第2章 主要地域の経済動向(第4節)

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第4節 ヨーロッパ経済

本節では、ヨーロッパ経済の最近の動向を振り返るとともに、英国のEU離脱が英国経済に与える影響やイタリアの19年度予算案をめぐる動き等、ヨーロッパ経済にとって重大な政策不確実性をもたらしている事象を取り上げて概観1した上で、今後の見通しとリスク要因を整理する。

1.ユーロ圏と英国の経済動向

(1)ユーロ圏経済の動向

ユーロ圏経済は、EUにおける乗用車等の国際調和排出ガス・燃費試験法(WLTP)2導入等の一時的要因により、18年後半以降、ドイツの景気が足踏み状態となるなど一部に弱さがみられるものの、引き続き緩やかに回復している。個人消費や設備投資といった内需については、緩やかに増加を続ける一方、17年の景気をけん引していた輸出は、外需の伸びの鈍化により、18年後半以降はおおむね横ばいとなっている。先行きについては、基調としては緩やかな回復傾向で推移することが期待されるが、通商問題の動向が世界経済に与える影響や、英国のEU離脱問題やイタリアの財政問題等、政策に関する不確実性の影響等によっては景気が下振れするリスクがある。

(一部に弱さがみられるものの、緩やかな回復が続く)

ユーロ圏の実質経済成長率は、7~9月期は前期比年率0.6%、10~12月期同0.8%となり、13年4~6月期以降18年10~12月期までで23四半期連続のプラス成長となるなど、全体としては緩やかな回復が続いている。個人消費が雇用の増加及び賃金上昇等による所得環境の改善を背景に緩やかながら増加を続けているほか、設備投資も高稼働率と緩和的な資金調達環境の下で緩やかに増加するなど、内需がユーロ圏の景気回復を支えている。一方で、外需の伸びが鈍化したことから、ドイツにおけるWLTPへの対応の遅れ等の特殊要因も加わって輸出がおおむね横ばいで推移していることを受け、18年後半以降、景気回復のペースは徐々に鈍化している(第2-4-1図)。

主要国別にみると、18年後半はいずれの国においても景気の回復ペースは鈍化しているものの、その度合いにはばらつきがみられる(第2-4-2図)。これまでユーロ圏全体の景気をけん引してきたドイツの景気が足踏み状態となったことに加え、イタリアの景気は弱含んでいる。一方で、フランス及びスペインの景気は緩やかな回復が続き、ユーロ圏経済を下支えした。

ドイツでは、18年9月のWLTPの導入に伴う対応の遅れによる影響の長期化等により、7~9月期の実質経済成長率は前期比年率-0.8%と14四半期ぶりのマイナス成長となった後、10~12月期も同0.1%の低成長となった。

イタリアでは、労働生産性の伸びの低迷に伴う潜在成長率の低下3といった構造的要因に加え、19年度予算案をめぐる政治的・政策的不確実性の高まりが財政リスクプレミアムの上昇をもたらし(後掲第2-4-53図)、景気を下押ししている。国債金利の上昇は銀行の自己資本比率低下を通じて貸出金利の上昇を招いていることから、企業の資金調達環境は悪化している。企業の景況感の悪化や雇用情勢の改善の遅れも手伝って、投資及び消費が共に減少し、実質経済成長率は7~9月期同-0.5%、10~12月期同-0.9%と2四半期連続でマイナス成長となり(後掲第2-4-56図)、景気後退入りしたとみられる。

他方、フランスの実質経済成長率は、18年前半の悪天候やストライキ等による低成長から若干持ち直し、7~9月期は同1.1%、10~12月期も「黄色いベスト運動」の影響によりサービス業を中心に内需が弱含んだものの、輸出が特殊要因4により大幅に増加したため同1.1%となった。スペインも雇用情勢及び賃金の改善が継続する中、堅調な消費に支えられて7~9月期同2.2%、10~12月期同2.8%となり、ユーロ圏の景気回復を下支えした。

第2-4-1図 ユーロ圏の実質経済成長率
第2-4-2図 ユーロ圏主要国の実質経済成長率
(雇用情勢の改善等から個人消費は緩やかながら増加)

ユーロ圏の個人消費は緩やかながら増加している。18年後半に入り、消費の増加ペースは鈍化しつつあるものの、引き続き景気の回復をけん引した(第2-4-3図)5。これは、雇用情勢の改善が続いていることを受け、賃金上昇率が16年半ば以降2%前後で安定的に推移し、家計の所得環境が改善していることが大きく寄与したとみられる(第2-4-4図)。また、消費者信頼感指数をみると、18年後半に入り低下傾向にはあるものの、引き続き欧州政府債務危機後の回復トレンド上にある(第2-4-5図)。こうしたことから、個人消費は引き続きユーロ圏の緩やかな回復を支えていくことが期待される。ただし、18年に入ってからドイツを筆頭に、将来のリスクに備えて家計貯蓄率が上昇傾向にあることから(第2-4-6図)、19年は所得環境の改善度合いほどには消費が伸びない可能性もある。

第2-4-3図 ユーロ圏の個人消費・小売売上
第2-4-4図 ユーロ圏の賃金・可処分所得
第2-4-5図 ユーロ圏、ドイツの消費者信頼感指数
第2-4-6図 ユーロ圏主要国の家計貯蓄率

コラム2-3:乗用車の新排出ガス・燃費試験法(WLTP)の全面施行による経済への影響

ユーロ圏の18年後半の実質経済成長率は年前半に比べ大きく鈍化した。この要因の一つとして、EUにおける乗用車(注1)等の国際調和排出ガス・燃費試験法(WLTP:Worldwide harmonized Light vehicles Test Procedure(注2)の導入に伴う自動車業界の混乱が挙げられる。

WLTPは、従来各国・地域が独自に設定していた排出ガス・燃費試験法を統一し、より実走行に近い条件で二酸化炭素排出量や燃費を測定することを目的としたものであり、14年3月の国際連合自動車基準調和世界フォーラムにおいて、その世界統一技術規則が採択された。EUでは、従来の独自の試験法(新欧州ドライビング・サイクル)に代えて、17年9月に乗用車及び一部の小型商用車の新車種を対象として一部施行を開始、1年間の移行期間を経て、18年9月以降は新規登録される新旧全ての車種を対象とする全面施行に移行した(図1)。WLTPによる測定値は従来法と比べて、二酸化炭素排出量が1.1~1.4倍高く、また燃料消費も平均して10~20%程度高く出ると報告されており(注3)、認証のハードルを事実上高めたとされる。

図1 EUにおけるWLTP導入の流れ

1.消費への影響

WLTPに基づく認証を取得できない車は18年9月1日以降新車として販売できなくなることから、WLTPの全面施行を控えた7~8月にかけて、在庫一掃のための大幅な値引きが行われた。この結果、可処分所得や高額商品購買意欲が特段高まっていないにもかかわらず(図2)、新規乗用車登録台数は一時的に大きく増加した(図3)。実際に消費者が購入しただけでなく、新古車として9月以降も合法的に販売することを目的としたディーラー店による新規乗用車登録も急増したと言われている(注4)。ユーロ圏の新規乗用車登録台数の約3割を占めるドイツでは、7~8月の新規乗用車登録台数は、それぞれ前年同月比12.3%、同24.7%と急増した後、9月に同-30.5%と急減した。9月の急減は、7~8月の大幅な値引きによる需要の先食い及び新古車が安価に大量に市場に出回ることによる新車需要の代替といった需要側の要因に加え(注5)、WLTPの認証が乗用車生産に追い付かないという供給側の制約もあったとみられる。ユーロ圏、ドイツの新規乗用車登録台数は、19年1月にはユーロ圏同-5.5%、ドイツ同-1.4%と改善したものの、依然マイナス圏内で推移している。

図2 ユーロ圏、ドイツの所得環境と購買意欲
図3 新規乗用車登録台数

2.製造業生産・輸出への影響

WLTPの施行は、製造業生産にも大きな影響を及ぼした。特に、ドイツの自動車大手メーカーの中にはWLTPへの対応が遅れ、8月から9月後半にかけて生産ラインの一部休止や稼動日調整等を余儀なくされたところもあり(注6)、ドイツの乗用車生産台数は前年同月比で8月-31.4%、9月-23.1%と大幅に減少した(注7)。ドイツでは、道路運送車両等の生産が製造業生産の18%(15年)を占めており、道路運送車両等の生産の低迷はドイツの製造業生産全体の低迷につながるとともに、ユーロ圏全体でも同様の動きがみられることとなった(図4)(注8)

図4 ユーロ圏、ドイツの生産

こうした製造業生産の低迷は、ドイツの財輸出の減少としても表れた(図5)。ドイツの財輸出金額の18%(17年)を占める道路運送車両等の輸出の減少は財輸出全体の減少をもたらし、18年7~9月期の実質経済成長率がマイナスに転ずる主要因ともなった(図6)。

図5 ドイツの財輸出
図6 ドイツの実質経済成長率

以上でみた通り、WLTPの全面施行は、18年半ば以降のドイツの製造業生産や輸出に大きな影響を与えた。その影響が当初の見込みよりも長引いたことから、19年のドイツ政府による実質経済成長率の見通しも18年秋以降断続的に下方改定され(注9)、19年の見通しも19年1月時点で1%とするなど、潜在成長率を大きく下回る見込みとなっている。ドイツ経済の弱さを受けて、OECDによるユーロ圏の19年経済見通し(19年3月時点)も、潜在成長率を大幅に下回る0.7%とされている。ドイツの生産や受注をみると、道路運送車両等では18年末以降ようやくWLTPの影響からの回復の兆しもみられ始めているものの(前掲図4、図7)、全体としては弱い動きが続いている。

図7 ドイツの製造業受注

(注1)WLTPの対象となる軽車両(Light vehicle)は、乗用車と小型商用車(車体総重量3,500kg以下の商用車)を合わせたもので、EUにおける自動車生産台数(17年)のうち97.4%(うち乗用車86.6%、小型商用車10.8%)を占めている。

(注2)EUではWLTPの段階的な導入を図っており、乗用車とクラスIの小型商用車(車体の参考重量が1,305kg以下)については、新車種は17年9月以降、全車種は18年9月以降WLTP認証に一本化、クラスII(車体の参考重量が1,305kg超、1,760kg以下)及びクラスIII(同1,760kg超、3,500kg以下)の小型商用車については、新車種は18年9月以降、全車種は19年9月以降WLTP認証に一本化するとしている。日本においても新車種の乗用車は18年10月より導入されており、全車種は20年9月より導入予定である(18年時点で米国や中国では未導入)。またEUでは、WLTPが全面施行される18年9月から、実路走行排気(RDE:Real Driving Emissions)試験も全車種に対し適用となった。WLTPは二酸化炭素排出量や燃費に対するラボ試験であるが、RDEは窒素酸化物や粒子状物質数に対する実路走行試験である。

(注3)二酸化炭素排出量については、欧州委員会(17年)、燃料消費については、国際連合欧州経済委員会(17年)による。

(注4)18年9月のWLTP全面施行直前に、在庫車にナンバープレートを付けて新古車とすることで、WLTP認証を受けない中古車市場で販売することを目的としたもの。ヨーロッパ最大手の自動車専門の市場調査・コンサルティング会社であるAutovistaによると、新車登録台数のうち、実際に消費者に販売された台数とディーラー店が新古車とすることを目的として駆込みで登録した台数の内訳は不明ではあるものの、相当な台数がディーラー店による登録ではないかとしている。

(注5)ドイツの18年10月の中古車登録台数は前年同月比8.7%と8~9月の減少から一転し、16年8月の同9.1%以来の高い伸びとなった。

(注6)WLTPは従来の認証法に比べ、走行距離や走行時間が長く設定されており、またオプション装備も含め各車両の仕様も考慮に入れて測定する必要があるため、検査実施により多くの工数(作業量)がかかる。一部大手自動車メーカーでは、15年9月以降相次いで発覚したディーゼル車排出ガス不正問題への対応に追われ、試験装置や検査員の不足により検査が滞っており、検査待ちの車両の保管台数を抑制するために生産調整をしていることなどが報告されている。

(注7)ドイツ自動車工業会(VDA)による。

(注8)ドイツはユーロ圏の製造業生産(15年)の33%を占める。なお、ユーロ圏の乗用車生産台数(17年)に占めるドイツのシェアは約46%と試算される(欧州自動車工業会の生産台数統計でデータが未公表とされるクロアチア、デンマークの生産台数を仮に0として算出)。

(注9)18年9月27日にドイツの5大経済研究所が公表した成長見通しにおいては、WLTPによるマクロ経済への負の影響はあるものの、10~12月期には大きく持ち直すとされていた。ドイツ連邦経済エネルギー省の秋季経済見通し(18年10月)では、「WLTPの導入が車両認証手続の遅延につながり、生産と輸出へ一時的なマイナスの影響を与えた」と指摘するとともに18年の成長率見通しを4月予測の2.3%から1.8%に引き下げた。その後12月には更に1.5~1.6%に引き下げた。

(機械設備投資は緩やかに増加)

ユーロ圏の機械設備投資は、高稼働率や労働市場のひっ迫、緩和的な金融政策等を背景に、17年末に世界金融危機直前の水準に回復し、18年以降は緩やかに増加している。主要国別にみると、18年7~9月期は企業の資金調達環境が著しく悪化したイタリアを除き、ドイツ、フランス、スペインでは、増加ペースを落としつつも景気回復を個人消費と共に支えた(第2-4-7図)。

設備稼働率をみると、生産の持ち直しに伴い、17年後半に急速に上昇し、18年に入ってからは世界金融危機発生前に匹敵する高水準でおおむね横ばいとなっている(第2-4-8図)。特にドイツでは、設備不足を生産の制約要因6として指摘する企業の割合が増加していることから、企業の生産能力増強投資に対する需要は当面高い状況が続くと見込まれる。

ユーロ圏の設備投資計画をみても、18年は17年と比較して総じて高い伸びとなっている(第2-4-9図)。緩和的な金融政策の下で金融機関の貸出条件も緩和的な状況が続いていることから(第2-4-10図)、機械設備投資は引き続きユーロ圏の景気の回復を消費と共に支えていくことが見込まれる。

第2-4-7図 ユーロ圏の機械設備投資(国別)
第2-4-8図 ユーロ圏主要国の設備稼働率

ただし、18年半ば以降、(1)世界的な貿易の伸びが急速に鈍化していること、(2)実体経済においても輸出及び生産がそれまでの持ち直しからおおむね横ばいの動きに転じていること、そうした中で(3)政治的・政策的不確実性の高まり等もあって企業の景況感が急速に悪化7していること、更には(4)資金調達環境が今後従前よりも幾分厳格になること見込まれる8ことから、19年の設備投資の増加ペースは18年よりも鈍化する可能性がある。

第2-4-9図 ユーロ圏の機械設備投資計画
第2-4-10図 ユーロ圏の貸出態度・資金需要

建設投資(非住宅及び住宅)9は、世界金融危機前の水準を依然下回っているものの(第2-4-11図)、景気の緩やかな回復や緩和的な金融政策にも支えられて回復が続いている。ただし、7~9月期については、高い伸びとなった前期からの反動もあり非住宅投資がマイナスとなったため横ばいとなったが、資金調達環境が悪化したイタリアを除く主要3か国では、引き続き回復している(第2-4-12図)。更に建設業の景況感及び建設受注をみると、世界金融危機直前の水準に回復しつつあり、欧州中央銀行(ECB)が極めて緩和的な金融政策スタンスを当面維持するとしている中、建設投資は基調としては緩やかな回復が続くと見込まれる(第2-4-13図)。なお、住宅投資については、18年に入って以降は前期比年率3%台で推移しており、緩やかな回復が続いている。住宅価格はドイツを中心に上昇が続いていることから、住宅投資の回復は19年も続くことが見込まれる(第2-4-14図)。

第2-4-11図 ユーロ圏の建設投資(長期)
第2-4-12図 ユーロ圏の建設投資(国別)
第2-4-13図 ユーロ圏の建設業景況感
第2-4-14図 ユーロ圏、ドイツの住宅価格

コラム2-4:ドイツにおける供給制約

ドイツでは17年後半以降、経済成長の制約要因として、需要不足よりも供給面における労働力や設備・原材料の不足を挙げる企業の割合が急速に高まっている。18年7~9月期にマイナス成長となった後、10~12月期もおおむね横ばいにとどまったにもかかわらず、供給面の不足を挙げる企業の割合は、需要不足を挙げる企業割合を依然大きく上回っている(図1)。このような供給制約の存在は、16年以降潜在成長率を上回る成長率で回復してきたドイツ経済、ひいてはユーロ圏経済の足かせとなっているとの指摘がある。

図1 ドイツにおける供給制約

供給制約に直面している産業としては建設業と製造業が挙げられる。建設業については、欧州中央銀行(ECB)による大規模な金融緩和政策が続いていることや、15年に移民が大幅に増加したことから、住宅需要が拡大し建設受注が急増していることを背景に、建設現場での人手不足等の供給制約が深刻化していることが指摘されている(注1)(図2(1))。そこでドイツの住宅建設許可件数と住宅建設完了件数をみると、両件数ともに世界金融危機以降増加に転じているが、15年頃から両件数の差が拡大している(図2(2))。これは、例えば、必要な技能を有する労働者や建設資材の確保が追い付かないといった理由により、住宅需要の急増に対して住宅建設の完了が遅延している可能性が考えられる。

