第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件 |
欧米を震源地とする今回の世界金融危機のアジアへの主な波及経路としては、資本フローを通じて金融資本市場に与えた影響及び貿易を通じて実体経済に与えた影響の2通りが考えられる。このうち金融チャネルを通じての影響については、アジアでは今回の世界金融危機の発端となった証券化商品の保有額自体がそもそも小さかったことに加え、97年のアジア通貨危機の経験や通貨危機以降の政策対応・協調が功を奏したことから、比較的軽微にとどまった(第2章第4節参照)。
一方、貿易チャネルを通じての影響については、アジアの欧米先進国向け輸出シェアは相対的に低かったにもかかわらず、欧米向け輸出の縮小が域内経済全体に波及し、実体経済に深刻な打撃を与えることとなった。前述のとおり、2000年代のアジアでは部品等の中間財を域内で製造・取引し、主に中国で最終財に加工して、欧米を始めとする世界に輸出する域内分業体制が深化していった。このため、08年9月の世界金融危機発生による欧米の需要の低下は、欧米向け最終財の生産減少を通じて中間財を中心とする域内貿易を縮小させ、さらに、各国における輸出品の生産減少を同時連鎖的にもたらすこととなったと考えられる(第1章2節参照)。このように、アジアの貿易は欧米諸国の需要に大きく依存する構造となっており、欧米の景気変動に対する脆弱性が高いことが、今回の危機を通して浮き彫りになった。
ただし、こうした貿易チャネルを通じた影響の国内経済への波及とその後の回復度合いについては、各国間に相違がみられる(第2-1-7図)。輸出の名目GDPに対する比率と実質GDP成長率の関係をみると、中国を始めとして輸出比率が相対的に低い国については、国内市場が大きく、景気刺激策の効果もあり内需による下支えが可能であったことなどから、景気は減速したものの、成長が続くこととなった。他方、シンガポールや香港を始めとして輸出の比率が高く、国内市場が小さい国ほど世界金融危機後の成長率の落ち込みが大きくなる傾向が見受けられた。
しかしながら、09年7〜9月期以降については、年前半に成長率の大幅な落ち込みを記録した国でも回復に向かう傾向が顕著になっている。背景には、各国の景気刺激策の効果に加え、中国の内需拡大を背景に、中国向けの輸出が回復に向かっていることが大きな要因として挙げられる。今後の先進国の景気回復が緩やかなものとなることが見込まれる中では、欧米向け輸出の回復も緩慢なものとなることが予想されるが、こうした中で欧米を始めとする域外の景気変動の影響を最小限に抑えて自律的に成長するためには、このように域内も含めて最終財の輸出先を更に多様化していくことが望ましいと考えられる。
特に、各生産段階別財の域内輸出比率(域内向け輸出額/世界全体向け輸出額)に着目して他の地域と東アジアを比較すると、EUやNAFTAでは各段階の財がほぼ同水準の比率で域内向けに輸出されているのに対し、東アジアでは最終財の域内向け輸出が相対的に低い水準にある(第2-1-8図)。こうした背景としては、アジアにおいては所得水準にばらつきがあり、需要構造が異なることから、欧米のように同種の最終財を相互に取引することが困難であることが考えられる。また、制度面においても、国内産業の保護を目的とする関税・非関税障壁によって最終財の輸入が抑制され、域内の最終財貿易が制限されてきたことが挙げられる。
こうした中、近年のアジアでは、急速な経済成長とともに、ASEANを中心として自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)等を通じた貿易の自由化が加速している(第2章第2節参照)。特に、ASEAN自由貿易圏(AFTA)を形成するASEANに対し、ASEAN域外の日本や韓国、中国、インド等は、ASEANの個々の国との二国間協定に加えて、ASEAN全体とFTAやEPAの締結を推進し、結びつきを強めている(6)。10年1月には、ASEAN域内やASEAN・中国、ASEAN・韓国間において、FTAを通じ、関税が原則撤廃された。ただし、自動車や家電製品等の完成品は、別途段階的に関税削減を行う品目として扱われている。また、煩雑な税関手続きや各国における基準・認証制度の相違といった非関税障壁の存在も今後の課題となっている。しかしながら、以上のような貿易自由化の動きは、アジアの市場拡大を促進し、最終財の更なる流通にもつながるものと考えられる。アジアは域内の高度な生産ネットワークを活用した「世界の工場」として存在感を示すとともに、「世界の消費市場」としても世界の成長をけん引していくことが期待される。