目次][][][年次リスト

第I部 海外経済の動向・政策分析

第2章 官から民へ

第2節 英国におけるPPPへの取組

1.PPPの概念及びその導入の背景

 英国は、他の先進国に先んじて民営化を実施した国として知られている。なかでも1980年代のサッチャー政権における取組は有名で、国有企業の民営化、行政の執行機能のエージェンシー化、官民強制競争入札制度(Compulsory Competitive Tendering: CCT)の導入等により、官から民への動きが強力に推し進められた。こうした諸改革では、公的部門の非効率性を前提とし、同部門に対する厳しい削減・縮小が推進されたため、財政収支の改善やコストの削減が図られた一方で、一部においては官のモラル低下やサービスの質の低下を招いたという指摘もある。
  1997年5月に発足した労働党ブレア政権は、保守党政権下における民営化やPFIを検証し、PPP(Public Private Partnership=官民協働)(2)という概念を打ち出した。2000年に政府が公表した報告書(3)によると、PPPは次の三つに定義されている。
(a)官業に民間所有や経営手法を導入すること
(b)PFI等の手法を活用し、公共が民間から長期にわたり多様なサービスを購入する手法を開発及び推進すること
(c)民間の資金や活力によって政府の資産・サービスに商業的価値を与え、より広い市場においてサービスを提供すること
 また、保守党政権のPFIは、PFI事業をできる限り民間に委ねるという考え方をとっていたが、ブレア政権においては、当初の公的部門から民間部門へのリスク移転から、公的部門と民間部門のリスクの最適負担へと基本思想が変化し、PPPの一環として位置付けられている。
  上述のように、PPPという名称そのものは、官から民への手法を指すというよりは、概念的、指針的なものであり、具体的な事例においては事業の特性等に応じPFIを含む種々の方法が用いられている(第2-2-1表)。PPPの考え方として重要な点は、公共サービスの全ての分野において幅広く民間の経営手法を導入することにより、国民に対してよりよいサービスを効率よく提供するための制度を柔軟に設計しようとしているところにある。
 


2.英国の空港運営におけるPPPの活用事例

 英国の空港は、20年前には公的所有がほとんどであったが、民営化の流れに加え、航空市場の自由化等を背景とした航空需要の盛り上がりもあり、全部又は部分的な民間所有が主流となってきている(第2-2-2表)。民間の関与がある空港においても、保有割合や運営手法は様々であり、収益性や立地場所等様々な要因により、多様な手法がとられていることをうかがわせる。以下では英国の空港でPPPを導入しているルートン空港の事例(第2-2-3図)を紹介する。

● ルートン空港の事例
 ルートン空港は、ロンドン近郊に位置し、地方自治体が管理・運営する地方空港であった。90年代以降、同地域の中核国際空港であるヒースロー空港の処理能力が限界に近づくなか、その役割が重視され始め、需要の増加を背景に業績は良好であった。その一方で需要増加に応じてターミナルビルを始めとする施設の増設が必要となっていたが、同空港を管理していたLuton Borough Councilは資金力が十分ではなく、新たな資金調達手法が不可欠となっていた。こうしたなか、98年8月に、PPPの先駆けとして、所有権を地方公共団体に残したまま、空港施設の整備、維持管理、運営等の実施を、民間企業連合であるLondon Luton Airport Operations Ltd.社(4)に委ねることになった。
 この事業形態は、一定の期間内で空港施設の整備、維持管理、運営等の実施を民間会社に委託するものであるが、空港の最終的な所有主体はあくまでも公的セクターである。ルートン空港のケースでは、98年8月の事業契約の締結以降、30年間にわたる施設の設計、整備、維持管理、運営が一括でLondon Luton Airport Operations Ltd.社に委託されている。
 同社は、99年の秋に1億ポンドを超える投資を行い、空港誘導路の増設・拡張といった空港本来の機能充実に加え、空港内の店舗や駐車場、鉄道駅といった派生的な施設も充実させた。
  こうした多額の投資もあって、新たな航空会社が参入し、新規の航空路線も開発され、乗客数は10年前(96年)の年間約190万人から、2004年には年間750万人と高い伸びを示した。空港の利用客の増加に伴い、観光業や小売業、貿易関係や交通機関等といった空港にかかわるビジネスも盛んになり、新たな雇用機会が生み出されるようになった。ルートン空港は直接的な航空産業において約400人、これを支える従属的な産業では約7,000人を雇用しており、今や地方の経済及び雇用創出の中心的存在となっている。
  このように、民間の資金と創意工夫を活用した官民協働による空港事業の推進により、ルートン空港は直接的な空港産業のみならず、周辺ビジネスにも多大な効果をもたらし、新たな仕事や雇用を生むなど、地域全体の経済発展に大きな役割を果たしている。2004年3月にはLuton Borough Councilとルートン空港は"Best Public/Private Partnership"として表彰され、PPPの成功例として広く認められるようになっている。


