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第1章 世界経済の回復の持続性

第4節 ヨーロッパ経済

5.輸出の回復の持続性

   ヨーロッパの景気回復にとって輸出の先行きは重要な要素である。過去のヨーロッパの景気回復局面においては、域内で経済規模が最大であるドイツの外需依存度が高いこともあり、まず輸出が景気回復のけん引役となって、国内の生産、雇用、消費へと回復が波及することが多かった。現在、金融機関の不良債権処理の遅れなどから信用収縮が続き、消費や投資といった内需に自律的な回復の芽が乏しい中、景気の回復は今回も外需主導で、アメリカ、アジア、中・東欧(24)といった域外の主要輸出先への輸出の回復を待つことになる可能性が高い。 
   以下では、先行きの景気回復へのリスク要因として、輸出の回復の持続性をみていく。

●自動車買換え支援策の影響
   ユーロ圏の域外輸出は足元で下げ止まりつつある。この背景をみると、足元の域外輸出はアジア向け輸出の持ち直しに依存していることがわかる(第1-4-51図)。ヨーロッパ域内の貿易については、自動車買換え支援策(25)を実施している国への自動車輸出が伸びており、特に各国の自動車メーカーの生産拠点となっている中・東欧からの伸びが著しい。
   また、英国についても、ドイツやフランス等、西欧先進国向けに自動車輸出が伸びており、これらの国の自動車買換え支援策の恩恵を受けていると考えられる(第1-4-52図)。加えて、09年夏頃からポンドが下落傾向(26)にあることも英国の輸出を下支えしているとみられる。

●アジア向け輸出の動向
   アジア向け輸出については、中国を始めインド、韓国、台湾、ASEAN諸国向けの輸出が09年に入ってから3割程度伸びており、例えば中国向け輸出について品目別にみると、機械類・輸送機器、工業製品、化学製品が伸びている(第1-4-53図)。これらのアジア地域では、中国を始めとして大規模な景気刺激策を打ち出している国もあり、消費やインフラ投資等に必要な財を輸入している可能性がある。中国では投資、生産が高い伸びを示し、今後も内需が堅調に推移するとみられることから、中国向け輸出は引き続き堅調に推移すると見込まれる。

●中・東欧向け輸出の動向
   次に、ここ数年、ユーロ圏からの輸出先としてプレゼンスを増している中・東欧(27)向け輸出の動向をみる。この地域は、ユーロ圏の域外輸出全体の約15%(08年)を占めており、英国(シェア約14%)やアメリカ(同12%)よりもウエイトが大きい。また、西欧先進国にとっての生産拠点としての位置付けから、工業製品や機械類、輸送機器といった資本財輸出がユーロ圏からの輸出の約7割を占めている。しかしながら、こうした品目の輸出は08年末以降減少が続いている。
   なお、中・東欧でもルーマニア等において自動車買換え支援策を実施しているが、ユーロ圏から中・東欧への自動車輸出は減少している。また、西欧先進国の自動車買換え支援策の間接的効果として、自動車の生産拠点である中・東欧向けにユーロ圏から部品や化学製品等の輸出が伸びる効果が生じる可能性も考えられるが、こうした品目の輸出は現在のところ低迷している(第1-4-54図)。

●輸出の力強い回復は望み薄し
   このように、現在の輸出の下げ止まりは、ヨーロッパ域内向け、アジア向けのいずれも政策効果に依存する部分が大きいと考えられる。先行きについては、以下の三点から輸出の力強い回復は期待できないと考えられる。第一に、自動車買換え支援策がドイツでは09年9月に終了し、フランスでは10年初から段階的に縮小されるなど、政策効果がはく落していくことである(28)。このため、域内貿易については支援策の終了後、早晩失速するおそれがある。
   第二に、アジア向け輸出のみでは輸出の本格回復は期待できないことである。アジア向け輸出は、景気刺激策に支えられて中国の内需を中心に今後も堅調に推移するとみられることから、比較的息の長い回復が見込めそうである。しかしながら、ユーロ圏の域外輸出に占める中国のシェアが約4.2%(08年)であるなど、アジアの需要のみではヨーロッパの輸出の本格回復は望めず、主要輸出先である英国、アメリカ、中・東欧(29)等の需要もあわせて回復しない限り、輸出は緩やかな伸びにとどまる可能性が高い。
   第三に、ユーロの増価である。ユーロ相場は09年4月を底として増価基調で推移しており、実効レートで約4%、対ドルで約14%増価している。
   こうした要因が輸出の足かせとなるおそれがある点には十分留意する必要がある。


