第1章 第3節
消費主導経済への移行
前節でみたとおり、中国経済は過剰投資や過剰生産能力の調整を進めながら持続的な成長軌道への移行する過程にある。中国の投資比率が他の新興国、更には先進国並みの水準に低下していくためには、投資主導型から消費主導型の成長への移行、特にサービス業の成長を促進することが重要である。本節では、中国の消費比率が他国と比較して低い水準にとどまっている要因を分析した上で、消費主導経済への移行や経済のサービス化の進展度、近年急速に発展しているインターネット消費や観光消費の動向について概観する。
1.消費比率が低い要因
中国では人口や一人当たり所得の増加に伴い、個人消費の総額は増加が続いているものの、経済活動に占める個人消費の割合は他国と比較して低い水準にとどまっている。個人消費のGDP比は14年に37.9%となっており、一人当たり国民所得が同程度の国と比較して低い水準になっている(1-3-1図)。
また、家計の可処分所得に占める消費の比率(平均消費性向、14年)も他国と比較して低く、貯蓄率が高くなっている(第1-3-2図、第1-3-3図)。例えば、日本の高度成長期であった60年代の平均貯蓄率は15.5%であった。
中国の家計貯蓄率が高い要因については様々な分析があるが、社会保障制度が十分に整備されていないため、いわゆる予備的な貯蓄が大きくなっていると指摘されることがある。さらに、近年家計貯蓄率は上昇しており、その要因として、若年人口比率の急速な低下と中高年人口比率の増加、大規模な国有企業改革により国有企業のセーフティネット機能が弱まったことなどが指摘されている1。以下では中国の社会保障制度について概観する。
中国の公的年金は、都市就業者向け、都市住民向け、公務員向け、農村部住民向けの大きく4つに分けられる。このうち、最も一般的な都市就業者向け年金は、都市部の民間企業に勤める者及び自営業者が強制的に加入することになっており、企業・政府が負担する一階部分(賦課方式)と就業者が負担する二階部分(積立方式)で構成されている。負担割合は、事業主が前年の賃金総額の20%、個人が賃金の8%となっており、受給資格は保険料を15年以上納付した者である。給付額は、一階部分が当該就業者の平均賃金、納付期間及び年金を管轄する地域の平均賃金からなる計算式で決定され、二階部分は個人の積立額を平均寿命や人口動態を勘案した指数で割ったものとなっている2。
公的年金制度の整備は進んだものの、加入率が低いことや、公務員年金の支給率が極めて高く民間は低いなど、依然として多くの問題が指摘されている3。
また、医療保険には主に都市労働者向け、都市住民向け、農村部住民向けがある。このうち、もっとも給付水準の高い都市労働者向けの医療保険は強制加入であり、給与の一定割合(省によって異なる)を医療保険料として個人と雇用主が負担している。医療費は個人の保険口座から給付され、入院治療のみならず外来にも給付される。中国の医療保険は、加入率はおおむね100%を達成しているものの、(1)加入している医療保険によって給付水準が異なる、(2)保険制度の管理は省が担っており、戸籍地以外に居住する人が医療サービスを受けると全額個人負担になるといった問題が指摘されている4。とりわけ、農村戸籍を持ちながら都市部で働く者(いわゆる農民工)の医療保険問題は大きく、農民工向けの医療保険を整備している省も多いものの、保険料負担などに差異があり、加入率にもばらつきがある5。
高い貯蓄率は、投資を通じてこれまでの経済成長に寄与してきた面があると考えられる。しかし、既に述べたとおり中国経済は過剰投資の状態になっており、今後は社会保障制度の充実・強化を通じて予備的貯蓄の縮小を図るなど、個人消費を促進することが重要である。
2.消費主導経済への移行、サービス化の進展
中国では、不十分な社会保障制度が消費を抑制している面はあるものの、個人所得の伸びとその分布の変化が消費全体を押し上げる要因となっている。特に年間所得16,000ドル~33,999ドルのいわゆる中間層世帯の割合は大幅に上昇しており、2000年時点の1%程度から、10年には6%に達し、20年には51%まで上昇するとの予測もある(第1-3-4図)。
この結果、いわゆるペティ・クラークの法則のとおり、中国のGDPに占める第三次産業比率は上昇しており、04年の41.2%から14年には48.2%となった。ただし、日本やアメリカといった先進国と比較すれば、今後大幅に上昇する余地があると考えられる(第1-3-5図)。
また、全就業者に占める第三次産業の割合も低水準となっており、これについても今後一層の上昇が見込まれる(第1-3-6図)。
中国には、経済成長率を8%に維持しなければ、農村から都市に出てくる労働者及び新しく労働市場に参入する者(新規学卒者)が職に就くことができず社会が不安定化するという、いわゆる「保八」という考え方があった。この考え方に基づき、過去には、政府の経済成長率の目標は2005年から11年まで8%が維持されていたが、12年以降、成長率目標は7.5%に引き下げられ、15年には7%となった。引下げの背景には、第三次産業は雇用吸収力が大きく、産業構造の転換を通じて十分な雇用が確保できるとの見通しがあったと言われている。実際、第三次産業に従事する就業者のシェアは04年の30.6%から14年には40.6%と、10年で10%ポイント上昇した(第1-3-6図)。また、雇用弾性値(新規就業者数/実質経済成長率)も上昇が続いており、05年の約100万人から、14年には約180万人となっている。
3.消費の多様化・サービス化
消費の拡大、第三次産業の発達は、都市化の進展と相まって、多種多様な財・サービスが開発される可能性をもたらすものである。また、情報化の進展とともに、電子商取引やそれに派生する産業が発展する可能性も拡大している。
