第1節 世界経済の概観
1.世界経済の動向:減速局面からの脱却を模索する世界経済
08年の世界金融危機後から回復を続けてきた世界経済は、その後の欧州政府債務危機や11年に発生した東日本大震災、アメリカの連邦債務の法定上限問題、タイの洪水の影響を受けて減速してきた。これは、IMFの各時点の見通しの改定状況からも確認することができる。すなわち、11年後半においては、同年の世界経済の成長率見込みが時期を追うごとに下方修正されてきている(第1-1-1図)1。一方で、12年に入り欧州政府債務危機の状況は、いったんは落ち着きをみせ、また、アメリカでは緩やかな景気回復の軌道に乗る動きもみえはじめている。本節では、こうした11年後半から12年初めにかけての世界経済の動向とその背景について概観する。
(1)11年後半から12年初めの世界経済の動き
(i)回復のペースが鈍化した世界経済
08年の世界金融危機後から回復を続けてきた世界経済は、11年半ばから回復のペースが鈍化している(第1-1-2図)。
その背景として、ヨーロッパ地域を中心に欧州政府債務危機の影響による金融機関の資金調達環境の悪化、企業活動の低下、消費マインドの低下等が実体経済に影響を与えたことや、アメリカやアジア地域では11年3月に発生した東日本大震災によるサプライチェーンの寸断の影響を受け企業の生産活動に障害がもたらされたこと、7月に発生したタイの洪水により特にアジアにおいて生産活動の回復に遅れが生じたことなどが考えられる。また、アメリカでは、連邦債務の法定上限問題を巡る混乱が11年半ば頃に一時的であれ影響を及ぼした面も否定できない。
しかし、12年に入り、欧州政府債務危機の状況は依然として予断を許さないながらも落ち着きをみせており、東日本大震災やタイの洪水による供給制約もほぼ解消しているものと考えられる。また、アメリカでは緩やかな景気回復の軌道に乗る動きもみられ始めている。
一方、世界金融危機後の世界経済をけん引してきた新興国は成長が緩やかになっている。この理由としては、欧州政府債務危機を背景に新興国のヨーロッパ向け輸出が減少したほか、金融引締めの影響等から内需の拡大テンポが鈍化していることが考えられる。なお、こうした状況にあっても、世界経済における新興国の存在感は増しており、07年には28.4%であった名目GDPのシェアは11年には36.2%まで上昇している(第1-1-3図)。
次に、世界各国・地域の経常収支の推移をみると、世界金融危機後にグローバル・インバランスは縮小したが、その後、再び拡大しており、特に中東と中国の黒字が大きい(第1-1-4図)。現在、最大の赤字国であるアメリカでは財政再建が進められ政府部門の資金不足解消が期待される一方で、最大の黒字国であるものの11年は黒字幅を縮小させている中国では、消費拡大を政策の重点に掲げるとともに為替レートの柔軟性向上に向けた取組も行われている。こうした取組が進展すれば、グローバル・インバランスがさらに拡大する要因は抑えられるものと考えられる2。
先進主要国のGDPギャップの推移をみると、各国とも世界金融危機後に大きく拡大した後に縮小しているが、その度合いに差が生じている(第1-1-5図)。世界金融危機前にはGDPギャップが2%を超えるプラスであったドイツは景気回復が早かったこともあり、11年にはすでにGDPギャップがほぼ解消したと見込まれる。一方、アメリカや日本は落込みが大きかったが、特にアメリカではその後の縮小テンポが緩慢である。
(ii)明暗分かれる先進国経済
(ア)実質GDPの動向
先進国では、08年の世界金融危機後、総じて緩やかな回復を遂げ、特にアメリカでは11年半ばには世界金融危機前水準にまで回復した(第1-1-6図)。
