(オ)家計の債務負担の緩和

 家計の債務状況をみると、1960年代から80年代半ばにかけて債務可処分所得比は60%程度の水準を維持していたが、その後上昇を強め、2000年代の住宅ブームを背景に住宅ローン債務が急増した結果、債務は歴史的な高水準にある(第2-3-31図)。一方、資産については、70年代半ば以降、資産可処分所得比の上昇が続いていたが、2000年代後半には、住宅ブームの終焉に伴う住宅価格の下落やその後の金融危機による金融資産の減少等により、90年代の水準まで低下している。バランスシート調整は長い時間を要する課題であり、バランスシートの改善の遅れは消費の抑制を長引かせるおそれがある。

第2-3-31図 家計の債務・資産の推移
第2-3-31図 家計の債務・資産の推移

 11年では、返済等の進展により、家計全体のバランスシートは改善傾向にあるものの(第2-3-32図)、所得階層別にみると、高所得層を除いた大半の家計では依然として債務負担感は大きいままである(第2-3-33図)。家計債務の約7割は住宅ローンであり、主に中所得層が多く保有しているが、住宅市場の低迷等を背景により低利の住宅ローンへの借換えが滞っており、家計の需要を抑制する一因となっている。特に中所得層の消費を喚起するためには、住宅ローン債務を軽減することが重要であり、現行の住宅ローン借換え策の進展が期待される。

第2-3-32図 家計のバランスシート調整:改善が続く
第2-3-32図 家計のバランスシート調整:改善が続く
第2-3-33図 所得階層別バランスシート:低所得層の債務負担は大きい
第2-3-33図 所得階層別バランスシート:低所得層の債務負担は大きい

(カ)資産効果を通じた消費の拡大

 資産面では、11年後半にやや落ち込んだものの、株式資産をはじめ金融資産は回復傾向がみられる一方、住宅市場の低迷により実物資産の減少ないし横ばいが継続している(第2-3-34図)。90年代後半から金融危機以前までは、中・低所得層を中心にホームエクイティ・ローン等を媒介とする過度に借金に依存した消費が行われてきたが、住宅価格の下落に伴いこうしたチャネルは現在も回復していない(第2-3-35図)。住宅市場の回復には時間を要するとみられており、金融危機以前のような資産効果を通じた消費の押上げが期待できない状況が続いている。

第2-3-34図 家計の資産状況:依然横ばい
第2-3-34図 家計の資産状況:依然横ばい
第2-3-35図 住宅価格:低水準で推移
第2-3-35図 住宅価格:低水準で推移

 また、伝統的に高所得層の消費の寄与が大きいことから、資産収入や金融資産が増加すれば成長のけん引力となる。低金利政策の長期化等により資産収入が伸び悩んでいるものの、企業業績の回復を背景に株式資産の増加や配当収入は世界金融危機前の水準まで回復してきており、高所得層の消費が喚起される可能性がある(第2-3-36図)。

第2-3-36図 資産収入の推移
第2-3-36図 資産収入の推移

(ii)政府部門

(ア)連邦政府の動向

 財政赤字GDP比は、戦後から08年度までの間、平均2%程度で推移してきたが、金融危機への対応策を実施した結果、10%程度の水準に達しており、また、債務残高をみると、08年に10.0兆ドル(GDP比:69.7%)と初めて10兆ドルを超えると、その後も伸び続け、11年には14.8兆ドル(GDP比:98.7%)に達している。これまで、オン・バジェット・プログラムの財政赤字を社会保障年金が補完する構造であったが、ベビーブーマー世代の退職等を受けて、今後、財政赤字の拡大要因に転じる見通しであり(第2-3-37図)、財政の持続可能性が懸念されている。

第2-3-37図 連邦政府の財政状況:財政は悪化
第2-3-37図 連邦政府の財政状況:財政は悪化

 こうした状況に鑑み、11年8月に成立した予算管理法に基づき、今後10年間で2.1兆ドルの財政赤字削減が進められることが決定されたが、景気が緩やかに回復している中で、移転所得の縮小や増税による家計部門への影響、補助金の縮小や増税による企業部門への影響、財政移転の縮小による州政府財政への影響等が懸念される。連邦政府支出の実質経済成長率に対する寄与は、景気刺激策の縮小に伴い10年第4四半期以降マイナスが続いているが、こうした状況が当面継続する可能性が高い(前掲第2-3-1図)。

 歳出に占める利払費の割合をみると、90年代後半以降、財政の改善や利回りが低く抑えられたことから低下傾向が続いていたが、金融危機対応に伴う財政赤字の拡大を受けて、同比率は今後急上昇する見通しである(第2-3-38図)。利払費の拡大のほか、高齢化の進展等に伴い医療関連支出も拡大しており、財政の硬直化が懸念される(第2-3-39図)。

