(1)財政の現状
90年代初めの景気後退に伴い、財政収支(50)のGDP比は急速に悪化し、93年度(51)には▲7.7%となった。その後、財政再建や、景気回復の継続により、98~2000年度の間、財政収支は黒字に転じた。しかし、01年以降、景気減速の影響や、ブレア政権の公的サービス充実の方針による歳出の増加もあり、財政収支は再び悪化に向かい、世界金融危機による税収減や、大規模景気対策等により、09年度には財政収支のGDP比は▲11.0%となった。債務残高のGDP比は増大し、07年度の36.5%から、09年度には53.5%に達している(第2-4-36図)。
(第2-4-37図)
08年7月には、財政収支のGDP比が、安定成長協定で定める▲3%を継続的に超える見通しとなったため、ECOFINは過剰財政赤字是正勧告を行った。しかし、財政収支改善がみられなかったことから、09年4月に再度英国に対し、過剰財政赤字是正勧告を行った。
10年5月6日の下院選挙では、与党の労働党と、更なる財政再建策を主張する保守党が争い、保守党が勝利したものの、単独過半数には達しなかったため、自由民主党との連立政権を樹立した。政権樹立後の5月24日には、緊急歳出削減策を提示し、6月には新たなバジェット・レポートを発表、10月には複数年度にわたる歳出計画を公表するなど、具体的な歳出削減策を提示した。
(2)財政再建の取組
90年代以降の財政再建の取組を、各政権ごとに分けてみていく。
●97年まで:保守党政権
90年代初めの景気後退に伴い、財政赤字が拡大した。90年度には▲1.0%だった財政収支GDP比が、欧州通貨危機(ポンド危機)の起こった92年度には▲7.4%となり、翌年度の93年度には▲7.7%となった。
メージャー政権は、景気循環に左右されやすい失業手当等の社会保障費や利払い費等を除いた歳出の実質伸び率を、実質経済成長率を下回る水準に抑制することを目標とする「コントロール・トータル制度」を93年度予算編成時から導入し、公共事業費等を削減し、付加価値税率の引上げも実施した。
こうした財政再建ルールに基づいた歳出削減に加え、景気回復もあって、94年度以降は財政赤字が縮小した。94~96年度の間、GDP比でみて、構造的財政収支は2.6%ポイント、循環的財政収支は1.7%ポイント改善し、保守党のメージャー政権下では、主に構造的財政収支の改善により、財政収支が改善したといえる。
●97~10年:労働党政権
97年の総選挙により、保守党政権から労働党政権に政権交代が行われた。労働党政権下では、以下のような予算制度改革が進展した。
(i)財政ルール
98年財政法において、財政安定化規律(The Code for Fiscal Stability)の制定や、プレバジェット・レポート等の予算関連文書の作成が義務づけられた。この財政安定化規律を基に、2つの財政ルールが設けられた。
(ア)ゴールデン・ルール
景気の循環(52)を通じて、政府の借入れは投資目的に限り行い、経常的歳出には充てない。
(イ)サスティナビリティ・ルール
債務残高は、景気の循環を通じてGDP比で安定的かつ節度のあるレベルに保つ。
(ii)予算の決定プロセスの改革
98年財政法により、従来から公表されていたバジェット・レポートの発表に先立ち、プレバジェット・レポートが作成されることとなった(53)。これは、財政に関する政府の方針や、経済及び財政に関する見通しを早い段階で示し、国民の間における議論を喚起する役割を果たしている。
また、従来から歳出を見直す枠組みとして用いられてきた公的支出調査(Public Expenditure Survey)を発展させる形で、2~3年に一度、歳出見直し(Spending Review)が実施されることとなった。歳出見直しでは、総管理歳出(TME:Total Managed Expenditure)のうち、省庁別歳出限度額(54)(DEL:Departmental Expenditure Limits)については、今後3年間の省庁別歳出額の大枠を決定し、原則として2~3年間は変更は行わないこととし、複数年度で弾力的に歳出額を管理することを可能とした。
他方、社会保障費や利払い費等のように外部要因に影響を受けやすい歳出については、複数年度管理が困難なため、各年度管理歳出(AME:Annually Managed Expenditure)として、別途、管理を行う。DELとAMEの予算配分の割合は6対4程度(55)である。
また、98年の歳出見直し以降、公的サービス合意(Public Service Agreement)と呼ばれる制度が導入されている。これは、各省に効率的な予算執行や成果(アウトカム)に重点を置いた目標を設定させ、達成状況を広く国民に報告する仕組みである。この公的サービス合意は、各省庁がどの点において公的サービスを改善するのかを明確にすることが求められており、その目標にはアウトプットよりも、アウトカムをすえることが推奨されている(56)。公的サービス合意は、予算に直接的に反映されるわけではないが、達成度合いについて毎年公表されることとなっている。
(iii)財政再建の進捗結果
景気回復の継続と、予算の決定プロセスの改革等により、財政収支は2000年度まで引き続き改善し、2000年度の財政収支GDP比は1.9%の黒字となった。97年度から2000年度の間、GDP比でみて、構造的財政収支は3.9%ポイント、循環的財政収支は1.4%ポイント改善しており、この間、主に構造的財政収支の改善により、財政収支全体が改善したといえる。
しかしながら、01~04年度にかけて、財政収支は悪化し、04年度にはGDP比▲3.3%となった。01~04年度の間は、主に構造的財政収支が悪化しており、GDP比でみて、4.2%ポイント悪化した。構造的財政収支が悪化した背景には、ブレア労働党政権による公的サービス充実の方針やイラク戦争等により、歳出が増加していたことがある。
