第2章 新興国経済:金融危機の影響と今後の展望 |
第5節 金融危機の影響が深刻化するロシア経済
1.ロシアの景気後退は深刻化
●実質経済成長率と生産・輸出が急速に悪化
ロシアの実質経済成長率は、07年の前年比8.1%から08年の同5.6%へと大きく鈍化した。四半期ベースでみると、07年10〜12月期前年同期比9.0%をピークに、08年1〜3月期同8.7%、4〜6月期同7.5%、7〜9月期同6.0%と徐々に鈍化し、金融危機後の10〜12月期には同1.2%と急速に減速した。そして、09年1〜3月期の実質経済成長率は前年同期比▲9.5%と大幅なマイナスとなった。(第2-5-1図)。ロシア経済発展省の試算によれば、季節調整・労働日数調整後の四半期ベースの実質経済成長率(前期比年率)でみても、08年7〜9月期、10〜12月期と2四半期連続してマイナス成長となっており(いわゆるテクニカル・リセッション)、こうしたことから、ロシア経済は景気後退し、更に深刻化していると判断される。
鉱工業生産は、08年11月に前年同月比▲8.7%と大幅なマイナスへ転じた後、12月以降5か月連続で二けたのマイナスが続いており、景気後退の深刻さを示している(第2-5-2図)。
輸出(金額、通関ベース)は、08年1〜3月期から7〜9月期まで3四半期連続で前年同期比50%を超える増加を示していた。これは主に、ロシアの主要輸出品である石油、ガス等の国際価格の高騰によりもたらされたものであった。しかし、08年夏以降の石油等エネルギーの国際価格急落と、世界的な景気後退によるエネルギー需要の減少から、10〜12月期には前年同期比▲10.5%、09年1〜3月期▲47.4%と減少に転じた。月次ベースでは、08年11月に前年同月比▲12.7%と減少に転じた後、09年1〜3月は同約▲50〜▲40%で推移するなど、大幅な輸出額の減少が続いている(第2-5-3図)。
●実質固定投資は大幅に減少
実質固定投資(実質GDPの需要項目)をみると、ロシア連邦成立(91年)以降しばらくの間、毎年大幅な減少を続けたが、99年以降はおおむね年率で10%を超える増加を示し、07年には前年比21.1%の大幅な増加を示した。しかし、08年後半から伸び率が低下傾向を示し、08年12月には前年同月比▲2.3%と99年5月(同▲0.9%)以来約9年半ぶりのマイナスの伸びとなった。その後も、09年1月に同▲15.5%、2月に同▲14.1%、3月に同▲15.4%、4月に同▲16.2%とマイナス幅が大きなものとなっている(第2-5-4図)。
エネルギー産業部門では、世界的な景気後退を受けて世界全体の石油等のエネルギー需要が大幅に減少していることから、企業は生産体制を縮小しており、生産設備が遊休化して設備稼働率が大きく低下している。したがって、現下の状況においては、新規投資や更新投資を積極的に拡大していく動きは抑制されている。
エネルギー産業以外の一般産業部門においても、内需の大幅な低迷を受けて生産が減少しており、エネルギー産業と同様、あるいはそれ以上に設備の遊休化、設備稼働率の低下がみられ、設備投資を拡大する状況にはない。
以上のように、いずれの産業部門においても、企業の設備投資環境は悪化しており、これが実質固定投資の大幅な減少の要因となっている。
●消費は低迷
ロシアにおける個人消費は、石油輸出収入の増加に伴い、実質所得が高まったことを背景に(後述)、消費ブームと呼ばれるほど順調に拡大してきた。ヨーロッパ・ロシア (1)の都市部に居住する比較的所得の高い階層を中心に自動車や家電製品の消費が増加し、地方都市においても所得の増加とともに消費ブームが広がった。ロシアの消費における輸入品の比率は高く、特に自動車は新車・中古車ともに輸入車(2) への需要が強く、家電製品も輸入品への志向が強い。
ヨーロッパ・ロシアの人口は1億人を超え(全人口の約3分の2)、ドイツ(人口約8,200万人)やフランス(同約6,300万人)、イタリア(同約5,900万人)、英国(同約6,000万人)と比べても消費市場としての規模は小さくない。しかも、ヨーロッパ・ロシアの所得水準はロシア内でも高く、西欧、中・東欧諸国からみても魅力的な消費市場として意識されている。このため、自動車メーカー、家電メーカーや消費財関連の外資系企業のロシア進出(直接投資)も活発に展開されてきた。また、自動車ローンや消費者ローンなどの金融システムの整備が進んだことも、消費を支える要素となった。
しかし、石油収入の減少と金融危機により、所得面、金融面から消費を支えてきた要因がはく落し、消費が低迷することとなった。
小売売上高(実質)をみると、04年以降、年間で10%を超える伸びを示し、08年1〜10月の伸び率(前年同月比)も平均で約15%程度と好調であったが、11月には同8.0%と一けた台に低下し、12月、09年1月と更に減速した後、2月には伸びがマイナスに転じ、3月、4月とマイナス幅が拡大した(第2-5-5図)。実質GDPの需要項目における個人消費(四半期ベース)の伸び率をみると、05年4〜6月期から前年比二けた成長が続いていたが、07年7〜9月期の前年同期比14.3%をピークに、08年10〜12月期には同8.0%へと低下した。
●雇用、実質所得・賃金は悪化
失業率は、08年7〜9月に5.3%と近年では最も低い水準にまで低下したが、10月から上昇に転じ、09年4月には10.2%と急速な悪化を示している(第2-5-6図)。実質賃金は、05年後半から08年9月まで前年同月比10%台の伸びを示し、これが堅調な個人消費を支えてきたが、08年10月以降伸びが急速に低下し、09年2月にはマイナスの伸びへと転じている。実質可処分所得は、08年11月に前年同月比▲6.1%と伸びがマイナスに転じ、更に12月、09年1月にはマイナス幅が拡大した後、2〜4月は低い伸びにとどまっている。
以上みてきたように、ロシアの実体経済は、投資や消費といった内需が大きく減少しており、また、世界的な景気後退から、石油等エネルギー関連の輸出や生産が減少している。また、消費を支える家計は、実質賃金・可処分所得の減少や失業率の高まりから消費支出の拡大には慎重である。
さらに、現下の深刻な景気後退の理由として、それまでロシア経済の成長を主導してきた石油等エネルギー輸出を取り巻く環境変化、その後に発生した世界金融危機の影響が挙げられる。以下では、まず、08年7月をピークにその後大きく下落した原油価格の影響をみた後、世界的規模での金融危機がロシア経済全体に与えた影響とその対策についてみていく。