第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第3節)

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第3節 ヨーロッパ経済

2008年の世界金融危機と12年の欧州政府債務危機による二度の景気後退を経たヨーロッパ経済は、13年以降、3年以上にわたる回復を続けている。ユーロ圏では、景気は企業部門の一部に弱めの動きもみられるものの、引き続き緩やかな回復が続いている。英国では景気は回復が続いている。

しかしながら、ユーロ圏における回復は全体に力強さを欠いている。また、近年好調に推移してきた英国においてはEU離脱問題に伴う不透明感の高まりにより、今後回復が緩やかになることが見込まれる。さらに、ヨーロッパ経済は政策に関する不確実性を含む様々なリスクにも直面している。

本節ではまず、ヨーロッパ経済の最近の動向を振り返るとともに、17年の見通しとリスクを整理する。次に、ユーロ圏の中では近年比較的好調に推移してきたドイツ経済に着目し、2000年代前半に行われた労働市場改革を改めて振り返るとともに、改革がドイツ経済に与えた影響等について分析を行う。

1.ユーロ圏と英国の経済動向と見通し

(1)ユーロ圏経済の動向

(個人消費主導の緩やかな回復)

ユーロ圏全体の実質経済成長率は、13年4~6月期以降14四半期連続のプラスを維持している(第2-3-1図)。個人消費支出は増加を続けており、景気回復を支えている。このうち自動車販売については、欧州政府債務危機後の大幅な落ち込みからの反動もあり増加を続けているが、販売台数そのものは危機前の水準を回復していない(第2-3-2図)。

第2-3-1図 ユーロ圏の実質経済成長率(需要項目別寄与度)
第2-3-1図 ユーロ圏の実質経済成長率(需要項目別寄与度)
第2-3-2図 ユーロ圏新車登録台数の推移
第2-3-2図 ユーロ圏新車登録台数の推移

主要国の経済成長率をみると、スペインが比較的高い成長率を維持しているのに対し、フランス及びイタリアは比較的低い成長率が続いている(第2-3-3図)。スペインでは自動車の買換え需要が個人消費の伸びを支えている。ユーロ圏平均並みの成長率となっているドイツでは、自動車販売は南欧諸国等と比較すると緩やかな伸びに止まっているものの、後述するように、所得の堅調な増加が消費の増加、生産の増加へとつながる好循環がみられる。一方、フランスでは失業率が高止まりしており、個人消費も力強さを欠いている。イタリアでは他の南欧諸国と同様、買換え需要に支えられた自動車販売が好調であるものの、後述するように企業部門の回復が弱い状態が続いている。こうした中、ユーロ圏の企業及び家計のマインドはおおむね横ばいで推移している(第2-3-4図)。

第2-3-3図 ユーロ圏主要国の実質経済成長率
第2-3-3図 ユーロ圏主要国の実質経済成長率
第2-3-4図 ユーロ圏の企業及び消費者のマインド
第2-3-4図 ユーロ圏の企業及び消費者のマインド

ユーロ圏全体の失業率がピーク時(13年4月~6月)の12.1%から10%程度まで低下する中、各国の雇用情勢はまちまちの状況になっている(第2-3-5図)。ドイツの失業率は1990年の東西ドイツ統一後最低の4%程度まで低下しており、スペインでは10年4月以来初めて20%台を下回った。一方、フランス、イタリアの失業率は高止まっている。フランスについては、15年11月のパリでの同時多発テロ事件(死者130名)や、16年7月のニースでのテロ事件(死者84名以上)による観光客の減少の影響が指摘されている1

第2-3-5図 ユーロ圏主要国の失業率の推移
第2-3-5図 ユーロ圏主要国の失業率の推移
(企業部門の一部に弱めの動き)

16年年初以降、ユーロ圏の企業部門には弱めの動きがみられる。投資については、知的財産投資の着実な増加が続いている。機械設備投資も増加しているものの、依然として世界金融危機前の水準を回復していない。一方、建設投資(住宅及び非住宅)については弱い動きが続いており、世界金融危機前の水準を大きく下回って推移している(第2-3-6図)。

設備投資の回復が遅れていることの背景には、まず、金融危機後に不動産価格が大幅に下落した南欧諸国における建設投資の伸び悩みが指摘できる。また、金融危機に続いて政府債務危機に見舞われたことにより、ユーロ圏の企業の期待成長率の回復が遅れている可能性が考えられる2。さらに、南欧諸国では不良債権問題3が銀行貸出の伸び悩みを通じて、企業部門及び景気回復の妨げになっている可能性もある(第2-3-7図、第2-3-8図)。16年6月の英国のEU離脱・残留を問う国民投票を巡る不透明感が企業の設備投資意欲を下押しした可能性もある。

第2-3-6図 ユーロ圏の固定投資(形態別)
第2-3-6図 ユーロ圏の固定投資(形態別)
第2-3-7図 南欧の銀行の不良債権比率
第2-3-7図 南欧の銀行の不良債権比率
第2-3-8図 南欧の銀行の貸出残高
第2-3-8図 南欧の銀行の貸出残高

輸出は15年前半には持ち直していたが、その後弱い動きとなった。輸出の推移を仕向地別にみると、14年から15年前半にかけて、ユーロ安の進展とともに大きく増加したアメリカや英国向けの輸出が、その後は弱い動きに転じている。財別にみると、輸出の増加局面では機械類及び輸送機器、化学製品等のユーロ圏の主要な輸出品が増加したものの、その後は伸び悩んでいる(第2-3-9図、第2-3-10図))。

第2-3-9図 ユーロ圏の域外財輸出
第2-3-9図 ユーロ圏の域外財輸出
第2-3-10図 ユーロの実質実効為替レートの推移
第2-3-10図 ユーロの実質実効為替レートの推移

このような輸出の動向は生産面にも表れている。鉱工業生産指数は15年前半には持ち直しの動きがみられたものの、その後は横ばいで推移している。生産の動向と製品の需要地域を結び付けてみることができる製造業販売指数によると、ユーロ安の進んだ14年後半から15年初めにかけて国外市場向け販売が大幅に上昇し、その後は横ばいに転じている(第2-3-11図)。

