第1章 世界経済の回復の持続性 |
第2節 アジア経済
3.中国の投資の持続性
(1)最近の投資動向
●固定資産投資は高い伸びが続いている
固定資産投資(都市部)は、08年9月に発生した世界金融危機の影響を受け、年末にかけて減速基調にあったが、08年11月に打ち出された4兆元の対策を始めとする内需拡大策の下支えや金融緩和により、09年年初から再び伸びが高まった(第1-2-25図)。09年3月以降はおおむね前年比30%超の高い伸びが続いており、1~10月累積の伸びからみると、09年は過去10年間で最も高い伸びとなる。また、固定資産投資全体の2割超を占める不動産開発投資は、不動産需要の高まりを背景に09年初から徐々に伸びを高め、09年8月以降の伸びは08年6月の減速前の水準にまで回復している。
なお、地域別の伸びを09年についてみると、5割近いシェアを占める東部を中・西部が上回って推移しており、04年以降にみられた中・西部の投資拡大傾向は依然として続いている(第1-2-26図)。
(2)4兆元の対策の効果
●鉄道等インフラ関連を中心に投資は拡大
中国政府は08年11月に内需拡大策を打ち出し、11年末までのおよそ2年間に鉄道等のインフラ投資や災害復興プロジェクト等を含む4兆元規模(約53兆円、名目GDP比約13%)の対策を実施すると発表した(第1-2-27図)。中国政府によれば、4兆元のうち、新たにねん出された財政支出は中央政府負担分の1.18兆元とされ、地方政府や民間企業等の負担分である残り2.82兆元については、第11次5か年計画にあった既定の事業が一部含まれている。
対策の実施に当たっては、地方政府の厳しい財政状況にかんがみ、財源不足を補うため、09年は初めて地方債の発行が認められた(9)。また、投資促進のため、5月には、不動産開発や鉄道、道路等一部の固定資産投資事業における最低資本金比率を引き下げることなども決定された。
4兆元の対策の効果もあり、固定資産投資(都市部)の伸びは高まっていった。部門別にみると、対策が開始された08年10~12月期には鉄道や道路を含むその他運輸への投資が急拡大し、09年も引き続き増勢を保って推移した(第1-2-28図)。また、製造業では、輸出関連産業である繊維等一部の業種では弱い動きとなっているが、4兆元の対策を含めた一連の景気刺激策の影響を受けたと思われる電気機械や非金属業(セメント等)等では高い伸びが続いた(第1-2-29図)。
(3)短期的な投資の見通し
●投資は当面拡大する見込み
投資の当面の先行きについて、09年半ばから横ばいの伸びか若干の減速が続いており、年内はこの傾向が続くと見込まれる。4兆元の対策も含め、09年の公的投資は前倒しで実行されたとみられ(10)、中国の財政支出(中央政府+地方政府)は、09年の財政支出予算が前年実績比21.8%増であるのに対し、09年前半の実績は25%超の伸びと高くなっている(第1-2-30図)。このため、財政支出のペースは年後半に減速し、公的投資の押上げ効果も年後半にかけて弱まってきたと考えられる。他方で、住宅やオフィスビル等の不動産需要の高まりを背景に、不動産開発投資は09年8月以降も前年比30%近傍の高い伸びをみせており、不動産開発投資が年後半の投資を下支えしていると考えられる。
10年を見通したとき、景気が回復基調にあり、4兆元の対策も継続することから、投資は引き続き拡大していくとみられる。例えば、4兆元のうち中央政府投資分については、09年の4,875億元を20.7%上回る5,885億元が投資配分されることとなっている。また、金融緩和が当面継続されることも、今後の投資拡大に寄与するものとみられる。
ただし、09年8月の国務院常務会議(閣議)では、鉄鋼、セメント、板ガラス、石炭化学、多結晶シリコン、風力発電の6業種を「生産設備過剰業種」に指定し、これら6業種については原則として生産能力拡大投資を今後許可しないこととなっている。これらのいわゆる「生産設備過剰業種」においては、今後投資が抑制される見通しである。
また、今後の投資の下方リスクとして、中国の景気回復が軌道に乗った際の公的投資の削減や金融引締めへの転換が挙げられ、この場合、投資の伸びは前年比20%台半ばに抑制される可能性がある。
(4)中長期的な投資の持続性
今後中国において投資が中長期的に拡大していくかどうかをみるためには、中国が直面する構造的な問題に注目する必要がある。現在実施されている第11次5か年計画(06~11年)では、地域間格差等の是正を強調し、「社会主義の調和の取れた社会(和諧社会)」の実現を目指しているが、こうした背景には、05年以前の数年間、高い経済成長を実現した一方で、生産設備過剰や地域間格差が拡大したことなどの問題があった。
