第2章 主要地域の経済動向(第2節)

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第2節 中国経済

本節では、中国経済の最近の動向を概観した上で、今後の見通しと主なリスク要因を整理する。

中国経済は、緩やかな減速が続いている。第1章でみたように中国人民銀行が金融緩和を進める中、中国政府も金融リスクに配慮しつつ、各種政策対応による景気の下支えを図っている。緩やかな減速が続いている背景には、米中貿易摩擦の影響があるが、19年12月には両国政府が第1段階の合意に達したとして予定していた追加関税措置の実施を見送り、20年1月には第1段階の合意の署名がなされるなど一定の進展もみられる。先行きについては、今後、各種政策対応や米中貿易摩擦の緩和が経済に好影響を与えることが期待されるものの、新型コロナウイルスの感染拡大の影響に注意が必要である。

1.中国経済の動向

19年の中国の実質経済成長率は、前年比6.1%増となり、政府目標の6~6.5%を上回ったものの、18年の同6.7%増から大きく伸びが低下した。四半期別にみると、19年1~3月期前年比6.4%増、4~6月期同6.2%増、7~9月期同6.0%増と鈍化が続いた後、10~12月期は同6.0%増と前期から横ばいとなった(第2-2-1図)。需要項目別にみると、最終消費、資本形成ともに低めの寄与で推移した。他方、純輸出は18年10~12月期から19年7~9月期にかけてプラスに寄与し、成長率を押し上げた。これは、米中貿易摩擦や内外需の弱さを背景に、財輸出、輸入ともに減少が続く中、輸入の減少幅がより大きかったことが、純輸出のプラス寄与をもたらしたと考えられる。

第2-2-1図 中国の実質経済成長率

中国政府は、19年後半も、景気の下振れ圧力が一層増しているとの認識の下1、引き続き、景気の下支えに取り組んでいる。具体的には、19年8月に新たな消費促進策2が発表された。また、インフラ建設を促進するため、9月に地方特別債の発行・調達資金の使用を加速する方針等が示されたほか、11月に一部分野のインフラプロジェクトの最低自己資本金比率の引下げ等が発表されるなどしている(第2-2-2表)。また、10月には、減税・税外負担軽減3の政策の実施にあたり、地方政府の財政を支援するための措置4が発表された。金融面でも、9月に再度の預金準備率引下げが実施されるなどしている(詳細は第1章第2節3.中国の金融政策の動向と課題 を参照)。このように、18年後半以降、様々な景気対策が採られているが、経済成長率は引き続き低下しており、08年の世界金融危機発生後の内需拡大策による急速な景気回復のような動きはこれまでのところみられない。この理由として、以下のとおり、今回の対策は、対GDP比で見た場合、08年時の対策に比べて規模が小さいことなどが挙げられる。

08年時の対策をみると、まず、財政政策については、08年10月に打ち出された内需拡大策では、10年までの約2年間で、インフラ建設を中心とした投資拡大のみで4兆元規模(対GDP比約13%)があてられる計画であった。このほか、09年予算に、増値税減税等による約5,000億元(対GDP比約1.4%)の企業や個人の負担軽減が盛り込まれたほか、09年初から小型乗用車減税5や家電の販売促進6等の消費促進策も実施された。この結果、財政収支は、08年の対GDP比0.7%の赤字から09年は同2.7%、10年は同2.4%の赤字へと拡大したものの(第2-2-3図)、固定資産投資は大幅に伸びを高めた(第2-2-4図)。また、大幅に低下していた消費の伸びも急速に回復し、特に、乗用車販売台数は、09年に急増、初の年間1,000万台超えとなった(第2-2-5図、第2-2-6図)。

第2-2-2表 2019年の主な政策措置
第2-2-3図 財政収支(対GDP比)
第2-2-4図 固定資産投資
第2-2-5図 社会消費品小売総額
第2-2-6図 乗用車販売台数

今回の対策でも、地方特別債の発行によるインフラ投資の拡大、増値税を始めとした減税、自動車や家電等を対象とした消費促進策7という手段自体は、08年時と同様となっている。ただし、今回の対策規模を19年分でみてみると、減税等による企業や個人の負担軽減が2兆元弱(対GDP比2.0%)、地方特別債の発行の前年からの増加分が8,000億元(対GDP比0.8%)と、金額ベースではそれほど変わらないものの、GDP比で見た規模は08年の内需拡大策と比べると小さいものとなっている。財政赤字の規模をみても18年の対GDP比2.6%から19年予算では同2.8%とわずかな拡大にとどまっている。また、インフラ投資の拡大よりも減税に力点が置かれているといった違いも指摘できる。さらに、消費促進策については、小型乗用車減税が15年10月から17年にかけて実施されてから間もなく、需要が一巡している時期であること、また、今回の自動車や家電に関する補助金施策の多くの実施は地方政府に任されていることから8、効果は08年時より小幅かつ緩やかなものになるとみられる。

さらに、大きく異なるのが金融政策スタンスである。08年には、商業銀行の与信総量規制が撤廃された。貸出基準金利も08年9月から12月までの間に5回引き下げられ、1年物で7.47%から5.31%とされた。この結果、09年の新規貸出増加額は前年からほぼ倍増となり、マネーサプライも急増した(第2-2-7図)。一方で、これを契機に企業部門の債務が急拡大し、その後の景気減速で過剰債務問題が顕在化するという副作用も生じることとなった(後掲第2-2-36図)。なお、企業部門の債務の多くは、地方政府が出資・債務保証を行う形で設立された地方融資平台によるものとみられており、地方政府の債務問題ともなっている9(後掲第2-2-37図)。こうした反省も踏まえ、今回は、18年後半から金融政策は緩和方向となっているものの、「ばらまき」はしないとの方針を示しており、小規模・零細企業の資金調達の支援など対象を絞った政策が多い。銀行貸出残高をみると、小規模・零細企業向けの包摂金融貸出残高10は、大きく伸びが高まっているが、全体では、18年半ばから19年初にかけてわずかに伸びが高まった程度にとどまっている(第2-2-8図)。

