第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第5節)
第5節 国際金融資本市場と商品市場の概況
2015年半ばから16年半ばにかけて、中国経済に対する懸念、原油を始めとする資源価格の低下、英国におけるEU離脱問題等を背景に投資家のリスクオフ姿勢が高まり、国際金融資本市場は大きく変動した37。その後の国際金融資本市場は比較的落ち着いて推移していたものの、英国のメイ首相によるEU離脱の通知時期の表明や、アメリカの大統領選挙等に際して、短期的に市場が大きく変動する局面がみられた。本節では、16年の国際金融資本市場の動きを振り返るとともに、引き続き注視が必要な点についての検討を行う。
1.16年初以降の国際金融資本市場の動向
16年の主要国の株価は、英国、アメリカでは上昇したものの、中国や日本を含むその他の国では伸び悩んだ(第2-5-1図)。英国では、6月の国民投票の結果を受けた不確実性の高まりにも関わらず、ポンド安の進展を背景にその後も株価の上昇が続いた。アメリカでは、11月の大統領選挙の結果を受け、トランプ次期大統領による財政政策への期待から株価が上昇した。中国では年初に大幅に下落したものの38、その後は緩やかな上昇傾向で推移した。
一方、為替については、円と英ポンドがドルに対して比較的大きく変動した(第2-5-2図)。このうち英ポンドは、EU離脱に向けた動きを受け、年初来約20%の大幅な下落となっている。中国人民元については、中国当局による元買い支えの動きが意識されつつも、下落基調で推移した。
債券については、株式のリスク回避目的の投資先であることに加え、各国の財政・金融政策の動向にも影響された(第2-5-3図)。ドイツではマイナス金利政策の影響により、10年物国債金利がマイナスとなる局面が見られるなど、低金利が継続したが、アメリカ大統領選挙以降はアメリカでの長期金利上昇に影響され、金利はやや上昇した。足元ではアメリカの国債金利は一段と上昇している。
英国では、このような環境に加えて、自国のEU離脱問題を背景に、足下で金利が上昇している39。
年初以降の市場の不安心理の高まりをVIX指数40の推移から確認すると、中国経済に対する懸念、サウジアラビアとイランの国交断絶等の地政学的リスクの高まり、欧州の一部の銀行の信用不安、原油価格の下落等の複合的な要因により、年初の数か月にかけて、同指数は比較的高水準で推移した。その後は、英国国民投票やアメリカ大統領選挙に際して一時的な上昇がみられたものの、いずれも比較的短期間で低下した(第2-5-4図)。一方、TEDスプレッド41の動きからは、これらのリスクイベントは銀行間の信用不安の大きな高まりにはつながらなかったとみることができる42(第2-5-5図)。ただし、英国のEU離脱に向けた動きを含め、各種の政策に関する不確実性が市場に与える影響については引き続き注視していく必要がある。
2.原油価格の動向
資源価格については年後半を中心に持ち直しの動きがみられた(第2-5-6図)。このうち原油価格については、16年2月に一時、12年8か月ぶりに26ドル台まで下落し、金融資本市場のリスクオフの動きを誘発した(第2-5-7図)。このような急激な動きの背景には、世界的な原油供給過剰や投機的な動きが影響していると考えられる(第2-5-8図、第2-5-9図)。
原油価格の下落は、ガソリン等の石油関連製品の価格下落が家計部門の実質所得を増加させ、個人消費を押し上げるため、世界全体で見るとプラスの影響が大きいと一般的には考えられている。ただし、あまりにも急激な下落は先進国の資源関連企業の収益や投資を押し下げる他、原油に経済や財政を依存する新興国43の経済悪化を通じて世界経済に悪影響を及ぼすことになる(第2-5-10図)。また、産油国のソブリンウェルス・ファンドによる資産売却等が国際金融資本市場に影響を与える可能性も指摘されている。
世界の国別の石油生産量をみると、OPECが約4割を占め、依然として影響力は大きい(第2-5-11図)。このうち、世界の約1割、OPECの約3割を生産するなど、OPECの盟主として主権を握るサウジアラビアは、昨今の原油価格低迷により、経済や財政の悪化等、大きな影響を受けた。こうした中、年初より減産に向けた協議がOPEC内外で行われ、年前半の協議はいずれも不調に終わったものの、16年9月に開催されたOPEC臨時会合では、OPEC全体の生産量目標を日量3,250~3,300万バレルへと減産する計画について合意された。8月の生産実績(IEA集計)が日量3,350万バレル程度であったことを踏まえると、計算上は世界の需給ギャップがほぼ解消される内容であったため、市場は好感し、原油価格は10月には1バレル50ドル前後まで上昇した。
11月30日のOPEC総会では、減産についての正式な合意が行われた。主な内容は、(1)OPEC加盟国全体で原油生産量を日量120万バレル程度削減し、3,250万バレルとする(第2-5-12表)、(2)当該調整期間は17年1月1日から6か月間とする、(3)当該調整の遵守状況を監視する委員会を設置する、などとなっている。また、12月10日に開催されたOPECと非OPEC加盟国の会合では、非OPEC加盟国が、日量55.8万バレルを削減することで合意し、01年以来15年ぶりの協調減産が実現した。
こうした中、アメリカのシェールオイル生産の損益分岐点が40~60ドル程度44にまで低下していることに注意が必要である。原油価格が持ち直す中、アメリカにおける原油掘削リグの稼働数は足元で既に増加に転じている(前掲第2-2-17図)。トランプ次期大統領のエネルギー政策が資源関連企業に追い風となる可能性も指摘されている。仮にOPECによる減産が合意通りに行われたとしても、非OPECやアメリカの増産が続く場合は、OPECはシェア確保のために再び生産拡大にかじを切る可能性も否定できない(第2-5-13図)。原油価格の動向については引き続き注視が必要である。
3.新興国への資金の流れ
第1章でみたとおり、新興国への資金の流れは、16年3月以降おおむね流入超で推移していたが(前掲第1-3-7図)、11月のアメリカ大統領選挙の結果を受け、一時的に流出超に転じる動きがみられた45(第2-5-14図)。新興国の株式や債券指数についても、足元で低下がみられる(第2-5-15図)。
この期間に新興国のファンダメンタルズが急激に悪化したという事実はないことから、アメリカ大統領選挙後のアメリカ国債金利の上昇とドル高によって、新興国資産の投資魅力度が相対的に低下し、資金がドルに還流したと考えられる。
今後アメリカの金利の上昇が進んだ場合、ドル建て債務が大きく、ファンダメンタルズにぜい弱性がみられる国では、更に資金流出が進み、新興国を中心に金融資本市場に影響が生じる可能性があるため、注意が必要である。