第2章 世界の貿易・投資構造の変化(第3節)
第3節 直接投資の動向
第1節では財貿易、第2節ではサービス貿易の動向を確認した。続いて本節では、貿易以外の国境を越える経済取引である直接投資の動向を確認する。本節では最初に、直接投資に関する主な経済理論を紹介した上で、各国の直接投資の動向を整理する。近年は経済安全保障の観点から、「地政学的距離142(Geopolitical distance)」の近い国々への直接投資のリバランスが進んでいる傾向がみられていることを踏まえ、米欧の直接投資誘致政策と、中国における直接投資の減少の動向を確認する。さらに、一部の戦略的分野における直接投資は、地政学的距離の近い国々に集まる「分断化143(Fragmentation)」が進行していることを確認し、今後の動向を展望する。
1.直接投資に関する主な経済理論
海外市場に製品を供給する手段として、輸出144と直接投資を比較すると、以下のように整理される(第2-3-1表)。輸出の場合には、国内工場で生産を行える(固定費用が小さい)ものの、輸送・関税コストがかかる(可変費用が大きい)。海外直接投資は、海外に子会社を設立・維持する費用がかかる(固定費用が大きい)ものの、海外市場への輸送コストを減らすことができる(可変費用が小さい)。このような特徴を踏まえ、新々貿易理論145は、生産性の水準と、企業の海外への事業展開に関係があることを指摘している。同理論では、生産性が一定の水準を超えれば、企業は輸出を開始し、更に生産性が高まれば、海外直接投資に伴う固定コストを賄うことが可能となることをモデルで示しており、各国の実証分析でも、生産性と企業の海外事業展開の間の関係が確認されている(第2-3-2図)146。
こうした理論的、実証的分析は、世界経済のグローバル化が進み、規模の大きな多国籍企業が直接投資を拡大する状況と整合的であった。しかしながら、2010年代半ば以降、自由主義的なグローバル化の拡大に変化が生じ、GVCの強靭化や経済安全保障の観点が重視されるようになると、企業の意思決定にも変化がみられ、従来の枠組みとは異なる視点も必要となっている。例えば、米中貿易摩擦により関税が引き上げられる場合には、可変費用が高まることとなり、輸出企業は本国からの輸出を、海外市場における現地生産、もしくは関税対象とならない第3国からの輸出に切り替える誘因が生じる(例:中国企業のASEANへの進出等)。また、海外の直接投資先において、一部品目(例:半導体等戦略的分野の品目)の供給不足や感染症拡大等の要因により、サプライチェーンに目詰まり・断絶のリスクがある場合には、海外子会社の維持費用が収益に見合わないこととなり、海外直接投資の縮小・撤退や第3国への移転が選択肢となり得る147。
こうした中で、浦田他(2022)は、企業が直接投資を行う動機として、(1)市場追求動機(海外市場での販売)、(2)生産効率追求動機(低コスト生産の実現)、(3)資源追求動機(天然資源の獲得)を挙げるととともに、企業が輸出やライセンス契約を通じた販売等ではなく直接投資を選ぶのは、(A)企業特殊資産の優位性(海外市場での不利な要素を克服する特殊資産(技術、ブランド等)があること)、(B)立地上の優位性(天然資源、低賃金労働、貿易政策、法人税等の要因から、海外生産が望ましいこと)、(C)内部化の優位性(企業間取引に困難が伴う場合、企業内の取引とすること)がある場合とし、経済的コストのみに注目した新々貿易理論よりも幅広い視点に基づく議論を行っている。
そこで本項では、各国の海外直接投資の動向を確認するとともに、上記の理論的枠組みを踏まえて整理・検討し、今後の展望と政策的含意の整理を試みる。
2.直接投資の停滞とその背景
(2010年代後半以降は世界の対内直接投資は停滞傾向)
世界の直接投資額(対内フロー)は、2008年のリーマンショックの後は増加傾向となっていたが、2015年をピークに減少傾向に転じた148(第2-3-3図)。これは、世界的に財貿易の伸びが鈍化した時期と重なっている(本章第1節参照)。2018年の米中貿易摩擦の高まり、2020年の感染症拡大期には大幅に減少した後、2021年には2019年とほぼ同水準まで戻ったが、2022年には再び減少した。特に、EU向けがマイナス149に転じるとともに、中国向けは上海ロックダウンを背景にして▲48%と大幅な減少となっている。
(地政学的距離の近い国同士の投資が増加傾向)
続いて、各国の直接投資額(フロー)の動向を国・地域別に確認する。
