第1章 第2節
安定成長を模索する中国経済
中国経済が大規模な景気刺激策に頼ることなく自律的かつ安定的な成長を実現するためには、過剰投資・過剰生産・過剰信用の調整と、投資から消費への移行を進めるとともに、人口減少・高齢化の進展に伴う問題に対処しつつ、いわゆる中所得国の罠に陥ることを回避することが必要である。本節では中国経済が直面するこれらの課題について分析した上で、中国経済が安定成長を実現するための条件について考察を行う。
1.過剰投資、過剰生産、過剰信用の解消
中国政府は、リーマンショック後に採られた4兆元(当時の為替レートで約53兆円、GDP比13%)の景気刺激策によって生じた過剰投資・過剰生産・過剰信用を調整するため、景気の一定程度の減速を前提に、構造改革を優先する方針を採っている。その際、成長の軸足を投資から消費に移行させることを目標とし、雇用吸収力の高いサービス業の成長を促すとしている。
また、改革に当たって生じる痛みに対して大規模な対策は採らずに、的を絞った対策で対応する方針を採っている。中国政府は成長率の低下した新たな経済状態を新常態(ニューノーマル)と呼んでいる。
(1)過剰投資と過剰生産
過剰投資や過剰生産の調整はどこまで進んでいるのだろうか。
中国の総固定資本投資(公的固定資本形成、民間設備投資、住宅投資の合計)のGDP比を確認すると、2001~08年までは平均40%であったが、4兆元の景気対策が開始された09年には45.7%に急上昇し、直近3年間は46%台で推移している。これに呼応する形で消費比率は低下していたが、10年の49.1%を底に緩やかながら上昇傾向にある(第1-2-1図)。
総固定資本投資比率を他国と比較すると、先進国ではアメリカが19.9%(14年)、日本が21.9%(14年)となっているほか、一人当たり国民所得が中国と同レベルの国についても中国より低くなっているなど、中国の投資比率が際立って高いことが分かる(第1-2-2図)。
過剰投資は過剰生産能力をもたらしている。鉄鋼、セメント、アルミニウム、板ガラス、船舶は過剰生産能力業種とされており、これらの業種の設備稼働率は近年低下傾向にある(第1-2-3表)。
過剰生産は物価の下押し圧力となっており、生産者物価指数は12年4~6月期以降前年比マイナスで推移している(第1-2-4図)。非鉄金属加工(アルミ等)及び鉄金属加工(鉄鋼等)は全体よりも下落幅が大きく、特に鉄金属加工の下落幅は際立って大きい。過剰生産5業種の固定資産投資は製造業全体を上回るペースで減少しており、製造業の投資を押し下げる要因になっている(第1-2-5図)。
過剰投資が生産能力の過剰をもたらし、生産過剰及び生産者物価の低下につながり、実質金利の高止まりによって、生産性や品質を向上させるための前向きな投資が押し下げられるという悪循環を断ち切るためには、過剰設備の廃棄が必要である。14年末時点の中国の粗鋼生産能力は11.6億トンに対し実際の生産量が8.2億トン、アルミニウムは3,500万トンの生産能力に対し、生産量が2,438万トンとなっている。中国政府(工業・情報化部)は設備稼働率80%以上を適正水準としていることから、現在の需要水準を前提とし、稼働率を80%として機械的に試算すると、14年末時点の過剰生産能力は粗鋼1.4億トン、アルミニウム452.5万トンとなる(第1-2-6表)。同部は、数次にわたって過剰生産能力業種を始めとした業種の過剰設備の廃棄目標を定めており、13年5月には、製鉄263万トン、鉄鋼781万トン、アルミニウム27.3万トン等、業種ごとに廃棄すべき生産能力の目標が定められ、14年には目標を製鉄1,900万トン、鉄鋼2,870万トン、アルミニウム42万トン等に拡大したものの、上記試算に比べれば設備廃棄の規模は小さくなっている。
中国政府は15年3月に、(1)鉄鋼の深刻な過剰生産能力について、17年までに生産能力規模を再編成し、設備稼働率を80%以上として、同業種の利潤率及び資産収益率を適切な水準へ回復させる、(2)25年までにトップ10社の鉄鋼企業(グループ)の粗鋼生産シェアを全国の60%以上とするとともに、3~5社の世界的に強い競争力を持った超大型の鉄鋼企業グループを形成する方針を示した1。さらに5月には建材や建機、鉄道といった分野について、アジア諸国等に生産設備を輸出する方針を打ち出した2。過剰生産能力の解消を進めるに当たっては、国有企業による寡占体制の強化を回避し、公正な競争条件が確保されることが望まれる。
(2)過剰信用と過剰債務
