第2章 主要地域の経済動向(第1節)
第1節 アメリカ経済
アメリカ経済は、世界金融危機後の2009年6月を景気の谷として、10年以上の長期にわたり景気回復を続けている。本節では、アメリカ経済の最近の動向を振り返り、今後の見通しとリスク要因について整理する。
アメリカ経済を概観すると、個人消費は、良好な雇用・所得環境の下で緩やかな増加が続いている。住宅着工は、住宅ローン金利の低下等を背景に緩やかに増加している。設備投資は、原油価格の下落等による鉱業投資の減少のほか、米中貿易摩擦に伴う不確実性の高まりを受け、減少している。労働市場では、雇用者数は増加が続いており、失業率も歴史的低水準となっている。物価は、FRBが目標とする2%を下回ってはいるものの、安定して推移している。
1.アメリカ経済の動向
アメリカの19年4~6月期、7~9月期、10~12月期の実質経済成長率は、民間設備投資が減少に転じる一方、良好な雇用・所得環境の下、堅調な個人消費に支えられ、それぞれ前期比年率2.0%増、同2.1%増、同2.1%増となった(第2-1-1図)。アメリカ議会予算局(CBO)によると、19年の潜在成長率は2.0%1とされていることから、引き続き潜在成長率並みの成長を維持していると言える。
個人消費は、18年末に行われた政府機関の一部閉鎖2が解除されたことを背景に、4~6月期にその反動増もあり高い寄与になった後、その影響がはく落した7~9月期、10~12月期も、引き続きプラス寄与となっている。住宅投資は、住宅ローン金利の低下の影響を受け、19年7~9月期には17年10~12月期以来7四半期ぶりのプラス寄与となり、続く10~12月期もプラス寄与となった。民間設備投資は、原油価格の下落等による鉱業投資の減少のほか、米中貿易摩擦に伴う不確実性の高まりを受け、4~6月期、7~9月期、10~12月期と3四半期連続でマイナス寄与となった。在庫投資は、1~3月期にプラス寄与となった反動もあり、4~6月期にはマイナス寄与となり、7~9月期は寄与度がほぼ0%となり、10~12月期には再びマイナス寄与となった。政府支出は、政府機関の一部閉鎖の解除を背景とした4~6月期の反動増のあと、その影響がはく落した7~9月期、10~12月期も、後述のとおり8月に債務上限の適用の一時停止及び歳出上限の引上げが決定されたことを受けてプラス寄与となった。純輸出は、4~6月期には、景況感の悪化を背景とした在庫調整の動きにより、輸入が低調となったものの、資本財を中心に輸出の寄与のマイナス幅が大きかったことから、純輸出全体では寄与が大きくマイナスとなった。7~9月期には、4~6月期に輸出を押し下げていた資本財のマイナス幅が縮小したことにより輸出がプラス寄与になったことから、純輸出全体で寄与のマイナス幅が縮小した。10~12月期には、輸入が再び低調となり、純輸出はプラス寄与となった。
アメリカ経済の景気回復の長さを確認すると、世界金融危機後の09年6月を景気の谷として回復が続いており、19年6月で回復期間は11年目に入った。アメリカでは、全米経済研究所(NBER)により1854年以降の景気の山・谷が設定されており、今回の局面の景気回復の長さについては、事後的にNBERが検証して正式に決定されることとなるが、20年1月まで景気の拡大が続いていると仮定すると、今回の景気拡大局面は127か月間となり、景気判断の対象期間である1854年以来、最長となる(第2-1-2表)。
(1)堅調な個人消費と住宅投資
(個人消費は緩やかに増加)
実質個人消費支出は、18年第4四半期から19年第1四半期にかけて、株価の下落、政府機関の一部閉鎖、寒波3等の影響もあって一時的に減少したが、その後は堅調な雇用・所得環境4を背景に再び増加した。19年第3四半期からは増加のテンポが緩やかになっているものの、引き続きアメリカ経済の成長を支えるけん引力となっている(第2-1-3図)。他方、消費者マインドをみると、米中間の貿易政策の不確実性の影響を受け多少の変動がみられるものの、堅調な雇用・所得環境や株価の上昇により支えられ、19年に入っておおむね横ばいで推移している(第2-1-4図)。
