第2章 新興国経済:金融危機の影響と今後の展望 |
第5節 金融危機の影響が深刻化するロシア経済
3.世界金融危機の影響と景気刺激策
2008年9月以降の世界的な金融危機の影響はロシア経済に対しても深く及んだが、政府・中央銀行の対応は金融危機の直後から開始され、金融システム安定化策や、産業部門(エネルギー部門、エネルギーを除く一般産業部門)、家計部門に対する景気刺激策が実施された。具体的には、まず金融部門に対し、流動性支援を始めとする緊急対策や資本注入などの銀行システム支援を速やかに開始した。また、財政支出の拡大や減税等によるマクロの景気刺激策や、企業に対しては、個別の銀行、大企業、中小企業等へのミクロの救済策を講じ、さらに、家計部門に対しては失業手当や年金を増額するなど、国民のセーフティネット、社会保障を強化する支援策も実施した。
●外国資本流出と株価・通貨下落及び信用収縮の拡大
2000年代に入ってから、ロシアの堅調な成長が着目され、外国資本のロシアへの流入が活発化した。貿易黒字とも併せ、ロシアの外貨準備は増大した(第2-5-10図)。しかし、08年8月にロシアとグルジアとの間で発生した軍事衝突を機に、ロシアに対するカントリー・リスクが改めて認識され、一部の外国資本がロシアから流出を始めた。ロシアの株式市場では投資家による売りが増加し、株価は下落傾向を強めた(第2-5-11図)。外国為替市場では、株式を売却して得たルーブル資金が売られ、ドルやユーロなどの外貨が買われたことから、ルーブルの為替レートも株価同様に下落を示した(5) (第2-5-12図)。
こうした中、08年9月の世界金融危機発生を受けて外国資本の流出に拍車がかかり(第2-5-13図)、株価とルーブルは更に急落した。これは世界金融危機が即座にロシアへ波及した結果であり、その影響により信用収縮が急速に進行した。民間銀行間では、相互に経営不安への懸念(カウンターパーティー・リスク)が強まり、短期資金を中心に銀行間の資金調達が困難となり、金利水準が上昇した。このことは、融資先の企業、特に中小企業による決済資金の利用を困難にし、ロシア全体で信用収縮の連鎖的な広がりをもたらしていった。こうした信用収縮の影響は、次第に大企業へも及ぶようになり、公的な支援なくしてはロシア企業全般の経営困難が改善する見通しが立たない状況に陥った。
●金融システム安定化策
こうした状況を受け、ロシア政府及びロシア中央銀行は、銀行システムや信用収縮に対する緊急対策を実施した。また、商業銀行の資本注入の一環としての劣後ローン供与や、対外債務不履行の危機に直面した民間の銀行・企業等に対する対外債務返済資金の供与等を行った。
(i)金融危機に対する緊急対策
08年9月15日のリーマン・ブラザーズ破たんから3日後の9月18日、ロシア政府及びロシア中央銀行は、緊急金融対策を打ち出した。株価の急落により前日の17日から閉鎖されていた株式市場を安定化させるため、最大5,000億ルーブルの資金を投入することとした(6) 。また、ロシア中央銀行による金融機関に対する最大7,000億ルーブルの無担保融資と最大4,500億ルーブルのレポ資金(7) の供給、ロシア中央銀行への預金準備率の引き下げ(3種類の預金別に5.5%、6.5%、8.5%をいずれも4.0%ポイント)(8) 、金融機関へ3,700億ルーブル相当の流動性供給支援などにより、短期的な流動性不足への対策を迅速に実施した。こうした金融部門に対する支援の規模総額2兆ルーブルは、08年の名目GDPの約5%に相当する。
金融危機開始直後にこうした大規模な金融対策が可能であった理由の1つに、それまでに石油及びエネルギー輸出で得た外貨収入とそれに関連する税収を、「準備基金」及び「国民福祉基金」に政府が蓄積していたことによる(前掲第2-5-9図)。
(ii)民間銀行の資本増強
ロシアの民間銀行に対する資本注入の一環として、ロシア中央銀行は国民福祉基金から7,250億ルーブルの劣後ローンを供与することとした。劣後ローンは、その借入銀行が保有する他の一般債務よりも、元利金返済の優先順位は劣後するが、その代わりに利率が相対的に高く設定されたローンで、国際決済銀行(BIS)規制では、こうした劣後ローンは一定限度まで「資本の部」に算入できることとなっている。
