第2章 世界の貿易・投資構造の変化(第2節)
第2節 サービス貿易・デジタル貿易発展の背景
本節では、経済のサービス化の進展とともに重要性を増しているサービス貿易について、その特徴を分析する。
(サービス貿易は安定的に増加傾向)
最初に、世界全体のサービス輸出について、2005年以降の動向をみてみよう。データの制約上名目値のみでの比較となるが121、サービス輸出は世界全体の名目GDPや財輸出額122の伸びを大きく上回って推移し、安定的な増加傾向123となっている(第2-2-1図)。2022年の名目ベースでの世界GDP成長率は3.8%であったが、サービス輸出の寄与度は0.9%ポイントと、経済成長の新たなけん引役となりつつある124。
続いて、主要な先進国及び新興国のサービス輸出の動向を確認する。
アメリカにおいては、2020年に旅行やそれに伴う輸送が顕著に減少したものの、他のサービス輸出は、コンサルティングサービスや金融・保険を中心に、堅調な増加が続いている(第2-2-2図(1))。アメリカのサービス輸出について重力方程式に基づく散布図をみると、右肩上がりの傾向線の当てはまりが高く、2国間の経済規模の拡大(両国間の距離で基準化)に応じて、サービス貿易の規模が拡大する傾向があることが分かる(第2-2-2図(2))。他方、アメリカの対中サービス輸出のみを取り出すと、2016年までは傾向線(2005~2022年の平均的な関係)に比べ傾きが上回る傾向がみられたが、2017~2019年は傾きが下回り、2017年以降傾きの緩やかな低下がみられている。さらに、2020年の感染症拡大以降は傾向線よりも下方に大きくかい離しており、その背景として、旅行や輸送サービス等の輸出の急減が確認される(第2-2-2図(3))。
EUのサービス輸出においても、2020年の感染症拡大時には旅行サービス輸出の急減速が確認されるが、その他の分野は、情報通信分野を中心に拡大が続いた。2021年には、旅行サービスは回復途上であったにもかかわらず、サービス輸出全体としては、感染症拡大前(2019年)の水準を上回った(第2-2-3図)。
英国のサービス輸出においても、2020年の感染症拡大時には旅行サービス輸出が急減したが、金融や情報通信分野等の他の分野は拡大が続いたことで、2021年には、旅行サービスが回復途上であったにもかかわらず、サービス輸出全体としては、感染症拡大前(2019年)の水準を上回った125(第2-2-4図)。
日本のサービス輸出は、2020年以降、感染症拡大の影響により旅行サービス輸出が急減したものの、知的財産権やその他ビジネスサービス等の輸出は堅調に推移し、2021年、2022年はおおむね横ばいとなった。2023年には旅行サービス輸出が回復したことで、サービス輸出は感染症拡大前(2019年)の水準をほぼ取り戻している(第2-2-5図)。
中国においては、ゼロコロナ政策の実施に伴い、2020年の感染症拡大以降は旅行サービス輸出が急減しており、2022年においても回復していない。一方、輸送サービスが2021年には2020年比で倍増するとともに126、情報通信やその他ビジネスサービスは堅調に増加したことから、サービス輸出の総額は2021年には2019年比で大幅な増加に転じており、2022年も増加が続いている(第2-2-6図)。
インドにおいても、2020年には感染症拡大を受けたロックダウン、2021年には感染の急拡大が生じた中で、旅行サービス輸出が急減した。一方、情報通信、その他ビジネスサービス(コールセンターやバックオフィス機能の請負)の輸出の増加ペースは、2021年以降加速した。2022年のサービス輸出の伸びは、通信・コンピュータ・情報やその他ビジネスサービス等の主要な項目で、感染症拡大以前のトレンドを上回っている(第2-2-7図)。
各国のサービス貿易収支を分野別にみると、知的財産権については、アメリカが大幅な黒字(輸出超)であり、日本、英国も輸出超となる一方、中国、インド、ASEANは赤字(輸入超)となっている(第2-2-8図(1))。ユーロ圏は、アイルランドの赤字幅が突出して大きい127ことから、アイルランドを除けば近年は黒字傾向で推移している。金融については、アメリカと英国が大幅な黒字であり、アメリカは増加基調、英国は黒字を安定的に維持している。ASEANはシンガポールを除けば赤字で推移している(第2-2-8図(2))。保険・年金については、アメリカが大幅な赤字を続けている一方、英国は一貫して黒字を維持しており、同分野での競争力の高さを示している(第2-2-8図(3))。