(自動車販売台数と住宅着工は、金利低下を背景に上向き)
自動車販売台数と住宅着工は、政策金利の引下げに伴うローン金利の低下等を背景に、19年後半はともに上向き傾向にある。
アメリカ国内の自動車(新車)販売台数は、18年中の利上げで自動車ローン金利が上昇していたこともあり、19年前半は弱含みで推移していたが、19年半ば以降は、自動車ローン金利が低下し始めるとともに、原油価格の下落に伴うガソリン価格の低下も追い風となり、自動車販売台数は年換算1,700万台程度を維持している(第2-1-5図、第2-1-6図、第2-1-7図)。
また、住宅着工件数は、19年に入ってから、年換算120万件程度でおおむね横ばいで推移していたが、19年半ば頃から緩やかに増加し、19年末には3か月移動平均でも140万件程度となるまでに回復した(第2-1-8図)。この背景として、18年後半に5%近くであった住宅ローン金利が、19年に入ってから低下し始め、19年後半には3%後半まで低下したことが挙げられる(第2-1-9図)。
住宅着工の先行きに関しても、先行指標である住宅許可件数及びNAHB住宅市場指数5が19年12月に20年半ぶりの高水準に達するなど(第2-1-10図)比較的良好であるが、供給面の要因に留意する必要がある。
NAHBが19年7月に公表した調査によれば、熟練の建設労働者の不足状況について、19年は「深刻な不足」及び「ある程度不足」と回答した割合はおよそ70%となっており、調査結果が継続して公表されている12年以降、一貫して上昇している(第2-1-11図)。また、過去1年間における労働者不足が業務に与えた影響について質問した調査をみると、87%の回答者が労働コストの増大を挙げ、約80%の回答者が完工の遅れや熟練労働者を雇用する下請業者の不足、住宅価格の値上げを挙げている(第2-1-12図)。ただし、アメリカ主要都市圏における住宅の販売価格を示すケース・シラー住宅価格指数の前年比をみると、18年初旬に6~7%だったものが、19年後半は2%台にまで低下しており(第2-1-13図)、住宅市場における需給ひっ迫感はやや緩和される方向にあることがわかる。
(2)企業部門は製造業を中心に低調
(財輸出は弱含み)
財輸出は、第1章第1節でもみたように、18年半ば以降、中国向け輸出が減少するとともに、世界経済の減速やドル高等を背景に、19年に入ってからは中国以外の国・地域への輸出も低調となり、19年4月以降は弱含みとなっていたが、年末にかけやや改善し横ばいとなった(前掲第1-1-17図、第2-1-14図、第2-1-15図)。
財輸出の前年比でみると、19年4月以降、資本財が大きくマイナスに寄与している。これはボーイング社の新型機が19年3月の墜落事故後に出荷を停止しており、航空機6 が輸出の下押し要因の一つとなっている可能性がある(第2-1-16図)。
19年12月に米中両政府が第1段階の通商交渉合意に達したと発表し、同月に予定されていた追加関税措置の実施が見送られるなど、米中間の通商問題をめぐる動向にはこのところ緊張の緩和もみられることから、輸出の改善に寄与することが期待される7。
(鉱工業生産は弱い動き)
19年入り後の鉱工業生産は、全体として弱い動きとなっている(第2-1-17図、第2-1-18図)。
製造業のうち、自動車及び同部品については、大手自動車メーカーの工場において19年中旬から10月下旬までの40日間にわたりストライキが行われたことにより、9月、10月の生産が一時的ながら押し下げられた。また、航空機については、前述の通りボーイング社新型機の出荷停止が続いている中、20年1月からは同新型機の生産の停止も予定されており、更なる下押し要因となるとみられる。
鉱工業生産の設備稼働率は、上述の生産動向を反映し、19年以降は低下している(第2-1-19図)。