上記のような過剰設備の背景には、これを可能にしてきた大規模な資金の流れがあり、それは、銀行を通じた貸出と、貸出以外の金融仲介とに大別される。
中国では、15年9月30日まで預貸率の上限が75%に設定されていたなど、銀行規制が厳しく、これを回避するために銀行貸出以外の形で行われる金融仲介が発達した。その代表的なものに理財商品及び信託商品がある。
理財商品とは、銀行が組成・販売する集団投資スキームであり、銀行が事実上の元本保証を行っている。個人投資家が主な買い手であり、預金金利よりも高い利回りが設定されている。調達された資金は14年末時点で約15兆元(GDP比23.6%)に達し、企業融資や不動産開発などの実物投資に加え、証券投資にも振り向けられている。また、銀行はリスクの少ない国有企業への融資を優先する傾向にあるため、中小企業は金融機関以外の貸出に依存する傾向がある。
信託商品とは、信託会社または銀行が販売している運用商品であり、最低投資単位が数百万元と高額であるなど、富裕層や機関投資家を対象としている。調達した資金は15年9月末時点で約16兆元(GDP比26.3%)に達し、理財商品と同様、実物投資に加え証券投資にも振り向けられている。
他の金融仲介の形としては、銀行の紹介により企業が他の企業へ高利回りで融資をする「委託貸付」などがある。これは、企業による「財テク」に近い性質のものである。
金融機関以外の貸出と金融機関貸出の合計である社会融資総量残高のGDP比は上昇を続け、15年6月時点でおよそ200%に達している。このうち、貸出以外の金融仲介によって行われた融資はGDP比で約35%程度となっている。特に、09年に打ち出された大型の景気対策を背景とする高成長期には、理財商品や信託商品を通じて集められた資金が預貸規制の枠を超えて、金融仲介機能を果たしていた。
また、国際的にみても、中国の民間部門の債務は高水準となっており、14年末には名目GDP比で192%に達しており、世界金融危機時のアメリカ(08年、167%)を上回るとともに、日本のバブル後のピーク(95年、221%)に近づいている(第1-2-7図)。
多様な経路を通じて供給された資金は、景気減速を背景に企業のキャッシュフローが減少する中、不良債権化するリスクを抱えている。理財商品等についても販売元の銀行が実質的な元本保証を行っていることから、貸出と同様に最終的なデフォルトリスクは銀行に帰属するとみられる。
中国の商業銀行の不良債権比率は11年9月を底に上昇傾向にあり、15年9月現在で1.6%となっている(第1-2-8図)。ただし、この不良債権は銀行のバランスシートに計上されているものであり、オフバランス扱いとなっている理財商品等は含まれていない。前述のように、理財商品で集められた資金は不動産開発等に融資されており、その一部は既に不良債権化しているとみられる。不良債権の増大に伴う金融機関の財務体質の悪化は、金融政策を緩和しても銀行の貸出態度が軟化しないことの要因になっているとの指摘がある(第1-2-9図)。信用力の低い中小企業では、特に資金繰りが厳しくなっている可能性がある。
内閣府(2015)でも分析したとおり、現在中国は金融制度改革を漸進的に進めており、金利の自由化が進展中である。13年7月には貸出金利の下限が撤廃された。預金金利の上限は14年11月にそれまでの預金基準金利の1.1倍から1.2倍に引き上げられて以降順次引上げが進み、15年5月に1.5倍まで引き上げられた後、15年10月に撤廃された。金利の自由化によって、銀行が経営状態に応じて預金金利を設定することが可能となり、消費者が理財商品を購入するインセンティブは低くなるとみられる。また、中国銀行業監督管理委員会(銀監会)は14年7月に理財商品の規制強化を打ち出し、販売に当たって顧客にリスクを説明することや銀行内に理財商品の運用や管理を専門的に行う部署を設立することを義務付けた。
銀行によって集められた理財商品・信託商品は、14年名目GDP比で約50%に達するが、企業収益が減少し、資産価格が調整する中で、不良債権化も進行していると考えられる。資産劣化の度合いやリスクの所在が不透明であることから、理財商品のデフォルトが発生すると、信用不安が一気に広がりやすい状態にあるとも考えられ、情報不足を原因として当局の対応が遅れることも懸念される。理財商品・信託商品の新規発行量は15年に入って伸びが鈍化しているものの、デフォルトリスクには引き続き注意を要する。
(3)地方政府の債務問題