中国向けの直接投資額(実行ベースのフロー、グロス)は、2016年から2017年にかけて、人件費の上昇や人民元高を受けて伸び率が低下した(第2-3-4図(1))。米中貿易摩擦が高まった2018年以降2020年の感染症拡大まで、2015年までのトレンドよりも低い伸び率となったが、感染症拡大が小康状態となっていた2021年には大幅に上昇した150。ただし、速報性の高い対中直接投資額(国際収支ベースのフロー、ネット)をみると、2022年以降は減速している151。なお、中国向けの直接投資は、金融ハブの香港における法人を通じて行われることが多いとされ、地域別内訳は香港が大部分を占めている(2021年は72.8%)。
中国の対外直接投資は、2017年の対外投資への管理強化を受けて、2019年まで対前年比で減少した152が、2020年からは増加に転じている(第2-3-4図(2))。香港を除くと、ASEAN向けの直接投資の比率が徐々に上昇しており153、感染症拡大の下でのサプライチェーンの複線化や、米中貿易摩擦の下での中国企業のASEAN進出は、その背景の1つと考えられる。
アメリカ向けの直接投資は、欧州、日本、カナダが大宗を占める154(第2-3-5図(1))。2017年以降は低下傾向となっていたが、2021年には急増し、2019年の1.6倍、2010年代で最も規模の大きかった2015年の83%相当となった。また、アメリカの対外直接投資は、2018年に各国向けともに規模が縮小した155後、2021年には2017年比でもプラスの水準まで回復しており、特に欧州向けの投資額の増加がみられる156(第2-3-5図(2))。こうした近年のアメリカ・欧州間の直接投資額の増加は、米中貿易摩擦等による貿易・投資上の不確実性の高まりの下で、地政学的距離の近い国同士の投資の割合が高まる傾向を示唆しているとみられる。
次に、アメリカと地政学的距離が近いカナダ向けの直接投資をみると、アメリカからの投資額が大きい157(第2-3-6図(1))。2010年代半ばには中国からの投資が増加する時期もみられたが、2018年の米中貿易摩擦の高まりの影響も受けて、2019年以降は中国からの直接投資が急減した。2021年にはアメリカ(2019年の1.6倍)、英国(同3.7倍)からの投資の急増と共に、全体でも大幅な増加となった。また、カナダの対外直接投資においても、アメリカ向けは大宗を占めている158(第2-3-6図(2))。
ここからは、各国の対内直接投資に焦点を当てて動向を概観する。アメリカやカナダと地政学的距離が近いと考えられるメキシコ向けの直接投資をみると、アメリカ、欧州、カナダ、日本からの投資が大宗を占める159(第2-3-7図)。新NAFTAとも呼称されるアメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が発効した2020年以降、アメリカ、カナダ2か国のシェアが更に上昇している(2019年は46.1%、2021年には54.0%)。また、メキシコ中央銀行の調査160によると、対象企業の26.1%が「感染症収束後の需要拡大や拠点再配置(いわゆる「ニアショアリング161」)の流れで自社の生産販売、投資が増えている」と回答した。他方、地域別では北部、産業別では輸出比率の高い製造業を中心に、米中貿易摩擦を受けた中国企業の拠点再配置の影響がみられている162。
続いて、アジアの主要国に目を転じて対内直接投資の動きをみてみる。日本向けの直接投資は、2018年から2020年まで、アメリカ、欧州の伸び率が高まった163。2021年は感染症拡大の影響もあり大きく減少したものの、2022年にかけては為替の影響もあり、ASEANからの直接投資が伸びていることが確認できる(第2-3-8図)。
インド向けの直接投資は、ASEAN諸国からの投資の継続的な増加がみられており、2015年以降は欧州からの投資を上回り、国・地域別では最も大きな規模となっている(第2-3-9図)。他方、アメリカからの投資は2020年に急増しており、ASEANに次いで2位の規模となっている。2020年は感染症拡大の下でIT関連の直接投資が活発164となり、過去最高額を記録した。
タイ向けの直接投資をみると、為替や変動の大きい金融関連の直接投資165の影響もあり、欧州からの投資がマイナスとなる年もみられる(第2-3-10図)。こうした中、日本からの投資額は継続的に流入超過となるとともに、近年は中国からの直接投資の継続的な増加がみられている。
ベトナム向けの直接投資は、感染症拡大期の2020年を除くとほぼ一貫して増加傾向が続いており、ASEAN向け投資のハブとされるシンガポールからの投資の継続的な増加がみられる166。また近年は中国の直接投資額が2020年を除き高い伸び率となっており167、米中貿易摩擦を受けた中国企業の生産拠点の移管はその一因と考えられる(第2-3-11図)。
