目次][][][年次リスト

第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機

第1節 世界経済の現状

6.世界経済地図の地殻変動

●アジアをはじめとする新興国経済の成長
 世界金融危機発生後、金融危機の震源地であった欧米諸国の景気回復が緩やかであるのに対し、アジア経済は他に先駆けて回復軌道に乗り、世界経済の中で存在感を増している(コラム1-2参照)。近年、アジアの多くの国では、欧米諸国を主要相手先とする輸出を成長の原動力としていたことから、世界金融危機発生後の欧米諸国の景気後退により実体経済に大きな影響を受けた。しかし、アジアでは、中国において大規模な景気刺激策による内需が景気回復を支えており、その他のアジア諸国においても、それぞれの国で実施された景気刺激策及び中国の内需拡大を受けた中国向け輸出の増加が、今回の危機からの景気回復をけん引している。これが、これまでの成長パターンから転換する契機となり、更に世界経済の中での地位を高めていく可能性がある。また、中南米やアフリカの一部の諸国は、近年の経済発展により注目を集めている(コラム1-3、1-4参照)。

●出口後の世界経済システムの設計:特に金融規制改革に向けた議論
 今回の世界金融危機を受けて、金融危機を未然に防ぐためには、個々の金融機関の監督だけではなく、金融システム全体にかかわるリスクを監視するとの観点から政策運営に当たるべきとの議論が高まっており、金融分野の規制・監督体制の再構築に向けた動きが進展している。アメリカや欧州各国において議論が進むほか、国際的な枠組みの中においても金融規制の強化に向けた議論が高まっている。09年9月のG20金融サミットでは、世界金融危機発生以前にみられた過度のリスク・テイクに戻ることは許されないとの問題意識の下で、マクロの健全性監督(マクロ・プルーデンス)の強化、当局による規制・監督範囲の拡大等、金融監督体制の強化について合意がなされた。こうした議論が今後具体化し、実施に移された場合には、今後の世界経済システムの変革につながっていく可能性がある。

