第1章 2022年後半の世界経済の動向(第3節)
第3節 先行きのリスク要因
本節では1節及び2節における分析を踏まえ、先行きの主なリスク要因について整理する。
(物価上昇と急速な金融引締めに伴う影響)
1節で紹介したとおり、2023年の消費者物価上昇率は、国際機関の見通しによれば、アメリカが4.0%、ユーロ圏が5.7%、英国が9.0%であり、引き続き金融当局の目標を上回っている。また、金融当局は2023年に入っても利上げを行うことを示唆している。しかしながら、これまでの急速な金融引締めの影響が実体経済においてまだ確認されていないとの認識も示されており125、そのために追加的な金融引締めが過度な需要抑制をもたらす可能性があることには留意が必要である。また、金融資本市場に与える影響については不確実性が高く、今後ともユーロ圏における一部の国とドイツとの国債利回り差の拡大、債券・株式市場のボラティリティの高まり、新興国等における為替相場の大幅な変動や資金流出入には注視が必要である。
(中国の感染再拡大と不動産市況の悪化)
中国では、2022年11月、12月、2023年1月に3段階の防疫措置の緩和が行われる中で、感染が拡大することとなった。中国の感染症対策当局126は、2022年12月時点では、2023年3月までに感染拡大の波が3回あると予測していた127。防疫措置の緩和は、全市ロックダウンや一律の休業措置を行わないことで、サプライチェーンの大規模な目詰まりが回避されるという利点がある一方で、感染者数の減少に時間を要することとなり得る。また、感染が収束した後も、消費や生産等が回復するには、一定の期間を要する可能性がある。このため、感染拡大の影響の長期化による下振れリスクに留意する必要がある。さらに、中国経済の減速が貿易を通じて各国経済に波及する影響について、動向を注視する必要がある。
加えて、不動産市況の悪化による不動産業の停滞、関連業種への波及が、引き続き懸念される。2022年11月に金融当局が発表した不動産市場への支援策128は株式市場で好感されたが、ディベロッパーの債務問題の根本的な解決に至るかは未知数となっている。また、感染動向とも重なり、消費者の住宅購入マインドは好転しづらい局面が続いている。波及効果を含め中国のGDPの3割を占めるとされる不動産関連部門が、前年比で2桁のマイナスの伸びとなっている状況は、中国のマクロ経済、引いては世界経済にも影響が大きいところ、新たな政策措置を受けて不動産市場が底入れないし反転に向かうか、今後の動向に引き続き注視が必要である。さらに、近年は不良債権比率の低下がみられているものの、企業業績の悪化による潜在的な不良債権の増加など、不動産部門における金融面でのリスクに対する指摘もなされている129。不動産部門の問題の長期化による銀行や地方政府の財務状況の更なる悪化は、中長期の成長を抑制する懸念があり、引き続き注視が必要である。
(ウクライナ情勢の長期化・深刻化に伴うエネルギー確保)
ロシアによるウクライナ侵攻は原油や天然ガスといったエネルギー価格の高騰を招き、エネルギー安全保障の重要性が改めて認識されることとなった。ウクライナ情勢は、不確実性が高い状況が継続しており、欧州は、短期的にはエネルギー確保及び節約に注力しつつ、中長期的な脱炭素化への対応が求められている。
特にエネルギーの確保については、欧州は2022年冬が厳冬130となった場合、春を待たずに天然ガスの貯蔵レベルが著しく低下し、更に不足に陥る可能性もある。また、今後は、ロシア側の供給遮断ないし欧州側の脱ロシアの動きにより、ロシア産ガスの供給が期待できない可能性も考えられ、2022年冬のエネルギー確保が間に合わない可能性もある。さらに、既に欧州側のLNGの受入能力は上限に近く、FSRU131の早期設置にも限界があることから、現時点以上にLNG輸入量を拡大することは短期的には難しいとの見方もある132。欧州のエネルギー確保の状況については注視していく必要がある。
(その他の地政学的な要因による中国における経済活動の抑制とその波及)
在中国アメリカ企業へのアンケート調査によれば、米中貿易摩擦が販売の減少、供給先の変更や中国への投資の遅滞等、現地における企業活動に影響を与えたとの結果が示されている133。また在ASEANアメリカ企業へのアンケートでは、今後中国企業との更なる競争にさらされるとの危機感が示される一方で、新たなサプライヤーを探す米国企業からの需要増、それに伴う中国からの事業活動・人材・投資のシフトが発生しうるとの見込みが示されている134。2022年10月にはアメリカの対中国向け半導体輸出管理追加措置が公表されており、米中貿易摩擦は更に高まっているところ、今後の中国における米国企業の活動、米中貿易とその各国の経済活動への影響には引き続き注視が必要である。
