第1章 世界経済の回復の持続性 |
第3節 アメリカ経済
3.信用収縮の現状
アメリカ経済の下押し要因であるとともに先行きに係るリスク要因として、信用収縮の動向が挙げられる。実体経済については政策効果もあり持ち直しの動きがみられるものの、金融機関の不良債権化率は高水準となっており、貸出態度は引き続き厳しい状態にある。先行きについても、信用収縮の継続により景気が低迷して企業収益や雇用が悪化すれば、企業の経営破たんの増加や家計向け貸出の返済の延滞により不良債権が増え、貸出態度が更に厳しくなるといった悪循環に陥るリスクがある。企業の資金調達に目を向ければ、大企業では社債やCP等の直接金融を通じた資金調達も徐々に増加しているが、間接金融に依存する中小企業では資金調達が依然として厳しい状況にある。このため、政府を中心に中小企業向け貸し渋り対策の強化が模索されている。以下では、消費者向けや企業向け貸出などの分野ごとに考察する。
(1)消費者向け貸出
消費者信用残高の推移をみると、09年初に一時的な回復がみられたものの、08年秋の金融危機以降、総じて減少傾向が続いている(第1-3-25図)。足元では、09年8月に実施された自動車買換え支援策により自動車ローン貸出を含む非回転信用が伸びたが、9月には再び回転信用、非回転信用ともに貸出が大きく減少している。また、商業銀行による消費者向け貸出(住宅ローンを除く)の推移をみると、貸出残高の伸びは09年1〜3月期までは前期比プラスで推移したが、4〜6月期以降は減少が続いている(第1-3-26図)。こうした貸出減少の背景には、家計が積極的に返済を行っていることだけでなく、消費者ローン延滞率の上昇や個人の破産の増加により、金融機関が融資の選別を強めていることも大きく影響していると考えられる(第1-3-27図)。金融機関の貸出態度に関するFRBの調査によれば(14)、クレジットカード以外の消費者向けローン、クレジットカードローンのいずれについても厳格な姿勢を崩しておらず、依然として厳しい状況が続いている。
また、金融機関別の消費者信用残高の動向をみると、商業銀行による貸出は全体の約3分の1を占め(08年末:33.9%)、金融会社が4分の1程度(22.2%)、貯蓄信用組合及び信用会社が1割程度(12.4%)となっているが、商業銀行については前年同月比でプラスを維持していたが09年9月にはマイナスに転じ、金融会社、貯蓄金融機関及び信用組合等でも残高が大幅に減少している(第1-3-28図)。なお、金融会社は商業銀行に次ぐ貸出規模を有しているが、商業銀行や貯蓄金融機関が預金を原資として貸出を行うのに対し、金融会社は市場性の資金に依存しているため、資金調達の面で不安定である。08年秋以降の金融市場の混乱の中で、こうした機関の資金調達が困難となり、ローンの供給能力が低下していることも貸出の減少の一因となっている。
一方、需要面においても、所得環境の悪化や家計のバランスシート調整の継続、厳しい信用環境を背景に借入れが抑制されている。FRBが金融機関に対して四半期ごとに実施しているアンケートによれば、消費者向けローンに対する需要が3か月前に比べて「弱い」という回答が、「強い」という回答を上回る状況が06年以降続いている。また、家計の貯蓄率の動向をみると、今回の景気後退局面入り以降高い水準で推移しているが、これは消費者ローンや住宅ローンの返済の動きを反映しており、家計の借入れ需要は依然として弱い状況にある。
(2)住宅ローン貸出
商業銀行による住宅ローン貸出の推移をみると、08年10〜12月期以降、借換え需要もあって3四半期連続で前期比プラスを維持してきたが、09年7〜9月期には同▲1.3%と再びマイナスに転じている(前掲第1-3-26図)。
需要側の状況をみると、前述のとおり、住宅ローン金利の低下や住宅価格の下落等により住宅取得環境が改善していることから、09年以降、住宅ローン申請件数は、借換え用並びに購入用ともに増加傾向にある(第1-3-29図)。また、FRBのアンケートによれば、プライム住宅ローンに対する需要について、3か月前に比べて「弱い」と答える金融機関の数が「強い」と答える機関の数を上回る状況が06年以降続いていたが、09年4〜6月期以降その数が逆転している。こうしたことから、住宅需要は回復しつつあることがうかがわれる。
