第2章 世界の貿易・投資構造の変化(第1節)

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第1節 財貿易の動向

1.財貿易の低迷とその背景

本項では、低迷がみられる財貿易の動向とその背景について分析する。具体的には、中国や韓国、台湾(以下「東アジア地域」という。)における内製化104の進展や、米中貿易摩擦が世界の財貿易に与えた影響について確認する。

(世界の財貿易量は低迷:スロートレード)

最初に、世界の財貿易量を長期的に概観する。第2次オイルショック後の1980年からリーマンショックまでの期間については、1980年から2000年までの世界全体の財貿易量の年平均伸び率は5.2%、2000年からリーマンショックが発生した2008年までは5.5%と、5%台前半から半ばで拡大を続けた。2000年代は中国がWTOに加盟し、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)において「世界の工場」としての存在感を高めた期間にあたる。2000年から2008年までの中国の財貿易量の伸び率は年平均20.9%に達し、同期間のアメリカの3.9%、欧州105の4.1%を大きく上回っている(第2-1-1図)。また、中国の財貿易額のシェアは2000年の3.8%から2008年には8.8%まで上昇している(第2-1-2図)。しかしながら、リーマンショックを経た2010年代以降、世界の財貿易量の伸びは低迷し、2010年から2022年までをみると世界全体では年平均2.6%、中国は5.1%の伸びにとどまっている。

第2-1-1図 世界の財貿易量の推移
第2-1-2図 世界の財貿易額シェア(名目)

さらに、財貿易量と実質GDP成長率の関係をみると、1980年代半ば以降リーマンショックまでの期間は、世界の財貿易量の伸び率が世界の実質GDP成長率を安定的に上回って推移していたが、2010年代に入ると世界の財貿易量の伸び率が世界の実質GDP成長率をおおむね下回るようになり、2018年以降は前者が後者を年平均で1%程度下回るようになった(第2-1-3図)。

第2-1-3図 世界の財貿易量と実質GDPの伸び(前年比)

このように世界全体では2010年代以降、財貿易量の伸び率の鈍化(スロートレード)がみられる。ただし、Baldwin(2022a)は、世界最大の貿易国(地域)であるEUでは名目財貿易額の対名目GDP比が引き続き上昇傾向にあるとともに、EU内においても2008年を境に貿易の拡大がピークアウトしている国とそうでない国に分かれていることを指摘している。加えて、アメリカは同比率のピークが2011年、中国は2006年となっており、スロートレードの動きは世界各国・地域で一様ではないことを指摘している(第2-1-4図)。

第2-1-4図 名目財貿易額の対名目GDP比の推移

スロートレードの原因としては、時期的に2008年のリーマンショックや2018年の米中貿易摩擦の本格化が重なるものの、いわゆる「シェール革命」によるアメリカの石油関連財の輸入量の減少とともに、中国における内製化の進展等による先進国からの資本財の輸出の伸び悩みが指摘されている106Baldwin(2022b)、Baldwin(2022c)、Baldwin(2022e)によると、2008年から2020年にかけての名目財貿易額の対名目GDP比の低下の約6割は鉱物性資源の貿易減によるものである。また、製造業においても、自動化の進展が生産における労働費用の割合を減らすとともに、それに伴い低所得国への生産移転の収益性が低下したことから、先進国から新興国への製造工程のオフショアリング107の進展が一服し、サプライチェーンの構成が全般的に整理され、単純化されたことに伴う貿易の減少がみられることが指摘されている。さらに、伊藤・椋(2021)では日本企業を例にとり、新興国の内製化が進み、先進国企業の生産拠点のある新興国で、部品の現地調達が増加していることが指摘されている。

(東アジア地域の内製化が進展し、加工貿易のウェイトが低下)

スロートレードの原因の一つとして、東アジア地域における中間財や資本財の自国内での生産ウェイトの拡大、すなわち内製化に伴う加工貿易のウェイトの低下が考えられる。加工貿易とは、輸入した中間財を国内で加工し、最終財を再輸出することである。加工貿易のウェイトが低下すると、最終財に含まれる中間財部分(二重計上108部分)の通関ベースの貿易統計での計上が減少することから、最終財そのものの貿易量は変わらないものの、貿易量は世界全体として減少することになる。

