第2章 各国・地域の動向
第1節 ヨーロッパ経済
1.足踏み状態にあるヨーロッパ経済
欧州政府債務危機の発生源であるユーロ圏の実質経済成長率は2011年10~12月期に前期比年率▲1.2%となり、世界金融危機以来のマイナス成長を記録した。12年1~3月期も同0.1%と、引き続き足踏み状態にあり、極めて弱い成長となっている。これは、11年半ば以降に南欧諸国等の財政に対する金融市場の信用不安が再燃したことを受け、一部の国が財政再建のための緊縮策を加速させたことや金融機関の資金調達環境が悪化したことからユーロ圏内の需要が低迷し、ユーロ圏の実体経済を下押ししたものと考えられる。
以下では、ユーロ圏GDPの約4分の3を占めるドイツ、フランス、イタリア、スペインの動向を中心に、圏内需要の低迷とそれに起因する圏内向け輸出の鈍化について概観していく。
(1)圏内需要の低迷と輸出の鈍化
(i)低迷する内需
ユーロ圏主要4か国の実質経済成長率をみると、11年の前半に自律的な景気回復をみせ財政状況も比較的良好であったドイツ1では、ユーロ圏内向け輸出の鈍化による外需の弱さから11年10~12月期の実質経済成長率は前期比年率▲0.7%と、ユーロ圏全体と同様、世界金融危機以来のマイナス成長となった(第2-1-1図)。ただし、12年1~3月期は外需の増加や個人消費が底堅かったことにより同2.1%と、早くも持ち直しの動きがみられ、国内需要だけをみれば11年以降も増加している状況にある。一方、欧州政府債務危機の再燃により相次ぐ財政再建策を余儀なくされたフランス、イタリアや、財政再建に加えて住宅バブル崩壊の後遺症に苦しむスペインでは、国内需要の動向がドイツと対照的である。
フランスでは、輸出の増加とともに輸入のマイナスが大きかったこともあり、外需が押し上げに寄与した結果、11年10~12月期の実質経済成長率は前期比年率0.8%と、同時期のユーロ加盟国の中では数少ないプラス成長国となった2。しかし、12年1~3月期の実質経済成長率は、外需や固定投資がマイナスだったことから、同0.2%と低成長が続いており、国内需要は世界金融危機前の水準へ低下している。
イタリアは、実質GDPが世界金融危機前の水準まで回復できないまま、11年7~9月期から3四半期連続のマイナス成長となり、景気後退に陥っている。国内需要は、イタリア政府が11年7、9、12月に打ち出した財政再建策の影響もあり、11年7~9月期以降大きく低下している。
スペインは、11年10~12月期から実質GDPが2四半期連続のマイナス成長となり、イタリア同様、世界金融危機前の水準まで回復しないまま景気後退に陥っている。国内需要をみると、07年後半から始まった住宅バブル崩壊の後遺症により、世界金融危機以降も一貫して低下しているが、11年10~12月期は特に落ち込み幅が拡大しており、世界金融危機前の水準と比べて約1割も落ち込んでいる。
フランス、イタリア、スペインでは、欧州政府債務危機の再燃を受け、11年後半から打ち出した財政再建策や経済見通しの悪化による消費マインドの低下等が消費を下押しし、各国の内需を低下させたと考えられる。
主要4か国の消費マインドをみると、ドイツは主として経済見通しの悪化を理由に11年の夏頃を境に悪化傾向がみられるものの、改善が続く雇用情勢や所得環境に下支えされ、分水嶺であるゼロを若干下回る水準で底堅く推移している(第2-1-2図)。他の3か国も経済見通しの悪化を主たる要因として11年の夏頃を境に悪化傾向が確認出来るが、フランスでは政府が財政再建策を打ち出した11年8月と11月、イタリアではモンティ政権が新たな財政再建策を実施した翌月の12年1月に一時的な落ち込みがみられる。また、スペインではラホイ政権が財政再建策を発表した11年12月を境に悪化しており、各国の財政再建への取組が家計の消費マインドを更に冷え込ませた可能性がある。
11年後半の小売売上と新車販売の動向をみると、ドイツだけが前期比で増加しており、その他の3か国とユーロ圏全体では前期比マイナスとなっている(第2-1-3図)。新車買換え支援策の反動減を含むフランスの新車販売は多少幅をもってみる必要があるが、イタリアでは11年9月のVAT引上げにより、その前後での駆込みと反動がみられた。