製造業の先行きについては、ISM製造業景況指数をみると、19年7月以降、米中貿易摩擦を背景とした不確実性の高まり等により、新規輸出受注指数が顕著に低下した後、10月以降は米中貿易摩擦の不確実性が幾分解消したことを受け、底打ちの動きがみられるものの、依然中立水準である50を下回って推移していることから(第2-1-20図)、引き続き製造業は弱い動きが続くものとみられる。
(設備投資は減少)
民間設備投資は、18年1月より実施された連邦法人税率の引下げ等を背景に18年は増加基調を維持していた。しかし、第1章第1節でみたように、世界経済の減速や米中貿易摩擦に伴う不確実性の高まり等を背景に、19年4~6月期は前期比年率1.0%減、7~9月期は同2.3%減、10~12月期は同1.5%減となった(第2-1-21図)。民間設備投資の前期比が3四半期連続でマイナスとなるのは、09年1~3月期以来、43四半期ぶりとなる。
内訳をみると、鉱業関連の投資は原油価格の下落等を受けて、18年7~9月期以降マイナス寄与が続いているが、19年4~6月期、7~9月期については、鉱業関連以外の投資もマイナス寄与となっている(第2-1-22図)。機械・機器投資についてみると、17年及び18年は民間設備投資をけん引していたが、19年入り後弱い動きとなっている(第2-1-23図)。機械・機器投資のうち25%のシェアを占める輸送機器投資が、機械・機器投資の低下に大きく寄与しており、前述のボーイング社の新型機の出荷停止により航空機投資が大幅に減少していることが下押し要因となっている(第2-1-24図)。先行きについては、機械・機器投資の先行指標であるコア資本財受注(民間航空機を除いた非国防資本財)をみると、前年比では18年後半から明確な下落基調が続いている中、20年1月以降のボーイング社の新型機の生産停止決定もあり、設備投資は今後も引き続き低調に推移する可能性がある(第2-1-25図)。
(3)改善が続く雇用環境
雇用情勢は全体としては改善が続いている。非農業部門雇用者数の前月差をみると、19年1~12月の平均は17.6万人と、18年の月平均22.3万人と比較すると増加幅はやや縮小しているが、増加が続いている。雇用者数の前月差を部門別にみると、財生産部門とサービス部門で差がみられる。財生産部門は生産が弱含んでいることから、19年1~12月の平均が1.5万人と増加幅が縮小している。サービス部門は19年1~12月の平均が16.1万人となるなど、増加が続いている(第2-1-26図)。業種別にみると、財生産部門では通商問題の動向に係る不透明感もあって、19年後半には減少した月もみられた8。一方、サービス部門では専門サービス業(人材派遣サービス等)や教育・医療を中心に増加が続いている(第2-1-27図、第2-1-28図)。
失業率(U39)は、世界金融危機後、09年10月の10.0%をピークに徐々に低下し、19年9月には3.5%と、1969年11月の3.5%以来、49年10か月ぶりの低水準を記録するなど、FOMC参加者が予測する長期失業率の4.2%(中央値)を大幅に下回る水準で推移している。また、広義の失業率(U610)をみると、19年12月で6.7%となり、94年のデータ集計開始以来、過去最低水準を記録した(第2-1-29図)。
時間当たり名目賃金の伸びは、世界金融危機後の最低水準である12年10月の前年比1.5%から徐々に高まり、18年後半以降同3%を超える水準となっていたが、19年7月以降、伸びがやや低下し、11月には3%を割り込んだ(第2-1-30図)。時間当たり実質賃金の伸びでも同様の傾向がみられる(第2-1-31図)。
失業率が低水準で推移しているにもかかわらず、賃金の伸びがやや低下している背景については、様々な議論があり、例えば労働生産性上昇率が低位にとどまっていること(第2-1-32図)、グローバル化の進展、特にプライムエイジにおける労働参加率の上昇等を背景とした労働需給の緩み等が指摘されている11(第2-1-33図)。
(物価は安定して推移)