最後に、欧州主要国の動向を確認する。ドイツ向けの直接投資をみると、2010年代初めからユーロ圏の比率が高く、2018年には全体の81.8%に達するなど、圏内の投資関係の強化が進んでいる(第2-3-12図)。加えて、2020年以降はユーロ圏以外のEU諸国の比率も高まっている。
英国の対内直接投資は、国民投票でEUからの離脱が選択された2016年に、ポンド安の中で英国企業を買収する動き等により急増した後、2017年、2018年にEU諸国を中心に急減した(第2-3-13図)。2020年1月末の正式離脱を経て、2021年の英国向け直接投資はマイナスとなり、主要国の中でプラスを維持したのはアメリカのみとなっている。
このように、各国の対内直接投資には、2010年代半ば以降に、米中貿易摩擦や感染症拡大を受けて、(1)総量の伸び率の低下ないしは減少、(2)構成国比率の変化(多くは地政学的距離の近い国々の比率の上昇)、のいずれかもしくは双方がみられる例が多い。
(1)直接投資の総量の減少や伸び率の低下の背景には、本節冒頭の経済理論を踏まえると、海外市場における(期待)収益率の低下、サプライチェーンの設立・維持コスト(固定費用)の上昇があると整理できる。前者については、投資先国における潜在成長率の低下や賃金コストの上昇等が挙げられる。後者については例えば、各国における感染症拡大時の経験を経た変化が挙げられる。特に、移動制限を含む厳格な防疫措置が実施された中国では、そうした防疫措置の下で迂回・代替ルートの確保を含めたサプライチェーンの維持コスト(固定費用)の上昇がみられ、防疫措置が緩和された後もコスト上昇のリスクに鑑みて、対内直接投資の顕著な減少がみられている可能性がある。
(2)構成国比率の変化については、背景に地政学的リスクの高まりがあると考えられる。一般に企業は直接投資先として、相対的にみて便益がコストを大きく上回る国を選択することから、コスト対比での便益が下がれば、別の投資先国に振り替えていくこととなる。米中貿易摩擦や感染症拡大等を経て、政策面での後押しもあり、戦略的分野等経済的コスト以外の側面を重視する必要のある分野を中心に、企業が投資先として地政学的距離の近い国という枠内での選択や、ひいては国内一貫生産といった選択を採るようになっていると考えられる。
このように、経済的コスト以外の要因も、直接投資の動向やサプライチェーンの変化の背景にあるとみられ、こうした変化に伴い企業の生産コストが増加する場合も多いと考えられる。生産コストの増加が生じる場合には、製品価格への転嫁を通じて発生する消費者の負担増についても留意が必要である168。
3.経済安全保障の観点からの直接投資の誘導と制約
(アメリカでは経済安全保障の観点からの直接投資の誘導と制約が進展)
重要物資の輸入先が特定の国に集中する傾向が強まれば、供給ショック等のリスク対応がより困難になる。主要国・地域では、感染症拡大を受けてリスクに対する備えが重要との問題意識が高まり、域内投資を優遇する施策が進められている。また、そうした中で、欧米においては特にサプライチェーン上の重要分野となっている半導体のサプライチェーンの強化が進んでいる。
2022年8月にアメリカで成立した「インフレ抑制法」は、基本的には脱炭素に向けた取組が主眼の財政政策パッケージであるが、経済安全保障を意識した政策が含まれている169。
さらに同月には、経済安全保障の観点から、半導体サプライチェーンの強化を目的とした財政政策パッケージである「CHIPS及び科学法」が成立している。同法が成立した背景には、アメリカは世界の半導体供給量の約10%、先端半導体については皆無に等しい量しか生産しておらず、世界の半導体供給量の75%を東アジア地域が占めているため170、こうした特定の地域にサプライチェーンが集中すること自体がリスクであるという問題意識がある。
これらのサプライチェーンの国内回帰に向けた動きに加え、2023年8月には、バイデン大統領が「懸念国171における特定の国家安全保障技術及び製品への投資に関する大統領令172」に署名した。この大統領令は、次世代の軍事技術に不可欠な技術を保護することを目的としており、主な規制対象は(1)半導体・エレクトロニクス、(2)量子情報技術、(3)人工知能の3点である。なお、今回の大統領令では方針が示されたのみであり、具体的な規制方法については、現在アメリカ財務省で検討が進められている。これまでも半導体等を中心に対中輸出規制は進められてきたが、今回の大統領令により規制範囲が財輸出のみならず中国向け直接投資にも拡大する見込みであり、今後の直接投資の動向に影響を与える可能性がある。
このようにアメリカでは、域内投資の促進と対外投資への規制の動きがみられ、経済安全保障の観点から直接投資をめぐる環境に変化が生じてきているものと考えられる。
