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第I部 海外経済の政策分析

第2章 産業再生−北欧・アジアの経験

第1節 不良債権処理と産業再生

 金融危機は先進国・開発途上国を問わず、多くの国々が経験している。しかしながら、金融危機の副産物として生じる不良債権への対応策は国により様々である。本節では、海外主要国における不良債権処理の経験を、産業再生の観点から概観し、産業再生の基本的な考え方・手法を整理する。
 また、政府主導の産業再生の事例ではないが、民間での事業再生が活発に行われているアメリカの経験を紹介する。

1. 産業再生とは

●債務超過(1)企業に対する2つの処遇−事業再生か清算か
 資産価格バブルの崩壊等により生じる不良債権は、金融仲介機能の低下等をもたらして経済への「重し」となるため、それを抱える金融機関のバランスシートから売却等によって引き落とし、最終処理する必要がある。
 不良債権の最終処理に関し、特に倒産法制に基づいて法廷で手続きを行う場合を法的整理、法廷外で手続きを行う場合を私的整理と呼ぶ。法的整理には、1)裁判所で認められた計画に従って企業が負債を支払いつつ、事業の再生を図る再建型と、2)会社の全財産を処分して負債の返済に充て、会社を消滅させる清算型とがある。また、法廷の手続きによらない私的整理にも、再建型と清算型とがある。いずれにせよ、債務超過に陥った企業は、法的整理または私的整理といった不良債権の最終処理の過程で、事業の再生を求められるか、清算処分となる。

●産業再生の先例−北欧・アジア危機諸国
 「産業再生」という言葉に、特に国際的に確立した定義はないようであるが、政府(または中央銀行)(2)が債務超過企業の事業再生を大規模に主導・支援することを意味する。
 そもそも、不良債権の存在により多くの金融機関の資産が著しく毀損され、経済全体に大きなマイナスの影響を与えるに至った場合や、金融システムそのものが危機に瀕した場合には、政府が不良債権を引き受け、経済・金融システムの安定化を図ることは一般的に行われている。例えば80年代後半のアメリカで、S&L(貯蓄貸付組合)(3)危機に際し、政府が整理信託公社(RTC(4))を設立して破綻金融機関の資産を売却し、預金保護と債権回収に努めたことはよく知られている。債権を買取った金融機関や企業は、債務超過企業の事業再生または清算を行った。
 一方、スウェーデン、フィンランドといった北欧諸国や、韓国、マレイシアなどのアジア危機諸国では、金融危機に際して、政府が金融機関から不良債権を買取り、債務超過企業の事業再生に積極的に取り組んだ上で、取得した資産の売却等により債権の回収に努めた。政府が債権回収にあたり、債務超過企業の事業再生に積極的に取り組んだ北欧やアジア危機諸国の事例は、産業再生の先例と考えられる。
 これらの国々では、金融機関から不良債権を買取る資産管理会社(AMC(5))(詳しくは2.を参照)を政府主導で設立し、金融機関のバランスシートを回復させるとともに、債務超過企業の事業再生を進めた。資産管理会社を設立し、機能不全に陥った金融機関から不良債権を移管する方法は、「良い銀行、悪い銀行」アプローチ(6)と呼ばれ、政府主導のものではスウェーデンが初めての成功例として知られる。
 アジア危機諸国ではさらに、各国政府ともロンドン・アプローチ(7)(詳しくは2.を参照)と呼ばれる私的整理の原則に倣い、法廷外における債務超過企業の事業再生を推進する枠組作りにも取り組んだ。ロンドン・アプローチを政府が積極的かつ大規模に推進したのは、アジア危機諸国が初めてとされている。
 北欧・アジア危機諸国の経験は、資産管理会社の設立とロンドン・アプローチの推進が、産業再生のための主要な手法となっていることを示しているが、これらはいずれも、私的整理による事業再生を促進するものであったといえる。産業再生の手法としては、このほかに再建型倒産法制の整備など、法的整理の枠組みを強化することも考えられるが、北欧・アジア危機諸国においてはそうした手法は必ずしも主要な役割を担っていない。アジア危機諸国はいずれも、危機後に倒産法制の改正を行っており、タイやインドネシアなどでは再建型手続きの導入も行われたが、全体としては、手続きの迅速化など運用の改善に重点が置かれていた。