図2 住宅市場の動向

次に、製造業における供給制約の状況について、資本と労働の2つの生産要素の側面からみていく。

1.資本

製造業における既存設備の稼働状況を設備稼働率で確認すると、08年の世界金融危機の際大きく低下した後、一旦86.9%まで持ち直している。その後は、欧州政府債務危機等により82.1%に低下した後、14年より84%台でおおむね横ばいで推移していたが、16年末以降再度上昇に転じ、18年1~3月期には88.2%と、金融危機直前の最高値である07年の4~6月期の88.8%に迫る値となった(図3(1))。一方、企業の能力増強投資の実施状況を機械設備投資率(機械設備投資対GDP比)で確認すると、08年7~9月は7.7%であったものが、世界金融危機後は低調に推移し、直近の18年7~9月は6.2%となっている(図3(2))。

図3 設備稼働率と投資率

このように、世界金融危機や欧州政府債務危機を経て、企業は新規投資を抑制する傾向にあり、16年以降の景気回復に伴い顕在化し始めた供給制約に対しては、既存設備の稼働率を高めることで対応してきたと考えられる。当面、企業の供給制約感は持続すると考えられるが、18年に入り外需・内需共に17年ほどの強さはみられなくなっていることから、資本面からの供給制約は、今後徐々に需要面から緩和されていくものとみられる。18年以降の需要動向を確認するため、製造業PMIの新規受注指数や新規輸出受注指数をみると、どちらも中立水準である50を下回っている(図4)。前掲図1をみても、需要不足を挙げる企業の割合は高まっており、また、前掲図3(1)からも18年4~6月期以降、設備稼働率がわずかながら低下していることがうかがえる。

図4 製造業PMIの受注動向

2.労働力

ドイツの雇用情勢を概観すると、05年以降、失業率は低下傾向にある。直近のデータ(18年12月)によると3.3%と、東西ドイツ統一以来の最低水準となっている(図5(1))。また、製造業PMIの雇用指数をみると、18年に入りやや低下傾向となっているものの、引き続き中立水準である50を大きく上回っており、雇用情勢は堅調さを維持していることがうかがえる(図5(2))。労働需給のひっ迫度合を評価するため、NAIRUとの比較で現在の失業率をみると(注2)、12年以降、実際の失業率がNAIRUを断続的に下回り、しかも、NAIRUとの差は17年以降拡大している(図6(1))。

図5 失業率(ILO基準)と製造業PMI雇用指数
図6 労働市場のひっ迫

なお、失業率の低下に伴い、欠員率も13年7~9月期以降持続的に上昇している(図6(2))。この問題の解決に向け、ドイツでは欧州委員会の勧告もあり労働参加率の向上に取り組んでいる。19年度予算においては職業訓練や職業教育を充実させ、企業が必要としている技能・知識を有する労働者の育成に10億ユーロを充てるとしている。

このように、ドイツの労働市場はほぼ完全雇用状態が続いており、企業にとっては人手不足感、つまり労働力の側面からも供給制約感が高まっているものとみられる。今後の見通しとしては、資本面からの供給制約と同様に、内外の景気の回復ペースの減速に伴って労働面からの供給制約もある程度緩和されると考えられる。ただし、労働面からの供給制約が資本面からの供給制約と異なる点は、既に12年の段階で実際の失業率がNAIRUを下回っていることからもうかがわれるように、単なる総需要の変動による影響とは別に、労働市場の構造的な変化により労働需給がひっ迫している側面が存在することである。

具体的には、他の先進国と同様、ドイツにおいても少子高齢化により、生産年齢人口が一貫して減少傾向にあることである(図7(1))。ドイツではそれを高齢者や女性の雇用促進等の労働参加率の上昇(注3)や移民の流入(注4)によって補ってきた面がある。労働参加率の動向をみると、04年の57.6%を底にその後上昇傾向に転じ、17年は60.5%まで上昇しているものの、頭打ち感もみられ、労働参加率の更なる上昇は見込み難い(図7(2))。また、全産業の労働者数に占める移民就業者数の割合をみると、05年の16.1%から17年には21.1%に上昇しており(前掲図7(1))、移民がある程度労働力の不足を補ってきたとみられるが、15年頃から移民の増加に対する社会的な抵抗も高まっていることから(注5)、移民労働者のさらなる活用は必ずしも容易ではない状況となっている。

図7 生産年齢人口と労働参加率

(注1)Deutsche Bundesbank(2018)は、ドイツの建設業では設備稼働率が極めて高く、熟練労働者の不足が生産のボトルネックになっている企業の割合が高くなっているとのifo経済研究所による指摘を例示しながら、建設業がフル稼働状態にあることを示す証拠が多く挙がっていると述べている。

(注2)NAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment:インフレ非加速的失業率)とは、労働市場が完全雇用にある時の失業率であり、インフレを加速も減速もさせない失業率。

(注3)シュレーダー政権の2000年前半に、ドイツでは労働市場改革が実施され、解雇規制、有期労働契約制限、派遣労働の規制緩和等が実施された(労働市場改革案を提示した人物の名から通称「ハルツ改革」と呼ばれている)。ケルンドイツ経済研究所(IW)によると、労働市場改革の結果、女性や高齢者が働きやすくなったとの指摘もある(労働政策研究・研修機構(2012年)、内閣府(2016))

(注4)ドイツ政府は18年10月2日、EU域外の専門技能を有する人材の確保を目的とする新移民法案を閣議決定した。ドイツでは、従来、人材不足が認定された職種を除いて、企業に対して国内の失業者を優先的に採用するよう義務付けていたが、原則廃止となる。また、新たな法案では、就労査証の申請者を年齢、学歴、語学力等で格付けし、就労許可手続の簡素化や透明化を図っている。

(注5)18年10月14日にバイエルン州、28日にヘッセン州で実施された州議会選挙では、与党キリスト教民主同盟及び姉妹政党であるキリスト教社会同盟が大幅に議席を減らし、代わって難民や移民の流入に反対するドイツのための選択肢(AfD)等の野党が躍進した。

(外需の伸びの鈍化を背景に輸出はおおむね横ばい)

17年のユーロ圏経済の回復をけん引した輸出は、18年後半以降、おおむね横ばいで推移している。これは、米中貿易摩擦の高まりに加え、中国の景気が緩やかな減速に転じたこと、英国のEU離脱に係る不確実性の高まりに伴い外需の伸びが鈍化したことによる。特に、17年と比べ中国向け輸出の伸びが大きく鈍化したこと、英国向け輸出の減少が続いていることが大きい(第2-4-15図)。さらに、WLTPの導入に伴う自動車生産の低迷が制約として働いたこと、実質実効ベースでみたユーロの増価も輸出の下押し要因となったと考えられる(第2-4-16図)。

また、輸出受注に対する企業の景況感(製造業PMI)をみると、17年11月に史上最高を記録した後急速に低下し、18年10月には約5年半ぶりに中立水準である50を割り込み、その後も下落し続けており(第2-4-17図)、輸出の伸びは今後更に鈍化する可能性がある。

第2-4-15図 ユーロ圏の財輸出(仕向先)
第2-4-16図 ユーロの実質実効為替レート
第2-4-17図 ユーロ圏の製造業PMI新規輸出受注指数
(外需の減速により生産は弱い動き)

ユーロ圏の生産も、輸出と連動する形で、17年半ば以降持ち直しの基調が続いていたが10、18年後半に入りおおむね横ばいとなった後、弱い動きとなっている(第2-4-18図)。製造業PMI新規受注指数も、新規輸出受注指数と同様、18年10月に中立水準である50を割り込み、その後も下落し続けている11(第2-4-19図)。このため、今後生産の伸びは更に鈍化する可能性がある。

また、ドイツ等の一部の国では、労働力や設備・原材料の不足といった供給側の制約12のほか、乗用車生産におけるWLTPの導入への対応の遅れ等の特殊要因13による影響が18年末まで残ったことも、外需の鈍化に加え生産活動全般を抑制したとみられる。

第2-4-18図 ユーロ圏主要国の鉱工業生産
第2-4-19図 ユーロ圏の製造業PMI
(雇用情勢の改善には濃淡)

ユーロ圏全体の失業率は低下傾向が続き、08年11月以来の低水準となっている。しかしながら、主要国の雇用情勢には大きな違いがみられる。ドイツの失業率は1990年の東西ドイツ統一以降で最低水準を更新している。一方、スペインの失業率は低下傾向にあるものの、主要国の中では最も高い水準にある。また、フランス14及びイタリアの失業率も、ユーロ圏全体を上回る水準で、かつおおむね横ばいで推移している(第2-4-20図)。これらの国ではいずれも世界金融危機前の水準と比較すると依然高い水準にとどまっている。

なお、ユーロ圏ではいずれの国においても若年層(15~24歳)の失業率が全体平均よりも高い。また、ユーロ圏の就業者数は、世界金融危機前の水準を超えた水準に回復しているものの、若年層の就業者数は若年人口の減少と高学歴化による労働参加率の低下により世界金融危機前の水準を大きく下回っている。このようにユーロ圏の若年層における雇用情勢は、全体と比べ大きく改善が遅れている点には留意が必要である15(第2-4-21図)。

第2-4-20図 ユーロ圏主要国の雇用情勢
第2-4-21図 ユーロ圏の就業者数と労働参加率
(物価はおおむね横ばい)

ユーロ圏の消費者物価上昇率(総合)は、18年後半はECB(欧州中央銀行)のインフレ参照値16である2%(前年比)をわずかに上回る水準で推移した後、10月以降の原油価格の下落に伴いエネルギー価格の上昇率が一服したことなどを受け、11月に2%を下回り、低下傾向にある(第2-4-22図)。コア物価上昇率も、原材料価格の高騰や賃金上昇圧力の高まりにもかかわらず、景気の回復のペースが緩やかになっていることに伴い、川下への価格転嫁が進んでおらず、前年比1%台前半でおおむね横ばいで推移している。

第2-4-22図 ユーロ圏の消費者物価上昇率
(ECBは資産購入プログラムを18年12月で終了)

ECBは、17年10月の政策理事会において、資産購入プログラム(APP:Asset Purchase Programme)における資産購入17の額を、18年1月より月額600億ユーロから300億ユーロに減額すること、及びこれを少なくとも18年9月末まで継続することなどの量的緩和政策の変更18を決定していたが、18年6月の政策理事会において、新たに、10月以降のAPPの資産購入額を150億ユーロと減額し、18年12月末までに新規の資産購入を終了するとの方針を決定した。その後、7月、9月、10月と計3回の政策理事会が開催され、景気の減速傾向がより鮮明となりつつあったものの、フォワードガイダンスは変更されず、資産購入額は6月のガイダンスどおり順次縮小され、18年12月18日で新規の資産購入を終了した。ECBは、15年3月以来4年近く、2兆5,000億ユーロを超える規模の資産を買い入れてきたが、これにより金融政策の正常化へ向けた一歩を踏み出したことになる(第2-4-23図)。

第2-4-23図 ECBの政策金利とバランスシート

他方、資産購入プログラムで購入した資産の償還元本の再投資に関するガイダンスは、18年12月の政策理事会において、「初めての利上げが実施された後も長期にわたり、良好な流動性環境と幅広い金融緩和を維持するために必要な限り、引き続き全額を再投資する」と変更された19。これは従前の「資産購入期間終了後の長期にわたり再投資を行う」という方針と比べ、より長い期間再投資を行うことを示唆している。

このようなガイダンス変更の背景には、成長見通しに関するリスクは依然としておおむね均衡しているとの判断は引き続き堅持しつつも、保護主義の脅威、新興国市場のぜい弱性、金融市場の不安定性といったリスクが高まっていることを踏まえ、リスクのバランスは下方に向かいつつあると判断したこと20がある。12月の政策理事会と同日に公表された経済見通しは、18年9月時点の見通しに引き続き下方改定された。実質経済成長率の見通しを18年1.9%、19年1.7%と各々0.1%ポイント引き下げるとともに、消費者物価上昇率についても、総合指数はエネルギー価格の下落に伴い向う数か月は下落するとして、19年の見通しを1.7%から1.6%へ引き下げた。また、コア物価上昇率に関しては、18年はおおむね横ばいで推移したものの、中期的には高水準の稼働率や労働市場のひっ迫に伴う賃金上昇圧力によりインフレ圧力が広範囲において高まることから、次第に上昇していくことが見込まれるとされた。

なお、政策金利のフォワードガイダンスに関しては、少なくとも19年夏までは現行水準に据え置く21との方針を18年6月政策理事会以来維持している(第2-4-24表)。

第2-4-24表 ECBによる非伝統的金融政策の変遷
(19年1月には成長見通しに関するリスクを下方へ)

18年12月の政策理事会以降発表された経済指標はECBの想定を超えて弱く、19年1月の政策理事会では初めて成長見通しに関するリスクが下方に向かっているとされた。具体的な下方リスクとして、地政学的要素のほか、保護主義の脅威、新興国市場のぜい弱性、金融市場の不安定性を挙げ、これらに係る不透明性が根強いことが理由とされた。他方、ユーロ圏が景気後退局面に入る可能性は低いとするとともに、物価の見通しも変更せず、購入した資産の償還元本の再投資や政策金利のフォワードガイダンスについても維持した。その上で、3月に新たに経済見通しを公表する際に、各種リスクが景況感に与える影響について時間をかけて分析し、3月の政策理事会において、新たな経済見通しの公表と併せて議論する方針を示した。

以上のとおり、ECBは資産購入プログラムを終了させたものの、消費者物価指数(HICP)前年比を、中期的に2%を下回りかつ2%近傍とするという目標に収束させるためには、引き続き緩和的な金融政策を維持する必要があるとしている。資産購入終了後も長期にわたり償還元本を全額再投資するとともに保有残高を12月末時点の水準で維持することに加え、主要政策金利を少なくとも19年夏までは据え置くとするなど、本格的な金融引締め段階には至っていない22。ユーロ圏では雇用情勢の改善が続く中で賃金上昇圧力が徐々に高まる23一方(前掲第2-4-4図)、景気の回復ペースは18年後半以降更に緩やかになっている。ECBが19年1月の政策理事会において判断を変更したとおり、成長見通しに関する下方リスクは19年に入って一層高まっていることから、金融政策の正常化に向け、舵取りが極めて難しい局面を迎えている。

今後、初回の政策金利引上げの具体的な時期や購入資産の再投資の実施期間、保有資産残高の削減に向けた方針等(前掲第2-4-23図)、ECBのフォワードガイダンスがどのように変更されるかが注目される。

(財政政策の動向)

ユーロ圏の一般政府財政収支対GDP比は、09~13年平均の-4.7%から17年には-1.0%にまで縮小した。先行きについて、欧州委員会の春季見通し(18年5月)の段階では、景気の緩やかな回復や低金利等を背景に財政赤字は19年に向けて今後も徐々に縮小していくとされていた。しかしながら、同秋季見通し(18年11月)では、19年の財政赤字は一旦拡大し、20年に縮小に転ずると変更された24(第2-4-25表)。

第2-4-25表 ユーロ圏の財政収支見通し

EU加盟国は、「欧州セメスター」25において、財政の健全性確保やマクロ経済不均衡の是正等に向けた取組について3年間の財政計画である「安定化プログラム26」と雇用と成長を促進するための構造改革計画である「国家改革プログラム」を欧州委員会に提出することとされており、これらに対するEU首脳会議の勧告27に基づいて予算案を作成することとされている。しかし、18年末の19年度予算案の各国議会における採択に向けたプロセスを進める中で、幾つかの国28で6月のEU首脳会議において承認された予算の枠組みを超えて財政拡張的な予算編成を行う動きが生じている。秋季見通しの変更はこうした動きを反映している。特にイタリアでは、6月に新たに樹立された連立政権の下、拡張的な19年度予算案を欧州委員会に提出したため、欧州委員会との間で対立が生じている29

更にその後、フランスにおいては18年11月17日以降毎週末実施されている大規模な反政権デモを受けた政策対応のために、19年度は一時的に安定成長協定(SGP:Stability and Growth Pact30の基準である3%を超える財政赤字を抱えることとなった。

財政政策のスタンスを表すとされる構造的財政収支対GDP比についても、ユーロ圏全体では17年-0.8%まで縮小し、18年も-0.7%と改善が見込まれるものの、19年-1.0%、20年-1.1%と緩やかに拡大することが見通されており31、当面は幾分拡張的な財政スタンスが継続されるとしている。

EU加盟国は安定成長協定により、一般政府財政赤字と債務残高のGDP比を規定の範囲内に抑えることが求められており32、現時点では、スペインが過剰財政赤字是正手続の適用国として欧州委員会の監視対象となっている(第2-4-26図、第2-4-27図)33。イタリアについては、過剰財政赤字是正手続の適用を回避するために、イタリア政府と欧州委員会との間で調整が続けられた。最終的に12月下旬に財政赤字対GDP比を当初の2.4%から2.04%にまで削減することで合意され、瀬戸際で制裁の適用は回避された。しかしながら、18年7~9月期、10~12月期の実質経済成長率が2期連続マイナス成長となったことに加え、19年1月にはイタリア中央銀行が19年の実質経済成長率見通しを1%から0.6%に下方改定するなど、EUと合意した時点に比べ、景気の減速傾向がより鮮明となっている。このため、実際に19年の財政赤字がGDP比2.04%内という目標の達成に関し不確実性が高まっている。フランスも、反政権デモが19年2月19日時点で連続14週にわたり実施され、19年1~3月期も前期に続き消費や投資が下押しされるものと見込まれるため、財政赤字も18年12月時点の見込み以上に拡大するおそれがある。