地方政府は、地方政府融資平台(地方政府が出資して設立した都市インフラ開発公社)を通じて資金を調達し、大規模なインフラ投資や不動産開発を進めてきた。融資平台は、理財商品を通じて集められた資金の流入先の1つとなっている。地方政府の幹部にとって経済成長率が重要な目標と位置付けられているため、地方政府は採算を度外視した投資を行うこともあると言われている。近年地方政府が銀行からの借入れや地方融資平台を通じて調達した資金の債務残高は増加を続けており、14年末時点で24兆元、GDP比37.7%に達している(第1-2-10図)。
従来、地方政府による地方債の発行は原則禁止されていたが、14年8月に国務院(中国政府)が承認した限度額の枠内で認められることになった。15年7月末時点で1.43兆元分の地方債が発行されている。また、国務院は15年3月に最大1兆元分の各種地方債務の借換えを承認し、その後も枠が追加され、8月時点で借換え枠は3.20兆元まで拡大した。15年に償還期限を迎える地方債務は当該枠内に収まる1.86兆元となっていることから、15年については、地方債務問題の深刻化は回避されたとみられる。
一方、「2015年地方政府債券発行における指定引受に関する通知」(15年5月、財政部、中国人民銀行、銀監会)によると、銀行を始めとした金融機関は地方債の引受けを求められている。地方債の利回りは国債とほとんど変わらないため、これが銀行の収益を圧迫している可能性もある一方で、地方債への借り換えが進んだことから銀行経営にとっては地方債務の不履行による不確実性は低下したとも考えられる。
以上のように、地方政府の債務問題には一定の進展がみられるものの、地方債務問題が根本的に解決した訳ではない。債務の借換えは利払いを低下させる効果があるものの、元本は依然として残っている。16年に償還期限を迎える債務は1.26兆元、17年は0.85兆元、18年以降は約2兆元と、今後も多額の債務が償還期限を迎える見込みであり、償還ないし債務の借り換えが上手く進まなければ債務のデフォルトが発生するリスクは未だ存在している。また、元本償還や利払い負担によって地方債務が地方財政の硬直化を招いていることも否定できない。
2.中所得国の罠の回避
「中所得国の罠」とは、一人当たりGDPが中程度の水準に達した後、発展パターンや戦略を転換できず、成長率が低下し、先進国へ移行できずに中所得国にとどまることである3。
主要中進国における実質経済成長率と一人当たりGDPの関係をみると、例えばブラジルでは一人当たりGDPが10,000ドル程度になった後、成長率が低下する傾向がみられる(第1-2-11図)。
先行研究によると、「中所得国の罠」に陥った国では、(1)輸出製品が一次製品や労働集約的なものにとどまり多様化・高度化していない、(2)産業間の移動や技術のキャッチアップから得られていた生産性の向上が止まり、国際競争力の低下に起因して成長率が低下するといった特徴がある4。
中国の一人当たりGDPと実質経済成長率の推移をみると、一人当たりGDPが6,500ドル程度を超えた辺りから実質経済成長率が緩やかに低下してきている。15年4月、中国の財政部長(財務大臣に相当)は、「今後中国は5年あるいは10年の間に50%以上の可能性で中所得国の罠に陥る」ことから、「農業、戸籍、労働関係、土地、社会保険の改革を行う必要がある」と指摘している。
中国が「中所得国の罠」に陥る要因はいくつか指摘できる。
まず、中国では賃金の上昇が顕著になっているため、これまでのような労働集約的な産業に競争力がなくなってきている。中国の実質賃金上昇率は、おおむね一人当たりGDP成長率を上回って推移している(第1-2-12図)。中国の賃金をアジア諸国と比較すると、13年時点で日本の1/5程度の水準であるものの、タイの1.5倍以上の水準となっている(第1-2-13図)。
加えて、全要素生産性(TFP)上昇率の成長への寄与は低下傾向にある。中国の成長はこれまで労働投入やTFPよりも資本の深化に負うところが大きかった(第1-2-14図)。資本ストックの蓄積が進む中、資本の限界生産性は低下している。後述のとおり、今後人口減少・高齢化が進むことが見込まれており、労働の投入による成長にも限界がある。このため、TFPを高めていくことが必要となっている。TFPの伸び率の低下傾向を反転させるためにはイノベーションの創出が重要となっている。中国政府もイノベーションの重要性は十分認識しており、2015年3月に公表された「中国製造2025」では「製造業のイノベーション能力の向上」を重要戦略の一つとして掲げている(第5節を参照)。