以下では過去の投資拡大の経緯を確認した上で、生産設備過剰問題、投資の地域間格差という投資に関する2つの構造問題に注目し、中長期的な投資の持続性について検証したい。
●03年以降、中国政府は投資抑制に転換
98~03年の間、中国では「積極的な財政政策」や「適度に緩和した金融政策」が続いたことなどにより、03年には投資の名目の伸びが前年比22.6%増となり、名目経済成長率を約10%ポイントも上回った(第1-2-31図)。このため、03年当時、中国では、地方政府主導によって不動産開発投資や鉄鋼等一部製造業で過大な投資が行われているのではないかとの懸念が広がった。また、電解アルミ生産等においては供給過剰ではないかとの見方も広がった。
このため、中国政府は、04年には拡張的な財政政策を見直し、「適度な財政政策」に転換するとともに、金融政策においては預金準備率の引上げ等に踏み切った。こうした政策転換により、05~07年の投資はやや減速したものの、前年比15~20%の伸びにとどまった。
ただし、08年11月には世界金融危機の影響による景気減速の懸念から再び「積極的な財政政策」と「適度に緩和した金融政策」に転換した。これにより09年の固定資産投資(都市部)の伸びは過去10年で最も高くなっている。
●生産設備過剰問題
このように、特に03年頃から、一部製造業において生産設備が過剰になっているのではないかという懸念が広がり、09年には、世界金融危機発生の影響による外需の大幅減少により、この問題への懸念が一層強まった。こうした懸念を背景に、中国政府は、鉄鋼、セメントといった従来より生産設備の過剰が懸念されていた業種に加え、板ガラス、石炭化学、太陽光発電用の多結晶シリコン、風力発電設備といった業種の生産設備過剰を指摘した(11)。
例えば、鉄鋼業界では、現在、中国には粗鋼生産を行う企業が500社余り存在し、上位5社の生産量を合わせても全体の3割にも満たないといわれており、中小メーカーが多数存在する構造となっている。こうした背景の下で、国家発展改革委員会は、08年末時点での中国の粗鋼生産能力は6億6,000万トンに達する一方、市場需要量は5億トン弱であり、設備過剰であると指摘している。
生産設備過剰は供給過剰をもたらし、結果として企業収益を悪化させ、産業全体としての国際競争力を低下させるおそれがあるほか、不良債権を増加させるリスクもある。なお、過去の日本でも1950年代後半から70年代初頃の高度成長期当時、企業の期待成長率が高く、積極的な設備投資行動がとられていた。しかし、70年代には変動相場制への移行や石油ショック等の外的要因の大きな影響を受けて生産設備過剰が顕在化し、アルミ業や合成繊維業等の産業は「構造不況業種」と呼ばれ、その後の処理に長期を要することになった。こうした我が国の事例をみても、中国の生産過剰設備問題は、将来に問題を深刻化させないよう真剣に取り組まなければならない課題といえる。
●東部と中西部の格差是正の動き
また、投資の地域別構造を08年の全社会固定資産投資のシェアでみると、東部が5割強、中・西部が4割半ばと投資は東部に偏っている。しかし、04年以降、中・西部が東部における投資の伸びを上回る傾向がみられる(第1-2-32図)。
1978年の改革開放以来、党の実力者であった鄧小平が提唱した「先富論」(12)思想を背景に、中国沿海部は改革の恩恵を最も受けて飛躍的な発展を遂げたが、一方で西部との地域格差は拡大していった。このような問題等を是正すべく、政府は2000年から西部大開発(13)を推し進めており、豊富な鉱物資源や水資源等を有する西部地域に対して、鉄道・道路建設のインフラ整備等の投資の誘導を行っている。また、中部も先進地域の東部と後進地域の西部の発展をつなぐ位置にあることに加え、南部と北部を結ぶ地理的優位性を持つことから、物流拠点として投資拡大が続いている。さらに、中部地域の振興を重視する政府は、09年9月に「中部地区台頭促進計画」を取りまとめ、15年までに電力や交通等のインフラを重点的に整備し、ハイテク産業を育成する見通しである。このため、中部における投資も今後更に拡大することが見込まれ、引き続き中・西部の投資シェア拡大が予想される。
このように、中長期的な投資の持続性をみる上では、過去の成長過程で生じた構造問題に注意する必要がある。中国においては、一部の製造業における生産設備過剰懸念から投資が抑制される可能性がある一方、投資の地域間格差の是正により、インフラ開発等の投資需要の拡大が見込まれることから、中長期的にも投資は堅調に拡大するものとみられる。