しかし、11年は、東日本大震災やアメリカの債務上限問題、欧州政府債務危機の再燃など、先進各国において累次のリスクイベントが発生し、各々の発生国を中心に比較的広範に影響を及ぼしつつ、多くの先進国で世界金融危機以来の低成長を経験した(第1-1-7図)。ただし、各地域によって減速の度合いや回復速度にはばらつきがあり、政府債務危機の影響から低成長が続くヨーロッパとは対照的に、アメリカは雇用状況の改善を背景とする個人消費の回復をけん引役として年央以降緩やかな回復過程に回帰しつつある。
(イ)調整が続く家計部門
先進各国経済を俯瞰すると、特に家計部門においてばらつきが顕著にみられる。個人消費についてみると、10年後半頃には世界金融危機前の水準を超えつつあったアメリカに比して、ヨーロッパでは依然危機前の水準を回復していないことが分かる(第1-1-8図)。
両者の差異の要因の一つに、雇用情勢の違いが考えられる(第1-1-9図)。ヨーロッパでは、09年の住宅バブルの崩壊や構造的な労働市場の硬直性等を背景に失業率が高水準にあった中で、昨今の欧州政府債務危機を受けて各国が財政緊縮策の一環として打ち出した公的部門の削減等の影響もあいまって、失業率が一段と高まっている。一方、アメリカでは、財政緊縮策の一環としての公的部門の削減の影響もあったが、企業部門の好調さを背景として雇用者数は増加しており、失業率も徐々に低下している。こうした雇用情勢の違いが雇用者所得、ひいては消費の動きの差異をもたらしていると考えられる。
ユーロ圏の中でバブル崩壊を経験したスペインやアイルランドとは異なり、アメリカでは家計は依然としてバランスシート調整中ではあるものの、その圧力は薄らぎつつあり、個人消費は比較的好調である。ただし、これらのヨーロッパ諸国と同様に依然として住宅価格は低迷しており、個人消費の重石となっている(第1-1-10図)。加えて、地政学要因を背景とする11年末から12年初にかけての原油高(ガソリン高)によって、欧米ともに実質可処分所得が圧縮されるリスクも依然として残っており、今後とも物価動向を注視していく必要がある(第1-1-11図)。
(ウ)ヨーロッパで鈍る企業活動
企業活動においても、先進国の中ではばらつきがみられる。生産の動向をみると、アメリカでは緩やかに増加する一方で、ヨーロッパでは弱い動きが続いている(第1-1-12図)。また、設備稼働率についても、このところ同様の傾向がみられる(第1-1-13図)。ただし、ヨーロッパでも比較的堅調な域外向け輸出を背景として、企業の景況感に持ち直しに向けた動きもみられている。こうしたことに加え、企業の営業余剰が回復傾向にあることも手伝い、全体的にみれば企業活動自体の低迷に歯止めがかかる可能性もある(第1-1-14図)。
(エ)緊縮が続く政府部門
政府部門については、アメリカ、ヨーロッパともに世界金融危機対応のために大きく拡大した財政赤字を削減し、財政の持続可能性を確保するために緊縮財政を実施している。その影響により、11年の政府消費、公共投資ともに減少傾向にある(第1-1-15図、第1-1-16図)。
(iii)減速する新興国経済
08年の世界金融危機後、新興国の実質経済成長率は中国やインド等を中心に11年半ばまで高い伸びを維持し、総じて景気回復を続けてきたが、11年後半以降、各国・地域ともに総じてみると、景気の拡大テンポは緩やかになっている(第1-1-17図)。
外需の動向をみると、ヨーロッパの需要が財政の先行き不安等を背景に低迷したことから、11年末にかけて輸出が鈍化した(第1-1-18図)。特に、ASEAN地域では、タイの洪水や主要輸出先である中国の成長が緩やかになったことも大きく影響したとみられる3。
また内需をみても、物価上昇やその抑制のための金融引締めの影響等から消費や投資がやや鈍化している(第1-1-19図)。一方、物価上昇率は高水準ながらも11年10-12月期以降、低下している(第1-1-20図)。そのため、新興国では利下げに転じたところもあるが、原油価格は12年春頃には低下がみられるものの依然として資源価格等の上昇による物価上昇圧力に直面しているため、引き続き注視が必要であろう。