●グローバル・リバランシング
 今回の世界経済・金融危機の発生の背景には、金融部門に起因する様々な問題(8)に加え、マクロ経済の視点からは、2000年代に経常収支の不均衡が急拡大したことがあった。
 経常収支の動向は、各国・地域間の資金フローを生み出して来た貯蓄投資バランスの変化と対応している。特に2000年代以降、アメリカ、EU諸国では、貯蓄不足が拡大し、一方、中国、その他アジア諸国・中東諸国では貯蓄過剰が拡大した。その間、アメリカの資本収支黒字が拡大しており、アジア・中東諸国の貯蓄過剰がアメリカの貯蓄不足を埋め合わせるという構図となっていた。
 経常収支の不均衡は、投資・経済活動に振り向ける資金が不足している場合、他国からの借入れにより資金を調達し、投資収益により将来返済するという、異時点間の最適資源配分の行動の結果である。しかしながら、経常収支不均衡の背景にある投資活動に問題がある場合、例えば、ある国の資産バブルの発生等による非効率な投資の結果生じた不均衡の場合には、こうした非効率な経済活動が様々な悪影響をもたらすリスクがあることに注意が必要となってくる。03年以降急速に拡大し、危機の一因となったグローバル・インバランスは、その後どのような推移をたどっているであろうか。
 09年については、経常収支不均衡は大幅に縮小したと見込まれる。グローバル・インバランスの規模を表す、経常収支黒字国と赤字国の経常収支の絶対値の合計額をみると、過去最大となった08年と比較すると、09年は6割程度に減少したとみられる。これまでの国際的な資金の流れが転換点を迎えた可能性がある。
 また、国別にみると、経常収支黒字国のうち、中国は09年に前年比13%程度の減少幅にとどまったが、中東諸国は、原油価格の下落の影響もあり前年の8分の1以下に減少した。一方、経常収支赤字国のうちアメリカは、特に貿易収支赤字が減少したことなどにより、09年赤字額が前年の半分程度に縮小した(第1-1-10図)。
 経常収支の構成要素の大部分を占める貿易収支の状況をみると、08年のリーマン・ブラザーズ破たん直後から、英国・アメリカ等貿易赤字国は、内需が急減したため輸入がより大幅に減少し、赤字額が縮小する一方、日本・中国では、輸出の減少に比べ輸入がより小幅に減少するなど、貿易黒字国の黒字額も縮小したため、世界の貿易収支の不均衡は縮小している。ただし、09年半ば以降は、アメリカの内需の回復とともに貿易赤字額が拡大してきており、貿易収支の不均衡が再び拡大する兆しをみせている。
 次に、世界的な投資資金の流れをみると、世界金融危機発生以前の07年10〜12月期は、アメリカの旺盛な国内需要を背景とした資金需要に対し、各国が資金供給を行い(第1-1-11図(1))、また、アメリカから資金がヨーロッパやアジア・中東地域に還流するという循環が成り立っていた(第1-1-11 図(2))。
 世界金融危機発生後の08年10〜12月期には、この流れは変化し、ヨーロッパからアメリカへの資金流入額は急激に流出に転じるとともに(第1-1-11 図(1))、アメリカからヨーロッパへの資金流出額も急激に流入に転じるなど(第1-1-11 図(2))、投資資金が自国へと戻るリパトリエーションの動きがみられた。一方、アジア、中東諸国からのアメリカへの資金流入の動きは、同年以降も続いている。特に中国からアメリカへの資金流入が顕著であり、米国債の保有等に向かったものと思われる。
 その後、09年10〜12月期には、アメリカとヨーロッパの投資家のリパトリエーションの動きが急激に縮小している。このようにアメリカを中心とする国際資金フローは、世界金融危機発生以降、大幅に縮小しているが、アジア、中東諸国からアメリカへの資金流入、アメリカからアジアへの資金流入にみられるように、アメリカを中心とした資金の流れが復活する兆候もみられる。
 第3章で述べるように、2010年以降の世界経済は緩やかな回復が続く可能性が高い。この結果、世界金融危機発生以降縮小していた経常収支不均衡が再び拡大する可能性もある。また、経常収支不均衡の拡大要因の一つである、アメリカの財政赤字については、財政再建に向けた取組が進展するなど、不均衡の是正に向けた動きもみられる。グローバル・リバランシングの流れが続くのか、それとも逆戻りするのか、今後の動きを注視する必要がある。なお、IMFは、G20の会合に基づき、「強固で継続可能かつ均衡ある成長のための枠組み」(MAP:Mutual Assessment Process)により、グローバル・リバランシングの進展状況について評価を行っている。

コラム1-2 過去1000年間の世界経済におけるアジア

 近年、世界経済におけるアジアの存在感が増している。しかし、これは、世界の歴史を振り返ったとき、新しい現象なのであろうか。
 中国やインドは、四大文明発祥の地である。中国では、黄河文明が栄え、紀元前1600年頃には国家(殷)が成立した。インドでは、紀元前2600年頃にはインダス文明が形成されていた。その後、両地域とも、盛衰と分裂の歴史の変転を繰り返しながらも、世界の歴史の中で大国として独自の存在感を保ってきた。
 OECDでは、人口や農業生産力等に関する記録を基に、紀元ゼロ年からの世界のGDPを推計している()。例えば、紀元1000年時点では、中国とインド、日本その他のアジア地域のGDPは、世界の約70%を占め()、その後も60〜65%の規模を保っていた。18世紀後半に、英国で第一次産業革命が始まったが、19世紀初めの時点(1820年)においても、中国(清)、インド(ムガール帝国)を含めアジア経済が世界に占める割合は約6割であった。しかし、その後、19世紀に産業革命が欧州全域やアメリカ大陸に拡大し、技術革新により欧米が経済成長を遂げていく中で、アジア経済が世界に占める割合は急速に低下し、1950年には2割弱となった。
 現在、中国は1978年から始まった改革開放と1990年代からの加速を契機に、また、インドは1990年代の経済自由化を契機として、両国とも外国からの直接投資等を通じて技術が伝播し、急速に工業化が進んでいる。その過程で、両国が世界経済の中で再びその存在感を増しているが、長い歴史を振り返れば、初めてのことではないのである。中国やインドは、「新興」経済(emerging economies)として分類されることも多いが、これは、産業革命後200年ほどの文脈であり、本来は「再び存在感を増す」あるいは「再び勃興する」経済(re-emerging economies)と呼ぶべきかもしれない。