そこで、加工貿易のウェイトの低下を確認するために、輸入中間財の再輸出率(輸入された中間財のうち輸出財の生産に使用された中間財の比率)をみると、EUは上昇傾向にあるものの、アメリカと日本は、他の東アジア地域・ASEANと比べておおむね低位で横ばいで推移している。一方で、東アジア地域においては、2010年代以降緩やかな低下傾向がみられ、輸入中間財の用途が加工貿易から国内向けの消費財や投資財生産にシフトしていることが分かる(第2-1-5図、第2-1-6図)。

第2-1-5図 先進国・地域の輸入中間財の再輸出率
第2-1-6図 東アジア地域・ASEANの輸入中間財の再輸出率

実際に中国の輸入を加工貿易、一般貿易、その他に分けてみると109、加工貿易比率が低下している(第2-1-7図)110。これに対し、ASEANは、再輸出率が比較的高水準で横ばいで推移しており、引き続き加工貿易主体の貿易構造を維持していると考えられる。

また、一般的に高付加価値産業とされる電子光学機器(半導体を含む系列)の動向をみると、これら東アジア地域・ASEANでは電子光学機器の再輸出率が緩やかな低下傾向にあるものの、全体と比べて高くなっており、こうした分野では引き続き、加工貿易のウェイトが高いと考えられる。

第2-1-7図 中国における輸入構造の変化

(米中貿易摩擦の影響は世界貿易全体に対しては限定的)

次に、スロートレードの原因の1つとされている米中貿易摩擦の影響について確認する。

まず、世界貿易額全体の中での米中間の貿易額のシェアは、2010年台半ば以降は3%程度で横ばいとなっており、2022年時点で約18%のEU域内貿易額や、約3.5%の米EU間や中EU間の貿易額と比べて小さいことから、米中両国間の貿易額の変動自体による世界全体の貿易額への直接的な影響は限定的であると考えられる(第2-1-8図)。

第2-1-8図 世界貿易額に占める主要国・地域間貿易額のシェア(名目)

ただし、米中間の貿易額の変動は様々な経路を通じて間接的に世界貿易全体に波及する可能性もある。この点を確認するために、伊藤・田中(2023)に基づき、1990年以降のデータを用いて、中国と世界各国との2国間貿易額の関係をみると、2国間貿易額は経済規模と比例すると考える重力方程式111と整合的であることが分かる(第2-1-9図)。さらに、散布図での分布の範囲は経済規模の拡大に伴って徐々に右上へ移動しつつあるものの、近似曲線を10年区切りで推計してみると、傾きに大きな変化は確認できない。特に米中貿易摩擦が本格化し始め、両国間の貿易額が世界全体の貿易額に占めるシェアが頭打ちとなった2018年以降についても、近似曲線の傾きが他の期間と同程度であることから、米中貿易摩擦は、経済規模から見込まれる中国と世界各国との貿易額に影響を与えていないと考えられる112

第2-1-9図 中国と世界の財貿易額の重力方程式

一方で、米中間に絞った重力方程式をみてみると、2010年代後半から2国間貿易額と経済規模との比例関係が弱まる(傾きが小さくなる)傾向が強まっていることが分かる(第2-1-10図)。このことは、前述のとおり貿易額の増加傾向は続いているものの、経済規模の拡大ペースよりも貿易額の増加ペースが減速していることを意味している。このため、米中貿易摩擦の影響は、世界貿易全体のトレンドの変化としては現れていないものの、米中2国間においては発現していると考えられる。

第2-1-10図 アメリカと中国の重力方程式

2.付加価値貿易の観点からみた財貿易の動向

前項では主に貿易統計からスロートレードの原因を考察し、東アジア地域における内製化の進展が主な原因となっている可能性を指摘した。また、米中貿易摩擦の影響については、世界貿易全体のトレンドの変化としては確認できなかったものの、米中2国間においては既に現れていることがうかがえる。しかし、貿易統計には、財の輸出金額の一部に、他国で生み出された付加価値が含まれるといういわゆる二重計上が生じており、GVCの発展に伴い、二重計上分が大きくなっていることが考えられる。スロートレードの背景を考えるには、GVCにおける各国の役割の変化を分析することが必要となるが、そのためには、二重計上の影響を排除し、各国において付加された価値の観点から分析することも重要である。

本項では、主に東アジア地域の経済発展に伴う、製造業の高度化・高付加価値化が、サプライチェーンでの他国・地域への依存の低下(GVCの後退)を招いているかを確認するために、付加価値貿易統計113を用い、各国において輸出財に新たに付加された価値の動向をみてみる。また、米中貿易摩擦が深刻化した場合に生じ得る影響について、GVCにおける各国の繋がりという観点から分析していく。

