第2章 緊急避難的な経済政策からの出口戦略 |
第4節 金融システム安定化の現状と今後
2.金融機関のバランスシート調整の現状
●財務状況の二極化
09年4〜9月期のアメリカの主要金融機関の業績は、競争相手の再編や破たんにより競争環境が緩和された状況下で、自己資本拡充に伴う増資や金融市場の回復を受けた債券の新規発行引受業務を手がける証券引受部門や自己取引部門が、過去最高水準の高収益となった(第2-4-3図)。一方で、不動産担保貸出やクレジットカード等個人向け貸出部門では、信用収縮と実体経済の悪化の影響から延滞率が上昇し、不良資産化が進行した。このため、多額の償却や引当金計上により業績は悪化した。結果として、市場部門に重点を置く旧投資銀行系の金融機関の収益は、大幅に改善する一方で、貸出に重点を置く商業銀行が主体の金融機関は苦境が継続することになった。
09年4〜6月期のヨーロッパの主要金融機関の決算をみても、二極化の傾向が現れている。金融市場の回復からトレーディング業務等を中心として投資銀行部門は総じて持ち直しているが、不動産等関連の不良債権を多く抱える銀行については、償却や引当金の積増し等から4〜6月期も赤字を計上した(第2-4-4図)。
BIS統計によれば、ヨーロッパの主要国は景気の悪化が著しいバルト三国等の中・東欧へ約1.2兆ドル(09年3月時点)の貸出債権を保有している。中・東欧への貸出は一部の金融機関に集中しており、例えば、バルト三国へはスウェーデンのSEB(スカンジナビスカ・エンスキルダバンケン)、スウェドバンクが、チェコ、ポーランド等へはオーストリアのエルステ銀行やライファイゼン銀行等が多くの貸出債権を抱えている。今後景気の悪化による貸出の不良債権化が進んだ場合、これらの銀行の業績の足を引っ張るおそれがある。実際に、09年7〜9月期においても、スウェーデンの一部の金融機関は業績の低迷が続いている。また、英国では、住宅ローン貸付が多かったHBOSから多額の不良資産を継承したロイズの業績が圧迫されることが懸念される。
●ストレステストと自己資本拡充の動き
アメリカの金融機関では、多額の損失により失った自己資本の水準を回復するため、資本の拡充が行われている。09年5月に発表された19行の主要金融機関に対して実施されたストレステストの結果(6) では、資本不足の判定において、従来から銀行の自己資本の基準となってきた中核的自己資本(Tier1)で6%以上の自己資本の有無による判定に加えて、Tier1から優先株・優先出資証券等を除くコアTier1で4%以上の自己資本の有無による判定が行われた(7) (第2-4-5表、第2-4-6表)。これを受けて、金融機関は普通株式による増資も実施し自己資本の拡充を図っている。
ヨーロッパにおいても自己資本比率を高めるため、増資による資本の拡充や資産の売却が行われている。09年5月、欧州銀行監督委員会(CEBS:Committee of European Banking Supervisors)が、EUの金融システム全体に対して共通のガイドラインやシナリオに基づいてストレステストを実施した(第2-4-7表)。10月に発表されたテストの結果(域内22の大手金融機関が対象)では、標準シナリオにおいても、より厳しいシナリオにおいても、Tier1自己資本比率がバーゼルIIの定める4%を下回ることはなく、十分な資本のバッファーがあったとしている。このテストの前提となる経済指標は、国際機関等の見通しと比べても厳しいものであり、保守的な前提を置いていると思われる。しかし、テストの結果はあくまでもEU全体としてのものであり、個別機関の健全性については明らかにされておらず、全ての金融機関について必ずしも同様の結果が保証されているわけではない。さらに、テストの対象となる金融機関の資産は、EUの金融機関全体の資産の約6割を占めるとされているが、テストの対象となっている大手金融機関と中小金融機関では資産構成に差異がある。大手金融機関はトレーディング資産が多く(8) 、最近の金融市場の改善の恩恵を受けているといった点には注意を要する。
各国の動向をみると、フランス、イタリア、英国等の主要国は個別に自国の金融システムに対するストレステストを実施しているが、個別行に係る結果は非公表となっている。フランスでは、フランス銀行委員会(9) (CB:Commission Bancaire) が1990年代終わりから年2回ストレステストを実施しているが、結果は非公表となっている。イタリアでは、09年7月にドラギ中銀総裁が、ストレステストを実施した結果、資本の厚みは十分であったと述べているが、詳細な結果は公表されていない。英国では、09年5月にFSA(金融サービス機構)がストレステストの手法やその前提となるシナリオを公表したが、個別行に係る結果は非公表となっている。
