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第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件

第1節 2000年代のアジアの成長パターンと問題点

1.2000年代の成長パターン

●域内生産ネットワークの構築
 2000年代のアジアの高成長を担ってきたのは、主にNIEs、ASEAN、及び近年成長が著しい中国である。80年代後半以降、先行して輸出志向型経済に転換したNIEsに続き、外国企業による直接投資を背景に、ASEANや中国における電気機器や機械等の製造業を中心としてアジアの工業化が急速に進展した。この過程における外国企業の活動の特徴としては、アジア域内の発展段階や賃金水準の差を利用した生産ブロックの分散立地(フラグメンテーション(1))が、サービス・リンク・コスト(2)の低減とともに進展したことが挙げられる。また、域内各地の生産拠点には産業集積(アグロメレーション(3))が形成され、生産効率の向上がもたらされたことも、もう一つの特徴である。他方、こうした企業活動の円滑化を図るためには、貿易障壁の除去や輸送・電気といったインフラ整備、産業集積の形成を左右する外国企業の誘致や産業育成等、各国政府の果たした役割も大きい。こうしたことから、アジア域内では国際的分業が加速し、生産コストの低減により競争力のある製品を生産する、国境を越えた生産ネットワークが発達することとなった。

●直接投資の果たす役割
 直接投資は、投資企業側にとって生産コストの低減を可能にするとともに、資本財や部品、原材料等の輸出機会を増やすなどのメリットがある。他方、直接投資は生産技術や資本、経営ノウハウ等の移転を伴うことから、投資受入国にとっては経済基盤を整備し、成長を加速させることが可能となる。
 80年代後半以降のアジアに対する直接投資の急増は、85年のプラザ合意に端を発したとみることができる(第2-1-1図)。プラザ合意によって急激な円高に見舞われた日本の製造業は、安価な労働力を求めてアジアへの直接投資を加速させた。一方、同時期にASEAN諸国では輸入代替型経済から輸出志向型経済への転換が進展しており、外資出資比率制限の緩和や投資手続きの簡素化、関税引下げ等の外資規制緩和が積極的に進められ、直接投資の受け皿となった。こうした結果、80年代後半から90年代にかけて、マレーシアやタイでは年平均5%を超える成長率を記録するなど、急速に工業化が進展していった。
 97年のアジア通貨危機を経て2000年代に入ると、外国企業は、ASEANに代わって中国への直接投資を加速させ、製造業の生産・加工拠点を次々と中国に移転するようになった。背景には、中国の安価で豊富な労働力や生産コストがASEAN、特に先行して労働集約的産業を担ってきたASEAN4(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン)と比較して優位にあることや、外資優遇策、インフラ整備、物流等の面で中国が急速にASEANに追いついてきたことが大きな理由として挙げられる。さらに、中国は人口規模が大きく、今後も高い成長が続くと見込まれることから、消費市場としての魅力があることも、外国企業の直接投資を後押しする要因になっている(4)

●貿易構造
 直接投資によって発展した域内生産ネットワークは、アジアの生産能力向上に大きく寄与し、急速な輸出拡大をもたらすこととなった。世界の輸出額に占めるアジア(中国、韓国、シンガポール、ASEAN、日本)のシェアをみると、90年には約20%であったが、08年には約26%と存在感を高めつつある(第2-1-2図)。中でも中国の躍進は目覚ましく、90年には1.9%であった中国のシェアは、2000年に3.9%、08年には8.9%と急速に拡大し、08年にはアジアの輸出の約3割を占めるに至っている。
 域内生産ネットワークの主体である東アジア(5)の輸出は2000年代に入って急増した(第2-1-3図)。90年及び08年を比較すると、90年には欧米向けが46.8%を占めていたが、08年には34.2%に低下した反面、東アジア域内が41.5%から45.2%に上昇したことに加え、その他地域向けが11.7%から20.6%に上昇するなど、輸出先の多様化もみられる(第2-1-4図)。また、生産段階及び財別にみると、欧米向けは一般機械や輸送機械を始めとして幅広い財のシェアが低下したことから、最終財のシェアは30.6%から19.9%に低下している。他方、東アジア域内では、中間財のシェアが22.6%から30.0%へと上昇した。特に、電気機械は4.2%から10.0%へと2倍以上に上昇しており、過去20年間の域内ネットワークの発達を示唆している。
 しかしながら、各国別に輸出先をみると、その様相は大きく異なっており、特に中国(香港含む)とその他の東アジア諸国で顕著な違いがみられる(第2-1-5図)。90年代以降の欧米向け輸出のシェアについてみると、中国では90年に31.5%であったのが、09年半ばには34.6%へと緩やかに増加した。一方で、その他の東アジア諸国では、欧米向けはそれぞれほぼ半減するとともに、減少分のほとんどが域内向けシェアの大幅上昇という形で現れている。
 また、国別にみると、2000年以降、中国では、EU向けの最終財を中心に欧米向け輸出が顕著な伸びを示すとともに、中間財を中心とした域内向け輸出も着実に増加している(第2-1-6図)。一方、韓国・台湾・ASEANにおいては、欧米向け輸出は伸びが小さい反面、中間財を中心とした域内向け輸出が大きく増加しており、中でも中国向け輸出は中間財、最終財ともに増加が著しい。
 以上を踏まえると、東アジアにおいては域内生産ネットワークを通じて製造・取引された中間財を最終財へと加工し、欧米先進国に輸出する国際分業体制が発展しつつあり、近年のアジアの輸出拡大は、中間財を中心とする域内貿易の拡大によるところが大きいと考えられる。また、域内の中国向け中間財及び中国の欧米向け最終財輸出の伸びが著しいことからは、こうした最終財の加工・輸出地が、2000年代以降、韓国や台湾、ASEANから労働コストの低い中国に急速にシフトしてきたことを示唆している。


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