(EUにおいても戦略的原材料に関する努力目標を設定)
EUにおいては、2022年12月、自動車用、産業用、携帯型等のEU域内で販売される全てのバッテリーを対象に、EUが掲げる循環型経済の理念に基づき、カーボンフットプリント173の申告義務や温室効果ガス排出量の上限値の導入、原材料のリサイクル等、バッテリーのライフサイクル全体に及ぶ包括的なバッテリー規則の改正が成立し、2023年8月に施行された。改正後のバッテリー規則は2024年から各種義務の履行が求められることから、EU域内では関連する設備投資が進められている174。
こうした動きを受け、EUでは温室効果ガスの排出ゼロに貢献する技術やデジタル化等において経済的重要性が高く、供給リスクのある原材料である重要原材料の需要の急速な拡大が予想されているが、その多くの供給をほぼ全面的に輸入に頼っている。特に一部の重要原材料の供給に関しては、中国等の少数の域外国からの輸入に集中しているため、供給上の重大なリスクが指摘されている。そこで、2023年8月にEUは、重要原材料と戦略的原材料175を選定した上で、それらの域内サプライチェーンの強化と供給元の多角化を図るべく、2030年までに達成すべき努力目標を設定する重要原材料法案を発表した。今後はこうした域内サプライチェーンの構築に向けた設備投資が増加すると見込まれる。
(安全保障関連の投資審査が増加)
近年は、安全保障関連の投資審査を導入・拡大する国の数が増えている。UNCTADによると、同審査を新規に導入した国は、1995~2005年はわずか3か国にとどまっていたが、2006~2016年は16か国、2017~2022年は18か国に増加した(第2-3-14図)。既存措置の拡大は、2006~2016年に延べ9か国である一方、2017~2022年は延べ54か国となり、特に2018年の米中貿易摩擦の高まりや、2020年の感染症拡大を契機として、大幅に増加している176。
各国において安全保障の観点から審査された直接投資の件数をみると、欧米先進国で近年大幅な増加がみられており、2019年比でドイツは2022年に2.9倍、イタリアは2020年に4.1倍、アメリカは2021年に1.9倍となった(第2-3-15表)。こうした増加傾向は、各国における審査方式の変更及び審査対象の拡大に起因している。他方、審査の結果棄却された件数は、審査件数の増加傾向に比べ、相対的に低位で推移しているとされる177。
(対中直接投資は減少が加速)
このように経済安全保障の観点からの直接投資対象国の誘導と制約、安全保障関連の審査が増加する中、米中貿易摩擦の高まり等、中国を取り巻く経済環境に不確実性が増していることを受けて、対中直接投資(国際収支ベース、ネット178)は2018~2019年、2022~2023年に減速した(第2-3-16図)。特に、2022年4-6月期の上海ロックダウン以降に急減しており、2023年に入りゼロコロナ政策が撤廃されて以降も回復が進んでいない179。2023年7-9月期には、対中直接投資は▲118億ドルと、1998年の統計開始以降で初のマイナスとなった。同年10-12月期にはプラス転換したが、2023年は前年比▲81.2%と大幅な減少となった。
在中アメリカ企業に対するアンケート調査180によれば、34%の企業が過去1年で中国への投資を計画よりも減少・停止したと回答した(第2-3-17図(1))。投資を減少・停止させた理由としては、「米中貿易摩擦によるコスト高や不確実性」が1位(73%)となった181(第2-3-17図(2))。前回(2022年)調査時点で1位(68%)であった「感染症に起因する不確実性」は、今回調査では5位(27%)となった。感染症の影響が薄れる中でも、米中貿易摩擦やサプライチェーンの強靭化等を理由として、対中投資が減少している状況がうかがえる。
同様に、上海米国商会の調査182では、2023年の対中投資が前年比で減少した企業は22%(前年から+3ポイント)となり、減少したと答えた企業のうち、中国向けであった投資計画を他の国・地域への投資に変更した企業は40%(同+6ポイント)に上り、変更先の候補地としては大半が東南アジアを挙げた。今後1~3年以内に事業・拠点の中国外への移転を検討中とした企業は19%(同+2ポイント)となり、理由としては米中関係の不確実性関連が多く挙げられた。また、70%の企業はデータローカライゼーションや他のサイバーセキュリティ関連の要請がビジネスの障害になっていると回答した。