第2-3-11図 ユーロ圏の鉱工業生産及び製造業販売の動向
第2-3-11図 ユーロ圏の鉱工業生産及び製造業販売の動向
(財政政策の動向)

ユーロ圏のGDPギャップをみると、ドイツはプラス圏に浮上しているものの、他の主要国及びユーロ圏全体は依然としてマイナス圏で推移している(第2-3-12図)。こうした中、各国において財政健全化が着実に進められている。欧州委員会によれば、ユーロ圏全体の財政赤字GDP比は14年から15年にかけて▲2.6%から▲2.1%に縮小しており、さらに16年にかけて▲1.8%へと縮小する見込みである4。国別にみると、比較的小規模な国で財政赤字の縮小幅が大きくなっており、財政危機を受けIMFやEUによる金融支援の行われているギリシャで特に赤字縮小幅が大きくなっている(第2-3-13図)。また、構造的財政収支をみると、フランスやイタリアといった景気回復の遅れている国においても着実に財政健全化が進められていることがわかる(第2-3-13図)。一方、ドイツは既に財政が黒字化している。

第2-3-12図 ユーロ圏主要国のGDPギャップの推移
第2-3-12図 ユーロ圏主要国のGDPギャップの推移

EU諸国は「安定成長協定」(Stability and Growth Pact:SGP)により、財政赤字や債務残高GDP比を規定の範囲内に抑えることが求められている。16年5月にはスペインとポルトガルが過剰財政赤字是正措置適用国として欧州委員会による制裁勧告を受けるに至ったものの、その後制裁は見送られ、両国には新たな財政健全化策を提出することが求められた。

一方、欧州委員会は15年11月、経済が比較的好調で経常収支黒字の大きいドイツとオランダに対して、域内の不均衡是正の観点から投資の拡大を求めたが、ドイツの16年の経常収支黒字は更に拡大する見通しとなっている(第2-3-14図)5。さらに、欧州委員会は16年11月、ユーロ圏の低成長や低インフレを克服するため、国名を特定しない形で、財政拡大余地のある国による投資を通じてユーロ圏全体でGDP比0.5%程度の財政拡張を行うよう、各国に提言した。

EU及びその加盟国では、「欧州セメスター」6を通じて、財政の健全性の確保やマクロ経済不均衡の是正等に向けた取組を進めており、今後の取組が注目される。

第2-3-13図 ユーロ圏主要国の財政収支
第2-3-13図 ユーロ圏主要国の財政収支
第2-3-14図 ユーロ圏主要国の経常収支
第2-3-14図 ユーロ圏主要国の経常収支
(ECBは金融緩和を拡大)

デフレリスクの高まりを受け、ECBは14年6月に中銀預金金利へのマイナス金利の導入を含む政策金利の引下げを実施した。その後も国債等の購入を含む量的緩和策の再開、政策金利の一層の引下げ、社債購入プログラムの導入等の追加金融緩和策が実施されている(第2-3-15表)。

足元ではデフレリスクは低下したとみられるものの、ユーロ圏の物価上昇率は依然としてECBのインフレ参照値を下回っている(第2-3-16図)。今後のECBの政策とその効果に注視が必要である。

第2-3-15表 ECBの金融緩和策
第2-3-15表 ECBの金融緩和策
第2-3-16図 ECBの金融政策と消費者物価
第2-3-16図 ECBの金融政策と消費者物価

(2)英国経済の動向

(個人消費の増加に支えられる英国経済)

英国の実質経済成長率は、13年1~3月期以降、15四半期連続でプラス成長を維持している(第2-3-17図)。6月23日のEU残留・離脱を問う国民投票の結果を受けた不透明感の高まりによる影響が懸念された7~9月期の成長率が前期比年率2.0%となるなど、これまでのところEU離脱の選択による景気への負の影響はほとんどみられない。需要項目別にみると個人消費、産業別にみるとサービス業が引き続き経済成長をけん引している。

第2-3-17図 英国の実質経済成長率(需要項目別)
第2-3-17図 英国の実質経済成長率(需要項目別)

個人消費に関しては、16年7~9月期の伸び率は前期比年率2.4%と同4~6月期からやや低下したものの、22四半期連続の増加となった。また、月次の小売売上高統計によると、10月が前月比1.9%増の大幅増となるなど、このところ伸びが高まっている。ただし、ポンド安による外国人観光客の増加が寄与していると考えられ7、必ずしも内需の強さを示すものではないことに注意が必要である。

消費者マインドは、国民投票直後の7月に大幅に悪化し、その後やや持ち直したものの、依然としてマイナス圏内で推移している(第2-3-18図)。内訳をみると、国民投票に伴う不透明感が高まった16年初め以降、向こう12か月の経済情勢見通しがマイナスで推移している。経済情勢の不透明感から生じるマインドの低下が個人消費に与える影響について注意が必要である。

第2-3-18図 英国の消費者マインドの推移
第2-3-18図 英国の消費者マインドの推移
(企業部門は先行きに慎重な見方)

企業の設備投資は16年4~6月期から横ばいの動きとなっている(第2-3-19図、第2-3-20図)。原油価格の下落に加え、国民投票以前から高まっていた不透明感や、ポンド安による資本財価格の上昇等が企業の投資意欲を下押ししているとみられる8。イングランド銀行による調査によれば、製造業、サービス業のいずれも今後の投資意欲が低下していることがみてとれる(第2-3-21図)9。また、住宅価格の伸びの鈍化も、将来の不確実性の高まりを反映している可能性がある(第2-3-22図)。

第2-3-19図 固定投資(分野別)
第2-3-19図 固定投資(分野別)
第2-3-20図 固定投資(形態別)
第2-3-20図 固定投資(形態別)
第2-3-21図 企業の設備投資意欲
第2-3-21図 企業の設備投資意欲
第2-3-22図 住宅価格の推移
第2-3-22図 住宅価格の推移

生産については16年半ばには持ち直しの動きがみられた(第2-3-23図)。その要因としては、原油価格上昇による鉱業生産の持ち直しや、ポンド安による輸出の増加が考えられる(第2-3-24図)。このことは、新規輸出受注指数と生産活動指数が連動していることからも確認できる(第2-3-25図)。

