第1章 物価安定下の世界経済 |
第3節 物価安定下の金融政策
2.主要国の金融政策の特徴
(1)独立性と透明性の向上
(i)独立性の向上
● 中央銀行の政策手段の独立性の確保と中央銀行総裁の任期
既にみたように、90年代半ば以降、主要国における中央銀行の独立性は高まっている。中央銀行の独立性を考える概念として、政策手段の独立性と政策目的の独立性がある。金融政策の目的自体は国民から選ばれた政府や議会により設定されており、主要国でも法律で規定されている(第1-3-6表)。
一方、政策手段の独立性とは、目標を達成するための金融政策運営上の責任を負い、目的を追求する方法は自由に決定でき、他の政府機関から簡単には覆されないことを意味する(10)。欧米ではFRB、ECB、BOEいずれも独立性を得ている。実際には、委員会(ECBは理事会)を設置し政策金利等を決定しており、委員会(同)への政府側の出席の有無等には相違があるものの、出席の場合でもオブザーバーとしての出席であり、手段の独立性は確保されている。
手段の独立性が必要な理由は、金融政策は一定のラグを伴うものであること等により、長期的な視野を持って運営する必要があるためである。中央銀行総裁が長期雇用契約を与えられることで、選挙で選ばれた立法者がするであろう努力よりも、総裁が多くの努力をするインセンテイブを与えられることになる(11)。
総裁の任期をみると、ECBで8年、FRB、BOEでは5年となっている。
● 一個人による政策決定・運営から委員会制へ
90年代前半頃までは、FRB等一部の中央銀行を除き、意思決定権は総裁又は財務大臣が保有していた。以後、英国、日本を含め委員会制に移行する中央銀行が増加している(12)。ヨーロッパ諸国もかつては総裁が意志決定権を保有する国が多かったが、ECB設立後は理事会制を採用している。委員会での意思決定は、投票による多数決によるものが多い。
委員会制か総裁かの選択の理論的根拠については、総裁が政策決定について全面的に責任を負う方がその所在が明確となり説明責任の遂行の観点から望ましい、委員会を設置しても委員が異論を唱えることは現実的には困難という意見もある一方で、委員会制の方が複数の人からのより広い視野に立った議論が考慮されることによりリスク回避が図られること、等が指摘されている(13)。
(ii)透明性の向上
● 独立性確保の結果求められる説明責任、透明性の向上
独立性を有した中央銀行は、自らの政策運営や政策決定について国民に対するアカウンタビリテイ(説明責任)がある。また、国民に説明し信認を得ることにより、金融政策の効果が高まることも期待できる(14)。
透明性の向上は、この10年で大きく変化、改善のみられた点である(15)。例えば、FRBでは、10年程前までは、政策変更が行われてもすぐには公表されなかった。現在では金融政策は透明性が高まり、政策決定及びその判断根拠や金融政策運営について、国民に分かりやすい形で情報公開を行うようになっている(第1-3-7表)。中央銀行の決定を市場がより予測できるようになると、そうした市場をさらに中央銀行が予測できるようになり、また中央銀行は市場の予測を調整していく、といった相乗的な効果が働き、金融政策の効果のラグが短くなるなどの改善効果が期待できる。
● 政策決定、議事録の情報公開等にみられる透明性の向上
透明性の向上として、例えば、FOMCにおける政策変更は、94年2月までは、次回FOMC数日後の議事要旨公表時まで原則非公開であった(16)。94年2月以降政策変更は即時公開されるようになり、市場がFRBの行動を予測することがより容易になった(17)。98年12月以降は、一般公表されるべきとFRBが考える場合においては、金融政策の運営スタンスの変更が即日発表されるようになり、2000年2月以降はプレスリリースが毎回公表されるようになった。04年12月には、議事要旨の公表が早期化された。
なお、この間、03年8月には、FOMCは「金融緩和はしばらくの間継続する(18)」とし、初めてフォワードルッキングな表現を声明に明示的に加えるようになった。
●投票結果の公開
各委員の投票結果は、FRBでは02年3月以降プレスリリースで、BOEでは97年6月分以降議事要旨で公表するようになっている。
一方、ECB委員会開催後は、プレスリリースの公表とともに総裁記者会見が行われる。政策決定は多数決だが、投票者の名前、内訳等は公表されていない。これはECBは複数の国の集合体であるというユーロ圏の特殊な事情を踏まえ、ユーロ加盟国からの不当な政治的圧力が委員にかかることを防ぐだけでなく、運営理事会が各国利益の主張の場とならないようにするためである(20)。
●物価指標として何をみるべきか?
透明性の向上を図る上で、市場との対話の基礎となる物価安定の指標としては、対象とする取引主体や取引段階の違いを反映して様々な指数(例えば、企業物価指数、消費者物価指数、GDPデフレータ等)があり、それぞれ動きも異なっているため、中央銀行が金融政策運営のスタンスを説明する際には、重視する物価指数を絞らないと対外的な解り易い説明が困難となる(21)。
多くの中央銀行では、消費者物価指数を重視している。この理由としては、(1)消費者物価は国民生活にとって身近であり、透明性の観点から適していると考えられること、(2)速報性、等が挙げられている。
また、ECB、BOEでは消費者物価指数(総合)を採用しているのに対し、FRBでは2000年2月以降PCE総合を採用した後、04年7月以降PCEコア(食料、エネルギー除く消費デフレータ)を用いている(22)。Blinder & Reis (2005)は、これは食料品やエネルギー価格の変動は一時的なものであり、長期的なインフレ期待には影響しない、との考えに基づくものとしている。一方で、将来のインフレ期待が2〜3年に及ぶ場合、コアも総合もほとんど変わらない、という指摘もある(23)。
Blinder & Reis (2005)は、アメリカの消費者物価総合及び消費者物価コアを比較し、アメリカの将来の物価上昇率(消費者物価総合上昇率)を予測する指標としてどちらが優れているかについて簡単な検証を行っている。つまり、国民生活における物価安定の視点からは、すべての財・サービスについての消費者物価(総合)をみることが適切と考えられるが、足元の消費者物価指数は、食料やエネルギー価格変動の影響を強く受ける。彼らによれば、アメリカでは2回の石油危機を含め原油価格高騰は一過性のものであり、長期的なインフレ期待に影響するものではないとされている24。また、検証結果によれば、総合の上昇率予測のためには、コアの方が予測の精度が高くなっている。
同様の推計を、アメリカ、ユーロ圏、英国、日本について当てはめたのが第1-3-9表である。これによると、アメリカは、彼らの結果と同様、コアの方が総合と比べ推計残差が小さく、予測力が高くなっている。英国や日本も同様で、コアの方が残差が小さく、日本については通常用いられている生鮮食品を除くコアと比べ、生鮮・エネルギーを除くコア(内閣府試算)の方がさらに小さくなっている。一方、ヨーロッパについては、推計期間が96年以降と原油価格が比較的安定していた期間であったことに留意する必要はあるものの、半年から1年先の予測ではコアよりも総合の方が残差が小さくなっている。ただし、その差は2〜3年先になるとほとんどなくなる。