第2-4-26図 EU諸国の財政収支・債務残高
第2-4-27図 EU諸国の財政収支

(2)英国経済の動向

英国経済は、19年3月末にEU離脱期日34を控え、離脱に係る不確実性の高まりが経済活動全体の重石となり、景気は弱い回復となっている。不確実性の高まりは、特に企業の投資判断を長期にわたり抑制しているほか、家計の消費行動にも負の影響を及ぼしている。先行きについても、英国政府がEUと合意した離脱協定案について、19年2月時点でいまだ英国議会の承認が得られていない状況にあり、今後のEU離脱問題の動向によっては、景気が下振れするリスクがある。

(景気は弱い回復)

英国経済は、EU離脱に係る不確実性が高まる中、経済活動全般が停滞していることに加え、外需の伸びが鈍化したことを受け、18年末に向け成長率が鈍化した(第2-4-28図)。個人消費は、一時的な押上げ要因35を除いた基調としては、おおむね横ばいで推移している。民間設備投資は、不確実性の高まりによる影響をとりわけ大きく受け、18年に入り4四半期連続でマイナスとなるなど、弱い動きとなっている。輸出も15年末以降のポンド減価の影響のはく落や、外需の伸びの鈍化から、おおむね横ばいとなっている。生産は、国内外からの需要の鈍化により弱含んでいる。失業率は、1975年以来の低水準でおおむね横ばいとなっている。コア物価上昇率は、原材料価格の高騰にもかかわらず企業間競争の激化等を背景に価格転嫁が困難となっていることを受け、イングランド銀行(BOE: Bank of England)のインフレ目標である2%近辺で安定している。

第2-4-28図 英国の実質経済成長率
(消費はおおむね横ばい)

個人消費は、英国のEU離脱に係る不確実性の一層の高まりにより、消費者マインドが大幅に低下する一方で、所得環境の改善や一時的な要因に支えられ、おおむね横ばいで推移している。

家計の所得環境は、18年は、労働市場のひっ迫を受け名目賃金上昇率が3%台へと加速し、実質賃金は増加に転じている(第2-4-29図)。雇用も継続的に増加しており、こうしたことから所得環境は改善している。他方、消費者マインドは16年6月のEU離脱に係る国民投票以降、長期にわたりマイナス圏内で推移してきたが、とりわけ18年後半はEU離脱に係る不確実性の一層の高まりにより急速に悪化しており、消費の下押し圧力となっている(第2-4-30図)。

こうした中、18年7~9月期の個人消費は、例年より温暖な気候やワールドカップ開催といった一時的要因もあり、前期比年率1.4%増となった(前掲第2-4-28図)。10~12月期の実質個人消費は、EU離脱に備えた生活必需品等の備蓄需要に加え、15年末以降のポンド減価の影響のはく落に伴う家計の実質購買力向上等により、前期比年率1.6%増となった36

また、新規乗用車登録台数をみると、17年4月以降の自動車税改正37の影響や政府のディーゼル車規制の方針38もあって前年比で大幅に減少傾向となっている。さらに、18年9月のWLTPの欧州における全面施行に伴い、ユーロ圏と同様、施行前の大幅な値引き実施を受けて7月及び8月に急増した後、9月以降はマイナスが続いており、18年後半の消費の伸びを抑制した39(第2-4-31図)。

ただし、総じてみれば比較的底堅かった18年の消費の増加は、実質所得の伸びが比較的緩やかな中、貯蓄率の低下が寄与しているという見方40もあり(第2-4-29図、第2-4-32図)、今後、EU離脱に係る不確実性の一層の高まりにより、貯蓄率が上昇に転じた場合には消費が急減速するおそれもある。特に、仮に円滑な離脱とならない見込みとなった場合、貯蓄率の上昇のほか、ポンド急落による消費者物価上昇率の上昇、雇用環境の悪化、といった事態になる可能性が生じるおそれもあり41、消費の先行きをめぐる不確実性は大きい。

第2-4-29図 英国の所得環境と小売売上
第2-4-30図 英国の消費者マインド
第2-4-31図 英国の新規乗用車登録台数
第2-4-32図 英国の貯蓄率
(民間設備投資は弱い動き)

民間設備投資は、18年に入って4四半期連続でマイナス成長となるなど、弱含んでいおり(第2-4-33図)、設備稼働率も低下傾向にある(第2-4-34図)。金融環境が緩和的であるにもかかわらず、設備投資が弱含んでいる理由としては、EU離脱に係る不確実性が最大の要因として挙げられている(第2-4-35図)。企業を対象にBOEが実施した将来の設備投資意欲に関する調査結果をみても、サービス業、製造業共にEU離脱に係る不確実性が高まった18年後半以降急落しており、設備投資は今後も弱い動きが続くと見込まれる(第2-4-36図)。

第2-4-33図 英国の総固定資本形成
第2-4-34図 英国の設備稼働率
第2-4-35図 英国の設備投資増減の決定要因
第2-4-36図 英国企業の投資意欲
(輸出はおおむね横ばい)

輸出は、17年中は堅調な世界需要やポンド減価に支えられて持ち直しの動きがみられたが、18年後半以降は外需の伸びの鈍化やポンド減価の影響のはく落等により、おおむね横ばいで推移している(第2-4-37図、第2-4-38図)。ただし、製造業PMIの新規輸出受注指数は、EU離脱に係る不確実性から17年末以降低下を続け、18年8月以降は中立水準である50をたびたび割り込んでいる(第2-4-39図)。19年3月末のEU離脱期日が迫る中、在庫積増しの動きによりEUからの受注が増えているほか、アメリカや中国等のEU域外からの受注に下支えされているものの、総じて弱い動きとなっており、今後輸出が弱含む可能性がある(前掲第2-4-17図)。

仮にEUを合意なしで離脱した場合には、直ちに輸出品にWTO関税がかけられるのみならず、輸出手続により多くの時間やコストがかかるようになるため、輸出が大幅に下押しされる可能性も留意点である。

第2-4-37図 英国の財輸出
第2-4-38図 ポンドの実効為替レート
第2-4-39図 英国の製造業PMI新規輸出受注指数
(生産は弱含み)

英国の鉱工業生産は、外需の伸びの鈍化やEU離脱に係る不確実性の高まりを受けて、18年半ばに持ち直しの動きから横ばいに転じた後、18年8月以降は5か月連続でマイナスとなっている(第2-4-40図)。

先行きに関して、製造業PMIの新規受注指数をみると、18年半ば以降急速に低下を続け、10月に一時中立水準である50を割り込んでいる。先にみた製造業PMIの新規輸出受注指数も低下傾向にあることから、国内外からの受注が減少しており、生産が当面弱含む可能性が示唆される(前掲第2-4-39図、第2-4-41図)。なお、製造業PMI新規受注指数が18年11月から19年1月にかけて多少持ち直す動きがみられたが、これは、EU離脱に備えた企業の原材料や部品、完成品等の在庫積増しの動きを受けたものとの見方もあり、実勢よりも生産の数字を押し上げている可能性がある42

第2-4-40図 英国の鉱工業生産
第2-4-41図 英国の製造業PMI
(雇用情勢は引き続き改善、賃金も上昇)

雇用情勢は、引き続き改善している。失業率(ILO基準)は18年2月に均衡失業率(4.25%)43を下回る4.2%にまで低下し、その後も75年以来の歴史的な低水準となる4.0~4.1%でおおむね横ばいで推移している(第2-4-42図)。労働参加率も12年以降緩やかな上昇傾向にあり、18年後半以降、世界金融危機以前を超える水準に達している(第2-4-43図)。

このような労働需給の引締りに伴い、名目賃金(週平均、ボーナス除く)上昇率は18年に入り加速しており、前年比3%超と08年12月ぶりの高水準となった。17年を通じマイナスとなっていた実質賃金(週平均、ボーナス除く)は、ポンド減価の影響のはく落及び10月以降の原油価格の低下に伴う消費者物価上昇率の低下を受け(第2-4-48図)、18年2月には1年ぶりにプラスに転じ、その後も緩やかに上昇している(第2-4-44図)。

このように、賃金上昇率が高まっている一方で、生産性の上昇は緩やかなものにとどまっていることから、単位労働コストは徐々に上昇しており(第2-4-45図)、企業収益の圧迫から、今後、雇用情勢が悪化に向かうおそれもある。

第2-4-42図 英国の失業率
第2-4-43図 英国の労働参加率
第2-4-44図 英国の名目賃金及び実質賃金
第2-4-45図 英国の単位労働コスト
(労働需給のひっ迫が続く)

労働需給はひっ迫しているにもかかわらず、PMIの雇用指数は、17年半ばより製造業及びサービス業ともに低下傾向44にはあったが、18年末に向け急速に悪化し、19年1月には中立水準である50を割り込んだ(第2-4-46図)。19年2月のBOEの調査においては、企業の雇用意欲は引き続き失われていないものの、EU域内からの移民の減少45により、農業や製造業を中心に広範な分野において、必要な技能や知識を持った人材を確保することが困難である旨が指摘されている(第2-4-47図)。今後、EU離脱に伴い、EUと英国間の人の移動の自由が制限された場合には、労働供給制約がより深刻なものとなり、潜在成長率の下押し圧力となる可能性がある。

第2-4-46図 英国のPMI雇用指数
第2-4-47図 英国企業の採用の困難性
(コア消費者物価上昇率は安定的に推移)

コア消費者物価上昇率は2%前後で安定的に推移している(第2-4-48図)。これは、輸入物価や生産者投入価格といった川上の物価上昇率が、15年末以降の大幅なポンド減価の影響のはく落や18年10月以降の原油価格の下落を受け、低下していることに加え、サービス業を中心とした企業間の価格競争の激化により、川下への価格転嫁が困難となっていることが寄与している(第2-4-49図)。消費者物価上昇率(総合)は、17年11月に前年同期比3.1%とピークを打った後、徐々に低下し、19年1月にはBOEのインフレ目標(2%)を下回った(第2-4-48図)。こうした状況を踏まえ、19年2月、BOEは19年の消費者物価上昇率(総合)はおおむね2%をやや下回る水準で推移すると見通しを下方改定した。

ただし、例えば英EU間の合意なし・移行期間なしのEU離脱等、仮に英国のEU離脱が円滑に行われなかった場合には、急激なポンド減価や、WTO関税の賦課による輸入コストの増大、財の円滑な移動が妨げられることに伴う原材料や資材等の不足により、消費者物価が急上昇する可能性もある46

第2-4-48図 英国の消費者物価上昇率
第2-4-49図 英国の輸入物価と生産者価格
(金融政策は政策金利の据え置きが続く)

BOEは、18年8月の金融政策委員会で9か月ぶりに政策金利である準備預金金利47を引き上げ、それまでの0.50%から0.75%とした。消費者物価上昇率が目標値の前年比2%を超えて推移している中で、4~6月期は1~3月期の一時的な成長鈍化から回復したこと、ポンド減価やエネルギー価格高騰といった外的要因については落ち着きが見込まれるものの、労働市場の需給のひっ迫が進み、19年末以降は国内的なコスト圧力が高まると見込まれることから、全会一致での利上げ決定となった。その後の18年9月、10月、12月及び19年2月の金融政策委員会では、いずれの会においても政策金利を全会一致で据え置き、利上げのペースは、「限定的かつ段階的に行う(at a gradual pace and to a limited extent)」という姿勢を堅持している(第2-4-50図)48。他方、景気の判断及び先行きについては、会を重ねるごとに下方改定されており(第2-4-51表)、市場が織り込む政策金利の最初の引上げ時期も19年2月公表のインフレーションレポートでは20年10~12月期へと先送りされ、19年中の利上げの実施は見込まれていない。

9月の金融政策委員会では、新興市場国通貨の下落や米中貿易摩擦の高まりによる景気の下押しリスクについて初めて具体的な言及がなされた。続く11月公表のインフレーションレポートでは、世界経済成長率の鈍化やユーロ圏経済の減速、景気の下方リスクの高まり等に言及する一方で、円滑なEU離脱となった場合には、不確実性が解消されることに伴う設備投資をはじめとした需要の回復により、インフレ圧力が高まることが見込まれるため、3年後の政策金利を従来見通しの1.25%から1.50%49に引き上げる必要があるとした。さらに、EU離脱の方向性によっては引締め・緩和のいずれもあり得ることに言及した。

第2-4-50図 BOEの金融政策
第2-4-51表 BOEの見通し50

12月の金融政策委員会では、10月の会合以降、景気の下方リスクが拡大するとともに、EU離脱に伴う不確実性も著しく高まっているとされた51。また、EU離脱に係る不確実性の高まりは、ポンド減価や不安定性の増大、株価の急落をもたらしているほか、18年以降企業投資を抑制しているが、資金調達環境が一層引き締まりつつあることから、当面この傾向は続くだろうとされた。なお、物価上昇率に関しては、18年10月以降の原油価格の下落を受け、10~12月期は7~9月期に比べ落ち着いてきてはいるものの、賃金上昇率は既に加速していることから、国内インフレ圧力は19年から20年にかけ更に高まるため、19年及び20年は政策ターゲットである2%をわずかながら上回って推移すると見込まれるとされた。また、10月29日に公表された財政拡張的な19年度予算案の経済への影響については、今後3年間で実質経済成長率を0.3%ポイント押し上げる効果があるとの試算も示された。

19年2月のインフレーションレポートでは、19年の経済成長見通しを1.7%(18年11月時点)から大幅に下方改定し、BOEが潜在成長率とする1.5%52を下回る1.2%とされた53。こうしたことから、市場が織り込む政策金利の動向についても、18年11月時点では22年半ばまでの予測期間中に3回程度となっていた金利の引上げ回数が1回程度となった。一方で、今後のEU離脱プロセス、特に離脱後に交渉が行われるEUとの間の新たな貿易関係の内容や移行期間の有無、家計や企業の反応により見通しは大きく影響を受け得るため、BOEは状況に応じ柔軟に対応する54としている。

2.英国のEU離脱が英国経済に与える影響

英国は、16年6月23日のEU離脱を問う国民投票で、離脱賛成票が残留票を上回ったことを受けて、17年3月29日、リスボン条約第50条55に基づき、EUに離脱を通知し、原則2年間にわたる離脱交渉プロセスが開始された。 離脱交渉は二段階に分けられて進められ、交渉による取決めは離脱協定として、法的拘束力を持たせるものとし、これとは別途、英国とEUの将来関係の枠組みに関しては、法的拘束力を持たない政治宣言としてまとめることとなった。なお、いずれも英国とEU双方の合意が必要となる。

離脱交渉の第一段階では、在英EU市民・在EU英国民の権利保障、英領北アイルランドとアイルランド共和国の国境管理問題、未払い分担金等の清算について交渉を行うこととなり、17年12月におおむね合意に至った。その結果、離脱後の双方市民の権利は離脱前と同等に維持する、北アイルランドとアイルランドの国境については、税関や検問所の設置による国境管理の厳格化を避ける(「ハードボーダー」の回避)、英国はEUに未払い分担金等を支払うことが合意された。

これを受け、18年以降第二段階の交渉が始まり、主に、(1)離脱後の移行期間、(2)英国とEUの将来関係の枠組み、(3)アイルランド国境管理に関する具体策の導入が間に合わなかった場合の安全策(バックストップ)について協議された。このうち、移行期間については18年3月に、19年3月29日の離脱期日後、20年12月31日まで設定されることで合意した。具体的には、移行期間中、英国はEUの単一市場と関税同盟56にとどまり、引き続きEUへの拠出金を支払うものの、EUの意思決定には原則参加できないこととなった。

一方、北アイルランド国境管理問題と英国とEUとの将来関係の枠組み、特に通商関係については交渉が難航した。北アイルランド国境管理問題について、EU側は移行期間中に具体的な解決策が導入できない場合、北アイルランドを英国の離脱後もEUの単一市場と関税領域に残留させることでハードボーダーの設置を回避することを提案していた。しかし、英国側は、英国本土と北アイルランドを異なる制度の下に置くことは、英国の領土的一体性が損なわれるとしてこれを拒否した。一方、将来的な通商関係について、英国は、財の自由貿易地域を設置し、人の移動の自由を制限しつつ、財の取引については税関手続を回避することを提案したが、EU側は、人、モノ、サービス、資本の4つの域内移動の自由は単一市場へのアクセスの必須条件としてこれを拒否した。

その後、英国とEUの間で交渉が進められた結果、18年11月に「EU離脱協定案」と「将来関係に関する政治宣言案」が正式に合意された。特に懸案となっていた北アイルランドの国境管理問題については、英国は20年6月末までの間に、移行期間延長(1回限り、最大2年)を申請でき、20年末までの移行期間中に具体的解決策がまとまらない場合、英国は、「英国全土をEU関税同盟に残すバックストップ」、あるいは「移行期間の延長」を選択することができることとした。また、バックストップが発動された場合、英国とEU双方が合意しなければ、英国はバックストップからは脱却できないこととなった。一方、将来的な通商関係については、自由貿易圏を創出する包括的な取決めが目指され、サービスについて、英国とEUの双方は野心的で包括的かつバランスのとれた取決めを結ぶべきとされた。