高水準の所得格差が「中所得国の罠」の要因になるという見方もある。中国の所得格差が「中所得国の罠」につながる可能性について、(1)高水準の所得格差が貯蓄率の高さにつながり、そのことによってもたらされた過剰投資によって資本効率が低下し成長率が低下する経路、(2)高水準の所得格差によって経済・社会的な不満が高まり、投資環境が悪化することによって成長率が低下するといった経路が指摘されている5。
中国政府の統計によれば、所得格差を示すジニ係数は、低下傾向にあるものの、社会が不安定になるとされる0.4を依然として上回っている(第1-2-15図)。また、中国は所得の不平等度が世界で最も悪化した国の一つであるとする分析もある6。2011年の家計貯蓄について、上位10%の所得の家計が74.9%を、上位5%の家計が61.6%を占めていたとの推計もある7。さらに、中国では都市部においても農村部においても所得が高いほど消費性向が低い傾向もみられ、所得格差が貯蓄率の高さにつながっている可能性は高い8。
クズネッツの逆U字仮説によると、「経済発展の過程で、主要産業が農業から工業へと進むにつれて、所得の不平等度が相対的に高い工業部門のウエイトが高まることによって、国内の所得格差は広がるが、その後、そうした工業化の進んだ都市に住む人々の工業都市への適応が進み、また、民主化社会における低所得者層の政治力の増大を通じた法律や制度の整備が進むことなどにより、所得の不平等度が低下する傾向がみられる」9とされる。中国においても所得格差の縮小を通じて消費性向が高まり、投資から消費への移行が進むかどうか注視が必要である。
15年11月に公表された第13次5か年計画(2016~20年)の草案の中でも所得格差の解消が取り上げられており、貧困撲滅のため、総計7,000万人の貧困人口(年収2,300元未満)と国家が指定する全国に600弱ある貧困県を5年間でなくす方針が掲げられている。
なお、財政部長は以下のとおり「農業」、「戸籍」、「労働関係」、「土地」、「社会保障」について改革の方向性を示している。これらの改革を進めることにより、経済がより柔軟で市場原理に基づいた構造になり、「中所得国の罠」に陥ることを防ぐことが期待できる。
- (i)農業:全面的に食糧の補助金を削減し、農産物の輸入を促進することで、農村の労働力を製造業、サービス業へと振り向ける
- (ii)戸籍改革:戸籍を移転させる上での法的な障害を取り除き、労働力の流動性を高める
- (iii)労働関係:労働者が地域・業種単位で連合し、雇用者と強い姿勢で労働条件を交渉するのではなく、企業と被雇用者に個別に決定させ、雇用の柔軟性を高める
- (iv)土地改革:土地の取引において政府が土地の整備等を行うのではなく、農民の自主的な決定に任せる
- (v)社会保険の改革:国の保有する資産を原資として社会保険基金を充実させ、社会保険の負担を軽減するとともに、「多く収めたものが多く受け取る」というメカニズムを構築する
3.人口減少・高齢化、環境要因
急速な人口減少・高齢化も成長を抑制する要因に挙げられる。中国では、いわゆる一人っ子政策が1979年に開始され、生産年齢人口比率は2015年をピークに急速に低下する見込みとなっている(第1-2-16図)。このような人口動態を受け、13年には両親のうちいずれかが一人っ子の夫婦が結婚した場合には二人まで子供を認めるといった緩和策10が採られていたほか、第13次5か年計画の草案では、夫婦が二人の子供をもうけられる政策が打ち出された。
また、今後は高齢化率の上昇も見込まれている。高齢化のペースは他の先進国と比較しても早く、65歳以上人口が7%以上を占める高齢化社会から、同人口が14%以上を占める高齢社会に至るまでの期間は、日本やアメリカよりも早い(第1-2-17図)。
さらに、深刻さを増す大気汚染、水質汚染等の環境要因も今後の成長の足かせになる可能性がある。ADB(2012)で紹介されている分析によると、大気や水の汚染、資源の使用、生態系の悪化による環境コストは05年にGDPの13.5%に達すると推計されている11。また、OECDによると、大気汚染による健康被害は2010年に1.4兆ドルに達すると推計されている12。環境問題は過去の5か年計画において累次にわたって取り上げられてきており、第13次5か年計画の案においても「資源節約型・環境に優しい社会の建設の加速」が盛り込まれている。
また、習近平国家主席は、11月30日に開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)の首脳会合において、2030年までにGDP当たりの二酸化炭素排出量を05年比で60~65%削減することなどの目標を実行することを表明した。