第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第4節)
第4節 アジア経済
1.中国経済の動向と見通し
中国では、2015年10月に開始された小型乗用車減税1や、16年に入ってから大幅に増加したインフラ投資等の各種政策効果もあり、景気はこのところ持ち直しの動きがみられる。低下を続けていた実質経済成長率は16年に入り3四半期連続で前年比6.7%で推移しており、前期比年率でみると16年4~6月期、7~9月期に持ち直している2(第2-4-1図)。
中国政府は、16年3月の全国人民代表大会(全人代)で決定した第13次5か年計画(16~20年)及び16年の重点課題において「供給側改革」の推進を強調している(第2-4-2表、コラム2-3)。以下では、中国経済の動向と構造改革の進捗状況を確認するとともに、17年の見通しとリスクを点検する。
(1)増加が続く個人消費
消費は16年以降、前年比10%程度の伸びが続いている(第2-4-3図)。その要因として、雇用・所得環境の改善(後述)や、乗用車減税の効果が挙げられる。また、電子商取引(インターネット販売)が前年比20%以上の成長を続けており、小売総額に占める割合は12%程度に拡大している(第2-4-4図)。インターネット販売は実店舗での購入が困難な農村部の需要掘り起こしを通じ、消費全体の底上げにも寄与していると考えられる。
自動車販売は、小型乗用車減税の効果もあり増加が続いており、16年の販売台数は過去最高を記録した15年の台数を11月時点で既に上回っている(第2-4-5図)。こうした中、セダンから多目的車への需要のシフトが進んでおり、減税対象となる小型のスポーツ用多目的車(SUV)を多く販売している中国自主ブランドメーカーのシェアが拡大している(第2-4-6図)。
中国の自動車普及率はアメリカや日本といった先進国と比較して低水準にとどまっていることから依然として成長余地は大きいと考えられる3。なお、中国政府は12月15日、小型乗用車減税の17年末までの延長を発表した4。
自動車以外の家計消費の動向については、「文化・教育・娯楽」や「医療保健」といったサービス消費が近年高い伸びを続けている(第2-4-7図)。政府もサービス消費の育成を強化する方針を発表しており5、16年11月には、農村観光に対する政策支援、公共ヨットハーバーの建設、医療観光モデル基地の設置、高齢者サービスに対する規制緩和や遊休施設の転用等の施策を発表した6。
高い伸びを続けるサービス消費のうち、観光の動向をみると、国内旅行者数は15年に40億人に達し(前年比10%前後の増加)、国内旅行市場の規模は3.4兆元に拡大した(第2-4-8図)。また海外旅行者数は15年に1.2億人に達し、引き続き増加が続いている(第2-4-9図)。
医療保健に関しても、所得向上に伴う高度な医療の需要の高まりや高齢化を背景に支出額が増加している(第2-4-10図)。高齢化が今後急速に進展することに加え、肥満や生活習慣病等も増加していると言われる中、医療サービス支出は今後も拡大していくと見込まれている(第2-4-11図)。
消費増加の背景として、雇用・所得環境の改善が挙げられる。都市部の登録失業者数は緩やかな増加傾向にあるものの、雇用の着実な増加を受け、失業率は4%程度で安定しており、求人倍率も1を上回って推移していることから、雇用環境は比較的安定しているとみられる。可処分所得も依然として高い伸びを続けている(第2-4-12図)。
所得階層別の可処分所得の推移をみると、中間層の伸びが高くなっていることがわかる(第2-4-13図)。また、所得階層別の現金消費支出の内訳をみると、所得が増加するほど交通・通信や文化・教育・娯楽といったサービス関連の支出の割合が高くなっていることが分かる(第2-4-14図)。今後も所得の増加や都市化の進展(後述)に伴い、消費の堅調な増加が続くことが予想される。
(2)政策効果に支えられる固定資産投資
過剰生産設備の調整が続く中、固定資産投資は伸びの低下が続いていたが、16年に入り、インフラ関連投資と不動産開発投資の大幅な増加により、全体としてもやや持ち直しに転じた。一方、製造業の投資は年後半にやや持ち直したものの、依然として低い伸びにとどまっている(第2-4-15図)。供給側改革(後述)が進められる中、景気下支えの観点から、政府主導のインフラ関連投資が増加していると考えられる。
固定資産投資を産業別にみると、不動産開発業、インフラ開発、小売・卸売業や医療保健業等を含む第三次産業向け投資が16年1~11月期に前年比11.5%と大幅に増加したのに対し、第二次産業向けは同2.9%増と低迷している。また、第二次産業向け投資の大部分を占める製造業向け投資の伸びも3.1%にとどまっている(第2-4-16図)。
製造業向け投資の内訳をみると、金額が大きい非金属鉱物採掘加工、化学原料・製品、一般機械、特殊目的機械等がマイナスとなっており、全体を押し下げている。一方、電気機械、食品加工、情報通信機器等については前年比10%前後の高い伸びとなっている(第2-4-17図)。
投資が減少している業種にはいわゆる過剰生産業種が含まれており、これらについては引き続き生産能力の調整が進められている。一方で、産業用ロボット、自動車、携帯電話、光学機器、集積回路等については生産活動も好調となっており、伝統的な重厚長大産業から新技術・新産業を中心とした産業構造への移行が進んでいることが分かる(第2-4-18図)。
