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第1章 世界経済の回復の持続性

第3節 アメリカ経済

2.景気刺激策の効果と今後の見通し

(1) 景気刺激策の概要と進ちょく状況

   アメリカでは、09年2月に成立したアメリカ再生・再投資法に基づき、過去最大規模の景気刺激策(総額7,872億ドル、GDP比5.5%)が実施されている。このうち、09年度(09年9月まで)の歳出額は1,945億ドルとなり、当初の支出予定額を上回る進ちょくとなっている。アメリカ議会予算局(CBO)の推計によれば、今回の景気刺激策のうち、10年度は3,994億ドル、11年度には1,344億ドルが支出される見込みであり、10年度では総額の2分の1が執行される予定である(第1-3-4図)。
   大統領経済諮問委員会(CEA)がまとめた項目別の支出状況をみると、09年度には個人向け移転支出(541億ドル)、州財政支援(438億ドル)、所得税減税(318億ドル)が先行して実施されている(第1-3-5表)。また、総額の約3分の1を占める政府投資については、10年度にその支出が本格化すると見込まれており、足元で支出額が急速に伸びている。

(2)景気刺激策の効果

●各措置の効果
(i)減税措置及び個人向け移転支出の効果
   景気刺激策のうち減税措置については、勤労者向け減税(単身世帯400ドル、夫婦世帯800ドル)、住宅ローン減税(新規購入者に対し最大8,000ドル)を実施しているほか、新規設備投資を支援するための企業減税などが実施されている。09年度の減税額は総額で706億ドル(GDP比0.5%)となり、このうち所得税減税が318億ドル、AMT減税が134億ドル、企業向け減税が254億ドルとなっている。一方、個人向け移転支出としては、年金受給者向けの一時金給付(受給者一人当たり250ドル)のほか、失業給付の期間延長及び給付増額(1週間当たり25ドル増)、フードスタンプの増額(平均支給月額約250ドルから約300ドルへ)等が実施されており、09年度の総額は541億ドル(GDP比0.4%)となっている。
   減税措置及び個人向け移転支出は、景気後退を受けて所得環境が悪化する中、消費の急激な悪化を一定程度抑制する効果があったと考えられる。可処分所得(前年比)の動きをみると、08年半ば以降増加幅の縮小が続き09年5月にはマイナスに転じたが、減税及び移転所得の寄与拡大が雇用者報酬の減少の影響を相殺した結果、7月以降は再びプラスに転じている(第1-3-6図)。また、実質個人消費の動きをみると、非耐久財消費及びサービス消費は08年後半に大幅な減少が続いたが、09年に入るとほぼ横ばいで推移している(第1-3-7図)。この背景には、減税措置及び移転所得による可処分所得の下支えがあったと考えられ、これらの措置がなければ可処分所得は大幅に減少していた。
   他方、住宅減税については、内国歳入庁(IRS:Internal Revenue Services)の発表(1)によれば、制度の利用者が140万人に達しており、MBS(2)買取措置による住宅ローン金利の低下の動きもあいまって、住宅需要を喚起する効果があったものと考えられる。さらに、供給側への影響として、本措置の導入が住宅関連事業における雇用の増加をもたらした側面もある。09年11月5日には、住宅減税の期間延長(09年11月末から10年4月末まで)と拡充措置(従来の新規購入者に対する最大8,000ドルの減税に加え、5年以上の住宅保有者が住み替えを行う場合に最大6,500ドルを減税)が決定されており、住宅需要の更なる押上げ効果が期待される。
   ただし、勤労者向け減税は、10年度からは1か月当たりの減税額が減少(09年度の65ドル程度から10年度は33ドル程度)することから、消費の下支え効果が弱まる可能性がある。また、住宅減税については、10年4月末の措置終了後にはその反動が生じるものと予想される。

