第2章 緊急避難的な経済政策からの出口戦略 |
第2節 財政政策の出口戦略
2.財政政策の出口戦略をめぐる論点
以上みてきたように、欧米主要国の財政状況は、金融危機と景気後退により急速に悪化している。こうした国々では、経済財政運営は、短期的な財政刺激による景気回復の必要性と長期的な財政の持続可能性確保(例:高齢化への対応、長期金利抑制等)をどのように両立させるかという問題に直面している。
(1)出口戦略が満たすべき要件
この問題に対応するため、各国とも、経済財政政策の出口戦略を策定する必要に迫られている。一般に、経済財政政策の出口戦略は、以下の要件を満たすことが望ましい。
(i) |
財政再建開始のタイミングとペースが今後の景気回復の見通しに照らして適切であること (5)。 |
(ii) |
国債発行急増の中で長期金利の上昇を抑制するため、市場参加者から信頼が得られるような実現可能性の高い枠組み(財政再建目標・計画、財政ルール)であること。 |
(iii) |
今次の回復局面においては、信用収縮や雇用悪化等、下方リスクが大きく、また、諸外国と景気の連動性が高く不確実性が大きいことにかんがみ、一定の柔軟性を有する枠組みであること。 |
こうした要件を満たした良い戦略を策定するためには、慎重な内外の経済情勢の見極め、的確な短期・中長期の経済見通しと内外のリスクの評価、市場参加者とのきめ細かな対話、財政再建を実行するための政治的リーダーシップが不可欠である。また、出口戦略を実施すると同時に、構造的な政策を通じて潜在成長率を高めていく努力が必要である。
以下においては、出口戦略の要件に係る重要な論点として、金融危機後のGDPギャップをめぐる議論及び長期金利の上昇リスクについて考察を行った上で、欧米諸国の出口戦略に向けた現在の取組について検討する。
(2)財政再建開始のタイミングとGDPギャップをめぐる議論
財政再建は喫緊の課題であるが、拙速な政策転換によって舵を切るタイミングを誤ると、自律的な景気回復の芽を摘むおそれがある。適切なタイミングを考える上では、現実の経済成長率と潜在成長率の比較、すなわちGDPギャップをみることが一つのメルクマールとなる(第2-2-8図)。
通常は、成長率が加速しGDPギャップが縮小に向かっていく局面で財政再建を開始するのが望ましい。財政政策には、金融政策同様、政策のタイムラグ(認知、実行、効果発現のラグ)があるため、フォワード・ルッキングな政策運営を行う必要があることから、出口戦略においても適切な経済見通しの下で財政再建計画を立案する必要がある。
しかしながら、GDPギャップの見通しについては、潜在成長率自体が金融危機によって急速に低下している可能性があるため、足元のGDPギャップが過大評価されてしまう可能性がある。すなわち、投資の落ち込みによる資本蓄積の停滞、信用収縮による金融の資源配分機能の減退に起因する全要素生産性の低下、高失業の長期化に伴う労働の質の低下等から、潜在成長率が低下する可能性がある。
他方、今回の金融危機後の景気回復局面においては、世界的な信用収縮や雇用悪化に伴う下方リスクが大きいことにかんがみると、回復が足元で着実なものとなるまでは財政再建を開始しないという戦略もあり得る(バックワード・ルッキングな政策運営)。
(3)長期金利との関係
長期金利の上昇は、利払い負担の増加を通じて財政の持続可能性を損なうだけでなく、民間投資をクラウディングアウトさせ景気回復の足かせとなるおそれがある。
景気回復局面では長期金利は上昇傾向となるが、財政赤字の拡大や政府債務の増大によっても(i)国債の需給の悪化と借換えリスクの高まり、(ii)リスクプレミアムの上昇、(iii)インフレ期待の高まりといった経路から長期金利が上昇する可能性がある。例えば、IMF(6) は、GDP比1%の財政赤字の拡大、政府債務残高の増加は、それぞれ長期金利を10〜60bps、5〜10bps上昇させるとしている。また、OECDによる様々な先行研究の調査でもそれぞれ長期金利を9〜32bps、3〜49bps上昇させるとの結果が報告されている(7) 。IMFは、このほかに長期金利に影響を与える要素として、(i)将来の財政リスク(例:急速な高齢化に直面する国ほど長期金利が上がりやすい)、(ii)国内の貯蓄率が高い国では国債が吸収されやすい、他方、財政政策運営の枠組みが弱い国では金利は上がりやすい、(iii)海外からの資本流入が大きい国では金利が上がりにくい、(iv)現在のような危機下では投資家のリスク選好が影響しやすい、といった点を挙げている。
国債に対する信認を確保し長期金利上昇を抑制するためには、財政健全化に向けた出口戦略で、市場の信認を得られるような財政健全化の目標と方策、目標達成に向けた政府の強いコミットメントを示す必要がある。