生産の持ち直しに対し、投資に弱い動きがみられる要因としては、企業が中長期的な視点に立って慎重な判断を行っていることが考えられる。

第2-3-23図 鉱工業生産の推移(3MA)
第2-3-23図 鉱工業生産の推移(3MA)
第2-3-24図 財輸出(金額)の動向(四半期)
第2-3-24図 財輸出(金額)の動向(四半期)
第2-3-25図 製造業PMIの推移
第2-3-25図 製造業PMIの推移
(消費者物価は安定、輸入物価は高騰)

消費者物価指数(総合)は、エネルギー価格の下落の影響や食品価格の下落等により、14年後半以降、イングランド銀行のインフレ目標である前年比2%を大幅に下回って推移してきた。エネルギー価格の下落幅の縮小等により前年比で上昇に転じ、16年11月の上昇率は1.2%となっている(第2-3-26図)。

一方、15年末以降の大幅なポンド安を受け、輸入物価及び生産者投入価格は急激に上昇しており、足元の上昇率(前年比)はそれぞれ9.4%(10月)と12.9%(11月)に達している。生産者産出価格についても緩やかに上昇率が高まってきており、11月には2.3%の上昇となった。

第2-3-26図 消費者物価・輸入物価等の動向
第2-3-26図 消費者物価・輸入物価等の動向

英国統計局は、消費者物価の構成要素を輸入品の割合に応じてグループ分けし、各グループの消費者物価上昇率への寄与度を公表している。それによれば、消費者物価の押上げへの寄与の大部分は輸入品割合の小さいグループによるものであり、これまでのところ、輸入品割合の大きいグループによる物価押上げ効果はみられない(第2-3-27図)。しかしながら、輸入物価の上昇は一定のタイムラグを伴って消費者物価を押し上げることが予想される10。また、仮に転嫁が十分に進まない場合は企業収益が圧迫されることになる。イングランド銀行は16年11月のインフレーションレポートにおいて17年の消費者物価上昇率見通しを8月の見通しの2.0%から2.7%に引き上げている。物価の動向と個人消費への影響には注意が必要である。

第2-3-27図 英国の消費者物価上昇率(輸入割合別寄与)
第2-3-27図 英国の消費者物価上昇率(輸入割合別寄与)
(雇用情勢の改善が続く中、企業の採用意欲は低下傾向)

雇用情勢は改善が続いている。就業者数の増加が続いており、9月の失業率(ILO基準)は05年7~9月期以来の低水準となる4.8%(16年10月)に低下した(第2-3-28図)。

第2-3-28図 英国の失業率及び就業者数の推移
第2-3-28図 英国の失業率及び就業者数の推移

また、企業景況感を示すPMIの内訳である雇用指数を見ると、製造業、サービス業のいずれについても国民投票以前の悪化傾向が反転し、持ち直しの動きが見られている。 ポンド安による輸出競争力の向上や外国人観光客の増加が足元の雇用情勢の持ち直しにつながっていると考えられる(第2-3-29図)。

第2-3-29図 英国PMI(製造業・サービス業)雇用指数の推移
第2-3-29図 英国PMI(製造業・サービス業)雇用指数の推移

一方、求人数については、16年に入ってから横ばいで推移している(第2-3-30図)。イングランド銀行の調査によれば企業の雇用意欲も低下傾向にあり、EU離脱を巡る先行き不透明感により、企業が採用に慎重になってきている様子がうかがえる(第2-3-31図)。

第2-3-30図 英国の求人数の推移
第2-3-30図 英国の求人数の推移
第2-3-31図 企業の雇用意欲
第2-3-31図 企業の雇用意欲

また、賃金の動向を見ると、労働市場のひっ迫感にもかかわらず、週平均賃金上昇率(ボーナスを含まない。)は16年に入ってからは横ばいで推移している(第2-3-32図)。今後消費者物価の上昇が加速し、賃金の伸びがそれに追いつかなかった場合、個人消費に影響を与える可能性がある。

第2-3-32図 英国の週平均賃金上昇率の推移
第2-3-32図 英国の週平均賃金上昇率の推移
(政府は財政健全化目標を変更)

英国政府は、16年11月23日に秋季財政演説及び経済財政見通し11を公表した。英国経済は国民投票後も強靭さを保っているとする一方で、EU離脱に伴う不確実性の高まりによる民間投資の減速と、ポンド安に伴う物価上昇による個人消費の減速が見込まれるとし、17年の実質経済成長率見通しが2.2%(16年3月時点)から1.4%に、18年については2.1%(同)から1.7%へと下方修正された(第2-3-33表)。

このような経済見通しを踏まえ、政府は、道路、鉄道、研究開発、住宅等への投資の拡大12により景気を下支えする方針を明らかにした。同時に、キャメロン前政権による19年度までの財政収支黒字化目標に代わり、より柔軟な財政目標を設定する観点から、20年度までに構造的財政赤字をGDP比で2%以内に削減するという目標を新たに掲げた。また、補助的な目標として、公的部門の純債務残高のGDP比を20年度までに低下させるとした(第2-3-33表)。

第2-3-33表 財政責任庁の経済及び財政見通し(16年11月)
第2-3-33表 財政責任庁の経済及び財政見通し(16年11月)
(金融政策による景気下支え)

イングランド銀行は8月3日、景気下支えの観点から、政策金利を0.5%から0.25%に引き下げるとともに、資産買入れ枠を3,750億ポンドから4,350億ポンドに拡大するなどの金融緩和を決定した。政策金利の引下げは、09年3月以来7年4か月ぶりのことであった(第2-3-34図)。

一方、11月2日の金融政策委員会では、金融政策の維持を決定すると同時に、足下のポンド安の物価への影響にかんがみ、場合によっては今後利上げもあり得るとした。

先行き不確実性の高まりによる景気への下押し圧力とポンド安による物価上昇圧力の下、イングランド銀行の政策運営が注目される。

第2-3-34図 イングランド銀行の金融緩和
第2-3-34図 イングランド銀行の金融緩和
(EU離脱交渉を巡るその後の動き)

