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第1章 世界経済の回復の持続性

第3節 アメリカ経済

5.個人消費の回復の可能性

   アメリカの個人消費はアメリカのGDPの約70%、世界全体のGDPの約17%を占めており、過去においては世界同時不況からの脱却をけん引するなど、アメリカ及び世界経済に大きな影響を与えてきた (21)。以下では、今次景気後退局面におけるアメリカの個人消費の動向とそれを取り巻く環境についてみていく。

(1)個人消費の動向

   個人消費は、07年末以降の食料・エネルギー価格上昇により、実質可処分所得が伸び悩んだことから減速し始めた。その後、個人に対する所得減税(戻し減税、後述)の効果により08年前半は一時的に押し上げられたが、6月以降は効果がはく落し、金融危機が発生した08年7〜9月期及び10〜12月期には前期比年率3%以上の大幅減を記録した。
   09年に入ると減少のペースは緩やかになり、09年半ば以降は政策効果による下支えもあり持ち直しの動きがみられる。7〜9月期の個人消費は2四半期ぶりにプラスに転じ、前期比年率2.9%増となった。足元の動きをみると、8月に自動車買換え支援策等の特殊要因が加わり前月比1.0%増と押し上げられた後、9月は自動車販売の反動減から同0.7%の減少となった。10月には自動車が持ち直したことに加えて非耐久財消費やサービス消費も増加したことから、同0.4%増と再び増加に転じた。しかしながら、雇用環境の悪化に伴う所得環境の悪化や信用収縮等、消費を取り巻く環境は厳しい状況が続いており、政策効果を除くと個人消費の基調は依然として弱い。今後、自律的な回復へと移行できるかどうかは不透明である。
   個人消費を耐久財(個人消費全体の約13%)、非耐久財(同22%)、サービス(同65%)別にみると、支出割合が高いのは、サービスのうち住居費・公共料金(同18%)やヘルスケア(同16%)、金融・保健サービス(同8%)、非耐久財のうち食品・飲料(同8%)等である(第1-3-57図)。消費の動向を長期的にみると、2000年から07年までに個人消費全体及び非耐久財は約25%、サービスは約20%の増加であったのに対し、耐久財の増加は約50%に達した(第1-3-58図)。また、耐久財の中では自動車・同部品が約8%(22)、家具・住宅設備が約50%の増加である一方で、電子機器やスポーツ用品等の娯楽品は約140%増加しており、自動車・同部品や家具・住宅設備等が伸び悩む中、07年末頃まで娯楽品が耐久財消費を下支えしたことがうかがえる。
   また、家計が現在直面しているバランスシート調整の原因として、貯蓄を減少させると同時に債務を拡大して消費に充ててきた「過剰消費」の問題がある。こうした背景には、住宅資産を担保としたホーム・エクイティ・ローンやキャッシュアウト・リファイナンスが容易になったことで、サブプライム層も含めて耐久財を中心とする消費を増加させたことがあったと考えられる(23)。07年10〜12月期以降の消費の落ち込みをみると、非耐久財が約3%減少、サービスがほぼ横ばいとなっているのに対して、耐久財は約12%減少している。これは景気後退の中で上記のような消費スタイルが困難になり、自動車を中心に不要不急の耐久財消費が急速に冷え込んだためであると考えられる。