(3)人民元の動向
人民元は15年後半以降、緩やかな下落傾向にあり、16年12月16日時点では、対ドルで08年5月以来の元安水準となった(第2-4-19図)。
元安の要因の一つとして、中国から投資マネーが流出していることが挙げられる。中国人民銀行が公表する国際収支統計によれば、金融収支(除く外貨準備変動)7は14年4~6月期以降、流出超で推移している(第2-4-20図)。対中直接投資についても伸びが鈍化している。この背景には、中国人民銀行の金融緩和による投資収益率の低下、投資家が抱く中国経済の先行き不透明感、人民元の先安観等があると考えられる。
16年10月、人民元はIMFのSDR(特別引出権)の構成通貨に採用された8。人民元が国際的な通貨としての地位を確立したことを受け、中国の通貨当局による人民元の買い支えが弱まるとの観測から、投機筋が大規模な空売り攻勢を仕掛けたと言われる中、中国人民銀行は外貨準備を使ったオフショア市場での介入で対抗したとみられる9(第2-4-21図、第2-4-22図)。
このような急激な為替変動に対する動きとは異なり、緩やかな元安傾向については、中国政府はファンダメンタルズに沿った動きであるとして静観する傾向がみられる。中国の外貨準備高は16年11月時点で世界最大の3兆ドルとなっており10、流動性の面からの当面の問題は小さいとみられている。
(4)金融政策と物価、不動産価格
16年3月の全人代で決定された16年重点課題(前掲第2-4-2表)には「柔軟性のある緩和的な金融政策」の実施が盛り込まれているが、16年2月に預金準備率が引き下げられて以降、金融政策は変更されていない。貸出基準金利、預金基準金利についても15年10月以降、据え置かれている(第2-4-23図)。14年11月以降の数度にわたる利下げにより住宅ローン金利が低下した結果、住宅ローンを中心とする個人向け融資の増加、不動産価格の上昇が続いていることから、中国人民銀行は住宅バブルに対する警戒感を強めているとみられる11(第2-4-24図)。
こうした中、大幅なマイナスが続いていた生産者物価指数が上昇に転じた(第2-4-25図)。この背景には、中国政府が進めている供給能力の削減のほか、インフラ開発や住宅購入支援策、乗用車減税等による鉄鋼に対する需要の増加があると考えられる。
不動産価格の上昇による担保価値の上昇や、住宅関連資材の値上がりによる生産者物価の上昇は、企業の資金繰りを改善させると考えられる(第2-4-26図)。銀行の不良債権比率の上昇にもこのところ歯止めがかかっており12(第2-4-27図)、16年第3四半期の商業銀行の不良債権比率は前期並みの1.76%となった。不良債権に計上される前段階の「要注意債権」を加味した比率でみても微増にとどまっている(第3四半期は5.86%)。不良債権比率には理財商品に代表される「簿外資産」の状況が反映されていないという指摘もあるものの、生産者物価や企業の資金繰りの状況等を勘案すると、簿外商品についても資産劣化の進行が一服している可能性がある。
ただし、中国政府は既に不動産価格の抑制に動いており(第2-4-28表)、不動産価格の変動とその影響には注意が必要である(後述)。
(5)輸出入の動向
輸出額は15年年初以降、前年比マイナスとなり、主要国向けはいずれも減少が続いている(第2-4-29図、第2-4-30図)。
輸出額を形態別にみると、加工貿易(外国から輸入した原材料・部品を国内で加工して再輸出するもの)が15年以降輸出全体を下押ししていることが分かる(第2-4-31図)。加工貿易減少の背景には、世界的な需要の弱さに加え、中国国内の賃金上昇による生産拠点の国外移転、中国での部品の内製化の進展等が影響していると考えられる。
輸出額を品目別にみると、シェアの大きい電気機器・一般機械のほか13、紡績用繊維製品類、卑金属類(粗鋼を含む)が減少している。過剰生産能力と過剰在庫を抱え安価輸出を行っていると指摘されていた鋼材の輸出(数量ベース)は、足元で減少に転じている(第2-4-32図)。
一方、14年後半から大幅な減少が続いていた輸入額については、足元では下げ止まっている。資源価格の下落により、鉱物性製品の輸入額が大幅に減少していたが、原油を始めとする資源価格の下げ止まりにより輸入額も下げ止まっている(第2-4-33図)。また、シェアの大きい電気機器・一般機械の輸入額にも下げ止まりの動きがみられ、半導体・電子部品を生産し、中国へ輸出しているアジア各国・地域の生産や輸出にもプラスの影響を与えている(第2-4-34図)。なお、半導体・電子部品の輸入と携帯電話の輸出にはスマートフォン等の新製品発売時期に伴う季節性がみられることに注意が必要である。
(6)供給側改革の進捗
いわゆる4兆元の景気対策により、GDPに占める投資の比率が大幅に上昇する中、過剰生産設備の解消や投資効率の改善が中国経済の重要な課題となった。16年3月に全人代で採択された第13次5か年計画(16~20年)や16年7月に発表された「党中央・国務院の投融資体制改革の深化に関する意見」の中でも投資効率の向上について言及されており、特に粗鋼と石炭については、16年2月の国務院意見において、過剰生産能力削減に向けた数値目標が示された(第2-4-35表)。