(ii)州財政支援の効果
   09年度の州財政支援関連支出額は、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)への補助、州財政安定化基金(主に教育関連)への支出等を中心に438億ドル(GDP比0.3%)となっている。
   州・地方政府(3)では、今回の景気後退を受けて財政状況が著しく悪化しており、予算均衡を維持するために歳出削減や増税を余儀なくされている。こうした中、州財政支援措置は、税収の落ち込みによる歳入不足を補う役割を果たしており、州・地方政府の財政運営の維持に寄与している(第1-3-8図)。また、州財政支援の実施は、州・地方政府の歳出削減や増税が地域経済に及ぼす影響を抑え、需要の下押し圧力を抑制していると考えられる。なお、実質GDPの動きをみると、政府支出(州・地方)は、州財政支援措置の速やかな実施を受けて09年4〜6月期は3四半期ぶりにプラスの寄与となったが、新財政年度(多くの州では09年7月)への移行に伴う予算調整の遅れ等もあり、7〜9月期には再びマイナスに転じている(前掲第1-3-1図)。

(iii)政府投資の効果
   政府投資は、インフラ整備や環境関連事業、医療情報技術支援といった事業への支出を内容としており、09年度は261億ドル(GDP比0.2%)を支出している。
   実質GDPの動きをみると、政府支出(連邦政府)は09年1〜3月期にはマイナスの寄与となったものの、4〜6月期及び7〜9月期には大きくプラスとなっており(前掲第1-3-1図)、住宅や民間投資等その他の需要項目が弱い動きとなっている中で、アメリカの景気を下支えする役割を果たしている。さらに、建設支出の動きをみると、景気後退入り以降、民間部門における投資が大幅に減少している中で、政府部門における投資が09年2月以降総じてプラスに寄与し、建設支出全体の落ち込みを緩和している(第1-3-9図)。景気刺激策による政府投資は10年度に本格化することが見込まれており、一層の景気押上げ効果が期待される。

(iv)自動車買替え支援策の効果
   アメリカで実施された自動車買換え支援策(通称Cash for Clunkers)は、燃費の悪い中古車から低燃費の新車に買い換える者に対して、最大4,500ドルの購入額の割引を行う制度であり、09年7月27日から8月25日の間、総額30億ドル(GDP比0.02%)の規模で実施された(4)
   アメリカ運輸省の発表によれば、本支援策の適用による販売台数は約68万台に上り、8月の自動車販売台数(年率換算)は08年5月(1,423万台)以来の水準である1,406万台にまで回復した(第1-3-10図)。7〜9月期の実質GDP成長率をみても、耐久財消費は前期比年率20.1%と大幅に上昇しており、自動車販売の増加が寄与している。また、こうした動きと連動して、自動車メーカーによる増産の動きや自動車販売店における雇用の増加等がみられ、自動車関連産業を中心にプラスの効果が波及した。特に自動車生産については、08年秋以降在庫調整を進め稼働率も40%台に下げていたが、同支援策の実施により在庫が大きく減少したことから、在庫を復元するための増産も進められている。この結果、商務省によれば、7〜9月期の実質GDP成長率(前期比年率2.8%)に対する自動車部門の寄与度は1.5%となっている。
   ただし、措置終了後の反動も大きく、9月の個人消費は、耐久財消費が大幅に減少したことから前月比▲0.7%と大きく減少している。また、自動車関連産業の生産も再び減少に転じるなど、経済に対する押上げ効果は一時的なものにとどまっている(第1-3-11図)。

●各機関による景気刺激策の効果の試算
   諸研究機関等による分析を総合すると、今回の景気刺激策の実施により、実質GDP成長率と雇用に対して顕著な押上げ効果が現れたとの見方が大勢となっている(第1-3-12表)。実質GDP成長率においては、09年4〜6月期に前期比年率で2〜3%の、7〜9月期には同3%前後の押上げ効果があったと試算されている。また、雇用に対しては、7〜9月期の雇用者数を80〜115万人分増加させる効果があったと試算されている。ただし、今回の景気後退局面での雇用者数は10月時点で約730万人減少しており、これに比べれば政策による雇用創出効果は大きくない。

