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2.景気の拡大テンポが鈍化するインド経済

 中国に次ぐ人口大国であるインドは、近年高い経済成長率を維持してきた。しかし、2011年後半には成長率が鈍化する中、為替や株価が大きく減価する局面もあった。欧州政府債務危機の影響がその他のアジア新興国に比して大きかった背景には、国内景気の鈍化のほか、インド経済の構造的・制度的問題が改めて懸念されたことも考えられる。

 以下では、インド経済の現状を概観するとともに、今後の持続的な経済成長に向けた課題についてみていく。

(1)国内景気鈍化に加え資本流入の鈍化に苦しむインド経済

 11年半ば以降、欧州政府債務危機をめぐる混乱による質への逃避等から、新興国でも為替や株価の下落が進んだが、とりわけインドの下落幅は大きかった(第2-2-34図)。ほかの新興国に比べ下落幅が大きかった背景の一つとして、インドにおける金融引締め等の影響によって、11年半ば以降、景気の拡大テンポが鈍化し始めていたことが挙げられる。

第2-2-34図 為替と株価の動向:11年末にかけて大幅下落
第2-2-34図 為替と株価の動向:11年末にかけて大幅下落

(i)物価のコントロール重視により国内景気は鈍化

 11年後半の実質経済成長率は、11年7~9月期に前年同期比6.9%、10~12月期同6.1%と、拡大テンポが鈍化している(第2-2-35図)。金融引締め等の影響によって、消費の伸びが低下しているほか、総固定資本形成がマイナスの寄与に転じた。産業別にみると、製造業の寄与が大きく鈍化していることが分かる。

第2-2-35図 実質経済成長率:景気の拡大テンポは鈍化
第2-2-35図 実質経済成長率:景気の拡大テンポは鈍化

 こうしたGDPの動きを反映して、鉱工業生産指数についても、11年後半には資本財で大幅に減少し、全体としても伸びが低いものとなった(第2-2-36図)。また、耐久消費財の約2割を占める乗用車や二輪車の販売台数をみると、大規模ストライキの影響等の供給側の要因に加え、累次にわたる政策金利の引上げや原油価格の上昇等により11年後半以降伸び悩んでいる21(第2-2-37図)。

第2-2-36図 鉱工業生産:資本財で大きく鈍化
第2-2-36図 鉱工業生産:資本財で大きく鈍化
第2-2-37図 自動車販売台数:11年後半以降乗用車販売台数は伸び悩み
第2-2-37図 自動車販売台数:11年後半以降乗用車販売台数は伸び悩み

 景気の拡大テンポが鈍化する一方、卸売物価22上昇率は、供給制約の影響等から高い伸びで推移したため、インド準備銀行(RBI:Reserve Bank of India)は11年10月まで利上げを継続した。しかし、その後11年12月以降、物価上昇率が低下し始めたことや経済の下振れ懸念が顕在化したことなどから、金融政策のスタンスを転換し、12年に入り預金準備率を2回引き下げた後、4月には約3年ぶりに政策金利を引き下げた(第2-2-38図、第2-2-39図)。

第2-2-38図 卸売物価上昇率:11年12月以降伸びは低下しおおむね横ばい
第2-2-38図 卸売物価上昇率:11年12月以降伸びは低下しおおむね横ばい
第2-2-39図 金融政策:政策金利を引下げ
第2-2-39図 金融政策:政策金利を引下げ

(ii)短期的な資本流入は大幅鈍化

 海外からの資本流入の動きをみると、対内直接投資には大きな変化はみられないものの、インド経済の景気拡大テンポが鈍化する中、11年以降、証券投資の流入鈍化が顕著にみられる(第2-2-40図)。証券投資という短期資本の流入が鈍化している背景には、欧州政府債務危機による緊張から世界の投資家がリスクオフの態度を強め、国内景気の減速懸念が相乗していることが挙げられる23。さらに、その他のアジア諸国と比して対内外ともに脆弱なインドの経済構造が改めて懸念されたことも考えられ、その動きを加速させたと考えられる(第2-2-41図)。

第2-2-40図 外国投資流入額:証券投資は鈍化
第2-2-40図 外国投資流入額:証券投資は鈍化
第2-2-41図 財政収支と経常収支:インドは対内・対外ともに持続可能性の面で脆弱
第2-2-41図 財政収支と経常収支:インドは対内・対外ともに持続可能性の面で脆弱

 そこで次に、インド経済の構造的・制度的な問題について、財政の健全性、経常収支構造及び対内直接投資の動向に着目してやや詳しく調べてみよう。

(2)持続的な経済成長に向けた課題

(i)高水準で推移する財政赤字

 まず、財政についてみると、インドの財政収支は手厚い農業支援等を背景に赤字体質となっている。財政赤字対GDP比の推移をみると、08年の景気刺激策を実施した際に大幅に拡大した後も高水準で推移しており、11年度の赤字削減目標(当初見込み同4.6%)も未達成となる見込みである(第2-2-42図)。その主な要因として、原油価格の上昇によって、国内小売価格を統制するための補助金の支出が増加したことなどが挙げられる。財政赤字の規模は、その他のアジア諸国と比較しても大きく、さらに政府債務残高対GDP比も高い(第2-2-43図)。