●産業再生による不良債権処理の進展
 世界銀行の調査(8)によると、1970年代から2002年までに金融システム(“システミック”)危機は117事例、システミックでないものも含めると金融危機は168事例あるとされる。
 産業再生に取り組んだスウェーデン、フィンランド、韓国、マレイシアでは、いずれも金融システム危機に陥っており、ピーク時の不良債権額も比較的高い水準にあった。しかしながら、いずれの国も不良債権は短期間に解消、もしくは大幅に処理が進んでいるとみられる(第I-2-1表)。中でも、特に産業再生の成功事例とされるスウェーデンやマレイシアでは、資産管理会社設立後1年程度で実質GDPが改善に向かっている(第I-2-2図)。
 前述の世界銀行調査では、我が国は先進国で最長の金融危機を経験しているとされる。以下では、これら産業再生に取り組んだ国々の事例を概観し、我が国の産業再生への視座を提供したい。


2. 産業再生の2つの手法
   −公的資産管理会社の設立とロンドン・アプローチの推進

 本項では、北欧・アジア危機諸国で行われた産業再生の主要な手法である1)公的資産管理会社の設立と、2)政府主導によるロンドン・アプローチの推進、の2つについて、それぞれ基本的な考え方を整理、紹介する。

(1)公的資産管理会社の設立

●資産管理会社とは
 資産管理会社(AMC)とは、機能不全に陥った金融機関から不良債権を引き受け、債権を最大価額で回収することを目的として設立される機関である(9)。資産管理会社は、引き受けた不良債権について、それぞれの事情に応じて、債権の売却、担保処分等による回収、債務返済計画の見直し(債務再編)、あるいは償却、いずれかの方法で処理を図る。
 資産管理会社は、民間の金融機関等が私的に設立する場合もあるが、金融危機への対応として政府の指導・監督のもとで公的に設立される場合がある。また、公的な資産管理会社は、特定の金融機関の不良債権のみを引き受けの対象とするもの(分権的資産管理会社)と、不特定多数の金融機関を対象とするもの(集権的資産管理会社)とがある。
 資産管理会社の設立により、不良債権は資産管理会社(「悪い銀行」)に移管されるため、金融機関のバランスシートは直ちに改善され(「良い銀行」)、本来業務に専念できる。一方、資産管理会社は不良債権処理を専門的・効率的に行うことができる(分業の利益)。また、金融機関と資産管理会社との結びつきを絶つことで、債権に対する透明性が高まり、客観的な債権の資産評価が容易になる、などのメリットがある。一方、デメリットとしては、債権の売却により金融機関が保有していた情報が失われる可能性があることや、必ずしも融資機能を備えていない資産管理会社に債権が移ることで債務超過企業の(追加融資を期待しての)返済誘因が損なわれること、買取り価格の設定が困難であること、などがあげられる。

●なぜ政府が設立するのか
 政府が金融危機時に公的資産管理会社を設立する場合には、前述のような一般的なメリットに加えて、債権や担保資産が本来価額を下回る価格で「投げ売り」されることを防ぐねらいもある。特に、不動産担保融資が大量に不良債権化しているような場合には、担保不動産の大規模な「投げ売り」は資産価格デフレにつながりかねない。さらに、集権的な資産管理会社には、人的資源や債権の証券化の面で「規模の経済」効果が期待できるほか、債権の集約化で交渉力も向上するため、より迅速かつ効率的な不良債権処理が期待できる。
 一方、政府が設立する場合の懸念材料としては、不良債権が公的資産管理会社に保有されたまま、債権価値が目減りし、財政コストが極めて大きなものとなる可能性や、不良債権の買取りが市場評価以上の価格で行われると、その分が銀行への実質的な補助金となることなどがあげられる。しかしながら、深刻な金融危機に見舞われ、機能不全に陥った金融機関が多数存在する場合には、マクロ経済運営や金融システム安定の観点から、政府が集権的な資産管理会社を設立するメリットが大きいとの見方が一般的(10)のようである。

