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第1章 世界経済の回復の持続性

第4節 ヨーロッパ経済

3.雇用の悪化

   ヨーロッパでは景気後退に伴い雇用が悪化しており、ユーロ圏では、失業率は09年9月には9.7%に達し、英国でも7.8%に達している。雇用の悪化は、短期的には所得の減少を通じて消費を、ひいてはGDPを押し下げ、中長期的には生産力の低下を通じて潜在成長率に悪影響を与えるため、今後の景気回復及び経済成長に対して重大なリスク要因となる。以下では、ヨーロッパの中でも経済規模の大きいドイツ、フランス、英国、イタリア、スペインにおける90年代以降の労働市場や最近の雇用情勢についてみた後、特に景気の先行きや中長期的な経済成長に重要な影響を与える操業短縮等の雇用保蔵や若年失業といった問題について詳しく述べる。

●90年代以降のヨーロッパ主要国における労働市場の概況
   90年代以降ヨーロッパ各国は失業率の低下と労働参加の促進を目指して、労働市場の柔軟化に取り組んだ。その結果、女性や高齢者の労働市場への参入や、非正規雇用の増加など労働市場に変化がみられた。ここでは、労働力率(第1-4-29図)、失業率(第1-4-30図)、長期失業率(労働力人口のうち、1年を超えて失業状態にあるものの割合(第1-4-31図)をみることにより、ヨーロッパ主要国の労働市場を概観する。
   ドイツでは、90年代から失業率及び長期失業率は上昇傾向にあり、90年代末頃にいったん低下した後、再び上昇に転じたが、景気回復により06年以降は低下した。特に長期失業率についてみると、05年には6.1%まで上昇したが、その後は08年の4.0%まで低下した。労働力率は、03年までは低下傾向にあったが、以降は上昇している。これらは、2000年代からの労働市場改革の中で、失業給付や社会保障給付に関する制度改革が行われ、失業給付期間の短縮化(13)や、求職活動を行う者への給付額の増額等が行われ、長期失業の抑制と労働力人口の増加に寄与する政策が行われたことが要因と考えられる。
   フランスでは、失業率及び長期失業率は上昇と低下を繰り返していたが、90年代半ばと比較すると08年は低い水準にあり、それぞれ7.9%、2.8%となった。労働力率については、90年代に2%ポイント程上昇したものの2000年以降は55%程度で安定して推移している。
   英国では労働力率はあまり変化しなかったものの、90年代半ば以降2000年代半ばにかけて失業率及び長期失業率は低下し、ヨーロッパ主要国で最も低い水準となった。これは、労働市場における規制緩和が行われ、英国の労働市場が以前に比べて柔軟になる中、92年7〜9月期から08年1〜3月期までの約16年にわたり実質経済成長率のプラスが継続するなど、景気の拡大が続いたことが要因と考えられる。
   イタリアでは、失業率は90年代末以降低下傾向にあり、94〜99年は平均11%程度であったのが、08年は6.8%となった。長期失業についてみると、同様の動きを示しており、94〜99年は平均7%程度であったのが、08年には3.2%となった。労働力率については大きな変動はなく、90年代半ば以降、緩やかに上昇している。
   スペインでは80年代から有期雇用契約に関する規制が緩和されたことにより、移民や女性等が多数労働力化したため労働力率が上昇し、90年には49.4%であったのが08年には58.5%に達した。このような状況の中、90年代半ば以降の景気拡大局面において失業率及び長期失業率も低下し、07年にはそれぞれ8.3%、2.3%となった。しかしながら、景気後退により08年は上昇し、失業率は11.4%、長期失業率は2.7%となっている。このように失業率が大きく変動したのは、企業が、解雇補償金が低く抑えられ、景気循環に伴う雇用調整を行いやすい有期雇用者の活用を拡大したためと考えられる。

●最近の雇用情勢
   国によってばらつきはあるものの、景気後退に伴い、各国の失業率は上昇傾向にある(第1-4-32図)。ドイツ、フランス、英国では08年頃から上昇を始めた。イタリア及びスペインでは07年末頃から上昇を始め、特にスペインでは07年1月は8.2%であったのが09年9月には19.3%にまで達するなど急上昇した。その結果、スペインの失業者数は07年1月から09年9月までに267万人増加し、同時期におけるユーロ圏全体の失業者数増加分の74%を占めている。09年9月には、ドイツでは7.6%、フランスでは10.0%、英国では7.8%、スペインでは19.3%まで上昇し、イタリアでは09年4〜6月期は7.4%となった。このような失業率の上昇は、短期的には消費への悪影響を通じて今後の景気回復の足かせとなり、更に長期失業の増加により、職業能力の形成が阻害されることから、中長期的な経済成長にも悪影響を与える可能性があり、注意が必要である。