第2-2-42図 インドとその他アジア諸国の財政赤字GDP比:大規模な景気刺激策の余地は限られる
第2-2-42図 インドとその他アジア諸国の財政赤字GDP比:大規模な景気刺激策の余地は限られる
第2-2-43図 インドとその他アジア諸国の政府債務残高GDP比:健全性は高くない
第2-2-43図 インドとその他アジア諸国の政府債務残高GDP比:健全性は高くない

(ii)常態的な経常収支赤字

 経常収支をみても、05年以降、インドでは赤字が常態化している(第2-2-44図)。インドの輸出額(財・サービス)が世界輸出に占める割合は、上昇しているものの依然として小さく、またその大半はサービスの輸出となっている(第2-2-45図)。

第2-2-44図 経常収支の推移:赤字が常態化
第2-2-44図 経常収支の推移:赤字が常態化
第2-2-45図 世界の輸出額(財・サ)に占めるシェアと国内輸出額に占めるサービスのシェア:上昇しているものの依然小さい
第2-2-45図 世界の輸出額(財・サ)に占めるシェアと国内輸出額に占めるサービスのシェア:上昇しているものの依然小さい

 経常収支赤字の主因は、財貿易収支の大幅な赤字である。財貿易の赤字の背景としては、資本財や燃料等が輸入超過となっていることに加え、外資規制等の構造的な問題もあって輸出産業が成長していないことが挙げられる。

 また、資本収支については、対内直接投資の伸びは堅調なものの規制等のため比較的抑えられており、そのため必要な資本を短期的な証券投資の流入によって賄う構造になっており、グローバルな金融資本市場の変動から影響を受けやすい状況にあるといえる(前掲第2-2-40図)。

 ただし、外貨準備高の動向をみると、08年の世界金融危機に大きく減少したほかは比較的安定的に推移しており、また短期対外債務比も3.8倍の水準を維持しているため、急激な資本流出が生じたとしても、直ちに危機に陥る可能性は低いと考えられる(第2-2-46図)。

第2-2-46図 外貨準備高前期差・外貨準備/短期対外債務:安定的に推移
第2-2-46図 外貨準備高前期差・外貨準備/短期対外債務:安定的に推移

(iii)対内直接投資拡大の必要性

 これまでインドへの直接投資は、2000年代半ば以降、経済の成長性が期待される中で、全体としては増加傾向で推移してきた(第2-2-47図)。同じくアジアの新興国である中国と比較すると、中国は90年以降対内直接投資が急増し、それに合わせて実質経済成長率も加速した一方、インドの対内直接投資は2000年代半ばまで低水準で推移していたことが分かる。

第2-2-47図 インドと中国の対内直接投資:インドは中国に比し低水準
第2-2-47図 インドと中国の対内直接投資:インドは中国に比し低水準

 こうした違いの背景には、対内直接投資への政府の方針の違いもあるものとみられる。まず、インドの対内直接投資を産業別にみると、特定産業に偏りがあるのが分かる(第2-2-48図)。これは産業別に投資規制が異なるためであり、早くから規制緩和がなされた金融サービス産業等への流入額は際立って大きいが、規制が多く残る小売等の商業への流入額は小さい。また、インドの製造業等への直接投資が小さい背景には電力・道路等といったインドのインフラ整備不足が挙げられる24。つまり、中国等の多くのアジア諸国では、輸出志向型の製造業と公的部門による大規模な投資プロジェクトへの投資が中心となってきたが、インドの場合は投資資金を相対的にあまり必要としない、すなわち資本集約的ではないサービス産業への投資が中心となっているといえる。

第2-2-48図 産業別対内直接投資:特定産業に偏っている
第2-2-48図 産業別対内直接投資:特定産業に偏っている

 インドでは、サービス業が主力産業として経済をけん引していることからも、適切に規制を緩和し対内直接投資の受入れを増加させることが、サービス業のこれまでの比較優位を活かす上でも重要と考えられる。一方、このまま産業発展の裾野が広がらない場合、人口大国であるインドの巨大市場を支えるには課題も残る。多様な国内産業が育成されない限り、内需を満たすには輸入品に頼らざるを得なくなり、貿易収支の赤字体質から脱却することは難しく、また為替変動による輸入物価の影響を受けやすいという問題を抱えることになる。また、エネルギーや物流等といった産業活動の基盤となるインフラの未整備によるボトルネックを解消し、国民生活を支える必要最低限な財産業の育成は必要であろう。

 以上のように、国内経済の成長鈍化や物価上昇に加え、資本流入の鈍化等多くの課題を抱える中、政府は資本規制を緩和する数々の施策を打ち出している(第2-2-49表)。

第2-2-49表 11年後半以降の資本取引に係る政策変更:資金流入増を目指し規制緩和
第2-2-49表 11年後半以降の資本取引に係る政策変更:資金流入増を目指し規制緩和

 しかし、世界がインド市場に注目する中、更なる改革が必要との声もある。すなわち、持続的な成長に向け、特に対内直接投資やインフラ整備の加速が必要とされるが、中央・州との間の複雑な行政の仕組みや、政治家の汚職問題に端を発する政策の停滞が存在する。これらの問題の解決は容易ではなく、インド政府の今後の対応には引き続き注視が必要であろう。


21 11年末より持ち直しの動きもみられるが、12年度(12年4月~13年3月)からの物品税の引上げ(10→12%)等による影響かどうか今後の動きに注視する必要がある。
22 インド政府・金融当局(RBI)が最も重視する物価指標。
23 第1章第2節参照。
24 内閣府(2011a)等
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