国家発展改革委員会は、過剰生産能力削減の年間目標の達成状況について、16年7月末の時点では粗鋼は47%、石炭は38%としていたが、10月末には、粗鋼については年間目標を既に達成し、石炭についても年間目標を繰り上げて達成できる見込みであるとした14。この進捗について、発展改革委員会は、各地域の自主的取組、国務院による実地監督等の成果であるとしている。このように、大手企業については合併・再編等を通じた過剰生産能力の調整が進んでいるものの、国の監督の及びにくい中小企業については、足元の不動産開発投資やインフラ開発投資の拡大に伴う需要増とそれに伴う価格の持ち直しを受け、むしろ生産が拡大しているとの指摘がある。実際、中国の粗鋼生産に占める大手企業以外の割合は高まっている(第2-4-36図)。過剰生産能力の調整状況については引き続き注視が必要である。
過剰生産能力の解消と並ぶ供給側改革の柱が国有企業改革である。国有企業の経営効率は私営企業や外資系企業と比較して低くなっている(第2-4-37図)。現在行われている改革は国有企業同士の合併という「規模の経済」を追及するものとなっているが(第2-4-38表)、民間資本の導入等についても積極的に推進していく必要がある。
供給側改革は、生産や設備投資の抑制、雇用の削減等を通じて、短期的には景気への下押し圧力になる。そのため、16年度の重点課題では、景気の下振れを回避するため、より積極的な財政政策を行うこととされ、財政赤字GDP比を15年の2.3%から16年の3%へと拡大する方針が示された。その柱となるのが「営改増」と呼ばれる税制改革であり、「営業税」から「増値税」への全面的移行が16年5月に実施された(第2-4-39表)15。営業税には仕入税額控除の仕組みがなかったが、増値税では課税ベースが付加価値額に変更されたため二重課税の問題が解消された。このことにより、分業・提携の促進を通じた産業の多様化や構造調整の促進が進むことが期待されている。中国政府は、この改定により、16年の企業の税負担が5,000億元(日本円で約8兆円)以上軽減されるとしている。
(7)中国経済の2017年の見通し
中国経済は、延長された小型乗用車減税のほか、インフラ関連投資及び不動産開発投資等の各種政策効果もあり、当面は持ち直しの動きが続くものと見込まれる。ただし、インフラ関連投資を始めとする公需から民需主導の自律的な回復への移行が進むかどうか注視が必要である。
国際機関による見通しでは、17年の成長率は6%台前半に鈍化すると見込まれている(第2-4-40表)。
中国経済は様々なリスクに直面しており、特に、不動産価格の動向には注視が必要である。一級都市に加え、7月以降は二級、三級都市でも不動産価格抑制策が発表されているが、不動産価格が急落した場合、個人、企業ともに逆資産効果による経済活動への悪影響が懸念されるほか、不動産使用権を担保に借入れを行っている企業の債務不履行や金融システム不安に結びつくおそれもある。16年12月に開催された中央経済工作会議では、17年に実施すべき経済政策の一つに不動産バブルの抑制が掲げられるなど、中国政府も不動産価格の高騰に対処する姿勢を見せており、今後の動向が注目される。
17年秋には中国最大の政治イベントである中国共産党第19回全国代表大会を控えており、今後の経済運営の方向性についての議論が行われることになる。中国経済が安定成長の実現に向けた政策を着実に実施していくことが期待される。
コラム2-3:第13次5か年計画について
16年3月に開催された全人代において、「中華人民共和国国民経済・社会発展第13次5か年計画綱要」(いわゆる「第13次5か年計画(16~20年)」)が採択された。中国では、1953年以来、今後5年間の中国経済・社会の展望や政策目標、中長期的な国づくりの方針を示すものとして5か年計画を策定してきている。
第12次5か年計画(11~15年)は、環境汚染や国民の間に貧富の格差を生じさせたこれまでの経済発展パターンから、持続可能な成長に向けた取組と国民生活向上に向けた取組の重点的な推進への転換を図ったことを特徴としていた(注1)。これに対し、第13次5か年計画(以下「計画」)は、イノベーションの促進、産業構造の高度化、インフラの整備、都市化の推進等の広範な分野の取組を盛り込むとともに、1人当たり労働生産性の向上が目標として初めて掲げられた(表)。以下では、(1)5年間の経済成長率の年平均6.5%以上の維持、(2)20年までに3億人を都市部に定住させること、(3)一人っ子政策の廃止、の3つの目標・政策について検証する。
1.5年間の経済成長率は年平均6.5%以上を維持
「小康社会」(安定しゆとりのある社会)の全面的完成という目標を達成し、20年までにGDPと都市・農村住民1人当たりの所得を10年の2倍にするため、計画中の5年間の年平均成長率は6.5%以上とされている。また、「中所得国の罠」を克服するための重要な段階であるとの認識の下、構造改革を強力に推進するとともに、新技術、新産業等を経済発展の新たな原動力へと育成するとしている。いわゆる「新常態」(注2)に入って初の5か年計画を通じて、生産年齢人口の減少(注3)といった経済・社会構造の大きな変化が進む中、過剰設備の問題を解決しつつ、成長の原動力の転換をいかに進めていくかが注目される。