3.英国におけるPPPの新たな手法

  PPPの概念自体が97年の創設と比較的新しく、現在も発展段階にあるものである。英国のPPPは官民両者が協働して創造性を発揮し、より質の高い事業を行うことへ重点を移しつつあり、それによって公共部門の積極的関与もなされるようになってきている。また、地域レベルや規模の小さいプロジェクトをより効率的に実施するため各種の支援策も展開されるなど、公的部門と民間部門の新たなパートナーシップの手法が生み出されており、PPPの領域の拡大が進んでいる。以下では特に最近注目を浴びている手法について概説する。

(1)WMI(Wider Markets Initiative)

 98年にWMI(Wider Markets Initiative)という新たな手法が開発された。WMIが従来のPFI等と異なる点は、民間部門のみが事業を行うのではなく、官民共同で事業が行われることである。すなわち、公的部門の持つ資産と知見から商業的価値を創造して市場に売り込むために、民間部門の知見と金融機能を活用するという点である。WMIは原則として、(a) 既存の公有財産の利活用について広く民間企業等と協働し、商業化並びに有効活用を図る、(b)有形資産のみならず、ソフトウェアや知的財産権等の無形資産を含む全ての資産を対象とする、(c)資金調達も含め民間部門の能力を活用する、といった点が挙げられる。
 例えば英国国防省の外局であるDERA(Defence Evaluation and Research Agency、2001年に分割されて現在はQinetiQ)はこれまでの技術の蓄積を活かし、音声技術に関する特許やマーケティングで有名なNXT社と99年にジョイントベンチャー(20/20 Speech社、現在はAurix社)を設立し、短いコマンドを話すだけでPDAを操作することができる技術を販売するなど、音声認識や暗号化、認証技術の商用化を進めている。他にも、英国環境省の外局であるCEFAS(Centre for Environment, Fishers and Aquaculture Science)は、海中探索装置の製造を行うW. S. Ocean Systems社とのジョイントベンチャー(Eco-Sense社)を設立し、CEFASの海洋観察システム技術を販売している。
 なお、公的部門と民間部門の連携を円滑に進めるため、PUK(Partnerships UK)(5)という組織が存在し、事業に対する出資やアドバイスを行っている。こうした支援組織の存在もあり、公的部門の物的及び知的資産の一層の活用のため、現在英国ではWMIの実施が進められている。

(2)小規模案件統合

 従来のPFIにおいては、小口の案件については調達コストがかかりすぎるために事業実施が困難であり、こうした小規模の案件を幾つか統合することにより民間の参入・協働を促進する仕組みが創設されている。
代表的なモデルであるLIFT(Local Improvement Finance Trust)と呼ばれる仕組みは、プライマリー・ケア・サービス(6)(初期的な医療)を向上させ、より患者のニーズに的確に応えるため2001年に開始された。LIFTは特に地域の医療保険の質を高めることを目的とし、プライマリー・ケア・サービスを提供する建物、設備等への投資を行っている。またPfH(Partnerships for Health)という、保健省とPUKが50%ずつ出資して設立されたジョイントベンチャーが、プロジェクト実施を担うLift Company(7)の設置支援や、他地域で得られた経験の集約・伝達を行っている。現在では51のLIFTのスキームが英国各地で進められている。
2003年には政府によって"Building Schools for the Future(BSF)"と呼ばれる、中学校に対する新たな投資プログラムが導入された。2004年にBSFプログラムを推進するため、教育・技能省とPUKのジョイントベンチャーであるPfS(Partnerships for Schools)が設立され、このモデルがLEP(Local Education Partnership)と呼ばれる。BSFは英国のすべての中学校に21世紀標準の施設を完備するという計画であり、その中でLEPは地方教育委員会による調達能力向上を図ることを目的としている。
 


目次][][][年次リスト