第2章 世界の貿易・投資構造の変化(第4節)

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第4節 今後の展望

本章では、財貿易のスロートレード、サービス貿易の成長、直接投資の地域的分断化(フラグメンテーション)といった、近年変化が指摘されることの多い貿易・投資構造について、その現状と背景を確認してきた。本節では、これまでの議論を振り返るとともに、世界貿易や直接投資の今後の動向を展望したい。

第1節では、財貿易の動向について確認した。世界の財貿易量の伸びは2010年代以降低迷しており、実質GDP成長率をおおむね下回っている。他方、米中貿易摩擦の影響は、世界貿易全体のトレンドの変化としては現れていない。アメリカの対中貿易赤字額も、二重計上の影響を排除した付加価値統計ベースでは、貿易統計ベースよりも3割程度縮小する結果となる。スロートレードの背景には、東アジア地域における内製化の進展、及び国内産業の高付加価値化の進展に伴ったGVCの後退があるとみられる。

第2節では、サービス貿易の動向について確認した。サービス貿易について、世界のサービス輸出は、名目GDP及び財輸出の伸びを上回り、安定的な増加傾向となっており、世界経済の新たなけん引役となりつつある。各国のサービス貿易収支を分野別にみると、アメリカは知的財産権・金融、英国は金融・保険で大幅な黒字となるなど、各国固有の競争力を持つ分野がみられている。他方、デジタルサービス貿易に係る規制は一部の国で強化されており、サービス貿易の拡大を抑制している可能性がある。

第3節では、直接投資の動向について確認した。世界の直接投資は、2015年をピークに減少傾向となり、財貿易の伸びが鈍化した時期と一致している。米中貿易摩擦の高まり及び感染症の拡大以降、安全保障関連の投資審査を導入・拡大する国が増加している。米中貿易摩擦を含む経済環境の不確実性の高まりを受け、対中直接投資は減速が継続している。半導体産業等戦略的分野の直接投資については、感染症拡大期に停滞した後の回復には地域的な分化がみられている。

今後については、財貿易は、米中貿易摩擦自体が世界の貿易を停滞させているとまでは言えないものの、東アジア地域における国内産業の高付加価値化は引き続き進展していくとみられる中で、中長期的には伸び率の停滞が続く可能性がある。一方で、サービス貿易は、サービス部門に競争力のある国においては伸び率が高く、引き続き各国の成長をけん引することが考えられる。他方、データローカライゼーションを始めとしたデータ流通規制は程度の差はあれ強化する傾向の国・地域が多く、今後のサービス貿易の成長を抑制する可能性がある点には留意が必要である。直接投資は、米中貿易摩擦の継続に加え、上述のとおり国内回帰やフレンドショアリング、ニアショアリングが進められる中、全体の伸び率が低下傾向となるとともに、半導体等戦略的分野における地域的分断化が進行しており、今後もそうした流れは継続する可能性がある。

こうした貿易・投資構造の変化を踏まえ、各国においては、経済安全保障上のリスク対応が真に必要な分野を定めつつ、懸念されるリスク要因について解決を図るよう関係国間において努力を続けるとともに、各国企業の投資・貿易活動が過度に委縮することのないよう、リスク要因に関する情報開示や分析を続ける必要がある。また、従来の財中心の貿易から、サービス貿易のフロンティアを開拓し、(1)各国の競争力を活用したサービス輸出、(2)サービス輸入を活用することで他国の競争力を取り込み、自国の経済活動の生産性向上189や高付加価値化を高めていくことが望まれる。


189 例えば、アメリカ企業は、インドからのサービス輸入を積極的に活用し、コールセンター業務、財務処理等のバックオフィス機能、情報通信関連の作業等の外注を積極的に行っている(詳細は内閣府(2023b))。こうした生産工程における(中間財と対比しての)「中間サービス」の活用(Baldwin et al. (2024))は、各国企業の生産性向上や高付加価値部門への集中に資すると考えられる。

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