(感染症拡大・収束を経てデジタル貿易の拡大が加速)
2020年から2022年には、各国で感染症が拡大し、一部の国では生産活動や物流への支障が生じる中で、部品等の供給制約が発生し、財貿易を停滞させることとなった。また国境をまたぐ人の移動が控えられる中で、旅行サービスや運輸サービス等の一部のサービス貿易も下押しされることとなった。
一方で、サービス貿易には、人が物理的に国境をまたぐ旅行等の他にも、デジタルサービスを含め、様々な形態があることから、感染症の影響は全体としてみれば限定的である。サービスの貿易に関する一般協定(GATS128)は、サービス貿易を取引の形態(モード)別に4つに分類している(第2-2-9表)。すなわち、(1)越境取引(サービスの提供者、消費者がそれぞれの国にとどまる中で、サービスが国境をまたいで取引される場合)、(2)国外消費(消費者が国外でサービスの提供を受ける場合(旅行等))、(3)商業拠点(他国における業務上の拠点を通じてサービスが提供される場合)、(4)人の移動(他国に人が移動した上でサービスが提供される場合)、となる。これらのうち、感染症拡大期には、人の移動を伴うモード2、4は下押し圧力を受けたが、モード1、3は人が物理的に国境をまたぐ必要がないため、下押し圧力は相対的に小さかった129と考えられる。
それでは、サービス貿易の品目別にみると、どのようなモードの取引が多いのだろうか。WTO、Ando and Hayakawa (2022) によると、モード3(商業拠点を通じたサービス提供)は、多くのサービス品目において最も多くの金額を占め、全体でも6割程度のシェアとなっている。ただし、モード3のサービス提供は、GATSの概念上はサービス貿易であっても、国際収支統計上は、拠点のある国における経済活動として計上される。このため、モード3以外で最も主要な(取引金額の多い)モードをみると(第2-2-10表)、(1)モード1(越境取引)が主要な形態である品目は多岐にわたり(輸送、保険・金融、知的財産権使用料、情報通信サービス、その他ビジネスサービス(旅行関連を除く)、その他個人サービス、文化・娯楽サービス、卸・小売・修理等サービス(流通))、金額ベースで全体の3割程度を占める。(2)モード2が主要な形態である品目には、財関連サービス130、旅行・出張、教育サービス、健康サービスが該当する。(3)モード4が主要な形態である品目には、建設のみが該当する。
人の移動を伴わないサービス貿易は、コンピュータネットワークを通じた取引(デジタル配送)が可能なものが多く、近年こうした取引形態に注目が集まっている。先に見たように、サービス貿易で(モード3を除けば)主要な形態であるモード1(越境取引)のうち、デジタル配送サービス貿易(輸出額)131についてみると、世界の情報化が進展する中で2010年代以降堅調な増加を続けており、2020年の感染症拡大以降には更に伸び率が高まっている(第2-2-11図)。国別に特徴をみると、越境Eコマース、デジタル決済の進展等経済のデジタル化が急速に進む中国やインドのほか、低い法人税率を踏まえ大手外資企業の進出が多いアイルランド等で、特に伸び率が高い。Baldwin (2022d)は、過去15年程度にわたり、財貿易が停滞する一方でサービス貿易の伸びが高まるという成長の分化が起こった背景として、デジタル技術の発展が中間サービスを貿易可能な商品へと変えたこと、高所得国にはサービス貿易への規制がほとんどまたは全くなかったことを指摘している。
(サービス輸出振興のためにはデジタルサービス貿易規制の改善が重要)
このように、サービスの越境取引においてはデジタル配送が活発化しているが、各国はデジタルサービス貿易を発展させるための政策を推進しているのだろうか。OECDは、デジタルサービス貿易のボトルネックとなっている規制を特定し、より多様で競争力のあるデジタル貿易市場を育成するために政策立案者を支援するツールとして、デジタルサービス貿易制限指数132を2014年以降について公表している。同指数は高いほど規制が強いことを意味するが、アメリカや英国のように低位で安定し、比較的規制が緩やかな国や、ドイツのように近年規制が緩和された国がある一方で、中国やインドにおいては、従来より主要先進国に比べ規制が強かった上に、2016年以降規制は更に強化され、2018年以降は緩和がみられていない133(第2-2-12図)。