第2-2-7図 銀行貸出新規増加額、M2(長期)
第2-2-8図 銀行貸出残高、小規模・零細企業向け貸出残高

以上のように、今回の景気減速局面における景気対策は、現時点では、08年時と比較すれば、財政面、金融面ともに規模は小さいものとなっている。19年12月に開催された、翌年の経済政策方針を決定する中央経済工作会議では、経済運営において「安定」を第一にするとしつつ、金融のシステミックリスクを防止する最低ラインを確保するとしており、今後も、基本的には景気安定と金融面のリスク防止とのバランスを重視するスタンスが継続されるものとみられる。

(1)個人消費

(個人消費は伸びが低下)

個人消費の動向をみると、小売総額(名目値)は、18年末頃から伸びが低下傾向にある。18年には前年比9.0%であったのが、19年後半は前年比8%以下と一段と低い伸びとなり、19年全体では同8.0%となった(第2-2-9図)。なお、中国国家統計局は、自動車を除いた19年の伸びは同9.0%増としており、自動車が消費の伸びを大きく押し下げているとみられる。

第2-2-9図 小売総額

品目別の小売の動向をデータが公表されている一定規模以上の企業11における商品小売総額(名目値)でみると、シェアが最も高い自動車は、19年入り後も18年に引き続き弱い動きとなっている。ただし、19年4月までは前年比で減少が続いていたものの、5月に前年比プラスに転じ、6月に大きく伸びが高まり、その後再びマイナスに転じるといった変動がみられた。この背景としては、中国では、20年7月から新たな排出ガス基準「国6」基準が導入される予定となっているが12、19年7月から一部の大都市・省で「国6」基準が前倒しで導入され13、旧基準対応車が販売できなくなることから、6月に旧型車の販売促進がなされたことが指摘されている14。シェア2位の食品等は堅調に推移する一方、シェア3位の石油・関連製品は、18年秋以降の世界的な原油価格の下落傾向を背景に伸びは低下が続き、7月から10月にかけては前年比マイナスとなった(第2-2-10図)。

第2-2-10図 商品小売総額の内訳(名目値・一定規模以上の企業)
(乗用車販売台数は減少が続く)

乗用車販売を台数ベース(出荷ベース)でみると、18年7月以降、前年割れが続いている(第2-2-11図)。19年半ば以降、マイナス幅は縮小傾向にあるものの、前年の水準が低いことも影響している。中国汽車工業協会は、国内需要の不足に加え、新たな排ガス基準「国6」の導入に伴う技術面の制約や新エネルギー車補助金の削減による影響等がある中で、全体的な回復には限界があると指摘している15

新エネルギー車16については、乗用車販売台数全体に占めるシェアは18年で4.5%と小さいものの、新エネルギー車の普及を推進する政府の方針17もあり、近年販売台数は急増傾向にあった(第2-2-12図)。しかし、新エネルギー車のうちEVとPHVについて、中国政府は、一部メーカーに補助金への依存がみられることなどから、産業育成強化のため、20年までに補助金を廃止する方針を示しており、19年3月に公布された補助金政策では、メーカーへの補助金給付額を平均50%引き下げることを決定した。新たな給付額は6月26日から適用され、適用後の7月以降は新エネルギー車の販売台数は前年割れが続いている。

他方、中国政府が1月及び8月に発表した消費促進策には、自動車購入制限を行っている都市に対する段階的な規制緩和・撤廃の要請等、自動車関連の施策も含まれており、6月には広州市や深セン市、9月には貴陽市において、ナンバープレート発給制限18の緩和が実施されるなどの動きもみられ、乗用車販売を下支えすることが期待される。ただし、中国汽車工業協会は、20年の自動車販売台数について、前年比2%減と予測しており19、回復は緩やかなものにとどまると見込まれる。

第2-2-11図 乗用車販売台数
第2-2-12図 新エネルギー車販売台数
(インターネット小売は引き続き高い伸び)

他方、小売総額のうちインターネット小売は、18年以降伸びは鈍化しているものの、19年も前年比20%を超える高い伸びを維持している。小売総額に占めるシェアは20%程度まで高まっており、消費における存在感は引き続き高まっている(第2-2-13図)。

第2-2-13図 インターネット小売
(雇用・所得環境はやや悪化)

雇用環境をみると、都市部新規就業者数20は、19年10月までに全人代で掲げられた1,100万人の目標を達成した。ただし、前年比では4~6月期まで4四半期連続で減少が続き、7~9月期以降若干のプラスに転じたものの、19年全体では前年比0.7%減となった(第2-2-14図)。また、都市部調査失業率21は、19年3月の全人代で掲げられた5.5%前後の目標は下回っているものの、18年は概ね5%以下であったのに対し、19年入り後は、5%を超えて推移しており、やや上昇がみられる(第2-2-15図)。製造業購買担当者指数22の雇用指数(製造業)についても、18年秋頃から低下傾向となり、6月には46.9ポイントと09年2月に次ぐ低水準となった。その後やや持ち直しているものの、水準としては依然として低い(第2-2-16図)。

次に、所得環境をみると、一人当たりの可処分所得(実質)は、19年1~3月期にやや伸びが高まったものの、その後は伸びが低下し、18年の前年比6.5%から19年は同5.8%となった(第2-2-17図)。19年に入り、豚肉等食品を中心に消費者物価が上昇傾向にあることも影響しているとみられる。

以上のように雇用環境、所得環境ともにやや悪化しており、消費鈍化の一因となっているとみられる。

第2-2-14図 都市部新規就業者数
第2-2-15図 都市部調査失業率
第2-2-16図 製造業購買担当者指数(雇用指数)
第2-2-17図 一人当たり可処分所得(実質)
(消費者マインドはおおむね横ばい)

消費者マインドをみると、消費者信頼感指数23は、19年入り後、アメリカとの貿易摩擦が高まった7、8月にやや大きめに低下したものの、総じてみれば、おおむね横ばい圏内で推移している(第2-2-18図)。

第2-2-18図 消費者信頼感指数

(2)輸出入

(輸出入は減少が続く)

中国の輸出額は、米中貿易摩擦を背景に、18年12月に前年比で減少に転じ、その後も、減少基調で推移し、19年全体では前年比0.5%増となった(第2-2-19図)。輸入額についても同様の動きとなっているが、輸出より減少率は大きく、19年全体では同2.8%減となった。ただし、前年が低水準であったこともあり、19年末には輸出入ともに前年比の伸びが下げ止まる動きもみられる。