(2)所得の動向

   07年末以降の消費減少の要因の一つとして、雇用環境の悪化によって所得が伸び悩んでいることが挙げられる。
   個人所得は、雇用者報酬、移転所得、資産収入、経営者収入等で構成されるが、このうち全体の約65%を占める雇用者報酬は、08年10〜12月期、09年1〜3月期と2四半期連続で減少し、この間の減少幅は年率で約13%となった。4〜6月期以降は前期比では小幅な増加に転じているものの、前年比では減少が続いており、08年秋の金融危機発生前と比較すると依然として低い水準にある。こうした背景には、雇用者数や労働時間の減少、時間当たり賃金の伸びの低下が続いていることがある。このうち、雇用者報酬を最も下押ししているのは雇用者数の減少であり、08年半ばまで5%台であった失業率は09年10月には10.2%まで上昇した(第1-3-59図)。さらに、今後の景気回復が「ジョブレス・リカバリー」となる可能性もあり、雇用状況の改善には相当の期間を要すると見込まれるため、雇用者報酬の下押し圧力はしばらく継続すると考えられる。現在は景気刺激策による一時給付金や所得税減税等の移転所得によって、雇用者報酬等の減少をカバーしている状況であるが、持続的な所得の安定・上昇には雇用環境の改善が必要不可欠となる(前掲第1-3-6図)。
   こうした雇用環境の悪化や所得の減少は、消費者マインドにも反映されている(第1-3-60図)。09年以降は改善がみられるものの、現在の雇用状況や将来の収入に対する悲観的な見方がマインドを下押ししており、依然として消費に対する姿勢を慎重なものにしている。
   このほか、所得からみた消費への下押しリスク要因としては、原油価格の上昇を受けたガソリンや暖房油(ヒーティング・オイル)価格等の上昇によって、実質可処分所得が押し下げられていることが考えられる。08年7月には1ガロン(約3.8リットル)あたり4ドルを超えていたガソリン価格は、年末にかけて約1.6ドルまで急落し、その後、原油価格の上昇に伴って09年10月には2.5ドルまで戻っている。08年と比較すれば低位で安定しているものの、家計や雇用の状況は08年より悪化しており、今後更に原油価格が上昇した場合には家計を圧迫し、個人消費の回復が遅れる可能性がある。

(3)信用収縮の影響

   アメリカでは消費者信用が広範に利用されており、特に2000年代以降はクレジットカード・ローン(24)やホーム・エクイティ・ローン等の利用増加が個人消費の増加を後押しした。しかし、消費者信用残高は08年7月をピークに減少に転じ、09年に入ると減少幅は拡大傾向にある(前掲第1-3-25図)。こうした消費者信用市場の調整の背景としては、家計が借入れによる消費を抑制し、債務の返済を行っていることに加えて、ローンを提供してきた金融機関が、債務不履行への懸念や自らのバランスシート調整の必要性から貸出態度を厳格化させていることが考えられる(第1-3-61図)。
   アメリカで最も一般的な無担保ローンであるクレジットカード・ローンについては、金利の引上げや限度額の引下げが実施されており、一部ではカード口座の閉鎖も行われた。FICO社によると、08年10月から09年4月までの間に金融機関によってクレジットカードの限度額を引き下げられた2,400万人について調査したところ、平均引下げ額は引き下げられた人々の平均リボルビング限度額の14%に相当する5,100ドルであった。また、クレジットカードの延滞率をみると、08年後半より上昇傾向が顕著となっていたが、金融機関によるリスク管理や、消費者が所得減税や一時給付金を債務返済に振り向けたとみられることなどから、09年3月頃から低下に転じていた(第1-3-62図)。しかしながら、足元では再び上昇に転じつつあり、失業率の上昇とともに今後債務不履行が増加する懸念もあることから、金融機関は引き続き厳格な貸出態度を保持している(第1-3-63図)。
   また、ホーム・エクイティ・ローンは住宅資産の値上がり分を担保としたローンであり、一般的にクレジットカード・ローンやその他の消費者ローンより低金利で借りられることや、支払利子が所得控除となるなど借入れコストが低いことから、2000年代にサブプライム層にも広がっていった。しかし、住宅価格が下落に転じると、担保価値の低下によって消費者が借入れを抑制せざるを得なくなるとともに、金融機関が貸出態度を厳格化し、融資の打ち切りや減額、新規融資の絞込みを実施するようになった。ホーム・エクイティ・ローンによって借り入れられた資金の一部は耐久消費財を中心とする財の購入や住宅の改築等に充てられていたため、こうした措置は直接的に個人消費の押下げにつながることとなった(25)
   消費者信用を利用して消費を拡大してきたアメリカの家計にとって、信用収縮が消費の減少に与える影響は大きい。しかしながら、金融機関の多くは厳格な貸出態度を10年後半または11年までは継続し、その後も過去の長期的な水準よりも厳格な状態が続くとみていることから、従来型の借入れによる消費拡大スタイルに早期に回帰する可能性は低いと考えられる(第1-3-64図)。