2.20年までに3億人を都市部に定住させる
中国政府は、都市・農村間、地域間格差縮小のため、(1)都市部に常住している農村戸籍保有者1億人への都市戸籍の付与、(2)バラック地区等に住んでいる1億人の居住環境の改善、(3)中西部の中小都市が1億人の農村人口を吸収することを目指している。中国政府は、都市人口比率の大幅な引上げ(国家新型都市化計画(14~20年))を今後の中国の命運を左右する重要な政策に位置付けている。6か月以上の常住人口で計算した15年末時点の都市化率(都市人口比率)は56.1%に達しているものの、農民工(都市戸籍を未取得ながら都市に居住する農村出身の労働者)を除いた都市戸籍保有者の割合は39.9%にとどまっている。都市・農村間、地域間で戸籍が分かれていることにより都市よりも農村、地元住民よりも非地元住民の受けられる公共サービスや加入できる社会保障の水準が低く、格差の拡大にもつながっていると指摘されてきた(注4)。中国社会科学院の蔡昉副院長は、「都市と農村で分断されている戸籍制度を改革することによって中国の潜在成長率は1~2%ポイント高まる」と指摘している(注5)。新たな都市戸籍取得者への公共サービスの提供が地方政府の財政負担となることに加え、地域ごとに社会保障制度が異なるなど、戸籍制度改革の実行には様々な課題があることから、今後の改革の動向に注視が必要である。
3.一人っ子政策の廃止
79年から続いてきた「一人っ子政策」の廃止は、少子高齢化に歯止めをかけ、経済発展の下押し圧力を緩和しようとするものだが、実際には、従前の「夫婦のいずれか一方が一人っ子の場合は、第二子の成育が認められる」から「夫婦とも二人っ子以上の場合でも第二子の成育が認められる」へと条件が緩和されたにすぎず、今回の条件緩和の効果は限定的とみられている。他方、所得が比較的低い農村戸籍の人口に対して都市で安定した生活や就職環境が提供されれば、第二子の成育のための経済的インセンティブにつながり、一人っ子政策廃止の効果がある程度期待されるとの指摘もある。
(注1)内閣府(2011)
(注2)成長率の低下した新たな経済状態。
(注3)生産年齢人口(15~59歳)は、11年をピークにその後減少が続いている。
(注4)齋藤(2015)
(注5)北京の人民大会堂での「2015北京新興市場フォーラム」(15年10月19日)での発言。
2.アジア各国・地域の経済動向
(1)韓国
韓国では、16年7~9月期の実質経済成長率(前期比年率)が4~6月期の3.2%から2.8%に減速するなど、景気の持ち直しの動きが一段と緩やかになっている(第2-4-41図)。
15年5~6月に感染が拡大した中東呼吸器症候群(MERS)の影響により落ち込んだ民間消費を活性化するために実施されていた乗用車に対する減税16が16年6月に終了し、乗用車販売は大きく減少した(第2-4-42図)。その後は、10月に実施された大規模ショッピング・観光イベント「コリアセールフェスタ」等により、足下の消費はやや持ち直している17。
民間の住宅建設については、相次ぐ政策金利の引下げ18等により伸びが上昇していたが、住宅価格の上昇を受け、韓国政府は16年11月、新規マンションの分譲権の転売を禁止する措置を打ち出すなど、不動産価格の抑制に乗り出している(第2-4-43図)。
加えて、大手自動車メーカーでのストライキ、大手海運企業の破綻、大手電気機械メーカー製の新型スマートフォンの発火事故・生産停止等が発生しており、その景気への影響が懸念されている(アジア各国・地域の成長率見通しは前掲第2-4-40表参照)。
(2)台湾
台湾では、16年4~6月期まで景気は弱い動きとなっていたが、7~9月期の実質経済成長率が前期比年率3.9%に回復するなど、景気はこのところ持ち直しの動きがみられる(第2-4-44図)。
GDPの7割を占める輸出のうち、主要品目である電子部品の回復が景気持ち直しの要因として挙げられる(第2-4-45図)。特に、主要輸出先である中国(香港を含む)向けの寄与が大きくなっている19。また、電子部品輸出の回復により、生産も回復している。
一方、サービス輸出は依然として弱い動きとなっている。この要因として、台湾の海外からの観光客数の約4割を占める中国人訪台客が大幅に減少していることが挙げられる20(第2-4-46図)。台湾当局は、中国以外の国・地域からの観光客の増加により、16年の海外からの訪台客数は15年(約1,040万人)を上回る水準を維持できるとしているが、今後の動向には注意が必要である。
(3)インドネシア
インドネシアの実質経済成長率は10年(6.4%)以降低下傾向にあり、15年(4.8%)は09年(4.6%)以来の低い伸びとなった(第2-4-47図)。政府のインフラ投資が15年末から16年初めにかけて総固定資本形成を押し上げたものの21、民間投資22は弱い動きが続いた(第2-4-48図)。この背景として、13年のアメリカでの金融緩和縮小観測等が通貨ルピアの下落と消費者物価の上昇を招き、インドネシア中央銀行が一連の利上げを行ったため、銀行の貸出金利が上昇し、その後高止まりしていることが挙げられる。