コラム1-7:英国の住宅市場

   英国では、2000年代に入ってから住宅価格がファンダメンタルズからかい離して大幅に上昇し、住宅バブルが形成された(図1)。過去の住宅バブルと比較すると、住宅価格が名目GDPの伸びと比べて著しく上昇したことが分かる。しかし、住宅ローン承認件数は07年半ばから減少し始め、住宅価格も07年10月に下落を始め、バブルは崩壊した。それでもしばらくは、住宅価格は下落したものの水準としては高い状態が続いたが、景気後退が深刻化すると住宅購入希望者が激減し、住宅市場は停滞した。
   このような状況に対し、政府は、低所得者層への無利子住宅ローンの供与や不動産購入時の印紙税の減税措置に加え、政府、イングランド銀行(BOE)、金融機関、消費者グループ等から構成される貸出委員会の設置による金融市場の貸出状況の監視など、住宅市場の改善のための対策を打ち出した。また、BOEは、金融危機による景気後退の更なる深刻化に伴い08年10月から政策金利を引き下げ、09年3月には1694年のBOE創立以来最低となる0.5%とし、これに伴い住宅ローン金利も低下した。
   このような政策面での下支えもあり、07年末から著しく減少を続けていた住宅ローン承認件数は、08年12月から増加に転じ、09年初には住宅購入向け貸出額も増加し始めた(図2)。また、09年前半には住宅着工件数や新規受注額も増加している(図3)。住宅価格も09年4〜6月期から上昇に転じており、地域別にみると、ロンドンの価格上昇が著しい(図4)。英国の大手住宅金融機関であるネーションワイドの四半期報(09年4〜6月期)によれば、ポンドの下落により、海外投資家がロンドンの不動産、特に一等地の不動産に投資をしており、市場のリスク指向の回復も影響していることがうかがわれる。また、ネーションワイドとともに、住宅金融大手のハリファックスも、「需要が少ない中で供給も減少していることから、住宅価格が安定化しつつある」と指摘している。
   ただし、住宅市場の先行きについては、英王立公認不動産鑑定士協会(RICS)の住宅引き合いDIをみると、住宅購入に関する問い合わせが09年前半にかけて大幅に増加した後、7月から3か月間減少がみられることから、急速な回復は見込まれないと考えられる(図5)。
   なお、現在の回復の兆しについては、以下のリスクに留意する必要がある。第一に、足元の住宅価格の上昇は、英国経済の回復によるものではなく、資金流入による可能性が高いことである。住宅価格を地域別にみると英国全体で回復しているわけではなく、ロンドンの一等地等に偏っており、海外及び英国内の富裕層による投資によるものであるとの指摘がある。こうした資金流入は一時的なものである可能性も高く、英国経済の回復や金融セクターに対する危機感が高まった場合、資金が流出し、価格が再び下落に転じるおそれがある。第二に、住宅ローン返済の滞納や、住宅の差押えが急増していることから、今後、比較的安価な競売物件が住宅市場に流れ込み、住宅価格が下落する可能性があることである。住宅ローンのうち、返済の滞納または住宅の差押えが行われているものの割合は、09年4〜6月期に住宅ローン総額の3.7%となっている(図6)。内訳をみると差押えの割合はわずかに低下しているが、滞納の割合は上昇しており、今後差押えが増加する可能性もある。また、英国ではリコースローン()が主流となっており、住宅が差し押えられて売却されてもローン残額がある場合、借り手には返済義務が残るため、家計が消費を抑制する傾向がある。このため、差押えの増加が消費の減少につながるおそれもあり、この点からも今後の動向に注意する必要がある。