●景気刺激策の今後の見通し
   10年度の景気刺激策の規模は、3,994億ドルと09年度よりも規模が拡大し、乗数効果の高い公共投資が中心となることが見込まれることから、一層の景気押上げ効果の発現が期待される。一方、こうした見解とは対照的に、対策効果の縮小を指摘する見解もみられる。その理由として、09年度は4月から9月までの2四半期に支出が集中したが、10年度は4四半期に拡散し、各期の規模が縮小することが挙げられている。また、いずれにしても、景気刺激策の大半が2010年度(10年9月末)までに実施されるため、10年10〜12月期以降は景気刺激策の規模縮小の影響が懸念される。11年度までに民需による自律的な回復の姿に移行できない場合には、景気が二番底を迎える可能性がある。

(3)住宅市場の改善に向けた取組

   05年後半以降調整が続いていた住宅市場は、政府及び連邦準備制度理事会(FRB)による政策の下支えもあり、住宅着工や住宅販売の増加、住宅価格の上昇等、持ち直しの兆しがみられる。ただし、自律的な回復の姿には戻るにはしばらく時間を要するものと考えられる。
   政府及びFRBによる政策措置として、これまでに(i)TARP(5)資金を活用した住宅対策(09年2月)、(ii)FRBによるGSE(6)債務及びMBSの購入プログラム、(iii)アメリカ再生・再投資法による住宅減税等が実施されている(第1-3-13表)。以下では、その効果について考察する。

●財務省及びFRBによる取組
   GSEは、民間金融機関(商業銀行、貯蓄貸付組合、住宅専門金融会社等)が顧客に融資した住宅ローン債権の買取りとその証券化を通じて、住宅ローン市場に流動性を供給する役割を担っており、アメリカ国民の住宅取得を支える存在である。GSEは信用保証事業のほか、ポートフォリオ事業として90年代後半から保有資産の規模を拡大させていたが、サブプライム住宅ローン問題に起因する保有資産の損失の拡大等により、08年には資金不足に陥った。
   住宅ローン担保証券(MBS)の発行残高は6兆ドルを超え国債をしのぐ規模となっており、GSEの経営不安が市場に与える影響が大きいことから、政府は08年9月にGSEの公的管理を決定し、その後も住宅市場の安定化に向けた支援を続けている。特に、財務省は、GSEが発行する優先株の買取りを通じた公的資本注入によって、GSEの四半期決算時において債務超過に陥った場合にその超過分を支援しており、すでに08年7〜9月期から09年7〜9月期にかけて総額956億ドル(GDP比0.7%)の資金が注入されている。GSEのうち、フレディ・マックは09年4〜6月期決算で黒字化しており公的資金の追加注入は行われなかったが、ファニー・メイは債務超過が続いており引き続き支援が行われている。
   また、財務省及びFRBは、住宅ローン金利の引下げのため、08年9月以降、GSE債務及びGSE保証住宅ローン担保証券(MBS)の買取措置を実施している。09年9月末時点の購入規模は、財務省では約1,700億ドル、FRBでは約7,000億ドルとなっており、GSE関連住宅ローン担保証券残高における財務省・FRB保有分は、09年1〜3月期で7.0%、4〜6月期では11.9%とシェアを拡大させている(第1-3-14図)。なお、08年9月以降の買取額は、GSE発行MBSの新規発行分約2兆ドルの48%に相当する額に達している(第1-3-15図)。
   このほか、住宅所有者に対する低利ローンへの借換え支援等も実施されている。09年3月に実施された住宅ローンの借換え支援プログラム(Home Affordable Modification Program)は、差押えリスクのある住宅ローンについて低利ローンへの借換えを促すものであるが、財務省の発表(7) によれば10月末までに65万件以上の申込みがあったとしている。FRBによる政策金利の引下げ(08年12月以降、0〜0.25%を維持)も、住宅ローン金利の低下をもたらしている。