同じく成長の下押し圧力となっていた輸出については、資源価格の持ち直しにより、16年に入り下げ止まりの兆しがみられるものの、自律的な成長の回復には民間投資の拡大が不可欠である(第2-4-49図)。インドネシア中央銀行は、消費者物価上昇率や為替の動向もにらみながら、16年に入って政策金利23を6度にわたり引き下げ、国内投資の刺激を図ってきた。しかしながら、銀行の企業向け貸出残高の伸びは依然として鈍化傾向にある(第2-4-50図)。また、足元ではアメリカ大統領選挙後の長期金利上昇による資金流出懸念からルピアが再び下落しており、その動向及び影響に注意が必要である。
(4)タイ
タイでは16年7~9月期の実質経済成長率が前年同期比3.2%に低下(4~6月期は同3.5%)するなど、景気の回復ペースが緩やかになっている(第2-4-51図)。
個人消費は緩やかな持ち直しが続いている。タイでは就業者のおよそ4割が第一次産業に従事しており、農産物価格の変動に家計収入が左右されやすい構造になっている。タイの主要な農産物であるコメの価格は、アジア地域での干ばつを背景に16年7月までは上昇していたものの、降雨量の回復や政府による古米放出を受け、その後下落に転じた(第2-4-52図)。今後の農家の収入と個人消費への影響に注意が必要である。
設備投資は緩やかな増加が続いているものの、公共投資による下支えの影響が大きく、民間投資は弱い動きとなっている(第2-4-53図)。
タイの主要産業である観光業に関しては、14年半ばに発生したクーデターで海外からの観光客数が落ち込んだものの、その後は増加が続いており、財輸出の低迷をサービス輸出が補う形になっている(第2-4-54図)。
公共事業や外国人観光客の増加により支えられているタイ経済が本格的に回復するためには財輸出や民間設備投資の回復が必要な状況となっている。
(5)インド
インドでは、投資と輸出が弱い動きとなっているものの、民間消費に支えられ、景気は緩やかに回復している(第2-4-55図)。
個人消費は2年連続の干ばつ等を背景にやや低迷していたが、16年夏の雨量が平年を上回ったことから、農業所得の増加が期待されている。また、景気の下支えを目的に実施された公務員給与の引上げ24が都市部の消費者の購買力の拡大につながっている。こうしたことを背景に、乗用車・二輪車販売の伸びは拡大傾向にあったが(第2-4-56図)、11月8日に発表された既存の高額紙幣の無効化25と新紙幣導入の遅れにより現金が不足する事態となり、乗用車・二輪車販売を含め、足元の消費に影響が生じている。
一方、総固定資本形成については、16年に入って以降2四半期連続の減少となっている。政府投資が減速したほか、企業の過剰債務や銀行の不良債権問題26を背景に、民間投資も低迷している。
投資の低迷を反映し、資本財生産はマイナスが続いている(第2-4-57図)が、堅調な消費を背景に耐久消費財の生産についてはこのところ持ち直している。
政策面では、モディ政権の税制改革の柱であるGST(物品・サービス税)の導入が正式に決定され、17年度中に実施される見込みとなっている27。GSTは、国と地方でばらばらだった間接税を一本化し、物流の効率化やビジネス環境の改善を図ろうとするものであり、企業の納税事務の軽減や全国展開の自由度の向上等が期待されている。GST導入によりインドのGDPを1%前後押し上げるとの試算もある28。
3.中国における構造改革と地域経済
(1)産業別の動向と地域経済
既にみたとおり、中国政府は「新常態」への円滑な移行を目指し、各種の構造改革政策を実施している。石炭・鉄鋼等のいわゆる過剰生産業種では、新規設備投資の抑制や旧式設備の廃棄等が政府主導で進められており、景気の下押し圧力にもなっている。一方で、国内市場の成長や海外市場への進出により、自動車や携帯電話等の産業は急速に成長しており、中国経済の成長にも大きく寄与している。
今後中国経済が自律的な成長へと移行していく道筋についての手がかりを得るため、ここでは中国の地域別の産業構造や経済状況についての分析を行う。各地域で起こっている様々な変化を捉えることにより、中国全体の平均値には表れない変化や問題点を把握することが可能になると考えられる。なお、データの制約により、ここでは第二次産業の動向に焦点を当てることとする29。
最初に、中国全体の工業部門の動向を概観する。国家統計局で入手可能な全41業種の付加価値額は12年から15年の3年間で13.2%増加している(第2-4-58図)。付加価値の増加額が大きかった業種は、(1)パソコン・通信機器、(2)自動車、(3)医薬品、(4)石油等燃料加工、(5)化学製品となっており、付加価値の減少額が大きかった業種は、(1)石油・天然ガス開発、(2)石炭採掘、(3)鉄鉱石採掘、(4)鉄精錬圧延、(5)非鉄金属鉱石採掘であった(第2-4-59表)。
付加価値額が減少した業種はいずれも資源開発や採掘業関係である。中国は原油生産量世界5位(15年)、石炭生産量世界1位(15年)、鉄鉱石生産量世界3位(14年)30の資源大国であり、国際的な資源価格の下落が関連業種の動向に大きく影響していたことがみてとれる。
次に、各地域の生産量が全国の生産量に占めるシェアに着目することにより各地域の産業構成の特徴をみると、北部・東北部と西南部・西北部では付加価値額が減少している資源採掘関連や粗鋼生産等のシェアが大きく、直轄市と東部・中南部では付加価値額が増加している自動車生産や携帯電話生産等のシェアが大きいことがわかる(第2-4-60図)。