しかし、英国とEUとの間で合意に至った離脱協定案に対しては、主に英国議会の与党・保守党の強硬離脱派から大きな批判を受けることになった。特に北アイルランドのバックストップについて、発動されるとEUとの合意なしには解除することができない取決めとなっていることやEU関税同盟への残留期間が明確にされていないことから、英国がEUのルールに縛られたまま主権を取り戻すことができなくなるおそれがあるとされた。その結果、離脱協定案は19年1月15日の英国議会下院において否決された。下院での否決後、メイ首相は、バックストップが一時的措置である旨の法的確約を求めてEUと協議を続けているが、EU側は離脱協定案の再交渉に応じていない。なお、メイ首相は、19年2月24日、2回目の英国議会下院での採決を3月12日までに実施する旨を表明した。

(EU離脱がもたらす英国への経済的影響)

英国とEUは、18年3月に、英国を20年末までEUの単一市場と関税同盟に残す移行期間を導入することで暫定合意していたが、EUは北アイルランド国境管理問題で合意ができなければ白紙に戻すと主張している。もしそうなると、離脱とともに、関税等が一斉に復活し、英国とEU双方の経済に混乱が生じるおそれがある 。

そこで以下、英国のEU離脱がもたらす英国への経済的影響について直近の試算を整理する。

英国のEU離脱によってEU全体や英国経済にもたらされる経済的影響については、国際機関を始め幾つかの試算がなされているが57、英国経済への影響について、ここでは18年11月に英国政府、イングランド銀行(BOE)、英国国立経済社会研究所(NIESR)58が公表した予測を紹介する(第2-4-52表)。

英国政府が18年11月に公表したEU離脱に関する経済分析では、18年11月25日の合意に基づく試算は示されていないが、離脱白書59に基づくシナリオから、(1)チェッカーズ・プラン60が実現したケース、(2)EUと自由貿易協定(FTA)を締結したケース、(3)欧州経済領域(EEA:European Economic Area61に参加したケース、(4)合意なき離脱のケースに分けた試算が行われている。その結果、合意なき離脱となった場合には、実質GDPが最大で9.3%縮小するとしている。

また、イングランド銀行(BOE)では、18年11月25日の合意に基づき、英国・EU間の関係を4つのシナリオに分けて英国への経済的影響を分析している。具体的には、(1)今回の政治宣言で示されたEUとの経済パートナーシップが締結された場合で、(ア)財やサービスで通関や規制障壁が発生しないケース、(イ)通関や規制障壁が発生するケースに加え、(2)合意なき離脱となり移行期間が設定されなかった場合で、(ア)EUとの間で新たな貿易協定は締結されないが、英国と第三国(EUのFTA締結相手国62)との協定が実現する「混乱を伴う(Disruptive)離脱」、(イ)英国と第三国(EUのFTA締結相手国)との協定が実現しない「無秩序な(Disorderly)離脱」のケース、を考え、今後5年間で、実質GDP等の経済指標がどれほど変化するかが試算されている。

その結果、(2)合意なき離脱が実現しかつ移行期間が設定されなかった場合、(ア)「混乱を伴う離脱」のシナリオで、23年の実質GDPは、16年5月時点(EU離脱決定直前)で予測された23年の実質GDPとの比較で7.75%縮小、18年11月時点(直近)で予測された23年の実質GDPとの比較では4.75%縮小するとしている。また、(イ)「無秩序な離脱」のシナリオでは、それぞれ10.5%、7.75%縮小するとの試算を示している。さらに、「無秩序な離脱」((2)の(イ))の場合、18年11月時点の予測との比較で、18年から23年の5年間で実質GDPを最大で8.0%縮小させ、住宅価格を最大で30%、商業用不動産価格を48%下落させる可能性があることを明らかにした。

一方、英国国立経済社会研究所(NIESR)では、英国のEU離脱によって、英国が仮にEU残留を選択した場合と比較して、30年時点でどの程度実質GDPに影響を及ぼすかを試算した。そこでは、(1)EUとFTAを締結したケース、(2)バックストップが発動されたケース、(3)合意なき離脱に至った場合の3つのシナリオについて試算した結果、実質GDPは、(1)のケースで3.9%、(2)のケースでは2.8%、(3)のケースでは5.5%それぞれ縮小することが示されている。バックストップが発動されたケースよりもEUと自由貿易協定を締結するケースの方が実質GDPの縮小が大きい理由は、EUと同一の関税同盟にとどまるバックストップと比較して、EUと自由貿易協定を締結することは、新たに関税や非関税障壁を発生させることとなり、特に英国の主力産業であるサービス業の輸出が大きく制限されると想定されているからである。

以上のような経済的影響が予測される中、英国政府は、19/20年度の予算案においてEU離脱に備えた予算として、17年秋季財政報告で本予算案に計上を予定していた15億ポンドに加えて、更に5億ポンドを追加することになった。しかし、本予算は合意が成立した場合の経済状況を想定して作成したものであり、予算作成に携わったハモンド財務相は、合意なき離脱に至った際は新たな緊急予算が必要であることを明らかにしている。

また英国政府は、EU離脱後に、欧州以外との貿易関係についても強化する方針を打ち出し、英国の財・サービスの輸出額を対GDP比率で、17年の30%から35%に引き上げる戦略を打ち出した。具体的には、潜在的に輸出能力を有する企業に対して、企業間で相互の経験や知見を共有しあうピア・ラーニング(協働学習)を通じた輸出奨励、情報共有、海外市場とのマッチング、金融面での支援を通して輸出促進を図っていくとしている。

第2-4-52表 英国のEU離脱がもたらす英国経済への影響

3.イタリアの19年度予算案をめぐる動き

イタリアでは、18年6月にEUに懐疑的な「五つ星運動」と「同盟」の2党による連立政権が発足した。両党が選挙公約として掲げていた政策が、19年に予定されていた付加価値税率22%から24.2%への引上げ凍結、個人所得税や法人税へのフラット税導入63や、ベーシックインカム(1人当たり月額780ユーロを保障)の導入、早期退職制度導入と年金受給開始年齢の66歳7か月から62歳への引下げ、といった財政拡張的なものであったため、政権発足直前の5月末以降、イタリア国債が大きく売られ、財政リスクプレミアム(ドイツ国債との国債利回り格差)が大幅に拡大するとともに、ユーロ減価にも一部寄与しているとみられる(第2-4-53図)。

第2-4-53図 イタリアの国債とユーロの動向

10月15日に欧州委員会へ提出された19年度予算案では、19年度の財政赤字はGDP比2.4%になるとされるなど、前政権が18年4月に欧州セメスター64に際して欧州委員会に提出した「安定化プログラム」と比べて財政再建の取組が大きく後退したものであった(第2-4-54図)。このため、欧州委員会は10月23日にイタリア政府に対し、加盟国の財政規律を定めた安定成長協定に基づく義務に「特に深刻に違反している」として19年度予算案の修正を求めるとともに、修正案を3週間以内に提出するよう求めた(第2-4-55図)。欧州委員会が加盟国に予算案を差し戻すのはこれが初のケースであった。

第2-4-54図 コンテ現政権における財政収支見通し
第2-4-55図 欧州委員会が指摘した問題点

これに対しイタリア政府は、予算案がEU規則に抵触していることは認識しているものの、近年の低成長(第2-4-56図)を踏まえ、財政規律よりもまずは経済再建を優先するとの方針を示し、ほぼ原案を維持した内容の修正案を11月13日に欧州委員会へ提出した。これを受け、欧州委員会は、欧州連合機能条約(TEFU: Treaty on the Functioning of the European Union)第126条第3項に基づく過剰財政赤字の有無を認定する報告書を11月21日に公表するとともに、欧州委員会の勧告に対する、「特に深刻な財政規律違反である」との意見を採択し、過剰財政赤字是正手続(EDP: Excessive Deficit Procedure)の適用が正当化されるとした。12月3日に開かれたユーログループ(ユーロ圏財務大臣会合)では、「欧州委員会の判断を支持し、イタリアに対し安定成長協定を遵守するために必要な措置を講じるよう勧告するとともに、欧州委員会とイタリア政府が続けている対話を支援する」との声明が発表され、まずは欧州委員会とイタリア政府との協議に委ねられた。

第2-4-56図 イタリアの実質経済成長率(需要項目別)

この結果、12月19日にイタリア政府とEU加盟国及び欧州委員会との間で19年度の財政赤字GDP比2.04%、19年の実質経済成長率見通しを1.0%に引き下げることで合意65し、過剰財政赤字是正手続(EDP)の開始は回避された。ただし、欧州委員会は、財政赤字比率を同目標以内に収めるべく必要な措置が実際に講じられるか引き続き監視する必要があるとしている。

こうした19年度予算案をめぐる政治的・政策的不確実性の高まりを機に拡大したイタリアの財政リスクプレミアムは19年2月時点でも縮小に至っていない(前掲第2-4-53図)。イタリア国債金利の上昇はまた、銀行の自己資本比率低下を通じて企業の資金調達環境の悪化を招き、18年7~9月期に実質経済成長率がマイナスに転じる主因ともなった。10~12月期も前期に続きマイナス成長となり、イタリアは景気後退入りしたとみられている。また、19年1月にはイタリア中央銀行が19年の実質経済成長率見通しを12月時点の1.0%から0.6%へと大幅に引き下げており、今後の景気動向と、イタリア政府のEUとの合意内容の遵守については予断を許さない状況となっている。

4.ユーロ圏及び英国経済の見通しと主なリスク要因

(1)ユーロ圏及び英国経済の見通し

ユーロ圏の景気は、雇用情勢の改善による所得の向上に支えられた個人消費及び緩和的な金融政策や企業による能力増強投資への需要等に支えられた設備投資の緩やかな増加により、引き続き、内需にけん引されて基調としては一部に弱さがみられるものの、緩やかな回復傾向で推移することが期待される。

英国では、長期化するEU離脱問題に係る不透明感の影響から、企業の設備投資や家計消費が抑制され、景気は弱い回復が続くと見込まれる(第2-4-57図)。

国際機関による経済見通しは、公表元は異なるものの、各種指標の弱い動きを受けて時間を経るに従い大幅に下方改定されている(第2-4-58表)。このような改定の背景として、ユーロ圏、英国いずれについても、(1)英国のEU離脱問題等政治的不確実性の高まりや(2)通商問題をめぐる緊張の高まりや中国経済の減速等による外需の伸びの鈍化66、(3)景気減速に伴う企業及び消費者マインドの一層の悪化が挙げられており、これらの動向によっては景気が更に下振れするリスクがある。特に、英国のEU離脱がEUとの合意がないまま行われた場合には、英国のみならずユーロ圏も景気が大幅に悪化するおそれがある。

第2-4-57図 ユーロ圏及び英国の実質経済成長率
第2-4-58表 ユーロ圏及び英国の国際機関による見通し

(2)ユーロ圏及び英国経済の主なリスク要因

18年後半に入り、世界的に政治的・政策的リスクはますます高まっており、ユーロ圏及び英国の景気への影響が顕在化し始めている。

(英国のEU離脱問題等欧州内外での下方リスクの高まり)

ユーロ圏及び英国経済に対する当面の主なリスク要因として、EU域外では、第1章で取り上げた米中貿易摩擦等通商問題の動向、中国経済の先行き、アメリカの財政金融政策動向や金融資本市場の変動等が挙げられる。

また、EU域内では、英国のEU離脱に係る不確実性の高まり、イタリア予算案をめぐる金融資本市場の混乱に加え、WLTPへの対応の遅れによる自動車業界の低迷の長期化等が挙げられる。

また、EUとアメリカは、18年7月25日、自動車を除く工業製品に対する貿易障壁の撤廃に向け交渉を開始し、交渉期間中は自動車を含め新たな関税を発動しないことで双方が合意しているものの、19年2月の段階では通商交渉はいまだ合意に至っておらず、今後の動向には引き続き注視が必要である。

(反移民や反EUを掲げる政党の躍進)

17年は欧州において多数の国政選挙が行われ67、反移民や反EUを掲げる政党の躍進が目立ったが、18年も引き続きその動きは衰えていない68

EUの政治・経済全般をけん引してきたドイツでは、17年9月の総選挙に引き続き、18年10月に行われたバイエルン州及びヘッセン州議会選挙においては、連立政権の政策運営に対する国民の不満が高まりを反映して野党が大幅に議席を伸ばし69、そうした中で反EU、反移民等を掲げる政党70も結党以来初めて一定の議席を得ることとなった。これらの州選挙において与党キリスト教民主同盟(CDU)と、姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)が歴史的敗北を喫した責任を取り、メルケル独首相はCDU党首を辞任する旨を表明し、18年ぶりに党首が交代することとなった71。このように、野党が議席を増やす一方で、大連立を組んでいた二大政党のCDU/CSU及び社会民主党(SPD)が大きく議席を減らしたことにより、メルケル独首相の政権運営は一層困難となることが見込まれている。

また、ドイツとともにEUの統合強化に向けた改革を積極的に推進してきたフランス72においても、マクロン仏大統領が急速に進めてきた構造改革への反発から18年11月17日以降の毎週末、各地で低・中所得者層を中心とした大規模なデモ73が行われ、マクロン仏大統領の支持率が大幅に低下するとともに、経済的にもサービス業を中心に多大な損失74が生じた。マクロン仏大統領は、事態の収拾を図るため19年1月からの燃料税増税を見送ることを決定した上で、18年12月10日には非常事態宣言を出し、低・中所得者層向けの施策を急きょ講ずること75を表明した。こうした対応にもかかわらずデモが終息しなかったため、19年1月13日には国民向けに書簡を発表し、同年3月にかけて税制や公共サービス等をはじめとした社会問題に関し国民の声を聞き解決策を探る対話集会を開催した。しかしながら19年2月も引き続きデモが続けられたため、マクロン仏大統領は19年5月の欧州議会選挙に合わせて自身の政権公約に関する国民投票実施の検討に入った。一連の譲歩により、マクロン政権が最優先課題としてきた財政再建76に遅れが生じることが懸念される。

以上のようなドイツ、フランス両国における政治的な不安定性の高まりに伴い、EUの統合強化に向けた改革への機運が大きく後退することが懸念される。また、19年5月23~26日には欧州議会選挙77が実施される予定であるが、その際にも反移民、反EUを掲げる政党が大きく議席を伸ばし、欧州における反EUの動きが一層加速する可能性が指摘されている。

付論1.英国のEU離脱問題をめぐる動き

(18年7月のチェッカーズ・プランまでの交渉状況)

英国は16年6月23日、EU離脱の是非を問う国民投票を実施し、離脱賛成派が51.9%と残留派を僅差で上回った。これを受け、英国は17年3月29日、リスボン条約第50条に基づきEU首脳会議78に正式にEUからの離脱を通知し、原則2年にわたる離脱交渉プロセスが開始された79。EU側は17年4月29日、英国を除く27加盟国によるEU首脳会議において、離脱交渉を二段階のアプローチで進めることなどを定めた交渉指針を採択、続く5月22日、閣僚理事会80にて第一段階目の交渉内容や交渉官等を定めた交渉指令を採択し、離脱交渉が開始された。第一段階として、(1)EU市民・英国市民の権利保護、(2)未払い分担金等の清算、(3)英領北アイルランドとアイルランド共和国の国境管理問題(以下、「北アイルランド国境管理問題」という。)の3点を最優先課題として交渉し、これらに十分な進展が認められた場合に、第二段階として離脱後の英国・EU間の将来関係の交渉に移行することとされた。第一段階の最優先課題については先送りされた部分もあるものの、17年12月8日に英国・EU間で十分に進展したとの合意に至り、双方の首席交渉官による共同報告書が発表された。12月15日にはEU首脳会議が交渉の第二段階への移行を決定し、補完的交渉指針採択の上、18年からは交渉の第二段階へと進んだ(図1)。

18年1月29日に閣僚理事会により移行期間に関する補完的交渉指令が採択され、3月19日に交渉官レベルで一部合意に至った離脱協定案81が公表された(表2)。未払い分担金等の清算については、具体的な金額は未定82ながら、20年までのEU予算に係る負担等に関し合意した。ただし、北アイルランド国境管理問題については、ベルファスト合意83の遵守等の基本的な方針が確認されたほか、英国・アイルランド間の人の移動の自由の確保84や専門委員会の設置等で合意したものの、多くの点が依然として未合意のまま残された85。この他、離脱後の激変緩和措置としての移行期間について、EU側の提案に基づき20年12月末までとすることなどが合意された。

18年3月23日、EU首脳会議は、今後の交渉のガイドラインとして英国のEU離脱に伴う将来の枠組みに関する交渉指針を採択し、同協定に基づいて北アイルランド国境管理問題を始めとする最優先課題の未合意部分のほか、通商関係の将来の枠組みに関する交渉が進められることとなった。

図1 離脱交渉フロー(2018年5月時点)
表2 2018年3月時点の英国とEUの主な合意内容

(EU離脱をめぐる英国国内の状況)

