第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機 |
世界経済は、緩やかな回復基調が続くものと見込まれるが、景気の先行きには、高水準の失業率が続く雇用情勢や信用収縮の継続等の下押し圧力に加え、多くの下振れリスク要因が考えられる。
●ソブリン・リスクとコンテイジョン(伝染)
09年12月の主要格付け機関によるギリシャを始めとした国債の格付けの引下げをきっかけに、財政赤字が大きく実体経済の弱い南欧諸国を中心に国家(ソブリン)のリスクが注目されることとなり、ギリシャ等の国債のドイツ国債との利回りスプレッドが急拡大するなど、市場に不安が広がった。10年5月には、EUやIMFによりギリシャへの支援が実施されたが、市場の懸念が払拭されるには至っておらず、各国における公的債務増加に対する懸念の広がりや、ギリシャ等に対する貸出債権を多く持つ欧州諸国への影響等、この問題の更なる波及が懸念される。
●大幅なGDPギャップによるデフレ圧力の存在
国際機関によれば、欧米等先進国において、各国が実施している財政政策及び金融政策を勘案しても、2011年においても大幅なGDPギャップは残るという試算がされている(第1-1-9図)。こうしたデフレ圧力の存在が景気回復に影響を及ぼすことが懸念される。
●拙速な政策転換による景気回復の停滞
前述のように、各国では、危機対応として実施している金融・財政政策を平時のものへと転換していく動きが開始されている。特に、ソブリン・リスクが高まっている国では、財政再建に向けた取組が求められている。しかしながら、景気は持ち直し基調にあるとはいえ、自立的な回復には至っていないことから、政策転換のタイミングが時期尚早だった場合に現在の緩やかな景気回復が停滞する可能性も考えられる。
●低金利通貨を用いたキャリー・トレードによる世界的な過剰流動性
先進国における緩和的な金融政策が、先進国と比較して好調な新興国の成長見通しと結び付いて、新興国に資金流入をもたらしている。さらに、新興国では、一部で金融引締めの動きが開始されており、相対的な高金利が更に低金利通貨を用いたキャリー・トレードを誘発し、資本流入に加速をかける可能性がある。こうした移動しやすい資金の大量な流入は、新興国におけるインフレや資産価格の上昇等をもたらし、金融システムの安定性を脅かす可能性も考えられる。
●拙速な金融規制強化による更なる信用収縮
今回の世界金融危機の発生を受けて、金融分野の規制・監督体制の再構築への動きが開始されている。例えば、バーゼル銀行監督委員会では、銀行の自己資本に関して質・量の増強が検討されている。また、アメリカでは、金融危機の重大な要因となった金融機関の過度なリスク・テイクを抑制する目的で、金融機関の業務範囲と規模に新たな制限を設けることが検討されている(いわゆるボルカー・ルール、コラム1-7参照)。自己資本規制や業務範囲の制限等は、金融機関の信用創造機能の制限につながる可能性があるため、実体経済の動向を注視した上で慎重に導入されることが望ましい。仮に、実体経済の回復が不十分なうちにこれらの金融規制強化を行った場合には、更なる信用収縮をもたらす可能性がある。
●雇用悪化を背景とした政治・社会の不安定化、保護主義の台頭
上述したとおり、欧米諸国では、失業率が高水準で推移しており、こうした状況が長期にわたって継続した場合、各国の政治・社会の不安定化をもたらし、保護主義の台頭につながる懸念がある。