第1章 世界経済の回復の持続性 |
第4節 ヨーロッパ経済
2.信用収縮の状況
08年9月のリーマン・ブラザーズ破たんを契機とした世界金融危機により、ヨーロッパの金融機関は、企業や家計への貸出態度を厳格化し、その結果、深刻な信用収縮が起きた。
企業は、市場からの資金調達が困難になったことに加え、金融機関からの借入れをめぐる厳しい環境に直面し、運転資金等の短期的な資金繰りや、長期的な設備投資計画に大きな影響を受けた。また、こうした資金の供給側の要因だけでなく、需要側の要因として、先行きに対する不透明感から、設備投資のための資金需要が抑制されているとみられる。一方、家計は、金融機関の個人向け貸出をめぐる厳しい環境に加え、家計のバランスシートの悪化や、将来所得に関する不確実性の高まりにより、住宅ローンやその他の借入れを行うことに慎重となり、個人消費や住宅投資の減少の要因となった。特に、英国では、景気後退と信用収縮の影響を受けて住宅市場の調整は大幅なものとなった(8)。
09年4〜6月期にはプラス成長に転じた国もあるなど、一部で景気の下げ止まりがみられる中で、金融機関の貸出の実態は依然として厳しい状況にあり、今後のヨーロッパ経済の回復の持続性へのリスク要因となっている。以下では、ユーロ圏と英国に分けて、それぞれの国・地域における金融機関の企業向け貸出及び家計向け貸出(住宅向け貸出、消費者信用等)の状況をみていく。
(i)ユーロ圏
●企業向け貸出の動向
ユーロ圏では、金融機関の貸出態度は依然として厳しい状況が継続している(第1-4-15図(1))。貸出態度に関するDIをみると、08年末から09年初に厳格化した後、緩和を示している。しかし、回答の内訳をみると「緩和した」という回答が増えたのではなく、「変化していない」という回答が増加しており、DIの動きは、厳格化した状況から緩和したというよりも、厳格化したまま変化していない状況にあることが分かる。
一方、金融機関からみた企業の資金需要に関する指数は、09年初から緩やかに上昇しているものの、依然低い水準にとどまっている(第1-4-15図(2))。
実際の貸出をみると、企業向け貸出残高は09年初から減少しており、下げ止まっていない(第1-4-16図)。これらのことから、ユーロ圏全体の貸出状況は貸出態度、借入需要、実際の貸出いずれにおいても厳しい状況にあることが分かる。
ユーロ圏の主要国であるドイツ及びフランスの個別の状況をみてみよう。まず、ドイツについては、金融機関からみた貸出態度をDIでみると、08年末から09年半ばにかけて厳格化したが、09年7〜9月期には緩和傾向を示した。ただし、企業に対する調査を用いて企業の側からみた金融機関の貸出態度をみると、危機後に厳格化した後、緩和することなく横ばいのまま厳しい状況が継続していると回答している企業が多いことから、貸出態度については依然として楽観できないことが分かる(第1-4-17図(1)、第1-4-18図)。一方、資金需要は増加傾向にある(第1-4-17図(2))。企業向け貸出の伸びは09年7〜9月期に前年同期比では1.3%と、依然としてプラスとなっているものの、貸出残高では減少に転じている(第1-4-19図)。ただし、ドイツの企業は内部留保で資金を調達する割合が高く、貸出の増減が企業活動に与える影響は、比較的小さいと考えられる。
フランスでは、07年末から08年半ばにかけて金融機関の貸出態度が厳格化した。08年末からは、貸出態度に関するDIは一見緩和しているようにみえるものの、回答の内訳をみると、ユーロ圏と同様「変わらない」が大多数であり、実際には、厳格化した状況から余り変化がないことが分かる。大企業向けでは「少し緩和した」という回答がわずかに出てきたが、中小企業を中心に厳しい状況にあると考えられる(第1-4-20図)。金融機関からみた企業の資金需要に関する指数は上昇傾向にあり、回答の内訳をみると「幾分増加した」が、大企業、中小企業ともにみられる。一方、企業向け貸出残高は、09年2月以降、減少が継続している(第1-4-21図)。これらのことから、フランスの企業向け貸出状況は、資金需要が下げ止まりつつある一方で、当面厳しい状況が継続することが見込まれる。
また、企業の倒産件数をみると、ドイツが09年4〜6月期に前年同期比12%増、フランスが09年1〜3月期に前年同期比16%増と、ともに大幅に増加している(第1-4-22図)。倒産の増加は、不良債権の増加を招き、銀行が貸出態度を再び厳格化させるなど、実体経済と信用収縮の悪循環の要因となり得るため、その動向に注意する必要がある。
●家計向け貸出の動向
住宅向け、消費者信用等を合わせた家計向け貸出をみると、ドイツでは、家計向け貸出の伸びが07年後半から前年同期比で減少していたが、09年7〜9月期には前年同期比で0.4%増となるまで回復している。ただし、金融機関の家計向け貸出態度は09年に入って厳格化している。一方、フランスでは、2000年代を通じて家計向け貸出は前年同月比で増加していたが、09年初から前年同月比の伸びが大幅に縮小し始め、9月には同2.3%となっている(前掲第1-4-19図、前掲第1-4-21図)。貸出残高は足元でわずかな増加もみられるが、今後、伸びが前年比でマイナスとなる可能性もある。なお、金融機関の家計向け貸出態度に関しては、09年初以降「変わらない」との回答が多い。