(4)所得減税及び自動車買換え支援策の効果

(i)所得減税政策の効果
   09年2月に成立したアメリカ再生・再投資法には、個人を対象とした政策として、所得減税や年金受給者等への1人当たり250ドルの一時給付金等が盛り込まれている。こうした措置により、3月以降、個人の税負担額が減少するとともに5月には一時給付金によって移転所得が増加し、雇用者報酬やその他の所得が伸び悩む中で可処分所得が下支えされている(前掲第1-3-6図)。このうち、09〜10年度に総額1,160億ドルが充てられる所得税減税は、勤労者世帯の95%、約1億1,000万世帯以上を対象とし、1年につき勤労者1人当たり最大400ドル(夫婦で800ドル)、09年度には毎月65ドル(約6,000円)以上が減額または還付される仕組みとなっている(26)。上述の一時給付金が単月(5月)の所得を一時的に押し上げたのに対し、減税措置は分割して控除されることから、10年度末までの1年半にわたり、毎月一定額ずつ所得を押し上げる継続的な効果を持つこととなる。09年度は家計の所得全体が毎月約40億ドル(名目所得比約0.3%)ずつ押し上げられた。
   こうした措置は、所得環境が悪化している中で所得の減少を補てんし、可処分所得の減少を抑える役割を果たしている。ただし、家計のバランスシート調整圧力が継続していることから、減税や一時給付金の実施と同時に貯蓄率が上昇しており、消費に回った分は限定的とみられる。また、今回の減税措置は2010年度も継続されるが、1か月当たりの減税額は約33ドルに減額され、10年度末には減税自体が終了することとなっている。これは、家計にとってはその時点における実質的な増税を意味するため、消費への影響を注視していく必要がある。
   なお、08年春に実施された戻し減税(27)の主な使途についてNBERの調査結果をみると、消費と回答した人々の割合は20%、債務の返済は52%、貯蓄は28%となっている(28)。また、最終的に減税額の約3分の1が消費に回ったことが報告されている(第1-3-65図)。還付金を受け取ってから消費するまでの期間については、36%が数週間以内、50%が1〜3か月以内となっており、消費への下支え効果は数か月にわたって現れたとみられる。この措置が、個人に対して減税額(1人当たり600ドル、夫婦で1,200ドル、子供1人当たり300ドル)を一括して還付する方式であったのに対し、09〜10年度における減税措置は、10年度末まで毎月分割して減税が実施される。そのため、期限付きではあるが、家計が減税額を恒常的な月々の所得の一部とみなせば、一括還付方式よりも多くの割合が消費に回されるのではないかとの見方もある。

