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第2章 再び回復が加速する世界経済

第1節 世界金融危機からの回復と新たなリスク

1.世界金融危機からの回復

  07年の夏以降、アメリカのサブプライム住宅ローン問題を契機に起きた住宅金融市場の混乱は、金融市場全体の混乱へと広がりをみせ、08年9月のアメリカ大手投資銀行リーマン・ブラザーズ破たんにより国際金融資本市場の緊張は一気に高まった。市場の緊張は、住宅ローン証券化商品を多く保有していたアメリカ、ヨーロッパだけでなく、投資家の「質への逃避」と金融機関のデレバレッジの過程を通じて新興国へと拡大し、世界的な金融危機へと発展した。実体経済も、07年秋からの原油価格高騰を背景に、先進国は景気後退局面に入っていたが、金融危機を背景とする信用収縮により、消費、設備投資等民間需要が世界中で急速に「蒸発」したため、生産や雇用が大幅に減少するなど景気後退が深刻化し、08年秋には「世界金融・経済危機」あるいは「大景気後退」(Great Recession)ないし「第二次世界恐慌の淵」(2)と呼ばれる深刻な事態に陥った。
  各国政府・中央銀行は、金融機関への資本注入等緊急的な金融システム安定化措置を次々と打ち出すとともに、景気のスパイラル的悪化を食い止めるため、前例のない大規模な財政刺激策や、非伝統的な政策手段も含め異例の金融緩和策を展開した。これが功を奏し、09年春からアジアを中心に持ち直しの動きが広がり始め、09年夏には世界経済全体の景気も下げ止まり、緩やかに回復に向かった。10年半ばには回復のペースが一時落ちたものの、10年秋頃から再び加速している。
  以下では、金融危機からの世界経済の回復状況について、実体経済、国際金融市場、金融システムに分けて鳥瞰する。

(1)世界経済の回復のスピードは二極化

  アメリカ、アジア、ヨーロッパの回復状況をみると、新興国と先進国の間ではスピードの隔たりが大きく、二極化している。中国等新興国は、金融危機による落込みは比較的軽微で、その後、成長が加速し、景気過熱が懸念される状況に至った。一方、先進国については、回復のスピードは緩やかとなっている。先進国の中でも、回復のスピードにばらつきがあり、アメリカは、10年10~12月期に実質経済成長率が危機以前の水準まで戻ったが、ヨーロッパについては、ドイツを除き、依然として危機以前の水準まで回復していない。特に、ソブリン・リスク問題が再燃しているギリシャでは、実質経済成長率が大幅に減少した(第2-1-1図)。
  今回の先進国の回復局面は、こうした新興国の高成長を取り込む形で進行している。先進国からの輸出が中国等の新興国向けを中心に急速に伸びており(第2-1-2図)、これが生産の回復をけん引する姿となっている(第2-1-3図)。また、先進国企業は、新興国での事業活動も活発化させており、これが企業収益の改善に寄与している。例えば、自動車販売台数は、欧米では買替え促進策による下支えはあったものの、全体としては低迷しているが、中国、インドでは中間層の旺盛な需要に支えられて急速に伸びている(第2-1-4図)。こうした新興国の消費拡大が先進国の回復にも寄与していると考えられる。
  一方、失業者数をみると、欧米では危機発生後09年前半にかけて大幅に増加し、その後、わずかながら減少に転じているとはいえ、危機以前に比べると高水準が継続している(第2-1-5図)。こうしたことも背景にあって、欧米では、企業マインドは好調であるのに対し、家計のマインドの改善は芳しくない。
  なお、今回の危機は、発生当時、1929年の世界大恐慌に匹敵する「100年に一度の危機」として危機の大きさやその影響を懸念する声が高まっていた。世界大恐慌当時は、アメリカの実質GDPが3割弱縮小し、失業率も25%まで上昇したが、今回は、大恐慌や、我が国を始め金融危機を経験した国々の教訓も踏まえた政策努力もあり、実質GDPの落込みは最悪期でも3.1%にとどまった(第2-1-6図)。