これに対して供給側の状況をみると、プライム層向け融資では貸出基準の緩和の時期を10年後半以降とする金融機関が約4割、当面緩和しないとする機関が約4割となる一方、非プライム層向け融資では10年後半以降とする機関が3割弱、当面緩和しないとする機関が約6割を占めるなど、貸出態度は依然として厳しい状況にあるだけでなく、当面続くことが予想される(第1-3-30図)。金融機関によるこうした姿勢の背景には、住宅ローン延滞率の上昇や債務不履行による差押えの増加が挙げられる。住宅ローン延滞率は、09年7〜9月期に9.64%と79年の調査開始以来の最高値を記録し、住宅ローン件数に占める差押え中の物件の比率は4.47%と、8四半期連続で過去最高値を更新しており(前掲第1-3-20図)、他のローンと比較して貸出のリスクが高いことがうかがえる(第1-3-31図)。
雇用情勢の悪化により所得環境の改善が進んでいないことから、住宅ローン債権及び住宅ローン証券化商品を多数抱えた金融機関では、今後、保有資産の不良債権化によって経営が圧迫されるリスクが高い(第1-3-32図)。政策効果によって住宅需要の掘り起こしが進みつつも、こうした状況が金融機関の融資抑制を助長しており、実際の貸出に結び付いていないものと考えられる。
(3)企業向け貸出
商業銀行による商工業向け貸出の推移をみると、09年1〜3月期以降前期比マイナスに転じており、1〜3月期は前期比▲0.1%、4〜6月期は同▲0.3%、7〜9月期は同▲1.3%となるなど、減少幅は拡大傾向にある(第1-3-33図)。
こうした動向について、需要面からみると、企業の生産活動は08年4〜6月期以降09年4〜6月期まで前期比マイナスが続いており、足元では持ち直しの動きがみられるものの、設備稼働率は低水準にあることから、企業の設備投資意欲は非常に弱い状況にある。FRBのアンケートにおいても、事業者向け貸出に対する需要が3か月前に比べて「弱い」と答える金融機関の数が「強い」と答える機関の数を上回る状況が、企業の規模を問わず、06年後半以降続いている。景気の回復が本格化するまでは、商工業向け貸出に対する需要は低調に推移するものと考えられる。
一方、供給側についてみると、商業用不動産向け融資と並んで足元では不良債権比率が上昇しており、企業の破産件数も増加していることなどから(前掲第1-3-32図、第1-3-34図)、金融機関は大勢として貸出に対する慎重な態度を崩していない。ただし、商業用不動産向け融資に比べて貸出基準を緩和する動きがみられる。FRBによれば、貸出の緩和の時期を10年後半以降とする金融機関が4割である一方、既に過去の平均的な融資基準に戻しているという機関が約3割であるなど、他のローンに比べて貸出態度の緩和が進んでいる(第1-3-35図)。これは、企業収益が09年1〜3月期以降回復傾向にあり、一部に決算状況が良好な企業もみられることが背景にあると考えられる。
(4)商業用不動産向け貸出
商業銀行による商業用不動産向け貸出をみると、09年1〜3月期以降減少傾向にあり、1〜3月期は前期比▲3.1%、4〜6月期は同▲3.8%、7〜9月期は同▲4.8%となるなど、他の貸出と比べて最も落ち込みが大きい(前掲第1-3-33図)。景気後退の中でオフィスや店舗に対する需要は急速に縮小しており、オフィスの空室率の高止まりなどから商業用不動産の収益性が低下している。このため、ローン延滞率の上昇や不良債権化が進展しており、不良債権比率は住宅ローンに次いで一貫して上昇傾向が続いている(前掲第1-3-32図)。また、金融機関の貸出態度は厳しい状況にある。
商業用不動産ローンの規模(約2.0兆ドル。既に証券化されたもの(CMBS(15))も合わせると約2.6兆ドル)はサブプライム住宅ローンの規模(約1〜1.5兆ドル)よりも大きく、今後の景気のリスク要因と考えられる。商業用不動産ローンの貸し手は地方銀行が中心となっているが、07年以降の地方銀行の破たん件数は152件(09年11月13日時点)に達し、今後さらに増加する可能性が指摘されている。
コラム1-5:商業用不動産
アメリカの商業用不動産市場は、商業用不動産ローン担保証券(CMBS)市場の整備等もあり資金流入が加速し、1990年代後半から急速に拡大した。09年6月末時点の商業用不動産向け貸出残高は、商業銀行が約1.3兆ドル、CMBS発行者が約0.6兆ドル等、全体で約2.6兆ドルの規模を有している(図1)。これは、今回の金融危機の端緒となったサブプライム住宅ローンの規模を上回る。 |