PCE総合デフレーター及びPCEコアデフレーターをみると、総合、コアともに19年1月以降低下し、PCE総合デフレーターは7月に、PCEコアデフレーターは6月から8月に一旦は上昇したものの、引き続きFRBが目標とする2%をやや下回りつつも、安定して推移している(前掲第1-2-4図)。
(4)財政政策の動向
(債務上限の適用の一時停止)
アメリカでは、連邦政府の債務残高の上限額が法律によって規定されており12、実際の債務残高がこの法定上限を超えた場合、国債の新規発行を行うことができず、国債の元利払いを含め予算執行に支障が生じることとなる。この上限額については議会の予算編成プロセスを通じた立法によって変更できることから、これまでもしばしば上限額の引上げや適用の一時停止が行われてきた。19年3月2日に2018年超党派予算法13による債務上限の適用の一時停止の期日を迎えたことにより、同日時点の債務残高が新たな法定上限となり、財務省は特別の措置14を実施することにより対応していた。19年8月2日、2019年超党派予算法が成立し、債務上限の適用が21年7月31日まで再び停止されることとなり、デフォルトリスクは回避されることとなった(第2-1-34図)。
(歳出上限の引上げ)
2011年予算管理法(Budget Control Act of 2011)は、翌12年度(11年10月~12年9月)の債務上限の引上げを認める一方で、政府債務の悪化を防ぐために、21年度までの各年度の予算について裁量的経費に歳出上限を設定するものであった。ただし、これまでも歳出上限は、別途法律を定めることで毎年度引き上げられてきており15、20年度及び21年度の歳出上限についても、2019年超党派予算法により、それぞれ1,680億ドル及び1,520億ドルの引上げがなされた(第2-1-35図)。これにより、いわゆる財政の崖(Fiscal Cliff)16も21年度まで回避されることとなった。特に20年度の引上げ額は、2018年超党派予算法に基づく18年、19年の大幅な引上げ額をさらに上回り、予算管理法のベースラインからの引上げ幅は過去最大となった。現在、アメリカの議会は、上院の過半数を共和党が、下院の過半数を民主党が占めるねじれ議会となっており、予算管理法にそれぞれの主張17が盛り込まれたことが、今回の引上げの要因の一つとみられる。
(CBO の見通し)
2019年超党派予算法の成立を踏まえ、CBOは、8月に公表した見通し18において、連邦政府の29年の債務残高を5月の見通しから0.9兆ドル上方修正し、債務残高対GDP比について、19年に78.9%であったのが29年には95.1%まで拡大すると試算している(第2-1-36図)。
また同見通しにおける20年度から29年度までの10年間の累積財政赤字は、19年5月時点の見通しに比べて約0.8兆ドル上方改定されている(第2-1-37図)。赤字幅の拡大の主な要因は2019年超党派予算法の成立であり、これにより赤字が約1.7兆ドル拡大すると試算されている。一方、金利の見通しが低下したことにより、純利払い費の見通しは1.4兆ドル下方改定されている(第2-1-38図)。
なお、19年10月1日から始まる20年度の予算については、2度の暫定予算編成を経て19 、12月20日に成立し、19年度のような政府機関の一部閉鎖といった事態は回避された。同予算には、国防予算の増額や軍隊を含む政府職員の給与の増額、宇宙軍(The Space Force)20の創設などが盛り込まれている。
(5)通商政策の動向
19年後半には、第1章第1節で述べた米中間の貿易摩擦の他にも、アメリカの通商政策でいくつかの動きがみられた。以下では、19年後半に動きのあった主なアメリカの通商政策について整理する。
(EUによるエアバス社への補助金を理由とした追加関税)
アメリカとEUは、2000年代前半に、EUによるエアバス社への補助金、アメリカによるボーイング社への補助金がそれぞれWTO協定に違反するものとして、WTOに対抗措置の承認を求めて提訴していた21。