16年10月、メイ首相は、17年3月末までに欧州連合条約第50条の発動(離脱通告)を行う方針を発表した。メイ首相は首相の権限で離脱通知を行うことができるとしていたが、英国高等法院は11月3日、同通告については英国議会の承認が必要との判決を出した。これに対し英国政府は上告し、17年1月に最高裁判所による判決が出される見込みとなっている(第2-3-35表)。離脱交渉を巡る動きに引き続き注視が必要である。

第2-3-35表 国民投票後の英国の動き
第2-3-35表 国民投票後の英国の動き

(3)2017年の見通し・先行きリスク

(ユーロ圏では緩やかな回復が続く一方、英国では回復が緩やかに)

ユーロ圏の景気は、雇用・所得環境の改善や消費の増加に支えられ、引き続き緩やかな回復が続くことが期待される。

英国では、EU離脱問題に伴う不透明感の高まりによる影響から、回復が緩やかになることが見込まれる。また、今後離脱に向けた動きが具体化するにつれて、そのような影響が拡大する可能性があることに留意が必要である。

国際機関等による経済見通しでは、17年の実質経済成長率は、ユーロ圏では16年よりやや低下、英国は大幅に低下する見込みとなっている。

第2-3-36図 ユーロ圏及び英国の実質経済成長率
第2-3-36図 ユーロ圏及び英国の実質経済成長率
第2-3-37表 ユーロ圏及び英国の国際機関等の見通し
第2-3-37表 ユーロ圏及び英国の国際機関等の見通し
(主なリスク)

ユーロ圏及び英国における当面の主なリスクとして以下が考えられる。

(i)英国のEU離脱問題と政策に関する不確実性

英国では、国民投票直後の市場の混乱はその後ひとまず落ち着いたものの、EU離脱問題に伴う不透明感は極めて高い状態が続いている。16年10月にメイ首相がEU離脱通告を17年3月末までに行うことを発表した直後にはポンドが一時的に急落した。今後離脱後の英国とEUとの新たな経済関係等に関する不確実性が高まることで景気が予想以上に下振れするリスクに注意が必要である。また、英国における景気の大幅な減速はユーロ圏経済にもマイナスの影響を及ぼすことになる。

イタリアでは、12月4日に行われた上院の権限縮小等を内容とする国民投票において、反対が賛成を上回る結果となったことを受け、レンツィ首相が辞任した。ジェンティローニ新首相の下で構造改革がどのように進められるかが注目されている。同じく12月4日に行われたオーストリアの大統領選挙では、反移民を掲げる右派の大統領が選出される結果にはならなかったものの、17年にはオランダ総選挙(3月)、フランス大統領選挙(4月)、ドイツ総選挙(8~10月に実施)といった重要な選挙が予定されており、政策に関する不確実性の影響等に留意する必要がある(第2-3-38表)。

第2-3-38表 ヨーロッパの17年の主な政治日程
第2-3-38表 ヨーロッパの17年の主な政治日程
(ii)地政学的リスク

15年11月のパリ同時多発テロ以降も、フランス、ドイツ、ベルギーにおいてテロが発生し、イスラム過激派組織(ISIL)との関係も指摘されている。このようなリスクの高まりは企業や消費者のマインドの悪化、観光客の減少等を通じて投資や消費を抑制し、景気を下押しする可能性がある。また、ウクライナ和平合意の完全履行が実行されない中、EUによるロシアに対する経済制裁が続いており(16年12月に17年7月末までの延長を決定)、今後の動向には注意が必要である。

(iii)その他のリスク

低下が続いていたユーロ圏の失業率はこのところ横ばいとなっている。特に若年層の失業率は南欧諸国を中心に極めて高い水準となっており、注意が必要である。

また、ユーロ圏の物価上昇率は累次の金融緩和にもかかわらずECBの目標を下回って推移しており、金融政策の動向と併せ、注意が必要である。

加えて、一部の金融機関の財務体質の脆弱性に起因する金融市場の変動にも注意が必要である。16年7月には欧州銀行監督機構(EBA)が主要51行を対象にストレステストを実施し、EU内の銀行部門全体としては健全であるものの、個別行の結果には大きなばらつきがあるとの結果を公表した。金融機関の動向には引き続き注意が必要である(第2-3-39図)。

第2-3-39図 欧州銀行監督機構(EBA)のストレス結果の概要
第2-3-39図 欧州銀行監督機構(EBA)のストレス結果の概要

2.ドイツの労働市場改革とその効果

(1)シュレーダー政権下での労働市場改革とその影響

これまでみてきたとおり、ドイツとユーロ圏の他の主要国との間には経済格差や不均衡がみられる。労働市場についても、ドイツの失業率は東西ドイツ統一後の最低水準まで低下しており、高い失業率が続くユーロ圏の多くの国とは対照的な状況となっている。

もっとも、ドイツの失業率が大幅に低下したのは比較的近年のことである。90年代後半には、低成長、高失業率、経常収支赤字の続くドイツが「欧州の病人」と形容されることもあった。経済停滞の要因として、90年10月の東西ドイツ統一に伴う財政負担、中東欧諸国の工業化による競争の激化、少子高齢化の進展等に加え、手厚い社会保障制度や硬直的な労働規制等の制度面の問題も指摘された。

そのドイツ経済が、2000年代には「奇跡の回復」を遂げたと言われている。共通通貨ユーロの導入がドイツの輸出競争力に有利に働いたとの指摘がある一方、ゲアハルト・シュレーダー首相(98~05年)によって実施された構造改革、いわゆる「シュレーダー改革」の成果を評価する意見もある。同改革は、労働市場、社会保障、医療、税制、企業制度などの様々な分野にわたる包括的なパッケージとして実施されたが、中でも、労働市場改革が注目されることが多い。

第2-3-40図 シュレーダー改革の概念図
第2-3-40図 シュレーダー改革の概念図

本節では、シュレーダー政権における労働市場改革の内容を改めて振り返るとともに、その影響、さらには足元の賃金上昇の要因について分析を行う。

(労働市場改革の概要)