(2)株価や国際商品価格も上昇

  08年9月の世界金融危機により急落した株価も、金融機関の経営不安の後退とともに安定化し、景気回復や投資家のリスク回避姿勢の後退により上昇に向かった。
  08年9月中旬以降、主要国の株価は急落し、30%を超える下落を記録した。金融市場の混乱は、資金の流出という形で新興国にも波及し、新興国の株価も下落した。09年3月には、主要金融機関に対する経営不安の高まりから再び株価が大幅下落した。その後、5月にアメリカの金融機関に対するストレステスト結果が公表され、必要な資本増強が行われたこともあって、株価は回復、10年春にはリーマン・ショック前の水準に近づいていた。しかしながら、ギリシャ財政危機を契機とするマインドの悪化や、財政刺激策の効果のはく落、在庫積上げに向けた生産活発化の一巡を背景に、10年夏には再び下落した。10年8月にアメリカの量的緩和策第2弾(QE2)が示唆されたことをきっかけに再び上昇に転じ、11月末にはリーマン・ショック前の水準を2年3か月ぶりに回復した。
  この間、新興国の株価は09年春から夏にかけてリーマン・ショック前の水準を回復し、先進国の株価が低迷する中で大幅に上昇した。その後、景気過熱が懸念され、金融引締めが続いたことから下落し、現在は、リーマン・ショックの時点から40%程度上昇した水準で推移している(第2-1-7図)。
  一方、国際商品市場をみると、例えば、原油価格(WTI)は、リーマン・ショック直前の08年7月には過去最高値の147ドルを付けた後、同年12月には危機直前の4割程度の水準にまで大幅に下落した。その後、株価の上昇とともに投資家のリスク回避姿勢が後退するにつれて商品価格も上昇し、原油や小麦の価格は11年初めにはリーマン・ショック前の水準まで回復した。こうした中で、金価格は上昇基調をたどり、史上最高値を更新し続けている(第2-1-8図)。
  なお、為替相場については、金融危機後、円の増価が進む一方、ユーロは減価し、特に09年11月のドバイ・ショック、10年5月のギリシャ財政危機を契機に大幅に減価した。新興国通貨も、危機直後は新興国からの資金の引上げにより大幅に減価したが、徐々に戻している(第2-1-9図)。

