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第II部 世界経済の展望――景気回復への道筋

第2章 世界同時減速から回復へ

第3節 今後の景気動向に関するリスク

 最後に、今後の景気動向についてのリスクを整理しておこう。明るい材料、下方リスクと両方考えられるが、結論としては、世界経済が回復に向かって動きだすシナリオが強まる方向にあると判断できる。

1.明るい材料

●生産性上昇率の維持
 今後の景気動向を占う上で、明るい材料がある。今回の景気後退局面ではアメリカで労働生産性上昇率が維持されていることである。2000年後半からの景気減速局面において、労働生産性上昇率は鈍化していたが、2001年10~12月期に労働生産性上昇率は前期比年率5.2%(前年同期比2.0%)と伸びを高めた(第II-2-15①)。また台湾でも労働生産性上昇率の回復が明瞭である。97~2000年の平均上昇率は6.0%であったが、2001年10~12月期には前年同期比で6.5%まで回復している。
 このように労働生産性上昇率が早期に回復している背景としては、大幅な生産調整に伴い急速な雇用調整が行われたことが挙げられる。

●労働コストと収益改善
 労働生産性上昇率の早期回復を受けて、単位労働コスト上昇率は、2001年後半から急速に低下している。アメリカでは2001年7~9月期、台湾でも10~12月期から上昇率が低下している(第II-2-15②-1、②-2図)。他方ドイツでは、99年後半以降賃金上昇率の大幅な抑制が続いている。そのため、2001年の景気後退局面で単位労働コストは下落が続いている(第II-2-15②-3図)。
 こうしたことは、企業収益の改善にとって好ましい材料である。アメリカや台湾では2001年に企業収益が大きく減少した。しかしGDPデフレータと単位労働コストの上昇率の差は縮まってきており、10~12月期にアメリカは差がなくなり、台湾ではGDPデフレータの上昇率が上回っている。これは企業収益の改善を示唆している。さらに企業収益の改善は設備投資にも望ましい影響を与えることが期待できる。

●アメリカの稼働率は反転上昇へ
 アメリカの設備投資は、2001年中は4期連続して減少した。設備投資の動きは、稼働率と相関関係が強い(第II-2-16①図)。70年以降過去5回の景気の谷前後の平均値をみると、稼働率が上昇に転じると設備投資は3か月遅れて反転上昇する関係がみられる(第II-2-16②図)。
 稼働率は、2000年6月をピークに低下し続けていたが、2001年9月以降は低下が緩やかとなり、2002年1月には上昇に転じた(第II-2-16③図)。
 こうした結果、設備投資については、過去の経験則に当てはめると、2002年央までには持ち直す可能性があると考えられる。耐久財受注が増加に転じるなど、設備投資の先行きについて明るい材料が現われつつあることも、こうした可能性を示唆している。

●2001年末には8月末の株価水準を回復
 2000年初から下落基調で推移していた株価は、2001年9月の同時多発テロによって世界経済の先行きが大きく懸念されたことから、各国で急落した(9月下旬の1週間の主要市場における下落率は10~20%)。
 しかし、その後は、①主要国が協調利下げを実施したこと、②主要国がテロ対策を含め財政面から景気刺激策を実施したこと、③一部のアメリカIT企業がリストラの効果から予想を上回る決算や業績見通しを示したことなどから、2001年末には主要市場で軒並み8月末の水準を回復した。
 アメリカ市場の特徴を調べると、IT株の比率が高いナスダック総合指数の上昇幅がダウ平均を大きく上回っており(テロ後4か月でナスダック25.7%、ダウ10.4%)、株価回復はIT株が牽引していることが分かる。
 2001年12月にアメリカ総合エネルギー会社エンロンが破綻したことを契機に、企業会計への不信感が高まったことなどから、株価は2002年に入ると一時弱含んだ。その後はアメリカの景気回復期待の高まりに伴い、株価は上昇傾向で推移している。
 またアジア市場についても、アメリカ景気回復期待の高まりに伴い、主要市場で株価は軒並み上昇している。韓国や台湾では、景気回復とともに外国人投資家の積極的な買いもあり、同時多発テロ後の半年の上げ幅はアメリカ市場を上回っている。

2.景気回復の下方リスク

 今後の景気動向については、以下の二つの下方リスクが考えられる。

●アメリカの資金調達に関する問題
 第一は企業の資金調達が厳しい環境下にあることである。第2節で述べたように金融緩和は、景気後退を緩和する効果を有したと考えられる。しかし、世界経済のインフレ率が低い中で実質金利が高止まりしていること、アメリカ総合エネルギー会社エンロンの経営破綻に端を発する企業会計への不信感等から資金はリスク回避の動きを強めていること、資金が企業の設備投資に回っていないことなどの問題点を指摘することができる。またFRBが公表している銀行融資担当者の貸出態度をみると、引締めの傾向が続いており、今後の資金需要の拡大に対して、貸出態度が好転しない場合には、景気を下振れさせる一因となる可能性がある。