OECD (2023a)、OECD (2023b)は、デジタルサービス貿易制限指数の中で主要な構成要素であるデジタル接続性(インターネット接続環境や、データローカライゼーション134等の越境データ取引等に係る政策)が改善した場合には、貿易関係が活発化すると指摘している。具体的には、2か国間135のデジタル接続性が1%改善した場合、同国間におけるデジタル配送可能サービスの取引額は約2.5%、情報通信サービスの取引額は約2%、情報通信財の取引額は約0.8%増加する傾向があると指摘している136(第2-2-13図)。
それでは、デジタルサービス貿易の規制の強さと、サービス貿易の活発さにはどのような関係がみられるだろうか。OECDがデジタルサービス貿易制限指数を発表している対象国43か国について、同指数がおおむね横ばい傾向となった2018~2022年を対象に、各国のサービス輸出金額の対名目GDP比(期間中の平均値)と、デジタルサービス貿易制限指数(同左)との関係を散布図でみると、インド、中国といったデジタルサービス貿易規制の強い国々は、サービス輸出金額の対GDP比が低い傾向があり、散布図の右下側に位置している137(第2-2-14図(1))。デジタルサービス貿易制限指数が低いアメリカ、カナダ、日本等については、サービス輸出の規模が対GDP比で高い訳では必ずしもなく、散布図の左下側に位置している。一方、オランダ、ベルギー、デンマーク、エストニア、スイス等の欧州各国は、デジタルサービス制限指数が低いとともに、GDPに比してサービス輸出の規模が大きく、散布図の左上側に位置していることが分かる。散布図の傾向線はマイナスの傾き(▲0.2051)となり、平均的には、デジタルサービス貿易制限の強い国ほどサービス輸出の規模が小さい傾向があることが分かる。
なお、サービス輸出全体には、海外旅行等、デジタルサービス規制とは必ずしも直接的に関係しないと考えられる項目も含まれる。このため、これらを除き、情報通信、金融、個人向けサービス等を含む「その他サービス」に限定した散布図でみると、大きな傾向に変化はないものの、デジタルサービス貿易制限指数の低い欧州各国の上方向へのばらつきが低下し、傾向線(▲0.1541とマイナスの傾き)の当てはまりも改善し、傾きの推計値は統計的に有意138であることから、より安定的な関係がみられることが分かる139(第2-2-14図(2))。サービス輸出の競争力の高い一部の国々(インド、英国等)は、デジタルサービス貿易制限指数が同程度の他の国々よりもサービス輸出対GDP比が高く、傾向線よりも上側に位置している140。
以上から、各国でサービス輸出を振興していく上では、輸出元、輸出先の双方で、デジタルサービス貿易に係る規制の適正化・改善141を進めていくこと、それに加えて当該分野の生産性や国際競争力を高めていくことが必要と考えられる。
コラム5:デジタルサービス貿易規制とサービス貿易規模の変化
デジタルサービス貿易制限指数とサービス貿易規模には、一定の負の比例関係は確認できるものの、サービス輸出の競争力等各国の特徴に応じたばらつきも大きいことが示唆されている。そこで、デジタルサービス貿易制限指数の高い中国、インドと、同指数の低い英国、カナダに限定し、各国のサービス輸出額・輸入額対名目GDP比の経年比較を行うと、以下のような特徴がみられる(図1)。
(1)中国、インドは、本文でも述べたように、2014年以降デジタルサービス貿易制限指数の上昇に伴い右側にシフトしている。その間、情報通信分野を始め競争力の高いインドのサービス輸出額は、対名目GDP比が上昇する方向(上側)に移行しているが、中国のサービス輸出額は、対名目GDP比が一定で、かつ低い値で推移している。サービス輸入額(図1ではマイナスで表示)については、インドは対名目GDP比の上昇(下側に移動)が輸出額に比べ緩慢であり、中国は更に低い値にとどまっている。
(2)デジタルサービス貿易制限指数が低位で安定している英国は、サービス輸出額、輸入額ともに対名目GDP比が高水準となっている。カナダは、2018年にデジタルサービス貿易制限指数がゼロまで低下しており、その後はサービス貿易の規模が柔軟に拡大している。
また、デジタルサービス貿易制限指数が発表されている43か国のデータ(2014~2022年)を用いて、固定効果モデルのパネル分析を行うと、デジタルサービス貿易制限指数の差分項の係数はマイナスで有意となる(付注2-1)。
以上から、デジタルサービス貿易の制限度合いの高まりは、サービス貿易の規模の拡大を抑制する傾向がみられる。