離脱交渉の開始を受け、メイ首相は、議会における基盤を固めるため、下院の3分の2以上の賛成票を得て、20年に予定されていた下院総選挙を17年6月8日に前倒しで実施した。しかしながら、選挙結果は与党・保守党が650議席中330議席を有していた改選前から議席を減らし、過半数に到達しない317議席となった。保守党は、やむを得ず10議席を有する北アイルランドの保守政党の民主統一党(DUP)の閣外協力を得て少数与党内閣を形成したが、英国との一体性を重視する同党との連携により、EU離脱後の北アイルランドとEU加盟国であるアイルランド共和国間の国境措置をめぐる調整が難航することとなった。

(チェッカーズ・プランと離脱白書の発表)

18年7月6日、メイ首相は首相の公式別荘であるチェッカーズで閣議を開催し、EU離脱後の英国とEUの関係に関する英国政府としての包括的な方針に全閣僚の合意を取り付けた(以下「チェッカーズ・プラン」という。)。本合意は、離脱後の英国とEUの関係について大枠を定める「英国とEUの将来関係に関する政治宣言」の交渉に臨む際の英国側の基本方針で、(1)財に関する自由貿易地域(free trade area for goods)の創設、(2)自由で公平な貿易実現に向けた法的・規制的環境の整備、(3)英国・EU間の紛争処理制度の創設、(4)円滑化された通関措置(FCA:Facilitated Customs Arrangement)の4項目について述べられている(表3)。

そこでは、まず今後の英国・EU間の貿易体制として、財貿易については、EUとの間で自由貿易地域を確立し、農産物を含めた全ての財について共通ルールブックを作成するとともに、補助金に関する共通の規則を適用し、競争規制当局間の協力を確保することとした。他方、サービス貿易については、自由貿易地域内には含まれないとされ、英国側の規則に柔軟性を持たせるために現状レベルの相互アクセスは維持せず、別個の取決めをEU側と締結するとしている。また、英国・EU間の国境での通関手続の簡素化に向けて、段階的にFCAを導入し、あたかも統合された関税地域(combined customs territory)に属しているかのように通関検査を免除することを提言している。また、人の移動の自由を終了することや、EUの単一市場・関税同盟から離脱して、独自に非EU加盟国と自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)を締結できるとし、環太平洋自由貿易協定(TPP:Trans-Pacific Partnership Agreement)への参加を含め検討するとしている。また、紛争処理については、英国とEUとの間で諸合意の一貫した解釈及び適用を実現するために、共同で制度的枠組み(合同委員会等)を設立するとともに、英国がEUと共通の規則を引き続き適用する分野においてはEU判例法を考慮しつつも、英国は英国裁判所が、EUは欧州司法裁判所が、各々が判断するとした。

その後86、上記チェッカーズ・プランに基づき、18年7月12日にいわゆる離脱白書87が発表され、EU離脱後のEUとの将来関係に関する、英国政府のより詳細な交渉指針が示された(表4)。

(白書の概要)

離脱白書によると、EUとの経済パートナーシップについては、英国・EU間で摩擦のない貿易を実現するのに必要な範囲で、農水産品を含む物品に関して自由貿易圏を確立し、共通ルールブックを適用するとともに、FCAを導入することにより、英国がEUの関税同盟の外にありながらも、円滑なサプライチェーンを利用できるような英国・EU間の制度的枠組みを構築するとしている。他方、サービス・投資、eコマースを含むデジタルの分野では現行水準の市場アクセスを維持しないとしている。

財の自由貿易地域内で適用される共通ルールブックについては、円滑な貿易を維持するために、工業製品や農産品を含む全ての財について、EUとの間で規格の同一性を確保する88ことが提案されている。あわせて、関税や数量割当、原産地規則89に係る所定の条件をなくすことも盛り込まれた。FCAについては、英国・EU間で通関検査を排除するため、英国を経由する物品に対してどのような関税賦課方式を採用するかが問題となるが、離脱白書では、物品が英国の国境に到達した時点で、英国により英国とEUのどちらか高い方の関税を付加し、EUを仕向地とする場合にはEUに関税を渡し、英国が仕向地する場合には差額を輸入業者に払い戻すというスキームが提案された90

このほか、人の移動を制限することや最大の懸案事項である北アイルランド国境管理問題について、物理的な国境設置を回避するという方向性が記載された91

サービス分野に関しては、英国・EU間の自由な相互アクセスを終了することが提案され、特に英国の主要産業である金融サービスに関しては、EU加盟国に適用されている金融サービス業の単一免許(パスポート)制度は維持せず、別途、統合された市場の便益を維持し、金融の安定を守るための措置を講じることとした92

表3 チェッカーズ・プランの骨子
表4 離脱白書の概要

(チェッカーズ・プラン発表後の離脱交渉と英国とEUの対立点)

当初、英国とEUは離脱交渉で、双方の議会承認手続の時間を確保するため、18年10月までに「離脱協定案」と「英国とEUの将来関係に関する政治宣言案」について合意する必要があるとしていた。しかし、離脱協定案に関しては北アイルランド国境管理問題、政治宣言に関しては英国・EU間の将来的な通商関係について交渉が難航し、18年9月19~20日にオーストリアのザルツブルクで開催された非公式EU首脳会議では、英国側とEU側の意見が決裂し18年10月中の合意は見送られた。

まず、北アイルランド国境管理問題では、英国とEUともに離脱後も厳しい国境管理(税関や検問所の設置による国境管理の厳格化:ハード・ボーダー)を回避する方針で一致しているものの、具体的な解決策が見出だせなかった。EU側は具体策で英国側と合意できなければ、英領北アイルランドを実質的にEU関税同盟に残留させることを提案し、英国の領土的一体性を重視する英国側はこれに強く反対した93

また、英国・EU間の将来関係をめぐって、英国側は上述のように、チェッカーズ・プラン及び離脱白書において、FCAを軸とする通商関係を提案していたが、人の移動を制限しつつも税関手続を回避しようとしていた。これに対し、EU側は人、モノ、サービス、資本の4つの域内移動の自由は単一市場へのアクセスの必須条件として譲らず、英国がEUの単一市場と関税同盟を脱退するのであれば、英国を日米等と同様の第三国扱いとし、自由貿易協定(FTA)の締結を中心にするとの立場を取り、 FCAにより、FTAよりもさらに摩擦のない貿易関係を築こうとする英国側の主張と対立した(表5)。

そのため、当初事実上の合意期限とされた18年10月17日に開催されたEU首脳会議でも離脱交渉の打開策は見出せず、離脱交渉でEU側の責任者を務める欧州委員会のバルニエ首席交渉官は、円滑な離脱を実現するには英国とEUは18年12月までの合意を最終期限とするとしたものの、首席交渉官レベルの交渉で十分な進展があったと判断すれば、それ以前でも臨時EU首脳会議を開き、正式合意するとした94

表5 離脱協定をめぐる英国とEUの主な対立点

(EU離脱協定案と将来関係に関する政治宣言案の合意)

その後、英国とEUの間で事務レベルの交渉が進められた結果、18年11月13日に離脱協定案及び将来関係に関する政治宣言骨子案の暫定合意に至った。これを受け、11月14日、メイ首相は臨時閣議を開催し、これらの案について閣内の了承をとりつけたと発表した95。その後、同22日には政治宣言案について英国及びEU間で交渉官レベルの暫定合意がなされ、同25日に開催された臨時EU首脳会議において両案について正式に合意がなされた。

(i)EU離脱協定案

18年11月25日にEUにより正式承認されたEU離脱協定案では、市民の権利保護、離脱に伴う実務的課題(separation provisions)の解決、移行期間の設定及び移行期間中の英国の扱い、未払い分担金等の清算、紛争解決等にあたっての制度的取決め、北アイルランド国境管理問題の規約等について記載されているが、ここでは離脱協議において特に争点となっている北アイルランド国境管理問題と移行期間の問題について詳述する(表6)。

表6 EU離脱協定案の概要
(北アイルランド国境管理問題96

英国とEUは、ハードボーダーを避ける点で合意している。また、19年3月29日のEU離脱期日から移行期間終了時までに英国とEUの協議を経て新たな通商合意が成立せず、物理的に税関を設置せずに関税を徴収する方法を策定できなかった場合には、移行期間の延長の有無にかかわらず、新たな協定が適用可能となる時点まで、以下に述べるバックストップが適用されることについても合意している(図7)。

本離脱協定案において、バックストップの発動が選択されると、英国はEUと事実上の関税同盟となる「単一関税領域(single customs territory)」を形成し97、単一関税領域の域外から流入する製品に課す関税はEUと同等に設定しなければならないほか98、共通の通商政策を適用する必要がある。一方、域内では関税、数量規制、原産地規則に係る通関手続を回避することができる。また、英国は、単一関税領域内における競争の公平性を担保するために、政府補助、競争、環境、労働等の分野でEUの規則が適用される。

一方、北アイルランドの関税ルールは英国本土と異なりEUの関税法典に従うこととされ、現在までのように国境での検査なしで単一市場に製品を輸出入可能とするため、付加価値税(VAT)や製品基準、公衆衛生及び食肉管理、農業、政府補助等でEUの規則を引き続き遵守する必要がある。また、英国本土から北アイルランドに流入する製品は、EUの基準を遵守するために一定の検査が実施されることになった99

なお、バックストップの適用解除は、英国、EUいずれの側からも申し立ては可能であるものの、英国とEUと合同委員会を設置し、状況を評価し合意した上で決定することとなった。仮に、EUと英国で意見が対立した場合には、独立した紛争調停機関が解決に当たる100こととなった。

(移行期間の扱い)

EU離脱に伴う激変緩和措置のため、19年3月29日のEU離脱後から20年12月31日までの移行期間が設けられ、移行期間中は英国はEU法の適用を受け、未払い分担金を含む費用を支払う一方、EU内での意思決定への参画には制限を受けるとされた。なお、移行期間は原則的には20年12月31日に終了となるが、20年6月30日以前なら英国の要請に基づき、1回に限って最長2年間(up to one or two years)、移行期間を延長することができるとされ、英国とEUが合同委員会を開き合意の上決定する。その場合には移行期間の延長幅に応じて追加拠出金を支払うこととされた。なお、後述する政治宣言案において、英国とEUは離脱後半年ごとにハイレベル会合を開催し、進捗状況について議論することとなった(図8)。

図7 バックストップ案(コックス英法務長官による法的助言(2018年12月5日公開)の概要)
図8 移行期間とバックストップ発動のタイミング
(ii)将来関係に関する政治宣言案

18年11月25日の臨時EU首脳会議において正式に承認された英国とEUの将来関係に関する大枠を定めた政治宣言案では、英国とEU間の経済、安全保障パートナーシップの枠組みや紛争解決制度の設置、英国のEU離脱に伴う準備等について述べられている(表9)。最終的な英国とEU間の将来関係については、本政治宣言案を基に移行期間中に改めて協議され、合意を交わすこととなった。

表9 将来関係に関する政治宣言案の概要

特に、本政治宣言案では、EU域内で適用されていた人、モノ(財)、資本、サービスの4つの自由に関して、以下のような指針を示した。

人の移動については、英国が人の移動の自由に関する原則を適用しない旨を決定したことに留意し、新たな取決めを締結することとされた。

財の貿易関係については、英国とEUは可能な限り緊密な貿易関係を構築するため、「自由貿易地域」を創設し、関税、手数料、数量制限を設けず、原産地規則のチェックをなくす単一関税領域の構築を目指すこととし、英国は通商政策を必要な範囲においてEU共通通商政策に調和させる義務を負うこととなった。

資本の移動については、英国とEUは、経済パートナーシップの下で自由化される取引に関して資本及び支払金の自由な移動を可能とする規定を設けるべきとした。

サービス貿易及びサービス・非サービス分野の投資については野心的で、包括的な取決めを妥結する。特に、サービス貿易に関しては、WTOルールやEUが近年交わした自由貿易協定(FTA)に立脚した自由化レベルの実現を目指すとした。なお、金融サービス業に対しては、単一免許(パスポート)制度は適用されないものの、英国とEUはそれぞれの規制や政策決定権を尊重しつつ、改善された同等性評価の枠組みの下、離脱後可能な限り速やかに各々において同等性評価を開始し、20年6月末までに評価を終了することを目指すとしている。

コラム2-5:EU離脱を控えた移民の動向

EU諸国からの移民は、EU離脱交渉に係る不透明感の高まりに加え、ポンドの減価に伴い自国通貨建て受取賃金が従前に比べ割安となったことなどにより英国で働くメリットが低下し、減少傾向にある。EU諸国からの移民(注1)の純増数(流入数-流出数)は、15年7月からEU離脱を問う国民投票が行われた16年6月までの1年間の18.9万人をピークに減少が続き、17年7月から18年6月までの1年間では7万人程度となっている(図1)。仕事関連の目的を持ったEUから英国への移民の純増数動向をみると、求職を目的に来英したEU市民は16年6月を境として、また英国内で職を有しているEU市民についても18年初以降急減した(図2)。その結果、就業者の純増数に占めるEU域内からの移民は、15年7~9月期からEU離脱を問う国民投票があった16年4~6月期までの1年間では+29.2万人であったが、17年10~12月期から18年7~9月期までの1年間では-10.7万人となった。英財務省が18年11月に公表した、複数のEU離脱パターンを想定した経済見通しでは、いずれのパターンにおいても、EEA(欧州経済領域:EU、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)からの移民の流入に制限をかけた場合には、移民政策が現行通りの場合と比較して、15年後のGDPが2%弱程度低下すると試算されている(注2)

図1 英国への移民の純増数
図2 EUから英国への仕事関連の移民

(注1)ここでの移民は、国際連合の定義に従い、1年以上にわたり居住国を変更した者(長期国際移民:Long-term International Migrant)を指す。

(注2)英財務省“EU Exit-Long-term economic analysis November 2018”では、15年後のGDPに対して、(1)合意なし離脱の場合、(2)平均的なFTAを締結した場合、(3)チェッカーズ・プランの内容で離脱した場合、(4)チェッカーズ・プラン内容に非関税障壁の影響を加味した場合の4通りについて、移民に対する取決めが現行通りか、移民の流入をゼロとするかのそれぞれの場合の影響について試算している。

コラム2-6:英国の住宅価格の動向

英国の住宅価格の上昇率は16年半ばから緩やかな低下傾向にある。この低下傾向は、主としてロンドンの住宅価格の動向に起因している。ロンドンの住宅価格の動向をみると、14年中と16年初に所得の伸びを大幅に上回る強い伸びを示した後、EU離脱を決めた16年6月の国民投票を契機に鈍化傾向となった(図1)。さらに、17年半ば以降はEU離脱に伴う不透明感から、海外からの不動産購入需要が減少やEUからの移民の減少、更には規制強化や税制変更(注1)等により下落に転じた。18年も、EU離脱に係る不確実性のさらなる高まりや景気の回復の弱さの影響等も加わって、下落が続いている。

図1 英国の住宅価格

(注1)17年以降、賃貸用物件購入を目的とする住宅ローン貸付に対し、LTV(Loan-To-Value: 物件価格に対する住宅ローンの借入額の比率)比率及びDTI(Debt-To-Income:債務者の年収に対する年間の元利金返済額の割合)比率の上限規制を設けるとともに、家賃収入に係る所得税から利息支払い額の一定割合を控除する税制優遇措置を段階的に縮小している。

(英国議会におけるEU離脱協定案の採決)

英国とEUが、EU離脱協定案と将来関係に関する政治宣言案を正式に承認したことを受け、英国のEU離脱をめぐる動きは英国議会下院の採決で離脱協定案が可決されるかが焦点となっていくが、ここでは英国議会での離脱協定案の承認プロセスについて簡単に述べる。

18年6月、英国内で適用されているEU法を国内法に置き換える必要から17年7月に提出されていた2018年EU離脱法(European Union(Withdrawal)Act 2018)が上下両院で可決されたが、同法第13条においては、英国内における離脱協定と将来関係の枠組みの承認プロセスが規定されている(図10)。そこでは、英国とEUが離脱協定に合意した場合は、政府は英国議会に合意声明文、離脱協定案の写し及び将来関係の枠組みの写しを提出し、欧州議会の採択より前に下院で議決(the ‘meaningful vote’101)することが定められている102。同法律の制定当初は、下院で政府決議が否決された場合は、政府は21日以内に今後の方針の声明を発表し、新方針に則った動議を7営業日以内に下院に提出し、採決を行うこととされていた。

しかしその後、18年12月4日から始まった離脱協定案の下院議決に向けた審議の過程において第13条に修正が加えられ、下院が否決した場合、その後政府が提出する新方針に則った対応策について、下院が直接修正を政府に求めることができるとされ、下院の権限が大幅に強化された。さらに、19年1月9日の審議においても修正がなされ、下院が否決した場合に政府が提出することとされている新方針に則った対応策の提出期限が、21日以内から3営業日以内へと大幅に短縮され政府にとって厳しい内容となった(図10)。

図10 2018年EU離脱法第13条の内容(2018年12月4日、2019年1月9日修正内容含む)
(EU離脱協定案に対する英国議会の反応と採決延期)

英国とEUが合意したEU離脱協定案と将来関係に関する政治宣言案に対しては、最大野党・労働党や自由民主党、スコットランド独立党(SNP)に加え、与党・保守党と閣外協力する民主統一党(DUP)や、保守党内の強硬・穏健離脱派双方からも批判が出た103