このような地域別の産業構造の違いと各産業の好不調は、各地域の経済動向の違いとなって現れる。16年1~9月期の省別の実質及び名目経済成長率によれば、北部・東北部には政府が定めた16~20年の全国の成長率目標の下限である6.5%を下回る省がいくつかみられ、特に遼寧省では実質・名目成長率共にマイナスとなっている(第2-4-61図)。また、原油、石炭、粗鋼等、価格下落が進んだ財の生産が多い北部、東北部、西北部では、名目成長率が実質成長率を下回る省が多くなっている。
以下では、中国を「直轄市」、「北部・東北部」、「東部・中南部」、「西南部・西北部」の4地域に分け、各地域の経済動向を概観しながら、中国の構造改革の進捗状況と今後の課題を整理する。
(2)各地域の経済動向と課題
(i)直轄市
(北京市、天津市、上海市、重慶市)
(消費主導の成長)
「省」と同等の権限を付与された4つの「直轄市」のうち、北京市、天津市、上海市は1人当たり省内総生産が全国平均の約2倍の10万元程度(日本円で160万円程度)に達しており、名実ともに中国を代表する都市となっている(第2-4-62図)。
北京市と上海市では、GDPに占める消費の割合が他の省や都市と比較して高くなっており、中国政府が目指す投資から消費への移行が既に進行している(第2-4-63図)。小売売上高の推移をみると、重慶市では高い伸びが続いている一方、北京市では16年に入り伸びが鈍化している(第2-4-64図)。北京市での消費減速の背景には、同市への人口流入規制の導入が影響している可能性がある31。
一方、重慶市で消費が高い伸びを続けている要因として、同市では都市化が進行途上にあることが挙げられる(第2-4-65図)。都市部人口比率(居住ベース)が年々上昇する重慶市において、一人当たり可処分所得や消費の伸びが高くなっていることは、都市化の進展が消費の拡大につながることを示唆するものである(第2-4-66図)。
(政策に影響される不動産開発投資)
次に投資の動向をみると、まず、固定資産投資については、第二次産業比率の低い北京市と上海市では安定的な伸びが続いている。一方、渤海油田を擁し、中国国内での原油生産シェアが16.3%(15年)に達する天津市では高い伸びが続いていたものの、原油価格下落等を背景に、16年に入ってから投資の伸びが急激に減速している(第2-4-67図)。
固定資産投資のうち、不動産開発投資の動向に着目すると、16年に入り北京市と重慶市で減速、天津市では加速と対照的な姿になっている(第2-4-68図)。この要因としては、北京市において累次の不動産価格抑制策が打ち出される中、北京市に近接し、比較的規制の弱い天津市に投資資金が流入している可能性が指摘できる。天津市の新築住宅価格は北京市の4割程度と比較的割安なことも、天津市における住宅需要を高めていると考えられる(第2-4-69表)。
以上の直轄市の経済動向からは、都市化の進展が消費主導の成長を促進する可能性が示唆されるほか、大都市部の不動産価格及び不動産投資が政策の変更に大きく影響されることもうかがえる。中国政府は16年9月末から10月初旬にかけて全国的に不動産価格抑制策を打ち出していることから、不動産価格の動向には注視が必要である。
(ii)北部・東北部
(河北省、山西省、内モンゴル自治区、遼寧省、山西省、黒竜江省)
(石炭採掘や製鉄業が景気を下押し)
北部・東北部では、景気が低迷している省が多い。前述したとおり、遼寧省では16年1~9月期のGDP成長率が名実ともにマイナスに陥るなど、厳しい状況となっている。
北部・東北部の成長率を産業別寄与度でみると、サービス業を中心とする第三次産業はいずれの省でも成長を続けているものの、いくつかの省では第二次産業の減速がそれを打ち消してしまっている(第2-4-70図)。16年に入ってからは遼寧省以外では景気に底入れ感が見られるものの、回復ペースは緩やかなものに留まっている。
山西省、内モンゴル自治区、遼寧省、黒竜江省では、過剰生産能力業種である石炭採掘や製鉄への依存度が高いことが第二次産業の低迷につながっている。なお、吉林省については自動車産業が立地しているため、第二次産業の落ち込みは比較的小さくなっている(第2-4-71表)。
(鉄鋼の過剰設備解消に不確実性)
河北省については、鉄鉱石採掘量のシェアが全国の37.2%、粗鋼生産量のシェアが23.4%を占めているにもかかわらず、第二次産業の減速が比較的軽微にとどまっているという特徴がある。河北省の粗鋼生産量の伸びの推移からも、粗鋼生産が盛んな他の省や全国平均を上回って推移していることが確認できる(第2-4-72図)。
河北省では粗鋼の過剰生産設備の廃棄が進められる一方で、新規の設備投資も続いている(第2-4-73表)。河北省において粗鋼生産や鉄金属加工の設備投資が増加している要因として、同省には民間の中小製鉄企業が多いため、過剰設備の解消を目指す政府の意向が反映されにくいとの指摘がある。過剰生産設備の解消の動向には注視が必要である。
(過剰生産能力の解消と地域経済の下支え)
過剰生産能力の解消が景気を下押ししている遼寧省では、固定資産投資の減速がマイナス成長の要因となっている。同省の固定資産投資は、15年は前年比▲27.8%、16年1~11月累計では前年比▲63.6%と急速に減少している(第2-4-74図)32。