シュレーダー政権下での労働市場改革は、大手自動車メーカーの役員だったペーター・ハルツ氏を委員長とする「ハルツ委員会」で検討されたことから、「ハルツ改革」とも言われる。ハルツ改革は、「自助努力を引き出すとともに保障もする」との基本理念の下、失業に対する補償から就労促進へと労働政策の方針転換が図られるとともに、労働市場の柔軟化や多様化が進められた。具体的には、(1)失業給付水準の引下げと期間の短縮、(2)ミニ・ジョブ(僅少労働)制度の拡充、(3)自営業の促進等を通じた失業者の労働市場への参入促進、(4)一定の条件を満たした場合の補償金解決を可能とすることによる解雇規制の緩和、(5)企業新設後の4年間に限って有期雇用契約を自由に更新可能とする規制緩和、(6)職業紹介、就労支援体制の強化等のマッチング機能の強化等が行われた。02年8月にハルツ委員会による最終報告が取りまとめられると、まずパートタイムや派遣労働の柔軟化等の改革が実施され、その後、解雇規制の緩和、失業手当の受給要件厳格化、給付額・給付期間の削減等、各種の施策が03年から06年にかけて段階的に施行された(第2-3-41図、第2-3-42表)13

第2-3-41図 ユーロ圏主要国の失業率の推移
第2-3-41図 ユーロ圏主要国の失業率の推移
第2-3-42表 労働市場改革関連法案の概要
第2-3-42表 労働市場改革関連法案の概要
(労働参加率の上昇と就業形態の多様化)

最初に、これらの改革が就業者数及び就業形態の変化に与えた影響を確認してみよう。まず、2000年以降の就業者数の推移をみると、04年まではほぼ横ばいで推移していたが、05年以降は増加傾向に転じたことがわかる。このタイミングは前述のハルツ改革の実施時期と一致する。

次に、就業者数の推移を年齢構成別、男女別、雇用形態別に見てみよう。まず年齢別にみると、15~24歳及び25~49歳の就業者数が05年以降も減少を続けたのに対し、50歳以上の就業者数は増加している。また、男女別にみると、男女いずれについても就業者数は増加しているが、特に女性の就業者数の増加が顕著になっている。さらに、就業者をフルタイムとパートタイムに分けると、フルタイム就業者数はほぼ横ばいで推移したのに対し、パートタイム就業者数は増加傾向で推移したことがわかる(第2-3-43図)。

非典型労働14の雇用形態別内訳の推移をみると、ハルツ改革以降、有期契約労働、パートタイム労働、ミニ・ジョブ、派遣労働等の就業者数が増加したことがわかる(第2-3-43(4)図)。

第2-3-43図 ドイツの就業者の推移
第2-3-43図 ドイツの就業者の推移

このように、ハルツ改革以降、それまで労働参加率の低かった女性や高齢者15を中心に就業者数が増加するとともに、多様な働き方が広がったことがわかる。また、パートタイム労働者比率が2000年代を通じて緩やかに増加する中、パートタイム労働者のうちの非自発的パートタイム労働者の占める割合が他の主要国と比較して低位で安定的に推移しており、ドイツではパートタイムという雇用形態が大半の労働者によって自発的に選択されていることがうかがえる。

第2-3-44図 ドイツ労働参加率
第2-3-44図 ドイツ労働参加率
第2-3-45図 パートタイム比率・非自発的パートタイム労働者比率
第2-3-45図 パートタイム比率・非自発的パートタイム労働者比率
(労働コストの低下)

次に、労働分配率の推移をみると、改革の進んだ2004年~07年にかけて大幅に低下している(第2-3-46図)。

第2-3-46図 ドイツ労働分配率
第2-3-46図 ドイツ労働分配率

前述のとおり、労働市場改革により増加した就業者の多くは女性や比較的年齢の高い層であり、雇用形態別にはパートタイムやミニ・ジョブが中心であった。ユーロ圏主要国における賃金の推移を雇用形態別にみると、ドイツのフルタイム労働者の賃金が上昇傾向で推移したのに対し、パートタイム労働者はフルタイム労働者よりも低い水準でほぼ横ばいで推移していたことが分かる(第2-3-47図)。

第2-3-47図 主要国の雇用形態別賃金水準(1時間当たり)の推移
第2-3-47図 主要国の雇用形態別賃金水準(1時間当たり)の推移

パートタイム労働者の増加の賃金全体への影響をみるため、賃金全体の変化を「パートタイム労働者の賃金上昇」、「フルタイム労働者の賃金上昇」、そして「フルタイム労働者からパートタイム労働者への置き換えによる変化」に分解してみると(第2-3-48図)、フルタイム労働者の賃金が着実に上昇する中、パートタイム労働者の賃金はほぼ横ばいで推移したことに加え、賃金が相対的に低いパートタイム労働者へのシフトが賃金全体の抑制要因として働いていたことがわかる。

第2-3-48図 ドイツ賃金上昇の要因分析
第2-3-48図 ドイツ賃金上昇の要因分析
第2-3-49図 ユーロ圏主要国の単位当たり労働コスト
第2-3-49図 ユーロ圏主要国の単位当たり労働コスト

また、単位当たり労働コストからも、2000年代前半に他の主要国の労働コストが上昇を続ける中、ドイツの労働コストは抑制されていたことが確認できる。このことは、ドイツ企業の競争力の向上に大きく寄与したと考えられる(第2-3-49図)。

ドイツでは人口の自然増加率が1972年以降マイナスとなっており、労働力の確保は重要な課題である(第2-3-50図)。こうした中、労働市場改革を通じて労働投入の拡大が実現したことは経済成長の促進の観点から重要な成果である。コンファレンスボードの推計によれば16、01~05年には労働投入はドイツの経済成長の押下げ要因となっていたが、06年以降は押上げ要因となり、ICT資本投資とともに、経済成長の重要な柱となっている(第2-3-51図)。ハルツ改革を通じて、労働投入の増加と労働コストの抑制が同時に実現したとみることができる。

第2-3-50図 ドイツ人口自然増減率
第2-3-50図 ドイツ人口自然増減率
第2-3-51図 ドイツ実質経済成長率の要因分解
第2-3-51図 ドイツ実質経済成長率の要因分解
(労働時間の柔軟化と雇用の維持)

