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第2章 緊急避難的な経済政策からの出口戦略

第2節 財政政策の出口戦略

3.主要国の財政健全化目標と取組

(1)アメリカにおける財政健全化の目標と取組

●財政健全化の目標
   オバマ大統領は、09年2月に行った議会演説の中で「任期中に財政赤字を半減する」ことを公約している。具体的には、ブッシュ政権から引き継いだ約1兆3,000億ドルの財政赤字を任期を終える13年1月までに半減し、政策課題ごとのコスト削減と財政規律の強化によってこれを達成するとしている。また、コスト削減の手段としては、税制改革(高所得世帯の増税等)、海外軍事活動の縮小(イラクからの軍隊の撤退等)、医療保険制度改革、温室効果ガス排出権取引の導入、行政改革の徹底等で赤字削減を目指すこととしている。

●財政健全化策の実現可能性
   OMBによる予算教書の年央改定では、上述のコスト削減策の実施により10年から13年の4年間で3,030億ドルの赤字削減を見込んでいる(第2-2-9表)。このうち海外軍事活動の縮小による削減額を2,650億ドルと見込んでおり、財政健全化の実現可能性については、海外軍事活動の縮小の動向如何によるところが大きい。
   財政再建目標は今後の景気動向にも大きく左右される。前提とするシナリオ(8) 以上に景気が悪化する場合には、税収等の歳入の不足とともに、失業保険給付を始めとする歳出の増加などから財政赤字の規模も拡大するため、目標の達成は困難となる可能性がある。また、温室効果ガス排出権取引による削減効果(13年までの累計で1,550億ドル)の成否は、制度設計の在り方によるところが大きく、不確実性が高い。
   医療関連支出は上述の通りシェアも大きく急速に拡大している分野であり、長期的視点に立った場合には医療保険制度改革の成否が財政再建の最大のかぎとなる。CBOによれば、メディケア、メディケイドについて現行制度を維持した場合、08年度の財政赤字GDP比4.3%から、19年には5.3%に上昇し、30年には8.5%と倍増する見通しである。こうした状況に対し、改革では、国民皆保険の創設、医療コストの抑制等の課題を財政中立(財政収支に影響を与えない形)で実現することを目指しており、その財源として予算教書では10年度から19年度までの10年間で9,550憶ドルの医療保険準備基金の創設を盛り込んでいる。同改革案については、11月末現在、議会で調整中であるが、世論の反発も強く難航している(詳細はコラム参照)。

●財政規律強化の動き
   財政規律強化に向けた取組としては、先代ブッシュ政権とクリントン政権の時代に導入され、90年代の財政再建を導いたPAYGO(Pay-As-You-Go)ルールの復活が再び議論されている。これは新たな義務的経費(公的医療保険や社会保障年金等)を増加させる場合あるいは減税を実施する場合には、その財政負担に見合う義務的経費の削減または増税を義務付けるルールであるが、オバマ政権は09年6月に議会に立法措置を要請している(9)。PAYGOルールは、あくまで現行の歳出及び歳入水準を維持する役割を持つに過ぎず、既存の支出プログラムの削減や増税を積極的に進めることを意図するものではないが、連邦政府の財政運営は、01年の同時多発テロ事件を契機に軍事費の拡張が続き、またその後の景気の拡大を背景に財政規律の弛緩がみられることから、今後の歳出抑制への寄与が期待されている。

●評価
   アメリカの経済財政政策の現時点での出口戦略は、実現可能性に懸念がある。OMBの報告においても、09年5月の予算教書(詳細版)では13年度の財政赤字は5,120億ドル(GDP比2.9%)と見込まれていたが、年央改定(09年8月)の結果、失業保険等の負担の増加や景気後退による税収の減少を背景に財政赤字は7,750億ドル(同4.6%)に拡大すると見込まれており(前掲第2-2-1図)、現行の財政再建策を前提とした場合には目標達成が困難であることが示唆されている。オバマ政権は、11年度予算教書(10年2月頃公表予定)で財政赤字の削減と債務残高のGDP比を安定化させる政策を提案するとしているが、景気見通しが想定を下回れば、その後も増税を含めた追加策に追われることとなる。
   また、アメリカ国債は外国による保有比率が高く、国債(民間保有分)に占める割合は08年度末で48.3%となっている(第2-2-10図)。ドルは基軸通貨であり、各国政府の外貨準備あるいは金融機関等の運用手段としてアメリカ国債が重要な役割を果たしている。アメリカの財政再建の進ちょくは、国際金融システム全体に係る非常に重要な問題であり、財政再建策の実現可能性に対する懸念が生じないような取組が求められる。