遼寧省においては、景気悪化により省政府の歳入が大幅に減少しており、省政府による景気下支えも困難となっている可能性が考えられる(第2-4-75図)。
このように、北部・東北部には過剰生産業種が集積しており、一部の省では過剰生産の調整が景気を下押ししている。一方で、河北省では中小の製鉄企業を中心に生産・投資が増加し、同省の景気を一部下支えしている面がみられる。
中央政府及び河北省政府は鉄鋼の生産能力削減の方針を堅持している。河北省の高官は16年3月の全人代で、現在3億トン前後ある省内の鉄鋼生産能力を20年までに2億トン以下に削減する方針を表明した。同時に、中小も含む約6割の鉄鋼企業を閉鎖・再編し、余剰な生産能力を削減する方針を強調した。同省の鉄鋼産業の生産設備の廃棄・減産はいずれ本格化するものとみられる。
政府の発展改革委員会は8月、東北三省と内モンゴル自治区を対象にした景気支援策の策定を表明した。同地域を対象とした景気支援策の内容と過剰生産設備解消の進捗には、引き続き注視が必要である。
(iii)東部・中南部
(江蘇省、浙江省、安徽省、福建省、江西省、山東省、河南省、湖北省、湖南省、広東省、広西チワン族自治区、海南省)
(中国経済の成長をけん引)
東部・中南部地域は中国の国内総生産(15年)の約60%を生み出しており、成長率も全ての省が全国平均を上回るなど、同地域の景気動向が中国全体の成長に与える影響は極めて大きくなっている(第2-4-76図)。
製造業の地域別付加価値額でみても、15年には北部・東北部や西南部・西北部が大幅に減少する中、東部・中南部が堅調な増加を続けたことにより、中国全体の伸び率は若干のプラスとなった。16年に入り、北部・東北部等のマイナス幅が縮小する中、東部・中南部地域は伸びが拡大しており、中国全体の伸びは再び拡大している(第2-4-77図)。
(ハイテク産業が集積)
この地域の中で経済規模の大きい江蘇省、山東省、広東省の産業構造をみると、化学、素材、自動車、家電、ハイテク産業等、様々な産業が高いシェアを有している(第2-4-78表)。
特に広東省の深セン市は「中国のシリコンバレー」と呼ばれ、中国におけるハイテク産業の中心地としての地位を確立している。台湾の大手電気機器メーカーの最大の生産拠点も置かれており、中国で生産される携帯電話(スマートフォン含む)の46%が広東省で生産されている(15年)。16年1~9月期に同市で生産された新エネルギー車は5万台を突破した他、工業用ロボット、光ファイバー、スマートテレビ等のハイテク製品の生産量、更には特許出願件数及び許可件数も大幅に増加している33。中国政府がロボットによる生産性の向上を重視する中34、16年8月には地元大手家電メーカーがドイツの世界的なロボットメーカーを買収するなどの動きもみられ、今後広東省が中国のロボット産業の中心地となる可能性もある。
(不動産価格が大幅に上昇)
一方、東部・中南部では、深セン市を筆頭に住宅価格の上昇が顕著になっている(第2-4-79図)。16年2月に主要都市(北京市、上海市、広州市、深セン市)を除く地域で政府による不動産購入支援策が打ち出された際には、東部・中南部の南京市、合肥市、厦門市で住宅価格の上昇が一段と加速した。このような動きを受け、16年9~10月にかけて、これらの都市でも不動産価格抑制策の導入が始まっている。
このように、東部・中南部地域には多様な産業が集積し力強い成長を続けており、生産活動の高度化が進展している様子もうかがえる。一方、高い成長期待を背景に、一部の都市では不動産市場が過熱していることから、同地域では民間部門を中心とした自律的な成長を促しつつ、不動産市場の適切なコントロールを行う政策運営が求められる。
(iv)西南部・西北部
(四川省、貴州省、雲南省、チベット自治区、陝西省、甘粛省、青海省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル自治区)
(西部大開発が進展)
西南部・西北部は比較的開発の遅れた地域であり、一人当たりの所得も全般に低くなっている。都市人口比率は全ての省で全国平均(15年時点で56.1%)を下回っているもの、年々上昇傾向にある(第2-4-80図)。
中国政府は、内陸部と東部沿岸部との格差解消、地下資源の開発等を目的に、2000年から50年間にわたる国家プロジェクトである「西部大開発」を実施している。01~10年の最初の10年間は「基礎作りの段階」とされ、インフラ整備等の投資環境の改善に重点が置かれるとともに、経済成長率を全国平均水準に引き上げることが目標とされた。開発の内容は、道路網・鉄道網の建設、豊富な天然資源を活用したエネルギー開発、隣接国との貿易基地の建設、外資誘致等多岐に及んだ。
同地域の産業構造を確認すると、天然資源採掘に加え、パソコン設備製造業、集積回路製造等のハイテク産業も一定程度集積していることが分かる(第2-4-81表)。貴州省では涼しい気候を活かしデータセンターの誘致に成功するなど、新産業の萌芽も見られる。
一方、同地域では経済成長に対する期待から不動産開発投資が行われていたものの、一部の省で在庫が増加したことを受け、14年以降は投資の減速が続いている(第2-4-82図)。不動産価格についても、14年のピーク以降大幅に下落し、足元でようやく14年の水準前後まで回復した(第2-4-83図)。