(付加価値貿易統計とは)

通常の貿易統計では、対象国から輸出された財・サービスについて、同国で創出された付加価値のみではなく、他国の付加価値も含めた全体が計上されており、統計上、他国の付加価値が複数回計上されるといういわゆる二重計上が存在している。第2-1-11図で具体例をみると、A国で創出されB国へ輸出された付加価値「a」は、貿易統計上、B国からC国への輸出にも計上されている。付加価値貿易統計とは、このような二重計上分を取り除いた統計のことである。

こうした二重計上が存在すると、各国の輸出金額の動向は、生産活動の実態とはかい離したものとなる可能性がある。例えば、猪俣(2019)によると、2009年時点で、iPhone3Gの小売価格500ドルの付加価値の内訳は、商品企画等を行う米国企業によるものが約332ドル、物流や究開発、部品生産等を行う日本やドイツ等の企業分が約162ドルとなっており、当時世界最大のiPhone生産国(かつ輸出国)であった中国企業が生み出したのは6ドル程度に過ぎない。一方で、通常の貿易統計においては、輸入品の最終出荷地が原産地とされることから、iPhoneの完成品の全ての価値が中国からの輸出として計上される。付加価値貿易統計では、こうした要因を排除し、各国での生産活動の実態、及び真に各国において付加された価値をみることができる。

第2-1-11図 貿易イメージ

米中貿易摩擦の要因としてアメリカの対中貿易赤字の拡大が挙げられることが多いが、付加価値貿易統計を用いて対中貿易赤字を確認してみると、貿易統計でみる通常の貿易赤字よりも小さいことが分かる。その差は年々拡大していることから、一般的にアメリカの対中貿易赤字として捉えられている貿易統計ベースの数字は、実態よりも大きくなっていると考えられる(第2-1-12図)。これは、中国の輸出製品の多くが、他国から供給される高付加価値の部品・原材料を用いて生産されていることを意味している114。このように、付加価値貿易統計を用いることで、通常の貿易統計では捉えられない世界貿易の現状を捉えることができる。

第2-1-12図 アメリカの対中貿易赤字(付加価値ベースとの比較)

(オフショアリングの停滞とGVCの後退)

こうした付加価値貿易統計を活用し、GVCの進展状況を確認するために、付加価値輸出額(VAX:Value-Added in eXports)の総輸出額に対する比率(VAX比率:Ratio of VAX to Gross Exports)の推移をみてみる。VAX比率とは輸出に占める国内で生産された付加価値の割合であり、この比率が高いほど国内産業の高付加価値化がより進んでいることを意味する。さらに、VAX比率の分母である総輸出をみてみると、総輸出は「国内源泉の付加価値」、「海外源泉の付加価値」、「純粋多重計算項115」の3つの内訳に分けることができる(第2-1-13図)。総輸出額が一定の場合、VAX比率の上昇は、主に分子の「国内源泉の付加価値」が増加し、分母に含まれる「海外源泉の付加価値」が減少することで生じる。また、「純粋多重計算項」が減少することもVAX比率の上昇につながる。「海外源泉の付加価値」と「純粋多重計算項」の減少は、ともにGVCの後退を示唆することから、VAX比率が上昇している国・地域では、GVCへの参画度が低下している可能性が示唆される。

第2-1-13図 総輸出の内訳

ここでVAX比率を世界全体及び国・地域別にみてみると、世界全体では先進国から新興国へのオフショアリングの進展に伴い、2010年頃まで同比率が低下していたものの、2010年以降は低下傾向に底を打ち、再び上昇している(第2-1-14図)。

第2-1-14図 世界全体のVAX比率

また、先進国では1990年代から2010年代にかけて同比率は緩やかに低下してきたものの、2010年代以降は横ばいないしは上昇傾向となっており、GVCの停滞ないしは後退が示唆されている(第2-1-15図)。これはBaldwin(2022c)が示しているように、先進国から新興国への製造工程のオフショアリングが終わりつつあることと整合的である。

次に、東アジア地域では、同比率は2000年代後半から2010年頃を谷として2010年代後半は上昇していることが分かる(第2-1-16図)。これら東アジア地域においては、国内産業の高付加価値化が進展しており、GVCへの参画度が低下していると考えられる。前項では加工貿易のウェイトの低下(内製化)が進んでいる可能性を指摘したが、付加価値貿易統計の動きもこれと整合的である。