コラム1-3 ブラジルの自動車産業の成長と新技術

 2014年のサッカー・ワールドカップと2016年のリオデジャネイロ・オリンピックという世界的な二大イベントの開催を控えたブラジルは、今後高い経済成長が見込まれる国としても注目を集めている。経済成長率は、世界金融危機の影響を受け、08年末から2四半期にわたって前期比マイナスとなっていたが、利下げ等の金融緩和策、減税等の景気刺激策の政策効果もあって、設備投資と個人消費を中心に回復し、09年4〜6月期以降再びプラス成長に戻っている(図1)。10年に入ってからは、景気の回復はより鮮明となり、消費者物価上昇率にも上昇がみられることから、4月28日、中央銀行は利上げに踏み切った。
 ブラジルの新たな成長分野として注目を集めているのが自動車市場である。リーマン・ショック発生後の08年11月には、自動車月間販売台数がそれ以前のピーク(同年7月)の6割程度の水準に落ち込んだが、自動車購入時にかかる工業製品税(IPI)に対する減税の実施や(注1)、利下げによる自動車ローン金利の低下等を受けて、09年前半にはリーマン・ショック前の水準を回復した。09年のブラジル国内の自動車販売台数(新車登録台数)は前年比11.4%増の314万台となり、初の300万台突破と過去最高の水準となった(図2)。特に、国内自動車販売の大部分を占める乗用車が前年比12.6%の伸びとなっており、減税措置や利下げが自動車の購入促進に大きく寄与したことがうかがえる。また、乗用車販売を製造業者別にみると、1位はフォルクスワーゲン、以下、フィアット、GM、フォードと続く(図3)。
 一方、自動車生産の動向をみると、08年後半には景気の後退を受けて大幅に生産が減少したものの、好調な国内の自動車販売にけん引され急速に回復している。この結果、09年の年間生産台数は過去最高であった前年(322万台)よりもやや減少したものの、318万台と高い水準を維持した(図4)。また、ブラジル中央銀行のインフレーション・レポートによれば、10年の個人消費は引き続き堅調な伸びが予想されている(注2)。こうしたことから、自動車製造各社では自動車市場の更なる成長を見込んでおり、生産拡張のための投資計画を発表している。
 また、ブラジルの自動車産業の特徴として、FFV(Flexible Fuel Vehicle:フレックス燃料車)が普及しているという点に注目したい。FFVとは、ガソリンでもエタノール(バイオ燃料)でも、またその両方をどのような比率で混合しても走行可能な自動車のことであり、エタノール原料となるさとうきびの豊富な生産を背景に、ブラジルでは近年急速に普及している(図5)。
 新燃料の導入に関しては、70年代のオイルショックを契機に一部の国においてガソリンとエタノールの混合燃料の利用が政策的に進められてきたが、その普及は限定的であった。しかし、近年の環境意識の高まりや原油価格の高騰を受けてバイオ燃料が見直されており、アメリカをはじめ日本やヨーロッパでもその導入に向けた動きが広がりつつある。現在、環境問題に対応した自動車開発においては、ハイブリッド車や電気自動車関連の開発が世界の主流となっているが、一部の国ではバイオ燃料の原料となる農作物等の生産に強みがあり、こうした国々においてはFFVが普及するという可能性もある。特にブラジルはさとうきびの生産量が世界一であり、FFV技術はブラジル発のグローバル・スタンダードとなる可能性があると言われている。
 ブラジル経済の今後の見通しについて、ブラジル中央銀行のエコノミストへのアンケート調査では、10年のGDP成長率は6%程度を予想しており、ブラジル経済は回復から更なる拡大過程へと移行するとしている。現在、自動車の普及状況は「国民7人に対し1台」とされているが(注3)、経済成長に伴う所得の向上により、国民の自動車保有の更なる拡大が見込まれる。自動車産業はブラジルのGDPの5%以上を占め(注4)、その成長が経済全体に与える影響も大きい。