労働市場改革の成果の一つが労働時間の柔軟化である。「ミニ・ジョブ」、「派遣労働」、「労働時間貯蓄制度」17、「操業時間短縮手当制度」18により、労働時間や労働形態を柔軟に調整できる仕組みが確立された19。これらの活用により、不況時にはワークシェアリングを通じて雇用を維持することも可能となった。OECD(2012)は、世界金融危機時(08~09年)の各国における労働時間の減少を雇用者数の変化と労働時間の変化に分解した上で、アメリカでは雇用者数の減少の寄与が大きかったのに対し、ドイツでは労働時間の調整の寄与が大きかったと指摘している(第2-3-52図)20。この間、ドイツでは短時間労働者数や操業時間短縮制度の申請件数も急増しており、ワークシェアリングを通じて就業者数の大幅な減少が回避されたとみることができる(第2-3-53図)。

第2-3-52図 OECD諸国の金融危機時における労働時間の変化
第2-3-52図 OECD諸国の金融危機時における労働時間の変化
第2-3-53図 就業者数と短時間労働者数
第2-3-53図 就業者数と短時間労働者数

(2)足下の賃金上昇の要因と影響について

前述したとおり、足元のドイツ経済は賃金の上昇と個人消費の増加に支えられ、緩やかな景気回復が続いている。ここでは、ドイツの賃金決定の仕組みを含め、賃金上昇の要因とその影響について分析する。

第2-3-54図 主要国の名目賃金上昇率(1時間当たり)
第2-3-54図 主要国の名目賃金上昇率(1時間当たり)
第2-3-55図 主要国1時間当たり賃金
第2-3-55図 主要国1時間当たり賃金
(ドイツにおける賃金決定の仕組み)

EU主要国における賃金決定制度としては、最低賃金、労働協約による賃金決定、そして協約外の賃金決定がある。労働協約による賃金決定においては産業別の団体交渉が大きな役割を果たしており、産業別に企業横断的な賃金決定が行われる傾向が強い。

ドイツにおいても基本的な仕組みは同様である21。団体交渉の当事者は産業別・地域レベルの労使であり、ドイツ労働総同盟(DGB)が束ねる8つの産業別労働組合とその中の地域レベルの組合が交渉を行う。特に、組合員数約227万人(15年)を抱えるドイツ最大の組合である「金属産業労働組合」(IG-Metall(IGメタル))がドイツ全体の賃金交渉の方向性を形成する上で重要な役割を果たしている22

一方、近年はドイツでも労働組合の組織率が低下(第2-3-56図)しており、2000年の24.6%が13年には18.1%となった。同時に労働協約の適用率も低下(第2-3-57図)しており、2000年の67.8%が13年には57.6%となっている。協約の適用率の低下は個別の雇用契約が増えることを意味するが、これまでのところ、賃金交渉の仕組みが劇的に変わったという証左はなく23、産業別の団体交渉・労働協約による賃金決定が依然として重要な役割を果たしていると言われている。

第2-3-56図 ユーロ圏主要国の労働組合組織率
第2-3-56図 ユーロ圏主要国の労働組合組織率
第2-3-57図 ユーロ圏主要国の労働協約適用率
第2-3-57図 ユーロ圏主要国の労働協約適用率

ドイツにおける団体交渉における協約賃金(妥結賃金)は、コア物価上昇率に沿って推移する傾向があるとの見方がある24一方、コア物価上昇率と労働生産性上昇率の和が賃金交渉のベンチマークとなるとの指摘もある25。2000年以降の協約賃金上昇率の推移をみると、コア物価上昇率を上回り26、コア物価上昇率と労働生産性上昇率の和を下回る年が多かったが、12年以降は、コア物価上昇率と労働生産性がいずれも鈍化する中、協約賃金の伸びがそれらの合計を上回って推移していることがわかる。

賃金上昇率が高くなっている要因としては、労働需給のひっ迫に加え、強力な交渉力を持った産業別の労働組合の交渉結果が中小企業を含めた多くの企業に適用される傾向があること、さらに、団体交渉における協約の適用期間が1年を超えることがあることなどが指摘されている。以下の図(第2-3-58図)からは、IGメタルの妥結協定適用期間(網掛け部分)が1年を超えるケースがしばしばみられることがわかる。こうした複数年にわたる協定は、複数年賃上げの妥結に至らなかった他の産業別労働組合の交渉にも影響を与えると言われている27

複数年での妥結は、世界金融危機のように景気が急激に落ち込む局面や、14年のように労働生産性や物価の伸びが低下する局面では28実質賃金の伸びが高くなる要因になっているとみることができる。

第2-3-58図 ドイツ協約賃金上昇率の推移
第2-3-58図 ドイツ協約賃金上昇率の推移
(賃金の伸びが支える消費)

次に、雇用者報酬と実際の家計の購買力を表す可処分所得の関係を確認してみよう。ユーロ圏主要国のドイツ、フランス、イタリア、スペインにおいて、可処分所得は、その大半(60~80%)を占める雇用者報酬の動きとほぼ同じ動きとなっている(第2-3-59図)。また、近年、ドイツにおいては、雇用者報酬と可処分所得の双方の伸びが他の主要国を大きく上回って推移していることが分かる。

第2-3-59図 ユーロ圏主要国の雇用者報酬と可処分所得(名目)
第2-3-59図 ユーロ圏主要国の雇用者報酬と可処分所得(名目)

さらに、主要国における税負担と社会負担が消費に与える影響をみるため、税負担と社会負担が雇用者報酬に占める割合を比較すると、ドイツについては前者が約18%、後者が約40%(2000年~15年平均)となっており、フランスについてはドイツとほぼ同様の割合となっている(第2-3-60図)。一方、イタリアでは、社会負担(約38%)はドイツ、フランスと変わらないが、税負担(約31%)は他国よりも大きくなっている。スペインでは税負担(約15%)、社会負担(約29%)の両方の負担割合が小さい。ドイツの税や社会負担割合は他国と比べて特に低いわけではないものの、他国を大きく上回る雇用者報酬の伸びが、家計の購買力を示す可処分所得の増加につながり、堅調な個人消費の伸びを支えているとみることができる。