第2-1-15図 先進国・地域のVAX比率
第2-1-16図 東アジア地域・ASEANVAX比率

世界全体のVAX比率の前年差国別寄与度を確認すると、最近のVAX比率の上昇は東アジア地域が寄与の大部分を占めていることが分かり、これら東アジア地域における国内産業の高付加価値化が、世界全体のGVCの後退に繋がっていると考えられる(第2-1-17図)。

一方で、ASEANについては同比率が長期的に低下傾向で推移しており、国内産業の高付加価値化が進展する動きはみられないものの、GVCへの参画が進んでいることが分かる。このことより、米中貿易摩擦が高まる中で、米中どちらの陣営にも属さないASEANがその隙間を埋める形でGVCへの参画を進めている可能性がある。

第2-1-17図 世界全体のVAX比率の前年差国別寄与度

BoxGVCにおける各国の立ち位置

付加価値貿易統計を用いることで各国のGVCにおける立ち位置を確認することができる。ここではVAX-PVAX比率(付加価値輸出額に占める中間財付加価値輸出額の比率)をみてみる。VAX-PVAX for final stage production)とは、輸出された国内付加価値のうち、海外で最終財の生産に使われた付加価値額を示す。VAX-Pは当該国の付加価値輸出のうち、中間財の付加価値輸出のみを捉え、最終財の付加価値輸出は含まれないことから、一般的に最終財の付加価値輸出の割合が高い国(すなわち最終組立地としての役割が大きい国)ほど、VAX-PVAX比率が低くなる。このような国はGVCにおける立ち位置が下流寄りであると言える。

まず、先進国・地域についてみてみると、日本とアメリカは同比率が高く、GVCにおける立ち位置は上流寄りであると言える。また、日米はともに国内生産付加価値比率が高いことから、高付加価値の中間財を提供していると考えられる。これに対してEU28では同比率が低く、中国とも同程度であり、GVCの中で下流寄りであると言える(図1)。

次に、東アジア地域・ASEANについてみてみると、中国は低水準ながら緩やかな上昇傾向となっており、最終組立地としての役割を維持しながらも産業全体の高付加価値化を進めていることが分かる。また、ASEANも近年は同比率が低下傾向であり、最終組立地としての役割が増加してきていると考えられる。一方で、韓国、台湾では同比率が高く、上流寄りであると言える。東アジア地域・ASEANの中でもGVCにおける役割の違いがみえる。

図1 VAX-PVAX比率

(米中貿易摩擦が更に高まれば、GVCを通じて特定国に集中的に悪影響)

次に、GVCにおけるつながりという観点から、米中貿易摩擦が更に高まる場合にどのような影響が生じるのかを確認していく。前項では、貿易額の観点からは米中貿易摩擦の影響は限定的と指摘したが、今後、米中貿易摩擦が更に高まる場合、米中両国とGVCにおける関係が深い国にとっては、その影響が拡大する可能性がある。

アメリカの輸出に含まれる海外からの付加価値額の対各国・地域の名目GDP116(各国・地域の経済規模と比較してどの程度アメリカの輸出の変動の影響を受けるかを示す)をみると、北米3か国の自由貿易協定であるUSMCAに加盟するカナダ及びメキシコについては、アメリカの輸出に含まれる両国の付加価値額は名目GDP比で共に1.5%程度となっており、アメリカの対中輸出が減速した場合、両国の経済に与える影響が相応にみられると考えられる117(第2-1-18図)。

第2-1-18図 アメリカの輸出に占める各国の付加価値額(対各国名目GDP比)

次に、中国の輸出に含まれる海外からの付加価値額の対各国・地域の名目GDP比をみてみると、台湾及び韓国の比率が高く、米中貿易摩擦が更に高まり、中国の対米輸出が減速すれば、両国の経済に与える影響は大きいと考えられる。なお、台湾については、アメリカの輸出における同比率が約0.5%であるのに対し、中国の輸出における同比率は約4.3%と高く、韓国についてもアメリカが約0.4%であるのに対し、中国は約2.9%と高い(第2-1-19図)。また、近年はサウジアラビアやカザフスタン、ロシアといった「一帯一路」沿線国も中国の輸出における同比率が高まっており、米中貿易摩擦による輸出減の影響を受ける可能性がある118

第2-1-19図 中国の輸出に占める各国の付加価値額(対各国名目GDP比)

