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第1章 世界経済の回復の持続性

第4節 ヨーロッパ経済

1.概況

●最悪期は脱したヨーロッパ経済
   ヨーロッパの景気は、2007年秋頃から後退局面にあったが、最近では金融市場の緊張は緩和してきており、在庫調整の進展や自動車買換え支援策等の政策効果もあり、一部の国で下げ止まりもみられ、最悪期は脱したとみられる。
   2009年1〜3月期まではどの国も総じて大幅に減少していた実質経済成長率は、同年4〜6月期には国ごとの経済情勢の違いが目立つようになった。これは政策効果によるところが大きいと考えられるが、産業構造や労働市場等の構造的な違いも影響していると考えられる(第1-4-1図)。

●政策効果により下げ止まるドイツ、フランス
   ドイツでは、09年4〜6月期の実質経済成長率は、前期比年率1.3%となり過去最悪であった1〜3月期の同▲13.4%から大幅に改善しプラスに転じた。フランスも4〜6月期には同1.1%と1〜3月期の同▲5.4%から大幅に改善しプラスに転じた。その後、7〜9月期にはドイツは前期比年率2.9%、フランスは同1.1%と更に持ち直している(第1-4-2図)。
   4〜6月期及び7〜9月期の成長率を需要項目別にみると、4〜6月期にはドイツ、フランスとも個人消費の伸びが最大のプラス要因であった。このほか、政府消費や建設・公共投資の伸びにも支えられている。外需もプラス寄与となっているが、輸出の減少より、弱い内需を背景とする輸入の減少が大きかったためである(前掲第1-4-2図)。7〜9月期には、ドイツの個人消費は前期比マイナスとなったが、在庫調整の進展から在庫投資(誤差含む)がプラスに転じ、また固定投資の伸びにも支えられている。また、フランスでは外需と政府消費に支えられた成長となった。
   ここで、09年4〜6月期に経済成長率を押し上げた個人消費の寄与をみると、ドイツ、フランスともに自動車買換え支援策による押上げ効果が現れていると考えられる(ただし、ドイツの個人消費は7〜9月期には前期比マイナスとなっている)。また、ヨーロッパでは、日本やアメリカよりも相対的に手厚い失業給付(2)等によって所得の減少が補われるなど財政のビルト・イン・スタビライザー機能が大きいことに加え、ドイツの操業短縮手当(3)等の施策により雇用が維持されていることも消費の下支えとなったとみられる。政府消費や建設・公共投資についても、両国ともに景気刺激策による効果が現れている。仮にこれらの政策効果が存在しなければ、国内最終需要は引き続き減少していたと考えられる(第1-4-3図)。
   生産や輸出の動向をみても、リーマン・ブラザーズ破たんの後に落ち込みの著しかった自動車関連部門は、自動車買換え支援策の効果もあり、他の業種に比べ回復のスピードも早い。ただし、生産、輸出ともにその水準は前年同期よりも低く、依然としてリーマン・ブラザーズ破たん前の8割程度にとどまっている(第1-4-4図第1-4-5図)。

