世界経済の潮流　2002年春

第II部　世界経済の展望――景気回復への道筋

第２章　世界同時減速から回復へ

第２節　景気減速から回復への動き

　2002年に入るといくつかの指標が底入れを示すようになった。前年の同時減速から予想よりも早期に立ち直った要因を三つのポイントに絞って整理してみたい。

●第一のポイント：ＩＴ部門で速かった在庫調整
　2001年の世界の半導体出荷は10、11月には前月比プラス（３か月移動平均）となるなど、下げ止まりの動きがみられた。世界のパソコン出荷台数も2001年10～12月期は前期比でプラスになった。このようにＩＴ生産は2001年末には回復しだした。これは、ＩＴ関連部門で在庫調整が急速に進展したことの結果である。アメリカ、韓国、台湾をみると、在庫調整はかなり進展しており、2001年10～12月期の在庫はアメリカで前年を２割下回り、韓国、台湾も増加率が急速に低下している（第II-2-9図）。
　このように在庫調整が急速に進展した理由として、第一に、ＩＴ関連製品の生産調整や価格調整が速かったことが大きく寄与している。生産調整が迅速に行われた背景には、前述したようにＥＭＳへの製造委託の進展がある。自社生産の場合には、固定費抑制のために稼働率の維持が優先され、生産調整が進みにくい傾向がある。しかし、製造委託の場合には、ＥＭＳへの発注を抑えるだけで自社は生産調整ができる。
　第二に、ＩＴ製品への需要が根強く、消費の底割れがなかったことも在庫調整の進展に寄与した。2001年のＩＴ輸入数量は各経済でそれほど低下していない。特にＡＳＥＡＮ、中国、インドにおいてはＩＴ普及率がまだ低いため、ＩＴ消費は堅調に増加した（第II-2-10図）。携帯電話加入者数については、ヨーロッパやアメリカが伸び悩んだ一方、アジアはタイ、中国での急速な普及を主因として前年比38.7％と高い伸びを示した。パソコン所有台数もアジアで堅調に推移し、なかでもインド、マレイシア、中国はそれぞれ前年比30.4％、25.0％、21.4％増となった。
　アメリカのＩＴ関連受注や輸入が2001年秋以降持ち直し始めたのに伴い、アジアのＩＴ生産やＩＴ輸出も回復している（第II-2-11図）。また、９月の同時多発テロの影響はＩＴ生産の回復にほとんどみられなかった。このようにＩＴ不況からの立ち直りは、やはりＩＴ部門から始まっている。

●第二のポイント：原油価格の低下が企業収益を下支え
　2001年の景気後退局面を緩やかなものにした第二の要因として、原油価格の下落が挙げられる。原油価格の下落は、投入コストの低下を通じて企業収益を下支えするとともに、国内物価の下落要因となり家計の実質購買力の維持につながった。
　原油価格は、2000年にかけて世界的な需給のひっ迫から高騰し、同年９月には１バレル37ドル台（北海ブレント・スポット価格）まで上昇した。その後はＯＰＥＣの増産、世界経済の減速を受けて需給が緩和したことから下落に転じ、2001年に入っても原油価格は下落基調で推移した。さらに９月に同時多発テロが発生すると急落し、11月には16ドル台まで下落した。
　原油価格の下落により、原油輸入国では交易条件が改善した。アメリカの交易条件（輸出物価指数/輸入物価指数）は2000年に前年比▲4.6％と悪化したが、2001年は同2.9％と改善した。同様に、韓国、ドイツ、フランス等でも前年の悪化が2001年にはプラスに改善した。収益環境が厳しいなかにおいて、交易条件の改善は収益の下支え要因となったとみられる。
　こうした動きに在庫調整の進展も加わり、2001年末から企業の景況感が改善している。アメリカでは同時多発テロ直後の2001年10月に景況感が急激に悪化したが、翌月以降急速に改善し、12月にはほぼ９月の水準を回復した。低下が続いていたヨーロッパでも、12月を底に改善している。アジアでは、韓国での改善が早かった一方、シンガポールも年末には持ち直した（第II-2-12図）。景況感の内訳については、①アメリカや韓国では雇用面も含め全般に改善がみられる、②ヨーロッパでは生産や輸出の見通しに改善がみられる一方、雇用見通しについては依然厳しい見方が続いている、という違いがある。