中国における財の普及状況を確認すると、所得の増加に伴い耐久消費財の普及率は大幅に高まっており、100世帯当たりの所有数(14年)は、洗濯機84台、冷蔵庫86台、カラーテレビ119台、携帯電話216台となっている。都市部に限定すると、洗濯機、冷蔵庫の世帯当たりの普及率は11年時点ですでに100%近くになっていた。基本的な財の普及が一定程度進んでいることから、今後は多様な財の普及やサービス消費の拡大が見込まれる。
(1)拡大が見込まれるインターネット販売
中国の小売に占める電子商取引の比率は各国の中でも最も高い水準となっており、中でもスマートフォンを経由したネットショッピングが盛んになっている。中国では過去3か月以内にスマートフォン経由でネットショッピングをしたことのある者は12年の時点で半数を超え(54.1%)、14年には7割(70.1%)まで上昇するなど、他のアジア諸国と比較して高くなっている(第1-3-7図)。アメリカ最大の電子商取引会社の設立が94年、中国最大の同業種の会社が99年創業と、電子商取引は比較的新しいセクターであることから、インターネット人口の急増を背景に中国が競争力を高めやすい分野であると考えられる。
電子商取引自体はインターネットを通じた小売販売であるが、15年3月に李克強総理が「インターネット・プラス」6という考え方を提示し、インターネットと製造業の統合を推進している。
消費全体に占めるインターネット販売の割合をみると、2010年以降の4年間で2倍以上上昇しており、特にスマートフォンの普及に伴って、モバイルネット経由の取引が増加している(第1-3-8図)。なお、中国のインターネットショッピングのユーザーは14年12月時点で3.8億人と試算されており、15年末には4.6億人にまで成長する見通しとなっている7。ただし、別の調査によれば、中国のネットショッピングのユーザーは、14年に都市部が78.7%、農村部が21.3%を占め都市部が圧倒的に多くなっている8。また、ネットショッピングのユーザーは若年層が中心になっている。14年の調査によると、21~34歳、15~20歳はそれぞれ30%、28%が日々の買い物にネットショッピングを使っているのに対し、35~49歳及び50~64歳はそれぞれ22%、17%と低くなっている9。
中国の電子商取引は国際的にみても規模が大きく、成長率も高くなっている。今後も毎年前年比20%を超える成長が続いた場合、中国の人口規模に鑑みれば、18年には市場規模がアメリカの2倍になるとの予測もある(第1-3-9図)。
中国において電子商取引が高い伸びとなっている背景には、ネットショッピング環境の改善、モバイル端末の新規アプリ開発等による既存ユーザーへの購入促進に加えて、第三者オンライン決済プラットフォーム10が開発されていることも挙げられる。これは、支払をしたのに商品が届かないことに不安を覚える買い手と、支払が行われなければ商品を出荷したくない売り手のミスマッチをつなぐものである。当該プラットフォームを利用したサービスは拡大しつつあり、公共料金や越境インターネットショッピングの支払等にも利用することができる11。
電子商取引の活性化は起業ブームにもつながっている。韓国貿易協会によると、中国の新規企業は13年の250万社から14年には365万社に増加し、そのうちの78.8%が第三次産業であった。同協会は、起業ブームは電子商取引の拡大に起因すると指摘している。また、電子商取引を生業とする企業は14年末までに250万人を雇用し、物流等の関連産業も含めると1,800万人を雇用している12。
一方、世界銀行のDoing Business(15年)によると、中国におけるビジネスのしやすさは189カ国中90位で、とりわけ起業のしやすさは128位と低くなっている。中国政府は起業を支援するために、最低資本金制度の撤廃や行政手続きの簡素化等を進めているが、これらが更に進み、起業が一層しやすくなることが期待される。
(2)増加の続く中国人観光客
消費のサービス化は観光の増加でもみることができる。中国人が国内観光で消費した金額(観光収入)は小売全体の伸びを上回って推移している(第1-3-10図)。
また、中国人旅行者数の推移を行先別に国内、海外に分けてみると、絶対数では国内旅行者数が海外旅行者数を大きく上回っている。一方、伸び率をみると、最近3年間(12~14年)では、海外の伸び率が国内の伸び率の2倍近くになっている(第1-3-11図)。また、同期間の日本への中国人旅行者数は131%増となったものの、中国人海外旅行者数に占める日本への旅行者数の割合は2010年の3.8%から13年には2.0%に低下した。
海外旅行者数及び旅行者一人当たりの消費額が増加していることから、世界全体の観光収入に占める中国人観光客の割合が上昇している。国連世界観光機関(UNWTO)によれば13、世界の観光収入に対する中国人観光客による支出のシェアは、07年の3.5%から14年の13.2%に増加しており、海外旅行市場における中国の存在感が急速に高まってきている(第1-3-12図)。
実際、中国人海外旅行者数の増加に伴い、各国別にみても、海外旅行者に占める中国人のシェアは多くの国で上昇していることが分かる(第1-3-13図)。
中国の景気が緩やかに減速する中でも、中国人の観光消費は堅調に増加すると予想される。前述の国連世界観光機関によれば、世界の国際観光産業は世界GDPの9%(約7兆ドル)、世界の観光収入に占める中国人の割合は13.2%であることから、14年に中国人海外旅行者が生み出したGDPは約0.92兆ドルと試算できる。
今後中国人海外旅行者数の人口比(14年で約8%)が仮にアメリカ並み(12年で約19%)になった場合、増加分の中国人旅行者が現在と同水準の支出をしたとしても、少なくとも現在と同額(0.92兆ドル)のGDP増が見込まれ、一人当たりの支出が増加すれば更に効果が大きくなると考えられる。