コラム1−8:金融危機からの立て直しを図るアイスランド

   アイスランドは、人口30万人程度であり、名目国内総生産でみると日本の250分の1程度と経済規模は大きくないが、1人当たり名目GDPは高く、90〜08年にかけては世界第3〜13位で推移していた。
   産業構造についてみると、90年代までは輸出金額(通関ベース)の75%をタラ等の海産物が占め、実質国内総生産に占める水産業の割合も8%程度と高かったが、03年の上位3銀行(カウプシング銀行、グリトニル銀行、ランズバンキ・イスランズ)の民営化等の影響もあり、農林水産業の占める割合が低下した一方で、金融業の割合が高まった(図1)。
   国内金融機関の国内貸出は03〜07年にかけて増加し、国内貸出残高のGDP比は03年の191%から07年の356%にまで拡大した。これを背景に株価及び住宅価格が高騰し、資産バブルともいえる現象を引き起こした。ICEXメイン指数(アイスランド証券取引所の株価指数)は、最高値を記録した07 年7月18日には、03年初の5.8倍にもなった。また、住宅価格も高騰し、アイスランドの住宅価格指数は、最高値を記録した08年5月には、03年1月の2.1倍となった。その後、いわゆる「パリバ・ショック」等を契機として株価が下落し、続いて銀行が住宅への新規融資を減少させたため住宅価格が下落に転じたことなどにより、企業及び家計はバランスシート調整を行わざるを得なくなった。この結果、総固定資本形成は07年10〜12月期から09年4〜6月期まで7四半期連続で減少するとともに、家計最終消費も08年1〜3月期から同年10〜12月期まで4四半期連続で減少し、その後も引き続き弱い動きとなるなど、内需は縮小していった(図2)。
   こうした状況の中、欧米の金融機関と同様、アイスランドの金融機関も不適切なリスク管理や高いレバレッジといった問題を抱えていたため、リーマン・ブラザーズの破たんを契機として、金融機関の財務状況への懸念が高まった。このため、カウンターパーティ・リスク(取引相手に係るリスク)が顕在化し、欧米の他の金融市場と同様に、アイスランドの金融市場においても流動性が著しく低下するなど機能不全の状況に陥った。一方、欧米の主要国の中央銀行と異なり、アイスランド中央銀行は金融機関に対して十分な流動性を供給することができなかった。こうした状況に直面し、アイスランド政府は08年9月29日にグリトニル銀行に対して6億ユーロの資本注入を決定し、事実上国有化した。同年10月6日にアイスランド政府は、銀行を政府の管理下におくことを可能とする法律(緊急法)を制定し、同月7日及び9日に同法律に基づいて上位3行を正式に国有化した。また、アイスランドの上位3行の事業基盤は国外にあり、例えば商業銀行最大手のカウプシング銀行の場合、07年の業務純益(営業利益に相当)の67%がアイスランド国外で発生していた。しかしながら、アイスランド政府は国内の預金口座については全額を国有化後の銀行に移管した一方、英国など国外の支店にあった預金口座については移管措置をとらず、またアイスランドの預金保険機構(Icelandic Depositors’ and Investors’ Guarantee Fund)による預金保護等も行われなかった。英国政府及びオランダ政府は、アイスランドの預金保険機構に代わって、国有化されたランズバンキ・イスランズのインターネット銀行部門であるアイスセーブ(Icesave)の英国及びオランダ国内の預金者に対する預金保険金を負担し、その後、アイスランド政府に対して肩代わりした負担金の返済を求めた。
   08年11月には、IMFがアイスランド政府に対する21億ドルの融資を承認した。これによって、直ちに8億2700万ドルの融資を受けられるとともに、残りの融資も09年から2年間にわたって、四半期ごとにIMFの審査を受けた上で分割供与されることとなった。これを受けて、アイスランド政府は、大幅に下落した為替相場の安定化や銀行再編計画の実行、中期的な財政安定化等に取り組むこととなった(図3)。なお、IMFは今後の審査及び融資について、英国政府及びオランダ政府とアイスランド政府の間の預金保険金に関する負担問題の解決は審査及び融資の前提条件ではないとしつつも、資金を拠出する国々がこの問題に対して敏感になっていることを明らかにしており、事実上この問題の解決が融資供与の障害の1つであることを示した。
   09年7月、経済安定化のための新たな取組みとして、EU加盟申請がアイスランド議会で承認された。EUに加盟した後にユーロ導入まで至れば、アイスランドはクローナに代わる安定的な通貨を得られる()。
   同年10月、アイスランド政府は、英国及びオランダ政府へ預金保険金の返済を保証する法律について、英国及びオランダ政府と合意に達した。政府間で合意が成立したことで、IMFによる2回目の信用供与への道が開かれた。
   このように、リーマン・ブラザーズ破たんを契機とした世界金融危機により、アイスランドは上位3行が国有化される事態に陥ったが、その後IMFからの支援により経済・金融の立て直しを図り、更に安定的な金融システム構築のための前段階としてEU加盟申請も行うなど、様々な取組を行っている。一方で、アイスランド政府は英国政府に対して23億ポンド、オランダ政府に対して13億ユーロを2024年までに返済しなければならず、財政及び経済の先行きは楽観視できる状況にはなく、今後も注視していく必要がある。


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