Box.中国の不動産市況の悪化と不良債権問題
不動産市況の悪化は、住宅販売の低迷、不動産開発投資の減少、関連産業(家具・家電、コンクリート等)の減速等により経済成長を低下させるが、こうした実体経済面の影響のみならず、不良債権問題として金融部門に波及するリスクにも留意する必要がある。かつて中国の金融当局トップは、金融業と密接につながっている不動産市場は、金融リスクの面で最大の「灰色のサイ」であると指摘した(注1)。国際機関は、経済見通しの下方リスクとして中国の不動産部門の低迷を挙げ、その影響が金融部門に波及した場合には中長期の成長を抑制し得ると指摘している(注2)。現状の金融リスクはどのように評価されるだろうか。
中国の民間債務残高は、長期的に増加傾向で推移している。2017年に民間債務削減(デレバレッジ)政策が本格化する中で、債務残高の対GDP比は横ばいとなったが、2020年の感染症拡大時に上昇に転じた。直近ではやや低下しているものの、2022年6月末時点で対GDP比220.3%となり、主要先進国を上回る水準となっている(図1)。
銀行の不良債権比率をみると、2019年末は2.0%、2022年9月末は1.7%と、近年は低下傾向となっている。他方、各行が自身の経営判断により不良債権処理等に備えて計上している貸倒引当金が融資残高に占める比率は高止まりしており、不良債権の実態上の増加傾向を示唆している(図2)。
中国では1999年以降、金融資産管理会社(AMC)が銀行から不良債権の譲渡を受け、債務償還や資産証券化、債権の株式転換等により不良債権処理を行うスキームが実施されてきた。しかしながら、Charoenwong et.al (2022)は、金融機関の取引データを詳細に確認すると、AMCから未処理のまま第三機関に移転され公式統計で捕捉されなくなった不良債権が相当規模に達すると指摘しており、こうした「隠れ不良債権」を合わせた総不良債権比率は2019年末時点で3.9~5.1%に達すると推計している(図2、図3)。
また、関(2022)は、上場企業の財務データを用いて、広義の営業利益(利払い前・税引き前・償却前)が当年の支払利息を下回る企業の債務の全額を「潜在的な不良債権」とみなす試算を行った。このような債務が全上場企業の債務に占める比率を「潜在的な不良債権比率」とすると、2022年6月末時点で9.6%となり、不動産企業に限ると22.9%に達すると試算している。
2022年夏以降は、不動産市況が低迷し実体経済が下押しされ、住宅ローン不払い運動や地方政府の財政状況の悪化もみられた。こうした中で、当局は2022年11月には不動産市場支援策を発表するとともに、同年12月の中央経済工作会議では翌年の重要政策方針に「不動産企業の資産負債状況の改善」を位置づけ、2023年1月には「3つのレッドライン」と呼ばれる融資規制の緩和を含む具体策を提示した(注3)。2020年8月の導入以来、不動産企業が資金繰りに窮する大きな要因となっている当該融資規制が緩和され、併せて各種の不動産市場支援策が実施されれば、今後は不動産市況と不動産企業の資金繰りが徐々に改善に向かい、短期的には経済を押し上げることが期待される。他方、短期的な経済調節を重視するために、仮に構造改革(不良債権処理)が十分に行われない場合には、中長期的な金融面でのリスクが増大し得ることに留意が必要である。
(注1)郭樹清・銀行保険監督管理委員会主席(2020年11月)。「灰色のサイ」はWucker (2016)が提唱した概念であり、予見しがたいリスクである「ブラック・スワン」に比べ、存在が認識され、発生確率が高く、表面化すれば大きな影響をもたらし得るにもかかわらず、軽視されがちなリスク。
(注2)IMF (2022d) は、中国の不動産販売の下落は不動産企業のキャッシュフローを悪化させ、銀行の不良債権の増加リスクを増幅させ得る、潜在的な銀行部門の損失はより広範囲のマクロ金融的波及を誘発し、中国の中長期の成長を抑制し得ると指摘した。また、World Bank (2023) は、中国はシステミックリスクを回避するために十分な政策余地があると考えられるが、不動産部門の広範な減速は金融の収縮を引き起こし、成長を抑制する可能性があると指摘した。
(注3)「3つのレッドライン」は、(1)総資産に対する負債の比率が70%超、(2)自己資本に対する純負債の比率が100%超、(3)現預金に対する短期負債の比率が100%超となる不動産企業に対して融資を制限する規制であり、恒大集団を始めとした不動産企業が資金繰りに窮することに繋がった。2023年1月、金融当局は記者会見で『優良不動産企業のバランスシート改善行動計画』を起草したと発表し、「3つのレッドライン」を緩和する方針を示した(2023年1月末時点で全文は未公表)。