●家計および企業部門のバランスシート悪化
 第二は、バランスシートの悪化である。主要国について、家計の金融負債残高(可処分所得比)の推移をみると、ほとんどの国で増加傾向となっている(第II-2-17図)。
 家計の支払金利(可処分所得比)や企業の支払金利(税引き後利益比)の推移をみても、アメリカやイギリスなどでは90年代後半に、家計は借入れを増やし消費を続けており、企業部門では債務負担が増加傾向にある。
 しかし、アメリカの家計について詳しくみると、バランスシートが見かけほどは悪化していないとも考えられる。その理由としては、住宅価格の上昇が、株式等の金融資産の価格下落によるバランスシートの悪化を相殺していることが大きい。アメリカの住宅価格は、消費者物価上昇率を大幅に上回って上昇している。またその他の要因としては、①消費者及び住宅ローン返済の滞納率が前回の景気後退期に比べればそれほど高い水準にはないこと、②バランスシートの悪化は主に高所得者の家計に起きているため、その消費抑制効果がやや誇張されている可能性があることも挙げられる。

●物価動向にも留意
 2001年には、世界同時減速と主要経済における全般的な供給過剰を受けて、多くの国や地域でインフレ率が低下傾向となった。特に香港、台湾、シンガポール等、アジアでのデフレ傾向が強まった。現実のインフレ率低下は、家計の実質購買力を増加させ、企業の原料・仕入価格も低下する一方、実質の債務負担を増加させることになる。
 さらに、物価の見通しが下落基調にある場合には、①企業では将来の販売価格下落見込みから在庫積み増し意欲が薄れ、設備投資が抑制されるなどの問題が生じ、②家計では買い物を先送りしようとする傾向が強まるなど、経済活動に悪影響を与える。
 2001年には今後の物価見通しについて、物価下落を見込む企業や家計が増え続けた(第II-2-18図)。こうした傾向が続けば、2002年の経済成長にとって景気の下押し要因となりかねないが、2002年に入ると、アメリカ、シンガポール、EUでは物価の見通しに変化が現われつつあり、物価の下落見通しが弱まっている。一方、韓国では2001年10~12月期には成長率が前期比年率6%を超えていたが、物価は下落の見通しが増えていた。
 他方、2002年春には中東情勢の不透明感等の理由から原油価格が大幅に上昇した。また、ユーロ圏では、原油価格と食料品価格を除くコアインフレ率が強含み傾向で推移していることに対して、欧州中央銀行が注意を払う状況となっている。
 このようなことから、今後の物価動向については見極めていく必要がある。

●プロフィットレス・リカバリーとダブルディップの不安
 今後の景気動向にとってもう一つの不安の種が企業収益であり、今後も厳しい収益環境が続くのではないかと考えられる。その要因として、供給が過剰であり企業間競争が激しく、製品価格の上昇可能性が限られていることが挙げられる。このため、今後の景気回復は、プロフィットレス・リカバリー(利益なき回復)になるのではないかといわれる。
 企業収益の改善が弱いことに加え、過剰な資本ストックを抱えて投資マインドも弱いため、企業部門は今後の需要変化に弱い可能性が高い。また、企業収益の改善が緩やかであることは、雇用の改善も緩やかとなる可能性がある。このことは、80年代初めのようなダブルディップを想起させる。
 アメリカ経済は、第二次石油ショックを受け80年1月に景気後退入りした後、大幅な金融緩和の下で通貨量が急増し、緩やかに回復した。しかし、インフレが収まらなかったことから、81年には再びマネーサプライの伸びが急激に抑制された。金融引締めにより異常に高い実質長期金利が長期間続いたため、設備投資、住宅投資を中心として内需が不振となり、81年7月から再び後退局面に入った。加えてドル高が長期化したことから、輸出も大幅に減少した。
 今回の景気回復局面と80年初めを比較すると、今回は物価上昇率が安定しているという違いがあるものの、企業部門に弱さがあり設備投資の回復力に不透明さがある点では共通している。今後の景気回復局面においてダブルディップを回避できるかどうかは、消費や投資といった最終需要がどの程度しっかりと回復するかが鍵を握っている。回復初期は前向きな在庫投資で成長率が高まるとみられるが、消費が持ち直しを続け、設備投資の増加に切れ目なく成長の主役が続いていくことがポイントとなろう。

●年後半には同時的な回復も
 以上みてきたように、今後の景気動向は下方リスクをはらんでいるものの、生産性上昇率が維持されているほか、企業収益の改善や設備投資の増加が期待できる環境が徐々に整いつつある。したがって、アメリカ経済の回復が望ましい影響を世界経済に与えることによって、海外経済は緩やかながら回復に向かい、年後半にはそろって回復局面を迎えるという姿が中心的なシナリオになると考えられる。


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