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第1章 アメリカの教訓 −IT活用による労働生産性の加速

第2節 アメリカの労働生産性上昇の要因

 本節では90年代後半におけるアメリカの労働生産性上昇率の高まりとその要因について概観する。

●ITによる労働生産性の上昇
 アメリカでは80年代に労働生産性上昇率が低下したが、90年代入り後、特にその後半において労働生産性上昇率は再び上昇し、これが物価上昇率の低位での安定につながり、長期にわたる景気拡大を可能にした。この要因として、ITが労働生産性上昇率を加速させた効果が指摘されている。
 ITが労働生産性を上昇させる経路は、(1)IT関連資本ストックの蓄積による直接の資本蓄積効果、(2)IT製造セクターのTFP 上昇効果、(3)IT使用セクターのTFP上昇効果と整理できる。これらについて労働生産性上昇率に対する寄与を計測したものによれば、90年代後半以降の労働生産性上昇率がそれ以前の期間に比べておおむね1%程度高まったことが示されている(第1-2-1表)。その内訳をみるとおおむね約半分がTFPからの寄与によるものであり、資本ストックからの寄与も同程度にあることが分かる。また、IT製造セクターのTFP上昇率の寄与度をその他のセクターのTFP上昇率の寄与度が上回っている結果があることは、ITによる労働生産性上昇効果がIT製造セクター以外にも広く広がっている可能性を示唆している。
 労働生産性上昇を産業別にみると、コンピュータ・半導体製造業を含む耐久財製造業だけでなく、卸売業や金融・保険業等の産業でも労働生産性の上昇率が高まっており、さらにこれら産業では、IT使用集約度(常雇用換算労働者当たりのIT機器)が他産業に比べ高いという分析結果(11)もある。

●ITが労働生産性上昇率加速効果を持つ背景
 ここまではITが様々な経路により労働生産性上昇率を加速させることについては述べてきた。しかし、IT投資のみによりそれが達成されたとみるのは適切でない。IT投資が労働生産性の上昇という結果に結び付くためには労働市場も含めて競争的な市場環境が必要であり、企業内部でもITを有効活用するための組織運営が必要と考えられる。
 単純労働をITで代替した場合、一人当たりIT資本の深化を通じて生産性を上昇させることになるが、このためには雇用調整を容易に行い得ることが条件となる。さらに経済全体での労働生産性の上昇のためには、代替された労働者への再教育等のシステムが整備されていることが必要となる。
 企業組織の観点からは、個別企業別のデータに基づき、ITと企業組織、労働者のスキルの3者が互いに補完的に作用する、すなわちIT投資の効果は企業組織や労働者のスキルによって左右され得るということを示した分析(12)がある。この分析ではITは単純労働に代替的に働くことが示されている。
 産業別の分析では、卸・小売業、半導体産業、保険産業、通信業における労働生産性の上昇には競争の影響も大きいとの指摘(13)もある。
 第1節でみたように、アメリカにおいて本来労働生産性の高いIT生産産業だけでなくIT利用産業においても労働生産性の上昇が加速し経済全体の労働生産性が上昇した背景としては、ITが効果を発揮するために必要なこれらの競争的な環境が他国に比べて整っていたということが挙げられる。


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