第2-2-19図 輸出入

輸出入を品目別にみると、電気機器・一般機械の輸出の寄与が18年10~12月期に大幅に低下し、また同品目の輸入も同時期にマイナス寄与に転じ、その後も低調に推移している(第2-2-20図)。中国では、輸出品に使用される中間財を輸入し、加工して輸出する加工貿易が大きな割合を占めており(18年で輸出の32%)、米中貿易摩擦を背景とした輸出の減少が輸入にも影響を与えているとみられる。ただし、その他の主要品目でも、前年比の伸びが大きく低下または減少しており、内需の減速も影響している。

第2-2-20図 品目別輸出入

なお、中国政府は、消費財などを対象に輸入関税の引下げを実施しており、19年1月の706品目に続き、20年も1月から859品目の輸入関税を引き下げることを発表した。今回の引下げでは冷凍豚肉が対象に含まれるなど、国内で相対的に不足している品目の輸入を適度に増やすことも目的とされている。なお、20年1月からの引下げ品目のうち約8割は、18年7月~19年9月にアメリカに追加関税を賦課した品目と重複している(第2-2-21表)。

第2-2-21表 2018年以降の輸入関税の引下げ品目と対米追加関税品目の重複品目数

(3)生産

(生産は伸びが低下)

鉱工業生産は、19年3月に一時的な増加がみられたものの24、基調としては、伸びは低下傾向が続き、18年の前年比6.2%増の後、19年同5.7%増となった。なお、11月以降やや上昇がみられるが、前年の水準が低いことなどの影響があることにも留意する必要がある25(前掲第1-1-57図)。内訳をみると、鉱業の伸びは上昇傾向が続く一方で、製造業の伸びは10月まで低下傾向が続いた。製造業を業種別にみると、コンピュータ・通信その他電子機器、産業用機械では、18年に比べ低い伸びで推移しており、輸出や製造業投資の弱さが背景にあるとみられる(第2-2-22図)。鉄金属加工(鉄鋼等)でも、高めの伸びを維持しているものの、年後半以降やや伸びが低下している。また、国内自動車販売の低迷に伴い、自動車は年前半までマイナスで推移した後、持ち直しの動きがみられるが、昨年半ばから伸びが大幅に低下した反動もあるとみられる。

第2-2-22図 鉱工業生産(付加価値ベース、実質):製造業内訳

(4)固定資産投資

固定資産投資(年初来累計)の伸びは、18年秋頃から中国政府による景気対策もあり下げ止まりの動きがみられ、その後おおむね横ばいで推移していたが、19年秋頃からやや伸びが低下している(第2-2-23図)。19年1~10月期には、年初来累計前年比5.2%増と、統計開始(96年)以降で最低の伸びとなった。内訳をみると、製造業投資は、デレバレッジを背景とした内需の鈍化に加え、米中貿易摩擦に伴う輸出の減少や、それに伴う先行き不透明感の高まりを受けて、19年に入り伸びが急速に低下し、弱い動きが続いている。また、インフラ関連投資は、中国政府によりインフラ建設の促進政策が採られているものの、低めの伸びにとどまっている。他方、不動産開発投資は、政府の不動産市場安定化策が引き続き採られる中にあっても、高めの伸びで推移している。

第2-2-23図 固定資産投資
(製造業投資は弱い動き)

製造業投資は、19年に入り伸びが急速に低下した後、低水準で推移しており、19年1~11月期は、年初来累計前年比2.5%と、統計開始(04年)以降で最低の伸びとなった(前掲第2-2-23図)。

業種別にみると、自動車は国内販売の低迷を背景に弱い動きが続いている(第2-2-24図)。また、汎用機械、家具、繊維製品等で低い伸びが続いており、米中貿易摩擦を背景とした輸出の減少や先行き不透明感の高まり等により、輸出産業を中心に設備投資が低調となっているとみられる。また、家具や繊維製品といった労働集約型の輸出産業では、ASEAN等への生産拠点移転の動きも一部影響している可能性がある26。他方、一時急速な落ち込みがみられたコンピュータ・通信その他電子機器は、持ち直しているほか、産業用機械も下げ止まっている。世界的にITサイクルに底入れの動きがみられることや、中国国内における5G27普及を前倒しする動きが背景として考えられるほか、中国政府によるハイテク産業への産業補助金も影響しているとの指摘もある28

5Gについては、当初計画では20年の商用サービス開始が予定されていたが、中国工業情報化部は、19年6月に国内の通信事業者4社に営業ライセンスを発行した。また、9月までに全国に8万か所以上、年末までに13万か所以上の5Gの基地局を整備する見込みとした。11月には大手通信会社3社が5G移動通信サービスを開始している。

第2-2-24図 固定資産投資(製造業・業種別)

製造業投資の低迷の背景としては、企業の景況感や収益の悪化が背景にあるとみられる(景況感については、第1章第1節3.世界的な製造業の不振 を参照)。製造業企業の利益は、19年に入り前年比で減少が続いている(第2-2-25図)。営業収入に対する利益率も、18年の6%超から19年11月には5%台半ばに低下しており、内外需の減速により、製造業企業の経営環境が厳しさを増していることがうかがえる。

第2-2-25図 一定規模以上工業企業利益(製造業企業)
(インフラ関連投資は低めの伸びで推移)

インフラ関連投資は、18年秋頃に伸びが下げ止まったものの、18年の前年比3.8%に続いて19年も同3.8%と低めの伸びにとどまっている。

中国政府は、18年8月以降、地方特別債29の発行を加速することなどにより、インフラプロジェクトの進捗を促している。19年の地方特別債の発行枠は前年より8,000億元増の2.15兆元とされており、また、通年の発行を9月までに完了することとされ、発行は順調に進んだ(第2-2-26図)。また、資本金の不足を改善するため、資本金に係る規定の改定も実施している。6月には、条件を満たす収益性のある重大プロジェクトの資本金として地方特別債を一定割合まで充当することを認める方針が発表され、9月4日の国務院常務会議において、その割合を20%前後とするとされた。また、11月27日、国務院は、一部分野のインフラプロジェクトの最低資本金比率を引き下げることや、市場の資金を活用してインフラプロジェクトの資本金調達難を解決するために資本金の50%まで株式等の発行による資金調達を認めることなどを発表した30。さらに同日、中国財政部は、20年分の地方特別債の起債枠のうち1兆元を前倒しで起債するよう各地方政府に通知し、併せて、調達した資金を早急に具体的なプロジェクトに投じ、早期に経済に対して有効な刺激効果を出すよう求めた。こうした一連の措置が、今後、インフラ関連投資の持ち直しに寄与することが期待される。