アメリカは通商第301条に基づき、エアバス社への補助金を理由として、19年4月8日にEUからの輸入品210億ドル相当を追加関税の対象とするリスト案22を公表し、7月1日には40億ドル相当分をリスト案23に追加した。最終版リストはWTOの仲裁結果を踏まえて公表される予定となっていたところ、10月2日、WTOが、アメリカがEUに対して取り得る報告措置の範囲を年間で最大75億ドル、最大で100%の関税と結論付ける報告書を公表したことから、アメリカは同日、EUからの輸入品75億ドル相当を対象とした最終版リストを公表した。10月14日にWTOがアメリカによる対抗措置を正式に承認したことを受けて、アメリカは10月18日より、航空機及び同部品については10%、乳製品やウイスキー等については25%の追加関税賦課を開始した。
その後、EU側はWTOに対し、アメリカによる追加関税措置の差止めを要請したが、12月2日に、WTOが改めてEU側の主張を退ける裁定を示したことを受け、アメリカはEUからの輸入品に対する関税率の引上げや対象項目の拡大を検討する旨を公表した。12月12日、現在の関税賦課対象項目及び4月、7月のリスト案に掲載された対象項目に最大100%の追加関税を賦課することについて、20年1月13日まで意見公募が行われ、2月14日、アメリカは、3月18日から航空機への追加関税率を10%から15%へ引き上げる旨を公表した24。
(フランスによるデジタルサービス税の導入を理由とした追加関税)
19年7月10日、商務省は、通商法第301条に基づき、フランスによるデジタルサービス税25の導入による影響等についての調査を開始した。7月26日には、トランプ大統領が記者会見及びツイッターで、フランスからのワインの輸入に追加関税を賦課する旨を示唆し、その動向が注目されていた。
8月26日、マクロン大統領が、トランプ大統領とのG7首脳会議後の共同会見において、アメリカとフランスはデジタルサービス税に関して共に障壁を乗り越えていくことで合意をしたと述べるとともに、デジタルサービスに対する国際的な課税26が実施されれば、フランスのデジタルサービス税は廃止し、フランスの課税システムの下でこれまで支払われたすべてのデジタルサービス税は返金する方針を表明した。
19年12月2日、アメリカ政府は、フランスからの輸入品24億ドル相当に最大100%の追加関税を賦課することを検討していると発表するとともに、リスト案を提示した。20年1月22日、フランスが19年に導入したデジタル課税の徴収を20年末まで停止することと引き換えに、アメリカがフランス産ワイン等への追加関税措置を実施しないことで、米仏両政府は合意したが、アメリカ政府は、デジタルサービス税の導入を開始・検討している他の欧州諸国への追加関税措置の可能性にも言及しており、追加関税措置をめぐる動きは今後も続くものとみられる。
(鉄鋼・アルミニウムの輸入に対する追加関税)
アメリカは、通商拡大法第232条に基づき、安全保障を理由として、18年3月23日より、各国から輸入される鉄鋼及びアルミニウムに対して、それぞれ25%、10%の追加関税を賦課している。当初、EU、カナダ、メキシコ、韓国、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンの7か国・地域については、アメリカとの間で安全保障上の脅威に対処するための代替的手段を議論している途上にあるとし、適用除外とした27。
そのような状況の中、19年12月2日、トランプ大統領はツイッターで、ブラジル、アルゼンチンが自国通貨の切下げを行っている28として、両国から輸入する鉄鋼及びアルミニウムに直ちに追加関税を賦課する旨を表明した。その後、アメリカ政府からは正式発表はなされていないが、ブラジルのボルソナロ大統領は、12月20日、トランプ大統領が電話会談の際に、ブラジルから輸入する鉄鋼とアルミニウムに関税を賦課しない方針を表明したと発表している。
(自動車に対する追加関税)