第2-3-38図 歳出に占める利払費の割合:今後急上昇
第2-3-38図 歳出に占める利払費の割合:今後急上昇
第2-3-39図 連邦政府支出の推移:医療費・利払費が増加
第2-3-39図 連邦政府支出の推移:医療費・利払費が増加

(イ)州・地方政府の動向

 州・地方政府でも、税収不足や連邦政府による財政移転の縮小等により、厳しい財政運営が続いている(第2-3-40図)。州・地方政府の財源をみると、上位政府からの財政移転とともに個人所得税、財産税の比重が高く、景気変動の影響を受けやすい構造にある。また、州・地方政府では一般会計予算について均衡財政を義務付けられており、歳入不足が発生する場合には増税や歳出削減が実施されることから、景気後退局面では景気を下押しする傾向がある16

第2-3-40図 州・地方政府の財政状況:今後厳しさが増す懸念
第2-3-40図 州・地方政府の財政状況:今後厳しさが増す懸念

 世界金融危機の発生後、州・地方政府では歳入不足に伴う歳出削減が広範に実施されており、政府消費と政府投資を合わせた政府支出は依然として金融危機前の水準を回復していない(第2-3-41図)。12年度並びに13年度も引き続き歳入不足が続く見通しであるが、連邦政府による景気刺激策の終了や緊縮財政の実施に伴って財政移転が大きく減少する見通しであり、公共投資やメディケイド、失業保険給付の縮小、政府職員のレイオフ等が地域経済の回復に格差を生じさせることになる可能性がある(第2-3-42図)。

第2-3-41図 州・地方政府の政府支出の推移:減少が続く
第2-3-41図 州・地方政府の政府支出の推移:減少が続く
第2-3-42図 州政府の財政見通し:歳入不足は継続
第2-3-42図 州政府の財政見通し:歳入不足は継続

 連邦政府では、オバマ政権の意向もありインフラ投資(国防関連を除く)は今後も維持される見通しであるものの、政府部門のインフラ投資の約7割を担う州・地方政府では、地域経済の回復の遅れ等を背景にレベニュー債17の発行が伸び悩んでおり(第2-3-43図)、インフラ投資が伸び悩んでいる。こうした状況が長引く場合には、社会インフラの更新需要も十分に賄うことができず、インフラが劣化するようなことになると、産業活動への影響が懸念される。

第2-3-43図 地方債の発行状況:11年は減少
第2-3-43図 地方債の発行状況:11年は減少

(3)アメリカ経済の持続的成長に向けた条件

 以上、中長期的な経済成長の姿を考察するために、供給側について労働と資本という面から、需要側について家計と政府という面から分析してきたが、これらを踏まえると、経済成長の持続可能性を高めるためには、以下の諸条件を解決することが重要であると考えられる。

(i)供給面

 労働については、ミスマッチの解消が重要である。このため、海外から多くの専門的人材の受け入れという従来からの手段のほか、13年予算教書では、労働者のスキル向上のための投資や、競争力のある人材育成のための理系分野教員増強等の実施が、また、オバマ大統領が行った一般教書演説においても、雇用が大きく減少した地域に投資する企業に対する税控除が言及されており、こうした施策が実行されることによる効果が注目される。

 資本については、10年にはストック調整局面を脱したと考えられ、今後の期待成長率の高まりが設備投資の増加につながっていくかどうかが注目される。また、これまで国内で研究開発や製品開発といった投資を行っていた多国籍企業が海外での投資を増やし、国内での投資を減らす動きをみせており、雇用機会の喪失が危惧される一方で、特許使用料の増加や国内への直接投資収益の還流という形で経済に及ぼす効果も視野に入れる必要がある。こうした中、現政権下では国内製造業に一定の目配りをした政策を掲げており、製造業の長期的競争力強化のための支援のほか、研究開発基金の拡充や税制改革等が提言されている。こうした支援策が国内投資促進のための税制改正や、労働者のスキル向上のための投資等とあいまって、今後、製造業のみならず非製造業の雇用の確保とともに、研究開発における規模の維持・拡充、あるいは研究開発効率の高まりにつながっていくかが注目される。

(ii)需要面

 消費については、安定的な雇用環境はもとより、低・中所得層の所得の底上げによる消費意欲の向上や、家計の過剰債務の軽減を通じたバランスシートの改善が重要である。当面のセーフティネットとしては、12年2月に失効予定であった社会保障税減税18、緊急失業保険給付19等が12年末まで延長されたことにより、一定の所得補償が確保されることとなっている。しかし、既に供給面での分析でも述べているように、失業者に対する職業訓練などのスキル向上等を通じて安定した雇用に結び付けることが本来重要である。また、オバマ大統領は一般教書演説の中で、一定の返済能力がある一方で住宅ローン返済に苦しむ者に対する低金利での住宅ローン借換え支援について言及しており、こうした施策の実現が安定的な所得の確保や低・中所得層の所得の底上げ、さらには中長期的な消費行動の安定した拡大につながるかが注目される。