第2-2-26図 地方特別債新規発行高推移

なお、インフラ関連投資の内訳では、道路投資が堅調に推移しているものの、その他の分野は低調に推移している(第2-2-27図)。中国財政部は9月6日の記者会見で、19年8月までの地方特別債の使用状況について明らかにしており、既に用途が決定した約1.6兆元が配分された分野は、バラック地区31の再開発等の社会保障性住宅32が39.2%、鉄道・道路等の交通インフラが9.9%、都市公共事業が7.5%等としている。地方特別債の増加は、不動産開発投資の下支えともなっているとみられる。

第2-2-27図 固定資産投資:インフラ関連投資内訳
(不動産開発投資は堅調な推移)

不動産開発投資は、18年の前年比9.5%の後、19年も同9.9%と、高めの伸びを維持している(前掲第2-2-23図)。

関連指標である不動産販売面積をみると、中国政府による不動産市場安定化策に伴い、16年初旬をピークに伸びは低下を続け、19年は9月まで前年比マイナスと低迷が続いている(第2-2-28図)。他方、不動産施工面積をみると、18年に前年比で大きく伸びが高まり、19年も高い伸びで推移している(第2-2-29図)。この背景として、多くの開発業者が販売済みの住宅を完工させる必要があるためとの見方もあり33、不動産開発投資の堅調さの一因となっていると考えられる。

第2-2-28図 不動産販売面積
第2-2-29図 不動産施工面積

不動産販売価格をみると、前月比で上昇した都市は、19年前半は増加傾向であったが、6月以降は減少に転じている(第2-2-30図)。また、都市別にみると、一級都市ではおおむね横ばいで推移し、二級及び三級都市では、19年半ば以降、上昇率は前月比でやや鈍化している(第2-2-31図)。この背景には、景気が減速する中で、引き続き不動産価格の抑制を重視する政府の方針があるとみられる。具体的には、19年4月及び5月に、住宅都市農村建設部は、住宅価格の上昇幅の大きい10都市に対して土地と住宅の価格を安定させるよう警告を行った34。7月の共産党中央政治局会議では、「住宅は住むものであり、投機の対象ではない」とする方針が改めて確認されるとともに「不動産を短期的な景気刺激の手段とはしない」とされた。また、12月の中央経済工作会議においても「住宅は住むものであり、投機の対象ではない」という位置付けが堅持された。

第2-2-30図 不動産販売価格:前月比増減都市数
第2-2-31図 不動産販売価格

(5)物価

(消費者物価上昇率は高まっている)

消費者物価上昇率(総合)は、19年3月以降高まっており、11月には19年の全人代で掲げられた目標である3%前後を大きく上回る前年比4.5%となった(第2-2-32図)。19年全体では同2.9%と目標圏内となったものの、18年の同2.1%から大きく高まった。

内訳をみると、食品価格の急上昇が全体を押し上げている。19年半ばにかけて天候要因により上昇がみられた生鮮野菜や生鮮果物は落ち着きを取り戻す一方で、ASF35(アフリカ豚熱)の影響により、19年春頃から豚肉価格の上昇の勢いが加速している。また、豚肉の代替消費の影響もあり、牛肉価格を始め他の肉類にも上昇がみられる(第2-2-33図)。こうした中、中国政府は、9月以降、豚肉の生産安定化や供給拡大に向けた措置を相次いで打ち出している。例えば、9月3日、財政部及び農業農村部は、豚の生産拡大を支援する補助金等の財政支援措置36を打ち出した。また、9月6日には、国務院は、豚の生産を安定させるとともに、養豚産業の発展モデルの転換と高度化を一層促進する方針37を示し、豚肉の自給率を95%程度に維持することや大規模養豚場の比率を22年までに58%程度、25年までに65%以上まで高めることなどを目標として掲げた。

第2-2-32図 消費者物価上昇率
第2-2-33図 食品価格

ただし、食品とエネルギーを除いたコアの消費者物価上昇率をみると、18年以降緩やかに低下しており、内需の弱さを反映したものとみられる。生産者物価上昇率も18年末から大幅に低下しており、19年7月には前年比マイナスに転じ、その後もマイナスで推移している(第2-2-34図)。財別にみると、消費財については食品等の上昇から全体としてはプラスであるものの、耐久消費財では前年比マイナスとなっており、生産財では、原材料を中心にマイナス38となっている。

第2-2-34図 生産者物価上昇率

2.中国経済の見通しと主なリスク要因

(1)中国経済の見通し

中国経済は、緩やかな減速が続いている。先行きについても、当面は緩やかな減速が続くことが見込まれる。国際機関の見通しをみると、実質経済成長率は、いずれの機関においても19年の6.1%から、20年には更にやや鈍化すると見込まれている(第2-2-35表)。

第2-2-35表 国際機関の見通し

ただし、こうした見通しには景気変動ばかりでなく、中長期的な成長トレンドも考慮されていることに留意が必要である。中国では、世界金融危機後に投資から消費へのリバランスが進み、名目GDPに占めるシェアは第三次産業が第二次産業を上回るに至っている。こうした産業構造の変化は、2010年代の成長率低下をもたらしたばかりでなく、今後も引き続き成長トレンドの押下げ要因として働くものとみられている39

(2)中国経済の主なリスク要因

(米中貿易摩擦の動向及び影響)

中国経済の主なリスク要因としては、まず米中間の貿易摩擦が挙げられる。19年8月に緊張が高まったものの、10月の閣僚級協議を経て、12月に両国政府が第1段階の合意に達したとして、予定していた追加関税措置の実施が見送られ、20年1月には第1段階の合意に署名がなされるなど、一定の進展もみられるが、第2段階の通商協議の実施など先行きについては引き続き注視が必要である。また、19年11月27日には、アメリカで「香港人権・民主主義法案」が可決され、12月2日に中国政府が報復措置を発表するなど、米中関係に新たな緊張も生じている40。アメリカは中国の最大の輸出先であることから、輸出や生産、設備投資への影響等を通じ、景気が相当程度下押しされる可能性もある。