第2-3-60図 ユーロ圏主要国の家計可処分所得の寄与度分解(名目)
第2-3-60図 ユーロ圏主要国の家計可処分所得の寄与度分解(名目)
第2-3-61図 ユーロ圏主要国の個人消費
第2-3-61図 ユーロ圏主要国の個人消費
(生産性の伸びの低下と労働コストの上昇)

労働市場改革は、労働者の就労意欲や多様な働き方の実現を通じてドイツの雇用情勢を改善させるとともに、ドイツ企業の競争力向上にも寄与してきた。加えて、ドイツの賃金決定の仕組みが高い賃金上昇率を実現する局面があることも分かった。

一方、2000年代前半とは異なり、近年では、賃金の上昇とともに、単位当たり労働コストが上昇するようになってきている(第2-3-62図)。

第2-3-62図 ドイツ単位当たり労働コストの要因分解
第2-3-62図 ドイツ単位当たり労働コストの要因分解

ドイツにおける女性や比較的年齢の高い層の労働参加率やパートタイム比率は既に先進諸国の中でも上位となっており、大幅な増加は実現しにくくなっている可能性が考えられる(第2-3-63図、第2-3-64図)。今後、持続的な成長を実現するためには生産性の向上が不可欠となっており、ドイツ政府は、イノベーションの創出力の強化を通じて労働生産性を向上させるための取り組みを進めている29

ドイツの労働市場改革は、人々の就労意欲を高め、多様な働き方を実現すること等により、人口減少の経済成長への影響を緩和できることを示した事例であり、少子高齢化の進む他の国々にとっても参考になるものであると考えられる。

第2-3-63図 先進主要国における女性の労働参加率、60~64歳の労働参加率(15年)
第2-3-63図 先進主要国における女性の労働参加率、60~64歳の労働参加率(15年)
第2-3-64図 先進主要国のパートタイム比率(15年)
第2-3-64図 先進主要国のパートタイム比率(15年)

コラム2-2:ロシア経済の動向と課題

原油価格の下落等を背景に15年には大幅なマイナス成長に陥ったロシア経済は、原油価格の下げ止まりを受け、このところ持ち直しつつある。もっとも、ロシア経済は資源価格の変動に対してぜい弱であり、構造改革が長年の課題となっている。以下ではロシア経済の動向を原油価格との関係を中心に点検するとともに、持続的かつ安定的な成長の実現に向けたロシア政府の取組について概観する。

1.近年の経済動向

ロシア経済の原油依存度は極めて高く、名目GDPに占める鉱業のシェアは9.8%、輸出総額に占める燃料等鉱業製品のシェアは63.8%となっている(いずれも15年)(注1)。このため、原油価格の変動はロシアの経済活動や財政に大きな影響を及ぼす。14年後半以降の原油価格の急落は、通貨ルーブルの大幅な下落(図1)を通じて輸入物価と国内物価の上昇をもたらし、個人消費の大幅な減少につながった。ルーブル急落を受けたロシア中央銀行による政策金利の引上げや、欧米諸国の経済制裁(注2)の影響もあり、企業部門も長期にわたり停滞した。加えて、ロシア最大の貿易相手国である中国経済の減速も景気の下押し要因となった。内需の大幅な縮小により輸入が減少したため、純輸出はプラスで推移したものの、15年中の実質経済成長率は大幅なマイナスが続いた(図2)。

16年に入り原油価格が下げ止まるとロシア経済にはようやく持ち直しの動きがみられるようになった。消費者物価指数(総合)は15年3月の16.9%から16年10月には6.1%まで低下し、政策金利は14年末の17.0%から10.0%まで引き下げられている。実質GDP成長率は15年の▲3.7%から16年は▲0.8%(IMF見通し)~▲0.6%(ロシア経済発展省見通し)程度へとマイナス幅が縮小する見込みとなっている。

図1 原油価格と為替レート
コラム2-2 図1 原油価格と為替レート
図2 実質経済成長率
コラム2-2 図2 実質経済成長率

2.資源依存の経済構造

91年のロシア連邦発足以来、ロシア経済は資源価格の動向に影響を受け続けている。98年のロシア金融危機により停滞していたロシア経済は、原油価格の急騰により急速な回復に転じ、2000年の成長率は10.0%に達した。2000年から08年のプーチン政権下(第一期)では、原油価格の上昇が続く中、年平均成長率が7%程度に達した(図3)。しかしながら、この間、石油・天然ガス輸出の増加によるルーブル高は輸入の増加をもたらし、資源以外の産業の成長は限定的であった。

また、原油価格の変動に対してぜい弱な財政構造からの脱却を目的に、04年には石油・ガス関連税収を原資とする「安定化基金」が設けられたが、財政赤字の拡大を受け、その残高は近年急速に減少している(図4)(注3)

図3 実質経済成長率と原油価格の長期的推移
コラム2-2 図3 実質経済成長率と原油価格の長期的推移
図4 連邦財政収支
コラム2-2 図4 連邦財政収支

3.経済構造改革に向けた取組

資源に代わる新たな成長源の創出と経済構造改革の必要性についてはロシア政府も認識しており、例えば、12年のプーチン大統領就任直後に公表された「長期的国家経済政策に関する大統領令」では、安定的な経済成長、実質所得の向上、技術面で世界をけん引することを目指すとともに、(1)雇用の創出(20年までに2,500万人)、(2)設備投資の増加、(3)ハイテク・科学部門の育成、(4)労働生産性の向上、(5)世界銀行のビジネス環境ランキングの引上げ(15年までに50位以内、18年までに20位以内)といった目標が掲げられた。また、それらの実現のため、国営企業の民営化、規制の簡素化、極東・シベリア地域の社会・経済発展等を進めることとされた。極東・シベリア開発に関しては、大胆な優遇税制と規制緩和を通じて国内外から投資を呼び込むことを目的とした「先行発展領域」や「自由港」の運用が15年より開始されている。