「西部大開発」という長期的な政策に基づき、西南部・西北部地域には引き続き政府、民間双方による投資が行われることが予想される。同地域は中国国内でも比較的賃金が低いことから、インフラの整備を始め、投資環境の適切な整備が行われれば、企業の進出や新産業の創出が進む余地は大きいと考えられる。
(3)地域間の労働移動と戸籍改革
以上みてきたように、中国では地域ごとに産業構造や経済状況に大きな違いがあり、省ごとの所得水準や経済成長率にも大きな格差が生じている(第2-4-84図)。第13次5か年計画に盛り込まれた「2020年までに国内総生産と国民一人当たりの収入を2010年の2倍に引き上げる」との目標を達成するためには、各地域の経済構造を踏まえた政策の実施が不可欠である。例えば、過剰生産設備を抱え、構造不況に陥っている産業の集積する地域においては、構造不況業種の縮小・再編や職業訓練の強化が求められる。産業の多様化・近代化が進み、高成長を続けている地域では、民間部門の経済活動を促進するための環境整備35を行うとともに、不動産価格の過度な変動を抑制することが重要である。
地域間の所得格差を縮小する方策として、雇用情勢の悪い地域から雇用情勢の良い地域への住民の移動を阻害する要因を緩和することも選択肢の一つである。国務院は14年3月、20年までに都市人口比率を大幅に引き上げる目標(「国家新型都市化計画」)を打ち出した36。さらに、14年7月には「戸籍制度改革推進に関する意見」が発表され、農村戸籍から都市戸籍への移動に関する方針が示された。
中国では都市・農村間、地域間で戸籍が分かれているため、「農民工」(都市戸籍を未取得ながら都市に居住する農村出身の労働者)が増加の一途をたどっていた。
14年7月の国務院意見を受け、多くの地方政府において、就労状況、都市社会保険加入履歴等、都市戸籍取得のための基準が具体化されたが、北京や上海等の大都市においては、既に人口が過密状態になっていることに加え、人口増加に対する地方政府の財政負担増の問題があることから、戸籍取得は著しく困難になっている(コラム2-3参照)。
戸籍制度改革は、中国が掲げる「投資から消費」への経済構造の転換や、地域間格差の解消に資する重要な政策であることから、今後の動向に注視が必要である。
コラム2-4:中国の電気機器・一般機械の輸出競争力について
中国の輸出(金額ベース)は、WTOに加盟した2001年以降急激に拡大したが、その中で4割強のシェアを占めるのが電気機器及び一般機械(電機・機械)である(図1)。ここでは、電機・機械のうち、通信機器等、PC等、集積回路、半導体、TV等、家電(エアコン、冷蔵庫等)の6品目(表2の網掛け部分)の輸出動向について、貿易特化係数(注1)等を用いて分析することにより、中国のハイテク産業の国際競争力の変化について概観する。
1.完成品の動向(注2)
最初に、完成品4品目(PC等、TV等、通信機器等(注3)、家電)の貿易特化係数の推移をみると、90年代から上昇し、2000年代にはいずれも大幅な輸出超過で推移していることがわかる(図3)。この背景として、中国の安価な労働力等を背景に、先進国が部品や中間財を中国に輸出し、中国国内で組み立てた完成品を先進国へ輸出する、いわゆる加工貿易の発展を指摘することができる。一方、中国の動きとは対象的に、日本の完成品輸出の特化指数は低下傾向を辿っており、現在では4品目いずれについても大幅な輸入超過となっている。
2.部品の動向
次に、携帯電話やPC等の主要な完成品にも搭載される集積回路・半導体等の部品(2品目合計)の貿易特化係数の動向をみると、依然として中国は輸入超過にあるものの、次第に輸出入均衡に向かっていることがわかる(図4)。中国では、産業育成政策の効果もあり、部品の内製化が進んでいる。15年の輸出入額全体がマイナスとなる中で、集積回路・半導体等の輸出入額は増加しているが、輸出額の増加ペースが輸入額の増加ペースを上回っていることから、加工貿易に必要な部品輸入の必要性が低下してきていることが示唆される(図5)。日本は、部品については依然として輸出超過となっているものの、次第に輸出入均衡に近付いてきており、この分野においても輸出競争力が低下してきていることがうかがえる。
3.貿易付加価値額の動向
このように、中国経済は、加工貿易を中心とした発展段階から、部品の内製化を含むより高度な発展段階への移行が進んでいるとみることができる。国内で付加された価値を図る指標であるOECD/WTOのTiVA(付加価値貿易指標)の伸び率と通常の輸出金額の伸び率を比較すると、TiVAの伸び率が輸出額の伸び率を上回って推移していることも確認できる。
(注1)貿易特化係数とは、ある品目におけるその国の輸出競争力を示す指標の1つであり、数値が1に近いほど、輸出競争力が高いとされる。数値は純輸出(輸出-輸入)を貿易総額(輸出+輸入)で除すことで算出できる。
(注2)貿易特化係数の算出は、HSコード4桁による分類で行ったが、4桁ベースの分類では厳密には完成品の中には一部、部品類が含まれる。
(注3)通信機器等の中には部品も含まれており、その輸出額の内訳は、携帯電話が58.6%、携帯電話部品が23.3%など。