一方で、ASEANについては、アメリカの輸出に含まれるASEANからの付加価値額の対ASEANの名目GDP比が約0.3%、中国の輸出における同比率は約1.3%となっており、台湾、韓国と比べれば中国の輸出が減速した場合の経済に与える影響度合いは低い。また、ASEANの輸出に占める各国の付加価値割合をみてみると、中国の割合は約22%と高いものの、アメリカ、日本、欧州といったその他の経済大国・経済圏もそれぞれ10%以上を占めており、ASEANは米中貿易摩擦の中において複数の経済大国・経済圏と関係性を維持していることが推察される(第2-1-20図)。熊谷他(2023)では、米中貿易摩擦の深刻化は、ASEANについては域内全体のGDPに対してプラスに寄与すると試算しており119、米中貿易摩擦下におけるASEANの重要性が高まっている。

第2-1-20図 ASEANの輸出に占める海外からの付加価値割合

GVCにおける米中の関係性は深く、米中貿易摩擦の高まりは両国にも大きな影響)

アメリカの輸出に占める各国の付加価値割合をみてみると、中国の割合は約14%を占めており、アメリカのGVCに深く組み込まれている。仮に米中間の貿易が全て途絶えた場合、アメリカ自身の輸出産業も大きな影響を受けることになる(第2-1-21図)。

さらに、半導体を含む光学電子機器輸出に占める中国の割合では約31%となっており、規制対象を半導体に限定したとしても、付加価値ベースでみれば、アメリカの半導体輸出の最大3分の1が影響を受ける可能性がある。このようにGVCの分析からは米中の経済の結びつきの深さが確認でき、米中貿易摩擦が更に高まれば、米中両国にとっても大きな影響が生じる可能性がある。

現在のアメリカの政策方針は、守るべき技術を重要分野に限定する「小さな庭、高いフェンス(small yard, high fence)」の考え方の下、規制対象を先端半導体に限定している。今後については、規制対象と対象外の分野を明確にするとともに、ASEAN等の第3国についてはルールに基づく貿易体制を維持することで、経済への影響を最小限にしていくことが必要と考えられる120

第2-1-21図 アメリカの輸出に占める海外からの付加価値割合

Box.米中貿易摩擦の動向

2017年のトランプ大統領就任以降、アメリカ政府は安全保障や経済の強化等を貿易政策の優先事項と位置付け、各国に対して新たな通商交渉を開始した。特に中国に対しては、2018年7月6日にアメリカが対中輸入品に対して追加関税を実施してから、2020年初に米中間の第1段階合意文書に署名されるまで、両国間で追加関税の応酬が続いた(表1)。その後、感染症の拡大やバイデン政権への移行により、しばらく大きな動きはみられなかったが、2022年10月にアメリカが対中半導体輸出規制措置を発表したことで、相互に輸出規制の応酬が始まった。アメリカが半導体等の軍事技術の流出につながる品目に輸出規制措置を取ったことに対して、中国は世界に占める自国の生産シェアが大きい重要鉱物の輸出規制措置を取っている。

2023年10月に、アメリカ商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security)は、安全保障上の懸念を理由に前年2022年10月に発表した中国への半導体関連品目の輸出規制を強化することを発表した(表2)。今回の規制強化は、第3国からの迂回輸出を防ぐとともに、規制の有効性を維持することを目的とした制度改正が主な内容である。具体的には、規制対象国や対象項目を拡大したことで迂回輸出の防止や有効性の維持を図っている。また、経済界から寄せられていた規制内容が不明瞭との意見を踏まえ、規制品目と非規制品目との境界線を明確化するために規制の精緻化が行われている。

一方で、2023年11月にアメリカ連邦議会の諮問委員会である米中経済・安全保障調査委員会が議会に提出した2023年年次報告書によれば、当初の規制により2023年1~8月のアメリカの半導体輸出は前年同期比で64億ドルから31億ドルへと50.7%減少したものの、現在の規制は中国のAI開発を遅らせる可能性はあるが、同盟国の規制と組み合わせても、中国の軍事部門への技術、専門知識、資本の流入を食い止めるには不十分であると指摘している。そして、今後の課題として軍と民間にまたがる技術への対応が挙げられており、商務省が管理する商取引管理リストと、国務省が管理する米国軍需品リストを統合して単一の許可制度を整備するなど、軍と民間のデュアルユース技術に改めて焦点を当てる必要があると提言している。

こうした動きを踏まえると、米中貿易摩擦は輸出規制等の強化が継続するものの、その規制対象の明確化が進むことにより、経済安全保障の観点からの規制強化と経済活動の両立が図られる可能性がある。