●アメリカにおける資本注入・国有化された金融機関のその後
09年6月以降、アメリカでは、民間部門による増資や政府保証のない長期社債の発行により、資本不足・信用不安が後退(10) した金融機関では、公的資金の返済が本格化した(11) (第2-4-8表)。09年11月10日時点では、ストレステストにおいて資本が充足しているとされた主要金融機関8行を中心に、合計709億ドルの公的資金が返済された。一方で、業績が依然として低調である商業銀行に関しては、一部を除き公的資金の返済には至っていない。
GSEに関しては、08年9月にアメリカ財務省は、フレディ・マック(連邦住宅貸付抵当公社)とファニー・メイ(連邦住宅抵当公庫)の両社に対してそれぞれ最大1,000億ドルの公的資本注入枠を定めた(12) 。これにより、両社が債務超過の状態に陥ることを防ぎ、GSEにより発行・保証された優先債、劣後債、MBSの保有者は保護されることとなった。注入枠は09年2月に最大2,000億ドルまで引き上げられ、これまでに956億ドルの資本注入が行われてきた。このうちフレディ・マックについては、09年4〜6月期には2年ぶりに四半期決算が黒字となり、債務超過の状態から脱したため、公的資金の追加注入は行われなかった。しかし、09年7〜9月期には、債務超過には陥らなかったものの貸倒引当金計上額の増加を背景に再び赤字決算となるなど、経営状態は予断を許さない状況が継続している。一方、ファニー・メイについては、09年7〜9月期の四半期決算は9四半期連続の赤字となり、再び債務超過となったことから、引き続き支援が行われている。GSEは、これまでにみてきたように、直近では住宅ローン担保証券(MBS)市場のほぼ唯一の新規発行者となっているなど、住宅市場に対する影響度は更に高まっている。実際、GSEが保証するMBSと住宅ローンの規模は、08年8月末が5.3兆ドルであったのに対し、09年9月末には5.5兆ドルに拡大した。09年6月に発表された金融規制改革法案では、今後のGSE改革の選択肢として、以前のGSEの姿に戻す案や、事業を段階的に縮小し資産を売却する案、さらにはGSEの機能を連邦当局に移す案等が挙げられており、アメリカ財務省と住宅都市開発省は、他の政府当局と連携して、GSEの今後に関して11年度の予算教書発表の際に議会に報告するとしている。
●ヨーロッパにおける資本注入・国有化された金融機関のその後
英国では、09年11月、英国政府による資産保護スキーム(APS:Asset Protection Scheme)(13) に参加することが合意されていたRBSとロイズ・バンキング・グループに対して、312億ポンド(約4兆7,000円)の公的資金を追加注入することが発表された。追加資本注入の大半はRBS(注入額:255億ポンド)に対して実施され、政府の出資比率は84%に達する。ロイズ(同57億ポンド)については、株主割当発行等による増資も行うことで、結局APSには参加しないこととなった。ロイズへの政府の出資比率は43%になる見込みである。
また、08年2月に国有化されたノーザンロック銀行については、英国政府による支援の下で業務の再建を図り、注入された公的資金の返済も徐々に進めてきた。英国政府は、同行の処理策として、新規ビジネスを手がけるグッドバンク(14) (いずれ他の金融機関へ売却)と、不良債権を抱えるバッドバンク(15) に分割する方法を提案し、欧州委員会に諮っていた。09年10月、欧州委員会は、英国政府による再建プランは国家補助(State-aid)ルールに抵触せず市場をわい曲しないとして、分社化による再建策を承認した。なお、グッドバンクの資産規模は金融危機前の2割程度にまで圧縮される見込みである。
ドイツでは、住宅金融大手のハイポ・リアル・エステートが経営難に陥り、政府の金融安定化基金(Soffin)等から合計1,000億ユーロ(約13兆3,600億円)以上の信用保証等の支援を受けたが状況は改善せず、ドイツ政府は金融市場の安定化のため同社を国有化して再建することを目指していた。しかしながら、同社の大株主であるアメリカの投資会社JCフラワーズが株式の売却に反対したため国有化は難航していた。09年2月、ドイツ政府は、対抗措置として、金融機関が経営難に陥った場合に金融機関の株主から政府が強制的に株式を取得し、国有化できる仕組みを設けた。同時に、ドイツ政府は、ハイポ・リアル・エステートの株主総会に対して公的資金による増資を提案し、これによる国有化も検討していた。その後、同年6月の株主総会において、公的資金による増資が決定されたことより、政府出資比率が43.7%から90%にまで上昇し、同社は事実上国有化されることとなった。さらに、同年10月の株主総会では、JCフラワーズ等の少数株主を完全に締め出すことが採択され、この結果、ハイポ・リアル・エステートは完全国有化されることとなった。