(ii)自動車買換え支援策の効果
   アメリカはこれまで世界最大の自動車市場を誇り、自動車は個人消費の支えの一つでもあった。2000年代前半の年間新車販売台数は1,600万台を超え、個人消費の約5%を占めるに至ったが、07年後半以降の景気後退と共に低迷し、09年7〜9月期には4%以下まで低下している。09年前半には販売不振から経営難に陥っていたGMとクライスラーが連邦破産法第11条の適用を申請するなど、アメリカの代表的な製造業とされる自動車産業は不振を極めた。
   こうした状況を受け、消費喚起と自動車業界へのてこ入れを目的として、09年7〜8月にかけて新旧車両の燃費の改善幅や車種に応じて3,500ドル(約32万円)または4,500ドル(約41万円)の購入補助を行う自動車買換え支援策が実施された。当初の予算規模は10億ドルで、期間は11月1日まで、または予算が枯渇するまでとされていたが、8月初旬にも予算が底をつくことが懸念されたため、8月6日に20億ドル増額し、合計30億ドルとなった。その後も申請が殺到して予算が尽きる見込みとなったため、8月25日をもって支援策は終了した。交通省によると、支援策の対象となったのは約67.7万台、補助額は28.5億ドルであった。支援策の効果により、7、8月の自動車販売台数は急増し、8月には08年5月以来となる年率1,400万台を回復した(前掲第1-3-10図)。
   なお、支援策に基づいて廃車とされた自動車の上位10車種は全て米国製のピックアップトラックやスポーツ多目的車(SUV)、バン等の大型車であった(第1-3-66表)。一方、購入された新車は、小型・中型の日本車や、ウォン安を背景とした韓国車が上位にランクインし、より低燃費・低価格の自動車を求める傾向がみられた。こうした結果、支援策の対象となった自動車の燃費は、従来の1ガロン当たり15.8マイルから24.9マイルへと58%改善されている。
   実際の消費への効果とその後の動向をみると、8月の小売売上や個人消費が自動車・同部品の寄与によって大きく押し上げられた一方で、その反動減が9月に現れており、自動車販売は年率918万台と、今回の景気後退局面においては2月に次ぐ低水準となった。一方、9月の個人消費は前月比0.7%減と5か月ぶりの減少となったが、自動車・同部品の減少によって約1.1%下押しされたものの、非耐久財やサービスでは広範囲にわたり底堅い動きがみられたことから、全体の減少幅は小幅にとどまった。この結果、7〜9月期の個人消費は2.9%増と、07年1〜3月期の3.7%以来10四半期ぶりの高い伸びとなり、実質GDP成長率に対する寄与度は2.1%、うち自動車・同部品による寄与度は0.8%となった。
   支援策によって一時的に押し上げられた自動車販売は、今後、持続的な回復を示すのであろうか。9月の政策効果はく落による反動減は当初より予想されていたが、さらに将来にわたる新車需要の先食いをしたことの影響が出てくるのではないかとの見方も根強く存在する。しかしながら、政策効果の影響を除いた実際の需要の強さを試されることとなった10月の自動車販売は、自動車メーカーが販売増や旧モデルの在庫削減を図るために大幅な値引きや金利ゼロキャンペーン、無料メンテナンスサービス等のインセンティブを強化したことや、新しい10年モデルが投入されたことで年率1,043万台と持ち直し、支援策が実施された7、8月を除くと08年10月以来の高水準となった。なお、年間新車販売台数は85年以降同1,300〜1,800万台程度で推移しており、景気後退に転じて以降、抑制されていた需要が景気の持ち直しとともに顕在化した面もあるとみられる。
   また、廃車用の自動車は製造から25年未満との比較的緩い条件であったため、CEAによると、通常よりかなり年数が経過したものも廃車に出されたとされる(29)。こうした自動車の保有者は、支援策が実施されなければ中古車を買ったであろう人々であり、これらの人々が相当程度の割合を占めたことから、支援策による販売の増加は、必ずしも需要の先食いになるとは限らないと指摘されている。
   他方、消費者が他の消費を抑制して自動車購入に向かうため、消費全体としては増加しないのではないかとの見方もある。09年7〜9月期までの自動車・同部品を除く個人消費に目立った減少はないが、自動車ローンの返済が開始される中で徐々に影響が出る可能性はある。また、8月の消費者信用残高をみると、自動車ローンを含む非回転信用の前月差が3か月ぶりに増加に転じる一方で、クレジットカード・ローンを含む回転信用の前月差は減少幅が大幅に拡大している(前掲第1-3-25図)。このため、8月については、ローンによる他の消費を減少させてその分を自動車購入にシフトさせた可能性もある。
   なお、今後のアメリカの自動車販売は、経済状況の改善とともに緩やかな回復が見込まれており、自動車会社の見通しでは10〜12月期は年率950〜1,000万台程度、09年全体では同1,000万台超程度、10年は同1,100〜1,200万台程度と予想されている。ただ、目先については、7〜9月期に押し上げられた個人消費の勢いは自動車買換え支援策の効果がはく落する10〜12月期には減速するとみられており、年末に向けた自動車販売の動向を注視する必要がある。

