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第2章 再び回復が加速する世界経済

第1節 世界金融危機からの回復と新たなリスク

3.東日本大震災の世界経済への影響

  11年3月11日、日本において、太平洋三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震とこれに伴う津波が発生し、東北地方を中心に広範囲に被害が及んだ。この大震災は、世界経済へどのような影響をもたらし、また、今後、もたらす可能性があるのだろうか。影響としては、貿易、投資、観光、マインド等様々なものが考えられるが、特に、世界経済の短期的な見通しとの関係では貿易を通じた影響が重要であり、これを中心に検討する。

(1)貿易への影響

(i)生産の停滞による日本からの輸出の減少、サプライチェーンの寸断
  工場の被災や計画停電等による生産の停止、稼働日数の削減により、3月の日本の鉱工業生産は前月比▲15.5%と統計開始以来最大の落込みとなった。特に、東北地方に多くの工場が集中している自動車や電子産業の部品供給に大きな影響が生じ、それによる最終製品の減産などの影響が生じている。
  生産の減少を受けて、自動車、電子産業等を中心とする完成品及び部品輸出が停滞し、日本の3月の輸出(数量ベース)は前月比▲10.3%と大幅なマイナスに転じた。日本からの部品供給が滞ったことにより、サプライチェーンが寸断され、日本国内はもとより、海外においても自動車産業を中心に稼働日数の削減による減産などの影響が生じている。
  また、特殊な一部の製品を除き、各企業とも、仕入れ先の変更や代替生産といった対策にも取り組んでおり、海外企業の製品に代替された場合には、海外企業が恩恵を受けるとみられる。日本企業への実態調査によれば、代替調達先としては、日本国内以外では、中国をはじめとするアジア諸国が多い。しかしながら、日本では、自動車や電子製品の分野で不可欠なハイテク部品を生産し、いくつかの部品については代替生産が困難であるといわれている。今回の地震の発生により、世界の製造業でサプライチェーンの一角を占める日本企業の優位性がはからずも再認識されることとなった。
  例えば、アメリカでは、4月の鉱工業生産指数(総合)が前月比▲0.0%と横ばいとなったが、その内訳をみると、前月比▲8.9%となった自動車・同部品が大きく寄与している(第2-1-22図)。また、4月の自動車国内生産台数が786万台(年率換算値)となり、3月の898万台から大きく減少した。自動車生産台数の減少幅は一月あたりでみると約9万台となるが、この大半は日系メーカーの減産台数に当たると考えられるものであり、東日本大震災の影響がアメリカにおける自動車生産台数を落ち込ませていることがみてとれる。日系メーカーの減産が行われている間は、生産の下押し圧力が続くものと考えられる。
  ただし、アメリカ民間エコノミストによるブルーチップ調査において、日本からの自動車部品供給の停滞による自動車生産の減少が、アメリカの11年4~6月期の実質経済成長率にどのような影響を与えるか調査したところ、無視できる程度の影響と回答したものが49.0%で最も多く、成長率にマイナスの影響を与えると回答したのは40.8%、プラスの影響を与えると回答したのは10.2%であった。
  加えて、貿易に影響を与えるものとして、福島第一原子力発電所の事故の後、日本からの輸入に際し、放射線検査等規制を強化する措置を取る国・地域があることが挙げられる。具体的な規制の内容としては、通関の際の放射能検査の実施、産地証明書の添付要求、輸入禁止等であり、3月末時点で少なくとも50の国・地域が何らかの規制強化を行った。

(ii)日本向け輸出は増加、減少の両面あり
  海外からの日本向け輸出への影響は、プラス面、マイナス面の両方が考えられ、また国・地域によっても違いがある。
  震災直後は、需要の減少や日本国内における物流の混乱等により日本向け輸出は弱含みとなったものの、3月下旬以降、飲料水、日用品等の輸出が大幅に増加した。特に、韓国では4月の日本向け輸出は前年比でみて大幅に伸びが高まっている。台湾でも、3月は一時的に前年比でマイナスとなったものの、4月は増加している。
  他方、日本からの輸入をみると、日本の工場の被災による生産、出荷の停滞等から、中国、韓国、台湾を中心に3~4月は前年比で大幅に伸びが鈍化している(第2-1-23図)。
  なお、中期的にみれば、インフラ再建や住宅建設等復興に関連した製品の日本向け輸出は増加するとみられる。さらに、原子力発電所の事故により、火力発電所を稼働させる必要が生じていることから、原油やLNGの需要も増加するとみられている。
  日本との輸出入の各国のGDPに対する割合をみると、シンガポール、台湾、タイ、マレーシアで特に大きい。こうした国・地域は、日本との貿易が停滞した場合には、経済へのインパクトも大きいと考えられる(第2-1-24図)。他方、欧米諸国の日本との輸出入は、GDP比0.5%程度であり、日本との貿易の停滞がマクロ経済全体に与える影響は比較的小さいとみられる。

(2)その他

  アジア新興国では、日本が復興投資を優先することにより海外への投資を手控え、日本からの直接投資や資金流入が細ることを懸念する向きもある。他方で、今回の震災を受けて、主力工場の立地の見直し、海外を含めた分散化といった動きが生じることも考えられ、海外直接投資が活発化する可能性もある。
  また、原発事故により、世界各国において原子力発電を見直す動きが進む場合には、世界的なエネルギー需給や環境面への影響も考えられる。

  なお、東日本大震災の世界経済への影響について、IMFは、不透明感が強く残るものの限定的とみている。また、アジア開発銀行(ADB)は、アジア新興国へのマイナスの影響については大きさ、期間ともに限定的とみている。


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