トランプ大統領は、18年5月23日、安全保障を理由にした貿易制裁を認める規定を有する通商拡大法第232条に基づき、輸入自動車(乗用車の他、トラックや部品を含む)がアメリカの安全保障に与える影響を商務省に調査するよう命じ、商務省は、19年2月17日、自動車及び同部品の輸入が国家安全保障に与える影響についての調査結果をトランプ大統領に提出したことを明らかにした29。通商拡大法第232条の規定では、大統領は調査結果を受領後、90日以内(5月18日まで)に内容を確認の上、勧告されている措置について対応を決定することとされており、トランプ大統領は5月17日に最大180日間(11月13日まで)の延期を決定していたが、期日までに対応が公表されることはなかった30(第2-1-39表)。
なお、EU側は、19年7月23日、通商担当のマルムストローム欧州委員が、アメリカによる自動車関税への対抗措置として、アメリカからの輸入品350億ユーロ相当を対象に追加関税措置を実施する可能性があることを明らかにしたが、20年1月現在、関税賦課開始日や対象項目等の詳細は公表されていない。
(タイに対する一般特恵関税措置の一部停止)
19年10月25日、アメリカ政府は、タイが労働者の権利を十分に保護していないとして、20年4月25日より、タイに対する一般特恵関税制度(GSP:Generalized System of Preference)31を一部32停止する旨を公表した。ただし、一般特恵制度停止の対象となるのは、タイからの輸入品の一部33であることから、その影響は限定的であると考えられる(第2-1-40図)。
(USMCA批准の動向)
NAFTAに代わる新協定であるUSMCA34は、18年11月30日にアメリカ・メキシコ・カナダ間で署名された。メキシコでは、19年6月に議会において批准がなされたが、アメリカでは、下院民主党が修正を要求して批准がなされない状態が続き、カナダもアメリカの動向を注視するとして批准が行われなかった。
そのような中、19年12月10日、アメリカのペロシ下院議長(民主党)は、USMCAの修正案について、下院民主党と政府との間で合意がなされたと発表し、同日、アメリカ・メキシコ・カナダの間で署名がなされた。修正案では、(1)メキシコにおける労働基準監視体制の強化、(2)バイオ医薬品について10年間の特許保護期間を設定する条項の削除、(3)環境保護対策の強化等が盛り込まれている。その後、メキシコにおいては12月12日に批准手続きがなされ、アメリカにおいては20年1月29日にトランプ大統領の署名により批准手続きが完了した。カナダにおいても批准がなされる見込みであり、USMCAは、当初目指していた20年1月1日からの発効からは遅れるものの、20年中の発効が見込まれている35。
アメリカ・カナダ・メキシコ間の輸出入の規模を確認すると、カナダ、メキシコのGDPに対するアメリカとの輸出入の割合が大きく、USMCAの影響の大きさがうかがえる。輸出については、18年において、アメリカのGDPに対するカナダ向け輸出、メキシコ向け輸出の割合が、それぞれ1.5%、1.3%であるのに対し、カナダのGDPに対するアメリカ向け輸出は19.5%、メキシコのGDPに対するアメリカ向け輸出は28.3%となっている。輸入については、18年において、アメリカのGDPに対するカナダからの輸入、メキシコからの輸入の割合が、それぞれ1.5%、1.7%であるのに対し、カナダのGDPに対するアメリカからの輸入の割合は17.6%、メキシコのGDPに対するアメリカからの輸入の割合は21.7%となっている(第2-1-41図)。
アメリカとカナダ、メキシコとの輸出入の内訳を確認すると、USMCAの成立により大きな影響を受けると見込まれる自動車及び同部品の占める割合が大きいことが分かる(第2-1-42図、第2-1-43図、第2-1-44図、第2-1-45図)。アメリカのカナダ、メキシコへの輸出については、自動車及び同部品の占める割合が、18年においてそれぞれ17.4%、8.3%となっている。また、アメリカのカナダ、メキシコからの輸入については、自動車及び同部品の占める割合が、18年においてそれぞれ16.7%、26.9%となっている。