コラム1-4 南アフリカ:低迷が続く個人消費

 2010年6月にサッカーのワールド・カップの開催をし、金や数多くのレアメタルの産出国としても注目されている南アフリカは、1990年代半ば以降、個人消費の拡大をベースに安定的な経済成長を遂げている。特に、2000年〜07年にかけて実質GDP成長率が年平均5%程度となり、BRICsに続く成長地域と称されるVISTA(ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)にも名を連ねるなど、今後の一層の成長に期待が高まっている。
 その後、世界金融危機の影響等から実質GDP成長率は08年10〜12月期以降マイナス成長が続いていたが、09年7〜9月期に4四半期ぶりにプラス成長に戻り、09年10〜12月期には前期比年率3.2%増となった(図1)。ただし、内訳をみると、在庫投資が同4.2%ポイントとプラスに大きく寄与する一方、GDPの6割強を占める個人消費は6四半期ぶりにプラスの伸びとなったものの、同0.9%ポイントの寄与にとどまるなど、力強さに欠ける状況となっている。
 個人消費が低迷を続ける要因として、雇用・所得環境の悪化と高水準の物価上昇率が挙げられる。失業率は、02年の30.4%から08年10〜12月期には21.9%まで低下したが、その後再び上昇し、10年1〜3月期の失業率は25.2%となっている(図2)。厳しい雇用環境を背景に所得の伸びも大幅に縮小しており、名目雇用者報酬は二けたの伸びが続いていた状況から、09年には7%台へと伸び幅が低下している(図3)。一方、消費者物価指数は、08年7〜9月期に前年同期比12.4%とピークを付けた後、上昇幅は縮小傾向にあるものの、依然として南アフリカ準備銀行のインフレ目標値(3〜6%)の上限近傍の高い水準で推移している(図4)。このため、実質雇用者報酬でみると、03〜07年にかけては、前年同期比で6%以上の伸びとなっていたが、08年以降は1〜2%に伸び幅が大幅に低下しており、消費の増加を抑制している。
 また、金融機関による家計への貸出余地が縮小している可能性がある。可処分所得に対する家計の負債の割合をみると、02年を底に08年にかけて急上昇し、その後も長期的な傾向線を大きく上回る高い水準で推移している(図5)。このため、金融機関は家計等民間部門に対する貸出を慎重に行うようになり、結果として消費の下押し圧力が増した可能性がある。
 南アフリカ準備銀行は利下げをしても先行きの消費者物価上昇率がインフレ目標値内で落ち着くとの見通しを基に、10年3月25日に政策金利を7%から6.5%に引き下げた。声明では「家計における消費支出の改善は緩やかなペースで続くと見込まれる。」としている。消費者マインド指数によると、消費者物価上昇率の縮小等を背景に、今後12か月の景況感見通しは改善方向にあることに加え、消費者に対する金融環境も改善することが見込まれるなど、センチメントの回復が続いている点はプラスである。しかし、実質雇用者報酬の伸びが依然として低水準にあり、負債額は可処分所得に対して高水準が続いていることから、民間消費が持続的な拡大トレンドに戻ることができるかどうか注視する必要がある(図6)。


目次][][][年次リスト