(過剰債務問題)

過剰債務問題もリスクとして挙げられる。中国政府は、過剰債務問題をリスクと認識し、債務削減の取組を進めているが、18年には、規制強化によるシャドーバンキングの急速な縮小による資金調達環境の引締まりなどにより、当初想定されていた以上に景気を下押ししたとみられる。しかしながら、企業を中心に債務残高は高止まっていることから(第2-2-36図、第2-2-37図)、今後も債務削減の取組は進められていくものとみられるが、景気の安定との関係では難しい舵取りが求められる。景気の減速が続く中で、景気刺激策が不十分なものにとどまった場合は、景気を下押しするリスクがある一方、大規模な景気刺激策により債務削減が大幅に遅れるような場合には、緩和的な金融環境の中で過剰債務問題が悪化するリスクもある。また、商業銀行の不良債権比率をみると、全体としてはおおむね横ばいで推移しているが、19年に入り、中小企業向けの貸出が比較的多いとみられる都市商業銀行で上昇がみられる(第2-2-38図)。景気減速により不良債権が顕在化している可能性もあり、今後の動向に注視が必要である。

第2-2-36図 債務残高・GDP比(経済主体別)
第2-2-37図 政府債務残高・GDP比
第2-2-38図 商業銀行の不良債権比率
(金融資本市場の変動の影響)

米中貿易摩擦を背景に、19年も引き続き株価や為替にも大幅な変動がみられ、企業や個人のマインドへの影響などを通じ、投資や消費といった内需にも下押し圧力を与えたとみられる(第2-2-39図、前掲第1-1-2図)。特に、為替については、8月5日に、人民元の対ドルレートが08年以来初めて1ドル=7元を突破し、アメリカによる為替操作国認定41を招く要因ともなった。その後、人民元基準値も8月7日に7元を超え(第2-2-40図)、人民元の対ドルレートは9月にかけて一段と低下した後、米中貿易協議の進展もありやや上昇したものの、19年中は概ね7元を超えて推移した。人民元安が続いた場合には、輸入物価の上昇が消費者物価の一層の上昇を招き、家計の購買力を低下させる可能性もある。また、資金流出圧力の強まりにも留意が必要である。金融収支は、16年末頃から資本流出に係る規制が強化されたこともあり17年以降おおむね流入超で推移していたが、19年7~9月に流出超に転じた(第2-2-41図)。米中貿易協議の停滞や景気の一層の減速などにより資金流出圧力が高まり、人民元安や株価下落の動きが強まった場合には、景気下押し要因となるリスクも考えられる。

第2-2-39図 上海総合株価指数
第2-2-40図 人民元取引基準値
第2-2-41図 国際収支
(新型コロナウイルス感染拡大の影響)

 中国では、20年1月半ば以降、湖北省武漢市において発生した新型コロナウイルスの感染者数が急速に増加している42。中国国内の感染者数は1月28日までに5,974人、感染による死亡者数は361人に達し、02年に広東省で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)を上回る拡大をみせている43(第2-2-42図、第2-2-43図)。感染者数は、発生地の湖北省で突出して多いが、それ以外の全ての省(直轄市、自治区含む)にも広がっており、また、2月以降も増加が続いている(第2-2-44図)。

第2-2-42図 中国国内の感染者数
第2-2-43図 中国国内の死亡者数
第2-2-44図 省市別の感染者数・死亡者数(2020年2月5日現在)

武漢市では、19年12月以降、新型コロナウイルスに関連した感染症が複数例報告されていたが、20年に入り、肺炎感染者数が急速に増加し始めたことを受けて、1月23日には公共交通機関の運行停止や市外に向かうための鉄道駅や空港の閉鎖を実施し、近隣都市でも同様の措置が実施された。また、1月24日には、中国文化・旅游部が国内の旅行会社による海外向けを含む全ての団体旅行、航空券・宿泊がセットになった旅行商品の販売を即日停止するよう通知した。さらに2月2日以降は、湖北省以外の地方都市でも移動や外出を制限する措置も実施されるようになっている。こうした人の移動や外出を制限する措置は、感染の恐れによる自主的な外出の抑制とともに、観光等のサービス産業を中心に個人消費への下押し圧力となることが見込まれる。

また、1月26日に中国国務院が、従来1月24~30日であった春節休暇を2月2日まで延長することを発表したほか、上海市や広東省を始めとする多くの省市政府が、企業44に春節明けの事業再開を2月10日以降45にするよう求めるなど、生産活動に直接影響を与える措置も実施されている。休業延長を実施した省市の付加価値生産額は中国全体の9割以上を占めるとみられ、休業延長に伴う生産活動の停止が中国経済に大きな影響を与えることが見込まれる。

また、こうした消費や生産への下押し圧力が中国経済の減速懸念となって金融資本市場に大きな変動をもたらす可能性もある。春節明けの2月3日には、上海総合株価指数は7.7%下落するなどの動揺がみられた。しかしながら、1月31日に中国人民銀行等の5官庁が連名で金融支援の強化を表明46したことに加え、中国人民銀行が、2月3日にリバースレポ・オペ金利を0.1%ポイント引き下げるとともに、公開市場操作(リバースレポ取引)を通じて1.2兆元の大規模な資金供給を実施、翌4日にも5,000億元の資金供給を実施するなどの措置を講じたことから、金融資本市場は落ち着きを取り戻した。

ただし今後、感染拡大の収束に時間を要し、移動・外出の制限措置や休業延長措置が長引いた場合は、実体経済や金融資本市場に与える影響は大きなものとなる可能性があり、動向には注視が必要である。

コラム2-1:中国の中長期的な成長トレンド

18年後半以降、中国の景気は緩やかに減速しているが、実質経済成長率の中長期的トレンドも低下傾向にあることに留意が必要である。1990年代(天安門事件の影響が大きい90年を除く)及び2000年代に10%を超えていた平均成長率は、2010年代には7%台後半まで低下している(図1)。

図1 実質経済成長率

この背景には、この間の中国の産業構造の変化があるとみられる。まず、就業数の変化でみると、第一次産業では一貫して減少が続いている。第二次産業では2000年代に伸びが高まったものの、2010年代に入ると頭打ちとなっており、代わって第三次産業が伸びを高めている(図2)。

図2 就業者数の平均増加率(産業別)