●低迷が続くイタリア、スペイン
   イタリア、スペインでは、ドイツ、フランスよりも更に長期にわたり景気の低迷が続いている。09年4〜6月期の実質経済成長率は、プラス成長に転じたドイツ、フランスとは対照的に、イタリアが前期比年率▲1.9%、スペインが同▲4.2%とマイナスにとどまった。7〜9月期にはイタリアは同2.4%とプラス成長に転じたが、スペインは同▲1.3%と6四半期連続でマイナス成長となった(第1-4-6図)。
   低迷が続くこれらの国は、金融危機以前から高い労働コスト等により価格競争力に乏しい産業が多いこと(例えばイタリアの繊維、軽工業品等の伝統産業は、競合する新興国よりも価格競争力が低い)、また、労働市場が柔軟性に欠け労働力の配分が非効率であることなどの構造的な問題を抱えていた。実際に、2000年代のイタリア、スペインの時間当たり労働生産性上昇率は、ユーロ圏や他の主要先進国と比べて低水準にとどまっている(第1-4-7図)。
   また、景気の低迷は、ユーロ導入に伴うECBによる単一金融政策とも無関係ではないと考えられる。99年の通貨ユーロ導入によって域内貿易における為替変動によるリスク軽減といったメリットはあったものの、他方で、各国の経済情勢の違いに起因する以下のような問題を惹起したと考えられる。第一に、輸出の価格競争力という観点からみれば、イタリア、スペインにとっては、実質実効レートでみた通貨ユーロの水準がドイツ等よりも高くなっていたことである。これは、イタリアやスペインの物価上昇率が高かったことに加え、中東欧等の新興国通貨がユーロに対して増価基調にあったため、輸出に占める新興国のウェイトが相対的に低いイタリア、スペインにとっては、実質実効レートが押し上げられる結果となったことが影響している(第1-4-8図)。第二に、スペインでは自国のインフレ率やGDPギャップ等からみて適切と考えられる金利水準に比べて、ECBによる単一の金利水準が緩和的過ぎた可能性があり、金融面から住宅バブルが起きやすい土壌が形成されていたと考えられる。このため、スペインは住宅バブル崩壊の余波に苦しむことになった(第1-4-9図)。
   また、GDP比で105.8%(08年)と多額の政府債務残高を抱えるイタリアでは、財政の持続可能性への懸念から国債の対ドイツ国債利回りスプレッドが拡大しており、裁量的な財政刺激策によって景気を下支えする余地が限られている。
   住宅バブルが崩壊したスペインでは、住宅投資の減少に加えて、雇用・所得環境の著しい悪化から個人消費の低迷が続いている。また、近年大量の移民労働者を受け入れてきた(4)が、住宅バブル崩壊後は建設業を中心に大幅な雇用削減が行われ、失業率は08年4月以降EUで最も高く、足元(09年9月)では19.3%となっている(第1-4-10図)。
   イタリア、スペイン両国においても自動車買換え支援策を打ち出している。イタリアでは09年2月から自動車買換え支援策を実施しているが、既に07年、08年にも自動車買換え支援策を実施したことがある。特に、07年には過去最高の自動車登録台数を記録したこともあり、今般の買換え支援策の効果が限定されていると考えられる。
   スペインでも09年6月から自動車買換え支援策を実施しており、自動車登録台数の伸びは08年末から09年初の最悪期からは持ち直しているものの、予算規模が相対的に小さい(例:ドイツ:50億ユーロ、スペイン:1億ユーロ(5)ことや、雇用環境の悪化が著しいこともあり、ドイツ等と比べると伸びはやや限定的となっている(第1-4-11図)。

●回復への動きが鈍い英国
   英国では、09年7〜9月期の実質経済成長率は前期比年率▲1.2%となり、6四半期連続で経済の縮小が続いている(第1-4-12図)。英国の経済成長率の回復がドイツ、フランスに比べ鈍いのは、経済に占める金融セクターの割合が高く(関連産業を含めれば32%(07年))、金融危機の影響が大きかったことに加え、英国では自動車買換え支援策の導入が09年5月18日からと、ドイツ(09年1月〜)、フランス(08年12月〜)より遅れて始まったことが影響していると考えられる(第1-4-13図)。なお、減税や公共投資を始めとする景気刺激策(GDP比1.5%)は、経済成長の押上げに寄与したとみられる。
   09年7〜9月期の成長率を産業別にみると、サービス業では金融関連産業の減少幅が縮小する一方で、宿泊・飲食業の減少幅が拡大している(6)。また、鉱工業部門については、各国の政策効果によって輸出向けの生産が伸びていること、ポンド安傾向が続いていることなど一定の下支えはあったとみられるが、7〜9月期は前期比で減少となり、このうち製造業もやや減少している。

●各国とも平たんではない景気回復への道のり
   このように、欧州各国の景気の現状にはばらつきがあるが、企業や消費者の景況感指数は、金融市場の落ち着きや各国の景気刺激策、特に自動車買換え支援策による回復への期待の高まりなどから総じて改善傾向にある。しかし、実際の生産や小売等の統計をみると、全体として09年7〜9月期には下げ止まりつつあるものの、景況感ほどの力強さはない。しかも、これらは自動車買換え支援策や公共投資といった政策が終了すれば失速するおそれがある。緊急避難的な経済政策からの出口戦略の必要性が指摘される中、こうした財政支出による景気の下支えはいずれなくなるとみられること(詳細は第2章で後述)、景気に遅行して雇用情勢の悪化が今後も続くとみられることから、今後景気が自律的な回復に至るか否かは極めて不透明である(7)第1-4-14図

●政策効果と回復の持続性
   以上のように、ヨーロッパ経済の先行きは、基調としては緩やかな持ち直しに向かうと見込まれる。とはいえ、信用収縮の深刻化、雇用情勢の悪化、政策効果のはく落とその反動による下押し圧力が予想以上に大きなものとなれば、景気は低迷を続けることとなり、最近の経済指標にみられる明るい兆しは偽りの夜明け(False Dawn)ともなりかねない。
   こうした先行きをめぐるリスクとしては、(1)金融危機と実体経済悪化の悪循環(信用収縮の動向)、(2)今後本格化する雇用情勢の悪化、(3)個人消費の先行きに対する懸念、(4)輸出の失速の可能性といった点が挙げられる。以下で順にみていく。


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