16年には、経済閣僚、中央銀行総裁、実業界、学会関係者等からなる「大統領付属経済評議会幹部会」において、長期的な成長戦略策定に向けた議論が開始された。

足元では、ルーブルの下落や欧米の経済制裁への対抗措置として導入された輸入禁止措置の影響もあり、農林水産、食品、化学製品等の分野において、輸入代替的な生産の増加がみられる(注4)ものの、産業多様化や生産性向上に向けた本格的な取組は依然としてロシア経済の重要な課題となっている。

(注1)財政面では、連邦予算の約4割が石油・ガス関連収入(輸出関税、採掘税)となっている(15年)。なお、ロシアの名目GDPは1.3兆ドル(日本の約3分の1)で世界第12位、1人当たりGDPは約9,000ドル(いずれも15年)。

(注2)14年3月にロシアがクリミア併合を宣言したことを背景に、欧米による経済制裁(14年7月~)が導入された。主要な制裁内容は、石油開発関連技術の供与禁止、ロシア政府系金融機関等のEU及びアメリカにおける資金調達の制限等。

(注3)16年の連邦財政収支はGDP比で3.7%の赤字の見通し。3.0兆ルーブルの財政赤字のうち、1.1兆ルーブルは準備基金(従来の安定化基金の一部)から拠出されることとされている。なお、準備基金のGDP比は14年末の6.1%から16年10月末には2.5%に減少している。

(注4)IMF(2016)、環太平洋経済研究所(2016)。


1 フランスの観光産業の規模(関連産業を含む)は、GDP比8.9%(14年)、全雇用者数に占める観光関連産業雇用者は9.9%(2014年)(WTTC:世界旅行ツーリズム協議会)。
2 内閣府(2016)
3 スペインについては、12年12月に稼働した資産管理会社(いわゆるバッドバンク)への金融機関の不良債権の移管を進めたことや不動産価格の持ち直し等により不良債権比率が低下してきているとみられている。
4 European Commission (2016a)
5 European Commission (2016a)
6 「欧州セメスター」とは、EU加盟国の経済政策及び予算に対する事前評価制度であり、毎年前半6か月に実施される。欧州委員会によって提案され、欧州理事会で採択された国別勧告に応じてEU加盟各国は政策決定を行う。
7 British Retail Consortium(2016)
8 Bank of England(2016b)
9 Bank of England(2016a)
10 Bank of England(2016b)
11 Autumn Statement 2016
12 新たに「国家生産性投資ファンド」(NPIF:National Productivity Investment Fund)を創設。住宅、研究開発、交通、デジタル情報通信分野における生産性を向上させるため、17年度から21年度にかけて230億ポンドの支出を行うとしている。
13 一連の施策のうち、(1)(4)(5)については03年3月に取りまとめられた「アジェンダ2010」、その他は02年8月の「ハルツ委員会報告」を基にした労働市場改革。(1)は06年2月から、(2)の収入上限の引上げは03年4月から、(3)は03年1月から、(4)(5)は04年1月から段階的に、(6)は03年1月から段階的に、それぞれ施行された。
14 非典型労働とは、標準的労働の5つの要素(フルタイム・無期雇用・直接雇用・十分な社会的保護の存在・指揮命令に従う就労)が1つでも欠けたものをいい、(1)労働契約期間に定めがある有期契約雇用、(2)週労働時間がフルタイムより短いパートタイム労働、(3)収入が月額450ユーロ以下で所得税・社会保険料の労働者負担分が免除されるミニ・ジョブ(僅少労働)、(4)間接雇用である派遣労働、が非典型労働であると理解されている。上記第2-3-43図に掲げる4つの分類はおおむねこれらに一致するが、統計・分類上は、週労働時間が20時間以下のものをパートタイム労働とし、週20時間を超えるものについては、標準労働に含められている点に注意。
15 06年、中高年労働者の雇用拡大、職業能力の向上を柱とした中高年雇用対策として「イニシアティブ50プラス」を制定。ハルツ改革以降のこうした施策も高齢者雇用の促進につながったとされる。
16 The Conference Boardホームページ参照。
17 労働者が残業時間等を口座に貯蓄し、休暇等の目的で利用できる仕組み。法律上の制度ではなく、個別企業や労働協約により定められている。実際の労働時間が労働協約等で定められた所定内労働時間と異なる場合に、時間外手当等によって金銭清算せずに、中長期的にプラスあるいはマイナスの債権として労働者の労働時間口座に記録される。プラス債権者はこれを休日として、マイナスの債権者は勤務として相殺することができる。
18 操業短縮に伴う労働者の収入低下に対してその一定割合を補償する助成措置の一つ。企業が経済的要因等から操業時間を短縮して従業員の雇用維持を図る場合、連邦雇用エージェンシーに申請すると、「操業短縮」に伴う賃金減少分の一部(減少分の60%、扶養義務がある子供を有する場合は67%)が補てんされる。
19 EUでは、97年の「パートタイム労働指令」などにより、雇用形態を理由とした賃金格差の禁止等の均等待遇原則が定められている。
20 OECD (2012)
21 ドイツでは、法制度(法と判例)により、団体交渉と労働協約の枠組みが定められている。憲法レベルでは基本法第9条3項により「団結の自由」が保障され、また、労働協約法により、労働協約の手続きや範囲が定められている(鈴木(2011))
22 産業別の賃金決定には、個別企業が賃金を市場競争の条件にすることを避ける労使の意図があるとされている(鈴木(2011))
23 European Commission (2016b)
24 Deutsche Bank Research (2015)
25 Deutsche Bank Research (2014)
26 2000年から15年の協約賃金の平均上昇率は2.3%、コア物価の平均上昇率は1.2%。
27 Deutsche Bank Research (2014)
28 Deutsche Bank Research (2014)
29 ドイツ政府は、06年に省庁横断的なイノベーション戦略である「ハイテク戦略」を策定し、その後、同戦略は10年に「ハイテク戦略2020」、14年に「新ハイテク戦略」に更新されている。これら戦略には、少子化・高齢化や新興国との競争激化というドイツが直面する課題を踏まえ、「Industrie 4.0」と呼ばれるIoT(モノのインターネット)を活用した製造業の生産性改善に向けた取り組み等が盛り込まれている。

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