スペインの国内需要低迷の背景には、住宅バブル崩壊の後遺症が寄与するところも大きく、こうした構造的弱さも消費や固定投資の足枷となっている。スペインの住宅価格は07年半ば頃をピークに下落へ転じているものの、依然としてバブル崩壊前のトレンドを大きく上回る水準にあり、今後も下落傾向が継続していくものと思われる3。住宅価格の継続的な下落は、住宅ローン等の与信を焦げ付かせ、金融機関の不良債権を増加させている(第2-1-4図)。業種別不良債権比率をみると、住宅バブル崩壊の影響を直接受けた建設・不動産業の不良債権比率が高いのは当然だが、バブル崩壊により国内経済の一部が機能不全に陥ったことで、他業種の不良債権比率も増加しており、住宅バブル崩壊の後遺症は広範囲に悪影響を及ぼしていることがみてとれる(第2-1-5図)。そうした中、スペインの固定投資は、バブル崩壊後、一貫して減少を続け、11年10~12月期には世界金融危機前の水準に比べ、約3割も落ち込んでいる(第2-1-6図)。今後、住宅価格の継続的な下落とともに、金融機関の不良債権比率はなお上昇する可能性があり、こうした動きは、企業の資金調達環境の悪化等を通じて、一段とスペインの実体経済へ悪影響を及ぼす可能性がある。
スペインとともにフランス、イタリアも固定投資が世界金融危機前の水準まで回復できていないのとは対照的に、ドイツでは11年10~12月期に世界金融危機前の水準まで回復している(再掲第2-1-6図)。ドイツでは、所得に占める家計債務比率4や失業率の低下が続いており(第2-1-7図)、こうした家計を取り巻く環境の改善等を背景に10年後半から住宅建設の増加が顕著となっている(第2-1-8図)。特に11年後半は欧州政府債務危機の再燃による市場のリスク・オフの動きから、ドイツの長期金利が歴史的水準まで低下した。これに伴って住宅ローン金利も低下したため、同国の住宅建設は加速している。なお、こうした実需を背景に2011年のドイツの不動産価格は住宅地を中心に上昇している(第2-1-9図)。
これまで外需主導で景気を拡大してきたドイツだが、最近の景気の持ち直しは内需の増加に支えられている面が大きい。ドイツの輸入相手先の約4割はユーロ圏各国が占めており、こうしたドイツの内需の動きが輸入を通じてこれら圏内各国へ波及し、今後、ヨーロッパ経済を下支えする役割も期待される(第2-1-10図)。
(ii)弱い圏内貿易
欧州政府債務危機の再燃等を背景としたユーロ圏各国の需要低迷は、個人消費や固定投資といった自国の内需を押し下げるだけでなく、輸出全体に占めるユーロ圏内向けの比率が高い国々の輸出の鈍化に直結すると考えられる(第2-1-11図)。
ユーロ圏主要4か国の輸出動向をユーロ圏外・圏内向け別にみると、圏外向けは4か国とも11年夏頃に一時的な減速がみられるものの、その後、アメリカやアジア新興国等の需要やユーロ安を背景に再び拡大を続けている(第2-1-12図、第2-1-13図、第2-1-14図)。一方、ユーロ圏内向けは、欧州政府債務危機の再燃を市場が意識し始めた11年夏前から4か国とも伸び悩み、弱い動きが続いている。また、スペインでは11年12月からイタリア、ポルトガル向けを中心に大きく落ち込みがみられる。その結果、4か国の輸出全体の動向も、圏内向け輸出の弱さに強く引きずられる形で11年後半から減速している(第2-1-15図)。
このように、ユーロ圏の輸出は圏内・外向けで対照的な動きがみられ、スペインのようにユーロ圏への依存の高い国ほど輸出が鈍化していることがわかる。
輸出の先行指標となる国外向け製造業受注の動向をみると、ユーロ圏外からの製造業受注は、ユーロ圏全体及び3か国とも11年夏頃を底に一進一退ながら、横ばいで推移している(第2-1-16図)。一方、ユーロ圏内向けをみると、フランスは景気の変動を受けにくい医薬品やブランド力のある化粧品、圏内での競争力優位を確保していると思われる電気機械を中心に底堅い動きがみられるものの、ユーロ圏全体やドイツ、スペインでは11年夏以降、低下傾向が続いている。ユーロ圏内の需要の弱さに引きずられる形で、ユーロ圏各国の輸出全体が伸び悩む姿はしばらく続く可能性がある。
(2)縮小均衡にある経常収支
ユーロ圏では経常収支は全体として見ると貿易収支を中心に改善傾向にあるが、地域ごとにばらつきが大きい(第2-1-17図)。
各主要国についてみると、前年差では、ドイツでは11年末にかけて足元低下している一方、フランスやイタリアでは収支の改善がみられ、スペインではおおむね横ばいで推移している。また、項目別に見ると、ドイツやフランスでは貿易収支が悪化する一方で、イタリアやスペインでは改善傾向にあるなど、主要国間の動きは一様ではない(第2-1-18図)。