●第三のポイント：財政金融面から政策が下支え
　世界同時減速が深い不況に陥ることなく回復への動きに転じる上では、政策の果たした役割が大きかった。以下、財政政策と金融政策に分けて明らかにしよう。
①財政政策：中期的な減税策と同時多発テロ後の緊急策
　財政面からの景気下支え政策が、多くの国や地域において効果を挙げた。12の主要国や地域の政策に基づいて、その特徴を整理してみよう。
　政策は、大きく二つのタイプに分けられる。第一は、世界同時減速が明確に認識される以前に、主に中期的な観点から実施されていたものである。その政策効果が、2001年の景気減速局面において発現することによって、景気下支えの役割を果たした。第二は、アメリカにおける同時多発テロを受けて世界同時不況のリスクが高まるなか、そのリスクに対処するために実施された景気刺激策である（第II-2-13表）。
・世界同時減速が明確に認識される前に実施されていた政策
　これらに共通する政策目的は、税負担の軽減、国際競争力の強化等によって中長期的な経済成長を確実にすることである。アメリカでは、2001年６月に所得税率の引下げ、所得税控除の拡大等を中心とした減税が行われ、81年レーガン改革以来の20年ぶりの大型減税となった。その減税規模はＧＤＰ比1.2％程度（年平均）に達し、大統領経済諮問委員会（ＣＥＡ）の試算によると、減税により0.5％ポイントのＧＤＰ押上げ効果があるとしている。アメリカ以外で行われた政策を合わせて計算すると、これらの政策規模は各関係国・地域ＧＤＰの0.3～2.4％程度に達する。
・同時多発テロを受けて実施された政策
　同時多発テロにより不況の深化が懸念された国々では、追加的政策が実施された。主な内容は、テロ対策、航空業界への支援等を目的とした財政支出であった。アメリカでは、緊急歳出法及び航空業界支援法に基づく500億ドルの緊急支出が行われ、財政支出の規模はＧＤＰ比0.5％程度に達する。その他の国や地域を合わせると、政策規模は当該ＧＤＰの0.03～2.5％程度に達する。
　こうした二つのタイプを合わせた政策効果は相当の大きさになっており、これらが2001年中に発現することによって、景気の悪化が緩やかなものになったと考えられる。また、それぞれの財政政策は複数年にわたるものが多く、そのＧＤＰ押上げ効果は2002年以降も発現することが期待される。
・財政収支は悪化
　他方、景気減速によって多くの国や地域で財政収支が悪化した。
　上記の政策を実施するための財源を確保するため、一部の国では増税や歳出削減等の措置が行われた。また、アメリカのように財政黒字に基づいた措置がとられた国もあった。しかし、景気減速に伴い多くの国や地域で税収が減少し、黒字の減少や赤字の拡大が生じた（財政の自動安定化機能）。
　アメリカは、2001年８月、2002年度予算教書で示した2001年度財政収支見通しを下方修正した。同実績値は、下方修正された見通しを更に下回り、黒字額が大幅に縮小した。さらに、2003年度予算教書でも2002～2004年度に３年連続の財政赤字になると見通されている。
　ユーロ参加国間では、ドイツの財政赤字問題が焦点となった。ユーロ参加国は、ユーロ圏の財政規律を担保するため、財政安定化協定により財政赤字をＧＤＰ比３％以下に抑えることが義務付けられており、財政赤字の増大が著しい国に対しては警告が発動されることになっている。ドイツの2001年財政収支はＧＤＰ比▲2.7％とユーロ圏で最悪となり、警告の発動が検討された初めての国となった。その結果、2002年２月のＥＵ経済相・蔵相会合（ＥＣＯＦＩＮ）において、ドイツが2004年までに財政収支の均衡を達成することを約束したことから、警告の発動は見送られた。
②金融政策：積極的な金融緩和
　アメリカ、ユーロ圏をはじめ多くの国や地域では2001年に入ってから積極的な金融緩和が実施された。多くの国や地域で金利は過去最低水準となった。
