目次][][][年次リスト

第1章 歴史的転換期にある世界経済:「全球一体化」と新興国のプレゼンス拡大

第4節 歴史的転換期にある世界経済

2.新興国のプレゼンスの高まりと全球一体化によるリスク要因

(1)新興国のプレゼンス拡大によるリスク

  新興国のプレゼンスの高まりは、先進国にとっては新たな投資先や消費市場の創出であることからビジネスチャンスであるが、他方、リスクを増大させる要因にもなり得る。ここでは、主なリスクとして、一次産品の需要増大と価格高騰、所得格差の拡大に伴う政治社会の不安定性増大、依然として低い新興国の所得水準と国際協調、国際金融システムの変質の可能性の4点を考える。
  まず一点目として、新興国の経済成長により、原油や穀物、鉱産物等の一次産品の需要拡大が続き、その結果、コモディティの金融商品化といった商品市場の構造変化とあいまって、一次産品の価格上昇が今後も続くことが見込まれる。
  例えば、エネルギー需要については、世界の一次エネルギーの供給は2030年時点では依然として石油が約3割を占めるなど、引き続き、化石燃料が大きなシェアを占めることが予測される。一方で、新興国を中心とする需要の拡大が続くことから、原油価格は上昇を続け、IEAによれば、35年には113ドル/バレル(09年を基準年とする実質価格)となる見込みである(第1-4-5図)。
  また、穀物についても、新興国の食用・飼料用需要の拡大に加え、バイオ燃料原料用の需要の継続的な増加も要因となり、穀物価格は上昇基調で推移し、例えばトウモロコシ価格は、農林水産省によれば、10年時点の163ドル/トンから20年には190ドル/トン(08年を基準年とする実質価格)となることが見込まれる(第1-4-6図)。
  一次産品価格の上昇は、一般に、資源輸出国の交易条件の改善と資源輸入国の交易条件の悪化をもたらす。先進国の輸出産業は、非価格競争力を伸ばすなど価格転嫁ができる状況にならなければ、交易損失が拡大し、GDPが成長しても所得が増えず、国民は実質的な豊かさを享受できないことになる。
  次に、一部の新興国等における、所得格差の拡大を背景とした政治社会の不安定性の増大が挙げられる。例えば、11年1月以降の中東・北アフリカ情勢の緊迫化を背景に、原油価格が上昇している。このように、一次産品、特に賦存量に地理的な偏りがある資源については、供給国の政治社会の安定度合いにより価格が乱高下する可能性がある。その結果、当該産品が必要となる各国産業に影響が現れるリスクがある。また、先進国企業が活動する新興国等で何らかの政情不安が起これば、当該企業の世界的な売上げが大きく左右されることも考えられる。
  第三に、新興国のGDPが世界経済に占めるシェアは増えるが、先進国では経済規模がもともと大きい一方で人口は減少していくこと、新興国では経済成長が続くが人口も増加していくことから、新興国の一人当たりGDPは先進国と比べて今後とも依然として低いと考えられる。つまり、新興国の一部はGDP全体では今の先進国を上回る経済大国となるが、一人当たりの所得水準は、今後とも先進国より相当程度低い状況が続くと考えられる。例えば、前述の1.(1)の推計によると、2030年における中国の一人当たりGDP(市場レートベース)は日本やアメリカの3割程度にとどまる(第1-4-7図)。これまで先進国は、概して所得水準が同水準であることや様々な価値を共有していることを背景に、自由貿易、資本自由化、為替制度といった国際的なルールづくりを協調して進めてきた。しかしながら、今後は、現在の先進国とは異なる所得水準の新興国が経済大国となる。新興国と先進国が足並みを合わせて、グローバル・インバランスの是正や、為替レートの過度な変動や無秩序な動きに対する監視、地球温暖化等の諸課題について政策協調を行っていくことが重要であるが、異なる所得水準の多様な国々が多数存在することから、新たな国際経済秩序が見出しにくくなる可能性もある。
  最後に、新興国の存在感が高まっていくに伴い、ドルを基軸通貨とする国際金融システムも徐々に変質する可能性がある。世界各国の外貨準備の構成の推移をみると、2000年以降、ドルの構成比が継続的に低下傾向にある一方、08年以降は金の保有が増えていることがみてとれる。世界各国の外貨準備の構成は多様化しており、外貨準備の面でみて基軸通貨たるドルの存在感が徐々に低下しているともいえる。また、例えば、中国、インド、ブラジル、ロシア、南アフリカのいわゆるBRICS5か国は、11年4月に行われた首脳会議において、相互の融資や信用枠の設定等を行う場合に米ドルに代えて各国通貨を使用することで合意した。また、これら5か国は、共同声明において、アメリカが大規模な貿易赤字と財政赤字を抱える状況でのドルの将来に懸念を示し、より安定した通貨システムへの変革を呼びかけている(第1-4-8図)。

(2)全球一体化によるリスク

  全球一体化によるリスクも増大する。例えば、間違った情報の伝播による国際金融市場の予期せぬ変動や、優れた人材の流出の可能性が考えられる。
  まず、国際金融市場の変動について考える。資本市場は、世界規模で投資が増えており、また、先進国企業が国境を越えて活躍していることなどから、全球一体化が進んでいる。これにより、世界のある国・地域の動きが、遠い他国の金融資本市場に対し影響を与えるようになっている。このように、世界各地の情報が瞬時にして全世界で共有化され、国際金融市場は世界各地の情報に大きな影響を受けることから、仮に間違った、あるいは、誇張された情報が流れれば、国際金融市場は過度に変動し、結果として、関係者が受ける不利益も甚大になる。また、全球一体化が進む中では、資本は魅力ある市場を求めて即座に動くことから、ひとたび国際金融市場の信認を得られない状態となれば、たちまちに投資が引き揚げられる可能性も考えられる。このため、一国や企業の信認維持のためには、対外情報発信力の強化やチャネルの多様化が極めて重要である。
  次に、労働市場の全球一体化については、金融資本市場が一体化し急激に資本が移動することに比べれば、進んでいない。しかしながら、優れた人材は国境を越えて活躍の場を求めて移動している。今後、多くの先進国において人口減少が見通されるが、そうした中では、自国人材の能力開発とともに優れた人材を惹きつけられる国は、質の高い労働力を得ることができると考えられる。逆に、仮に優れた人材を惹きつけられなければ、そうした人材が活躍の場を他国に求めて流出し、質の高い労働力が自国の労働市場にいなくなってしまう可能性がある。


目次][][][年次リスト