(iii)金融危機による対外債務不履行への支援策
ロシアの対外債務残高は08年末時点で総額4,847億ドルに増大している。このうち、政府部門の対外債務残高は327億ドル(総額の6.7%)と比較的小さいのに対して、民間の銀行部門と非銀行部門(企業部門等)を合わせた対外債務残高は4,519億ドル(総額の93.2%)に上っている。
ロシアの民間銀行及び企業は、価格上昇を続けていた株式(自社株、他社株、外国株等)を担保に外国銀行から積極的な借入れを行っていたが、リーマン・ショック後の株価急落による担保価値の減少から、追加担保を求められたり、担保価値減少分の返済、あるいは場合によっては借入金の全額返済を求められたりするようになり、債務不履行の危機に陥った。外国銀行の担保権実行によってロシアの重要企業が外国銀行の管理下に置かれることを回避するねらいもあり、ロシア政府は、対外債務返済支援を決め、これに従ってロシア中央銀行は政府系金融機関である対外経済銀行(VEB)に500億ドルを提供した。対外経済銀行は、この最大500億ドルの融資を元に、民間の銀行及び企業に08年末までの対外債務返済資金を融資する枠組みを設定した。
(iv)預金保護
金融危機が一般市民へ及ぼす影響への対応として、預金保護も行っており、政府は、個人預金の保護上限額を10万ルーブルから70万ルーブルまで引き上げることを08年10月に決定した。
●財政支出拡大
(i)危機対応として財政支出を拡大
ロシア下院は09年4月に、財政赤字の限度額を名目GDP予測値の1%とすると定めていた法規の有効性を13年1月13日まで停止する時限法案を可決し、政府による危機対応としての財政支出拡大路線を承認した。
09年の国家予算(修正後)は、歳入6兆7,138億ルーブル(09年の名目GDP予測値の16.6%)、歳出9兆6,920億ルーブル(同24.0%)で、財政収支は▲2兆9,782億ルーブル(同▲7.4%)と大幅な赤字が計上されている(第2-5-14表)。09年1〜3月期実績をみると、歳入は1兆7,299億ルーブルで前年同期より2,027億ルーブル減少し、同期間の名目GDP比で21.1%(前年21.7%)と0.7%ポイントの低下を示している。他方、歳出は1兆7,804億ルーブルで前年同期より4,477億ルーブル増大し、同期間の名目GDP比で21.7%(前年15.0%)と6.7%ポイントの大幅な上昇を示している。これらの結果、09年1〜3月期の財政収支は6,505億ルーブルで、同期間の名目GDP比で▲7.4%の大幅な赤字となり、年間予算の財政赤字と同様のペースで拡大している。財政赤字の補てん原資としては、これまでに蓄積されてきた準備基金が充てられる。
なお、IMFによれば、09年3月初め時点で公表されている裁量的財政支出(金融システム安定化策を除く)の規模は、名目GDP(07年)比で09年4.1%、10年1.3%、合計で5.4%となっている。これは、ヨーロッパ先進諸国やアメリカ(同3.8%)を大きく上回る(9) 。
(ii)社会保障政策の拡充
政府は、社会保障政策を強化するとして、失業手当の増額や年金の増額を決定した。これは、消費の下支え効果を期待するとともに、社会不安の軽減を図ったものであり、今後予想される失業者の更なる増加や、年率10%を超えるインフレによる年金の実質価値の目減りに対応するものである。
●産業部門への支援措置
政府は、企業の資金繰り悪化や対外債務返済不履行などの危機に対し、各産業部門別に、あるいは苦境に陥った個別企業に対し、支援措置を講じている。
石油・ガス部門に対しては、石油輸出税及びガス輸出税の軽減を実施した。ただし、石油企業は、石油価格がピーク時の約3分の1に下落しているため、石油輸出税の更なる引下げを求めている。
自動車部門に対しては、メーカー、ディーラーへの資金繰り支援を行っている。しかし、自動車販売不振の大きな要因とされる自動車ローンの貸出態度の厳格化(金利引上げ、価格に対するローン供与比率の引下げ等)への対応が課題となっている。また、国内自動車産業保護を目的として、輸入車(乗用車、トラック等主要な車種の新車及び中古車)に対する輸入関税率の引上げを実施した。