2.アメリカ経済の見通しと主なリスク要因
(1)アメリカ経済の見通し
19年のアメリカ経済は、18年1月から実施されている大規模な税制改革や歳出拡大等により約3%の成長率を実現した18年と比較すると成長が鈍化するものの、堅調な雇用・所得環境に支えられた個人消費の増加等から、成長率は2.3%となった。20年以降については、各種機関による経済見通しをみると、ばらつきがあるものの、2%程度とされる潜在成長率と同程度の成長が続くことが見込まれている(第2-1-46表)。
(2)アメリカ経済の主なリスク要因
上述の通り、潜在成長率と同程度の成長が続くと見込まれるアメリカ経済であるが、政策等に関するリスクが存在している。
アメリカの経済政策不確実性指数(Economic Policy Uncertainty Indexの動向を確認すると、総合指数は、トランプ大統領の就任が決まった16年11月に大きく上昇した後、一旦は低下傾向を示してきたが、19年後半には再び高まりを見せ、高めの水準で推移している(第2-1-47(1)図)。指数を政策別に分けてみると、財政政策については比較的落ち着いているものの、貿易政策と金融政策については8月に上昇を示している(第2-1-47(2)図、第2-1-47(3)図、第2-1-47(4)図)。これは、8月に入り、米中間の通商問題をめぐる緊張が再度増大したこと、7月30、31日のFOMC会合において、10年半ぶりに政策金利を引き下げるとともにバランスシートの縮小を予定より2か月前倒しで終了することが決定され、その後の金融政策の見通しに関する不透明感が高まったことなどが背景にあると考えられる。
(通商政策の動向)
世界的なサプライチェーンが構築され、企業活動のグローバル化が進む中で、トランプ政権が進める貿易制限的な通商政策の展開は不確実性が極めて高いと考えられる。19年12月に中国との間で第1段階合意に達するなど、通商問題をめぐる動向には一定の進展があったが、19年末以降には、前述のとおり、欧州諸国に対して更なる追加関税措置を実施する動きもみられる。貿易制限的な通商政策が再び推し進められた場合には、相手国による報復措置も加わり、世界的な貿易・投資の縮小をもたらす可能性がある。
(企業債務の動向)
引き続き景気の回復が続いているアメリカ経済であるが、企業債務の増加には注意が必要である。企業部門の債務残高対GDP比をみると、08年9月のリーマンショックに端を発する世界金融危機後、家計部門が低下傾向であるのに対し、企業部門は世界金融危機時の水準を超え、増加傾向となっており(第2-1-48図)、アメリカ経済のリスクの一つとなっている。
19年10月のFOMC会合では、目下のところは金融市場が不安定となるリスクは全般的には高くないとしつつも、FOMC参加者によりいくつかの懸念点が示された。具体的には、(1)企業債務が高水準となる中、信用の質の悪化に対する懸念が高まっており、社債のスプレッドの急速な拡大を招きかねない状況となっている点、(2)自己資本比率を引き上げるべき時に、逆に引下げを行っている銀行が存在する点、(3)株や債券などのリスク資産の相場が、過去の水準と比べ割高である点、等が指摘された。
(金融政策の動向)
FRBは、19年7月に10年半ぶりの政策金利引下げを行い、9月、10月と3会合連続で政策金利を引き下げた。19年12月、20年1月の会合では政策金利を据え置くとともに、当面は政策金利を据え置くことを示唆したが、今度、FRBの政策運営方針と市場の期待との間に大きなかい離が生じた場合には、アメリカの金融資本市場、さらには実体経済に影響を与えるリスクに留意する必要がある。
(財政政策の動向)
19年12月12日に20年度予算が成立したことにより、18年12月から19年1月にかけて生じたような政府機関の一部閉鎖は回避されることとなった。ただし、19年8月に2019年超党派予算法が成立し、連邦政府の債務上限の適用が一時停止されるとともに、歳出上限が拡大されていることから、財政赤字の拡大が懸念されている。