就業者数の産業別シェアの推移をみると、第一次産業では1990年の60.1%から2018年には26.1%へと大幅に低下している。第二次産業では90年に21.4%であったものが2000年代中に若干高まりを見せ、18年は27.6%となっている。第三次産業は90年の18.5%から18年に46.3%へと大幅に上昇している(図3)。

図3 就業者数の産業別シェア

名目GDPの産業別シェアをみても、第一次産業では就業者数の減少とともに一貫して低下傾向、第三次産業では就業者数の増加とともに上昇傾向を示しており、それぞれ18年には7.2%、52.2%となっている。第二次産業では2010年代に入りやや低下しているものの、18年で40.7%と、引き続き比較的高いシェアとなっている(図4)。前掲の就業者数の産業別シェアと比較すると、第二次産業の労働生産性が第一次・第三次産業に比べ、引き続き高い水準を維持していることがうかがえる。

なお、世界金融危機後の投資から消費へのリバランスの動きも(注1)、第三次産業のシェア拡大に寄与しているとみられる(図5)。また、現在の景気減速局面において、製造業に比べて非製造業の落ち込みが比較的少ないことも、こうした中長期的な経済構造の変化を反映していると考えられる。

図4 名目GDPの産業別シェア
図5 名目GDPの需要項目別シェア

IMF(注2)では、中国における第二次産業から第三次産業への産業構造のシフトは今後も続くものとみており、第二次産業の労働生産性が第三次産業よりも高いことから、同シフトにより経済成長率は低下していく、としている。加えて、中国の労働生産性上昇率が、今後アメリカなど先進国にキャッチアップしていく過程で次第に低下していく可能性も考慮に入れると、中国の実質経済成長率は2030年までに4~4.5%に低下することが見込まれるとしている。

また、さらに長期的には、人口構造の変化も経済成長率への下押し圧力を強めていくと考えられる。中国では、1979年に開始された1人っ子政策(注3)により、生産年齢(15~64歳)人口比率は2010年の73.3%、生産年齢人口も2015年の10.21億人をピークに低下を続けている(図6)。

こうした状況を受け、中国政府は、13年に、夫婦のいずれかが1人っ子である場合には、2人まで子供を認めるという緩和策を実施し、16年には、1人っ子政策を廃止し、全ての夫婦が2人目の子供を持つことを認めた(いわゆる「2人っ子」政策)。しかしながら、出生率(人口1,000人あたりの出生数)は、15年の12.07人から16年に12.95人に上昇したものの、17年以降は急速に低下しており、18年は10.94人と過去最低となっている(図7)(注4)

国連の人口推計によると、中国の生産年齢人口は今後も減少が続き、50年には生産年齢人口比率が60%を下回るとされている。総人口も31年をピークに減少に転じることから、高齢化の急速な進展も見込まれており)(注5)(図8)、少子高齢化が進む中で潜在成長率の低下が将来的な課題といえる。

図6 生産年齢人口比率
図7 出生率
図8 高齢化率

(注1)「第12次5か年計画(11~15年)」においては、投資・輸出依存の成長パターンから「消費・投資・輸出」がバランス良くともに経済成長をけん引する成長パターンへの転換が強調された。そのために内需拡大が重要課題とされ、その重点が消費と位置づけられている。

(注2)IMF“2019 Article IV Consultation with the People’s Republic of China”

(注3)一部少数民族については制度を適用しない、農村部において第一子が女児の場合は第二子の出産が認められるなどの例外措置もある。

(注4)この背景として、経済的理由や出産・育児に対する意識の変化などが指摘されている。国務院国家衛生計画出産委員会が15年に実施した調査によると、二人目の子供を産み育てたくない理由として(複数回答)、「経済的負担(74.5%)」、「時間的・精神的エネルギーがかかりすぎる(61.1%)」などが挙がっている(独立行政法人労働政策研究・研修機構「出産保険を医療保険に統合(17年8月)」による)。

(注5)02年に65歳以上人口が7%以上を占める高齢化社会、25年に同人口が14%以上を占める高齢社会、36年に同人口が21%以上を占める超高齢社会を迎えるとされている。

コラム2-2:インドの経済対策

インドでは、実質経済成長率は、2018年1~3月期の前年比8.1%増をピークに6四半期連続で低下している(前掲コラム1-5 図1)。特に19年に入り減速が強まり、7~9月期の成長率は前年比4.5%増まで低下し、景気は弱い動きとなっている。

景気低迷の主因は、投資、民間消費を中心とした内需の低迷である。投資は、19年に入り、4~5月の下院総選挙に伴う政治的な不確実性や、世界経済の減速に伴う輸出の鈍化やインド国内の内需減速に伴い、大きく鈍化している。また、後述のように、銀行部門における不良債権問題を背景とした資金調達環境の悪化も影響を与えているとみられる。民間消費について、乗用車販売台数をみると、18年8月に前年比マイナスに転じ、19年4月から9月にかけて2桁台の大幅なマイナスが続いた(図1)。この背景にも、ノンバンク(注1)に対する信用不安の広がりといった金融部門の問題の影響があることが指摘されている。このほか、20年4月からの新たな排ガス規制の導入(注2)を前にした買い控えなどの影響もあるとみられる。

図1 乗用車販売台数

インドの金融部門は、主に、指定商業銀行(注3)を中心とした銀行部門とノンバンク金融機関部門(注4)からなっている。指定商業銀行では、公的銀行が貸出残高で7割近くと圧倒的なシェアを占めているが、多くの不良債権を抱え、貸出が伸び悩む状況となっていた(図2、3)。こうした中、近年、ノンバンクが貸出を増やしており、貸出残高は、18年3月時点で、全体としては銀行の2割程度、自動車ローンでは銀行とほぼ同規模となっている。しかしながら、18年秋に、大手ノンバンク(注5)で債務不履行が発生し、インド政府が経営に介入する事態に至った。ノンバンクは、一部を除き預金の受入れではなく、主に社債や銀行借入、コマーシャル・ペーパーなどで資金調達を行っているが、これを機にノンバンクに対する信用不安が広がったことから、同セクターの資金繰りも悪化した。こうした状況の下、信用収縮が生じ、これが乗用車販売など個人消費にも影響を与えているとみられている。その後も、19年11月にインド準備銀行が債務不履行に陥った大手住宅金融会社(注6)の破たん処理に乗り出すなどしており、ノンバンクをめぐる状況は落ち着きを取り戻していない。