●事業再生を進める資産管理会社
 資産管理会社はまた、債権回収の方針により、1)事業再生型と2)早期処分型の2つに分類される(第I-2-3表)。事業再生型は、再生可能な債務者企業を存続させつつ、中心的な事業についてコスト削減や再編などにより再生を行い、資産価値を高めてから売却処分し、債権の回収を図る。一方、早期処分型の資産管理会社は、債権等取得した資産を管理しつつ早期に売却処分して債権を回収する。債務者企業は、債権を買取った金融機関や企業のもとで事業の再生または清算を求められる。
 いずれの場合も、公的に設立された資産管理会社は、引き受けた不良債権を最大価額で回収することで、公的資金や金融機関のコストを最小限に抑える必要があることに変わりはない。このような回収方針の違いが生じるのは、基本的には公的資産管理会社による資産処分の経済的影響や回収見通しを反映している。一般に、事業再生型が選択される場合は、早期の売却処分は「投げ売り」につながりやすく、また事業の再生を行ってから売却する方が回収価額を高める、との見方に基づく。これに対して早期処分型は、公的資産管理会社による早期の適切な価格設定が、市場におけるベンチマークの役割を果たして資産価格を底打ちさせる結果、経済危機からの脱却が早まり、回収価額も多くなるとの見方に基づく。

(2)政府主導によるロンドン・アプローチの推進

●ロンドン・アプローチとは
 アジア危機諸国が政府主導で推進したロンドン・アプローチは、イングランド銀行が私的整理を支援するために90年代初め頃までに形成したとされる。イングランド銀行(11)によると、ロンドン・アプローチとは、企業が深刻な金融的困難に陥った際の銀行および他の債権者への一般的なガイドラインであり、以下の4つの要素からなるとされる。
 1)銀行は、債務者企業が金融的困難にあるときに支援をする立場を続けなければならない。すなわち、銀行は融資を継続し、清算型法的整理の管財人(receiver(12))を指名しない。
 2) 債務者企業の将来にかかる決定は、全ての銀行およびワークアウト(13)利害関係者間で共有される包括的情報にのみ基づいてなされなければならない。
 3) 銀行は債務者企業への金融支援の是非およびその条件について合意に達するよう協同する。
 4) 債権の優先順位は認めつつも、同一項目について全ての債権者を同等に扱う「痛み分け」の要素はあり得べき。

●アジア危機諸国における導入
 アジア危機諸国(韓国、マレイシア、タイ、インドネシア)はいずれも、ロンドン・アプローチの推進を図り、そのための調停委員会等を設立したが、アプローチ推進の具体的な方法や、調停委員会等の役割は国により違いがみられた。韓国では債権者間の調停に重点が置かれ、金融監督委員会の指導の下、金融機関に企業再建合意(CRA(14))を行わせた上で、その調停役として企業再建調整委員会(CRCC(15))を置いた。マレイシアでは、中央銀行の下に私的整理の調停役として企業債務再編委員会(CDRC(16))が設立され、中央銀行は調停にも積極的に関与した。調停に非協力的な債権者の債権は政府の下に設立された資産管理会社(ダナハルタ)の買取り対象とされるなど、私的整理が迅速に進められるよう、監督当局は強制力を行使した。また、タイでは中央銀行が債権者間および債権・債務者間で法的拘束力のある再建計画合意を結ばせた。インドネシアでは当初、私的整理の原則を示すにとどまり、整理が進まなかったが、2000年以降、協力的な債務者に優遇措置を講じるとともに非協力的な債務者は法的整理の対象とするなど、積極的・強制的な推進を図っている。
 このように、ロンドン・アプローチ推進にあたっての政府の具体的な関与のあり方は国により様々であったが、イングランド銀行が「直接介入しない調整役」であったのに比べると、アジア危機諸国では政府が積極的に関与したことが特徴的である。政府が強力にロンドン・アプローチを推進した結果、いずれの国においても多くの不良債権が私的整理によって処理されており、産業再生に大きな役割を果たしたとみられる(第I-2-4表)。なお、私的整理に重点が置かれた背景として、これらの国では倒産法制はある程度整備されながらも、社会的事情等からその円滑な運用が困難であったことがあると考えられる。