　アメリカでは、2001年１月から金融緩和局面に入り、年末までに合計11回4.75％ポイントの利下げを実施した。これにより、2000年末に6.50％であったフェデラル・ファンド・レートの誘導目標水準は1.75％となり、同レートは61年７月以来40年ぶりの低水準となった。また、ユーロ圏では合計1.50％ポイント、イギリスでも同2.00％ポイントの利下げが行われ、政策金利（ユーロ圏：短期オペの最低応札金利、イギリス：レポ金利）がそれぞれ3.25％、4.00％となった（第II-2-14図）。
　また、各国・地域の中央銀行は、世界同時減速を受けて2001年に入ってから市場に潤沢に資金を供給したほか、９月の同時多発テロに際しては金融市場を順調に機能させるために、協調して金融政策を実施した。
・実体経済への効果
　積極的な金融緩和策の効果としては、以下の三点が挙げられる。
　第一に、金融緩和策は、消費者のローン負担を軽減し個人消費を下支えした。特に、アメリカでは、ゼロ金利キャンペーン（ビッグ３などの自動車メーカーが自動車販売に当たりローン金利をゼロにした）等、自動車業界の販売促進活動の効果から、個人消費は底堅く推移し、自動車産業等の在庫調整を早めた。また、韓国では、金利低下により個人ローンが増加し、個人消費増加に寄与した。
　第二に、金融緩和でモーゲージ金利が低下したほか、借換え需要を創出するなど、住宅建設は、アメリカ、アジア、欧州等多くの国や地域で景気回復を下支えした。アメリカでは、同時多発テロ直後から住宅ローンの借換えが急増し、個人がホームエクイティローン等を利用して得た資金の多くが消費に向かったといわれる。
　第三に、企業に対しては、金利が引き下げられために利払い費が減少するという効果が現われている。しかし、大幅な金融緩和にもかかわらず、銀行が貸出態度を引き締めたことや、短期金利に比べて長期金利が低下していないことが懸念される。特に、アメリカでは、ＦＲＢの調査に示されるように、銀行の貸出態度の硬化（貸出金利の引上げ、審査の厳格化等）が著しい。また、企業の中には、バランスシートの悪化から債務の圧縮を迫られていること、利益率が低下していることなどから、新規の投資に回す資金繰りが厳しいケースもある。
・ドルは増価基調
　今回の金融緩和局面では、多くの主要国で金融緩和が進められ、同時多発テロの影響でドルがやや減価した後も、アメリカ経済への早期回復期待が浮上したことなどから、ドルが増価基調で推移した。ドルの実効レートをみると、通常では金融緩和に伴って通貨が減価するところ、今回の金融緩和局面ではむしろドルは堅調に推移した。このため、アメリカでは、輸出産業の競争力が低下している。しかし、強いドルはアジア経済の価格競争力を強め、それらの輸出にプラス要因となった。

●ＩＴ部門が緩やかな同時回復へ
　これまで述べてきた回復への要因をまとめておこう。
　第一に、ＩＴ部門で在庫調整が速かった。その結果、主要経済でＩＴ生産は増加に転じている。アメリカのＩＴ関連受注や輸入が2001年秋以降増加し始めたのに伴い、アジアのＩＴ生産やＩＴ輸出も回復している。これに加え、原油価格の下落が収益を下支えし、企業の景況感が改善している。また、2002年に入ってからはアメリカの非ＩＴ部門についても回復し始めている。しかし、ＩＴ部門を中心に過剰な資本ストックの調整は遅れており、設備投資の回復についてはその時期や回復力に不透明感が残っている。
　第二に、各国地域の財政面からの刺激策や金融緩和政策の効果が大きかった。これが需要の追加になると同時に民需を支えた。2002年にもこれらの政策効果が引き続き現われ、景気回復を後押しすることが期待される。
　このような要因から、アメリカでは景気回復の動きがみられ、その他の主要経済ではＩＴ部門を中心に生産回復が始まりつつある。この結果、アメリカの景気後退は、短期的な循環の観点からは最も軽微なものに終わる可能性が高まっている。

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