中国EU商会(European Union Chamber of Commerce in China (2023))の調査(2023年6月公表)では、中国における既存の投資・将来の投資を他の市場に振り替える企業は、既存の投資では18%、将来の投資では22%となった。振り替え先はASEAN(27%)、欧州(21%)が上位となった。背景として、米中デカップリングの影響の軽減、中国のビジネス環境の不確実性、サプライチェーンの強靭化等が挙げられた。
中国日本商会の調査183によると、2023年の投資額の見込みについては、「大幅に増加させる」「増加させる」が16%、「前年同額」が37%、「前年より投資額を減らす」「今年の投資はしない」が47%となった。投資額を減らす主な理由としては、データ越境の規制による市場の不確実性、収益見通しの低下、各種コストの上昇等が挙げられた。
さらに、IMFによると、戦略的分野の直接投資(件数ベース)は、米中貿易摩擦が高まる中、中国向けは2019年に減少に転じた(第2-3-18図(1))。2020年の感染症拡大以降は各国・地域で減少がみられたが、2021年半ばからの回復については地域的な分化がみられており、中国向けは低位にとどまっている。こうした傾向は半導体産業に絞ると更に顕著であり、2022年には中国向けの減少が続く一方で、アメリカ、欧州、アジア(除く中国)向けは高水準で推移した(第2-3-18図(2))。
以上みてきたように、海外直接投資は地政学的距離が近い国々へのリバランスがみられ、特に戦略的分野の投資は地域的分化が進行している。これらは、(1)フレンドショアリング184やニアショアリングを実行に移す企業が増加していること、(2)米中貿易摩擦を背景とした経済関係の分断化が具現化しつつあることを示唆している。しかしながら、これらは各国企業の生産コストを高め、相手国のみならず自国の消費者の利益を必要以上に損なう可能性がある185。それを回避するためにも、経済安全保障関連の規制は真に必要な分野・製品に限定されることが必要と考えられる。このため、政府は投資規制強化を真に必要な分野・製品に限定するとともに、投資規制に対する説明責任を果たすことにより不確実性を低下させ、企業の過剰な対応を誘発しないよう努める必要がある。
コラム6:地政学的距離とフレンドショアリングについての最新の研究
ここでは、世界で最も著名な経済学会の1つであるアメリカ経済学会(AEA: American Economic Association)の2024年年次総会で行われていた国際経済学分野での最新の議論を紹介する。
本章第1節で紹介した貿易に関する重力モデルは、2国間の貿易量は両国の地理的距離と反比例関係にあるとしているが、IMFのAiyar氏らが2023年11月に公表した研究186では、グリーンフィールド直接投資(新規で外国に子会社を設立する形式の直接投資)にも重力モデルが当てはまることが指摘されている。さらに、地理的距離の代わりに、地政学的距離を用いても重力モデルが成り立つことが指摘されている。
また、グリーンフィールド直接投資の投資先としては、近年、地理的距離よりも地政学的距離が近い国へのシェアが拡大していることが指摘されている。さらに、グリーンフィールド直接投資を「戦略的直接投資187」と「その他直接投資」に分けると、特に「戦略的直接投資」において、地政学的距離が近いことの重要性が高まっている。M&Aにおいても同様の結果がみられると指摘されており、フレンドショアリングが進展しつつあることが最新の研究からも読み取れる。
なお、ここで用いられている地政学的距離は、Voeten, Strezhnev and Bailey (2009)188に基づき、国連総会における投票パターンより推計されている。同氏らの研究により、各国の地政学的な立ち位置が数値化されており、数値が高いほど投票行動がアメリカに近いことを示し、低いほどその逆であることを意味している。図1は第77回国連総会(2022年)における投票パターンにより推計された各国の政治的な立ち位置を地図上に可視化したものである。
これまでの直接投資に関する研究では、地理的距離や文化的距離(共用語や植民地時代の宗主関係)に着目し、対象期間や対象国も限定的である論文が多かった。そうした中で、本論文では地政学的距離に着目するとともに、対象期間を20年、対象国を約180国と包括的に拡大した上で、地政学的距離にも重力モデルが当てはまることを検証した新しい研究であると言える。
IMF(2023)でも、国・地域別の戦略的直接投資の受入数は、2015年以降は中国を中心にアジアが減少しており、欧米地域への投資が増えていることが示されている。また、アメリカの対外投資も、2015年から2020年1-3月期の期間と2020年4-6月期から2022年の期間を比べた中国向けの投資の減少率は、世界全体への投資の減少率よりも大きいことが示されている。本論文の分析は、このような動きとも整合的であると評価することができる。