現在、スペインの財政と財政再建への取組が注目されている。その背景には、同国は、ギリシャ財政危機以降財政状況が特に懸念されている南欧諸国等の中でも経済規模が比較的大きく、また、ヨーロッパ全体でみても5番目のGDPの規模であることがある。また、これに加え、住宅バブルが崩壊し、ストレステスト後も金融システム面で不安が払拭されていないことがある。
(1)財政の現状
86年のEU加盟後、政府はユーロ参加を目指して財政再建を進め(47)、その後も、ユーロ発足後の経済成長期を通じて財政は改善を続けてきた(第2-4-32図)。99年のユーロ発足時、既に財政収支赤字はGDP比▲1%台となっていたが、05年に財政収支黒字化を達成し、その後数年間、財政黒字は拡大し、国債の格付けも「AAA」を獲得した。しかし、09年、世界金融危機発生後の大型の景気刺激策と景気後退による税収減のため、財政は急激に悪化した。10年の財政赤字は、GDP比▲10%近くに上り、公的債務残高は対GDP比50%を超える見通しである。
(2)財政状況の背景
●90年代~ユーロ参加まで
75年のフランコ将軍による独裁の崩壊・民主化以降も、他の西欧諸国に経済発展で遅れをとっていたスペインにとって、EU加盟とユーロ参加は国民の念願でもあった。マーストリヒト条約締結当時(92年)、欧州通貨危機の影響によるヨーロッパ全体の経済停滞もあり、経済成長率はマイナス、財政赤字GDP比は92年の▲3.9%から93年は▲6.6%へ拡大していた(第2-4-33図、前掲第2-4-32図)。
このような状況から、ユーロ参加条件を達成するため、財政再建計画に幾度か修正を行いながらも取り組み、その結果、ユーロ参加への条件を達成した。99年には、財政赤字のGDP比は▲1%台まで縮小し、財政収支はほぼ均衡となった(前掲第2-4-32図)。
●ユーロ発足後の景気拡大期
ユーロ参加に向けた過程で、長期金利は徐々に低下し、参加後はさらに、これまでにない水準まで低下した。このため、低金利による信用の拡大と国外投資資金の流入により住宅建設ブームが起きた。また、経済通貨統合は、国外からの人材流入も促し、建設労働者に加え、家事代行サービスも増加し、女性の労働力率の上昇等労働市場の構造変化ももたらした。投資と個人消費の増加にけん引された10年間に及ぶ景気拡大期の中で、財政収支はほぼ均衡を維持し、さらに05年、財政収支はGDP比1%の黒字となった(前掲第2-4-32図)。また、この間、政府債務残高も減少傾向が続き、財政状況は順調に改善していた。
●住宅バブル崩壊と金融危機発生
過熱状態となった住宅市場は07年以降急激に縮小し、08年後半、折からの世界金融危機の発生もあって金融市場が混乱、投資・消費が急激に冷え込み、09年、経済成長率はマイナスに落ち込んだ(前掲第2-4-33図)。失業率も急速に上昇し、08年1月の9.0%から同年12月には14.9%にまで上昇、10年半ばには20%を超えた。経済・金融の混乱に対応するため、政府は緊急の大型財政刺激策を打ち出したことと景気後退による税収減から、財政収支は急激に悪化した(前掲第2-4-32図)。
(3)財政再建への取組
●ユーロ参加条件達成に向けての財政再建計画
92年当時、ユーロ参加への経済収れん条件を満たすためには、財政収支の改善、消費者物価上昇率の抑制等が主な課題であった。しかし、前述の通り、当時は欧州経済が停滞していた時期であり、当初の計画の実施は難航していた。
94年、政府は新たな財政再建計画を発表し、財政再建への取組を再開したが、新計画は、教育、医療等の社会的歳出は維持しつつも、公務員給与・補助金等の歳出を削減、歳入面では、酒・たばこ税以外の増税は行わず、主に歳出削減による財政再建を目指すというものであった。また、同時に、国営企業の民営化、規制緩和、労働市場改革等の構造改革にも取り組んだことも、財政均衡とユーロ加盟条件の達成につながった。
●2000年代、財政安定化へ
90年代後半から、2000年代後半にかけての、財政収支の均衡と、債務残高の減少傾向を支えたものは、ユーロ加盟後の経済成長による安定した税収であった。経済成長、財政安定化の一方で、住宅バブルが発生し、また、賃金の硬直性から輸出競争力が低下し、構造問題の深刻化が進展していた。
●世界金融危機後の財政再建
世界金融危機後の混乱は、09年以降、収束に向かっていたが、スペインの金融危機対応のため大幅に悪化した財政収支への懸念は、ギリシャの財政懸念の影響もあり、根強いものとなっていた。10年4月、S&Pが、スペイン国債の格付けを「AA+」から「AA」に引き下げたことなどから、ソブリンCDSは上昇し、市場は依然同国財政を不安視していることを示唆した。
ヨーロッパでも比較的経済規模の大きい同国の財政不安がヨーロッパ経済全体に与える影響への懸念も背景に、10年5月、ECOFINは、追加財政再建計画の提出を求めるなど、政府に取組強化を要請した。現在、政府は、要請に従い、2013年に一般政府財政収支赤字をGDP比▲3%にまで抑えることを目標に、歳出削減については公務員給与やインフラ投資の削減、歳入増加については増税を行うなどの財政再建に取り組んでいる(第2-4-34表)。
(4)構造改革への取組
政府は、これまでの住宅バブルを背景とした建設業の成長や観光に過度に依存した経済構造からの脱却を目指し、新たな成長モデルに向けての構造改革と、長年課題とされてきた労働市場改革にも着手している。また、住宅バブル発生の原因でもあり、対応が急務とされていた金融セクター再編にも取り組んでいる(第2-4-35表)。
(5)財政再建の課題
●政府による経済見通し
10年5月、政府は、財政再建計画の前提とされる中期経済成長見通しの改定を発表したが(48)、欧州委員会やOECDの見通し(49)よりもやや楽観的なものとなっている。住宅バブルの崩壊により、家計や企業のバランスシート調整が下押し圧力となって、消費や投資が伸び悩み、内需主導の成長が期待できない中で、こうした経済見通しを前提とした財政再建計画が十分実現可能かどうか今後も注意深く見守る必要がある。
●財政再建計画の実現可能性
前述の財政緊縮法は、わずか1票差で辛うじて議会を通過した。また、10年9月、11年度予算の議会提出後、公務員給与引下げ等の歳出削減案に反対して、国内全土で大規模なデモと公務員によるストライキが発生した。現在政府が取り組んでいる財政再建策には、国民の反対が根強く、90年代のユーロ参加に向けて国民全体が前向きに支持した状況とは対照的であり、財政再建目標の達成については予断を許さない。