3. 民間における事業再生を促進−アメリカの事例

 アメリカにおける公的な資産管理会社としては、S&L危機に際して破綻した貯蓄金融機関の資産を引き受けるために設立された整理信託公社(RTC)が有名である。RTCは、不良債権を早期に売却処分し、「民間にできることは民間に」との方針に基づき、債務者企業の事業再生は民間に任せた。このことは、民間の事業再生ビジネスを拡大させる結果ともなった。
 こうしたRTCの経験は、本章の主題である「産業再生」(政府が事業再生に直接取り組むケース)とは異なるが、政府が民間資源を積極的に活用することによって、事業再生が大規模に進んだ経験として、我が国にも参考となる事例である。
 また、我が国の民事再生法のモデルとなったチャプター11という事業再生を支援する倒産法制の存在も、民間の事業再生の活発化に大きな役割を果たしたとされている。

(1)民間を活用した整理信託公社(RTC)

●整理信託公社設立に至る経緯
 80年代後半にS&L等の貯蓄金融機関(17)の破綻が急増したことから、貯蓄金融機関の預金保険機関である連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)が89年に破綻するに至った。このため同年、金融機関改革再建執行法に基づき、貯蓄金融機関の破綻処理を担う時限的な政府機関としてRTCが設立された。RTCは、FSLICが保険対象としていた貯蓄金融機関の経営と整理を担い、貯蓄金融機関の資産処分等で得られる回収価額を最大化すること、またその際、不動産・金融市場への影響を最小化すること、などが目的とされた。
 RTCは、時限的機関とされたことから、金融機関の破綻処理を主要業務とする連邦預金保険公社(FDIC(18))からの出向者を専門職員として数多く招いた。こうした事情もあり、資産処分にあたっては可能な限り資産の管理・処分を専門的に手がける民間企業を活用することが義務づけられていた。

●不良資産の保全人・管財人として貯蓄金融機関を整理
 RTCは、貯蓄金融機関監督庁(OTS(19))が倒産の可能性が高いと判断した貯蓄金融機関の財産保全人(conservator)、破産管財人(receiver)として資産の売却・回収を行った。
 OTSは、倒産の可能性が高いと判断した貯蓄金融機関に対し、RTCを保全人に任命し、当該金融機関の経営にあたらせた。この間に、預金者の信頼回復と、効率的な整理方法の検討が図られた。貯蓄金融機関の整理に際しては、RTCは管財人として破綻処理を行い、貯蓄金融機関の資産・負債の多くを公開入札によって健全な金融機関に売却(資産・負債継承(P&A(20)))したが、これが困難な場合には預金者に対する保険対象預金の払い戻し(ペイオフ)も行った(21)

●資産の管理と処分に民間企業を活用
 整理対象となった金融機関の資産が極めて多様・多額であったことなどから、RTCは次第に保全期間中の資産処分に重点を置くようになった。RTCが整理した資産4,026億ドル(簿価)のうち、金融機関整理時に処分されたのは2割弱にとどまる反面、保全期間中に処分された資産は4割に達した。資産処分の形態も、当初はバルク・セール(一括売却)が中心であったが、次第に証券化やエクイティ・パートナーシップなどの手法が導入されるなど、より民間企業を活用する形へと移行した。
 証券化プログラムは、大規模なバルク・セールでは処分が困難であった不動産担保債権の回収を図るため、1990年12月に導入された。RTCは不動産担保債権をプールして証券化(モーゲージ担保証券(MBS(22))を発行)し、債券発行代金等を受け取る一方、プールした債権の担保不動産の管理は民間の債権管理・回収の専門会社(サービサー)に任せた。証券化により、RTCが整理した資産の10%以上(420億ドル超)が処分された。
 92年秋以降に行われるようになったエクイティ・パートナーシップは、RTCが民間の投資会社や資産管理会社と共同でジョイント・ベンチャーを設立し、資産処分時に出資分に応じた売却益を得るもので、RTCは資産を現物出資する一方、資産の管理・処分は民間会社に任せられる。95年12月までに214億ドル分の資産がパートナーシップ化された。

