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第2章 再び回復が加速する世界経済

第1節 世界金融危機からの回復と新たなリスク

2.新たなリスク要因の顕在化

  世界経済は、回復過程にあり、先行きについても回復が続くと見込まれる。しかしながら、11年に入り、原油価格の高騰とソブリン・リスクの再燃という新たなリスク要因が顕在化しており、これらに対する政策対応の在り方が重要になっている。

(1)原油価格高騰による物価上昇と金融政策

  原油価格の騰勢が強まっている。金融危機後に1バレル=30ドル台まで落ち込んだWTIは、11年3月に約2年ぶりに100ドルを上回り、4月には110ドル台まで上昇した。また、ドバイ原油や北海ブレントも同じく騰勢を強めている。
  こうした原油価格の上昇の理由として、第1章で詳述した新興国経済の拡大や先進国の金融緩和に加え、中東・北アフリカ情勢の緊迫化が挙げられる。
  10年末にチュニジアでデモが発生したのを皮切りに、中東・北アフリカの多くの国でデモが頻発している(第2-1-17図)。デモ発生の背景には、長期政権に対する不満が蓄積されていたことに加え、若者を中心に失業率が高いことや食料価格の上昇等経済に対する不満もあるとみられる。また、携帯電話やインターネットが普及したことでデモの情報は即座に大人数に伝達され、結果的に、デモが短期間で広範囲に拡大することになった。デモが発生している国の多くが産油国であるため、こうした政情不安が原油価格を押し上げる要因となっており、特にサウジアラビア等原油生産量の大きな国の動向が注目されている(第2-1-18表)。
  チュニジアで11年1月にベンアリ政権が崩壊したのに続き、エジプトでは2月にムバラク大統領が退陣したが、事態が沈静化に向かうかどうかは依然不透明である。また、リビアでは3月中旬に多国籍軍が軍事介入したものの、依然として政権側と反体制側の戦闘が続いている。そのほか、イエメンでは、大統領がサウジアラビア等湾岸諸国の提示した調整案を受け入れて早期退陣するとの意向を表明したが、4月末には一転して同案を拒否した。シリアでは約50年ぶりに非常事態法が解除されたが、集会を禁止する大統領令に反対するデモが起こっている。デモに対する軍の弾圧で多数の死者が出ているため、国連人権理事会は武力によるデモ鎮圧を非難する決議を賛成多数で可決したが、依然としてデモに対する弾圧は続いている。このように、中東・北アフリカ情勢に沈静化の兆しはみえない。加えて、ナイジェリアでは、キリスト教徒とイスラム教徒の対立から暴動が発生している。このような産油国やその周辺国の政情不安定化は、今後も原油価格の変動要因になると考えられ、注意が必要である。
  また、穀物価格についても、10年半ば頃以降のロシアやオーストラリア等の干ばつ・洪水等の天候要因による収穫減もあって、上昇が続いている。例えば、小麦価格は、10年春までは1ブッシェル当たり4ドル程度であったが、ロシアにおける10年夏の深刻な干ばつ被害を受けた穀物輸出禁止(10年8月から11年9月末まで継続予定)等から11年4月には8ドル台まで上昇している。
  こうした一次産品価格の上昇を背景に、先進国、新興国ともに、難しい金融政策運営を迫られている。
  新興国においては、景気拡大により景気が過熱気味であるところへ、一次産品価格上昇により、物価上昇率が、各国の政府・中央銀行が物価安定の目安とする水準を超えて高まっている。例えば、中国では、11年の消費者物価上昇率の目標は4%となっているが、4月時点ではこれを超える5%程度で推移している。また、インドでは、卸売物価上昇率の当面の目標を4.0~4.5%としているが、10年以降8~10%の水準で推移しており、目標を大幅に超えている。このため、多くの新興国が、政策金利や預金準備率の引上げ等金融引締めを行っている。ただし、こうした国々では、金融政策のトランスミッション・メカニズムが必ずしも明らかではないため、金融引締めの効果が予想以上に現れた場合には急速に内需を冷やすリスクもある。また、中国のように管理変動相場制をとっている国では為替の増価により輸入価格の上昇を抑制する方が望ましい可能性もある。
  先進国においては、回復のスピードが概して緩やかであり、GDPギャップも依然として大きく、コア物価上昇率も低水準で落ち着いている一方、一次産品価格の上昇により総合の物価上昇率が高まるという現象が起きている。これに対し、総合消費者物価上昇率をインフレ参照値として採用しているECBは、期待インフレ率の上昇が将来の物価上昇につながり得るとの考えから、11年4月、危機後初めての利上げに踏み切った。一方、FRBは、6月末まで量的緩和(QE2)を継続することとし、政策金利も異例の低水準におく事態が更に長い期間妥当となる公算が大きいとしている。FRBは、一次産品価格上昇による総合物価上昇率の高まりは一時的なものとして、あくまでもコア物価上昇率の動きを重視する姿勢を示している。
  こうした姿勢の違いの背景には、金融政策に関するいくつかの重要な論点が含まれている。第一に、一次産品価格の上昇が製品価格への転嫁や賃金上昇を通じてどの程度全体の物価上昇率を押し上げるかという二巡目の効果に対する見方の相違がある。例えば、賃金の物価インデクセーションが労働市場に存在する場合においては、二巡目の効果は大きく、一次産品価格の上昇がインフレに結びつきやすいため、期待インフレ率の上昇を抑制するためにも金融引締めは重要になる。第二に、一次産品価格上昇による景気下押し効果に対する見方の違いがある。ガソリン価格や食料価格が上昇すれば実質可処分所得の減少を通じて、消費の下押しになる。また、価格が転嫁されない場合には、企業収益の圧迫要因になる。GDPギャップが大きく、物価の下押し圧力がある中で、一次産品価格上昇による景気下押しが働けば、更にギャップが拡大して再び景気後退に陥ったり、コア物価上昇率が低下するリスクもある。特に、FRBは、物価安定を任務とするECBと異なり、雇用の最大化と物価の安定の二つを任務としており(デュアル・マンデート)、この点は重要である。
  景気回復が脆弱な中での一次産品価格上昇に対する金融政策の対応は、考え方が大きく分かれるため、中央銀行の決定事項に関する市場への説明の仕方、コミュニケーションは、政策の意向を市場に伝える上で非常に重要になる。この点で、11年から、FRB議長がFOMCの際にこれまで行ってこなかった記者会見を行うこととしたことは評価できる。
  また、現在の政策金利は、金融危機に対応するため、過去に例のない非常に低い水準となっており、また、中央銀行のバランスシートも大幅に拡大している。こうした異例の状況からの出口戦略も、重要な課題である。既に、他の先進国よりも景気回復が早かった国々では、例えば、カナダが10年6月から3回利上げを行い、スウェーデンも10年7月から6回利上げを行うなど、それぞれ金融危機後の前例のない金融緩和から出口を出る動きがみられる。