しかし、さらに貿易収支の内訳を見ると、ドイツやフランスでは輸出入ともに増加する中、輸入の伸びが輸出の伸びを上回ったことが貿易収支悪化の主たる要因であり、逆に貿易収支が改善しているように見えるイタリアやスペインに関しては、経済状況の悪化に伴う輸入の減少が寄与している面も大きく、楽観できる状況にはない(第2-1-19図)。
(3)欧州政府債務危機が圏内金融市場や実体経済に与えている影響
欧州政府債務危機の深刻化の度合いが強まるにつれ、危機の震源地である南欧諸国等の景気悪化や与信の不良債権化が懸念された。これらの国に対する与信はドルベースで11年7~9月期に前期比▲11.0%、10~12月期に同▲11.0%と、ユーロが対ドルで減価したことがユーロ建て債権に影響した面もあるが、2四半期連続で大幅に圧縮された(第2-1-20図)。
また、ユーロ圏銀行が南欧諸国等向けの与信を多く抱えていたことから、インターバンク市場ではカウンターパーティーリスクが高まった。ユーロ圏銀行はアメリカや日本と比してインターバンク市場での借入や銀行債発行による資金調達割合が高く(前掲第1-2-1(5)図)、資金調達環境は金融市場の混乱の影響を受け易い。そのため、ギリシャのように預金が国外に流出する国もある中、危機の深刻化に伴ってユーロ圏銀行の資金調達環境は悪化した(前掲第1-2-2図)。資金調達が困難となったユーロ圏銀行は、国内向け債権だけではなく、国外向け債権も圧縮し、南欧諸国等以外の欧州諸国に対する与信も7~9月期に前期比▲2.4%、10~12月期同▲11.1%と落ち込みが続いた。これらの結果、欧州向け与信は全体で7~9月期に前期比▲4.7%、10~12月期に同▲9.4%と減少した。
こうした中で、11年後半にユーロ圏銀行は企業に対する貸出態度も厳格化した(第2-1-21(1)図)。ただし、その動向には国毎にばらつきがみられた。ユーロ圏全体でみると、11年10~12月期にかけて貸出条件は厳格化超となったが、その度合いは08年の世界金融危機時と比べれば相対的に小さかった。特にドイツでは、11年の年末にかけて厳格化の動きがみられなかった。一方、イタリアでは08年を上回る悪化度合いであった。危機の震源地ではないが、南欧諸国等向けの与信残高が多いフランスでも、貸出条件は11年の年末にかけて大幅に厳格化された。
こうしたユーロ圏銀行の貸出条件の厳格化が、どの程度企業に影響を及ぼしたかを検討する。ユーロ圏では貸出が低迷しているが(前掲第1-2-3図)、企業の借入需要も減少しているため(前掲第2-1-21図(2))、需要減で貸出が低迷していると捉えることも可能と考えられる5。その場合、貸出条件の厳格化は必ずしも企業に悪影響を及ぼしているとは言い切れない。
しかし、借入需要が限界的に減少してもゼロになるとは考えられず、貸出条件の厳格化は少なからず企業の資金調達環境に悪影響を及ぼしているとみることも出来よう。実際、ECBの調査では、ユーロ圏全体では11年上半期において回答企業のおよそ40%が資金調達に問題を抱えていないと回答する一方、調達コストが増加したり、調達が不可能であったと回答する企業も約40%存在した(第2-1-22図(1))。むしろ南欧諸国等では資金調達に問題を抱えていない企業の方が少数で、半数以上の企業は調達コストが増加したり、調達が不可能であったと回答した(調達コスト増と調達不可の合計割合はギリシャ:62%、アイルランド:71%、イタリア:65%、ポルトガル:58%、スペイン:59%)。加えて、資金調達コストが増加しても申請額通りに資金供給を受けることができれば良いが、南欧諸国等においては、銀行に借入申請をしても申請額を満額受け取ることのできた企業は限られていた(第2-1-22図(2))。
以上を踏まえると、11年末にかけて企業の資金調達環境の悪化度合いはドイツで相対的に堅調であったが、南欧諸国等では悪化していたと考えられる。その結果、企業の倒産や投資手控え等、これらの国々の実体経済へ悪影響を及ぼした可能性は否定できない。
12年に入り、ECBの3年物資金供給オペの影響もあって、インターバンク市場金利が低下するなど、銀行の資金調達環境は改善の動きがみられる。ECBの調査でも、12年1~3月期には資金調達環境が改善し、銀行の貸出条件も厳格化の度合いが低下している(前掲第2-1-21図(1))。4~6月期もおおむねその傾向が続くと予測されている。
しかし、必ずしも持続可能ではないECBからの資金供給オペへの依存度が高いということは、依然として銀行が市場から資金調達をすることが困難であることを意味する(後掲第2-1-49図)。このように持続可能性の低いオペに依存した資金調達構造から脱却する方策を含め、金融市場の動向には引き続き注意が必要である。