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第1章 世界経済の回復の持続性

第4節 ヨーロッパ経済

4.個人消費の回復の持続性

   個人消費は、ヨーロッパ各国のGDPの約6割を占め(18)、特にユーロ圏全体、フランス、英国等で、90年代末〜2000年代にかけて個人消費の伸びに支えられた成長が続いてきた。しかし、07年秋からの景気後退及び08年秋の金融危機以降の景気後退の深刻化により、個人消費は減少が続いた。
   ユーロ圏の個人消費をみると、08年4〜6月期に前期比年率▲0.3%となってから4四半期連続で減少が続いていたが、09年4〜6月期に前期比年率0.3%と5四半期ぶりの増加に転じた。しかし、この増加は自動車買換え支援策等によるものであり、自律的な回復とはいえず、買換え支援策の効果の終了とともに、消費が再び落ち込むおそれがあることに留意する必要がある。
   以下では、所得の動向と信用収縮の影響等を分析し、今後の個人消費の回復の持続性について検討する。

●消費の動向
   ユーロ圏、ドイツ、フランス、英国の個人消費を比較すると、ドイツ、フランスで回復がみられる一方、英国は08年前半から5四半期連続で減少を続けており、特に08年秋の金融危機以降の落ち込みが顕著である(第1-4-37図)。
   国別に詳しくみると、ドイツの個人消費は09年1〜3月期から前期比で2四半期連続のプラスとなった後、7〜9月期には大幅なマイナスとなった。個人消費の内訳を前年同期比でみると、光熱費を含む住居費や、衣料品・靴類の消費、文化・娯楽費等が落ち込んでいる一方、自動車を含む輸送・通信が寄与度前年比0.9%とプラスになっており、09年1月から開始した自動車買換え支援策の効果がうかがわれる(第1-4-38図)。
   フランスの個人消費は08年秋の金融危機以降、弱い動きが続いていたものの前期比での減少には至らなかった。財、サービス別にみると、財消費は08年10〜12月期から減少していたが、サービス消費の増加が継続しており、全体でみると増加している(第1-4-39図(1))。09年4〜6月期には、財は自動車(寄与度年率0.8%)や食料品・飲料・タバコ(同0.4%)を中心に、サービスも不動産・賃貸サービス(同0.3%)を中心に、ともに増加し、前期比年率1.1%となった。7〜9月期は個人消費全体で前期比年率0.1%の増加であったが、そのうち、食料品・飲料・タバコの寄与が寄与度年率0.4%増、自動車が同0.1%増、エネルギーが同0.8%減となった(第1-4-39図(2))。
   英国の個人消費は、財、サービス消費ともに前期比で大幅に減少している(第1-4-40図(1))。財については、09年4〜6月期に自動車の寄与(寄与度年率1.2%)もあり、ほぼ横ばいとなった。英国では09年5月から自動車買換え支援策が開始されたが、自動車の寄与の増加はその効果によるものと考えられる。これとは対照的に、サービスは、宿泊・外食サービスを中心に大幅に減少しており、引き続き厳しい状況にある(第1-4-40図(2))。他方、小売売上をみると、個人消費の動きとは異なる動きをしており、増加傾向にあるが、これは「個人消費」と「小売売上」という2つの統計がとらえている範囲の違いが関係している。英国の「個人消費」は財消費、サービス消費、非営利団体国内消費、観光消費(英国内の居住者による海外消費から、英国外の居住者による国内消費を引いたもの)の合計(19)であるが、「小売売上」は財消費の一部であり、「個人消費」よりもとらえている範囲が狭い。また、ポンドが下落する状況の下で、周辺国等から英国に買い物に来る客が増加しているが、これらの消費については、「小売売上」には財消費の増加分が計上される一方、「個人消費」の観光消費では、控除項目として計上される。さらに、景気後退の影響により、英国内の居住者による海外消費が減少し、「個人消費」の観光消費が減少する要因となっている。なお、景気対策の一環として付加価値税(VAT)が08年12月から、1年間の時限措置として17.5%から15.0%へ引き下げられているが、通常、前倒しをして消費することが難しいサービスに対し、財は前倒し消費の影響がより強く現れることも、小売売上が増加している要因の一つであると考えられる。
   以上のように、いずれの国も、消費の改善には自動車の伸びが寄与している。自動車の寄与を除くと、ドイツでは09年1〜3月期から7〜9月期までの個人消費は、前年同期比(20)で減少、フランスでは4〜6月期、7〜9月期ともに前期比でゼロ近傍、英国では4〜6月期は前期比で大幅な減少という状況であった。