(2)ソブリン・リスク再燃と金融システム

  ヨーロッパのソブリン・リスクの問題が再燃している。ギリシャ(10年4月)に続き、アイルランド(10年11月)やポルトガル(11年4月)も支援要請を余儀なくされ、それぞれEU及びIMFから10~13兆円相当の財政支援(融資)を受けている(第4節参照)。11年3月以降、国債の格付けが相次いで引き下げられたこともあり、これらの国々の国債利回りやソブリンCDSは過去最高水準にある(後掲第2-4-13図2-4-14図)。
  ヨーロッパの銀行は、南欧諸国等の国債を多く保有しており、国債価格の下落による損失が収益を圧迫する可能性がある。また、南欧諸国等向けの与信を多く抱えているため(4)、南欧諸国等の金利上昇や景気減速によって現地企業の資金調達が困難となれば、貸し倒れが発生し、銀行の損失が拡大するリスクもある。加えて、ヨーロッパの銀行は、アメリカの民間部門が発行したRMBS、CMBS(Commercial Mortgage-Backed Securities)等のABS(資産担保証券)を多く保有している(第2-1-19図)。10年時点では、その額は約3,000億ドルと、他の地域と比べても保有額は極めて大きい。住宅価格や商業用不動産価格がいまだ下落基調にあることを背景に、それらを裏付け資産としたRMBSやCMBSの価格も低迷しており、金融機関の損失を拡大させる可能性がある。加えて、ABSにはリスク評価が難しいものもあり、金融機関が適切にリスク管理を行うことができているか不透明な部分も残っている。
  こうした状況から、ヨーロッパ主要銀行のCDSをみると、金融危機前と比べて高い水準にあり(第2-1-20図)、市場は、ヨーロッパの銀行に対して依然として厳しい見方をしているとみられる。これに対し、金融機関の健全性に対する市場の信認を確保するため、11年6月には欧州銀行監督機構(EBA)による3回目のストレステスト結果が公表予定である。
  こうした中で、ヨーロッパの政治社会も不安定化している。特に、EUや南欧諸国等に対する支援の考え方の違いが争点に浮上し、これが市場の新たな不安定要因となっている。例えば、フィンランドでは、11年4月の総選挙の結果、反EU、さらにはEUからの脱退を掲げ、南欧諸国等への支援に反対する政党「真のフィンランド人」(True Finns)が第3党に躍進したため、市場はEUによるポルトガル支援が困難になるとみて不安定化した。
  さらに、世界金融危機による深刻な景気後退を受けた税収の落込みと大規模な景気刺激策の結果、先進各国とも財政赤字が高水準となっている。主要先進国の債務残高はほぼ34兆ドルに達している(第2-1-21図)。現在、国債はギリシャ等一部を除き、安全資産として順調に市場消化されているが、今後、景気回復のスピードが速まって民間の資金需要が増加したり、新興国における投資需要が拡大していけば、各国の国債に対する市場の選別はより厳しくなる可能性がある。
  特に、アメリカについては、基軸通貨国であることから、米国債の信認の維持は、国際金融システム全体に関わる重要な問題である。ティー・パーティ(Tea Party)のように既存政党に不満を持ち、税の負担増加や政府の規模拡大に反対する動きもあり、来年には大統領選挙が予定されていることから、財政をめぐる政権及び議会の協議は難航している。しかしながら、アメリカが早期に中長期的な財政再建の道筋を確定するとともに、法定債務上限を引き上げ、市場の信認を維持することが急務と考える(第3節参照)。


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