表1 米中貿易摩擦の推移
表2 2023年に追加された対中輸出規制の詳細

104 国際貿易論における内製化とは、通常、企業が海外進出する際に、現地企業に生産を委託するのではなく、生産能力を有する子会社を現地で所有する(生産能力を自社に取り込む)ことである。本章では、こうした企業単位の概念を拡張し、国単位でみて、他国に生産を委託するのではなく、国内で生産する傾向が高まる(生産能力を自国に取り込む)ことを内製化としている。
105 欧州の範囲はEU加盟国に加え、アイスランド、アルバニア、ウクライナ、英国、北マケドニア、スイス、セルビア、ノルウェー、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モルドバ、ロシアを含む。
106 内閣府(2019a
107 事業拠点の他国への移転を指す。(WEF(2023))
108 貿易統計における二重計上問題については次項を参照。
109 加工貿易とは、外国から輸入した原材料・部品を国内で加工して再輸出するもの。一般貿易とは、国内で消費するための輸入。その他には、中継貿易、国境貿易(国境をまたぐ狭い地域で行われる小規模な交易)、寄付等(寄贈物品等)が含まれる。
110 本田(2023)においても、中国において輸出品の生産にあたっての輸入財への依存が低下するといった構造的な変化が生じている可能性を示している。また、加工貿易の弊害(環境問題等)を受け、禁止・制限品目の拡大等の加工貿易制度の見直しが行われたことも背景にあると考えられる(内閣府(2019a))。また、三浦(2023)によると、国内付加価値率が上昇している電機・電子産業が繊維産業に代わる主力輸出産業になったことが、国内付加価値率の上昇(内製化)を促したと指摘している。
111 ここで用いている重力方程式とは、国際経済学における重力方程式のことである。貿易相手国を決定する際に、(1)経済規模、(2)物理的距離の2つの要因が考慮され、2国間貿易額は経済規模と比例し、物理的距離と反比例する関係にあることが確認されている。
112 各期間の傾きを確認すると、1990~1999年が24.9、2000~2009年が27.5、2010~2017年が26.6、2018~2020年が28.8となっており、大きな変化は生じていない。
113 ここではOECDが公表しているTiVA Databaseを用いる。
114 猪俣(2019)
115 例えば、アメリカのA社が製造した半導体aに含まれる付加価値額αがどのように計上されるのかを考える。aが日本へ輸出され、日本のB社がそれを用いて高性能カメラ部品を生産したとする。このカメラ部品が日本国内で最終製品に組み込まれ、日本国内で最終消費された場合は、αは「輸出先で吸収された中間財輸出による国内源泉付加価値」に計上される。その後、B社のカメラ部品が日本国内で吸収されずに更にアメリカへ輸出され、アメリカのC社が自社のドローンに組み込んでアメリカ国内で最終消費された場合は、αは「跳ね返り効果によって誘発された国内源泉付加価値」に計上される。一方で、C社のドローンが更に第3国へ輸出された場合は、αはアメリカの総輸出の「純粋多重計算項」に計上される。これは、半導体aに含まれるアメリカ源泉の付加価値αは、日本への輸出で1回、そしてドローンに組み込まれた形で第3国への輸出でもう1回、アメリカの通関統計(輸出)に記録されることから、付加価値の多重計算が生じるためである。
116 GDPは名目、市場レート、USドルベース。
117 同比率が1.5%ということは、仮にアメリカの輸出が1%減速した場合、両国のGDPをそれぞれ0.015%押し下げる効果があるという計算になる。
118 「一帯一路」沿線国と中国との経済関係の深化がみられており、例えば、カザフスタンやサウジアラビアに対する中国の自動車輸出が近年大きく増加していることが指摘されている(細江(2024))。
119 熊谷他(2023)は、2018~19年にかけての米中貿易摩擦におけるアメリカ側の関税率引上げと同等の非関税障壁が2025年以降追加的に課される場合を想定し、2030年におけるベースラインシナリオのGDPからのかい離を試算している。同試算によれば、日米中ともに▲3.0%以上の影響が出ているのに対し、ASEANでは+0.5%という結果になっている。
120 Ando, Hayakawa and Kimura(2024)は、米中貿易摩擦の影響は一部の品目(先端半導体)に限って生じているとした上で、規制対象を明確に線引きすることが必要であり、ASEAN等の中立的な地域についてはルールに基づいた貿易が保たれる必要があると指摘している。

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