●所得の動向
   個人消費の減少の一因として、厳しい雇用情勢による所得環境の悪化が挙げられる。
   雇用者報酬をみると、企業の業績悪化に伴う賃金及び雇用の削減によって、減少している(第1-4-41図)。ただし、減少のスピードには各国でばらつきがある。ドイツ、フランスでは09年1〜3月期に前期比で減少し、その後も弱い動きとなっている。一方、英国では、ドイツ、フランスより1四半期早い08年10〜12月期に前期比で減少に転じ、2四半期連続で減少したものの、09年4〜6月期には再び増加に転じた。
   家計における可処分所得の伸びをみると、ドイツ、フランスでは賃金・給与の伸びが09年1〜3月期に前期比で減少しており、可処分所得の伸びも弱いものとなっている(第1-4-42図)。ただし、賃金・給与のマイナスに比べて可処分所得の減少が小幅にとどまっているのは、社会保障給付によって所得が下支えされているためであり、可処分所得における社会保障給付の割合は、急速に上昇している(第1-4-43図)。
   OECD(21)によると、ドイツ、フランス、スペインといった国々では失業給付の給付割合が日本やアメリカに比べ非常に高い(第1-4-44表)。これらの国々では、失業者は1年目には失業前の給与の60〜70%弱が失業給付として支給され、数年間は失業前の所得の50〜60%程度が支給される。このため、今後しばらくは、失業給付が所得の下支えとなることが見込まれる。ただし、雇用の悪化に伴う雇用者報酬の大幅な減少により、可処分所得も減少する可能性があることには留意する必要がある。一方、英国では、消費は減少を続けているが、家計の可処分所得が大きく減少しているわけではない(前掲第1-4-42図)。これは、ドイツ、フランスと比べて、支給割合は低いものの、やはり一定の社会保障給付による下支え効果が機能しているためと考えられる(前掲第1-4-44表)。
   他方、家計の可処分所得が大きく減少していないにもかかわらず、消費が減少しているのは、貯蓄率が上昇しているからである。貯蓄率の推移をみると、ユーロ圏、ドイツ、フランスは従来から10%を超える高い水準であるが、08年に、ユーロ圏及びフランスで急速に上昇している(第1-4-45図)。英国は、08年1〜3月期にいったん低下し、マイナスとなったものの、09年には5.6%まで上昇している。この背景には、雇用情勢の悪化により、家計が予備的貯蓄を積み増していることが考えられる。今後、貯蓄率が更に上昇した場合、消費の下押し圧力となることから、その動向を注視する必要がある。
   また、英国では、家計の債務負担が大きいことが貯蓄率の上昇及び消費の減少に寄与しているとも考えられる(第1-4-46図)。英国では、住宅バブルが崩壊し、住宅価格が下落する中で、住宅ローンの支払いの延滞や住宅の差押えが増加しており(22)、これら債務負担の増加が消費の抑制につながる懸念があることから、英国経済の先行きをみる上で注意が必要である。

●信用収縮の影響
   前述したように、信用収縮の影響は家計向け貸出にも及んでいるが、その家計向け貸出の減少の影響は、消費に影響を及ぼすことも考えられる。特に、アメリカ同様、リボルビング払いのクレジットカード・ローンが広く普及している英国では、クレジットカード向け消費者信用の収縮により、クレジットカードを利用した消費が減少する可能性がある。実際の貸出をみると、08年10月以降貸出残高は減少傾向にあり、09年9月は前年同月比で▲13.5%となるなど、08年秋の金融危機がクレジットカード向け貸出に影響を及ぼしたことが分かる(第1-4-47図)。

●消費者コンフィデンス
   ユーロ圏の消費者コンフィデンスをみると、09年3月を底に継続して上昇しており、消費者のマインドは改善傾向にあることが分かる(第1-4-48図)。内訳をみると、経済情勢の見通しが大幅に改善しているほか、家計の財政状況の見通しがプラスになっており、全体の押上げ要因となっている。このことから、景気の改善に伴って消費者は消費への意欲を高めていることがうかがえる。一方、失業見通しは、他の項目に比べると回復が遅れており、引き続き雇用への懸念があることがうかがわれ、今後雇用情勢が更に悪化した場合には、再び消費が落ち込むおそれがある。

●今後の見通し
   以上みたように、ヨーロッパの消費は、相対的に手厚い社会保障給付に下支えされるものの、雇用情勢の変化や信用収縮を背景に、当面弱い動きが続くものと見込まれる。さらに、今後の消費の回復の持続性については、次の3点も重要である。
   第一に、需要喚起のための政策効果がはく落することにより、消費が大幅に落ち込む可能性である。特に、ドイツでは、09年9月に自動車買換え支援策が延長されることなく終了したが、年間の新車登録台数が300万台(08年)である中、200万台という規模で支援策を行ったため、需要の先取りであることが懸念されている(23)。また、自動車を購入したことにより、自動車以外の大型の耐久消費財等の消費が減少する可能性もあることから注意を要する。また、英国では1年間の時限措置として17.5%から15.0%へ引き下げられていた付加価値税が、09年1月に再び17.5%に戻される。09年末に引上げ前の駆け込み需要が予想されるが、その後の反動が懸念される。
   第二に、社会保障給付の持続性に関するリスクである。社会保障給付費用は増加しているが、各国とも金融危機に対応するため財政刺激策や金融システム安定化策等の対策費用の増大により財政赤字が安定・成長協定で定められたGDP比3%以内という規定を大幅に超過して拡大している(第2章で後述)。このため、今後、財政再建に向けて、社会保障給付を大幅に削減するなど、これまでの政策を変更する可能性がある。給付が削減された場合、可処分所得の減少により、消費も減少するおそれがある。
   第三に、消費行動の変化である。今回の金融危機は、これまでの消費行動を変化させた可能性がある。前述の通り、信用収縮によって借入れによる消費が抑制されるほか、より節約志向の消費スタイルが拡大する可能性もある。例えば、英国では、小売売上金額と数量のかい離がみられる。特に、非食料品、中でも衣料品・靴類に関しては、金融危機以降、数量が増加する一方で金額は減少または横ばいとなっており、消費者が単価の安い品物を選好している可能性がある(第1-4-49図)。さらに、インターネット販売の規模が拡大するなど、新しい形態の消費行動もみられ、それが今後の消費に与える影響については、注意深く見守る必要がある(第1-4-50図)。
   以上のように、ヨーロッパにおける消費の回復には自律性、持続性がともに乏しく、今後の雇用情勢の悪化や信用収縮の状況によっては、再び消費が減少し、景気が二番底に向かうおそれがある。




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