(3)金融システムに残る金融危機の後遺症

  世界金融危機は、発端はアメリカのサブプライム住宅ローン問題であったが、それはあくまできっかけにすぎず、根本の原因は、国際的な資金フローの拡大や新しい金融技術の発展に支えられて金融資本市場が急速に拡大する中で、金融機関のビジネスモデルやリスク管理体制、更には金融規制当局における規制・監督体制が、金融資本市場における環境の変化に十分対応できていなかったことにある。
  とりわけ、欧米の銀行は、2000年代に競争環境が激化し、低金利下で収益を追求するなかで資産を拡大し、レバレッジ比率が急速に上昇していた。その際、リスク管理が不十分な中、住宅ローンを裏付け資産とする複雑な証券化商品をはじめ、より利回りの高い高リスク資産のウェイトを高めていったため、金融危機を増幅する原因となった。
  世界金融危機により、欧米の各金融機関は、証券化商品を中心に不良資産を処理するとともに、資産売却や新規貸出の停止等により資産を圧縮し、バランスシートの健全化を図った。以下では、欧米金融機関のこうしたデレバレッジ(レバレッジ引下げ)や経営の状況を検討し、欧米の金融システムがどの程度正常化したか進ちょくを確認する。
  金融危機後の大手金融機関のレバレッジ比率をみると、資産圧縮に加え、公的資本注入も含めた資本増強により、全体としては低下している。特に、アメリカの旧投資銀行は、銀行持株会社へ移行(3)したこともあり、著しくレバレッジ比率を下げている。他方、ドイツの大手銀行はレバレッジ比率を引き下げたものの依然として高い水準であり、次いでフランスと英国の主要行も高い(第2-1-10図)。これらの銀行は、ユニバーサル・バンクであることも寄与しているが、金融危機以前に、ヨーロッパ域内での貸出を南欧諸国向けも含め大幅に伸ばしたことに加え、後述するとおりアメリカの住宅ローン証券化商品も大量に保有しており、これらの処理が遅れていることが影響している可能性もある。
  これら大手金融機関の収益をみると、アメリカの金融機関は08年10~12月期に大幅な赤字を計上したが、09年に入ってからは、住宅ローン等家計向け貸出の多いシティ・グループやバンク・オブ・アメリカを除くと、概して黒字を計上している。また、貸倒引当金も減少している。ヨーロッパの金融機関も同様の傾向がみられるが、純利益はアメリカの金融機関よりも低い水準にとどまっている(第2-1-11図)。
  こうした金融機関の資産圧縮、バランスシート調整の過程で、欧米では国内の貸出残高が減少した。特に、その傾向はアメリカで顕著なものとなっており、現在も続いている。これが、資金調達を主に銀行借入れに依存する中小企業にとっては、事業拡大の重しとなっている(第2-1-12図)。
  一方、アメリカの銀行の対外与信は、09年以降、増加傾向にあり、特に新興国等向けが全体の約3割を占めており、新興国への与信が重要な柱となっている。ヨーロッパの銀行は、資産圧縮の過程で対外与信を減らしてきたが、10年7~9月期には増加に転じた。また、新興国向けの与信残高が4.3兆ドルと大きい(第2-1-13図)。
  今回の金融危機の背景の一つは、住宅バブルの崩壊であった。住宅バブルは、アメリカのみならず、英国、スペイン等ヨーロッパ諸国でもみられた。不動産価格をみると、アメリカでは、06年7月をピークに不動産価格の下落が始まり、住宅減税等の政策下支えもあって09年夏にいったんわずかに持ち直したものの、再び下落が続いている。英国も同様に09年夏に持ち直したが、その後再び下落しており、これらの国々では住宅市場は低調に推移している。
  一方、中国では、金融引締めや種々の抑制策にもかかわらず、不動産価格の上昇が続いており、不動産バブルの懸念が高まっている(第2-1-14図)。
  アメリカの住宅ローン証券化商品をみると、民間金融機関が発行するRMBS(Residential Mortgage-backed Securities)の残高は、ピーク時の3分の2まで減少しているが、依然として2兆ドルの残高があり、しかも不動産価格下落の中で多くが不良資産化しており、これが金融機関を中心に依然として保有されている。GSE発行のMBS(Mortgage-backed Securities)は危機後増加し、5.5兆ドルの残高に達しており、住宅ローン需要をGSEが肩代わりする形で引き受けていると考えられる(第2-1-15図)。現在、GSEはアメリカ連邦政府が制限なく損失を補てんする状況にあり、今後の在り方について議論が高まっている。改革の方向性によっては、大幅な価格下落リスクがあることに注意する必要がある。
  また、アメリカ、英国では、住宅バブル崩壊後の家計のバランスシート調整が進んでいるが、依然として過去のトレンドからはかい離しており、特に、英国においてはかい離幅が大きい(第2-1-16図)。この点は、今後の個人消費の基調的な強さをみる上で重要なポイントになると考えられる。
  以上のように、欧米の金融システムの状況をみると、大手金融機関の収益は全体として改善しているが、一部のヨーロッパの金融機関は、レバレッジ比率が依然として高い一方、収益水準も高くない。また、アメリカでは、住宅価格下落に伴う住宅ローン証券化商品に係るリスクが依然として残っていることに加え、デレバレッジによる貸出の減少が続くなど、金融システムにはバブル崩壊や金融危機の後遺症がみられ、これが実体経済の重しにもなっていると考えられる。


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