家計向け貸出のうち住宅向け貸出をみると、住宅市場の調整の進展を受けて、ユーロ圏では住宅向けの資金需要が増加している一方、金融機関の住宅購入向け貸出態度は、07年末から09年初まで厳格化した後、あまり変化していない。こうした中、住宅向け貸出は09年初にいったん減少したものの、足元ではわずかに増加に転じている(前掲第1-4-15図、前掲第1-4-16図)。ドイツ、フランスにおいても同様に、住宅向けの資金需要は増加傾向である(前掲第1-4-17図、前掲第1-4-20図)。フランスにおいては、2000年代に入り、英国、スペイン、アイルランドほどではないものの住宅バブルが形成され、ピーク時の08年7〜9月期の住宅価格は2000年の約2.1倍となったが、08年10〜12月期には住宅価格の伸びがマイナスに転じ、価格は下落している(第1-4-23図)。他国が07年半ばから住宅調整が始まったのに対し、フランスでは住宅調整が始まったばかりであり、今後住宅市場の調整が進んだ場合、資金需要が減少する可能性があることに留意する必要がある。
(ii)英国
●企業向け貸出の動向
英国では、金融機関による企業向け貸出態度をDIでみると、09年1〜3月期より緩和傾向を示している(第1-4-24図(1))。金融機関からみた民間の資金需要も、07年後半から大企業、中小企業ともに「減少」との回答が「増加」との回答を上回る傾向が続いていたが、09年に入り「減少」の超過幅が縮小し、中小企業は7〜9月期に「増加」超過となった(第1-4-24図(2))。他方、実際の貸出をみると、企業向け貸出は08年10月以降、減少が続いており、厳しい状況にあるといえる(第1-4-25図)。
英国政府は08年10月、金融危機の混乱の中で、金融機関の自己資本比率を高めるため、RBS、ロイズTSB、HBOS(9)に対し合計500億ポンド(約7兆5,000億円)の公的資本注入を行った。その際3行は、今後3年間は企業への貸出につき2007年の水準を維持することに同意したが、08年11月以降、主要行(10)の貸出は減少を続けている(第1-4-26図)。
また、イングランド銀行(BOE)は、信用市場の回復のため、国債や社債等の資産を買い取るプログラム(11)を09年2月から実施しているが、09年秋の時点では、企業向け貸出(前掲第1-4-25図)及び民間非金融部門のM4の伸びは低下している(第1-4-27図)。
このように企業向け貸出をめぐる厳しい状況が続く中、企業の倒産件数は09年4〜6月期に前年同月比で37%増加しており、不良債権の更なる増加が懸念される(前掲第1-4-22図)。
●家計向け貸出の動向
英国では、07年半ばの住宅バブルの崩壊以降、住宅市場の調整が進み、家計向け有担保貸出の資金需要が減少し(前掲第1-4-25図)、住宅ローン承認件数も08年半ばに統計開始以来の最低件数を記録するなど、07〜08年にかけて、家計向け貸出が減少した。しかし、08年末からは資金需要が回復し始め、住宅ローン承認件数が増加している。
ただし、借り手の収入審査を充分に行わず、支払い能力を考慮しないで貸し出すような安易な住宅向け貸出が住宅バブルを招いたとして、英国金融サービス機構(FSA)は09年10月、収入の自己証明による貸出を禁じ、借り手の収入や支払い能力の審査を拡充することなどにより住宅ローン貸出を規制する方針を示した。このため、今後住宅向け貸出が回復しても、以前のような高い伸びとはならない可能性がある。
また、英国では、アメリカと同じく消費者信用が広範にわたって利用されており、リボルビング払いによるクレジットカード・ローンを利用して消費を行う傾向があったが、無担保の家計向け貸出は08年秋以降、前年同月比での伸びが縮小し、09年初からは減少が継続している。一方、金融機関からみた消費者信用向けの資金需要は増加しつつある。このため、金融機関の厳格な貸出態度が、貸出の減少を通じて消費を抑制していることも考えられる。
また、IMF(12)によると、英国の銀行が保有する消費者向け貸出の損失率をユーロ圏の金融機関と比較すると、アメリカの金融機関と同様、高水準となっている(第1-4-28図)。景気後退が長引いて、損失が拡大した場合、更に信用収縮が強まるおそれがあることに留意する必要がある。
(iii)今後のリスク
以上みてきたように、ユーロ圏、英国ともに信用収縮は依然として厳しい状況にあり、金融機関の厳しい貸出態度が継続すると、回復の足かせとなる可能性が高い。今後、更に状況を悪化させるリスクとしては、以下の2点が挙げられる。
第一に、不良債権処理が遅れた場合、更なる信用収縮が起きるというリスクである。金融危機により、ヨーロッパ各国の金融機関は多大な不良債権を抱えており、その処理は進んでいない。また、スウェーデンやオーストリアなど中東欧の金融機関への貸出が大きい金融機関が存在する国々では、中東欧経済の悪化が長期化した場合、不良債権額が増加するおそれがある。さらには、スウェーデンやオーストリアの金融機関への貸出が多いフランス、英国、イタリア等の金融機関は、連鎖的に影響を受けるおそれがあることにも留意する必要がある。
第二に、G20で合意された自己資本比率規制の強化等の金融規制が早期に実施された場合、金融機関の増資状況によっては、更なる信用収縮が起きるというリスクである。再び金融危機が起こることのないよう、景気回復のタイミングに合わせ自己資本比率の規制を強化することが国際的な合意となっているが、各金融機関において自己資本比率を上昇させるための増資が困難となった場合、これらの金融機関は貸出を抑制する可能性がある。その意味でも、規制強化のタイミングが非常に重要であり、拙速に規制を強化した場合、信用収縮が深刻化するリスクがあることにも留意する必要がある。