(5)貯蓄率の動向

   貯蓄率は、10%を超えていた80年代半ば頃から徐々に低下を続け、90年代終わりには2%台半ばとなった(第1-3-67図)。その後02〜04年にかけて3%台半ばから4%程度まで上昇したが、05〜08年初めにかけては平均1%台後半と過去最低水準まで低下し、08年4月には0.8%を記録した。その後は景気後退の進展や金融危機の発生により消費が減少するとともに、先行き不安の増大や債務返済の必要性から、減税措置の多くが貯蓄に回ったとみられ、貯蓄率は急激に上昇して09年5月には6.4%に達した。7月以降は可処分所得が頭打ちとなる中で、自動車買換え支援策等の効果により消費が増加したことから、貯蓄率は低下傾向にあったが、9月には消費の反動減によって4%台半ばまで再び上昇している。
   2000年代の貯蓄率低下の背景としては、家計が金融・実物資産と、住宅価格上昇等を利用した債務との双方を拡大させていたことが挙げられる(第1-3-68図)。特に02年以降は、住宅市場が過熱する中で住宅ローン債務が増大したことから、家計の債務残高比率はトレンドを大きく上回って上昇した(第1-3-69図)。しかしながら、資産も増大したため、家計の債務負担感は大きくなく、貯蓄の必要性が認識されなくなり、所得のほとんどが消費へ回ることとなった。つまり、所得との関係では過剰であった消費や債務の拡大とそれに伴う貯蓄率の低下は、資産価格が上昇し続けることを前提としていた。
しかしながら、資産価格、特に今回は住宅価格がピークから30%以上の大幅な下落を記録したことで、家計の金融及び実物資産は大きく目減りすることとなった。その一方で、債務の削減は小幅にとどまったことから純資産は大きく減少した。一般的に景気後退期においては、可処分所得の減少や先行き不安等から消費が減少し、家計の貯蓄率は上昇する傾向にある。しかし、今回はバランスシート調整の必要性から急激な消費抑制と債務返済が行われることとなった結果、貯蓄率の急上昇につながっている。家計の金融資産及び負債の変動をみると、資産と債務双方を拡大していた家計が08年頃より住宅ローンや消費者ローン等、債務の返済に転じたことが分かる(第1-3-70図
   それでは、今後の貯蓄率はどのように推移すると考えられるか。各国における過去の景気循環に関するIMFの分析では、通常の景気後退と比較した場合、金融危機による景気後退においては直前の拡大期に家計貯蓄率の著しい低下がみられるとともに、金融危機発生後には景気後退期間を中心として少なくとも2年間にわたる大幅な上昇が確認できる(30)。こうした貯蓄率の上昇は、家計が過剰に拡大したバランスシートを調整する必要から起きた現象である。現在、アメリカにおいては、家計の債務残高は従来のトレンドからみても依然として過大であることに加え、住宅差押え率や消費者ローン延滞率も上昇している。このため、上記の分析に基づいてみると、引き続きバランスシート調整を行う必要があることから、今後貯蓄率は上昇すると考えられる。
   他方、OECDの分析においては、こうしたバランスシートの調整について純資産のポジション回復を図るという点からみた場合、長期的な消費の純資産に対する弾力性との関係から、アメリカの貯蓄率は07年半ば頃の水準から3%ポイント程度上昇して高止まりすると指摘されている(31)。現状に当てはめると、1%台まで落ち込んだ貯蓄率は現在4%前後まで上昇しているため、今後この水準が維持されることを示唆している。さらに、債務や純資産の可処分所得比を長期的なトレンドまで引き下げるという観点からは、貯蓄率は今後10年程度の間に6〜10%まで上昇する必要があるとの指摘もある(32)。ただし、これまでに急拡大した家計債務の大部分は返済期間が長期にわたる住宅ローンであることを踏まえると、喫緊のバランスシート調整が終了すれば、残りの調整は所得に見合う消費と緩やかな貯蓄率の上昇によって行われる可能性もある。他方、09年4〜6月期には株価上昇による金融資産の増加によって家計の純資産残高が7四半期ぶりに上昇しており、こうした景気回復に伴う資産の増加が家計のバランスシート調整の促進に寄与し、調整スピードを早めることも考えられる。