コラム:アメリカ医療保険制度改革

   現在、アメリカでは、オバマ政権による医療保険制度改革案が議会で審議されているが、制度の在り方を巡って調整が難航しており、大きな争点となっている。本件は、アメリカの中長期的な財政の在り方を左右する、重要な問題である。
   アメリカの公的保険医療制度は、高齢者を対象としたメディケア(老人医療保険)と、低所得者を対象としたメディケイド(低所得者医療扶助)を中心としており、福祉プログラムとして位置付けられている。このため、両者に属さない一般の国民については、個人として、あるいは職場を通じて民間医療保険に加入するのが通常である。近年、医療費の高騰、公的医療保険の適用範囲拡大等を背景に、アメリカの医療支出は経済成長率を上回るペースで上昇を続けている(図1)。また、医療支出額は07年時点で約2.2兆ドルとなっており、GDP比でみると先進国の中でも高い割合を示している(図2)。医療費の上昇・拡大は、家計と企業に多大な負担をもたらし経済成長の抑制要因となり得るものである。
   医療保険制度を巡る課題の一つに、無保険者の問題がある。08年時点で、国民の15.4%にあたる4,630万人が、高額な保険料を支払うことができずいずれの保険にも加入していない無保険者となっている。特に公的医療保険の対象とならない大多数の中間層は、個人負担により、もしくは勤務先の提供によって医療保険に加入することになるが、保険料の高騰により、個人での保険加入が困難となったり、景気の後退を背景に、勤務先が従業員への保険提供を断念した結果として無保険者となる事態が発生している。無保険者は、医療費が全額自己負担となることから、病状が悪化するまで医療サービスを受けることを先延ばしにし、いざ医療サービスの提供を受ける際には緊急入院といった事態に至ることも少なくないため、医療費が高額のものとなる傾向にある。その結果、一部の州では医療費を自己負担できない無保険者に代わって、州政府がその費用を負担しているのが実情である。このように、無保険者の拡大に伴ういわゆる「フリーライダー」の増加が州財政を圧迫する要因となっている。
   議会予算局(CBO)の試算では、官民を含めた医療支出額は09年に2.5兆ドル(GDP比17%)に達するとされているが、そのうちの約3割を連邦政府が、約1割を州政府が負担すると見込まれている。連邦政府の財政負担は、現行制度を維持した場合には今後更に増大し、高齢化の進展とあいまって50年度には現在のGDP比4%から同12%までに歳出規模が拡大すると見込まれている。
   アメリカの医療保険制度をめぐっては、歴代の政権下でも改革の必要性が指摘されてきたが、こうした中、オバマ大統領は、医療保険制度改革を「雇用創出」「財政赤字削減」と並ぶ内政の最優先事項に位置付け、クリントン政権以来となる改革に着手している。改革案では、無保険者の保険加入を促し財源と制度運営の安定化を図るとともに、公的保険制度を新設することで寡占化の進む保険業界に競争を促し、コストの抑制を狙うものとして、医療制度の構造改革を通じて、医療コストの増大に伴う財政赤字の拡大を抑えることを目指している。具体的には、(i)医療保険エクスチェンジ(国民が様々な医療保険商品を比較検討し購入できるような公的なワンストップ・ショップ)の設立、(ii)中間層における無保険者を対象とした公的医療保険の新設、(iii)富裕層に対する増税や医療・保険業界の費用負担による財源確保等を通じて達成することとしている。CBOの試算によれば、改革の実施コストは今後10年間で9,000億ドルにのぼるとされているが、オバマ政権では、増税や制度の効率化によるコスト削減を進めることで、新たな財政負担を回避するとしている。
   こうした一連の改革案に対し、増税の対象となる富裕層や、新制度の費用負担を強いられる医療・保険業界は強い抵抗を示している。このような声を背景に、改革の実現可能性を疑問視する見方も出ており、議会の審議は難航している。医療制度改革法案は09年6月に議会での審議が本格化し、上下両院の5つの委員会で審議されている。09年11月23日現在、下院では3委員会案を一本化した下院案が可決され、上院では、2委員会案を一本化した法案の審議が開始される段階である。上院法案は、基本的にオバマ政権の提案を踏襲しており、公的医療保険の新設と共に全国民の保険加入を義務付けている。また、多額の公的資金を投入することへの批判にかんがみ、改革の実施に必要な財源を、上述のCBO試算による9,000億ドル以下に抑えた8,490億ドル程度としている。しかし上院では、与党と野党が均衡していることから下院に比べて法案審議の難航が予想される。
   今後正念場を迎える医療保険制度改革であるが、審議が難航することにより改革案が更に修正される可能性もあり、オバマ大統領が当初目指したように、制度効率化によるコスト削減と富裕層に対する増税等を通じて制度改革に伴うコストを相殺できなければ、将来の財政赤字拡大を抑制できず、アメリカ財政の持続性に対するリスクが高まると考えられる。