●住宅対策の効果と今後の見通し
   財務省・FRBによる措置の効果もあり、住宅市場に徐々に改善の動きが現れている。MBSについては市場で買い手がつかない状況であったが、09年10月1日にはGSEのMBSの利回りが4.09%と約4か月ぶりの低水準となっている。住宅ローン金利も、07年末の景気後退局面入り以降上昇したが、08年秋から急速に低下しており、現在は歴史的な低水準にある。財務省及びFRBによる措置は、他の金融資本市場が混乱を続ける中で、住宅ローン金利を低水準に保つとともに、ローンの供給を下支えしたものと考えられる。さらに、住宅価格の低下(09年4月には06年6月のピークから33.5%下落)や前述の住宅減税による後押しもあり、住宅取得環境は大きく改善した(第1-3-16図)。その結果、住宅販売件数(新築住宅・中古住宅)は09年1〜3月期を底に増加傾向にあり(第1-3-17図)、ケース・シラー住宅価格指数も09年5月から5か月連続で価格が上昇するなど(第1-3-18図)、持ち直しの動きがみられる。
   このように住宅市場の改善が徐々に広がりをみせているものの、自律的な回復の姿にはまだ至っていない。金融危機以前においてはGSEによるMBS新規発行は全体の約3分の2であったが、08年以降、GSE以外の機関による発行がほとんど行われない状況にあることから、GSEの発行がほぼすべてとなっている(第1-3-19図)。また、低利ローンへの借換え支援措置は、ローンの延滞や差押えの発生を一定程度抑制していると考えられるものの、住宅ローン延滞率や差押え比率は上昇傾向が続いている(第1-3-20図)。09年7〜9月期の差押え手続き開始件数も前年同期比23%増の93.8万件と過去最悪を記録した。住宅市場の調整圧力は依然として根強い。
   こうした市場の厳しい状況にかんがみ、09年11月末で期限を迎える住宅ローン減税の延長措置(10年4月末まで)が決定された。このほか、住宅を差し押さえられるリスクのある失業者向けの融資制度の創設も検討されており、民需の自律的な回復に向けた対応が模索されている。

(4)州・地方政府財政の均衡維持による悪影響

●州・地方政府の財政収支と予算均衡原則
   アメリカでは、多くの州・地方政府(8)で州の法律や規定等によって均衡財政が義務付けられている(予算均衡原則)。このため、当該財政年度において財政赤字が発生した場合は、原則として公共サービスの縮小や雇用調整などによる歳出削減のほか、増税が必要となるなど、各州・地方政府は予算均衡原則をできるだけ維持するよう努力することになる。景気後退局面におけるこうした措置の実施は、アメリカ経済の回復を遅らせるリスクとなり得る。
   州・地方政府全体の財政収支の推移をみると、2000年代半ばには景気の拡大を背景に財政黒字を維持していたが、今回の景気後退局面入り以降、財政赤字が続いている(第1-3-21図)。多くの州では7月より新年度(10年度)に移行しているが、予算・政策研究所(CBPP:Center on Budget and Policy Priorities)によれば、09年9月3日時点で、新年度予算が成立していない州が3州(アリゾナ、ミシガン、ペンシルバニア)、既に新年度予算が成立したものの新たな歳入不足が表面化した州が15州(カリフォルニア、コロラド、ジョージア、ハワイ、カンザス、ケンタッキー、メリーランド、ニューメキシコ、ニューヨーク、ロードアイランド、ユタ、バーモント、ヴァージニア、ワシントン、ワイオミング)及びワシントンDCとなるなど、厳しい財政状況にある(9)