離脱協定案に対する大きな批判点の一つは、一時的に英国全土をEUとの関税領域に残すバックストップ案にある。そこでは、EUが拒否権を持つことや残留期間について具体的な期限が設けられていないことから、英国がEUルールに縛られたまま主権を取り戻すことができなくなる可能性があると批判されている。また、DUPは、北アイルランドが英国本土とは異なる扱いを受ける可能性があるとして、下院の採決では反対票を投じる構えを見せた104

このような状況の中、12月10日にメイ首相は、バックストップ案について幅広く深い懸念が残っており、採決しても大差で否決される可能性があるとの理由から、11日に予定されていた採決を延期することを明らかにした。メイ首相は、バックストップ案が発動された際に、英国がEU規則を永久に順守するような状況にならないよう、EU側に確約を求めていくとしたが、EU側は、英国での11日の採決延期を受け、離脱協定案について、付随する政治宣言の微修正や付帯文書を加える譲歩はあっても、バックストップの修正や削除はあり得ないとし、再交渉の余地を否定している。

(メイ首相への不信任投票実施)

12月12日、与党・保守党の非閣僚議員の15%(48人)が保守党の「1922年委員会」105にメイ首相の不信任投票を求める書簡を提出し、同日、不信任投票が実施された。不信任投票では、保守党下院議員の過半数の支持を得れば不信任案が可決されるが、保守党下院議員317人106による投票の結果、信任200票に対して不信任117票となり、不信任案は否決された。なお、党の規定により、否決された場合は1年間再度不信任投票を実施することができないとされている。

(欧州司法裁判所による英国のEU離脱に関する判決)

12月10日に、欧州司法裁判所は離脱通知を行った加盟国が当該通知を一方的に撤回可能である旨の裁決を下した。これは、17年12月に英国議会、スコットランド議会及び欧州議会の議員らのグループがスコットランド民事控訴院に対し、リスボン条約50条に規定されている離脱通知は、その2年間の期限が終了する以前に一方的に撤回が可能かどうかに関し訴えを提起したことから、スコットランド民事控訴院が 18年10月3日、欧州司法裁判所に対して裁定を求めたことによるものである。

欧州司法裁判所によると、締結された離脱協定が効力を発生させるまでの間、又は、離脱協定が締結されない場合は、離脱通知を行った日から2年間、もしその期間が延長された場合にはその延長期間内であれば、一方的な撤回が可能であるとされた。また、撤回は、当該加盟国の憲法上の要請に沿った民主的なプロセスに従って決定され、EU首脳会議に書面で通知する必要がある。

本訴えについては、英国及び欧州委員会ともに抽象的であり却下すべき旨主張、欧州委員会及びEU首脳会議は撤回には全加盟国の同意が必要と主張した。なお、メイ首相はEU離脱が16年の国民投票に基づく国民の意思であるとし、離脱方針を撤回しない旨主張している。

(メイ首相による英国議会での承認獲得に向けたEUとの再協議)

メイ首相は、12月13日に開催されたEU首脳会議において、EUとアイルランドのバックストップ案についてEUと再協議し、バックストップが1年間の期間限定の措置であり、恒久的な措置ではないという法的確約を得た上で、19年1月21日までに英国議会下院で投票を行う意向であったが、EUは英国の提案を拒否した。13日に発表された結論文書の中で、EU首脳会議は、(1)離脱協定案及び政治宣言案を承認した11月25日の結論を確認し、EUは、本協定を固守し、その批准を進めるつもりであり、再交渉を開始することはない。(2)バックストップはアイルランド島におけるハードボーダーを回避し、単一市場の一体性を確保するための保険政策(insurance policy)であることを強調。(3)もしバックストップが発動される場合でも、それは、ハードボーダーの回避を保証する後継合意(subsequent agreement)に置き換えられるまでの間、一時的に適用されるものであることを強調、との考えを表した。なお、メイ首相は、12月17日、離脱協定案の英国議会下院による採決を年明け後の1月14日からの週に実施する方針を明らかにした。

(英国議会でのEU離脱協定案と政治宣言案の否決とその後の動向)

18年12月11日に英国議会下院で実施される予定だったEU離脱協定案と政治宣言案の採決は19年1月15日に行われ、その結果、両案への賛成は202票、反対は432票と230の大差で否決された。反対票を投じた議員の中には労働党等野党のほか、保守党議員118名や閣外協力するDUPの全議員である10名も含まれていた。なお、両案の否決直後、最大野党の労働党がメイ内閣に対する内閣不信任案を議会に提出し、翌16日に採決が行われたが、賛成306票、反対325票の僅差で否決された。

両案の否決を受けて、メイ首相は、1月21日に離脱協定の代替案を示したが、これまでの合意内容の大枠を維持し、北アイルランド国境管理問題でのバックストップに関する更なる譲歩をEU側に求めるなど、従来の方針を踏襲する内容にとどまった。また、メイ首相は、二度目の国民投票や離脱撤回を否定する一方、合意なき離脱の回避については完全否定せず、離脱期限の延長については慎重な姿勢を示した。

メイ首相の代替案及び他の与野党議員が提出した修正案について29日107に審議・採決され、メイ首相の代替案は賛成317票、反対301票の賛成多数で可決された。また、同時に採決された7本の議員提出による修正案は、保守党議員による北アイルランド国境管理問題のバックアップを別の案に変更する案及び与野党の超党派で提出された合意なき離脱の回避を要請する案の2案も可決された。一方、可決が有力視されていた超党派議員による離脱期限延期を目指す案は否決された。29日の採決を受け、メイ首相は、バックストップが一時的措置である旨の法的確約を求めて、EUと協議を続けているが、EU側は離脱協定の再交渉に応じていない。なお、メイ首相は、2月24日、2回目の下院での採決(meaningful vote)を3月12日までに実施する旨を表明した。

表11 英国のEU離脱をめぐる主要な動向

付論2.イタリアの財政問題をめぐる動き

(反移民、反EUを掲げる連立政権の誕生)

欧州では、EUが拡大と深化を続ける中で、2015年に中東情勢の悪化による大規模な移民・難民の流入、またこれに伴う社会不安の高まりを経験した。このため近年、反移民、反EUを掲げる政党が急速に台頭している。そうした中、イタリアにおいても、18年6月にEUに懐疑的な「五つ星運動」と「同盟」の2党による連立政権が発足した108(表1)。

表1 コンテ現政権主要閣僚

(財政拡張的な19年度経済財政計画)

18年9月27日、両党が選挙公約として掲げていた財政拡張的な政策(表2)を基にした19年度経済財政文書109が公表された。同文書の経済財政計画は、ジェンティローニ前政権が4月に欧州セメスターに際して欧州委員会に提出した「安定化プログラム」と比較すると、19年度の財政赤字目標を大幅に悪化させるものであった(財政赤字対GDP比0.8%→2.4%)ほか、21年までに一般政府財政収支を黒字化させるとしていたシナリオからもかい離するもの(一般政府財政収支対GDP比0.2%→-1.8%)であり、EUの財政規律である安定成長協定に抵触する可能性がある内容であった(表3)。

欧州セメスターに加え、欧州委員会はユーロ加盟国に対し、14年度予算より毎年10月15日までに予算案を提出することを求めている110。イタリアの場合はイタリア議会予算局111の意見を聴くこととされており、同予算局は10月9日、19年度の経済見通しが過度に楽観的であるとして、政府の19年予算案の承認を拒否した。しかし、イタリア議会予算局の意見には法的拘束力がないため、予算局の承認を得ることなくイタリア議会は同月11日に同計画を承認し、15日にはこれに基づいた予算案を承認した。同日、イタリア政府は欧州委員会に19年度予算案を提出した。

表2 コンテ現政権の主な公約と一般政府財政収支への影響
表3 新旧政権の経済財政計画

(イタリア政府予算案に対する欧州委員会の反応)

イタリア政府から提出された予算案について、10月18日に欧州委員会のドムブロフスキス副委員長とモスコビシ委員(経済・財務・税制担当)は連名で、EU首脳会議において7月13日に採択された勧告における目標から明らかに著しく逸脱し、かつ、その逸脱の規模が前例のない大きさであることから、加盟国の財政規律を定めた安定成長協定に基づく義務に「特に深刻な財政規律違反」であることを指摘する書簡をトリア経済財政相に対して手交した。書簡においては、勧告では財政支出の伸び率が0.1%を超えないようにすべき112、とされたのに対し、予算案では2.7%の上昇と勧告内容を大幅に超過していることに加え、構造的財政赤字を対GDP比で前年から0.6%削減すべきとされたのに対し、逆に0.8%増加させるなど、対GDP比130%を超える債務残高を安定成長協定で義務付けられた基準である60%に向けて削減する内容となっていないこと、を指摘している。さらに、経済見通しがイタリア議会予算局の承認を得られていないことも問題点の一つとして挙げた。その上でイタリア政府に対し、このような計画を策定した理由につき、10月22日正午までに説明を求めた。

しかしながら、イタリア政府は回答期限の22日、予算案がEU規則に抵触していることは認識しているものの、低成長(前掲第2-4-56図)とイタリア社会の最貧層が直面している困難な状況(図4)を踏まえて財政規律よりもまずは経済再建を優先する必要がある113として、修正を拒否する旨を書簡により回答した。

図4 イタリアの相対的貧困率

これを受け、10月23日114に欧州委員会はイタリア政府に対し、19年度予算案は中期財政目標115に基づいて予算案の修正を促す理由を記した意見を採択し、3週間以内に修正案を提出するよう求めた。欧州委員会が予算案の修正を実際に求めたのはイタリアが初めてとなる。

(イタリアに対する欧州委員会の対応)

11月13日に欧州委員会へイタリア政府が再提出した19年度予算案は、経済成長見通しや財政収支赤字をはじめ、鍵となる数字は一切変更されておらず、19年までにGDPの1%相当の国有資産を民営化することによる一時的な収入により公的債務を削減するとの見通しが示されたのみだった。

そのため、欧州委員会は11月21日に欧州連合機能条約(TEFU: Treaty on the Functioning of the European Union)第126条第3項に基づく過剰財政赤字の有無を認定する報告書を公表するとともに、欧州委員会の勧告116に対する、「特に深刻な財政規律違反(particularly serious non-compliance)」であるとの意見を採択した。報告書は、(1)最近の景気の下振れリスクは高まっているものの、16年以降継続して名目経済成長率が2%を超えており117、マクロ経済状況をもってイタリアが債務削減ベンチマークから大きくかい離する理由とすることはできないこと、(2)修正予算案では過去取り組んできた成長力強化のための構造改革、特に年金改革を著しく後退させるものであること、(3)修正予算案及び欧州委員会秋季見通し(18年11月)に基づくと、EU 経済財務相理事会(ECOFIN)が勧告した中期財政目標(MTO)達成に向けた調整軌道から、18年は著しくかい離(significant deviation)し、19年には特に重大な財政規律違反(particularly serious non-compliance)となるリスクがあること、の3点を中心に予算案を審査した結果、イタリアへの過剰財政赤字是正手続(EDP: Excessive Deficit Procedure)の適用が正当化されるとした。

その後、イタリア政府と欧州委員会は調整を重ねたものの、財政赤字の小幅削減にとどまり大きな進展がみられなかったため、経済金融委員会(EFC:Economic and Financial Committee118は11月29日119にEU加盟国としても欧州委員会の報告書の内容を承認する旨の意見を表明した。

これを受けて12月3日に開催されたユーログループ(ユーロ圏財務大臣会合)では、欧州委員会の判断を支持し、イタリアに対し安定成長協定に準拠するために必要な措置を講じるよう勧告するとともに、欧州委員会とイタリア政府が続けている対話を支援する、との声明が発表され、イタリア政府とEUの間の再修正案に関する協議に委ねられることとなった。

コンテ伊首相は、イタリア議会における19年度予算案採決に先立ち、12月13~14日に開催されたEU首脳会議において、19年の財政収支赤字対GDP比を2.04%、19年の実質経済成長率見通しを1.0%120に引き下げる案を提案し、19日になってEU加盟国及び欧州委員会と合意し(表5)、過剰財政赤字是正手続の開始は回避された。

表5 イタリア政府とEUが合意した修正予算案

ただし、この財政赤字削減は、主として現政権が公約に目玉政策として掲げていたベーシックインカムの導入及び11年に実施された年金改革の撤回先送りによるものである。仮に20年以降にこれらの政策を実施する場合には、財源として20年、21年の付加価値税率引上げを行うことが前提となるが、そうした措置が着実に実施されるかにつき、EUは引き続きイタリアの状況を監視する必要があると強調している。既に19年1月時点においてイタリア中央銀行が19年の成長率見通しを0.6%へ下方改定するなど景気が急速に悪化しており、EUとの合意内容の遵守については予断を許さない状況となっている。

EU28か国において4番目の経済規模を擁するイタリアの予算案をめぐる一連の動きは、EUの共通財政政策の枠組みを揺るがす可能性があるため、引き続き注視が必要である。