図2 指定商業銀行の不良債権比率
図3 指定商業銀行の貸出残高(前年比)

こうした中、インドでは、19年2月以降、5会合連続で利下げを実施し、景気の下支えを図っている(前掲コラム1-5 図2)。さらに、インド政府は、19年8月から9月にかけて、相次いで景気対策を発表した。販売が低迷している自動車については、車両登録料の引上げ時期を20年6月まで延期(注7)、20年3月までに購入される自動車の減価償却率を15%から30%に引き上げ、老朽化した公用車の買換えを容認するなどの販売支援策が盛り込まれた。併せて、20年4月からの新たな排ガス規制導入後も、20年3月までに購入した現行基準対応車について登録期間中は走行可能とされた。金融面では、不良債権処理を進めている公的銀行に対して新たに7,000億ルピーの公的資金を投入することを発表した。また、数次の政策金利の引下げにもかかわらず貸出金利がわずかな低下にとどまっている状況に鑑み、10月以降、銀行の個人・中小企業向けの新規融資の金利を政策金利等と連動するよう義務付けた(図4)。インド準備銀行は、12月の金融政策決定会合において、この制度の導入以降、多くの銀行で貸出金利が政策金利と連動するようになり、金融政策の波及の強化が期待されるとしている。

図4 政策金利と新規貸出金利(加重平均)

また、成長と投資を促進するためとして、1.45兆ルピー規模(対18年度GDP比約0.8%)の法人税減税を中心とする減税措置を発表した。具体的には、国内企業について、他の税優遇措置は受けないことを条件に、19年度以降の法人税率を30%から22%に引き下げた(実効税率は約35%から約25%になるとされる)。また、19年10月以降に設立される製造業企業について、他の税優遇措置を受けず、23年3月31日までに生産を開始することを条件に、19年度以降の法人税率を25%から15%に引き下げた(実効税率は約29%から約17%になるとされる)。これまで、インドの法人税率は、アジア新興国の中で比較的高いものとなっていたが、これにより、他のアジア新興国と同様の水準となった(図4)。

さらに、20年2月に発表された20年度予算案では、中間所得層に対する個人所得税の減税が盛り込まれた。

今後、金融緩和や景気対策の効果の発現が期待されるものの、世界経済の減速に加え、国内金融部門の問題もあることから、景気回復には時間がかかる可能性があり、今後の動向には注視が必要である。

図5 アジア新興国・地域の法人税率(2019年)

(注1)NBFCs:Non-Banking financial companies

(注2)インドでは、深刻な大気汚染を背景に、20年4月から新たな排ガス規制(BSVI:Bharat stage VI)が導入予定となっており、以降、新規制に対応しない車の販売が禁止される。他方、現行基準対応車がいつまで使用できるかについて明確にされておらず、買い控えが生じたとみられている。

(注3)SCB:Scheduled Commercial Banks

(注4)NBFCsのほかに、農業・農村開発など特定分野に長期融資を行う全インド金融機関(AIFIs:All India Financial Institutions)とプライマリーディーラーがある。

(注5)インフラストラクチャー・リーシング・アンド・フィナンシャル・サービシズ(IL&FS)

(注6)デワン・ハウジング・ファイナンス(DHFL)