●州政府による財政措置と経済への影響
   こうした財政赤字の要因としては、景気低迷を受けた税収の落ち込みが挙げられる(第1-3-22図)。州政府の歳入構造(08年)をみると、税収が歳入全体の約6割(うち一般売上税26.4%、個人所得税20.8%、法人所得税3.3%等)を占めており、その他に連邦政府からの補助金が27.2%となっている。NASBO(National Association of State Budget Officers)によれば、09年度における税収入は08年度に比べて6.1%減少し、特に法人所得税が前年度比▲15.2%となったほか、個人所得税が同▲6.6%、売上税が同▲3.2%となっている(10)。また、地方政府の歳入においては、財産税(11)の割合が大きいが(08年:33.6%)、住宅等の資産価格の下落が歳入に大きく影響している。こうした中、州・地方政府では、歳入不足を解消するため増税に踏み切る動きもみられ、09年度は少なくとも30州で増税が実施された(12)
   一方、歳出においても、メディケイド登録者数の増加や処方薬価格の上昇による医療費の拡大に加え、景気後退に伴う失業給付の拡大により社会保障関連支出の増加圧力が高まっており、州財政を圧迫する要因となっている。このため、財政均衡を維持するために、各州では公共サービスの縮小や雇用調整等による歳出削減を実施しており、政府消費支出は08年10〜12月期、09年1〜3月期にかけて大きく減少した(第1-3-23図)。具体的には、社会的弱者向け支援プログラム(低所得世帯向けの児童手当・医療保険サービス、高齢者・身障者支援プログラム等)の適用の制限や規模縮小、公立学校・大学への補助削減、あるいは公的支出に係る契約取消といった措置が行われている。また、雇用の面では政府職員の一時帰休や解雇、採用減、賃金縮減等も実施されており、09年度は州・地方政府合計で約15万人の雇用が削減された(詳細は後述)。NASBOによれば、09年度の州政府全体の歳出は前年比▲2.2%と過去30年で最大の減少となっており、30州で前年度の歳出を下回ると見込まれている。
   アメリカ経済における州・地方政府の役割は大きく(第1-3-24図)、特に雇用者数に占める割合は15%を占める。一連の財政均衡化措置は、歳出削減及び増税を行う結果となり、公共投資や政府消費の減少、家計の可処分所得の減少等を通じて、需要を一層低下させ、景気後退を増幅する要因となる。また、経済的弱者に対するセーフティネットの縮小が景気に対する新たなリスクをもたらす可能性もある。

●景気刺激策による支援と効果及び今後の見通し
   今回の景気刺激策では、州に対する財政支援措置として、メディケイド維持のための補助、州財政安定化基金(主に教育関連)への支出等を中心に約1,400億ドルの支出が盛り込まれており、09年度は438億ドルが支出されている。一部の州では教育やヘルスケアといった公共サービス削減の動きがまだみられるものの、前述のとおり、州財政支援措置は、税収の不足を補う役割を果たしており(前掲第1-3-8図)、財政悪化に伴う公共サービスの縮減や増税による影響を回避あるいは最小限に抑えることにつながったと考えられる。他方、こうした財政支援によっては、州・地方政府が借入れを減らすことに充てられる可能性もあり、その乗数効果は低いとの見方もある。
   今後の見通しとしては、景気動向によって更なる税収の落ち込みが発生すれば、一層の歳出削減、増税が行われる可能性がある。CBPPによれば、州政府における財政赤字の規模は10年度には1,900億ドルに達し、11年度と合わせると3,500億ドルに達するなど、大幅な財政赤字が予想されている(13)。州財政支援措置の終了までに地域経済の自律的な回復が達成されなければ、州・地方財政は景気回復の足を引っ張る要因となろう。