05年度及び06年度については景気が回復していたこともあり、財政赤字は縮小したものの、07年度以降は再び拡大した。特に、08年度は世界金融危機による景気後退及びそれに伴う税収減と財政刺激策の拡大により、財政赤字が著しく拡大した。09年度も引き続き財政赤字が拡大し、財政赤字は08年度にはGDP比6.7%、09年度には11.0%にまで悪化し、74年度以降で最も高い水準となった。
(iv)労働党政権が行った財政再建の評価
労働党政権の下では、歳出見直しの活用によって複数年度で効率的な予算管理を図ったり、プレバジェット・レポートの作成により予算の内容の透明性を向上させるなど、財政再建を推進するための制度上の改革が進展した。
その一方で、ゴールデン・ルール及びサスティナビリティ・ルールについては、景気循環のサイクルの終盤が近づくにつれ、財政ルールを遵守しようとすれば、景気回復の動きが弱い時期であっても財政引締めを行わざるを得なくなるという制度上の問題点が指摘されている(57)。
また、政府による景気の転換点の認定に変更が行われたことにより、ルールを遵守しているのかどうかの評価基準があいまいになってしまったという問題点があった(58)。
●10年以降:保守党・自由民主党連立政権
保守党及び自由民主党の連立政権下では、以下のような財政再建が実施された。
(i)財政ルール
10年5月に発足した保守党政権は、構造的財政収支(投資的経費を除く)を財政再建の目標に置くこととした。第一に、構造的財政収支を尺度とした理由は、景気動向によって変動する循環的財政収支を除いたベースで財政収支の健全化を図ることにより、仮に景気が後退したとしても、適切な財政政策を実施するための自由度を確保することを目指したからである。第二に、投資的経費を除くとしたのは、財政再建下でも、長期的な経済成長を支えるために必要な公的投資の財源を確保するねらいからである。なお、財政目標や経済財政見通し、財政再建策といった経済財政政策にかかわる情報については、従来どおりバジェット・レポートにおいて公表された(59)。
(ii)財政目標
保守・自由民主党連立政権は財政再建目標として、以下の2つを掲げている。
(ア)15年度までに構造的財政収支(投資的経費を除く)を均衡させる。
(イ)15年度に純債務残高GDP比を減少に転じさせる。
(iii)財政再建策の内容
10年6月にオズボーン財務大臣は予算演説を行い、予算削減策や予算責任局(OBR:Office for Budget Responsibility)の設置について発表を行った。OBRは政府から独立した立場として経済財政見通しの作成、財政再建の実現可能性の評価等を実施することを目的とする新たな組織である。
同月、緊急予算が公表され、財政再建目標や、OBRの経済財政見通しが提示された。新政権の予算は、前政権が策定した国民医療制度(NHS:National Health Service)の改革等の財政再建策に加え、社会保障制度改革や公務員の賃金引上げを2年間凍結、子育て支援策の対象絞込み等の追加財政再建策を行うものとなった。その歳出削減効果は、14年度時点で、前政権の施策の効果も合わせて、830億ポンドに上るとの見通しが示された。また、歳入増加策として、付加価値税率引上げ(11年1月から17.5%を20%に引上げ)等も行われることとなり、14年度時点で、前政権の施策も合わせ、歳入を290億ポンド増加させるとの見通しも示された。この結果、歳出・歳入の両面での財政再建効果は、14年度時点で1,130億ポンド、15年度時点で1,280億ポンドに達する。OBRは、新政権が公表した財政再建の実現可能性について、50%以上の確率で目標達成との見通しを示した。
同年10月20日には、歳出見直し(Spending Review)が公表され、具体的な歳出計画が示された(60)。長期の経済成長と民間主導の景気回復及び公正さを実現するとし、14年度までに、810億ポンドの歳出削減効果を見込んでいる(61)。OBRは、同年6月の緊急予算で示された財政目標の達成時期に影響はないとの見通しを示している。
今後、各省庁は、14年度までの優先順位や、今後2年間の改革の具体的内容や期限を含む各省庁の構造改革計画、公的サービスのコストや効果を測定するための各種指標を含む詳細な業務計画を公表することとなっている。
(iv)構造改革・成長戦略
10年5月に発足した保守・自由民主党連立政権は、マクロ経済の安定、税制改革、規制緩和、インフラ整備の4つの柱から成る成長戦略を公表した。1つ目の柱のマクロ経済の安定については、財政再建によって金利負担を低下させ、企業投資の促進を図るとしている。2つ目の柱である税制改革については、法人税を今後4年間毎年1%ずつ引き下げることにより、企業の投資と成長を支えるほか、職業税(jobs tax)の改革を行うとしている。3つ目の柱としては規制緩和を提案しており、不要な規制の廃止と、規制のスクラップ・アンド・ビルドを行うワンインワンアウト・ルール(62)を制定することとしている。また、特殊法人の再編を進め、192法人を廃止し、118法人を統合することとしている。4つ目の柱として、インフラ整備を挙げており、道路、鉄道・港湾設備、通信、学生の就職支援、在外公館による輸出支援等を行うとしている。
その後、10月20日に公表した歳出見直しの中では、上記の成長戦略と整合的な内容の今後4年間の予算計画が盛り込まれており、歳出削減を行う一方、鉄道等のインフラ整備に300億ポンド以上、通信インフラ整備に5.3億ポンドを支出するとしている。
(v)今後の見通し
英国経済は、景気が持ち直しているが、先行きの持ち直しのペースは緩やかなものになると見込まれる。新政権の打ち出した大幅な財政再建策は、景気下押し効果を伴うことが予想され、財政再建と経済成長を両立させていくことができるか、今後の行方が注目される。