表6 イタリア予算案修正をめぐる動き

1 詳細については付論1.英国のEU離脱問題をめぐる動き 及び付論2.イタリアの財政問題をめぐる動き を参照。
2 コラム2-3 乗用車の新排出ガス・燃費試験法(WLTP)の全面施行による経済への影響 を参照。
3 欧州委員会の秋季見通し(18年11月)によると、ユーロ圏の潜在成長率は18年、19年共に1.6%とされているところ、イタリアは欧州内でもギリシャに次いで低い18年0.5%、19年も0.6%とされている。
4 航空機及び海軍装備品の輸出が急増したことによる。
5 18年9月に欧州において乗用車の新排出ガス・燃費試験法が全面施行されて以来、各国で新規乗用車登録台数がマイナス成長を続けており、18年後半の個人消費の伸びの鈍化の一因となった可能性もある。新排出ガス・燃費試験法の全面施行が新規乗用車登録台数に与えた影響については、コラム2-3 乗用車の新排出ガス・燃費試験法(WLTP)の全面施行による経済への影響 を参照。
6 コラム2-4 ドイツにおける供給制約 を参照。
7 製造業購買担当者景気指数(PMI)受注指数は50を超えると前月と比較して増加、50を割ると減少を表す。10月にはユーロ圏、ドイツ、イタリアが50を割り、その後も50を下回った状況が続いている。
8 Economic Bulletin(ECB 19年2月)を参照。
9 ユーロ圏の総固定資本形成(17年)に占める機械設備投資及び建設投資の割合は各々32.2%、47.7%(住宅投資のみでは25%)となっている。
10 鉱工業生産は、ドイツでは世界金融危機前の水準に回復したが、ユーロ圏全体では危機前の水準に戻っていない。
11 製造業購買担当者指数(製造業PMI)も同様に、17年12月に過去最高を記録後、18年に入り50は上回ってはいるものの低下してきている。この急落の背景には、極めて好調だった17年からの潜在成長率への調整といった要素に加えて、急改善に伴い生じた供給面での制約や、年半ば以降急速に高まった政治的・政策的不確実性、一時的な要因としてWLTP導入への対応の遅れによる影響が想定よりも長引いたことなどがある。
12 コラム2-4 ドイツにおける供給制約 を参照。
13 コラム2-3 乗用車の新排出ガス・燃費試験法(WLTP)の全面施行による経済への影響 を参照。加えてドイツでは10~12月期にライン川の水位が大幅に低下したことに伴い、物流が遮断され、流域にある化学関連企業が生産を抑制した。
14 フランスでは、マクロン大統領の優先課題として労働法典の改正が掲げられ、不当解雇補償額(解雇補償金)の上限設定や解雇不服申立て期間の短縮等を含む改正労働法典の全ての措置が18年1月に施行(主要部分は17年10月に施行)された。また、職業教育、デュアルシステム(教育機関等における理論教育と並行して職業訓練を行うシステム)、失業保険の三分野の改革をまとめた「職業における将来を選択する自由のための法律」が18年8月1日に成立した。このようにマクロン大統領は精力的に労働市場改革を進めているが、ル・メール経済・財務大臣が述べているように「十分な成果が出るまでに1年から2年を要する」ものであり、18年のフランスの若年層失業率は年間を通じ20%強と高水準で推移するなど、目に見える成果が出ているとは言い難い状況となっている。こうした中、18年11月17日から毎週末フランス全土において最大で30万人規模のマクロン政権に対する抗議デモ(黄色いベスト運動)が発生し、観光や小売等をはじめ経済に深刻な影響が生じた。デモの直接的な引き金は19年1月に実施が予定されていた燃料税増税であったが、根底にあるのは、公的部門を中心とした構造改革や年金・社会保障費負担を増やす一方で法人税減税、富裕税(ISF)を撤廃したことに対する低・中所得者層の反発と指摘されている。
15 ECB(18年12月)では、世界金融危機前と異なり、今般の景気回復期における労働市場の改善は主として55~74歳の高年齢者層における雇用者の増加によるとし、その背景として、ベビーブーム世代が高年齢者層に達し、就業者に占める当該年齢層割合が高まったという人口構造上の要因に加え、年金受給開始年齢の引上げ等の年金改革が寄与したと分析している。
16 ECBは、消費者物価指数(HICP総合)前年比を、中期的に2%を下回りかつ2%近傍とすることとしている。
17 購入の対象は、ユーロ圏各国が発行する国債のほか、EU機関債、政府機関債、資産担保証券(ABS)及びカバードボンド(金融機関が保有する貸付債権を組み合わせ、それを担保として発行する社債)。
18 資産購入プログラムについては、17年12月まで月額600億ユーロであった資産購入額を、18年1月から少なくとも18年9月までは月額300億ユーロとすること、2%の消費者物価上昇率に向けた持続的な物価上昇が確認できるまでは、この期限を超えて資産買入れを行うことを決定した。また、これらのほかに、保有資産の償還分の再投資を、買入れ期間終了後も必要な限りいかなる場合でも実施することなども決定していた。
19 同日に公表された再投資に関する方針においては、これまで資産購入プログラムとして実施してきた各種プログラム、すなわち(1)公的部門購入プログラム共債購入プログラム(PSPP: Public Sector Purchase Programme)、(2)資産担保証券購入プログラム(ABSPP: Asset-Backed Securities Purchase Programme)、(3)カバードボンド購入プログラム第三弾(CBPP3: Third Covered Bond Purchase Programme)、(4)社債購入プログラム(CSPP: Corporate Sector Purchase Programme)について18年12月末時点の残高を維持するとしている。また、国債の償還は原則同じ国債の買入れで対応するが、公共債の残高のポートフォリオを域内中央銀行による出資比率(キャピタルキー)に近づけるよう、市場に影響を与えないよう十分配慮しつつ、徐々に調整していくとの方針を示した。19年1月に発効されたキャピタルキーにおいては、従来よりもイタリアやスペイン等12か国のECB出資比率が引き下げられ、ドイツやフランス等16か国の出資比率が引き上げられたが、現在ECBが保有するイタリア、フランス、スペインの国債の割合はキャピタルキーを大きく上回っていることから、今後大幅な調整が必要となるとみられる。さらに、市場に対する中立性や安定的かつ均衡のとれた再投資の実施といった原則を維持するほか、公共債以外の資産の扱いについては、各資産の時価総額を再投資の目安とするという方針も示された。
20 ドラギECB総裁は政策理事会後の記者会見において、輸出をはじめ複数の経済指標が予想より弱く、今後成長の勢いが鈍化することを示唆している可能性があるとした。それにも関わらず、成長見通しに関するリスクがおおむね均衡しているという判断を維持した理由として、現在は17年の非常に高い成長率から潜在成長率レベルへと戻っていく調整過程にあるためという見方を示した。
21 16年3月以降、政策金利(メイン・リファイナンシング・オペレーション金利)を0.00%、限界貸出金利を0.25%、中銀預金金利を-0.40%に据え置いている。
22 19年1月の政策理事会では、流動性供給の手段の一つとして14年9月に導入され、17年3月を最後に行われていなかった貸出条件付長期資金供給オペ(TLTRO:Targeted Longer Term Refinancing Operation)の再導入についての議論が行われ、3月の政策理事会に向けて更に議論を続けていると複数の専務理事が発言している。なお、銀行による実体経済への融資の促進を目的に、16年6月~17年3月まで計4回にわたり実施された第二弾のTLTRO(通称TLTRO-II)は、市中銀行に対し、家計向け住宅ローンを除く非金融民間に対する貸出増加実績に応じて年利0~-0.4%の低水準の固定金利の下、最大4年まで資金を供給するもの。なお、TLTRO-IIにより、ECBが市中銀行に対し融資した額は約7,400億ユーロとなっている。
23 景気の緩やかな回復によりスラックの解消が進む中で、例えば、ドイツ最大労組の金属産業労組(IGメタル)と経営者連盟の労使交渉では、18年2月、(1)18年1~3月は基本給を据え置いた上で100ユーロの一時金支給、(2)18年4月の基本給の一律4.3%引上げ、(3)19年1月に月給27.54%相当を上乗せ支給(労働時間短縮で代替可)、(4)19年7月に400ユーロの一時金支給等で妥結している。
24 ユーロ圏の一般政府財政収支対GDP比は、欧州委員会の秋季見通しでは、18年-0.6%、19年-0.8%、20年-0.7%(European Commission(2018c))、ECBの見通し(12月)では、18年-0.5%、19年-0.8%、20年-0.7%、21年-0.6%と見込まれている。
25 「欧州セメスター」とは、11年に導入されたEU加盟国の経済政策及び予算に対する事前評価制度。毎年11月から翌6月にかけて実施される。具体的なプロセスは次のとおり。(1)欧州委員会が前年の年末に向け、成長と雇用の促進のための戦略を示す年次成長概観(Annual Growth Survey)を示し、これに基づきEU首脳会議が3月に各国の政策に関しガイドラインを提示する。(2)各国はこれに基づいて中期予算目標や根拠となる経済予測等が盛り込まれた「安定化プログラム」及び「国家改革プログラム」を4月頃に欧州委員会に提出する。(3)欧州委員会において各国のプログラムを評価し作成した勧告案を6月に閣僚理事会(ECOFIN: Economic and Financial Affairs Council)にかけ、更にEU首脳会議で議論し承認する。
26 ユーロ非加盟国の場合には「収れんプログラム」と呼ばれる。
27 欧州委員会による国別勧告は、自国に対する勧告も含めてEU首脳会議の承認を得たものである。
28 欧州委員会は、イタリア以外にも、主要国ではフランス、スペインに対し、19年度予算が中期財政目標(MTO)や国別勧告(CSR)からかい離した拡張的予算案を策定したことに関し説明を求める書簡を発出している。ただし、著しく目標から逸脱しているとされたのはイタリアのみである。なお、財政収支が黒字であるドイツも拡張的な19年度予算案を策定した。
29 本節3.イタリアの19年度予算案をめぐる動き を参照。
30 欧州連合の経済通貨同盟を維持・促進していくための財政政策の運営に関する協定。欧州委員会及び欧州連合理事会によって加盟国の財政を監視することが定められており、違反国に対する警告や改善がみられない場合の制裁措置の実行も盛り込まれている。
31 ドイツは17年 1.5%、18年 1.2%、19年 1.0%と黒字が縮小すると見通されている(European Commission(2018c))。ドイツでは、17年9月24日の総選挙の結果、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が第一党となったが、連立協議は難航した。自由民主党(FDP)、緑の党との連立交渉決裂後、社会民主党(SPD)との大連立がSPDの党員投票を経て成立し、18年3月14日に第四次メルケル政権が発足した。大連立に係る合意内容には、公共住宅の建設や、子育て世帯による持ち家の取得促進のための補助金の導入等、財政拡大につながる内容が含まれていた。加えて、10月14日のバイエルン州、同月28日のヘッセン州議会選挙においてCDU/CSUは大きく議席を減らし、代わって、財政緊縮に否定的な緑の党が躍進し、反EU、反移民を掲げるドイツのための選択肢(AfD)も議席を獲得した。選挙結果を受けメルケル独首相が党首辞任を表明するなど、政権の不安定化が見込まれる中で財政拡張路線に拍車がかかる可能性がある。
32 単年度の一般政府の財政赤字がGDP比3%を上回らず、債務残高がGDP比60%を下回ることが求められる。
33 フランスの一般政府財政赤字対GDP比は、春季見通しにおいて17年に2.7%となり、18年は2.3%となることが見込まれたことから、フランスは2年連続での基準(財政赤字対GDP比3%以下)達成という監視停止条件を満たしたとして、18年6月22日に欧州委員会による監視が終了した。なお、秋季見通しにおいては18年2.6%と、基準を満たしてはいるが下方改定されている。
34 英国時間で3月29日23時、中央ヨーロッパ時間で3月30日午前0時を指す。英国のEU離脱に関する詳細については、付論1.英国のEU離脱をめぐる動き を参照。
35 18年7~9月期には、好天やイベント等の一時的要因により個人消費が高めの経済成長(前期比年率2.5%)に寄与した(前期比年率寄与度0.9%)。
36 EU離脱への備えとして、6か月分の備蓄が推奨されている医薬品の売上数量(季調値)は、10月は前年比32.6%、11月は同41.2%、12月は同43.7%と高い伸びを示している。
37 17年4月に自動車税が改正され、二酸化炭素排出量の多い車両に対する課税が強化された。それまで1km当たりの二酸化炭素排出量が100g未満の車両は課税されなかったが、二酸化炭素を排出しないゼロ・エミッション車を除き、排出量に応じて課税されるなどの改正がなされた。
38 英国政府は17年7月26日、大気の改善を目的とした「沿道の二酸化窒素濃度に対する英国の取組計画」(UK plan for tackling roadside nitrogen dioxide concentrations)を公表し、新たに取得するディーゼル車への課税を見直す方針を示した。これを受け、18年4月1日以降に登録するディーゼル車について、EU規則に基づく排出ガス基準を満たさない場合、取得年の自動車税を増税するとの措置が導入された。
39 詳細は コラム2-3 乗用車の新排出ガス・燃費試験法(WLTP)の全面施行による経済への影響 を参照。
40 BOE “Inflation Report”(18年11月)を参照。
41 付論1.英国のEU離脱をめぐる動き を参照。
42 BOE “Agents’ survey on preparations for EU withdrawal and results from the Decision Maker Panel survey”(18年12月)
43 BOEの推計による長期均衡失業率(Long-term Equilibrium Rate of Unemployment)(BOE “Inflation Report”(18年2月)による)。
44 前月と比較して今月の採用数が多い場合は50を超え、少ない場合は50未満となる。
45 コラム2-5 EU離脱を控えた移民の動向 を参照。
46 第2-4-52表を参照。
47 金融機関から受け入れた準備預金に対し付利する際の金利。06年5月以降、BOEは金融調節手段として準備預金制度を導入している。
48 量的緩和政策については、国債買取枠4,350億ポンド、社債買取枠100億ポンドで据え置かれた。
49 18年6月の議事要旨にて、政策金利が1.5%近辺に到達するまで資産購入プログラムで購入した保有資産を維持するとした。
50 円滑なEU離脱を想定。なお、18年11月1日公表時点では、19年度予算案(10月29日公表)で示された財政緩和は勘案されていなかった。
51 経済見通しは11月時点から弱まったとし、18年10~12月期の実質経済成長率を前期比0.3%から同0.2%へ下方改定し、19年1~3月期も同水準となるとした。
52 BOE “Inflation Report”(18年2月)を参照。
53 このほか19年2月には、19年の企業投資を前年比-2.75%と18年11月時点予想の同2%から大幅に引き下げ、住宅投資も同-0.5%と同1.25%から引き下げた。
54 EU離脱後の影響に対応するため、カーニー総裁は任期を19年6月から20年1月まで延長し、18年10月任期満了だったカンリフ副総裁は再任され、23年10月まで務めることとなっている。
55 正式名称はTreaty of Lisbon amending the Treaty on European Union and the Treaty establishing the European Community。EUの法的根拠となるEU基本条約を修正する条約であり、2007年12月にポルトガルのリスボンで締結、2009年に発効した。第50条第1項では、加盟国がEUから離脱できること、第2項では、離脱を決めた国はEU首脳会議に通知することやEUはEU首脳会議で承認されたガイドラインに基づいて、当該国とEUの詳細な関係の枠組みを考慮した上で、離脱計画に関する合意を交渉すること、第3項では、離脱協定が発効する日から離脱する加盟国におけるEU基本条約の適用が終わること、離脱協定が発効していない場合でも、離脱通知から2年後にEU基本条約の適用が終わることが定められている。ただし、英国を除く27加盟国の同意が得られれば、離脱交渉期間の延長が可能。
56 関税同盟は、加盟国間の関税を撤廃する一方、第三国に対する対外関税を統一する制度。共通の関税政策をもつため、加盟国が自由に第三国と貿易協定を交渉することはできない。一方、単一市場は、関税同盟よりも広範囲の自由化を進め、貿易やサービスに関する規制やルールを統一し、域内での人、モノ、サービス、資本の自由な移動を可能にする取組。
57 例えば18年8月に公表されたIMFの試算によると、合意なき離脱となった場合、離脱しなかった場合と比較して長期的にEU域内のGDPが1.5%減少し、雇用の0.7%が失われるとしている。
58 National Institute of Economic and Social Research(NIESR)
59 英国のEU離脱方針の詳細をまとめた白書で、後述するチェッカーズ・プランの内容をより具体的に示したもの。詳細は付論1を参照。
60 メイ首相が18年7月に取りまとめた英国のEU離脱に関する包括的な指針。詳細は付論1を参照。
61 EU非加盟国を含む欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国がEUの単一市場にアクセスできるよう、94年1月1日にEFTAとEUの間で発効した。現在、EU28か国にEFTA加盟国であるノルウェー、リヒテンシュタイン、アイスランドを含めた31か国で構成。加盟国はEU域内市場で、人、モノ、サービス、資本を自由に移動できるが、広範なEU法への準拠が求められる。また、一定額の拠出金も支払う必要がある。
62 EUの主要なFTA締結相手国には、日本(日・EU経済連携協定(EPA)、2019年2月発効)、スイス(1973年発効)、韓国(2015年発効)、シンガポール(2018年10月署名)、カナダ(包括的経済貿易協定(CETA)、2017年9月に暫定適用開始)、ベトナム(2015年12月に交渉妥結)が含まれる。
63 個人所得税率を年収に応じて15%と20%の2区分、小規模事業者・自営業者向け法人税率を15%とした。2017年のイタリアの個人所得税率は23~43%、法人税実効税率は24%(金融機関は27.5%)であるため、事実上の減税策となる。
64 本節脚注25参照。
65 EU規則によりユーロ加盟国は12月31日までに各国議会において予算を採択することとされている。
66 OECD(2019)によると、世界経済の成長率は、19年は3.3%、20年は3.4%と、18年の3.6%から鈍化する見込み。
67 17年6月に英国、フランス、スペイン、9月にドイツが実施。
68 イタリアやドイツ以外においても、例えばオーストリアでは、17年12月18日に中道右派の国民党と反移民を掲げる自由党による連立政権が発足した。オーストリアは18年後半のEU議長国でもある。ベルギーでは18年12月18日にミシェル首相が辞意を表明し、19年5月に予定されている総選挙を待って辞任することとなったが、そのきっかけは10日に国連移民対策の国際的な枠組みである「安全で秩序ある正規移住のグローバル・コンパクト」にミシェル首相が賛同したことに対し連立政権を構成する右翼政党が反発し、政権から離脱したためであった。また、 ユーロ圏外では、17年10月のチェコ下院選でユーロ懐疑派の政党が議席を伸ばしたほか、18年4月のハンガリー国民議会選挙では反移民等を掲げる現首相率いる与党連合が圧勝した。18年9月にはスウェーデンにおいても極右の民主党が躍進し、第3党という位置づけは変わらなかったものの、42議席から62議席へと大きく議席を伸ばした。スペインにおいても、18年12月に行われたアンダルシア自治州議会選挙で13年に発足した極右政党であるボックスが初めて議席を獲得(12議席)した。19年度予算が19年2月に入っても議会を通らず、政権運営が困難になったことから同月15日、サンチェス首相は上下院を解散し19年4月28日に2020年に予定されていた総選挙を前倒しで実施することを決めた。
69 最も議席を伸ばした左派リベラルの緑の党はバイエルン州議会選挙で38議席、ヘッセン州議会選挙で29議席獲得して第2党となった。