●操業短縮等の雇用保蔵が経済に与える影響
   ドイツでは、08年4〜6月期から09年1〜3月期まで実質経済成長率が5四半期連続で前期比マイナスとなるなど景気後退が続いてきたが、失業率は0.2%ポイント程度の上昇にとどまっている。その要因として、操業短縮手当(以下、「操短手当」という。)が重要である。操業短縮とは経済的要因等によって企業が労働者の労働時間を短縮し、その分給与を引き下げることであるが、ドイツ等では、一定の支給要件を満たした労働者に対しては、政府が減少した賃金の一部を補てんする操短手当を導入している。ドイツ当局の試算を基にすると、操短手当によりドイツの失業率は1%ポイント程度押し下げられたこととなる(14)
   このような雇用保蔵は経済にどのような影響を与えるであろうか。短期的には、失業率を押し下げ、消費の下支えとなると考えられる。その反面、景気の回復力が弱い状態で雇用保蔵が途切れた場合、失業率が急激に上昇することにより、消費が悪化し、景気が二番底に陥るリスクがある。ドイツでは、操短手当の支給期間は最長24か月とされているため、リーマン・ブラザーズ破たん後の08年冬頃から支給を受け始めた労働者については(第1-4-33図)、10年冬頃から支給が打ち切られることとなる。このため、失業率を押し下げる効果は10年冬頃からはく落を始めると考えられ、緩やかな持ち直しが見込まれるヨーロッパの景気に悪影響を与える可能性がある。
   中長期的には、景気後退によって一時的に需要が減少しているものの将来性の見込める企業においては、雇用保蔵が公平性と効率性の両面から社会厚生を高めるが、将来性の見込めない企業における雇用保蔵は、生産性の低い企業から高い企業への人材流動を阻害し、労働市場による最適資源配分を歪めてしまうことになるため、長い目で見て経済成長を押し下げることとなる。

●若年失業の問題
   若年失業の状況について概観すると、ヨーロッパ各国とも若年層(15〜24歳以下)の失業率は、全年齢層の失業率に比べて高く(第1-4-34図)、両者の差は、英国では約10%ポイント、スペインとイタリアでは約15〜20%ポイントと大きい(15)
    このような若年失業の特徴として、景気循環の影響をより受けやすいことが挙げられる。第1-4-35表はOECD(16)が、景気循環が各年齢層の失業率に対してどの程度影響を与えるかを分析したものである。このOECDの分析によれば、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、英国の29歳以下の失業率は、30〜49歳の失業率に比較して、より景気循環の影響を受けやすいということが分かる。しかしながら、このOECDの分析は、若年層の失業がそもそも変動の大きいものであることを必ずしも明示的に取り扱っていない。そこで、30〜49歳に比較して、若年層の失業率の変動がどの程度であるかも含めて分析を試みたのが第1-4-36表である。
   第1-4-36表の「失業率全体の変動」は、OECDが分析対象とした期間(1980〜2006年)について、各年齢層別の失業率の標準偏差を、30〜49歳の失業率の標準偏差で除したものであり、30〜49歳に比較して、どの年齢層の失業率の変動が大きいかを示すものである。「景気循環による影響」は、第1-4-35表の値を30〜49歳のそれぞれ対応する値で除したものであり、各年齢層の失業率が、30〜49歳に比べて、景気循環にどの程度左右されやすいかを示すものである。国ごとにみていくと、29歳以下のどの年齢層も「失業率の変動」及び「景気循環による影響」が30〜49歳に比べて大きいことがわかる。
   以上のように、ヨーロッパ主要国では若年層が景気後退の影響で失業するリスクが高い。そこで、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、英国の20歳代について、「失業率の変動」と「景気循環による影響」の両方の値を比較してみると、フランス及びイタリアでは「景気循環による影響」が「失業率全体の変動」の値を上回っており、景気循環が失業率の変動を拡大させたことが確かめられる。しかしながら、ドイツの20〜24歳、スペインの25〜29歳、英国の25〜29歳については、「景気循環による影響」が「失業率全体の変動」の値を下回っている。これらの国では、対象期間の80〜06年において、景気循環以外の要因(17)で失業率の変動が拡大したと考えられる。
   次に若年失業が経済成長に与える影響についてみると、若年層が失業状態に置かれた場合、長期的には人的資本形成の阻害やそれに伴う生涯所得の減少が起きやすい。したがって、若年層の失業が増加した場合、労働力の質の低下を通じて潜在成長率の低下を招く可能性がある。先述したように、ヨーロッパの景気動向については、最悪期は脱したものの持ち直しは緩やかなものになると見込まれている。このまま若年層の雇用状況が改善せず悪化を続けた場合、中長期的にみても今後経済成長率が押し下げられる可能性がある。



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