●RTCの評価
 RTCは、北欧やアジア危機諸国の資産管理会社と異なり、破綻金融機関の保全人・管財人として預金の保護と債権の回収を目的としていた。RTC自身は、債権の資産価値を高める努力(事業再生)を行わなかったが、業務終了の95年末までに破綻金融機関から引き継いだ資産簿価の8割を越える額の回収に成功したといわれる。RTCの整理・回収業務にかかった財政コストは95年末時点で875億ドル(整理した資産簿価の22%)と推計されている(23)
 RTCの整理・回収コストが低く抑えられた背景には、資産の管理・処分に専門性がなかったRTCが、可能な限り民間企業を活用するとの方針のもとで、証券化やエクイティ・パートナーシップなどの方法で民間の企業を活用したことがあったと考えられる。むしろ、RTCの活動により、モーゲージ担保証券市場が拡大し、民間の投資会社や資産管理会社等が育成されるなど、事業再生ビジネスを拡大させた面もあったといわれている。

(2)事業再生をもたらす法制度−チャプター11

 一般に、倒産法制には清算型と再建型とがあり、後者は1978年にアメリカでチャプター11(連邦倒産法第11条)が制定されて以来、国際的にも整備が進められている。アメリカのチャプター11は現在でも、事業再生を目指す債務者の保護が最も強い法制の一つとされている(24)

●チャプター11とは
 チャプター11には、債務者の事業継続を可能にすることへの配慮から、以下のような特徴がある。
 1) 事業再建計画は、債権者の過半数かつ債権額の3分の2以上の保有者が合意すれば認可され、非合意の債権者も拘束する。(このような、再建計画を強制する手続きはクラム・ダウンと呼ばれる。)
 2) 債務者の裁判所への申立てと同時に裁判所の救済命令が下され、その時点で債務者に対する支払請求、担保処分、強制執行等は一切禁止される。
 3) 原則として管財人は選任されず、債務者は資産を占有して事業を継続でき、また通常業務の範囲内で資産の使用・売却・賃貸も可能(このような債務者は「占有を継続する債務者(DIP(25))」と呼ばれる)。
 4) 申立て後の債務者に対する融資に全ての共益債権(26)に優先する超優先性(スーパー・プライオリティ)を与えるほか、既存の担保権に優先する担保権の設定(プライミング・リーンと呼ばれる)も認めるなど、事業再生中の融資(DIPファイナンス)が行われやすくしている。
 これらは先にみたロンドン・アプローチの要素をより強力にしたものともいえる。1)の債権者合意に関する手続きは、ロンドン・アプローチの「銀行は合意に達するよう協同する」との要素(3))に強制力をもたせたものであり、また2)〜4)はロンドン・アプローチの「銀行は融資を継続し、清算型法的整理の管財人を指名しない」との要素(1))をより実効性がある形で規定したものとみることができる。
 チャプター11は1978年に導入されているが、私的整理よりも時間と費用がかかることから、80年代まではあまり活用されなかった。しかしながら、チャプター11が、債権者に再建計画の合意を強制する手続き(クラム・ダウン)を規定しているため、私的整理の方が費用節減をもたらす結果、RTCによる不良債権処理が進んだ一因となったといわれている。また、倒産手続きを明確に規定した法制の存在は、債権の資産評価を容易にし、アメリカにおける証券化の普及を助けた側面もあったと考えられている。
 なお、我が国においては現在、DIPファイナンスとは一般に、「(再建型の)私的整理や法的整理の申立てを行い、再生を目指す企業に対する運転資金等の新規融資」を指すものと理解され、管財人が選任される場合や、旧経営陣が退陣する場合も含まれている。また、DIPファイナンスは共益債権としての優先性を持つものの、スーパー・プライオリティやプライミング・リーンは認められていない。

●私的整理の迅速性を取り入れたチャプター11
 80年代にはそれほど普及しなかったチャプター11であるが、90年代に入り、主要債権者間で予め再建計画に合意した上でチャプター11の申立てを行うプリパッケージド・チャプター11と呼ばれる手法が用いられるようになってからは活用が進んだ。この手法により、通常で平均2年程度かかった手続きが2ヶ月から半年程度で完了できるようになったといわれ、1990年代以降の民間の事業再生に大きく貢献したとされている。 
 なお、主要債権者間で事前合意した上でチャプター11の申立てを行い、法的整理の手続きを踏むのは、特に一部の債権者の合意が得られない場合に、クラム・ダウンによって再建計画が強制できるとのメリットがあるためである。


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