70 18年10月28日のヘッセン州議会選挙においては、反移民、反EUを掲げる「ドイツのための選択肢(AfD)」が獲得した議席数は137議席中19議席であった。
71 首相については任期満了(21年秋)まで続投する意向を示している。これまでメルケル独首相は党首と首相を同一人物が兼務することを重視してきたが、制度上は異なる者が就くことができる。18年12月7日に実施されたキリスト教民主同盟(CDU)の党首選において、メルケル独首相の中道路線を基本的に継承するクランプ=カレンバウアー氏が選出された。ただし、同党が大敗した原因となった移民政策に関しては同月9日、19年5月に実施される欧州議会選挙の前に党の移民政策を変更する旨を発表しており、従来の積極的な受入れ路線が変更される可能性がある。
72 フランスのマクロン大統領は17年9月、EU改革案を示し、10年のギリシャ危機のような緊急事態に対するユーロ圏経済の抵抗力の強化を目的として、ユーロ圏内の南北格差是正を図るため、ユーロ圏共通予算や財務相の設置、ユーロ圏共通の預金保護制度導入による銀行同盟の創設のほか、過剰債務に陥った国に緊急融資を行う欧州安定化メカニズム(ESM)を発展的に改組した欧州版国際通貨基金(EMF)の設立等を提唱した。ドイツと協議した結果、共通予算創設及びEMF創設に関して合意し、独仏共同提案として18年6月28~29日に開催されたEU首脳会議に提出。このうち、共通予算制度については、18年11月19日に開催されたユーロ圏財務相会合(ユーログループ)において素案が独仏共同提案として示された。当該案では、共通予算制度はEU予算の一部として位置づけ、ユーロ加盟国19か国により共同運用するものとされ、具体的な規模への言及はなかったものの、21年までに設置を目指すとしていた。しかし、18年12月4日のEU経済財務相理事会で加盟国の合意が得られなかったため、当初12月13~14日のEU首脳会議において包括的な合意を得ることを目指していたが、先送りとなった。
73 「黄色いベスト(ジレ・ジョーヌ)運動」と呼ばれる。黄色いベストとは、フランスにおいてドライバーが車両故障の際、安全のために着用を義務づけられている黄色い蛍光色のベストのことを指す。デモに参加する際に着用するよう呼びかけられたことから命名。
74 ル・メール仏財務相は、12月10日時点で10~12月期の実質経済成長率を前期比で0.1%ポイント押し下げるという見解を示し、また、同日フランス中央銀行も同成長率見通しを、デモによる小売業をはじめ広範な分野において影響が生じているとして、同成長率の見通しを11月時点の前期比0.4%から0.2%へ引き下げた。
75 18年12月10日発表。19年1月より手取りが現行1,185ユーロの最低賃金を月額100ユーロ(約1万3,000円)引き上げるほか、残業代への非課税の前倒し施行、18年1月から引き上げられていた社会保障税について年金支給月額2,000ユーロ以下の退職者に対しては増税を撤回することや、18年末のボーナスを非課税とすることとした。なお、これらの施策の実施には80~100億ユーロ程度要すると見込まれている。このほか、18年1月により130万ユーロを超える純資産及びその取引全般にかかる0.5~1.5%の累進課税である富裕税(ISF)を廃止し、代わりに同額以上の不動産資産及び取引のみを対象とした不動産富裕税(IFI)を導入していることについても、デモ隊は富裕層優遇であるとして撤回を要求していたが、こちらについては富裕層の国外流出を理由に拒否した。
76 当初19年度の財政赤字対GDP比2.8%以内としていたが、これら一連の対応策の実施に伴い3.2%程度に抑えたいと18年12月16日段階でフィリップ仏首相が述べている。安定成長協定の基準である一般政府財政赤字対GDP比3%以内を超えることになるが、欧州委員会の見解は、イタリアと異なり、今般のフランスのケースは限定的、一時的、例外的な状況であって中期目標から一時的に逸脱することが認められるとの見解を示し、最終的なフランスの19年度予算案の財政赤字の基準からの逸脱が一時的(2年連続で財政赤字の対GDP比が3%を超えない)かつ限定的(19年度の財政赤字対GDP比が3.5%を超えない)であるかは、19年5月に評価するとした。
77 欧州議会は28の加盟国から直接選挙で選出された議員で構成される立法機関で、比例代表制(定員は各国の人口に配慮し配分、各国国内選挙法に基づき実施)により選出され、5年ごとに実施される。なお、現在の定員は751名であるが、英国のEU離脱に伴い、英国が現在保有する73議席のうち、46議席を削減し、残りの27議席は再配分されるため、19年の選挙時の定数は705となる。
78 欧州理事会(European Council)の別名。EU全体の政治的方針及び優先課題を決定するEUの政治的最高意思決定機関(立法権限はなし)であり、加盟国首脳、欧州理事会議長、欧州委員会委員長により構成される。
79 第50条第1項では、加盟国がEUから離脱できること、第2項では、離脱を決めた国はEU首脳会議に通知することやEUはEU首脳会議で承認されたガイドラインに基づいて、当該国とEUの詳細の関係の枠組みを考慮した上で、離脱計画に関する合意を交渉すること、第3項では、離脱協定が発効する日から離脱する加盟国におけるEU基本条約の適用が終わること、離脱協定が発効していない場合でも、離脱通知から2年後にEU基本条約の適用が終わることが定められている。ただし、英国を除く27加盟国の同意が得られれば、離脱交渉期間の延長が可能。
80 閣僚理事会(Council of the European Union)は、加盟国の声を代表する立法機関の1つ。政策分野ごとに加盟国の各分野の閣僚級代表により構成される。
81 離脱協定案では、(1)交渉官レベルで合意し、法技術的な修正を残すのみの条文、(2)政治的目標(political objective)において合意したが、条文案の修正と明確化を必要とする条文、(3)EUが提案した案で議論中の条文の3種に区分されている。
82 英国予算責任庁(OBR:Office for Budget Responsibility)は18年3月、EU離脱に係る財政負担(19~64年)を414億ユーロ(371億ポンド)と試算していたが(Economic and Fiscal Outlook(March 2018))、18年10月の試算では422億ユーロ(387億ポンド)に上方改定された(Economic and Fiscal Outlook(October 2018))。なお、11月25日にEU側と英国との間で合意された離脱協定において、英国とEU双方の合意の上一度だけ、移行期間が1年ないし2年間延長できることとされたが、延長された分、英国が支払うべき拠出金が加算されることとなる。
83 ベルファスト合意は、1998年4月に北アイルランドのベルファストにて英国政府、アイルランド政府及び北アイルランドの8つの政党間で締結された和平合意で、北アイルランド問題に係る和平プロセスの根底を成している。本合意後のアイルランド及び北アイルランドそれぞれの国民投票により、アイルランドは北アイルランドの領有権主張を放棄し、北アイルランドは、完全に英国の一部であることが確定した。
84 英国とアイルランド共和国間の人の移動の自由を確保するために設定された「共通旅行区域」を維持するとしている。これにより英国及びアイルランド市民は、「共通旅行区域」内は入管手続なしで自由に移動できる。
85 EUは、アイルランド島に、自由貿易の確保のため島内に国境管理のための物理的な構造物(いわゆる「ハードボーダー」)を設けない「共通規制地域」を設定し、事実上、北アイルランドをEUの関税同盟に残すことを提案した。協定案では、英国側から他の解決策が提示され、EUとの合意がなされない限り当該案が適用されるとされたため、英国側は英国の一体性を損なうとして反対し、対案を示す意向を示した。その後英国は、対案として解決策が合意されない場合には、20年12月末までの移行期間終了後も、英国を21年末までEU関税同盟に残すことなどを求める暫定関税措置案を示したが、EUは難色を示していた。
86 チェッカーズ・プランについては与党・保守党内でEU側に譲歩しすぎとの批判があり、合意からわずか2日後の18年7月8日にデイビッド・デービス離脱相が、更に9日にはボリス・ジョンソン外相が相次いで辞任した。
87 正式名称はThe Future Relationship between the United Kingdom and the European Union
88 事実上、EUの規格に従うことを意味する。
89 物品の原産国を決定するために加盟国が適用する法令及び一般に適用される行政上の決定をいう。
90 FCAのスキームは実務的な面での煩雑さから、7月20日、本白書を協議したEU総務理事会後の記者会見において、欧州委員会のバルニエ首席交渉官から実現可能性について多くの疑問があると指摘されている。特に、複雑な官僚的手続やコストを増やさないで実際の仕向地を正確に捕捉することは困難を伴うとされたほか、上述のように、英国は離脱後もEUの財規格に従う必要があることから、英国側の自主決定権が狭められることにつながるため、英国内からも与党・保守党の強硬離脱派からはEU側に譲歩しすぎていると批判された。なお、18年7月16日に保守党内のEU離脱派が提案したEU離脱をめぐる関税法の修正案が可決され、EU側にも同様に英国向け輸出の関税徴収の代行を求めることとなった。
91 18年10月1日、メイ首相はEU離脱後の移民政策の方針について、欧州経済領域(EEA)域内と域外の移民を同等に扱うとともに、英国経済に貢献する高技能労働者を優先的に受け入れることを明らかにした。
92 金融サービス分野の自由アクセス終了に対しては、特に金融業界からの批判が大きい。現在、EU加盟国の金融機関は、いずれかの加盟国で単一免許(パスポート)を取得すれば、EU域内のいずれの国でも自由に営業することが可能となっている。このため、EU域外の金融機関がEU域内に事業展開する際、金融インフラが充実し、国際金融センターとしての役割を果たすロンドンに拠点を置くケースが多い。しかし、英国のEU離脱によって単一免許(パスポート)が利用できなくなると、離脱前のようにEU域内で自由に事業展開するには、例えば他のEU加盟国に支店を設けるなどした上で、免許(パスポート)を再取得する必要がある。さらに、EU側は離脱後の英国を日米と同様の「第三国」として扱うこととしており、英国の金融サービス業者がEU域内で自由に事業活動を行うためには、英国の金融規制がEUと同等であることを認める「同等性評価」を取得することが求められるようになる。現行EUの同等性評価制度では、英国にとって金融関連法ごとに同等性評価を受ける必要があるほか、一部の業務ではEU市場へのアクセスを認められなくなること、EUが30日の通知期間後に一方的にアクセスを拒否できる権限を有するなどの制約が大きい。英国政府は、通知期間の延長等、同評価の枠組みを改善した上合意することを求めている。
93 19年3月現在、英下院における与党・保守党の議席数は314議席であり、英国と北アイルランドの保守政党である民主統一党(DUP:10議席)からの閣外協力を得て過半数(320議席)を確保している(全議席は650議席であるが、シンフェイン党(7議席)は登院しておらず、正副議長(4議席)は慣習上、通常は投票しないため、実質的な過半数は320議席となる)。DUPは北アイルランドの英国への帰属を支持する政党であり、英領北アイルランドがEUの関税領域に残留することにより英国と北アイルランドの間に事実上の国境線が発生するような事態に反対している。
94 メイ首相が10月22日の議会で、離脱協定は95%合意済みであり、合意に至っていない北アイルランド国境管理問題については、バックストップ案の代替として、移行期間延長についても選択肢となる旨の発言をしている。ただ、バックストップ案と移行期間延長案は共にあくまで最悪の場合の保険(insurance policy)であり、また一時的な措置であることを強調した。
95 英BBCによると、実際には閣議に参加した29人の閣僚のうち3分の1が反対したとされている。更に15日には、ラーブEU離脱相を含む4人の閣僚が同草案を支持できないとして辞任した。
96 25日の臨時EU首脳会議開催にあたって、スペイン政府は英国領ジブラルタル問題を巡り離脱案に反対する姿勢を示唆していたが、英国政府が24日、英国・EU間の全般的な協議とは別途、英国とスペインとの間でジブラルタルの扱いを協議するとの方針を示したため、スペインは首脳会議で協定案に賛成した。そのため、離脱協定案には、別途ジブラルタルに関する規約が盛り込まれている。また、同様に、キプロスにある英軍基地に関する扱いについても別途規約が盛り込まれている。
97 また、これまでと同様、EU以外の第三国と自由に通商協定を締結できない。例えば米国と自由貿易協定(FTA)を締結することや、米国を除く環太平洋経済連携協定(TPP)参加11か国の新協定「TPP11」に参加することができなくなる。そのため離脱強硬派の反発を招いている。
98 漁業は単一関税領域の例外とされ、漁場のアクセスについては移行期間中に協議し、新通商合意の一部となるとされた。
99 英国当局による市場での査察か事業者の敷地内での検査により実施する。また、農産物や動物性商品については、アイルランド島が単一検疫区域であることから、現在も空港・港湾で検査が行われていることを土台に、検査の割合を拡大するとした。
100 EU側は司法裁判所の活用を主張したが、独立した紛争調停機関を新たに設けることになった。
101 2018年EU離脱法で規定されている、離脱協定と将来関係の枠組みの受入れ是非を問う下院採決を、meaningful voteと呼称している。
102 上院でも離脱協定及び将来関係の枠組みについての動議の審議を実施し、下院の結論を待って上院としての意見を表明する。
103 閣議了承の段階で既に英国内の強硬離脱派のみならず、穏健離脱派やDUPから批判が出ていた。
104 12月5日、離脱協定案について法務長官がメイ首相に提示していた法的助言の全容が公開された。その中で、バックストップの部分について、現行の文言には別途合意がなければ、英国が関税同盟から合法的に離脱するための仕組みが含まれておらず、今後EUと長年にわたる交渉が果てしなく続くおそれがあると指摘している。
105 保守党の議員委員会であり、党首を束縛する権限はないが,非閣僚議員の意見や動向を党首に伝える機能を持つ。また、同委員会に下院議員の15%の書簡が集まると党首に不信任案を提出できるという規則がある。1922年の選挙で初当選した議員を中心に、1923年に設立されたことに由来する。
106 信任投票には、保守党の党員ながら保守党会派を離れ無所属となっていた2人も合流し、計317人が参加。
107 ここでの採決は、メイ首相の方針への賛否を問う性質のものであるため、2018年EU離脱法に規定されたEU離脱協定批准のための法的拘束力のある投票(meaningful vote)ではなく、各党や議員グループが提出する代替案や動議を採決することも容認された。29日の採決では、メイ首相の代替案を除き、議員から提出された15本の修正案のうち下院議長の権限で7本に絞り込まれた上で採決が実施された。
108 18年3月4日に実施された総選挙において、得票率は同盟を含む3党から成る中道右派連合(上院:43.5%、下院:42.1%。同盟単独では、上院:18.4%、下院:19.6%)、五つ星運動(上院:35.3%、下院:36.1%)、当時の与党・民主党を含む中道左派連合の順となり、いずれの政党・政党グループも過半数に達しないハング・パーラメントとなった。このため、5月18日には第一党である五つ星運動と中道右派連合を解消した同盟が、連立政権樹立のため同意書に署名し、5月21日に法学者のコンテ氏を両党が首相に推薦した。マッタレッラ大統領は5月23日にコンテ氏を首相に指名し、組閣を要請したものの、EU懐疑派の経済学者サボーナ氏を経済財政相に指名することを認めず、5月27日にはコンテ政権の組閣は一時断念された。5月28日にマッタレッラ大統領は元IMF財務局長のコッタレッリ氏に組閣を要請したため大統領弾劾の機運も高まったが、五つ星運動と同盟は経済財政相を経済学者のトリア氏とし、サボーナ氏を無任所大臣である欧州担当相とする組閣案に合意し、マッタレッラ大統領に受理されたことで、6月1日にコンテ氏が首相に就任、5日に上院、6日に下院の信任投票を経て、コンテ政権が発足した。イタリア共和国成立の1948年以降、政権発足までに要した期間は最長。
109 翌年の予算編成のための基本方針となる文書。今後3年以上の経済目標・経済財政見通しのほか、GDP、財政赤字、国債費の計画目標等が含まれる。
110 各国の財政政策の相互監視を強化し、安定成長協定を実効性あるものとすることを目的として、13年5月に発効した2つの規則(規則472/13,473/13)に基づく。通称「Two-Pack」と呼ばれている。なお、このプロセスの対象となるのはユーロ加盟国のみ。
111 財政協定(13年1月発効)において各国に中期財政目標(MTOs: Medium-Term Budgetary Objectives)の遵守状況を監視する独立した機関を設置することとされている。
112 安定成長協定を予防的措置(The corrective arm)及び是正的措置(The preventive arm)の両面から強化することを目的に11年12月に発効した「経済ガバナンス六法」5つの規則(規則1173/11,1174/11,1175/11,1176/11,1177/11)及び1つの指令(2011/85)から成る法律(通称「Six-Pack」。EU加盟全28か国に対して適用される。)に基づき、歳出のベンチマークが設けられている。イタリアのように中期財政目標を達成していない国については、追加的な歳入措置を除いた歳出の伸び率が、中期的な潜在成長率に基づく歳入の伸びを下回ることが求められる。
113 18年10月8日付の報道によると、サルビーニ副首相は欧州委員会のユンケル委員長やモスコビシ委員を名指しで欧州の敵と批判し、「過去数年間の緊縮財政はイタリアの債務を増やし、イタリアを貧しくした」と述べた。なお、イタリアは世界金融危機とその後の世界同時不況により、他のユーロ圏諸国と同様に財政赤字を大幅に増大させた結果、09年12月から13年6月まで過剰財政赤字是正手続(EDP: Excessive Deficit Procedure)の対象とされていた。対象国はEDP制裁手続期間中、欧州委員会及び経済財政委員会の監視下におかれ、EU首脳会議で採択された勧告に基づき講じた財政赤字是正のための政策措置や構造改革の進捗状況を通常6か月ごとに報告することが義務付けられる。現在、スペインのみが本手続の適用対象とされている。
114 EU規則では、欧州委員会の意見採択期限は予算案提出から2週間以内と定められている。
115 安定成長協定の実効性を確保するため、予防的措置として国ごとに公的債務残高や成長率等を考慮して定めるもので原則3年ごとに見直す。EU発足当初は「財政収支を均衡または黒字」のみであったが、05年に安定成長協定の改正が行われ、構造的財政収支(財政収支から景気変動によって変動する部分及び一時的要因を除いたもの)対GDP比を、0.5%ポイントをベンチマークとした構造的財政収支の改善」が加わった。イタリアの場合、債務残高対GDP比率が130%台とマーストリヒト基準を大幅に超過していることを勘案し、18年7月13日のEU首脳会議で採択された勧告では0.6%ポイント削減することとされている。
116 前政権が欧州セメスターに際し提出した予算案に対してEU経済財務相理事会(ECOFIN)で採択された18年7月13日付の勧告を指す
117 16年 2.3%、17年 2.1%:実績値、18年 2.4%、19年 2.5%:欧州委員会秋季見通し(18年11月)ベース。
118 EU経済財務相理事会(ECOFIN)の下にある加盟国政府及び中央銀行等の高官から構成する諮問機関。第126条第4項に基づき、欧州委員会の報告書が送付されてから2週間以内に意見を表明することとされている。
119 同日、ECBは「金融安定レビュー」を公表し、その中で、欧州金融市場におけるリスクの1つとして、政策的不確実性によるイタリア国債市場における資金調達コストへの圧力の高まりを挙げ、他のイタリアと同様に巨額の債務を抱える国の政府債市場にも影響を与える可能性があると指摘した。
120 19年の実質経済成長率の見通しをイタリア政府が当初提出していた予算案での見通しである1.5%から1.0%に引き下げるとともに、102億5,000万ユーロ分の財政収支改善が図られた。これに伴い構造的財政収支の悪化分が0.8%から0%となった。

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