(2)欧州における財政健全化の目標と主要国の取組

●財政健全化と安定成長協定
   現在のEU加盟国の厳しい財政状況はEUの財政規律である安定成長協定(10)との関係では、「例外的な状況(exceptional circumstance)」とされ、GDP比3%を超える財政赤字が許容されている状態にあるものの、金融危機前から財政赤字が著しい国や財政赤字の拡大が著しく看過できない国に対しては、09年2月から過剰財政赤字の是正が勧告されてきた(フランス(是正期限12年)、スペイン(同12年)、ギリシャ(同10年)、アイルランド(同13年)、英国(同13年度))(11)
   加えて、09年10月7日、欧州委員会はドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、オーストリア、ポルトガル、チェコ、スロバキア、スロベニアに対しても過剰財政赤字の存在を指摘するレポートを提出した。その後、11月11日には上記のうちギリシャを除く13か国に対して財政再建開始の時期と目標を示している (12)。なお、ギリシャに対しては赤字削減努力が不十分であるとした。これらの国に対しては、今後EU経済・財務相理事会(ECOFIN)において正式に是正勧告が発動される可能性がある(第2-2-11表)
   国債増発による財政の持続可能性への懸念からアイルランド、ギリシャ、イタリア等の国債はドイツ国債とのスプレッドが拡大し約30〜140bpsとなっている。09年秋の時点では09年2月から3月のピーク時(ギリシャは約300bpsまで拡大)からは低下しているものの、金融危機前よりも高い水準で推移している。スプレッドが再び拡大した場合、金利上昇により民間投資がクラウディングアウトされて景気回復の足かせとなるだけでなく、利払い負担増加から財政の持続可能性への懸念が増加するおそれがある。

●財政政策の出口戦略に関する議論の方向性
   09年10月1日のユーロ圏非公式財務相会合では、出口戦略を実施に移すのはまだ先であるものの、今から信頼のおける出口戦略の議論や枠組み作りを進める必要があるとし、出口戦略の実施時期については、11年に他の構造改革と併せて実施すべきであること、また、財政再建については、毎年GDP比0.5%以上の構造的財政赤字の削減に取り組むことなどが合意された。
   その後、10月20日のEU財務相理事会において、各国は遅くとも11年には財政再建に着手すること、また、赤字が著しい一部の国についてはそれ以前に財政健全化に取り組むことが正式に表明された 。(13)

●各国における財政健全化に向けた動き
   欧州各国では、EUの安定成長協定に加え、独自のルールを模索する動きもみられる。
   ドイツでは、09年2月、第二次連邦制度委員会(連邦と州の財政関係を改革するための連邦議会・連邦参議院合同の委員会)において、連邦政府の構造的財政収支を、平時には▲0.35%以内に抑制すること、また、州政府については、2020年以降、構造的財政赤字は許容されないというルールが発表され、その後憲法を改正して同ルールが明記された。この目標を達成するため、11年以降、ドイツ政府は連邦政府の構造的財政収支をGDP比で毎年0.25%削減していくことになる(14) 。ただし、09年10月、ドイツ第2次メルケル政権が11年から13年まで総額240億ユーロ(GDP比約1%)の減税を実施する方針を示しており、当初見込まれていたペースでの財政再建の実現可能性に懸念が生じている。
   スペインでは、09年9月に発表された10年予算案の中で、10年7月からのVAT引上げ(16%から18%へ)(15) 、景気対策の一環として08年に導入した400ユーロの個人所得税の減税措置を廃止する等の措置を発表した。
   オランダでは、09年9月に発表した10年予算案の中で、09年秋から幅広い分野で歳出削減に向けた予算の見直しを実施し、11年予算に反映させるとした。
   英国では、09年4月のバジェット・レポートにおいて、(i)13年度までに公的部門(一般政府及び公的企業)の借入れを265億ポンド(GDP比2%)削減する、(ii)17年度までに公的部門の経常的収支(景気循環調整後)を均衡させる(09年におけるGDP比▲6.7%から毎年0.8%削減することになる(16) )といった財政健全化の目標を打ち出している。

●評価
   このように、欧州各国は金融危機対応によって大幅に悪化した財政状況を改善させる方向に舵を切り始めている。しかしながら、多くの国の景気の現状と見通しから判断すると、例えばユーロ圏ではGDPギャップは10年にも拡大する見通しであるなど、現時点あるいは10年での財政再建の開始は時期尚早であると考えられる(前掲第2-2-8図)。
   欧州の財政再建に際しては、以下の三点からそのペースは景気に配慮して緩やかなものとすることが望ましいと考えられる。第一に、先行きは緩やかな持ち直しが見込まれるとはいえ、当面は経済成長率が低い水準で推移するとみられる上に、先行きの下方リスクも高いこと、第二に、ECB及びBOEは既に低金利政策を採っていることから、財政再建による成長押下げを相殺できるような追加的な金融緩和の余地が乏しいこと、第三に、国境を越えた財政政策の漏出効果が大きいこと、である。
   安定成長協定という枠組みの信頼性を維持することは必要であるが、拙速な財政政策の転換によって景気の腰折れを招くことのないよう十分留意する必要があろう。


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