コラム1-4:アメリカ各州の経済動向

   日本の25倍の面積を持つアメリカは、一州が一国に匹敵する人口や経済規模を持つとともに、州により産業構造や経済事情が大きく異なっており、各々特徴を持った経済の集合体(United States)でもある。そこで、州別の景気一致指数をみると、足元ではピークアウトの動きがみられるものの、NBERがアメリカの景気後退入りの時期としている07年末頃より景気が悪化する州が急増し、悪化のスピード、広がりともに過去最悪水準であったことがみてとれる(図1)。以下では、雇用、住宅、金融の各動向から、州レベルの経済状況をみていく。
   雇用状況について失業率をみると、09年10月は14州で10%を超え、うちカリフォルニア、フロリダ、デラウエア州で76年の統計開始以来の最高値を更新している(図2)。また、ミシガンやネバダ州等で08年9月以降足元まで大幅な失業率の悪化が続く一方で、ノースダコタやサウスダコタ州等の悪化は非常に緩やかなものとなっており、インディアナ、オレゴン州等でも09年半ば頃から足元にかけては、失業率は低下する傾向がみられる。また、非農業部門雇用者数の減少については、各州の人口規模を勘案する必要があるものの、ネバダ州等で建設業の割合が大きくなっていることから、住宅市場低迷の影響がうかがえる。さらに、アメリカの3大自動車会社の本拠地があり、自動車産業不振の影響が大きいミシガン州でも雇用者数の減少が激しく、失業率も大幅に上昇している。
   一方、住宅市場をみると、特にカリフォルニア州等の位置する西部や五大湖周辺、南部フロリダ州周辺で住宅の差押え率が高い状況となっている(図3)。こうした地域の住宅価格をみると、サブプライム・ローン問題の影響を大きく受けて急激な住宅価格の上昇と下落を経験したカリフォルニア、ネバダ、アリゾナ、フロリダ州では、09年4〜6月期の住宅価格は依然として前年比で10%以上下落するなど、連邦レベルの下落が4.0%にとどまっていることと比較すると低迷が顕著である(図4)。他方、五大湖周辺のミシガンやイリノイ州等では、2000年代前半に住宅価格の上昇がほとんどみられなかったこともあり、4〜6月期の価格下落にはあまり特徴はみられないが、自動車産業の低迷による経済情勢の悪化が住宅差押えに大きく影響していると考えられる。なお、差押えの前段階に当たる住宅ローン延滞率と失業率には正の相関がみられ、雇用情勢の悪化がローン返済を困難にしている状況がうかがえる(図5)。
   各州の金融の動向をみると、地域経済に根ざした地方銀行の破たんが急増している(図6)。各州の銀行数の相違や他州に支店を抱える場合もあることから、必ずしも本拠地のある州の動向を正確に反映しているとは限らないが、ジョージアやイリノイ、カリフォルニア、フロリダ州等において破たん数の多さが目立っている。これらの州では例外なく住宅差押え率が高水準にあることから、住宅ローンを手がける地方銀行で不良債権が増加していることがうかがえる。また、足元で商業用不動産ローンの不良債権化も増加していることも、大きなリスクとなっている。07年以降の破たん銀行数は既に120行を超えており、特に09年に入って急増している。FDICが四半期毎に公表する、財務状況等がぜい弱な「問題のある銀行」数も前回の305行から416行へ増加し()、15年ぶりの高水準に達するなど、資産の不良債権化に歯止めがかからず、破たんに至るケースが今後も増加する可能性が高いことを示している。
   以上でみたように、雇用環境の悪化や住宅市場の低迷、地方金融機関の破たん増が顕著な州は、カリフォルニア、フロリダ、ネバダ州等、ほぼ共通している。こうした州では、以下のような経済悪化メカニズムが起きていると考えられる。
   06年半ば頃に住宅価格が下落に転じると、金融情勢の悪化や消費の減少から地域企業の経営が悪化するとともに、雇用環境が悪化した。これによりサブプライム・ローンを始めとする住宅ローンや商業用不動産ローンの延滞及び差押さえが増加し、住宅価格を更に下落させるとともに、不良債権の増加によって地方銀行の経営状況も悪化し、信用収縮が進むこととなった。特に00年以降に住宅価格が急激に上昇した州では価格の下落幅も大きく、こうした悪循環が一段と増幅されたことから、州経済の悪化の度合いは厳しいものとなっている。また、住宅価格があまり上昇しなかった州でも、自動車産業を抱える五大湖周辺の州等では雇用状況が悪化し、住宅ローンの不良債権化へとつながった。
   大手金融機関や連邦レベルの平均でみた金融経済情勢が危機的状況を脱しつつある反面、こうした州や地域レベルの悪循環が一部では依然として続いている点に注意する必要がある。



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