 政府部門については、2011年予算管理法20により今後10年間は歳出が厳しく抑制されることから、直接的には経済成長にはマイナスに寄与するものと考えられる。しかし、13年予算教書では、21世紀型インフラ整備として、高速鉄道網の整備や高速無線ブロードバンドの整備などに取り組むこととされており、成長産業を中心に競争力強化のための配慮がうかがえる。緊縮的な財政の中でも、こうした持続的な経済成長をサポートするメリハリのある戦略的な政府支出内容とすることが重要であると考えられ、その効果が注目される。

第2-3-44表 2013年度予算教書(12年2月公表)における取組
第2-3-44表 2013年度予算教書(12年2月公表)における取組

1 CBO(2011)
2 CBO(2011)
3 本レポートでは、州ごとのスキルレベル別の需要サイドと供給サイドの人数の差からスキルミスマッチ指数を算出し、州ごとのスキルミスマッチ指数と失業率の関係を分析している。
4 内閣府(2011b)
5 内閣府(2011b)
6 資本係数(資本ストックKをGDPで除したもの)の伸びと資本ストックの除却率を一定と仮定した中期的な状況においては、ある一定の期待成長率に見合った点を並べると双曲線が描けるという関係がある。そのため、双曲線に対し左方へシフトしていくことは期待成長率が低下していることを示唆している。
7 ブルーチップ・インディケーター(12年3月号)より。
8 アメリカ労働省は、研究開発投資が全要素生産性(TFP)に対し各年0.2%寄与していると推計している。
9 OECDによると、研究開発投資の対GDP比(09年)にて、イスラエル、フィンランド、スウェーデン、韓国、日本、デンマーク、スイスに次いで、アメリカはOECD諸国の中で8番目となっている。ただし、スイスは08年の値。
10 従来は、政府の資金で大学が研究開発を行った場合、その研究開発過程で生じた特許権が政府のみに帰属していたところ、同法により大学や研究者に特許権を帰属させる余地が認められるようになった。
11 OECDによると、アメリカの総付加価値に対し、製造業のシェアは、1990年以降の20年間で17.5%から12.3%に減じている一方、ハイテク製造業は3.1%から2.6%となっている。製造業全体の減少テンポよりは遅いものの、長期的には漸減傾向にある。
12 ただし、直接投資収益には、「再投資収益(直接投資を受け入れた企業に留保された未配分収益)」が含まれており、所得収支に計上された金額のすべてが実際に還流しているとは限らない点に注意が必要。すなわち、再投資収益は実際には送金されないが、再投資収益が一度直接投資家に配分された後、当該投資家によって再び投資されたものとみなされるため、所得収支には計上され、同額が投資収支の「直接投資」にも計上される。なお、10年のアメリカの直接投資収益に占める再投資収益の割合は8割と高い。
13 アメリカ商務省によると、アメリカを本拠とする多国籍企業で04年から09年までの6年間で新規雇用された研究開発者15万人のうち、約85%は海外拠点での雇用となっている。
14 所得格差拡大の背景には、近年の(1)ITをはじめとする技術の高度化や(2)それを活用した資本設備の普及、(3)貿易投資の自由化(労働集約的な製品の輸入増)、(4)移民の増加等が挙げられる。(1)は専門技術を持つ労働者の所得を引き上げる要因となる一方、(2)、(3)、(4)は相対的に国内の未熟練・低賃金労働者に対する労働需要を抑制しており、所得を押し下げる要因となっている。
15 CEA(2011)によれば、09年2月に実施された景気刺激策(アメリカ再生・再投資法)の11年6月時点の進捗率は88.6%となっており、家計向けの支援については2,784億円となっている。
16 ただし、州・地方政府では、財政好調時に剰余金を積み立て、財政危機時に取り崩す基金を設けており、景気後退時の財源不足を補っている。詳細は、内閣府(2010b)を参照。
17 空港、上下水道、病院等の整備事業や公営企業の資金調達を目的に発行され、プロジェクトの収益等を返済原資とするもの。詳細は、内閣府(2011a)を参照。
18 被雇用者負担分について、税率6.2%を4.2%に引き下げる措置。
19 失業保険の給付期間が通常26週間であるところ、各州の失業状況に応じて給付期間を上乗せする措置。これにより、引き続き最大99週間まで給付が受けられるが、上乗せ期間は段階的に縮小され、12年後半には最大73週間までの給付となる。
20 2011年予算管理法では、今後10年間で0.9兆ドルの歳出削減を行うとともに、議会に設置する上下院の超党派からなる特別委員会が今後10年間で1.5兆ドルの財政赤字を削減するための税・給付改革を含めた案を11年11月末までにとりまとめ、12月末までに同案を議会で議決することとされた。しかしながら、期日までに財政赤字削減策を決定できなかったことから、1.2兆ドルの歳出削減が強制的に実施されることとなっており、今後10年間で2兆ドル超の財政赤字削減を実施することとなっている。
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