(注7)インド政府は、19年7月に、自動車と二輪車の車両登録料を大幅に引き上げる案(乗用車で600ルピーから5,000ルピーなど)を提示していた。


1 例えば、19年9月4日の国務院常務会議においては、「現在、外部環境が更に複雑で厳しい方向に進み、国内経済の下振れ圧力が増している」との認識が示された。
2 国務院弁公庁「流通発展加速・商業消費促進に関する意見」(19年8月27日発表)。一部大都市で実施されている自動車購入規制の段階的な緩和・撤廃等の自動車の潜在的ニーズの刺激、グリーン・スマート家電製品への買換え支援、ナイトタイムエコノミーの活性化等の20項目からなっている。
3 税外負担の軽減は、企業の社会保険料負担の軽減等。
4 「更なる大規模な減税・費用負担軽減後における中央・地方の収入配分改革推進方案」(19年10月9日発表)。具体的内容としては、16年の税制改革時に実施された増値税収入の配分比率を中央50%、地方50%とする過渡的措置(従来は地方25%)の継続や地方の消費税収入の拡大等。
5 排気量1.6リットル以下の小型乗用車の車両購入税(10%)を引き下げ。税率は09年5%、10年7.5%とされた。
6 補助金支給による家電の農村普及(「家電下郷」)、補助金支給による老朽家電・自動車の買換え促進(「以旧換新」)等が実施された。
7 19年1月29日に発表された消費促進策(「供給を一段と最適化して消費の安定成長を推進し、強大な国内市場の形成を促進する実施法案(2019年)」)では、自動車については、旧排ガス基準対応車からの買換え、新エネルギー車販売、農村部での自動車買換えに対する補助、家電については、省エネ家電、スマート家電の購入補助や高品質な家電製品への買換えに対する補助等が含まれている。
8 09年に実施された家電の農村普及(「家電下郷」)は早期から全国的に実施されていた。
9 4兆元規模の投資のうち、中央政府の予算の負担分は1.18兆元に過ぎなかった。IMFやOECDなどの国際機関では、地方融資平台の債務は予算外(off-budget)であるが、事実上の政府債務であると指摘している。後掲第2-2-37図も参照。
10 中国では、一定規模以下の小規模・零細企業、農家、貧困層等への貸出を「包摂金融貸出」としている。小規模・零細企業の範囲は、18年までは1社あたり与信額500万元未満、19年以降は与信額1,000万元未満の小規模・零細企業及び個人事業主となっている。
11 一定規模以上の企業とは、主な営業収入2,000万元以上の卸売業、500万元以上の小売業、200万元以上の宿泊及び飲食業を指す。
12 中国では、01年から欧州基準をベースとした排ガス基準を導入しており、現在、第5段階の「国5」基準が適用されている。「国6」基準は、20年7月から23年7月までに規制値を2段階(「国6a」と「国6b」)に分けて導入される予定となっている。欧米の先進規制を取り入れつつ、中国の環境政策も考慮した厳しい基準となっており、排出規制値では「国5」基準に比べ40~50%の向上が求められている。
13 18年6月に発表された「青空保護戦勝利三年行動計画」において、京津冀周辺地区、長江デルタ地区などで1年先行して「国6」基準を適用する方針を発表し、上海市・広州市・天津市等では19年7月から施行、北京市では20年1月から施行予定。施行後は、これらの都市においては新車販売が「国6」対応車種に限られるとともに、運転が許可されるのは「国4」「国5」「国6」対応車種に限られることとなった。
14 19年7月15日中国国家統計局記者会見。
15 19年11月11日中国汽車工業協会「19年10月自動車工業経済運行状況」。
16 新エネルギー車として、現在、電気自動車(EV: Electric Vehicle)、プラグインハイブリッド車(PHV: Plug-in Hybrid Vehicle)、燃料電池車(FCV: Fuel Cell Vehicle)が指定されている。
17 17年4月に発表された「自動車産業中長期発展規画」では、乗用車販売に占める新エネルギー車の比率を、25年までに20%とする目標を掲げており、新エネルギー車に対する各種支援策が実施されている。例えば、メーカーへの補助金の給付や、19年からは自動車を生産・または輸入・販売する企業に対し一定比率の新エネルギー車の生産または輸入・販売を義務づける制度が導入されている。なお、19年12月に発表された「新エネルギー自動車産業発展計画(2021~35年)」の素案では、同比率を25%へ引き上げる案が示された。
18 上海など中国国内の主要数都市では、交通渋滞解消や環境対策などを目的として、車両へのナンバープレート発給規制が導入されている。なお、ナンバープレート取得にあたっては抽選または競売が行われる。
19 19年12月12日「2020年中国汽車市場発展予測サミット」。なお、18年の自動車販売台数のうち乗用車は84.4%。
20 都市部新規就業者数は、一定の期間における、都市部の企業等の新規就業人数から離退職者や死傷による減員等の自然減分を引いた人数。
21 都市部調査失業率は、ILO基準に沿って調査され、都市戸籍を持たない農民工も含む都市部常住人口を対象としたもの。18年3月の全人代で初めて目標に取り入れられ、18年4月から定期公表が開始された。
22 製造業購買担当者指数は、製造業の購買担当者に対する調査を基に作成される月次の景況感指数であり、「先月に比べて良い・同じ・悪い」の回答結果を基に算出される。
23 消費者信頼感指数は、期待指数と満足度指数から構成される総合指数。期待指数は、今後6か月間の雇用情勢、世帯収入の状況に対する消費者の予測を総合した指数。満足度指数は、当面の雇用情勢、世帯収入の状況、購入時期に対する消費者の判断を総合した指数。
24 中国国家統計局は、この要因について、4月からの増値税引下げや春節の時期の移動の影響等を挙げている。前者については、4月からの増値税引下げを受け、多くの企業が税控除をより多く受けるため、在庫を増やし、上流企業に3月に前倒しで生産するよう発注したとしている。後者については、通常、春節の4日前から15~20日程度後まで企業の生産経営活動に影響が生じるとしており、19年は春節の影響が2月に集中したが、18年は春節が2月15~21日だったため影響が3月にも及んだことを指摘しており、これも3月の伸びを押し上げたとみられる。
25 この他、20年は春節休暇が1月にあるため、生産が前倒しされた可能性もある。
26 中国工業情報化部次官は、19年7月23日の会見において、「一部の外資系企業が中国から撤退し、一部の国内の加工製造産業もよりコストが安い国で投資と発展の機会を探っている。特に最近では東南アジア、特にベトナムに熱い視線が注がれている」、「移転の規模は大きくはなく、基本的に、ローエンド、ミドルレンジの企業が主である」と述べている。
27 第5世代移動通信システム(5th Generation)。前世代(4G)に比べより高速を実現するとともに、「超低遅延」、「多数同時接続」といった特徴を持ち、IoT時代のICT基盤となるとされる。
28 関(2019)によれば、近年、中国では、産業補助金の総額が増加しているが、その背景の一つに中国政府の産業育成策があり、15年に策定された「中国製造2025」 において重点分野に定められた半導体やAI等への補助金が拡大していることを指摘している。
29 収益性が十分見込まれる公益事業向けの資金調達の目的で、地方政府が発行する債券。財政収入ではなく、投資事業の収益から返済される。
30 国務院「固定資産投資事業資本金管理の強化に関する通知」。
31 バラック地区とは、老朽化により安全面にリスクがあるほか、トイレ等の基礎的な設備が不足する、単純な構造の家屋が密集する地区。
32 政府が低中所得世帯に提供する、分譲価格や賃貸料に上限が設けられている住宅。いくつかの種類があり、それぞれに所得や戸籍などの用件が定められている。
33 ADB(2019) 。
34 新華社通信(19年5月18日)による。
35 African Swine Fever
36 「豚の生産安定、市場への保障供給の関連業務を着実に実施するための支援に関する通知」。
37 「豚の生産の安定と構造転換・高度化の促進に関する意見」。
38 原材料については、前年が比較的高い水準であったことも大幅なマイナスとなった要因の一つとされる。中国国家統計局は、19年11月の-1.4%のうち、昨年の価格変動の要因が-0.9%、新規の要因が-0.5%との試算を示している。
39 本節コラム2-1 中国の中長期的な成長トレンド を参照。
40 12月3日には下院が「ウイグル人権政策法案」を可決。
41 第1章第1節1.米中貿易摩擦下の世界経済 を参照。
42 世界保健機関(WHO)は1月30日に緊急委員会を開催し、新型コロナウイルスに関連した感染症について「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC: Public Health Emergency of International Concern)」 に該当すると宣言した。
43 中国国家衛生健康委員会発表による。SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)発生の際には、中国における感染者(02年11月~03年7月)は5,327人、死亡者は349人であった。
44 省市による違いがあるものの、概して、電力・水・ガス・通信等のインフラ、医療、運輸(物流・公共交通機関)関係の他、食品加工業やスーパー等生活必需品を取り扱う業種が除外されている。
45 特に感染者が多く発生した湖北省では2月14日以降とされた。
46 中国人民銀行、財政部、銀行保険監督管理委員会、証券監督管理委員会、国家外貨管理局「新型コロナウイルス感染肺炎予防抑制への金融支援の一段の強化に関する通知」。

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