(6)個人消費の回復の可能性

   以上みてきたように、雇用の悪化や信用収縮の継続、家計のバランスシート調整等、個人消費を取り巻く環境は依然として厳しい状況が続いている。7〜9月期には自動車買換え支援策の効果に加え、非耐久財やサービスの消費も増加し、消費が幅広く持ち直しに向かっていることが示唆されたが、10〜12月期は支援策の効果がはく落し、耐久財は個人消費の押下げ要因に転じるとみられる。また、クリスマスシーズンの小売売上の動向が注目されるが、厳しい雇用情勢が続くことから09年のクリスマスセールは前年比横ばいから1%程度の減少に落ち着くと見込まれている。こうした状況を踏まえると、10〜12月期の個人消費は7〜9月期から減速する可能性が高い。
   7〜9月期に実質経済成長率が増加に転じたことにより、アメリカは既に景気の谷を迎えた可能性があるものの、政策効果を除くと個人消費の基調は依然として弱く、消費者マインドは雇用環境が改善するまでは慎重な姿勢を保持すると考えられる。個人消費の自律的、持続的回復は、10年以降の雇用環境の回復と、それに伴う所得増加を待つこととなり、それまでは個人消費の回復は過去の景気回復期に比べ相当程度緩やかなものになると見込まれる。

コラム1-6:アメリカの消費スタイルの変化

   今回の景気後退は、アメリカの家計行動に大きな変化を迫っている。住宅価格が上昇し続けることを前提とした債務の増大によって支えられてきた消費スタイルが破たんし、家計は、債務の削減と所得に見合う消費を行う必要性に直面することとなった。加えて、雇用環境の悪化に伴う所得減少や、消費者ローンの貸出態度厳格化による借入れ困難等によって、家計を取り巻く環境は急激に厳しくなっている。こうした状況の下で、アメリカの消費スタイルにはどのような変化がみられるのだろうか。
   アメリカの家計においては、景気悪化が鮮明となってきた08年頃から、徐々に消費性向が低下し、景気刺激策として実施された減税等についても、大部分が貯蓄に回ることとなった。08年7〜9月期以降の個人消費の急減とその後の低迷は、家計の消費抑制姿勢を示しており、消費者は不要不急品の購入を控えるなど消費量自体を抑制するとともに、価格を重視する傾向が強くなっている。
   小売売上高統計をみると、高級ファッションや雑貨等を扱う百貨店が08年以降低迷する一方で、郊外の大規模ショッピングセンターや量販店等は低価格帯の商品や大幅な割引によって、個人消費の落込みが顕著となった後も売上の伸びを維持してきた(図1)。
   また、アメリカでは9月の学校の始業(バック・トゥー・スクール:Back-to-School)に向けて、7、8月に学用品や衣料品を購入するなどの準備が一斉に行われるが、この時期の消費者行動を対象とした調査には、景気悪化を反映した消費抑制傾向がよく 現れている(図2)。
   一方、偶然手に入った余剰資金の使い道を尋ねる調査では、消費に回すとの回答はごく少数である一方で、貯蓄や債務の返済に充てるとの回答が大半である(図3)。こうした傾向は、富裕層や若年専門職層といった所得に比較的余裕があると思われる層にも同様にみられる。
   現在アメリカでは、「貯蓄率((可処分所得−消費)÷可処分所得)」が上昇傾向にあるが、こうした回答からは、家計が「金融機関への預入れ」という意味での「貯蓄」のみならず、節約した資金を債務返済に充てることによってバランスシートの調整を優先的に行っている様子がうかがえる。
   さらに、所得階層別の消費・貯蓄傾向をみると、特に高い所得の階層になるほど、より多くの貯蓄をしたいと考える傾向が顕著であり、所得に余裕がある層ほど消費の引締めを図ろうとしていることが分かる(図4
   こうした状況の中、アメリカは09年のクリスマスシーズン()を迎える。全米小売業協会(NRF)の調査では、「経済情勢がクリスマスシーズンの支出計画に影響する」と回答したのは全体の6割以上に上り、うち8割以上が「支出を減らす」とするなど、節約志向が高まっている(図5)。こうしたことからNRFは、今年のクリスマスシーズンの売上は前年比1%減の4,376億ドル、一人当たり平均支出予定額は前年比3.2%減の682.74ドルと、同7.6%減の08年に続き減少すると予測している(図6)。



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